IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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GOLEM(十三) 病室

 左右第一二肋骨の骨折。重傷。

 所属不明機の襲撃後、検査入院した桜の診断結果である。ISソフトウェア損壊によって衝撃が浸透してしまったことが原因らしい。一夏も検査入院していたが、無傷のため一日で退院している。

 ちなみに第一二肋骨を骨折した場合、腎臓損傷に至るケースがある。幸いなことに合併症に至っておらず、桜自身はケロリとしていた。

 医師から病院で安静にするよう申し渡され、そのまま入院生活を送っていた。

 見舞いに来ていた楯無がフルーツ詰め合わせからリンゴをひとつ手にとった。眼前のトレイに置き、桜に話しかける。

 

「ご家族がいつ見舞いに来るか聞いた?」

「今週末に両親と二番目の姉が来ます」

「祖父母がいるって言ってなかった?」

「畑を見る人がいなくなるんで来ません。それに遠出は体に障るからって父に止められました。私がけがするのは毎度のことやって」

「一番上のお姉さんは?」

「仕事の都合が付けば来れます」

「ふうん」

 

 楯無が白い掛け布団の上に雑誌を置きっぱなしにしていたことを思い出す。桜が一瞬目を離したすきに雑誌を手に取る。そのままカバンに入れてしまおうと前屈みになったところ、桜の声が飛ぶ。

 

「安芸ねえは飛びきり美人や。あこがれるのはわかりますよ」

 

 茶化されると思いきやまじめな答えだった。楯無はほっと胸をなで下ろし、カバンのなかに押し込む。そのままリンゴを手に取り、皮むきを始めた。

 

「あなたの専用機だけどオーバーホールすることになりました。装備はボロボロ。ISソフトウェアのデータがほとんど破壊され、動いているのが不思議なくらいだったそうよ。ソフトウェアに関しては何をどうやったらあんな状態になるのかみんな首をかしげていたわ」

 

 楯無がリンゴの皮むきを終え、果物ナイフをトレイに置く。すぐ隣に桜がむいたリンゴがある。楯無は皮の薄さやリンゴが球形に近いかどうかを見比べた。

 

「あー。負けた。リンゴの皮むきには自信あったのに」

「会長さん。そう嘆いても始まらんで。うちって農家やし」

 

 桜が器用にリンゴを六等分する。そのまま口に放り込み、シャリシャリと音が漏れた。

 桜の元にはIS学園の生徒や教師が毎日面会に訪れている。

 そのほかにも面会や事情聴取を求める者が相次いだ。倉持技研や四菱などの企業、政府や自衛隊関係者、警察、メディア、大使館関係者など。楯無は情報を統制する目的で間に入っていた。表向きは生徒会やIS学園が生徒を保護するというもの。実際は面会を申し込んだ者や企業の経歴を洗うためだ。

 特に政府や自衛隊、警察、大使館関係者は署名に「更識」の文字を見るや素直に引き下がっている。もちろん根回しが効を奏したということだろう。メディアも政府の対応に習って消極的な動きにとどめている。

 

「零式は……派手に壊してもうた。私が乗ると思いっきり壊れてまうことが多いんやけど……」

 

 桜が表情を曇らせる。田羽根さんの件が心に引っかかっているためだ。バックアップから修復できると聞いていたが、データ欠損が発生するのは避けられないだろう。

 楯無がリンゴを噛み砕いて飲み込む。

 

「自転車の話だっけ。新品が大破したっていう」

「そんなところや」

 

 桜の事故歴を思い浮かべ、楯無は納得したように返事をする。彼女は雑談をするために見舞いに来たのではなかった。桜にいくつかの企業が接触する情報をつかみ、できるかぎり立ち会うためだ。

 今回の騒動。桜は襲撃した所属不明機のうち二機を単独撃墜。一機を共同撃墜している。ISに乗り始めてから二ヶ月未満の生徒が成し遂げにしては出色の出来だ。各国のIS関係者が大使館を通じて情報収集と青田買いを企図するのは当然の反応である。

 ――結果だけを見れば、なるほど佐倉さんはすごい。一夏くんもがんばった。

 一夏や千冬については、すでに松本が心理的支援を行っている。情報の取り扱いに慎重な姿勢のためか詳細が伏せられていた。ただ、一夏本人との会話から当時の状況や心理状態を把握したという。松本は医師と連携し、一夏ら当事者の心のケア、そしてISに関わる者として状況報告、改善、指導方法について計画を進めていた。

