IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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GOLEM(十一) 損傷

 乙の体が爆破され、細切れになった破片が炎のなかに降り注ぐ。

 一夏の足下に破片が転がり落ちてきた。すねから先が切断されており、色や形状から乙の膝だとわかる。

 

「これは……あのISの」

 

 ISの体調管理機能が一瞬だけ認識した嘔吐感を打ち消す。そのかわり、腹の底からふつふつと怒りの感情がわく。何の躊躇もなくISの体を貫き、爆破した。桜の行動は人に対するものではない。

 狂ったように吐き出され続ける弾幕。赤黒い液体を全身に浴び、それでもなお戦い続ける姿に激しい不快感がこみ上げる。一夏の視線が同級生に向けるものではなく、得体の知れない怪物への眼差しに変わった。

 

「佐倉! なぜ殺した!」

「はい? 何をいうとるの」

 

 桜は一夏が激高する理由が思いつくことができず、目を白黒させる。田羽根さんがフィルタを調整しているためか、止まるところを知らない砲撃のなかでもよく聞こえる。

 ――相手は無人機。壊しただけなんやけど。

 怒鳴られる理由がわからない。桜は聞こえなかったふりをして彼が怒っている理由を確かめようとした。

 

「すまん。よく聞き取れ」

 

 桜が言葉を中断する。前方の空間が熱線と砲撃で埋め尽くされている。急減速によるわずかな振動が体を打つ。歯を食いしばりながら機体を垂直に落とし、追尾する砲撃を回避。

 

「何をやったかわかっているのか!」

「相手は無人機や」

 

 一夏と桜の通信を阻害するように一条の熱線が走る。煙のなかに吸い込まれ、彼を戦闘不能に追い込もうとする意思が感じられた。

 ――こちらに四基、織斑に一基。弾幕が濃密すぎて接近が難しいか。

 

「どうして平然としていられ」

 

 またしても一夏の声が中断される。桜の耳に爆発と思しき音が聞こえる。衝撃波が一瞬だけ煙を薙ぎ払った。一夏の体が露わになり、桜をねらっていた三〇ミリ多連装機関砲(AK-630)四基のうち一基が照準を変更する。一夏は顔面を守ろうと左手をかざした。

 煙の奥。甲が一夏の背後に忍び寄っていた。彼を嘲るように単眼を点滅させ、背後から熱線を照射する。白式の体を焼く。個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)からくぐもった声が聞こえてくる。

 ――被弾したか……せやさかい、こっちも手一杯や。こちらに三基、織斑が二基。一基減っても射撃速度が速すぎる!

 桜の位置からだと赤茶色や紫色の煙のなか、白い煙がひときわ目立っていた。甲の体は配管から立ち上る蒸気の量が増え続けており、その周囲だけ霧のなかにいるようだ。両腕の箱から湯気が立ちこめ、冷却用熱媒体の性能が追いつかなくなってきている。高温多湿。精密機械を扱うには悪条件にすぎる状況だった。化学式レーザー砲ユニットの砲身は確実に寿命を縮めていた。

 

「織斑! 聞け! 相手は無人機や。聞こえとったら復唱せえ!」

 

 桜は一夏に何度も呼びかけていた。個人間秘匿通信からは一夏の息づかいや叫ぶ声が聞こえてくるだけで返事がない。音声系の制御が壊れたかとも考えたが、桜を責める声がときどき聞こえてくるので、その可能性は低い。

 

「あかん。頭に血が昇っとる。私のいうことを聞く耳をもっとらん」

 

 お互いの言い分がすれ違った。桜の言葉が届かない。一夏自身も異常な状況下のため冷静になる術がない。甲と丙が攻撃を加え、一夏の思考能力を奪う。一夏は易々と敵の戦術にはまり、動きが単調になっている。無意識に自滅への道を走り出していた。

 ――せやから逃げろというたのに!

