IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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某国の密偵疑惑(五) 専用機

 朱音が割と端整な顔立ちをした黒髪黒目の少女と話し込んでいる。

 ふたりは携帯端末を縦横に傾けていて、何かを試しているらしい。桜は観覧席に腰掛けて、ぼんやりと二人の姿を眺め、また思い出したように振り返った。桜のすぐ後ろには三組の留学生が群れをなしており、空中を浮遊するISを見ていたり、隣同士で私語に興じている。

 どこの組も大きく二つのグループがあり、それぞれ留学生と日本人に分かれていた。それぞれのグループにはお互いの仲を取り持とうとする生徒が少なからず含まれており、朱音と話に興じる少女は、いつも留学生と行動を共にしている。その留学生は日本人と遜色ないくらい日本語が堪能なので、一度話し始めたら打ち解けるのは簡単だったという朱音の言葉を思い出す。

 桜は再び正面に向き直った。アリーナの真ん中で、少し大人びた顔つきをした金髪碧眼の少女がISの装備を確認している。腕を横に広げて大口径砲を実体化させた。

 

「イギリスの新型ば生で見るのは初めてやけん、ちょこっと楽しみにしとるばい」

 

 後ろの席から声がかかった。口調こそ九州の方言だが、東京の言葉と似たアクセントを使っていた。

 桜はのけぞるようにして背中を寝かせ、あごを上げて頭を後ろに倒す。声の主を見やり、視線に気付いたスラヴ系の少女が白い歯を見せてにいっと笑った。

 ポーランドからの留学生でナタリア・ピウスツキという。

 ナタリアはスラヴ系に見られる特徴をよく受け継いでおり、背が高くて筋肉質だ。また手足が長く、顔が小さい。鼻は高く長い。大きな切れ長の鋭い目をしていて、薄く緑がかかった灰色の瞳を桜に向けた。

 三組でもっとも容姿と学力のレベルが高いと見なされており、日本語が堪能(たんのう)だ。入学したての頃は周りに気を遣っていたのかお嬢様然とした口調だった。彼女が無理をしていたとわかったのは、桜と話をするようになってからだ。

 ――留学生の日本語がちょっとらしくないっていうか。

 桜は食堂で他クラスの留学生が日本語を使っていたので、その会話に聞き耳を立てたことがある。そこで他のクラスと三組の留学生の大きな違いに気付いた。

 ――うちの組におると標準語がローカルな言葉に聞こえるんや。

 日本語の言葉遣いでクラス分けをしたのではないか。連城や真耶などクラス分けに関わったと考えられる先生方に、一度質問してみようと考えていた。

 

「ポーランドにISってあった?」

「祖国に配備されてなか。IS適性が出たのがうちが初めてで、もう大騒ぎやった」

 

 ポーランド政府はISを保有していない。だが、将来に備えてアラスカ条約に批准していた。条約批准国としてIS学園へ寄付を行っており、ポーランド初のIS搭乗者としてナタリアを留学させている。ISの運用経験が皆無であることから、ノウハウを持ち帰るように厳命されていた。

 

「私もISを見るのは入試以来や」

「メガモリにしては意外やね。弓削先生、あんたのことば高く評価しとったのに」

「桜って呼んでって言ったやん。毎回頼んどるわけやないのに、もうっ」

 

 桜がむきになるのを聞いてナタリアが茶化すような声音を出した。

 

「量ば減らすのは体育の前とか、昼に先生に呼ばれた時だけやったと覚えとるとよ。そぎゃんに食べていなか言い方やけど、一日一回は食べてなか?」

 

 ナタリアはよく見ている。桜は言い返すことができず、押し黙って唇をとがらせた。

 憮然としたまま朱音に視線を移すと、どうやら話が終わったのか、踵を返して桜の隣に腰を下ろした。

 

「おかえりなさい。何の話?」

「私用なんだけどね……伝言なんだけど。布仏さんだっけ? 桜のルームメイトが一緒に観戦できなくてごめんだって」

「あーまー何というか。ありがとうだけ言っておくわ」

 

