IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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菊水二号作戦(三) 突入

 昭和二〇年四月一二日 一四時三七分

 

 編隊が高度を下げた。

 目標は敵駆逐艦と揚陸艦である。徐々に海面が近づいてくる。直掩機のうち二機が高度を維持したまま増速した。チャフと呼ばれる、電波を反射する銀箔(ぎんぱく)を貼った模造紙を散布するためだった。その効果は疑問視されていたが、特別攻撃の戦術として採用されていたことや米軍のレーダーを警戒し、特攻の成功率を高める意図があった。

 

「よーし。行くぞ……」

 

 作郎は自分に言い聞かせる。駆逐艦マナート・L・エベールまで一五キロの距離に迫ったとき、三八口径五インチ連装砲による対空砲火が上がった。作郎たちは知るよしもなかったが、炸裂砲弾にはVT信管(Variable-Time fuze)が使われており、例え目標に直撃しなくともその近辺で爆発することにより、砲弾を炸裂させ目標物に対し損害を与えることができた。作郎は経験的に恐ろしく精度の良い対空砲火という認識でいた。

 爆音の中、四秒おきに炸裂音を聞いた。作郎はすぐさま回避を試み、ダズル迷彩に塗装されたマナート・L・エベールを左方に睨みつけながら必死に操縦桿を操った。砲弾炸裂後の煙を目視しつつ、ちょっと振り返って列機がついてきているかどうか確かめようとした。作郎が叫ぶ。

 

「畜生ッ」

 

 三番機が至近距離で炸裂した砲弾の破片を受けて、バーン、と大きな音を立てた後、燃料に引火して()ぜる。火の玉になって海面に落下した。

 激しい対空砲火に恐怖する。そして無念さを感じたが、それも一瞬だった。

 四十院飛長の四番機が三番機の後を埋めた。作郎の任務は体当たり攻撃を成功させることだが、困難を極めると予想していた。たかが駆逐艦なれど、アレン・M・サムナー級駆逐艦はフレッチャー級駆逐艦の拡大改良型として建造されたため、対空兵装として三八口径五インチ連装砲三基六門、四〇ミリ機銃一二門、二〇ミリ機銃一一門を有する火力は十分すぎるほど脅威となった。それ以外にも対水上艦用に五三三ミリ魚雷発射管一〇門、対潜水艦用にK砲(片舷用爆雷投射機)六基、爆雷投下軌条二軌といった装備を施していた。もちろん欠点も存在し、重量増加による予備浮力不足や艦首の凌波性(りょうはせい)が悪く、航続距離が短い点である。

 苛烈(かれつ)な対空砲火が続いていた。揚陸艦の三八口径五インチ単装砲も火を噴いた。爆煙が空に立ちこめ、作郎や布仏少尉、松本中尉も列機とともに対空砲火の有効射程圏内で綱渡りの操縦を続けていた。松本中尉の三番機が空中で爆散する。つづいて、布仏少尉の二番機を勤めていた山田一飛曹の機体がマナート・L・エベールの四〇ミリ機銃に捉えられた。かろうじて息のあった山田一飛曹は、右翼をもぎとられながらも機体を錐揉(きりも)み回転させつつ艦の右舷に突入し、機関室後方で爆発した。

 機関室に損傷を受けたマナート・L・エベールの行き足が止まった。そして炎上。爆発により艦の電気系統を断ち切られた。竜骨が折れて艦の制御喪失を悟った艦長はすぐさま(かじ)を手動操作に切り替えたが、スクリューが破壊されたためにその場から動けなくなってしまった。しかも機関室への浸水が始まっていた。また、三八口径五インチ連装砲の砲架が使用不能になったことから対空砲火は大幅に威力を減じていた。

 少し離れた場所で激しい爆発を目にしたイングリッシュが僚艦を守るべく、対空砲火を密にした。松本中尉の機体が四散し、つづいてその二番機も二五〇キロ爆弾に四〇ミリ機銃を受け、自爆して果てる。

 作郎らはマナート・L・エベールの前に立ちふさがる揚陸艦を狙っていた。

 

「佐倉分隊士、お先に!」

 

 爆音に負けまいと、作郎の三番機を勤めていた四十院飛長が大声で言い放った。鋭く右旋回しながら機首を落とし、LSMR-189に向かって飛び込む。だが、一瞬早く四〇ミリ機銃二門と二〇ミリ機銃三門、三八口径五インチ単装砲一門から成る砲火に呑み込まれ、風防を突き破った砲弾により四十院飛長の体は痛みを感じることなく破壊され、機体が海面へと突っ込む。二五〇キロ爆弾が起爆し約二〇メートルもの高さの水柱が飛沫を上げた。起爆地点が揚陸艦から離れていたため、艦に水飛沫(みずしぶき)が降り注いだに過ぎなかった。

 

 

 昭和二〇年四月一二日 一四時四三分

 

 炎上する駆逐艦が目印の役目を果たしていた。

 第三神風特攻神雷桜花隊に所属する三機の一式陸攻は高度六〇〇〇メートルから急降下しながら桜花の初速を稼いでいた。電信員兼副偵察員が「桜花発進」を鹿屋基地に打電。機長が投下信号を桜花搭乗員に送り、切り離しスイッチを押す。桜花発進のブザーが鳴った。しかし一式陸攻の機体が浮き上がらない。故障だと悟った機長は、すぐそばにいた電信員兼副偵察員に向かって手動での切り離しを指示。すぐさま前部偵察員席の階段に走り、思い切り手動切り離しレバーを引いていた。

