IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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少し長くなったのでキリの良いところで二分割しました。
最新話で直接本話に飛んだ方は、お手数ですが先に(八)のほうを読んで頂くようお願い申し上げます。

※注意※
今回はガールズラブ要素が非常に強いため、苦手な方は冒頭部分を読み飛ばしてください。




某国の密偵疑惑(九) 事情・下

 桜と本音が更衣室に着いたときには、三組の生徒は誰も残っていなかった。すでに夕食の時間に割り込んでいるため、友情よりも食欲を取った結果である。

 ――二人きり。が、がんばらないと。

 ここで本音は妙なやる気を見せた。整備科の先輩方から別れ際に生暖かい応援の言葉をもらった。そして運良く楯無が姿を見せなかったことで本音の精神力はわずかだが回復の兆しを見せていた。

 

「えらい美人やったね」

 

 桜は先ほどから虚のことを褒めちぎっている。虚に初めて会った人は大抵同じような反応を示す。本音は何度も繰り返されてきた光景に慣れっこだった。

 ――みんなだまされてるよ。おねえちゃんは一度こたつに入ったら一生出てこないような人間なんだよ。

 本音は姉のだらしない姿を思い浮かべながら、上辺は相づちを打って自慢の姉だと褒めた。

 一方、桜は珍しくこの身が女であることを呪っていた。そして以前にも、真耶に同じような感情を抱いたことを思い出してしまった。節操なしに目移りしていると気付いたが、本音の手前言い出せるはずもない。

 ――お姉さんにまで懸想したなんて知られた暁には怒られるやろな……。

 桜は自分の着替えを取るべくロッカーを開けた。少し間を置いた後で隣でISスーツから腕を抜こうとする本音を見つめた。

 

「サクサク。どうしたの~なんだか真剣な目だよ~」

「あ、いや……何でもないわ」

 

 本音は動きを止めず、ISスーツを下腹部のあたりまで脱いだ状態で桜を見つめ返す。言葉を濁し、半裸になった本音から目を逸らす。顔を背け、着替えの手を止めた。その様子に本音の役者根性に火がついた。

 

「お姉ちゃん美人だったよね~」

 

 本音はロッカーからブラジャーを手に取った。その刹那、意地悪な顔つきになって考え事をするそぶりを見せ、ブラジャーから手を離す。先ほどから初な反応を見せる桜が気のない返事をして、ロッカーに目を戻したすきに肩を寄せる。艶めいた吐息を漏らし、桜の鍛え抜かれた背中に手を触れた。

 

「ちょっと()けちゃった」

 

 指先で桜の髪に触れ、耳を露わにして唇を近づけてささやいた。からかうようなしぐさを演じることは造作もない。機会があれば好いていることを印象づける距離感がちょうどよかった。

 

「ISスーツ……脱ぐ途中やろ。それ、女にくっつけるもんやない」

「意地悪」

 

 こういう時の桜は、本音を少し突き放したかのような物言いをした。だが、普段よりも恥じらいの震えがある。

 本音は好機と見て攻めた。桜に体重を預けた。桜の体がロッカーに当たった。本音ははだけた胸を桜の背中に押しつける。心臓の音が伝わる。桜は声を荒げたり、乱暴にふりほどこうとはしない。ただ、状況に戸惑って流されているように感じた。

 本音が続きの言葉を口にしようとした。

 そのとき、開けっ放しのロッカーの扉に肘が当たったような軽い音がした。桜と本音は一斉に物音がした方向を見やった。

 その人物を目にした瞬間、本音の顔が青ざめた。

 

「ええっと更識さんやったっけ。朱音のルームメイトの」

 

 簪はロッカーに置き忘れた荷物を取りに来ただけだ。

 幼なじみが半裸のまま同性を誘惑する姿を目にするとは考えもしなかった。

 簪の肩が大きく震えた。目元を潤ませ、半歩後ずさる。消え入りそうな声で「やっぱり……」とつぶやく。彼女の表情には何らかの仮定があり、状況証拠から確信に至る過程がその表情からうかがい知ることができた。

 

「……不潔」

 