 桜が礼を言う。すると朱音は真剣な面持ちで見つめ、桜の手を取って自分の胸に置いた。布地越しの感触が弾力に富んでいた。

 

「彼女に変なことされてない?」

「変なことは初日だけや」

 

 非があると言えば桜の方だ。本音は初日のことを未だに引きずっているのだろう。時折、警戒心から息を殺して桜を注意深く観察するかのような視線を送ってくる。あのときは自分でもどうかしていたと思ったから、カウンセラーに診てもらっていた。

 ――カウンセラーは桜としての過去しか聞かなかったから、作郎の事は結局言えずじまいやった。

 朱音の瞳が憂いを含んだ色に変わる。

 

「彼女。ビアンだよね」

「らしいわ。昔から女の子が好きやって言っとった。男と付き合ったこともあるけど一ヶ月保たなかったとか」

 

 桜はひとつ嘘をついた。本音は桜を魅力的だと評したにすぎない。自分から女の子が好きだとは口にしていなかった。その代わり、やたらと体に触れようとすることから、己の推測と噂をまとめてみたのである。

 朱音は身を乗り出して顔を近づけ、睨み付けるように目を細め、ゆっくりと息を吸った。

 

「気を付けてね。貞操とかいろいろ」

「大丈夫やって」

 

 桜は、自分なりに本音を分析していた。

 ――男を知らんのは間違いあらへん。女の肌も知らんのやろ。

 かと言って下手に口を出して根拠を求められ、朱音の妄想があふれ出すのも厄介に思った。

 一方、朱音は桜が軽く返事をしたものだからから、自分の発言を真剣に受け取っていないのでは、と不安になった。身を乗り出し、目を見開いて、口から泡を飛ばさんばかりの勢いで釘を刺す。

 

「その場の勢いでしちゃだめだからね。これは男の子にも女の子にも言えるんだけど」

「これでも鋼の自制心を持っとるつもりやけど」

 

 その発言に後ろの座席から唇を強く弾いたような音が聞こえ、あわてて口を押さえたのか忍び笑いが漏れた。桜が軽く頭を振って一瞥すると、案の定ナタリアが犯人だった。彼女は笑いのツボに入ったのか、しきりに肩を奮わせている。

 再び朱音に目を戻しながら、彼女の指先に視線を向ける。

 

「朱音ってそっちの経験あるん?」

「ないない。そういうことは好きな人としたいよ。やっぱりさ」

「せやな」

 

 桜は相づちを打つ一方、作郎時代に寝た女たちの姿を思い浮かべた。みんな、一式陸攻のような体つきだった。

 ――割り切ってしまえば好きとか嫌いは関係無くなるんやけど。

 朱音に言うのはさすがに野暮だと思って、心の中にしまいこんだ。

 

「青春ってすばらしい」

 

 先ほどから二人のやりとりに耳をそばだてていたナタリアが、桜と朱音に向かって感嘆の言葉を贈った。

 朱音は桜の手を離して、彼女に顔を向けるなり険しい声を出す。

 

似非(えせ)外国人」

 

 ナタリアがすぐさま言い返す。

 

「異な事ば言うとよ。生まれはポーランド。育ちはポーランド……と博多。一条の言葉は冷たくていかん。メガモリば見てくれんね。あたたかい。伊勢言葉。伊勢神宮とよ。うちは学園に入学が決まってから太宰府に出雲大社、伊勢神宮にお参りに行ったと。熊野は少々予定が合わず断念しとったが、世界遺産ならば」

「ピウスツキさんはカトリックじゃなかった?」

「実家は一応カトリックやけど、宗教ば持ち出すのはイベントの前だけばい。親日家やったのにかこつけて、八百万の神様と一緒に酒ば飲んでおった」

 