 桜はすべてのスラスターを小刻みに噴射して、機動に変化を与え続ける。

 ――まっすぐ飛べば死ぬ。あの機関砲に追尾されたらしまいや。

 桜の見立てでは、丙は一夏をいつでも破壊できるだけの力を持つ。彼の機動は単調で予測しやすい。しかも動きが小さくなっており、丙どころか甲に近づくことすらできなくなっていた。

 ――この状況で資料を見ろ、といっても無理。話も通じん。どうしろっていうんや……。

 桜は一縷の望みをかけ、所属不明機のデータをピットや鈴音、簪の機体に送信する。非常時のため平文である。先ほど破壊した乙のデータも混ざっている。一方向だが回線は生きているはずだから、誰かが気づくはずだ。

 ――今、絶対防御が発動しても助けられへん。ほんまに死んでまうわ……。

 桜はうめいた。被弾を示すメッセージ。非固定浮遊部位の多目的ロケットランチャーが左右ともに使用不能。すでに全弾を使い切っていたので影響はない。幸い痛みや衝撃がほとんどなかった。

 旋回し、体をひねりながらチェーンガンの連射を続ける。右側の残弾が枯渇しかかっている。

 ――らちがあかん!

 すぐさま弾帯を交換した左側のチェーンガンを実体化。攻撃。弾幕の隙間を縫うように飛びながら破孔を広げていく。

 右チェーンガン、残弾ゼロ。弾帯交換のため量子化。一二.七ミリ重機関銃は後ろ向きに実体化した。チェーンガンの砲座を旋回させるよりも早く対応できる。ただし、威力は雀の涙程度だ。

 体をひねりながら樽の表面をなぞるように飛ぶ。再び被弾。

 ――機動が単調になってきとる。このままで殺られる。まだ死にとうない……。

 桜の祈りもむなしくスラスターの出力が低下した。錐揉み回転が始まる。機体の振動が激しさを増す。視野の裾では、ログの小窓が開き、赤いメッセージが滝のように流れ去っていく。

 

「こっちも大変なことになっていますね!」

 

 しばらく姿を消していた田羽根さんが、甲高い声とともにひょっこり顔を出した。手足、そして額に止血帯を巻いており、赤くにじんでいる。ほかの田羽根さんと激しくやりあったのは明らかだ。

 桜は戦闘中にもかかわらず見かねて口を開く。

 

「田羽根さん。その傷は」

「そんなことはどうでもいいですね! すぐに復旧手順を実行しますよ!」

 

 田羽根さんがスラスターの復旧に取りかかる。入れ換わりに丙の三〇ミリ多連装機関砲(AK-630)五基のうち二基が突然沈黙した。両膝の機関砲だ。弾詰まりを起こしたのか回転が止まっている。さらに左腕の感覚を失ったのか力なく垂れ下がった。

 

「丙の田羽根さんは虫の息ですよ!」

 

 スラスターの出力が戻った。田羽根さんが手を動かしながらふんぞり返る。両頬の渦巻き模様が激しく回転する。田羽根さんの機嫌と呼応して打鉄零式のレーダーユニット、そして赤い円筒の群が爛々と輝いた。

 

「貫手でざっくり殺ってくださいね!」

 

 田羽根さんは被弾状況を考慮していた。チェーンガンで削りながら逃げ回ったのでは、桜のほうが先に力尽きてしまう。無理を重ねてでも撃破の可能性が高いほうに賭けた。

 

「田羽根さん! 教えて。貫手は白式みたいな能力を持っとるんか」

「いいえ! 貫手はただの物理攻撃ですよ」

 

 田羽根さんがそう前置いてから続けた。

 

「先ほどの結果は名称未設定機能のおかげですよ! 貫手をISに向けると自動的に名称未設定機能が働くようになっていますね。相手のISコアにお願いして邪魔なシールドを限定解除してもらうんですよ! だから人体に貫手を使うと貫通(殺傷)してしまいますよ! 気をつけて使ってくださいね!」

 

 

「一夏、一夏! そっちは大丈夫?」

 