 ――実は佐倉さんが一番怪しいんだよね。

 楯無は桜を疑っていた。

 ――なぜ、所属不明機が無人機だとわかったのか。

 桜は戦闘中に所属不明機の詳細なデータを提出している。所属不明機・甲の化学式レーザー砲ユニットの主要部分にいたっては、ドイツの軍需企業であるNDS(北ドイツ重工)製の部品を使用していたことが明らかになっている。NDSは第三世代IS黒い雨(schwarzer regen)に採用された大口径レールカノンを開発した企業としてIS関係者の間では名が知られている。そして英国のBT型一号機、つまりブルー・ティアーズの主装備「スターライトmkⅢ」は同社の元社員からなるチームが英国BAS社で開発、採用されたものだ。

 ――砲身寿命を正確に記載。機密が手に入ってうれしいんだけど。これっておかしいよね。

 データには連続照射時間や冷却用熱媒体の製品名まで記されていた。

 ――最初から知っていた、というのは考え過ぎ?

 論理の飛躍だろうか。楯無の頭に亡国機業の名が浮かんだ。今でこそ秘密結社扱いだが、元は殖産興業時代から織物産業を支えた企業のひとつにすぎない。離散集合を繰り返し、組織の実態把握が困難になるほど膨張していた。今でも成長と増殖を続けている。

 ――佐倉さんは危機に対して冷静に判断、迅速に対処したってことになってる。けれど、本当にそうなのかしら。

 白式の通信記録から一夏が所属不明機を有人機だと考えていたことがわかった。ISの教科書に「有人でなければ起動できない」と明記されている。一夏がその知識を元に事態の把握を試みたと考えるのは自然なことだ。

 ――記録を見ていけば明らかなんだけど、彼、一夏くんは緊急事態に直面してパニック状態に陥っているんだよね。白式のログによれば、佐倉さんにはパニックの兆候がなかった。しっかりしてるから? お姉さんは素直じゃないから頭から信じられないな。

 ほかにも気になることがある。打鉄零式が襲撃直前に制御を奪われて動かなくなった。学園内のIS全般にいえることだが、なぜ打鉄零式だけが制御を取り戻したのだろうか。

 ――ISソフトウェアの再起動に成功したのは打鉄零式だけだった。その理由は?

 襲撃時、同じ第三世代機の甲龍(シェンロン)が起動不能に陥っている。ミステリアス・レイディに至っては楯無の搭乗を拒否したのだ。

 ――白式の性能テストのために所属不明機を送ってきた、とか。憶測だけどね。

 ほかにも白式がまったく影響を受けなかったことも気になった。白式だけ見逃された。男性搭乗者が珍しかったという意見は理由にならない。

 ――さて、一番の問題は……。

 桜が提供したデータは楯無やIS産業にとって重大な情報を含んでいた。所属不明機のISコア番号として四七一から四七三と明記されていた事実。ISコアの管理会社であるSNN社は、公式発表においてISコア現存数を四六七個だと発表している。この発表は極めて信頼性が高いものとされていた。国際IS委員会も事実だと承認している。

 ――なぜなら、SNNの創業者は篠ノ之束博士自身なのだから。

 桜は自分が提出したデータについて、「中身をほとんど読んでいない。AIから提示されたデータをすべて添付した」と証言している。だが、打鉄零式のISソフトウェアはデータ領域が消失した。しかも専門家から復元不可能との見解が出されている。つまり知らないとする言い分を証明することができないのだ。

 ――情報は有効活用しなければ。

 楯無は所属不明機に関する情報は、裏付けが取れてから国際IS委員会に報告することが望ましいと考えていた。だが、四六八番以降のコアが存在する事実については隠匿するつもりでいた。欧米などにこの情報を知られるわけにはいかない。複数のISコアが存在する事実を闇に葬り去るか、取引材料とする。そしてこの事実を利用して更識家内部、さらに財界や政界への影響力を強化するのだ。腹の底にわきおこった暗い感情に流されそうになる。

 ――あとはミサイルの出所ね。弾道弾まで持ち出したっていうじゃない。ロシア政府がテロ組織に大量破壊兵器を売ったなんて疑いをかけられるのは困るのよ。

 その一方で所属不明機襲撃の件は、楯無が国家代表を務めるロシアの立場を脅かしかねなかった。所属不明機・丙の三〇ミリ多連装機関砲(AK-630)の製造番号が一〇年前に失踪したスラヴァ級に搭載されていたものと一致したのだ。