 彼は躊躇(ちゅうちょ)しなかった。桜花の搭乗員から形見を託された事は、このとき彼の頭から消え失せていた。

 桜花は滑空し放物線を描いて降下した。三本の固体ロケットエンジンを一本ずつ点火していき、時速八〇〇キロメートル以上に達した。そのまま海面で匍匐(ほふく)前進を行うような超低空を飛行し、マナート・L・エベールから見て右舷後方から猛然と迫った。

 甲板で消火活動に当たっていた兵士が凄まじい速度で突撃する桜花に気付いて声を上げる。四〇ミリ機銃と二〇ミリ機銃で対応を試みたが、あまりにも速すぎた。

 桜花が喫水線付近に吸い込まれる。艦全体が激しく揺さぶられた。この突入により中央区画が弾薬庫と共に消失し、艦は前後に切断された。先に艦尾部分が沈没し、後を追うように艦首部分も沈没した。

 残る神雷桜花隊は攻撃の手をゆるめなかった。

 今度はイングリッシュに向けて二機の桜花が立て続けに驀進(ばくしん)した。が、そのうち一機は三八口径五インチ連装砲により搭乗員ごと風防を破壊され、突入直前、機首がわずかに上向いたかと思えば、イングリッシュを飛び越して海面を跳ねるようにして水を切り、そのまま海中に沈んだ。

 もう一機の桜花はイングリッシュの艦首に突入した。突入の衝撃により桜花の主翼や尾翼、操縦席はバラバラに粉砕され、搭乗員は即死した。だが、あまりにも突入速度が速すぎて貫通してしまい一二〇〇キロ徹甲爆弾は不発に終わっていた。

 イングリッシュたちの受難はこれで終わらなかった。桜花の紫色の噴煙を見るや、高度を上げて突入経路を空けていた爆装零戦隊が突入を再開したのである。

 被弾による負傷や故障が原因でさらに三機が戦域を離脱していた。布仏少尉や作郎を含めた五機が戦闘を継続していたが、彼らの機体は既に基地へ戻るための燃料が残っていなかった。

 

「これで俺も(つい)に……」

 

 布仏少尉は浸水により艦首が沈み始めたイングリッシュを見下ろしてつぶやいた。彼の脳裏に第一四代目更識楯無や関東軍高級参謀である兄、布仏(するぎ)大佐の人を駒のごとく扱う冷酷な瞳を思い浮かべた。布仏少尉の本名は(じょう)である。名前に反して激烈な戦場に身を置いた彼は一心に死に場所を探し、己の死を以て生家と主家へ意趣返しを望んだ。同時に自分が死んだところで兄や楯無が悲しむことはないと確信していた。

 列機をまとめた布仏少尉は、「ついてこい!」と気勢を上げながらイングリッシュの左舷上方から急降下した。

 イングリッシュは電気系統の一部をやられたのか、艦首側の三八口径五インチ連装砲二基四門が沈黙していた。砲塔の数が減少したとはいえ、対空砲火が激しいことには変わりなかった。二番機が四〇ミリ機銃に捉えられ、さらにVT信管により炸裂した砲弾の破片を浴びていた。尾翼を失った二番機が海面に激突する。三番機は火を噴きながら艦後部の機銃要員を巻き込んで四散した。布仏少尉もまた艦橋に機体をぶつけ、艦橋要員を巻き込んで絶命する。そして二五〇キロ爆弾が起爆し、アンテナと形を残していただけの三八口径五インチ連装砲の二番砲塔を吹き飛ばした。指揮系統を喪失(そうしつ)したイングリッシュは炎を噴き上げながら直進するだけの鉄塊と化した。

 その頃、作郎もまた残っていた揚陸艦へ機首を向けていた。すでに列機は炸裂した砲弾の破片を全身に浴び、機体ごと海面に落下している。

 LSMR-189は、乗員救助を行うLSMR-190を守るためジグザグに激しく動き回りながら、機銃を撃ち出していた。視野の裾に布仏機が爆発炎上する姿を捉えていた。

 爆音の中で二〇ミリ機銃の弾丸が機体を貫いた。操縦席に激しい断末魔の叫びが聞こえてきた。だが作郎の中で恐れは消えていた。

 

「これは命中するぞ」

 

 とつぶやいて、胸をふくらませた。

 機体の右主翼先端が吹き飛んだ。だが、作郎は操縦桿を押さえ込み、進路がそれないように、また二五〇キロ爆弾が起爆しやすいように中央の煙突に向けて微調整を絶やさなかった。

 LSMR-189の乗員はひどく慌てていた。腹に爆弾を抱えた特攻機は主翼が折れているにもかかわらず、回避のために舵を切っても動きを読んで進路を合わせてくる。炎を噴き上げ機銃から弾丸を吐き出す特攻機が悪魔に見えた。

 作郎は爆音と騒音の中、着弾まで残り数秒となったとき、やり残していたことを思い出す。実家に帰る前に文を出しておけばよかったと後悔していた。

 

「兄貴に頼んで嫁さんを探してもらえば良か――」

 

 四〇ミリ機銃の弾丸が風防を突き破る。風防の破片が肺を貫通した。口の中が生暖かい液体で満たされた。鉄の味がした。致命傷だった。不思議と痛くはなかった。

 力を振り絞って機首を右に滑らせる。甲板が近い。最期の瞬間まで目を開いた。艦中央にいた機銃要員の強張った顔が見えた。作郎の意識が途絶え、二五〇キロ爆弾が炸裂した。

 

 

 


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