 通信が回復したのか、スピーカーから凰鈴音の声が飛び出してきた。ひどく心配している声音だ。見知らぬ他人よりも親しい者を心配するあたり、彼女も人の子というべきだろうか。桜は五回に一回口にするかどうかだ。肝心の一夏は砲撃と熱線を避けるのに必死で気がついたそぶりがない。

 ――開放回線からの接続。限定的に通信が復旧し……。

 桜が呼びかけに応じようとしたとき、脚部に丙の攻撃があたりバランスを崩して地面に墜落する。ケロシンが燃え続けるなかを盛大に土をまき上げながら転がっていた。

 

「いったた……凰さん! 凰さん、無事やったん」

「一夏……じゃない。佐倉。アンタ無事だったの。一夏は!」

「白式はまだ無事や。織斑のやつ、頭に血がのぼって話をする余裕がのうて困っとったんや!」

 

 桜は横に転がりながら熱線と砲弾をやり過ごす。

 

「さっき私からデータを送った! 平文や! ピットと連絡が取れるんなら一ページ目だけでええから中身を読むよう頼んで!」

「データ? 平文? 何コレ」

「所属不明機のデータ。こっちは戦闘中や。襲撃してきた三機のうち一機は潰した。甲乙丙のうち乙とあるやつ」

「戦闘中? フィールドから劇物や火災反応が出てるけどそれのせい?」

「せや。ケッタイな色の煙が漂っとる」

「わかった。すぐ連絡をつけてみるから!」

「おおきに!」

 

 桜は自機のシールドエネルギーを確かめる。

 ――あかん。残り四割や。

 そこら中に劇物の煙が漂っている。体内に吸い込めば肺や内臓が腐食し、緑色の泡を吹く羽目になる。もし皮膚に触れたら組織が凝固して壊死する。ほかにも呼吸困難。意識障害。痙攣。肺水腫の発現。高濃度ならば数分以内に死亡。もしくは高熱で焼け死ぬか。甲と丙は田羽根さんを害そうとする。救命領域対応に陥っても構わず攻撃するだろう。

 再び鈴音から通信が入った。

 

「両方のピットとの連絡が取れたわよ。ピットからも呼びかけているみたいなんだけど」

「通信が来とらん。受信ができへん」

「仕方ない。私が中継する。更識が補助に入るから突然話に割り込んできても驚かないでよ」

「了解」

 

 鈴音との通信をいったん切る。桜は丙が打ち上げる対空砲火のなかを針で縫うかのような際どい飛行を続ける。天蓋付近から七五度の角度から、一気に逆落としをかける。丙が一夏を照準から外し、PICを使って体を浮かした。そのまま三〇ミリ多連装機関砲三基を撃ちまくった。

 ――こちらに三基。織斑はゼロ。弾幕が濃密。きっついわ。

 すべてのスラスターを小刻みに噴射して体を前後左右に忙しなく傾け、回転させる。

 

「ええね! 田羽根さん。通信する間機体の制御を頼む!」

「いえ~す。田羽根さんにどーんと任せてくださいね!」

 

 田羽根さんが桜の操縦を再現する。もちろん順番と組み合わせを変えたものだ。丙が学習するまでの気休めにすぎない。

 

「で、今戦っとるんは無人機や。証拠のデータもそろっとる。凰さん、お願いがあります」

「何よ。非常時だから何でも聞くわよ」

「織斑に目の前で戦っとるのが無人機やって説得して。私が人を殺したと思っとって、聞く耳をもっとらん」

「……ちょっと信じられないんだけど」

「こっちも信じられへんわ。とにかく頼みます。あと先生たちに早く助けてって」

「わかった。善処する」

「頼みます。助かったら一週間毎食おごったる」

「デザートは?」

「もちろん。つける。おすすめは凰さんちの肉まん」

「肉まん以外で」

 

 交渉成立。桜はすぐさま田羽根さんから制御を返してもらった。

 ひっきりなしにメッセージが流れていく。非固定浮遊部位への被弾報告。左チェーンガンの砲塔がねじ曲がり、飛び込んだ砲火と熱により弾帯が溶解。装填不可のメッセージ。続いて一二.七ミリ重機関銃の回転銃座が機能停止。一方向のみの銃撃しかできなくなっていた。

 ――前に。もっと接近せな。もっと……もっと!