 ――まさか白騎士事件での失踪船に関する手がかりがここで出てくるなんて考えもしなかった。

 白騎士事件において、ロシア海軍のスラヴァ級ミサイル巡洋艦二隻が撃沈されている。だが、この発表は偽情報だった。撃沈ではなく行方不明が正しい。GPSの記録を照合すると、航行中に沈没したかのように反応が消えている。該当する海域を捜索しても残骸がない。しかもロシアだけではなく各国のミサイル搭載艦艇までもが姿を消している。

 ――きなくさい臭いが漂ってきたなあ……。調べたらとんでもない爆弾が眠っているかもね。

 楯無は学園内部の更識家関係者に対して、所属不明機のデータに触れた者を徹底的に監視するよう指示を出していた。また所属不明機の件については箝口令が敷かれている。一年生担当の教師やピットにいた生徒。ほかにも当時IS格納庫に閉じこめられていた整備科の生徒たち。簪や虚にも彼女らの動向を逐一目を光らせるように頼んである。ふたりは身内で信用できるという観点から、監視対象となったことを知らせた。

 ――所属不明機以外はあまり進展がなかったりするのよね。

 あえて触れるならばマ***ァ***が女性だったという驚きの事実だろうか。彼女の婚約者は五月上旬にロットネスト島沖で消息を絶ったオーストラリア海軍のコリンズ級潜水艦の乗組員だった。

 楯無はそろそろ企業の訪問時間が近づいていることもあり、気分転換しようと考えた。呼吸のたびに鈍い痛みを感じているはずなのに、次から次へとリンゴを食べ続ける桜を見つめる。

 

「そうそう。GOLEMシステムのVer.2が発表されたそうよ。といっても数年前に発表されたロードマップ通りなんだけど」

「それ、堀越さんと曽根さんから聞いたわ。せっかくやからVer.2をインストールするって……あっ」

 

 桜はあわてて口を閉じた。生徒会長とはいえ、企業の内部事情を気軽に漏らすべきではない。それに倉持技研には田羽根さんの件を報告している。桜以外に田羽根さんを認識できないことから、その存在を疑問視されている。憎たらしい二頭身の話を信じているのは堀越と曽根ぐらいだろう。

 堀越から技術的な話は倉持技研が窓口になると申し出があって、桜は素直にしたがっていた。

 

「大丈夫。その件は私も知っているから。整備するのはうちの生徒なのよ。まあ、企業の人も入ってくれてるんだけどね。それに生徒会をやっていると、各企業の事情にも詳しくなるのよ」

「そんなもんやろか」

「文化祭のときにいろいろ交渉したりするからね。それに代表候補生って企業や国家の看板を背負ってる子ばかりでしょう?」

 

 楯無にいわれて、桜はマリア・サイトウやナタリアの顔を思い浮かべる。

 

「なるほど。……いかんわ。IS学園におると、どれが機密で、そうでないかがわからんようになっとる」

「本当に大事なことは、生徒に開示したりしないから大丈夫」

 

 楯無の口から本音が漏れる。桜が狐につままれたような顔をした。楯無は愛想よくにっこりと微笑み、最後の一切れをつまんだ。

 桜は枕の横に置かれた段ボール箱を避け、手鏡を取り出す。舌を出し、光を当ててみせた。ラメのように銀色に輝く物体を見えるのではないかと目をこらした。

 

「ナノマシンは肉眼での目視は不可能。ナノサイズだから」

 

 桜の体内には治療のため医療用ナノマシンが投与されていた。第二アリーナから脱出後、打鉄零式から降りた際に有害物質を吸入した可能性があるためだ。念のため医療用ナノマシンを投与することで皮膚や内臓の腐食を抑えるという措置が施されていた。なお、一夏や彼らの救助に当たった教師にも同じ処置がとられている。

 

「先生が唾液にナノマシンが混ざるって口にしとった。光が反射するからもしかしたら見えるかもって話してたんやけどなあ」

「それ、ナノマシンに反射した光のことを説明したのよ。実際に見たければ電子顕微鏡が必要よ」

 

 桜は眉根を寄せて、あからさまに残念そうな表情を浮かべる。

 

「なんや。私の勘違いか。そういえば会長さん。毎日ここに来るけど学校のほうはええの?」

 

