IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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GOLEM(五) 試合・甲龍VS打鉄

 Bピットに併設されたIS格納庫はにわかに活気を取り戻していた。

 打鉄が台座の上に立ち、整備する者たちの目にその惨状が明らかになる。至近弾を食らったため装甲の一部が剥離し、ロングブレードが破損。よほどのことがなければ折れないとされた刀身が根本から消失している。

 

「三〇分しかないぞー。無駄なく手早くやれー」

 

 髪を後ろでくくった整備科の三年生が打鉄にとりつき、同級生や後輩に声をかける。

 戻ってきた打鉄に対して応急修理を施し、予備の装備に交換する。平行してエネルギー注入作業を行う。

 

「それから外装部品のチェックも忘れるなよ」

 

 三年生の声が響く。 

 ――思っていた以上にひどい。

 簪はその声を聞きながら左右の肩、そして膝へと視線を移動させる。試合前に設定した被弾数を遙かに超えていた。

 ――仕事を果たすことはできた……?

 簪は自問自答する。

 技術は簪を裏切らない。更識の本家で暮らしていたころ、簪の師が「普段の稽古でも、真剣をとっての試合と心得ろ」と諭している。気迫を維持しろ、とも教えている。体に恵まれなかった簪は一試合、一瞬のわずかな間、力を発揮できるよう訓練していた。楯無が、妹は自分の身くらいなら守れると評価するのもこのためだ。

 IS搭乗者として見たとき、簪の被弾率は非常に低い。簪の操縦は本来、精密で繊細なものだ。ミステリアス・レイディのアクア・ナノマシン対策をすすめるうちに自然と精度が向上したのだ。つまり被弾したとしても、ほとんど回避に成功しているためシールドエネルギーがほとんど減少しない。そのかわり高出力でかつ精密な動きを要求する。打鉄への負担が激しく、メーカーが保証する平均故障間隔(MTBF)が四分の一まで低下する。簪は打鉄の能力を十全以上に発揮する代わりに、打鉄に使用された部品の寿命を著しく短命に変えてしまう。

 この点が桜との違いだろう。桜は被弾を許容した戦い方をする。佐倉作郎であった頃からコックピットとエンジン以外の被弾率が高かった。その傾向はISに乗っても変わらない。現に、演習モードでの練習結果によれば、一条朱音が飛び抜けて被弾率が少なく、次点がマリア・サイトウという結果に落ち着いている。

 次の第三試合は二組対四組で執り行われる。簪の乗機は引き続き試合に出ることが確定している。試合は場内整備の都合で三〇分おきに実施される。エネルギー注入作業だけなら終端装置にケーブルを接続するだけで済む。だが、換装となれば装備の数や大きさによって必要な時間が変化するだろう。

 

「お疲れさま」

 

 三年生は簪の顔を知っている。彼女がISから降りるのを見るやすぐに手を貸した。先ほどの試合が激しかったことは打鉄の状態を見れば明らかだ。試合前に丹念に整備し、調整した機体が、まるで激戦地から生還したかのように損傷して戻ってきた。

 

「……ありがとう」

 

 簪は小さな声で三年生の好意に礼を言う。IS搭乗中は乗員保護機能や体調管理機能のおかげで疲労を感じることはない。だが、ひとたびISから降りてしまえばどうなるかわからなかった。Bピットにつながる自動扉を一瞥する。鈴音が暗証番号式の電子ロックの横で壁にもたれ掛かっていた。簪に向かってずっと視線を投げかけている。

 ――さっきの試合。彼女も見ていたはず……。

 そう考えながら、ISから体を抜いて地面に足をつけた。

 

「あれ……」

 

 簪は疲労の重さを感じ、膝が笑ってよろめきそうになるのを必死にこらえた。肩で息をしながら、手すりを伝ってゆっくりと階段を下りようと歩を進める。

 ――たった一試合終わっただけなのにこれじゃあ……保たない。

 簪は手すりにつかまって立ち止まり、そのまま乗機を顧みた。剥離した複合装甲。折れた刀。整備科の精鋭たちが作業用機械腕を操作して応急修理を施している。

 ――こうなったら……。

 

「あの」

 

 簪は三年生を大声で呼び止めた。普段の彼女を知る者が見たら驚くほど明瞭な声だ。三年生はすぐに返事をする。簪の様子に注意を払っていただけに反応が速い。

 

