IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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この辺は楽しんで書いた。一時期後悔しましたが、今は後悔してません。


某国の密偵疑惑(七) TABANE

 箒が施したお(はら)いの霊験(れいげん)の程は定かではない。だが、桜の心理的ストレス軽減には大いに役立っていた。

 お披露目の翌日。金曜日のためか、浮かれた表情の生徒が多くになる中、桜がけろりとした表情で登校するのを見たクラスメイトは一様に不気味がっていた。

 桜が席に着くなり、朱音が顔色をうかがいながら心配した様子で声をかけた。

 

「桜。あのさ……今日は大丈夫なの?」

「すまんな。心配かけてもうて」

 

 昨日、桜は突然悲鳴を上げてからずっと具合が悪そうにしており、夕飯を少量に控えていた。その様子を目撃した朱音とナタリアは飛び上がらんばかりに驚いてしまった。桜のことをメガモリと愛称で呼んでいた者たちは、彼女がずっと無理をしており、その反動が来たのではないか、とささやいたほどである。

 桜はつとめて明るく振る舞い、心配事は去ったと吹聴(ふいちょう)して回った。

 朝のSHRになると弓削が昨日のことを気にしていたので、桜は何事もなかったかのように、

 

「大丈夫ですよ。専門家に相談して対処してもらいました」

 

 と答えていた。桜がきっぱりと言い切ったので弓削は一瞬釈然としない表情を浮かべたものの、追求することはなかった。

 ――篠ノ之様々や。

 桜はいつにもましてにこにことしていた。たくさん()いていた霊を払ってもらったことで肩が軽くなった気がした。あえて注文をつけるなら、憑いていた霊を成仏するよう導いてくれたらなお良かったが、そこまで求めるのは無茶というものだろう。

 朱音やナタリアは桜の様子を不審に思い、合間を見てはこっそりとその表情を観察していた。頬をゆるませた少しだらしない表情。何かあったことは確かである。

 一限の授業が終わり、桜は席を立って教室を抜け出した。

 

「メガモリはどこに行くと?」

 

 ナタリアは桜の後ろ姿が気になり、足早に廊下へ向かう。出入り口付近に立っていた朱音は、

 

「一条も来んしゃい」

「あ……ピウスツキさんっ」

 

 突然ナタリアに手首を引っ張られた。バランスを崩してのけぞり、足がふらついて今にも倒れそうになる。二、三歩つま先立ちになって歩いただけで何とか転ばずに済んだ。ナタリアは朱音のことはお構いなしに、桜の背中を追って、大股でずかずかと廊下を通り抜けていく。

 

「ちょっと……いったい何なの」

「メガモリがいつになく浮かれとるのが気になりよった」

「SHRで問題が解決したって言ってたけど?」

「九字ば切るような事態が簡単に解決するはずがなか」

 

 九字とは密教で用いられる護身用の呪文である。「(りん)(ぴょう)(とう)(じゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)」の文句を指す。

 桜は一組の教室に向かっていた。朱音は廊下を進むにつれ、自分たちに気づいた生徒がみんな振り返った事実に気づいて、思わず考え込んだ。

 ――桜よりもむしろ私たちの方が注目を浴びてない?

 原因はすぐに思い当たった。ナタリアの容姿だ。美人が多いとされる西スラヴ系の顔立ちもあって、桜を抑えて三組一の美少女とされている。言動に注意が行ってしまい最近は気にしなくなってきたが、かつては自分もその容姿に見とれていたひとりだったことを思い出した。

 朱音はすぐに、彼女たちの関心はナタリアのみに向けられていることを悟り、自分も注目を浴びていると考えたことを恥じ入った。

 桜は一組の教室の中に消えた。寮の隣人である箒の元へまっすぐ歩いた。箒の周りに一夏やセシリア、凰鈴音がいて、桜接近に気づいた。

 ナタリアも周りの視線に臆することなく、桜の背中を追った。ナタリアのなすがままになっていた朱音は、戸惑いながら一組の教室を見回していた。すぐに桜のルームメイト、つまり布仏本音の姿を見つけ、彼女が桜を見て一瞬ひどく動揺しているのを見逃さなかった。

 

「追いついた」

 

 ナタリアが足を止め、朱音の手首を離す。

 朱音が正面を見やると、そこには箒の両手をつかんで上下に振る桜の姿があった。

 