 桜は胡乱な目を向けた。毎日高そうなフルーツ詰め合わせを持参しては桜と一緒になって食べている。生徒会長が堂々と学校をさぼっているのではないかと疑ったのだ。

 

「校舎を一ヶ月閉鎖することが決まったわ。第二アリーナは最低でも三ヶ月は立ち入り禁止。もしかしたらもっと延びるかもしれない」

「アリーナはともかく、校舎はそんなにひどかったん?」

「校舎のガラスがね。思いっきり割れちゃって全部交換することになったのよ。あとは点検とか、備品もいろいろ壊れたからいろいろやることが多くってね。寮でも一部、割れちゃったしね。ただし、授業はあるから」

「ええっ! 校舎が立ち入り禁止なのにどこで」

「無事だったアリーナを使って実技を実施。学園島の裏側にある合宿所を使用して座学や体育の授業。特別講義主体の合同授業ね。柘植先生……うちの担任が張り切ってるのを見たの」

「そんなあ! 合宿所ってお化けが出るって有名やないか!」

 

 楯無は声を荒げる彼女を見て頬をかく。

 

「確かに……そんなうわさもあるかもね。合宿所のすぐそばに特攻用の火薬式カタパルト跡があるし、陸軍の施設もあったみたい。それをいったら学園島自体が本土決戦用に改造された土地。そこら中に坑道が走ってたらしいわよ。昔、先輩方が五式戦や剣、白菊を発掘したって聞いてるけど、実際に幽霊を見たという確たる話は存在しないわ」

 

 楯無はもしかして、と言葉を継ぐ。

 

「幽霊を信じているとか?」

 

 同年代の少女の口から特攻という文句を耳にした。珍しいと感じる。桜は訓練で殉職しかけたことを思い出して顔を伏せた。訓練中の事故死はときどき起こることだ。戦争末期の搭乗員は速成教育が主で、工業製品の品質低下は目を覆わんばかりだった。ふと以前、箒がチラと口にしたことを思い出して真っ青になった。

 

「あかんわ、それ! 間違いなく何人も殉職しとるやないか! うわわ……篠ノ之さんが口にした霊の溜まり場って合宿所のことなんか? 篠ノ之さんに頼んでお払いしてもらわんと!」

 

 頭を抱えて取り乱す姿に楯無がくすっと笑う。所属不明機と死闘を繰り広げた人物には見えない。本音がいつも報告するような年相応の少女の姿だ。

 

「篠ノ之箒、ね。お姉さんはオカルトを信じてないからコメントできないわね」

「いっぺん見てもろうたわかる。篠ノ之さんは本物や」

 

 桜は真剣な面持ちで告げた。

 ――本音も似たようなことを口にしていたけれど、拝み屋はいまいち好きになれないなあ。

 

「それからアリーナだけど土を変えないとまずいことになってるわ。理由はわかるよね」

 

 顔をあげた桜が一瞬目を泳がせた。すぐさませき払いをしてから答える。

 

「そっちは当事者やから、よーくわかってます」

「ミサイル燃料系の事故に対して迅速対応する技術と手順が確立されてるからね。結構早く終わると思うんだけど。一〇年前の件もあったし」

 

 楯無はそこでクラスメイトの顔を思い浮かべた。柘植研究会に所属する二年生。多脚型ISに搭乗する姿をよく目にしている。

 その二年生は白騎士事件の直接的被害者だ。

 白騎士事件の第一段階において、機能不全を起こしたミサイルが臨海部の宿泊施設に落下。運良く起爆を免れたが、宿泊施設は大破。宿泊客のうち二割が死亡。そのなかでも生徒の家族は壁を突き破った落下ミサイルの直撃で即死。しかも生徒の誕生日だった。この話は楯無のクラスメイト全員が知っている。

 楯無は嘆息しながら、海側の方角を仰ぎ見た。所属不明機襲撃後、すぐに出動してきたISが海上に鎮座しているはずだ。

 

「そのせいで『飛行戦艦打鉄』なんて変なものを作っちゃったし。佐世保から飛んできたアレ。佐倉さんは見た?」

「朱音に写真を見せてもらいました。漢のロマンって感じがしてワクワクしました」

 