 簪は厳しい表情で本音をにらみつけ、捨て台詞を残して踵を返した。大股で歩き去っていく背中に向かって、桜から体を離して手を伸ばすが、決して届くことはなかった。

 

「まって! かんちゃん!」

 

 ――あわわわ。かかかかんちゃんにみられた。みられちゃった。うわっ。うわわわ~。

 本音は他人から同情を買うほど激しく取り乱し、がっくりとうなだれてしまった。

 そして追い打ちをかけるように、ロッカーの列の間から箒が姿を現した。ずっと気配を消していたのか、滑るようにして足音を立てずに本音のそばまで歩み寄る。仏頂面になって眉根を寄せ、地面に拳を打ち付ける本音、そして口を半開きにして立ちつくす桜を交互に見比べてから、後ろを振り返った。

 

「行ったか」

 

 箒は荒々しく更衣室から飛び出していった簪の背中を見送って小さく独りごちる。

 箒もISスーツを身に着けていた。水着のように肌に吸いつく特性上、箒の早熟な女の肢体を隠す要素は存在せず、滑らかな繊維の光沢が年齢不相応な艶やかさを演出していた。

 箒は先ほどまで一夏の訓練に付き合っていた。以前は備品室だと思われる仮設男子更衣室へ一夏を案内し、自分は女子更衣室を利用していた。偶然簪の後をついて行く形で入室した。縁もゆかりもないふたりが互いに言葉を交わすことはなかった。

 少女の汗のにおい。これが男ならばまろやかな香りに鼻孔を刺激され、狂い猛るような興奮に身を委ねてしまうに違いない。

 箒はわざと大きく咳払いをしてふたりの注意を引く。隣人のよしみだから言わせてくれ、と前置き、本音が顔を上げたのを確かめてから口を開いた。

 

「布仏。恋愛の形は人それぞれだが、そういうことは自室でやってくれないだろうか」

 

 ――今まで通り女子更衣室を一夏に使わせるまねを続けていたら大惨事は免れなかっただろう。

 箒は前回の一件から時間が経過していたため、恋愛の形が歪でもそれを心の底から応援するだけの余裕があった。もちろん自分が恋愛対象となった場合は別だ。

 

「もちろん部屋でする時は布団をかぶるなりして、音漏れには細心の注意を払ってくれ」

 

 女同士のまぐわいに興味はない。だが、周り目があることを注意しておかなければならない。いつ何時、先ほどのような惨事が発生するとも限らないからだ。

 本音は親切心から出ている言葉だと分かっているだけに、何とも言えない気まずさを味わっていた。

 

 

 夕食を経てもなお失意のどん底にあった本音は、部屋着であるクズリの着ぐるみを着たまま楯無の部屋を訪ねていた。表向きは勉強を教わるためだ。本来の目的は楯無と監視状況について情報を共有することである。

 楯無にどうしても聞かねばならないことがあった。本音がやらかしたときに、楯無は自分から簪への説明を申し出ている。しかし、現実はどうだろう。簪は誤解したままで、それどころか声をかけても避けられるばかりだ。楯無の説明に疎漏があったのではないか。上司と言えど指摘しなければ気が済まなかった。

 

「それで、佐倉さんとの生活はどうなってるの」

 

 楯無は世間話をするかのような口振りだ。楯無のルームメイトはふたりに気をつかって、友人のところで一夜を過ごすと言って寝間着を持って出ていってしまった。本音の噂は学園内で知らない者はいない。恋愛素人の生徒会長に恋愛相談を持ちかけてきたものと好意的に解釈したのだ。生徒の悩みを聞き、相互に助け合うのも生徒会の役目である。

 

「おじょうさま。その前に、かんちゃんに私のことをどんな風に説明したのか教えてもらえませんか~」

 

 楯無は妹の名を出されて、にわかに表情を曇らせた。

 

「要点だけ淡々と伝えたわ。本音も知ってるでしょ。最近私とあの子の仲が悪いこと」

「知ってますけど、かんちゃんが勘違いしたままなのが気になって……気になって」

 