「篠ノ之さん。篠ノ之さん。なんだか体が軽く感じるんや。おおきに」

「ああ。少しは役に立ったみたいだな」

「今度お礼させて。飯なら何でもおごったるし、力仕事があるなら呼んで」

「大したことはやっていないんだ。そこまでしなくてもいい」

「謙遜せえへんでええ。篠ノ之さんにしかできへんことをやったんや。感謝の気持ちやと思って受け取って」

 

 桜は笑顔を振りまいた。すぐそばにいた一夏は一部始終を知るだけに口を挟むことができずにいた。

 

「一夏さん。篠ノ之さんたちはいったい何のお話をしているのですか」

 セシリアの問いに、一夏は昨日の出来事を思い出して顔を少し伏せる。

 箒が略式だと告げた儀式に居合わせた結果、八九式中戦車と一緒に姿を現した戦車兵や三八式歩兵銃を担いだ兵士、サラリーマン風の男たちなど桜に憑いていた霊の姿を目撃してしまった。桜はそのとき彼らの背格好から全員身内という仮説を口にした。

 佐倉作郎には八人の兄がいた。このうち戦車兵はノモンハン事件で戦死した次男の荘二郎。三八式歩兵銃を担いでいたのはソ連軍の満州侵攻によって、終戦間際に戦死した四男の征四郎。サラリーマン風の男たちはおそらく、戦時の物資調達のため戦時徴用商船に乗船したまま雷撃で()った三男の征三郎。復員の数年後、瀬戸内海で浮遊機雷との触雷(しょくらい)事故で死亡した五男の憲吾。傷痍(しょうい)軍人として除隊後、四日市空襲で焼死した六男の兼六あたりではないかと語った。

 桜は補足する形で、曾祖父(そうそふ)の代は九人兄弟のうち六人が戦争絡みで死んだ、と淡々と口にしている。

 

「あれー。朱音にナタリア、何しとんの」

 

 一夏が答えに窮していたところ、箒を解放した桜が上機嫌に相好を崩しながら声をかけた。

 

「ピウスツキさんが無理矢理……」

「浮かれた様子でふらふらほっつき歩いとったから、気になってついてきたばい」

 

 ナタリアの外見から予想だにしない言葉遣いが飛び出したので、鈴音はぎょっとして彼女の口元を凝視する。

 一夏は思い出したように鈴音に向かって声をかけた。

 

「ところでさ。鈴、さっき何か言いかけてなかったか」

 

 鈴音は言葉を交わす桜たちを見やった。ナタリアの胸部に視線を落として真っ青になり、朱音の胸部に目を移すや悔しげに「ぐぬぬ……」とつぶやき、桜の胸部を見てほっと胸をなでおろした。

 

「鈴?」

 

 鈴音の百面相を不審に思った一夏は心配そうに顔をのぞき込み、彼女は我に返って取り繕うように早口になった。

 

「ちちち小さくたっていいんだからねっ」

「は? 鈴、いったい何を」

 

 発言の意図が分からず首をかしげる一夏を見て、鈴音は顔を真っ赤にしてせき払いする。

 

「あたしが何を言おうとしていたか、だったわよね」

「ああ」

「宣戦布告よ。クラス代表戦は負けないからねって言おうとしたの。専任搭乗者である以上、勝ちに行くわ」

 

 鈴音は自己主張の乏しい胸の前で腕を組み、鼻を鳴らした後は自信に満ちた表情に一変していた。

 

「一組が専用機持ちだからって楽勝なんて言わせないわよ」

 

 鈴音は、専用機の専任搭乗者がクラス代表を務める一組と二組が優勝候補であるかのような物言いをした。これは鈴音がクラス代表の役目を移譲されたときに、四組はクラス代表として日本の代表候補生を擁立したが、専用機の受領が企業側の都合で遅れたことにより、打鉄で出場することになったという話を耳にしたためだ。本国にいた頃から開発遅延のニュースが流れていたので当然の成り行きだと感じていたが、少なくとも四組のクラス代表が実力を発揮するのは難しいだろう。三組については、ずぶの素人がクラス代表の座に収まったことからして早々に優勝候補から除外していた。

 つまり、鈴音にとって脅威となるのは一組だけである。この時点で、桜が入試で試験官を追いつめたという噂を耳に挟んでいたが、根拠のない眉唾な話だと思っていた。

 

「まあ、四組は日本の代表候補生だから、打鉄でも気をつけるべきだと感じてはいるけど。三組は……」

 