 飛行戦艦打鉄とは海上自衛隊が一機だけ保有するISの通称だ。正式名称は打鉄改。航空戦艦打鉄と呼ばれることもある。

 一時は舞鶴に配備される、とうわさされた機体でもある。今は海上自衛隊佐世保基地に倉庫を新たに造営して運用していた。

 このISが早期出動を実現した理由として有事即応体制が確立されていたこと。第二のミサイル・ショックが懸念されたこと。首相の迅速な決断があったことを忘れてはならない。

 

「私も生で見たのは初めてだけど。呆れたわね。本当にISなの?」

「二三四一発のミサイルを迎撃できる上陸用舟艇ってコンセプトらしいですよ。長年の夢を実現させたとかなんとか。個人的に戦艦の勇ましい姿は好きやけど、呆れたのには同意します」

「メガフロートを非固定浮遊部位にするとか。斬新な発想よね」

 

 海自仕様の打鉄改はあまりにも巨大な非固定浮遊部位が特徴だ。総数四枚の長方形の板が浮遊しており、艦載機どころか旅客機の離着陸が可能だと推測されている。メガフロート型非固定浮遊部位にありったけの艦砲やミサイル発射機、機関砲などの装備を設置した。とりあえず置けるものは何でも置いた。怪獣対策にメーサー砲を導入したという眉唾なうわさまでもがまことしやかに流れている。

 ちなみに拡張領域(バススロット)には近接兵装として槍衾(やりぶすま)衝角(しょうかく)が導入されている。

 

「人気があるっていうのが信じらんない」

「プラモデルだと本体がちっちゃな粒やって。『IS/VS』では非常識な火力を利用した待ち伏せ攻撃が横行したとかで、大会やオンラインの協力プレイで使用禁止になっとるそうや。友達が教えてくれました」

 

 「IS/VS」には内蔵マップエディタが搭載されている。海自仕様の打鉄改がDLCとして提供され、内蔵マップエディタでメガフロート型非固定浮遊部位の編集が可能だ。つまり土地を造成したり建物を造ることができる。

 この機能を利用したハメ技が存在した。メガフロート型非固定浮遊部位を都市や地形に偽装。膨大な搭載兵器を建築物や地面に巧妙に隠すなどして潜伏。地形や単なるオブジェクトだと思って他のプレイヤーが無防備に降り立つ。タイミングを見計らってネット弾を射出。動けなくなったところで集中攻撃するというものだ。

 「タバネ17歳」と名乗るプレイヤーが初披露し、数多くのオンラインイベントを荒らし回った。

 

「本当に全部のせていたわね。ついメーサー砲を探しちゃったんだけど」

「さすが千代場博士やなー」

 

 桜は白々しく棒読みしていた。

 打鉄を海自仕様へと改修するにあたって、千代場博士が原案を提出している。彼が大真面目に用意した改修案はミサイル・ショックの影響もあり、あっさりと採用されてしまった。

 武装を搭載できるだけ搭載する。拡張領域に量子変換(インストール)しなくともよいという割り切り。しかもマッハ〇.八というジェット旅客機並みの巡航速度で移動可能。世界に類例がない奇妙な機体を生み出してしまった。各国から「クレイジー」というコメントが相次ぎ、佐世保に配備されたことにより一時的とはいえ軍事的緊張を生み出している。

 なお、海自仕様の打鉄改が通称で呼ばれるのは、陸上自衛隊が保有する打鉄改と区別するためだ。こちらは災害救助を主眼とするため、作業用機械腕を搭載することをのぞけば打鉄と大差がない。

 

「ああ……いやな予感がしてきた」

 

 楯無はパイナップルに手を伸ばそうと腰を浮かせる。桜の枕元を見るや四菱ケミカルの企業ロゴを目にして力が抜けてしまった。

 

「その箱……」

「これ? この前もろうたISスーツの上位版やって聞いとります」

 

 桜は先日来訪した四菱ケミカルの技術者から新しいISスーツを受領していた。電子ペーパーのように色を定着するときにだけ通電すれば、天然色で画像を表示できる優れものらしい。メディアに宣伝する際に、あらかじめ表示するスポンサーロゴを指定しておけば好きな場所に描くことができ、何度でも書き換えが可能だとか。繊維装甲の派生技術だと聞いている。ほかの生徒がモニターした際に地肌の色を透過する不具合があったそうだ。ISスーツを持参した技術者が「お渡しするISスーツは水着機能を搭載した改良版です。裸に見えることは決してありません」と断言している。

 

「まさか会長さんがこれの前の版を試したとか……?」

 

 桜が上目遣いにのぞき込んできたので、楯無は思わず目をそらした。顔が真っ赤になっている。どうやら図星のようだ。

 