 朱音はむくれた。だが、宗教観が日本人と似ており、妙な親近感がわいたのも事実だった。

 ナタリアが思わせぶりな仕草で微笑み、二人に向けて大きな動作で前を見るように手を突き出した。

 

「来なさった」

 

 会場に声の波がわき起こった。不意に熱気を増した観覧席に、桜は弾かれるようにして空を見上げる。

 くすんだ灰色をした金属の塊が宙に浮いている。飛行機とは全く異なる異形。白式という名のようだ。桜の美的感覚からすれば、ごつごつとしていて力強さを感じるけれども、美しいとは感じなかった。

 しかしながら、美しさは強さではない。美しさで力が決まるのであれば、少なくとも海鷲たちの若い血潮が、連合軍の圧倒的な物量によって磨り潰されていく状況を免れていたのではないか。桜は一騎打ちに臨もうとする一夏とセシリアの姿をうらやましそうに見つめていた。

 

「そもそもこん試合の原因は?」

「えーちゃんによると、クラス代表を決める席で和食とイギリス料理のどちらが美味しいかで口論になったらしいよ」

 

 朱音は当たり障りのない情報をいろいろ聞き出していた。

 

「納得しとったとよ。御国の料理自慢なら喧嘩するのも道理やね。ISで決着ばつけようと言うのもうなずける」

「せや。食事は重要や」

 

 桜が腕組みしてしきりに首を縦に振っている。

 意見がかみ合った二人を見て、朱音は口の端を引きつらせながらも気を強く保とうとした。朱音はナタリアが苦手だった。妖精を彷彿とさせるナタリアの外見と、最初の頃の気取った話し方から一方的にイメージを押しつけていたのだが、あっという間に猫を被るのを止めてしまった彼女に失望を感じていたのである。

 ――うちのクラスの留学生って、何か調子狂う。

 朱音は困惑しながら、桜の隣に移動したナタリアに目を移した。

 

「こん試合、三組のクラス代表殿はどう見るのか」

「私は素人や。むしろさっきまで隣におった代表候補生に聞いたらどうなん」

「もう聞いとるし、今メガモリに聞いとっと」

「あ。そういうこと」

 

 桜が手を打って、拍子抜けたような顔つきになる。

 

「技量から言って西洋人形さんが勝つんやないの」

「やっぱり」

「なるやろ普通。素人に空戦させる方が無茶や」

「一組の山田先生ば追い詰めたメガモリなら、ちごうとる意見ば言うって期待しとったばい」

 

 ナタリアに入試のことを持ち出され、桜はきまりが悪そうに目を泳がせた。朱音たちと話してから気付いたのだが、どうやら一般入試組で桜のような玄人はだしの操縦技術を持つ生徒は他にいなかった。強いてあげれば五分間ひたすら逃げ回った朱音ぐらいである。

 

「私を基準にするもんやない」

「またまたー」

 

 ナタリアが茶化す。桜は一五歳の少女の身なりをしているとはいえ、飛行練習生時代を含めて六年間飛行機に乗り、そのうち三年は実戦に明け暮れた。何度か爆撃機や戦闘機を共同撃墜したことから、少なく見積もって五〇名は殺している。

 ――私の場合は前の経験があるから、基準にされたら困るわ。

 そうかといって口に出せることでもなかった。桜は肩をすくめて猫背になった。するとその肩を朱音が軽く叩き、

 

「始まった」

 

 スターライトmkⅢによる甲高い砲撃音が響き渡った。

 

 

 土曜の昼下がり。桜は連城に連れられて、打鉄零式の研究開発を行っている倉持技術研究所を訪問していた。住所に「市」という文字が含まれているが、市町村合併前は林業を生業としていた土地で、企業誘致に成功してようやく整備されたような場所だ。高台にあるせいか、民家はまばらで、その代わりフェンスの奥に真新しそうな白い建物とC-1輸送機が並んで二機は入りそうな巨大な格納庫が、だだっ広い敷地にポツンと建っている。