 鈴音が(あざけ)るように鼻で笑った。そのことに一組の生徒は誰も気にとがめるような素振りを見せなかった。

 ――まあ、普通そうやろな。

 桜は鈴音たちの反応を見て、三組の評判を改めて思い知らされた。

 鈴音のいかにも挑発するような態度を目の当たりにしても、桜はあいまいな顔つきでいた。どう言い返すか言葉を選んでいたら、朱音とナタリアの視線に気づく。ふたりは桜を見つめて厳しい表情を浮かべている。

 

「メガモリ言ったれ」

「桜、ここは一言」

「ふたりとも……もしかして期待しとんの?」

 

 桜はふたりが機嫌を損ねながらうなずいて返すさまを見て、大きく息を吐いた。何だか喧嘩(けんか)を売るみたいで気が引けた。

 

「お二方(ふたかた)、盛り上がっとるところ申し訳ないんやけど……三組も専用機が来たんや。せやさかい楽勝と言うのは語弊(ごへい)があってな」

「アンタ、名前とクラスは?」

「一年三組佐倉桜」

「ふうん。アンタが三組のクラス代表ね。で、搭乗時間は?」

「そこに立っとる織斑よりも少ないわ」

「思い切り素人じゃない」

 

 搭乗時間のことを言われると立つ瀬がなかった。代表候補生ともなれば総搭乗時間は四〇〇時間を超える。桜は経験上、搭乗時間だけで実力を測ることができないことをよく知っていた。しかし、生まれたばかりの(ひな)が親鳥に勝てる道理はない。

 それに桜は、朱音よりも操縦センスが劣っているのではないか、と感じていた。五分間の鬼ごっこで一度も朱音の体に触れることができなかった。過去に培ったマニューバを試したが、背中に目でもあるのか、と思わなければ納得できないような動きでいとも簡単にすり抜けてしまった。

 ――もしタッグマッチがあったら、朱音を突っ込ませてロッテ戦術を使ったら、結構ええとこ行けるんやないの。

 鈴音がじっとにらんできたので、桜は泰然とした態度のまま考え事をしていた。

 

「メガモリは普通の素人やなか。織斑は特殊な事例やけどメガモリが専用機がもらえたことが、どうゆうことかわかってなか」

「彼女のISはものすごーく強そうだったから。白式どころか甲龍にも勝るくらい威圧感がものすごかったから、見たら腰が抜けて動けなくなっちゃうんじゃないの?」

 

 気がついたらナタリアと朱音が好き勝手に(あお)っていた。

 ――ちょっ……ふたりとも何を言っとるんや。

 ふたりは嘘をついてはいなかった。桜が専用機をもらえたのは偶然相性がよかったからだ。朱音が鬼ごっこの時、頭部レーダーユニットを爛々(らんらん)と輝かせた打鉄零式が、凄まじい勢いで迫る姿に肝を冷やしたのもまた事実である。

 ナタリアが再び桜を向き直るや、「打ち合わせ通りに頼むわ。悪役っぽく(つや)つけすぎでよかよ」と耳元でささやいた。

 ――んなもん、聞いとらんわ。打ち合わせって何やあ。

 桜は困惑してナタリアを見つめる。すると彼女は親指を立てて輝くような笑顔を見せた。桜は話が通じないことを悟り、仕方なく朱音にすがるような視線を向ける。

 だが、朱音は一歩を踏み出す勇気がほしいものと勝手に勘違いして、桜の背中をそっと押したにすぎなかった。

 桜はそのまま一歩前に出てから不安そうにふたりを顧みる。するとふたりが何かを期待するように目を輝かせたものだから、仕方なく覚悟を決めた。

 鈴音を見据え、胸を張って深呼吸する。

 ――ええい、ままよっ!

 桜は清水の舞台から飛び降りるつもりで啖呵(たんか)を切った。

 

「三組は負けん。それどころかこてんぱんにして勝ったるわ!」

 

 こうして三組は、一組と二組同時に宣戦布告と相なったのである。

 

 

 大見得を切ったからには勝たねばならない。負ければ笑い者だ。

 放課後になって、桜は第三アリーナの隅でひっそりと打鉄零式を実体化させた。

 ――さて、篠ノ之さんのお祓いの効果はどんなもんやろ。

 桜は昨日、突如として出現したアレが悪霊であることを密かに期待していた。仮説が正しければ一時的にせよ、桜の周囲から悪霊も去ったことになる。

 さて、桜の専用機実体化に至るプロセスを傍目から観察すると、細くて黒い触手に全身をからめ取られているかのように見える。四菱の特殊繊維技術だと知っていればどうってことはないのだが、偶然その光景を目撃したセシリアは、つい(みだ)らな想像を働かせてしまい、恥じらうあまり頬を真っ赤に染めて、桜の姿をそのまま直視し続けることができなくなってうつむいてしまった。