「わ、私だけじゃないわ。ほかにも被害者がいたって聞いたもの」

 

 桜にばれたと思い、楯無はあわてて取り繕う。すぐさま墓穴を掘ったことに気づいて、ぷいと顔を背けてしまった。

 

 

 一時、深刻そうな顔をしていた楯無は何事もなかったような顔つきに戻っていた。手帳を片手に次の面会者の名を確かめる。「SNN藤原」と書かれていたが、藤原に二重線が引かれ、黒江と書き加えられている。

 

「四菱の次はSNN社の黒江さんね」

 

 このSNN社は篠ノ之束の主な収入源とされている。

 同社の最高経営責任者が創業者、つまり篠ノ之束本人の名義となっているからだ。ISにまつわる周辺技術の特許使用料を収入源とし、ISコアの管理業務で成り立っているような企業だ。

 もちろん名義が残っているとはいえ、経営自体は別の人間が行っている。同社は篠ノ之博士への直接連絡は難しいとしている。むしろ「どこにいるのか所在を教えて欲しい。縄をつけてでもしょっぴいてくれ」と国際IS委員会に要請するほどだ。

 とはいえ篠ノ之博士は毎週開催されるオンライン定例会議に顔を出している。それでも捕まらないのは、アクセスポイントを解読した頃には別の場所へ移動してしまうためだ。

 また同社は所在不明の篠ノ之束博士の代理人を務める。実際、倉持技研はSNN社を介すことで篠ノ之束博士と連絡を取り合っていた。

 

「ここが顔を出すなんて珍しいわね。GOLEMシステムのサポート業務を取り扱っているから?」

 

 この管理会社が表舞台に立つことはほとんどない。非公開会社のため新聞に載ることはめったになかった。

 桜は楯無が差し出したパイナップルの輪切りを口に入れる。飲み込んでから口を開く。

 

「私、SNNとは何の関係もないですよ。製品の感想を直接聞きにくるとかやないの」

「確かに……そうかもしれない」

 

 楯無は世界で二例しかない、と喉元まで出掛かって口をつぐむ。GOLEMシステムを採用した機体は打鉄零式のほかは銀の福音だけだ。銀の福音についてはアメリカ、イスラエル両国が管理しているため情報が表に出てこない。打鉄零式は貴重なデータが消失している。

 GOLEMシステムは導入するだけで性能が三〇%向上するというものだ。各国のIS関係者と同じく眉唾ものだと、楯無は考えていた。

 扉をノックする音が聞こえてきたので、桜は「どうぞ」と告げる。

 

「失礼します」

 

 静かな湖畔を思い浮かべる澄んだ声音を耳にした。

 あまりの心地よさに思わずうっとりとしてしまう。桜と楯無が同時に振り返る。手足が華奢で、微かに紫色を帯びた青白い銀色の長髪。良家の子女を彷彿とさせる。たおやかなしぐさを目にするや桜は生唾を飲み込んでいた。ドレススタイルの白ブラウス、青色のフリルスカート。透き通った白い肌。一番目を引いたのは白目が黒目となり、黒目に金色の環が映る異色の双眸である。

 

「これは……」

 

 自然と目が引き寄せられてしまう。同性とはいえ胸が高鳴る。桜は同世代と思しき少女を凝視する。

 ――これが一目惚れ……というのは冗談。

 桜は自分でも気づいていなかった好みを認識してしまった。このままではいけないと思い、楯無をからかうことで平静を保とうとする。

 

「えらいべっぴんさんやね。会長さんはこういうのが好みやあらへんの」

 

 楯無は依然として「人たらし」のはずが気がつけば「女たらし」といううわさに苦しんでいる。

 

「私はストレート。櫛灘さんの妄言を鵜呑みにしてもらっては困るなあ」

 

 楯無は余裕ぶった態度で切り返す。桜には切り札があった。

 

「試合のとき、妹さんが『昔からそうでした』って認めとったわ」

「そんな! 簪が……違うの! 私は本音とは違うのよ!」

「またまたー。ご冗談を」

 

 楯無は本音を槍玉にあげて身の潔白を証明しようとした。桜はにやにや笑い、先輩の言葉を素直に受け取ろうとはしなかった。

 

「発言してもよろしいですか?」

 

 楯無の隣から澄んだ声音が聞こえる。桜と楯無は姿勢を正して続きを促す。

 