 熱線が桜と丙の間を通過。スラスターを緊急停止。無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)三〇ミリ多連装機関砲(AK-630)の弾丸を回避しようとする。間に合わずとっさに非固定浮遊部位を盾代わりにする。左の非固定浮遊部位が全武装を損傷したため量子化。弾け飛んだ一二.七ミリ重機関銃の銃座が割れて、それぞれケロシンとヒドラジンの池へ落下した。

 

「向こうから近づいてきたわ!」

 

 桜が歓喜の声をあげる。武装の半分を喪失したことにより、打鉄零式のISコアから注意や警告のメッセージがログを埋め尽くしている。貫手が使える距離まで接近しなければ、勝ち目がない状況にまで達している。

 ――逃げられへん。逃げたら死ぬ。死ねば靖国や。まだ死にとうはない。

 視野の裾では長持からボウガンを取り出した田羽根さんが矢を装填している。障子をあけ、よくねらいをつけて発射した。白鞘の刀を振りかざした別の田羽根さんの左肩に矢が直撃して数メートルほど後方に吹き飛んだ。矢を受けた同じタイミングで、左側の非固定浮遊部位の三〇ミリ多連装機関砲一基が大爆発を起こす。

 田羽根さんは親指を立てながらふんぞり返った。それもつかの間、すぐにうずくまる。腹と口を押さえて激しくせき込んだ。指の隙間から赤い液体が滴り落ちる。

 ――田羽根さん! 重傷なん?

 桜は田羽根さんの異変を一瞬だけ目にした。すぐさま眼前の敵を屠ることだけを思考する。

 ――集中せえ。

 腹の底から火のような勇猛さが噴き上がる。指をそろえて一本の刃とし、被弾を顧みず増速。

 ――有頂天になったらあかん。

 桜は心のなかの炎に身を投じたまま、気を鎮め、腕を伸ばす機を待った。

 ――手応えあり!

 打鉄零式と丙が互いに抱き合う形になる。打鉄零式は左手を突きだし、丙の右肩から先が消失していた。ちぎれ飛んだ丙の右腕が回転しながらあらぬ方向へ飛んでいく。その先には白式の姿がある。危険に気づいた一夏がとっさに機動を変えた。運良く熱線の回避に成功する。

 ――凰さん。織斑を説得して、今のままでは意思疎通ができへん。

 桜は攻撃の手をゆるめない。

 赤黒い液体の飛沫(しぶき)が頬にかかる。丙が身をかわす。地響きのようなうなり声をあげる。単眼を光らせ、激しく吠える。かと思えば、右膝の三〇ミリ多連装機関砲が再び動きだす。桜は鳩尾を軸に体を側転させ、なけなしのエネルギーを使って瞬時加速を実行。その爆発的な推力をもって右の貫手を放つ。

 腹部に被弾。あばら骨に激しい衝撃。肺のなかの空気が無理矢理外部にたたき出される。桜はむせ返りながら涙目になった。鈍い痛みがこみ上げる。続いて異様な音が響き、三〇ミリ多連装機関砲の砲座、そして丙の左膝が砕けてちぎれた。先端が地面に落下するよりも早く、桜が背後に回り込む。

 

「アアアア!」

 

 指をそろえた左手を突きだす。桜の腹から自然に声が出た。丙の首の断面から赤黒い液体が噴きだす。打鉄零式の頭部や左腕に降りかかる。丙の頭が落下し、後を追うようにして右肩、左膝を失った体は、木の葉のように回転しながらゆっくりと舞い落ちていった。

 

「……ISコア番号四七三。反応消失。四七二に続いて四七三の田羽根さんがこの世から消え去りましたよ」

 