「打鉄の装備変更をお願いします! タイプC。事前に提出した装備計画書に記してあります」

「タイプCは確か……」

 

 三年生は持参していたタブレット端末に目を落とす。各クラスの代表から試合前に提出してもらった書類を呼び出す。すぐに目を通すなり、三年生は次の試合も忙しくなる、と直感した。

 

「春雷一型……新型の荷電粒子砲とブレード一式ですね。わかりました。すぐに取りかかります」

「……よろしくお願いします」

 

 簪は足をそろえ、背筋をまっすぐのばす。膝に軽く手を添えて深く礼をした。教育の行き届いた深層の令嬢のようなしぐさに三年生はどきっとしてしまう。生徒会長の妹で更識という仰々しい名字なので良家の子女であることには間違いない。いざ自分に礼を向けられると妙な面映ゆさがある。三年生の口調は自然と丁寧な響きを奏でていた。

 

「顔を上げてください。あとは私たちに任せて休んできてください」

 

 三年生は柔らかい視線を注ぐ。踵を返すなりマイクに向かって簪が依頼した装備に換えるよう指示を出す。

 簪は再び軽く頭を下げ、手すりをつかみながらよたよたと階段を降りていった。

 ――あれ?

 簪は肩で息をしながらBピットへの扉を見やる。

 誰もいない。鈴音の姿が消えている。Bピットのなかに戻ったのだろうか。簪が格納庫の時計を見上げると、次の試合までずいぶん時間があった。

 簪は足をひきずるように歩きながら壁沿いに進む。ふと立ち止まって整備科の少女たちの姿を振り返った。

 不意に幼い本音の無邪気な顔が思い浮かび、感情の温もりを取り戻す。そして激しい自己嫌悪に襲われた。

 ――あれじゃ……戦闘大好きさんみたい。

 試合前、桜に「本音を取り返す」と告げた。感情を消して戦闘に徹するための方便だ。演技用の設定を作り、必要以上に桜を敵視して試合に臨んだ。

 設定の大元はこうだ。悪い男に引っかかった親友を取り戻そうとあの手この手を試したがどれもうまくいかない。親友のことが好きで好きでたまらない。自分のものにできるなら何だってする。悪い男を殺さなければ親友を取り戻すことができない。そこまで思い詰めてしまった、という突拍子のないものだ。

 姉の再説明の裏付けをとった際、虚に条件付きで脚本を書いてもらった。もちろん最初から嫉妬に狂って判断力を欠いたような設定ではなかった。

 ――勧善懲悪もの。私がヒーロー。佐倉さんが悪役。こんな感じで適当にお願い。……って頼んだはずなのに……。

 ところが条件が現実的ではないと一蹴されてしまった。何度も議論を重ねた末、勧善懲悪はなしという線で妥協している。その結果が先ほどの試合だ。

 ――私が勝っても本音の任務は終わらない。

 任務終了の条件は桜が白だと証明されることだ。IS学園での桜はおとぎの国の住人みたいな、ふわふわした雰囲気の少女にすぎない。簪は再説明を受けた際、改めて入試の映像を見直している。先ほどの試合で桜が見せた態度は入試の雰囲気に近かった。

 ――可能な限り威圧しろ。それがあの人の指示。でも……引かれたはず。危ない子だって思われたはず。

 簪は頭を抱えたくなった。激しい疲労と周囲の目がそれを妨げる。

 ――他のクラスの子と話したこと……ほとんどなかったのに……。

 絶対に誤解されている。簪の心に確信めいた思いが募った。

 

 

 休憩室にたどり着いて長椅子に座り込んだ簪を待っていたのは、次の対戦相手だった。鈴音は前屈みになって、肩で息をする簪にスポーツドリンクのペットボトルを差し出す。

 

「これ、あんたの分」

「……ありがとう」

「礼はいらないわよ」

 

 鈴音はか細い声で礼を口にした簪を見下ろす。第二試合で見せた鋭い目つきを思い出し、あまりの違和感に困惑の色がにじむ。試合をするまで簪と桜の間に確執があるような気配はなかった。

 鈴音は簪と本音が幼なじみだと風のうわさで耳にしていた。本音といえばある意味では有名な少女だ。クラスが違い、ほとんど話をしたことがないので恋愛の価値観は人それぞれくらいに感じている。