「はじめまして。SNNのクロエ・クロニクルです」

 

 小さな手提げカバンから名刺を取り出し、桜と楯無に配った。名刺の表面にはイタリック書体で「Chloe Chronicle」と記されている。楯無は急ぎ手帳を開く。メモの「黒江」の字と見比べ、日本人だと勘違いしていたことを悟った。

 

「弊社のCEOから伝言を言付けられて参りました。早速ですが、ここで読み上げても構いませんか?」

「はあ。ええけど」

「では読み上げます」

 

 クロエが手提げカバンから封書を取り出す。便せんを開いて明朗な発音で読み上げた。

 

「発、謎のマッドサイエンティストX。宛、サクラサクラ」

 

 先ほどクロエが自社のCEOから伝言だと発言している。名前を伏せる意味はなかった。

 

「この死に損ない。泥棒猫。理想の弟を寝取ったことを許してないんだからねっ」

「はい?」

 

 思わず耳を疑う。桜は目を丸くして口が半開きになった。

 

「P.S.今度寝取ったら本当に許さないぞ。人生を強制リセットしてやるから覚悟しろ! ……以上です」

「あの……宛先、間違えていませんか。サクラサクラ違いやないかと」

 

 桜には見に覚えのない内容ばかりだ。篠ノ之博士が重大な勘違いをしているのではないか。そう思って何度も確認する。

 

「いいえ。間違いなく佐倉桜様宛だとうかがいました」

「全部身に覚えのないことばかりなんやけど。気分悪いわ。会うたこともない人に悪し様に罵られなあかんの」

「内容については関与しておりません」

「関係ないってわかってますよ。宮仕えやって。それでも……いくらなんでもひどい。傷ついたわ」

「では、その旨をCEOにお伝えします。後ほど何らかの回答を送らせます」

「お願いします……あの、私……篠ノ之博士に恨まれるようなことしたん?」

「私は存じ上げておりません」

 

 クロエはしばらくして何か思い出したように口を開く。

 

「一度だけ……CEOはあなたの顔写真を見て『別のあなたを知っている』という旨の文句を口にされたことがあります。何を指しているのかまでは、私には理解できませんでした」

 

 桜はドキリとした。別のあなたとはつまり、佐倉作郎のことだ。

 ――どういうことや。私が私であると口にしたのは数回しかあらへん。全部うっかりやけど、どの記憶にも篠ノ之博士らしき人はおらんかった。

 別のあなたが作郎だと仮定した場合、弟を寝取ったという言葉と矛盾する。

 ――それとも何か。無意識で、しゅ……あかん! 軍隊でそんな怖いことしたらうわさが立っとるはずや。

 ちなみに泥棒猫とは女性に向けた蔑称だ。浮気女を示し、男性に向けて使う言葉ではない。

 ――さっぱりわからん。

 桜が首をひねっているとクロエが丁寧な口調で病室を辞した。

 楯無がクロエを送るために席を立つ。桜に背を向けたとき、普段の生活で決して見せることがない鋭い視線をクロエの背中に注いだ。

 

 

 楯無は自分で切ったパイナップルの輪切りにフォークを刺して桜に差し出す。「はい、あーん」というやつだ。桜の口のなかに消えるのを見届けてから自分も一切れ口にした。

 

「毎回思うんだけど、四菱ケミカルはどうしてうっかりした試作品ばかり渡してくるのかしら」

「……まだ二ヶ月やけど会長さんが思っとるような不具合に遭うたことはないんやけど」

 

 桜は感度まで三〇%アップや光学迷彩でストリーキングな不具合には遭遇していない。そのせいか、四菱ケミカルのISスーツに対して今のところ優秀なスーツだと評価を下していた。

 

「SNNのクロニクルさん。結局、すぐ帰っちゃったわね。ところで理想の弟って誰のことかしら」

「篠ノ之束博士のことやから案外、織斑のことやったりして」

「一夏くんが弟かー。かわいいっちゃあ、かわいいけど。理想とはちょっと違うかな」

 

 楯無はあることに気づき、顔を真っ赤にして取り乱す。

 

「え……? 佐倉さん、寝取った? まさか……人目を盗んでもにょもにょなことを」

 