 

「相変わらず名称未設定は健在やな」

 

 桜は視野が明るくなってすぐ、メニューを確かめるなり独り言をつぶやいた。頭痛の種が消えていない事実を嘆き悲しむように重苦しいため息をつく。

 桜は今のところ昨日のアレがいないことに安堵(あんど)していた。

 ――ただの映像やった。そうや、篠ノ之さんのお姉さんのいたずらや。きっとそうに違いなかったんや。……気を取り直して訓練しよ。

 桜はイメージ・インターフェイスを利用して貫手を打つため、指を伸ばして意識を集中する。

 

「人体に向かって貫手を使ってはいけませんよ!」

「ひっ……」

 

 桜は思わず生唾を飲み込んだ。

 得体の知れない何かが悪霊である、という仮説が否定された瞬間だった。

 ――ななな何でおんの!

 桜はうろたえ、叫びそうになるのを必死に堪えた。これが反露出型装甲ならば、取り乱す姿が露わになっているところだが、全身装甲のおかげでその様子を外からうかがい知ることはできなかった。

 

「田羽根さんを無視するなんていけませんよ!」

 

 画面の中央に出現した二頭身キャラは篠ノ之束博士をデフォルメした姿で、なぜかIS学園の制服を着用していた。丁寧に青いリボンを身につけており、腰まで伸びた髪を紫色に染め、たれ目気味でふんわりとしたマシュマロのような雰囲気を醸し出していた。妹の箒は抜き身の刃の様な女性だが、姉はとらえどころのない(かすみ)の様である。

 

「あ、悪霊やなかったんかっ」

 

 桜は心の支えであった仮説を崩され、上擦った声を出した。

 

「ハハハッ。田羽根さんを悪霊呼ばわりするんですね! 田羽根さんはれっきとしたプログラムですよ!」

 

 田羽根さんは腰を折って人差し指を突き出して「メっ」と口に出した。すると指の腹が拡大表示され、渦巻き模様が目に入る。

 

「プログラムやと……篠ノ之博士が作ったんか」

「いえ~す。本機開発にあたって、博士は自主開発した田羽根さんを提供したのですよ!」

「ちょっと待って。名前はGOLEMやないんか」

「GOLEM? それは開発コードですね! 田羽根さんはGOLEMシステムが提供する機能の一部ですよ!」

 

 桜は甲高く耳に響くその言葉を聞いて、呆気にとられながらも頭を働かせようと必死になった。田羽根さんは大きな目をくりくりさせて桜の言葉を待った。

 

「まさか……米国とイスラエル共同開発中の試験機にも同じもんが入っとるんか」

「いえ~す。GOLEMシステムが提供されているのは事実ですね! でも、あの機体には田羽根さんはいませんよ。その代わり穂羽鬼(ほうき)くんが入ってますね!」

 

 桜はISを身につけているにもかかわらず、頭痛がしたような気分になり額に手をあてていた。

 ――まさか……。

 桜は勇気を振り絞ってその懸念を口にした。

 

「まさか、田羽根さんは他にもおるん?」

 

 すると田羽根さんは、腰に両手をあてて、したり顔でふんぞり返った。

 

「いえ~す。田羽根さんはたくさんいますよ!」

 

 ――こんな鬱陶(うっとう)しいのが他にもおるんやって……?

 桜は無数の田羽根さんが視野を埋め尽くす光景を想像して悶絶(もんぜつ)した。

 ――考えるんや。ISソフトウェアは非限定情報集積(アンリミテッド・サーキット)によって独自の進化を遂げると教本に書いてあったわ。GOLEMが基本システムなら、その上に乗っかるソフトウェアが自己進化して独自に拡張されたとすれば……。

 そして桜は田羽根さんがGOLEMが自己進化した個体のひとつだと仮定した。田羽根さんの他に穂羽鬼くんなる個体も存在するのだから、根本のシステムは同じでも機能に個体差が生じている可能性があった。