 ――うっぷ。変な想像しちゃったじゃない。

 クズリの着ぐるみを着た少女の姿を頭から消しさる。

 

「その調子じゃ、あたしとの試合……保たないわよ」

 

 鈴音は簪の隣に腰を下ろし、顎を上向けてフィールドの状況を知らせるモニターを見やって口を開く。ちょうど柘植研究会の多脚型ISが作業をしている。隔壁に刺さったロングブレードの周囲を覆うべく保護材を注入するところだ。

 鈴音は細い脚をぶらつかせ、チラと隣の様子を盗み見る。

 自分と大して変わらないだろう細い肩だ。今にも折れてしまいそうな気がする。

 ――これが日本の代表候補生。やっぱり、あたしと同じくらい。

 背格好や体格が似ているので自分と比べたくなってしまう。鈴音は顎に両手を添えて前屈みになり、簪をじろじろと見回す。頭を垂れ、自分の胸元を眺める。自己主張の少ないふくらみを見やって、もう何度目になるかわからないため息を吐いた。

 ――アジア系なんだからこれくらいが普通なのよ。普通。発育が良すぎるあいつがおかしいのよ。

 あいつとは主に箒のことだ。

 鈴音は自分の胸部に劣等感を抱いていた。周囲の女子は女らしくなっていくのに、自分だけ一向に育つ気配がない。

 鈴音は幼い頃から一夏に思いを寄せていた。一夏が千冬を慕っていたことから、姉と似た女が好みではないかと考えたことがある。

 その昔、家を空けがちだった千冬に頼まれて毎週のようにメールを送っていたことがある。一夏に近づく女に目を光らせてくれ、という依頼内容だ。ブラコンにしては度がすぎるのではないかと感じ、理由を聞いてみた。千冬はどうやら親友に口酸っぱく忠告を受けていたらしい。

 千冬いわく「一夏は天然ジゴロだ。ちょっと目を離したすきに種馬さんになるから気をつけろ」といった感じの内容だ。幼かった鈴音にはよくわからなかった。中学生になる少し前にその意味を理解した。

 弾や数馬は、男の本能だから仕方ないと証言している。さらに弾が「あいつは朴念仁だし、まだうちの妹のほうが勝ち目があるかな……」と鈴音の胸を見ながら感慨深くつぶやいたので、その場でひっぱたいた。

 ――みんなこれくらいのバストだったらよかったのに……。

 鈴音は自分の容姿に自信がある。だが、一度も肩がこったことがない。大浴場で「肩がこるんだよねー」と耳にするたびに口をとがらせたものだ。

 ――その点、今回のクラス対抗戦は安心感があっていいわ。

 三組と四組は鈴音基準では普通体型だ。やきもきすることなく試合に集中できる。

 ――それにしても、これだけ細い体であんな戦い方。それに居合いができるなんて知らなかったわよ。

 再び簪の横顔を眺めた。ペットボトルをくわえた薄桃色の唇から朱色の舌がわずかにのぞいている。

 ――人畜無害な小動物が試合になると猛獣に変貌する。戦闘になると性格が変わるタイプ?

 いずれ桜と対戦することになるので、できるだけ情報を聞き出してしまおうと思った。

 鈴音は肩を寄せるように近づいて口を開く。

 

「さっきの居合い。隠していたの?」

「そんなつもりじゃない。……単に今まで使う場面が……なかっただけ」

「ふうん。次の試合であたしにも使う?」

「……さあ。わからない」

「でしょうね。いきなり手の内さらすわけないか」

 

 鈴音が質問したことにだけ簪が答える。簪が受け身のせいで話題が尽きた。

 ――会話が続かない……。まあ、いいわ。

 簪は鈴音の視線に構う余裕がない。すぐに視線をそらしてペットボトルの中身をゆっくりと流し込んでいく。

 鈴音はそのままの姿勢で事前に練った対策を思い浮かべる。過去の試合記録では薙刀を使う映像が多く収録されていた。簪は元日本代表にして最年長のIS搭乗者、三年生の学年主任でもある松本の系譜に連なる。千冬のような回避性能頼りのやりかたを好まないはずだ。