 休日出勤していた守衛が臨時入館証を首に下げるよう伝え、入館受付を済ませた二人を待合室に通した。

 桜と連城は倉持技研の社員が呼びに来るのを待っていた。臨時入館証があるとはいえ、その入館証はただの紙である。社員や協力会社社員が持つようなICカードではない。すべての扉は電子錠となっており、入室には認証が必要だが、退室には認証が不要だった。うかつに退室したら部屋に戻れなくなる。社員や協力会社社員であっても、入館証をうっかりカバンに置き忘れたまま退室してしまい、入室できなくなる事態が時々発生していた。

 

「お待たせして申し訳ありません」

 

 ふと扉の方から聞こえた声に覚えがあったので振り返ってみれば、堀越の姿があった。つなぎ姿のままにこやかな笑顔を浮かべていた。

 

「早速、ISのところに行きましょう。ささ。ついてきてください」

 

 桜と連城があいさつをすませると堀越が扉を開けた。

 IS格納庫への道すがら、釣り竿を持った社員と思しき若い女性が堀越に声をかけた。

 

「んーふふ。この子が堀越んとこのパイロットかー」

 

 その女性は桜を一瞥すると、今度は堀越の顔をにやにやと見つめた。堀越は笑顔を崩さず大人の対応をする。

 

篝火(かがりび)さん。白式チームは代休消化中のはずでは。それどころか今日は土曜ですよ」

「うははは! いーじゃないか。こっちには釣りで来たんだ。釣ーり」

 

 白式チームは休日返上で最終調整を行っていた。三月には人手不足が危ぶまれ、零式担当の堀越や弐式担当の菊原、打鉄担当の本庄ら精鋭を抽出して臨時で支援に回している。四月に入った時点でこれら要員は支援任務を解かれて、元の部署に戻っている。

 篝火が堀越の背中を叩くと大きな音がした。桜は連城と一緒に篝火のとらえどころのない姿を見つめて、呆気にとられていた。

 

「じゃあねー。吉報待ってるよん」

 

 篝火はそう一方的に告げて、軽やかな足取りで出口に向かった。

 篝火の背中を見つめていた堀越が、振り返るなり立ち話をしたことを詫びる。

 

「社の者が申し訳ない」

「いえ、気にしていません。あの。さっきの方はずいぶん若く見えましたが」

 

 と、連城が疑問を口にした。

 堀越は歩きながら答える。

 

「篝火はあれで優秀ですよ。第三世代機である打鉄零式には兄弟機が開発されております。IS学園の方なら白式の噂はご存じでしょう。彼女はそこの担当でした」

「先日納品された新型機ですか。織斑君の専用機でしたね」

「そうです。白式もデータ収集用の機体です。最終調整では私も微力ながらお手伝い致しました」

 

 堀越が頬をかいた。白式のイメージ・インターフェイスと拡張領域(バススロット)の改修を行ったのは彼だった。白式は打鉄や打鉄零式の開発データの恩恵によって、運動性能が良好な機体に仕上がったものの、武装が極めて貧弱という欠点を持つ。そこで堀越はISコアの管理領域のうち、未使用となっていた一部領域を拡張領域として転用していた。元は学園訓練機用に開発された方法で、後付武装(イコライザ)に対するISコアの認識を偽装して複数の武器を持ち替えさせるためのものである。スケジュールに余裕がなかったこともあり、菊原に頼んで倉庫に転がっていた打鉄用の装備を適当に見繕ってもらい、拡張領域に放り込んでしまった。

 現在、白式のISコアはマイクロガン(XM214)を左腕備え付けの近接ブレードとして認識している。無理矢理装備させたので八〇〇発ごとに弾帯を交換する必要があり、一度量子化して、再度実体化させなければならない。また、近接ブレード扱いなので射撃管制装置が使えないと言った問題が残っている。だが、武器としては一応使えることからそのまま納品していた。