 本音の声が尻すぼみになって消えていった。先ほどの光景を思いだし、胸を締め付けられ、いくら我慢しても涙がこみあげてくる。

 簪はレズビアン設定を真に受け、深く誤解していた。もしも本音と二人っきりになった途端、桜のようにおいしく食べられてしまうのではないか。簪の反応を見るに、桜と本音はすでに深い仲になったと考えているのではないだろうか。

 楯無は軽く息を整えてから真面目な顔つきで諭すように告げた。

 

「本音は対象の監視任務についている。実は佐倉桜みたいな細身で、胸が小さな女の子が好きだという性癖に気づいてしまった。だから趣味と実益をかねて今の任務を全うするつもりだ……要約するとこうね」

 

 本音は身を乗り出し、楯無に向かって勢いよく指を突きつける。目を怒らせて鋭い声を放った。

 

「わかった! 犯人はおじょうさまだ!」

 

 楯無は犯人呼ばわりされる理由がわからず、ぼんやりとしていた。簪に対する説明は、敵を(あざむ)くにはまず味方から、と兵法の教えに従ったのだ。簪はもし有事となれば、性癖くらいで対応を変えるようなまねはしないはずだ。多少誤解させたままでも問題ないと判断していた。それに本音が好きなのは佐倉桜みたいな引き締まった体つきの子という設定だ。体を鍛えているので胸が無いのは当然のこと。簪は姉の目から見ても貧相な体つきである。発育が悪いことをコンプレックスのように感じていることも知っている。つまり、本音の好みから外れており、まかり間違っても簪に手を出すようなことはありえない。

 ふと楯無は妹に伝えた内容と、自分の意図を突き合わせてみた。そして一カ所ニュアンスが食い違う点に気付いて首をかしげた。細身と言えば、引き締まっているだけでなく単にやせているだけの場合も含まれるではないか。

 

「細身で胸が小さな子……だから簪は対象外のつもりだったけど、この言い方じゃ誤解するわね。あっ、ごめんね~。私の言い方がまずかった」

 

 楯無は顔の前で手を合わせる。笑いながら繰り返し謝罪の言葉を口にした。

 

 

 垂れ下がった袖口を振り回して怒りを表現した本音は、気分転換のため一度立ち上がった。息を整えながら背伸びをしたり腰をひねる。楯無は悪びれた様子もなく笑ったまま袖机からタブレット型端末を引っ張り出していた。机に置き、保存した資料を表示させるため、画面とにらめっこしていた。

 本音が不機嫌な顔つきのまま頬を膨らませて再び座った。楯無は背筋を伸ばして、まっすぐ本音を見つめた。

 

「幽霊騒ぎはご愁傷様。さすがに心霊要素が絡んでくるとは誰も予想できなかったと思うわ。よくがんばった」

「あんな経験はもうこりごりだよ……」

 

 まさかの恐怖体験である。箒は触媒として真剣を使い、人ではない何かをその身に降ろしたのだ。

 それ以来、本音は再び霊を目撃してしまうのかと思っておびえていたが、懸念したような出来事には遭遇していない。箒の言葉を借りればもともと見えないのだから当たり前だ、ということらしい。

 本音が顔を伏せると、ちょうど端末の画面が目に入り、箒の顔写真が貼られていた。

 

「これは?」

「篠ノ之箒について、ようやく政府の閲覧許可が下りた情報があって、その部分を加えた追加報告書よ。暫定版なんだけど見せるタイミングとしてはちょうどいいと思って」

「ふうん」

 

 本音は腕まくりして、端末に指を滑らせ、報告書のページを繰る。追記された部分が赤字で示されていた。

 

「結構追記されてるね」

「篠ノ之神社の成り立ちから郷土の伝承まで幅広く取り扱っているけど、どうもうちと同じく旧家の、面倒な因習を抱え込んでるみたい」

「巫子さんなんでしょ? お祭りで奉納舞を踊るんだって篠ノ之さんが言っていたよ」

「それもあるんだけど、大きく変更があった家族構成について復習しましょうか」

 

 楯無が家系図と転居一覧が掲載された部分を拡大した。政府の重要人物保護プログラムによって日本中を転々としていたのか、長ったらしい記述になっている。

 