 ――日本人は両極端なのよ。

 倉持技研の打鉄や海自仕様の打鉄改を見ているとその思いが募る。鈴音の主観では、打鉄はガード型で柔よく剛を制すためのISだ。対して海自仕様の打鉄改は世界中に衝撃を与えるほど常軌を逸した重武装ISだ。

 

「あんた。どうして自分を曲げたの?」

 

 鈴音は疑問を投げかける。簪には遠距離戦のほうが似合っており、ミリ単位の精密機動といった部品信頼性の限界を追求するようなやりかたは似合わない。

 

「そうする必要が……あったから……」

 

 簪は肩をすくめて背を丸める。ペットボトルから口を離し、眉間にしわを寄せて頬をふくらませる。

 ――これって聞かれたくないこと?

 簪の表情が初めて変わった。いかにも話したくないといった風情を醸し出している。

 

「ふうん」

 

 鈴音は目を細めた。

 ――代表候補生が、何か知らないけど必要があったからやった。佐倉のこと、ちょっと警戒しすぎじゃない?

 鈴音には桜を特別視する理由がわからない。変な名前で、入学早々専任搭乗者として選ばれた幸運な少女くらいの認識でいる。

 

「三組の彼女は強かった?」

 

 情報収集のつもりで本題に入る。簪がゆっくりと顔を横向け、薄い唇に隙間を作る。

 

「……操縦技術は荒削りだけど……雰囲気は……そう。たくさん……修羅場をくぐり抜けた……感じがする」

「あんな、おとぎの国の住人みたいなやつが?」

「……威圧しても……動じない。それどころか……牙を剥いて……襲いかかってくる」

 

 簪は再び前を向いて深くゆっくりと呼吸を整える。次第に肩の上下が少なくなっていった。

 鈴音は簪が黙り込んだので、両足をぶらつかせながらのけぞるように天井を仰ぎ見た。打鉄のエネルギー注入が終わるまであと二〇分ほどある。このまま時間を潰すか。甲龍(シェンロン)の元に向かうか。鈴音は目を閉じて有意義な休憩の取り方を模索する。

 

「きゃっ」

 

 鈴音は小さく叫んだ。膝の上に重いものがのしかかっている。ゆっくりまぶたを開けると、水色の髪が覆い被さっていた。しばしの間呆然として目を瞬かせる。

 簪は意識を手放して倒れ込んでおり、ちょうど膝枕の形になる。ふたを閉めたペットボトルが簪の手がゆるんだ拍子に転がり落ちる。床をはねる音がして我に返った。

 ――ちょっとこの娘。

 とっさに悪戯かもしれないと思って、内側にはねた髪を指先で撫でつけて脇に避ける。肩を軽く揺すっても身じろぎするだけで起きる気配がない。

 ――このまま立ち上がって床に転がしてみる?

 鈴音はその考えを否定するように首を振ってみせる。

 疲れ切った他人に対する仕打ちではない。しかも今日初めて会話した少女にそんなひどいまねはできなかった。これが弾あたりなら無問題だ。いたずらだとわかりきっているので容赦なく転がすだろう。

 ――冗談が通じそうな相手かどうかわからない。さすがに……。

 鈴音は仕方なく簪の顔を拝むことにした。

 ――うわっ。本当に寝てる。

 いたずらならたいていわかる。一夏や弾が狸寝入りする姿を何度も見てきたからだ。母国の仲間(ライバル)たちとの交流ではおふざけで寝たふりをして驚かせるようなこともやった。狸寝入りは不自然に口元やがゆるみやすい。驚かせてやろうという考えに筋肉が反応してしまう。だからわざと気づかない振りをして放置したり、焦れてくるのを待って逆に驚かせるのだ。

 ――これじゃあ、うかつに動けない。

 

「どうすんの。コレ」

 

 簪の胸が小さく動き、微かに開いた口から寝息が漏れる。再び髪を撫でつければ鈴音に勝るとも劣らないきめ細かい玉の肌だとわかった。寝顔にはおどおどとした雰囲気はまったく感じられず、むしろ堂々とした育ちのよさを感じる。

 だが、今の鈴音にとっては意外な事実はどうでもよいことに思えた。

 

「……ほへい……ちゃん……」

 

 寝言が聞こえた。試しに頬を人差し指でつつく。

 

「や……めて……ひもなしバンジーとか……」

 