 堀越はにこやかな笑みを少しだけ曇らせた。自社の第三世代機が出遅れていることに向けたものだが、連城と桜はその理由を図りかねていた。

 しばらく歩いて急に広い空間に出た。連城の車から行きがけに眺めていた格納庫だとすぐに気付いた。幅一〇〇メートルはあるだろうか。だだっ広い空間の隅にさまざまな年代の男女が、堀越の姿を見つけてじっと視線を投げかけてくる。お互いの距離が近くなるにつれて、彼らの視線を集めているのは自分だと、桜は気付いた。

 堀越と彼らを見比べる。前者は大したことがないような振る舞っていた。後者はひどく緊張した面持ちだ。初めて試作機を飛ばすときのような、胸を締めつけるような緊張感が漂っている。

 堀越は格納庫に漂った異様な雰囲気をものともせず、桜と連城をそのISの前まで連れていった。

 

「これが佐倉さんにお渡しする機体、つまり打鉄零式です」

 

 堀越に促されてその機体を見上げる。最初に目を引いたのは昨今では珍しくなった全身装甲を採用している点だ。シールドエネルギーが存在するため、動作を阻害する装甲は、重量を減らす観点からも極力不要という主張が声高に叫ばれ、現在の世界各国で開発されているISのうち、深海探査用などの特殊用途を除いて全身装甲を採用するものはほとんど例がない。実際、打鉄や白式は半露出型装甲を採用しており、倉持技研はその主張を論ずる筆頭格だ。

 桜は胸をふくらませながら打鉄零式を眺めた。全体的に突起物が少なく女性らしい丸みを帯びた装甲。脚部はしなやかにもかかわらず力強い。姿形がとても美しい機体だったので、思わず見とれてしまった。

 横から顔を出した女性は曽根と名乗り、四菱の社員で外部装甲の設計を担当したという。

 

「装甲や巨大な砲類は非固定浮遊部位にまとめました。標準でグライダーが付属していまして、このISは滑空できるんですよ」

 

 曽根は緊張した面持ちで説明しながら、資料をまとめたクリアファイルを連城に手渡した。

 兄弟機であるはずの白式とは明らかに設計思想が異なっている。美麗な機体にもかかわらず、この機体にはそこはかとない邪悪さが漂っている。桜はなぜかと思って目をこらし、すぐに禍々しい輝きに気付いた。頭部装甲の隙間から見える球体レーダーユニットが機体の印象をひどく歪めているのだ。透き通った深紅色の奥には無数の複眼が自分を見つめているかのような気分にさせられた。

 桜にはそれ以上に気になるものがあった。機体表面に青・黒・白の三色を用いてシマウマのような複雑な模様が描かれている。

 

「幻惑迷彩……」

「おっ。わかりますか」

 

 堀越が感嘆の声を漏らした。その答えに曽根や他の者はびっくりして目を丸くする。

 幻惑迷彩はまたの名をダズル迷彩と呼ばれ、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて専ら艦船に利用された迷彩塗装である。艦船に対する、敵からの艦種、規模、速度、進行方向などの把握を困難にさせるためのもので、レーダーの発達によりその意義を急速に衰えさせていった。

 ――ハイパーセンサーがあるから意味ないんやけど。

 すると堀越が桜の気持ちを見透かしたのか、少しだけ間を置いてつぶやいた。

 

「この迷彩、実はあまり意味ないんですけどね。装甲の色を自由に変化させることができまして、そのテストの一環でこのような模様になっています。ボタンひとつで例えば濃緑色やデジタル迷彩にも変更できますよ。後でやってみましょう」

 

 堀越は表情を崩さず、桜たちを見やった。

 

「では、起動試験を行います。係の者が更衣室に案内しますので、そちらでISスーツに着替えてください。よろしくお願いします」

 

 

 桜はスパッツスーツ状のISスーツに着替えていた。四菱ケミカルから支給されたISスーツと同じデザインだった。信号伝達速度を大幅に改善した試作品も用意されていたが、悪い予感がしたので通常支給のISスーツを選んでいた。