「現在篠ノ之家は一家離散状態です。長女の束は住所不定。インターネットに接続可能な地域に住んでいることだけは確か。次女箒はIS学園預かり。母親は書いてあるとおり。ここが大きな変更点なんだけど、彼女の父親、柳韻は……」

 

 楯無が示した場所には赤字で「死亡」と書かれている。本音が目を通した旧版には生存しているはずだった。

 本音は眉根を寄せて楯無の表情をうかがうべく顔を上げた。

 

「あの~このことを篠ノ之さん本人は」

「その辺りはまだ調査中。知ってるかもしれない。知らないかもしれない。死因はガンだったらしいけどね。腑に落ちないのは、急死なのにすぐ荼毘(だび)にされた点」

 

 荼毘とは火葬を指した言葉である。

 

「重要人物保護プログラムの対象者なら検視くらいして然るべきだけど、彼の場合はそれがない」

「おかしい」

「そう。おかしいのよ。国内で組織が始末したならうちが知って然るべきなのに情報がない。情報を隠している」

 

 本音は端末をのぞき込み、ある項目に注目した。

 

「おじょうさま。篠ノ之家の惣領は誰になってるんですか~」

「今は空位よ。次女が成人次第、家督を継承することになってるようね」

「束博士は?」

「失踪前に権利放棄を明言している。それに二十歳(はたち)になってすぐ分籍している。それにしても次女の転居先を見てると、意図的に霊的な場所を選んだとしか思えないわ」

「つまり政府が巫子としての教育を施したってこと~?」

「そうなる。まったく何考えてるんだか」

 

 楯無はため息をついた。

 

「彼女についてはこれくらいね。わかってると思うけど今の話は他言無用だから」

 

 

 楯無は端末を操作し、今度は佐倉桜の顔写真が出す。ここからが本題である。

 

「先日報告があったシミュレーターの件だけど、調べてみたの」

「調査漏れの件だ。どうでした~」

 

 楯無は笑顔を浮かべて答えた。

 

「対象はとても言語能力が高いことが判明しました。開発企業主催の掲示板には英・西・露の言語で書き込みを行ってるわね。内容は質問とその回答だから大したことを書いてなかったし、スラングが酷くて……」

 

 楯無は何かを思い出したらしく、顔をしかめたが、すぐに気を取り直して言葉を続けた。

 

「彼女と比較的交流が多かったユーザーが判明したわ」

 

 楯無が端末を操り、該当の項目を表示させたので、本音がのぞき込んで順番に口にしていく。

 

「ケースオフィサー、トロイ、マ***ァッ**」

「最後のは口に出さない方が良いわよ……手遅れだったみたいね」

 

 本音は意味に気付きあわてて自分の口を押さえた。最近この手の罠に引っかかってばかりだ。文字を目で追っていく。ケースオフィサーは投資家兼航空機コレクター。トロイは知能犯として逮捕歴がある。現在は更正して今のところただのゲーマー。マ***ァッ**は調査中である。

 

「こんなに分かりやすく痕跡を残してるのに、どうして漏れちゃったの~?」

 

 楯無は依頼を遂行した民間調査機関の名誉のために理由を口にした。

 

「調査期間中の情報秘匿が完璧だったのよ。メールどころか、メモや噂のひとつもなければお手上げよ」

 

 楯無は天を仰いだ。あっさり自分から暴露した事実。桜にしては矛盾した行動である。虚から単にIS学園に入るための願掛けをしていたのではないか、という意見が出ていた。だが、受験だからと言って徹底して情報を秘匿するものだろうか。親しい友人に「●●を禁止されたんだ」とか「合格するまで●●はしないって決めた」と愚痴をこぼすのが自然ではないか。

 実際にはシミュレーターの話を知っていた友人ともども奈津子の指導が入り、「女の子らしくせな。普段から気をつけんと一番肝心な時にボロを出すんや。特にサクは昔っから運が悪いから。徹底的にやらんとな」という一幕があったのが原因である。奈津子が情報戦を理解していたのかは別として、桜たちの素材を活かすべく本腰を入れてお節介を焼いた結果、更識家が諜報(ちょうほう)戦で後手に回るという奇妙な状況が成り立っていた。