 熟睡しているのか、寝言を言い出す始末だ。ほかにも飛行戦艦打鉄や隠密大作戦ごっこ、為替の損失がどうの、などとよくわからない単語を口にする。

 鈴音は諦めの表情を浮かべ、肩をすくめて大きなため息をつく。

 ――ああ。これが一夏だったらなあ……。女の子に膝枕したって意味ないじゃない。

 鈴音は天を仰ぎ見て己の不運に嘆息した。

 

 

 ――ちょっと。さっきと全然雰囲気が違うじゃない。詐欺。もう、あんたのあだ名は詐欺師。絶対に覆したりしないんだからね。

 試合開始直前になって鈴音と簪は互いにISをまとい、空中の待機位置へ移動した。応急修理を終えた打鉄は表面に真新しい装甲板が溶接されている。複合装甲が剥離した場合、交換や溶接が最も手っ取り早い方法だ。ISには自動修復機能があるので時間さえかければ元通りに回復する。だが、今のような場では回復速度があまりに遅すぎる。

 

「その打鉄、ボロボロじゃない」

 

 鈴音は見たままを口にする。応急用装甲板の色は白や黒、濃緑色が多い。遠くから眺めると修理箇所がゴマ粒状になってとても目立つ。先ほどの試合で折れたロングブレードは新品に取り替えられている。

 

「あんたは疲れているみたいだけど、手心を加えるようなまねを、あたしはしない」

「……わかっている」

「ようやく口を開いた」

 

 簪の顔色は休憩室で見たときよりも色つやがよくなっている。もちろんISの機能により一時的に体調が好転しているにすぎない。もとより肩で息をするほど激しく消耗しているはずなのだ。

 ――気力で出場しているようなものじゃない。でも……この子の雰囲気、何かイヤ。

 簪は平静を装っている。そのくせ炎にも打ち勝つつもりでいる。一夏と対したときに感じた胸の高鳴りとは違う。重苦しく殺伐とし、ねぶり尽くすような悪寒が全身を這いずり回る。

 鈴音の胸の鼓動が早くなった。簪が何らかの武芸を仕込まれているのは明らかだ。

 ――佐倉もコレと対したのね……。

 鈴音は歯を食いしばりながら、簪から発せられる気迫の塊に飲み込まれまいと粘る。すでに全力を尽くせばよいという考えが消えていた。死力を尽くさねば負けるという思いがふつふつと沸き起こる。鈴音は眼球を動かして龍咆の照準を合わせる。すべての準備が終わったとき、スピーカーから試合開始を示す合成音声が鳴り渡った。

 

「クラス対抗戦第三試合。二組代表、凰鈴音。対、四組代表、更識簪。――試合開始!」

 

 ――ドカンッ!

 鈴音は心のなかで叫ぶ。はじめは「死ね」や「倒れろ」というセリフを考えた。いざ試合に臨んでみれば小学校の頃に見たアニメ映画のセリフが浮かんでしまった。鈴音のなかではとてもしっくりきたので大きな満足感に浸る。

 ――ふっふーんだ!

 簪が驚き、打鉄が吹き飛んで地面に這いつくばるはずだ。

 現実は鈴音が望んだ形にはならなかった。

 視野の裾に鈍い光が差し込む。その直後に簪は体をひねりながら鈴音の間合いに飛び込み、一気にロングブレードを振り抜く。龍咆や瞬時加速によって空気が炸裂する音が遅れて聞こえた。

 簪は脚部を狙った。鈴音は鋭い衝撃によって足を払われた形となる。すぐさまPICで姿勢を整え、距離を取ろうと考える。次の瞬間、ロングブレードが消え、濃緑色の細長い筒を抱えていることに気づく。

 ――やばい。

 鈴音は息をのむ暇さえ与えられなかった。長細い筒(春雷一型)の砲口に青白いきらめきが宿る。

 

「それまで」

 

 場内は静けさに包まれた。試合開始後、一分も経っていなかった。

 甲龍は死に体となって地面に転がっている。

 対して、打鉄は最初から満身創痍で新しく損傷した場所を見た目から判別することができない。

 

「試合終了。勝者、更識簪」

 

 簪は抱えていた長細い筒の先端を天に向ける。筒の表面に無数のひびが入り、少し動かすだけで金属片が地面に散った。

 

 

 


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