 更衣室から戻った桜を待っていたのは、ISの装甲が正中線で観音開きになっていた。桜はノート型端末や計測機器に囲まれた堀越に向かって、騒音が増してきたこともあって大きな声を放つ。

 

「ISスーツに着替えてきたんやけど」

「入試の時と同じようにISに搭乗してください」

 

 そのまま堀越の指示に従って打鉄零式に背中を預けた。連城がやや血色の良い顔で見守っている。堀越を見やると、彼はひどく緊張した顔つきになって生唾を飲み込んでいた。曽根ら技術者たちは落ち着き無く体を動かしながらも、端末に目を落としていた。

 

「零式に身を任せて。われわれの指示に従ってください」

 

 堀越は自分を落ち着かせるように、必死に声の震えを取り繕おうとしていた。桜や連城を不安がらせないため、打鉄零式がGOLEM導入後一度も正常起動していないことを伏せていた。データの上では起動可能だと確認していたとはいえ、いざ本番になって足が震えていた。

 桜にも技術者たちの緊張が伝わる。

 

「佐倉さん。今からISを起動させます。少し圧迫感があるかもしれませんが、最適化が終われば違和感が消えますから」

「はい」

 

 堀越は技術者に零式を起動するように指示を出した。技術者たちが復唱する。

 

「零式起動」

 

 その瞬間、起動信号を受信した打鉄零式の装甲が細い繊維状になって桜の体に絡みついた。全身が闇に飲み込まれていくかのようだ。桜はサイズが合わない水着を着たときと似た感覚に襲われ、不快感に眉を潜めているうちに視界が真っ暗になった。

 

「一、二、三……」

 

 桜は闇の中で自分の心を落ち着かせようと数を数えた。そして六〇まで数えたところで、急に周囲が明るくなった。

 

「数値正常。零式からの強制排出信号なし。最適化が始まりました」

 

 零式のISコアを監視していた技術者があえて淡々とした口調で、画面の映し出されたメッセージを読み上げた。最適化が始まったことにより打鉄零式の頭部レーダーユニットが艶やかに輝く。

 連城は堀越たちの様子がおかしいことに気付いた。しかめっ面をした堀越を除き、技術者たちは感極まった声を口にしていた。

 

「主任の言ったとおりでした」

()()()だ……GOLEM導入後、()()()動いた」

 

 だが、堀越の瞳には緊張の色が残っていた。浮き足だった技術者たちを戒めるように鋭い声を発した。

 

「まだです。一次移行が終わるまでは油断できない」

 

 最適化を終えた打鉄零式からまばゆい光を発したかと思えば、すぐに光が止んだ。

 青・黒・白の幻惑迷彩。外見は桜と連城が最初に見た姿とほとんど変わりがない。

 ISコアの監視モニターには処理が完了したことを知らせるメッセージが点滅していた。

 

「ほんまや。締め付けがのうなったわ」

 

 桜の声が格納庫に響いた。眼前に表示された「一次移行終了。GOLEM Ver.1.0.3 起動成功」というメッセージを合成音声が読み上げる。そして項目が次々とカスケード表示され、中にはハイパーセンサーのパラメーターや武器リストが表示されていく。

 桜は眼球を動かすうちに、奇妙な文言を見つける。

 

「名称未設定とか貫手(ぬきて)って……。神の杖? 浪漫(ろまん)あふれる名前やけど、何やのコレ。選択できへん」

 

 ――そういえば。

 桜は入試で使った打鉄のことを思い出した。

 ――開発元が同じなんや。どうせヘンテコな装備も似たんやろ。

 打鉄零式の横では、万歳三唱で喜ぶ技術者たちの姿があった。

 

 

 




ナタリアの日本語として博多弁を採用致しました。機械翻訳した文章を目視で手直ししているため、標準語から博多弁の変換に慣れていません。
おかしな点が御座いましたら報告いただけると助かります。よろしくお願い致します。

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