 

「次に虚に頼んで布仏の家に問い合わせてもらった結果を教えるわ」

 

 楯無が机の下から文庫本を取り出し、机の上に置いた。著者は夜竹という珍しい姓だ。

 ――クラスメイトと同じ名字。初日以来話したことないけど……。

 本音は促されるまま、文庫本を手に取って付箋を貼ったページを開く。集合写真を何気なく眺め、中央付近で目を止めるなり顔をしかめた。

 

「私とよく似た人が写ってる……」

 

 写真の注釈には、小さな文字で姓名と階級が書かれている。

 

「布仏静少尉、佐倉作郎少尉……一九四五年四月一〇日撮影……」

「虚、びっくりしてたわよ。佐倉家との接点。彼らは同じ基地にいて同じ日に戦死したの」

 

 本音は佐倉作郎の写真を見て、

 

「ところで本音。霊を払ったとき、彼女に憑いていた霊を見たのよね。そこに彼は、いた?」

「え、彼って」

 

 楯無は佐倉作郎のことを言っているのだ。

 

「彼女は彼の名前を口にした?」

 

 楯無の表情は笑みをたたえている。だが、目が笑っていない。薄ら寒さを覚えながら、本音は首を振って事実を告げた。

 

「そう。……もしかしたら成仏したのかもね」

 

 楯無は本当のところ「まだ憑いている」と続けたかった。が、本音をこれ以上おびえさせるのは得策ではないと考えて自重した。

 佐倉作郎の資料は、その特異な戦歴から比較的集めやすかった。

 一応日本海軍航空隊のエースのひとりとして名が上がっている。「一応」としたのは、一九四三年六月以降、海軍が個人の功績を作戦報告書へ記入することを禁じていたこともあり、正確な単独撃墜数は夜竹が記憶していたものと本人の手記を根拠としても、それほど多くはないためだ。夜竹の回顧録によれば、作郎は風防に弾丸を撃ち込んで敵パイロットを確実に殺めた分だけ自己記録として数えていたらしく、片手で数えられる程度しかなかった。

 しかし、作郎がいた部隊全体の共同撃墜数はめざましいものがあった。その分死傷率も際だって高く、作郎だけが生き残った形になっている。

 特異とされるのは不運の数だ。エンジントラブル、被弾による不時着水や空中脱出、そして度重なる被撃墜。航空機の品質低下の影響を色濃く受ける形でトラブルの数が激増し、彼がひとりで不調な機体の面倒を見ているかのようなる印象を与えていた。機体を駄目にしてもかすり傷程度しか負わないため、気味悪がられていた節もある。そのせいか何かと記憶に残ったらしく、台湾時代の生き残りの回顧録では、見事な不時着というエピソードを添えて名前が紹介されていた。

 

「調査と監視は継続。あっ。その資料、読み終わったら返してね。コピーガードがかかってて、その端末でしか見られないのよ」

 

 本音は端末を受け取って操作する前に、一度手を止めて楯無の目を見つめて、険しい視線を送った。

 

「かんちゃんの誤解を解いてほしいんだけど~」

 

 もう手遅れな気もしたが、楯無の口から言ってもらわないことには状況が改善の兆しすら見えない。唇をとがらせて抗議の姿勢を示した。

 

「私の話を素直に受け取るとも思えないから、必ずうまくいくとは確証が取れないけど。それでもいい?」

「もともとはおじょうさまが紛らわしい表現を使ったのが原因。私の名誉を回復してほしいよ~」

「……もう遅いかも」

 

 楯無は自分の携帯端末に目を落としてぼそっとつぶやく。楯無の視線の先にはルームメイトからのメールがあった。その中になぜか「後輩の櫛灘と一緒にいる」旨の文言が存在した。

 ――このメールを見たら本音が発狂しちゃう……。

 恋愛相談の話を面白おかしく加工され、本音にさらなる試練が待っていそうな予感がした。待ち受けるであろう苦難を少しでも軽減するべくそそくさと当たり障りのない返事を送った。

 

 

 




お目汚し申し訳御座いませんでした。

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