 最後のあたりは口ごもってしまいよく聞き取れなかった。これまでの自信に裏打ちされた言葉遣いや何でもお見通しといわんばかりの態度が台無しだ。

 ――もにょもにょって何や。

 桜は一〇二五号室の主の姿を思い浮かべた。誤解を招く行動を取ったとしよう。箒の逆鱗に触れ、刀の錆となる可能性が大だ。もしも櫛灘が知ったら、あっという間に全校生徒の耳に入るだろう。やはり刀の錆となる運命が待っている。

 

「まさか。織斑にそんなことしたらIS学園で刃傷沙汰になってます。それに会長さんはお忘れか。隣部屋に櫛灘さんがおることを」

 

 櫛灘の名前が出た途端、楯無が唇をとがらせて眉間にしわを寄せた。あからさまに苦手だと目が語っている。

 

「一〇二七の……櫛灘さんね。あの子には隠し事できないよねー」

 

 白々しい棒読みだ。まったく気持ちがこもっていない。桜は自分のことを口が堅いと思いこんでいたので、生徒会長が櫛灘に対して罵詈雑言を吐いたとしても決して口外しないつもりだった。うっかり喋りたくなったら紙にキリル文字で書いてシュレッダーにかけるだけの配慮がある。

 ――あっ。ロシア語はあかん。会長さん、読み書きどころか会話もできるんやった。

 

「サクサクいるー?」

 

 外から本音の声が聞こえてきた。IS学園の生徒は身元の調査を終えている。自由に面会してよいと判断を下していた。特に本音は身内でかつ桜の同居人なので制限を設けていない。

 

「ええよー」

 

 桜が気軽な声を出す。扉が開いて本音が姿を見せる。紙袋を抱えており、大阪に本店がある百貨店の名前が記されていた。

 

「ごめんね~。遅くなっちゃった」

 

 クラス対抗戦当日。本音は観覧席にいて自分のクラスを応援していた。避難指示にしたがって第二アリーナから避難した。その後、校舎の窓を割った衝撃波で転倒。膝を擦りむくなど軽傷を負っている。

 本音は楯無に挨拶したあと、桜に百貨店の紙袋を手渡した。

 

「実家はどうやった?」

 

 快特列車と鈍行を乗り継いで二、三時間の場所に布仏邸がある。本音は実家に呼び出されて急遽外泊することになっていた。

 

「特に変化はなかったよ~。少しだけ心配されたけどね~」

 

 楯無の目配せに応じて本音がうなずき返す。更識の本家に顔を出しているのは間違いないだろう。

 

「この紙袋は重そうなんが入っとるみたいやけど」

「それ、サクサクへのおみやげだよ。開けてみて」

 

 桜はいわれたとおり袋に手を突っ込む。ファスナー付ポリ袋から黒い紐で綴じられた冊子を取り出す。

 

「さすがに原本は持ち出せなかったんだけど。ちょっと前にデジタル化したから印刷してきたんだよ~」

 

 本音がゆるい雰囲気のまま冊子を桜の手に置いた。楯無が本音に「許可が出たの?」と耳打ちする。

 表紙に目を落とした桜の手が止まる。肩を振るわせ、にこにことする本音の顔を凝視した。信じられないものを目にしたかのような顔つきだ。

 

「本音。これ……もしかして」

「おばあちゃんが佐倉さんのご遺族にぜひ読んでもらいなさいって」

 

 桜はコピー用紙に印字された名前を指でなぞる。

 タイトルにそっけなく日記と書かれていた。本来の持ち主の名が懐かしい響きを奏でている。頁をめくると昭和二〇年四月一一日に「()()」とつづられ、その二文字を最後に白紙が続いた。

 

「あれっ。あれっ。おかしいわ」

 

 同じ日に同じ空を飛び、同じく散華した仲間。

 鼻が熱くなり、胸に激情がこみ上げる。桜は思わず鼻をすすった。手の甲で何度もこする。それでも鼻水が止まらないので枕元のティッシュペーパーを何枚か手に取った。目の端から大きな涙の粒がこぼれ落ちる。楯無と本音が驚いておろおろとするのも構わず、涙はとどまるところを知らない。

 桜は布仏静の日記を抱きしめ、目を伏せて声を押し殺す。他人の目に構わず嗚咽をあげた。

 

 

 




GOLEM章完結。
次章でまたお会いしましょう。

【補足】
NDS(北ドイツ重工)
架空の企業「Nord Deutschland Schwerindustrie」の略。

梓弓
楠木正行が残した辞世の句より
「かへらじと かねて思へば梓弓 なき数にいる 名をぞとどむる」
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