 田羽根さんが誰にも聞こえないよう小さな声でつぶやく。赤い円柱ポストのなかに風呂敷包みを押し込む。すぐさま痛みに苦しみながら荒く息を吐く桜を一瞥した。

 

 

「何よこれ……」

 

 鈴音の表情は驚きに満ちていた。すぐに顔をしかめる。同じ映像を見ていた簪の顔がいつになく厳しい。

 楯無らの活躍により中継カメラの映像受信機能が回復したので、早速フィールド内の映像を取り寄せてみたのだ。

 劇物反応。高温状態。地獄の業火と毒々しい煙。ISらしき破片。まるで人体の部品に見える。打鉄零式の体が返り血を浴びたように赤黒く染まっている。つま先から液体が滴る。煙の切れ目から時折白式の姿が見えた。

 事態に収拾がついても第二アリーナが使用不能となったことは間違いない。幸い、耐生物・化学防御機能のおかげで劇物の流出がくい止められている。

 ピットとの開放回線を通じて息をのむ声が聞こえてくる。

 

「残り一機……後は甲をやればええ……」

 

 桜の声だ。激しい疲労のためか何度もむせ返っていた。

 

「凰さん。さっきのお願いはどうなったん?」

「うまくいったわよ。織斑先生に間に入ってもらったおかげで何とか通じたわ」

 

 丙が破壊された直後から開放回線の双方向通信が回復していた。

 鈴音の説得に対して、一夏は言葉を受け入れようとはしなかった。だが、千冬の仲介によりようやく信じる気になったのだ。

 

「おおきに。生きて還ったら約束を果たすわ」

 

 鈴音は一夏との通信を開き、大声で言いはなった。

 

「一夏! やっかいなのは佐倉がやっつけてくれたわ。後はアンタの相手だけよ」

「わかってる。わかってるんだが近づけねえ!」

 

 鈴音は甲龍の投影モニターに桜から送付された資料を展開していた。所属不明機甲の特徴と現状について比較する。さらに小窓を作り、白式と打鉄零式の残シールドエネルギーを表示させる。同じものがAピットやBピットのモニターにも映し出されているはずだ。

 

「シールドエネルギーだけど……白式は三割と少し。打鉄零式は……二割を切っている」

 

 簪は極力感情の色を消そうとしていた。白式と比べ、打鉄零式がもはや満身創痍という状態まで陥っている。無茶な接近戦の代償だった。

 

「織斑先生。制圧隊は……」

「だめだ。甲龍と同じ。通信はできても操縦ができない。他の訓練機や専用機も同じ症状だ」

 

 つまり救助は来ない。今の話を一夏や桜に対して聞かせられなかった。海自の打鉄改が駆けつけるまで逃げ回るか、それとも独力で障害を排除するかの二者択一だ。

 観覧席から退去した生徒や来賓客が寮、体育館に収容されている。劇物警報が発生したのでありったけの生物・化学防護服が運び出され、学園職員が緊急時の説明を行っていた。

 鈴音は千冬の声がほんのわずかに弱々しく聞こえた。だが、それも一瞬のことだ。不安を悟られるのを恐れたのか、生徒たちを安心させるようにそれでいて毅然と話をするようになった。

 それでも状況は悪いままだ。鈴音の頭に共倒れの映像がよぎる。

 

「何か打つ手は……打つ手は」

 

 ――佐倉の技術を信じて特攻させる? だめ。死んじゃう。

 鈴音は頭を振った。

 ――それとも一夏が囮になって注意を引く? 無理よ。あいつ、近づけもしないのに。そうなると佐倉が矢面に立たないと勝ち目がない。……でもシールドエネルギーが少なすぎる。

 鈴音は一夏よりも桜のほうが技術面で勝っていると感じていた。何より桜が所属不明機を三機のうち二機を破壊した事実が大きく作用している。取り得る手段は少ない。教師側から提案があれば即応するつもりだが、無駄に時間を費やせば桜たちが死ぬ可能性があった。