 田羽根さんは中央に居座り続けるのは邪魔になると思ったのか、隅に移動してからどこからともなくちゃぶ台を取り出して勝手にくつろぎ始めた。

 桜はその様子を見て情報収集を試みようと決心した。

 ――質問したら律義に答えてくれるんや。もっと聞いて堀越さんに調べてもらわんとな。

 

「な、なあ。田羽根さんは何ができるん?」

 

 田羽根さんは名前を呼ばれてうれしそうに飛び跳ねる。

 

「搭乗者の操縦支援ですね! たとえば、もしも飛行中に眠くなったら田羽根さんにお願いすれば自動操縦で飛行を続けますよ。火器管制システムを田羽根さんが扱えるよう許可を与えてくれたら、相手をばっちり撃ち落として見せますよ! 他にもISを使っていろんなことができますよ!」

「自動操縦は便利やな」

「他にも、さっきみたいに貫手を人体に向けないよう注意するのもお仕事のひとつですね! くれぐれも貫手を人体に向けて使ってはいけませんよ! 結果を保証できませんよ!」

「どういうことや」

「どうもこうもないのですよ! 人体に貫手を使えば恐ろしい結果が待っています。どちらにせよ人体に向けて使った時は田羽根さんが阻止しますよ!」

「ISにはシールドがあるんやろ。貫手なんかただ物理攻撃やないか。どうせ弾かれて終わるんやないの」

「甘いですよ! 武器を人体に向けてはならない。人命優先。これは大原則ですよ!」

「せやったら、他の実弾兵器や荷電粒子砲みたいなエネルギー兵器を使った場合はどうなんや」

「それらはシールドで弾かれますよ! 相手のシールドエネルギーがたくさんあるうちはじゃんじゃん使ってくださいね!」

 

 田羽根さんは矛盾を口にしていた。飛び道具は良くて、貫手はダメだという。桜はもう一度同じことを聞いたが、やはり答えは変わらなかった。

 

「そうでした。そうでした。これを伝えるのを忘れていました」

 

 田羽根さんは独り言をつぶやきながら制服のポケットに手を突っ込んで、何かを探すようなしぐさをしてみせる。程なくポケットの中から自動車のナンバープレート程度の大きさの白い板を取り出した。板には英数字が書かれ、その左側に「Ver」記されているのを目にした。

 

「バージョン情報?」

「田羽根さんはISのコア・ネットワークを介してバージョンアップするように設計されていますね。マイナーバージョンアップの場合はバグ修正とか小さな機能の追加ですよ。他の田羽根さんや穂羽鬼くんが見つけたバグ情報を共有して直せるものは直していきますね。詳しい内容を見たいときは田羽根さんにお願いしてくださいね。誠意を見せてくれたら答えてあげますよ!」

 

 田羽根さんは二頭身故にまっ平らになった胸を誇らしげに張り、ひとりで(えつ)に入った。

 

「田羽根さんのメジャーバージョンアップは篠ノ之博士の判断で提供され、搭乗者の同意によって実行されます。大きな機能追加があった場合など、田羽根さんが大きく変化するらしいですよ! 詳細はよくわかりませんね!」

 

 

 桜は気を取り直してISの操縦訓練を再開した。田羽根さんの謎は聞けば聞くだけ深まるので、性急に進めず、時間をかけて根ほり葉ほり聞きだそうと思った。一応、今日聞いた内容は堀越たちに報告するつもりでいた。

 桜は白式に向かって試しに貫手を使ってみようと思い立った。しかし、意思に反して腕が硬直してしまい、動かすことができなかった。

 

「せっかく注意したのにさっそく試そうとしましたね! 危険行為は田羽根さんが未然に防ぎますよ!」

「ハハッ。ほんまに止めるんか、確かめたかっただけや。実際に使おうとは考えとらんよ」

 

 仕方なく視野に他の生徒を入れないように壁を向いて貫手の素振りを行い、非固定浮遊部位(アンロックユニット)とマニピュレーター間における後付武装(イコライザ)転送の反復練習を実施した。

 

「穂羽鬼くんの記録の足元にも及びませんね。初心者だから仕方ないですけどね!」

 

 どこから入手したのか、穂羽鬼くんの記録を持ち出し、(つか)に汚い字で「たばね」と書かれた竹刀まで手にしていた。量子化・実体化の速度を比べては小言を言ったり、イメージを形作るプロセスの改善を提案してきたのである。