 

「凰さん……佐倉さんを囮として使えば」

 

 簪が鈴音に向かって告げた。簪は四組で一夏とは一度も会話したことがなく、さらに桜とも特に親しいわけではない。しがらみがないので冷静に能力を比較することができた。

 

「更識。一夏が囮をやったとして成功の見込みはある?」

 

 簪は横に首を振る。試合のときのような鋭い目つき。食堂で同級生に囲まれて食事するときのようなおどおどした姿ではなかった。

 

「見込み薄だと思う。所属不明機は学習している。最初のうちなら……うまくいったかもしれない。だけど……もう無理。動きが単調すぎて読まれてる」

 

 ほら、と簪が口にした。ちょうど甲が三叉槍を投擲し、一夏が瞬時加速をしたところだ。鈴音の目には、まるで一夏が自分から三叉槍にぶつかりにいったように見えた。

 桜は銃撃を続けている。だが、推進系に異常が発生しているのか動きが不自然だ。

 ほどなくして、桜が自機の状況を送信してきた。簪もそのデータを閲覧した。ISコアが出力したシステムログを見つける。打鉄零式のISソフトウェアが損傷している可能性に気づいた。動力や制御系などの経路を変更したときのメッセージが大量に記録されている。簪が鈴音やピットに向かって、打鉄零式の状態について指摘してみせる。

 

「打鉄零式はシールドエネルギーが示す数値以上に……傷を負っている。最悪動かなくなる可能性が……」

「凰。更識。所属不明機・甲の化学式レーザー砲ユニットの使用回数がわかるか」

 

 千冬が落ち着きを払った声で聞いた。鈴音はあわてて桜が送信してきたデータを漁る。鈴音の代わりに簪が答える。

 

「三一回。右一六回、左一五回」

「残り九回か……佐倉が保たないな」

 

 千冬が間を置いた。連城や真耶、弓削に声をかけている。

 鈴音が簪を目で制して声をあげた。

 

「織斑先生、提案があります。佐倉に囮をやらせて、白式の零落白夜で止めを差すというのは」

「可能だ。佐倉が同意するなら……連城先生」

 

 千冬が連城に同意を求める。

 

「連城先生に同意していただいた。私から佐倉と織斑に指示を出す」

 

 千冬は暗に責任を負うと意思表示した。鈴音や簪の口から提案させるという選択肢もある。だが、いざ失敗すれば彼女らの心に傷を負うことになる。それならばクラス対抗戦の責任者である自分が役目を果たすべきだと考えた。

 また打鉄零式の貫手の効果に懐疑的でもあった。倉持技研から提示された資料には貫手は物理攻撃だと明記されている。零落白夜のようにシールド無効化攻撃とはどこにも書かれていない。それゆえ効果を熟知している零落白夜でしとめることに賛成した。一夏を囮として使い、桜にしとめさせる戦術にはあえて触れなかった。

 

「凰さん。そろそろ救援が来てもええ頃やと思う」

 

 桜が通信を入れてきた。右のチェーンガンを絶え間なく撃ち込んでいる。だが、甲の装甲が硬く、なかなかエネルギーを削ることができない。

 

「佐倉。織斑。聞け。提案がある」

「ええよ。話して」

「……お、おう」

 

 開放回線のため、鈴音の代わりに千冬が応じる。桜に向かって囮となり、甲の注意を引きつける指示を出す。一夏には背面から零落白夜で攻撃するように伝えた。

 

「ええよ。お安い御用や」

 

 桜は軽く弾んだ声で応じた。下手すれば生死に関わる指示だ。桜の声が明るいので、鈴音は毒気を抜かれてしまった。

 

「できるだけ接近してもらう……構わないのか?」

「確実を期すためやろ。不満はあらへん」

 

 鈴音は桜と千冬のやりとりに聞き耳を立てる。一夏が不満の声を漏らすと予想していたが、その気配すらなかった。

 

 

 


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