 桜は素直に従った。従わないと田羽根さんが甲高い声で騒ぐのも理由のひとつだが、穂羽鬼くんの主はとても優秀らしく、今の桜ではどうやっても記録に届かなかった。そして鬱陶しいとはいえ、田羽根さんの言うことを聞くと記録が伸びる。桜はIS搭乗者のノウハウをこっそりのぞき見するような気分に陥った。

 

「成功イメージが明確になったら反復練習を繰り返しましょう。目をつぶって動けるようになるまで繰り返さないとだめですよ! 腕一本がもげても、肺に穴が空いて今にも死にそうな状態に陥っても正確に動けるよう、体に覚えさせなければ意味がありませんよ!」

 

 桜は反復練習の効果について異論はなかった。けがの功名だが、海軍では「不時着や空中脱出の極意なら佐倉に聞け」と有名だった。それだけ日常茶飯事のように撃墜されたり、致命的な故障が発生しては落下傘のお世話になったり、海原に不時着水しては駆逐艦に、野原に不時着しては陸軍に拾い上げられてきた証拠である。

 田羽根さんは桜の集中力が落ちてきたと察するや、揉み手をして()びるような声で気分転換を申し出た。

 

「お疲れですか? そんなときは良いものがありますよ」

「……胡散臭(うさんくさ)いものじゃなければ」

「ひどい言い草ですね。田羽根さんは搭乗者にご奉仕するのがお仕事ですよ。調べてみたらこの機体には滑空ユニットなるパッケージが標準搭載されていますね」

 

 よく見れば田羽根さんは赤縁メガネをかけて、(へり)を指の腹で押し上げている。篠ノ之博士が視力が悪いという話を聞かないので、おそらく伊達(だて)メガネだと推測した。

 

「滑空……ああ、前に曽根さんが言っとったな」

 

 桜は曽根の顔を思い出しながら答えた。

 

「このパッケージを使って空を飛んでみるのはいかがですか? グライダーとはいえ、自由に空を飛べる機会なんてなかなかありませんよ」

「ええかもしれんな」

 

 桜は相づちを打った。そして田羽根さんがPICを有効にするのを見て声を上げた。

 

「待って。PICは私が合図したら切ってほしいんや」

「なぜです? PICを使わずに飛行するとか自殺行為ですよ!」

「搭乗者の矜持(きんじ)の問題や。地面とキスしそうになったら田羽根さんの判断でPICを有効にしたらええ。そんで問題ないやろ」

「もちろんですよ! 田羽根さんなら完璧に制御してみせますよ!」

「期待しとるわ」

 

 桜は田羽根さんがちゃぶ台の前で正座するのを見届けてから、風下へ壁伝いに移動した。桜はハイパーセンサーを利用して風量や風向の情報を入手する。IS学園は海辺にあるためか風と潮の匂いが強かった。

 パッケージは搭載すると拡張領域を消費するのは後付武装と同じだが、用途が異なり、ISの機能強化を目的としている。たとえば打鉄用としてよく知られている災害支援用のロボットアームパッケージがある。余談だが、このパッケージを装備すると打鉄の拡張領域をすべて消費してしまう。すべての後付武装を取り除いてからでなければ装備できない仕様となっている。

 桜は初回なので滑空パッケージをメニューから呼び出した。数秒後には背中に巨大な主翼や尾翼が出現した。堀越たちの説明を思い出しながら主翼を広げる。設定メニューが存在することに気づき、「推進力あり」という項目を有効にした。

 すると背中が引っ張られるような重みを感じ、前のめりになって踏ん張りながらハイパーセンサーを使って背中の映像を取得し、灰色のシリンダー状になった太くて長い加速用スラスターを目にした。

 ――双発か。

 桜は広げた主翼に注意を配り、フラップの正常稼働を確認する。補助翼の状態も確かめる。

 PICを使って機体を地面から数センチだけ浮かし、PICで姿勢制御を行った。

 そして推力周りのあれこれを田羽根さんに任せ、その手順をなぞるように繰り返しながら、風の状態を読んでいた。桜から見て正面の進路上に訓練中のISがいないことを確かめる。さらに同じアリーナにいたセシリアや一夏たちに向けて開放回線で桜が言う進路に入らないよう注意を呼びかけた。

 向かい風が吹いた。スラスターを噴かし、田羽根さんが推力の増大を知らせた。桜は操縦桿を前に倒すイメージで機体を滑らせ、速度が上がるにつれて尾部が持ち上がるのを感じると水平飛行し、そして急な角度で上昇していった。

 

 

 


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