桜が復帰した次の日。
帰宅前のSHRが終わり、講堂のなかが騒がしくなってきた頃合。桜は後ろの席に座るマリアに話しかけようと体をひねり、箒が隣に立っていることに気づいた。彼女が三組を訪れることは滅多にない。せいぜい本音やセシリア、ときどき櫛灘がちょっかいを出しにくる程度である。
箒は思い詰め、桜をにらみつけるように見下ろす。
「折り入って相談がある」
「なあに。篠ノ之さんから相談なんて珍しいわ」
たいてい桜が日常細やかな話題を振るくらいだった。
「まあな」
「勉強教えてとかやったら私は役立たずや。私と篠ノ之さんって成績変わらんやろ。教えを請うなら……せや、うちのマリア様か、博多弁の人に聞くとええよ」
「いや、勉強の話ではないんだ。ISについて、だ」
「マリアじゃ手に余る内容?」
「うむ」
桜から目を離し、箒が少しとまどったように目を泳がせる。
「佐倉じゃないとダメなんだ。できればひとり来てほしい」
「……わかった。そこまで言うなら胸を貸すわ」
「恩に着る」
「で、場所はどこにする?」
「第一アリーナで」
桜はよほど込み入った事情だと察した。第一アリーナ周辺は工事車両が土埃を立てて頻繁に行き交い、汚染された土を第二アリーナから運び出している。合宿所から向かうには不便であり、たいてい第三、第四アリーナに利用者が集中する傾向にあった。
「あれ~。篠ノ之さんとサクサクでお話?」
本音がパタパタと足音を立てて近づいてきた。スローモーションで再生したかのようにわざとらしくゆったり動き。垂れ下がった袖を左右に振って、いかにも眠たそうなしまりのない表情をうかべている。
「布仏。佐倉をしばらく借りるぞ」
「いいけど、篠ノ之さんからなんて珍しいね~」
「そうか?」
「そうだよ~」
箒は桜の手をつかんだ。よほど深刻な問題なのか、手のひらが汗で湿っていた。
▽
ISスーツに着替えて、箒が待っているであろうフィールドに降り立つ。クラス対抗戦後、初めて打鉄零式を実体化させた桜はあまりの静けさに拍子抜けしてしまった。GOLEMシステムがバージョンアップされたせいだろうか、画面がすっきりしている。視野の右下。存在感を放っていた田羽根さんの部屋が消えてなくなっている。
「田羽根さん……」
田羽根さんはいたら鬱陶しいがいないとなれば妙な寂しさがある。桜は胸に去来した感覚に困惑しながらフィールドの中央へ目を向ける。
紅椿の背中。背嚢と思しき三十センチ四方の黒い箱に、マスコットキャラのしたり顔が描かれている。田羽根さんと同じタッチに悪い予感を拭いきれない。蒔絵を意識しているのだろう、抑えた濃灰色が印象的だった。「無駄遣いやなあ」と。桜は高い技術に感心しながら残念な気持ちでいっぱいになる。
「来たか」
箒の声だ。桜が怖じ気づいて足を引く。まさに瞬間を見計らったかのようなタイミングである。対岸のピットから打鉄弐式をまとった簪が出てきて巨大な剣玉を手にしている。
――うわっ……例の試作武器や。
桜はますます気が引けて及び腰になった。話を聞く前からこれではいけない。勇気を振り絞って開放回線に向かって声を投げかける。
「来たんやけど。それが、篠ノ之さんの専用機なん?」
「不本意ながら」
「なんかちっこいね。よく話に聞く白騎士みたいや。意匠はえらいちゃうけど」
紅椿は全身装甲を含めて二メートルもなかった。箒がガスマスクのような面頬をひっつかむ。カチリと小さな音がして箒の顔が露わになった。
「姉が作ったんだ……」
明後日の方角を見ていた。苦虫をかみつぶし、無理矢理絞り出したような声だ。ガスマスクを脇に抱えたまま話を切り出してきた。
「本題に入ろう」
「ええよ。何でも聞いて」
答えられる範囲なら、と小さな声で付け足す。
「GOLEMシステムについてどこまで知っている?」
「お姉さんが作っとったんと、性能が三割向上するとか、まあ概要程度なら」
「そうか……佐倉のISにはAIが搭載されていたと聞いている。本当か」
「……ほ、ほんまや」
桜はふるえながら声をあげた。
「その話、どこから聞いたの」
箒がきょとんとする。額に手を当てながら記憶の引き出しを開ける。
「姉からだ。あと企業の人……ええっと、クロニクルとか変な名前の」
「あの人か……」
桜は脅迫めいた手紙を思い出す。死に損ない呼ばわりされたり、人生を強制リセットなど物騒な文句が出てきて唇をとがらせた。
「AIは前はおったんやけど今はおらんなった」
「今は? どんなやつだ」
「田羽根さんっちゅう名前や」
「束さん?」
箒は突然姉をさん付けされて首をかしげた。胡乱なものを見るかのような目つきで桜を凝視する。
「聞いたことがないんだが」
「私だって知らんわ。ISを起動させたら出てきたんや。他に何体も……」
田羽根さんは何体もいる。そう言いかけて桜は口をつぐむ。田羽根さんを野放しにすると厄介だ。それこそアリーナに乱入し、弾道弾を撃ち込むくらい朝飯前の武闘派である。
桜は真っ青になって叫ぶ。
「まさか何体もおるん!」
「この紅椿にはな、そのうさんくさいソフトウェアが導入されているんだ……」
「そんなあ!」
箒が眉間にしわをよせて答えるのを聞いて、桜はこの世の終わりのような顔つきになった。
「佐倉はAIをどう調教した? 一ヶ月ちょっとで手懐けたとか、あの人が口にしていたぞ」
「ち、調教!」
すぐさま回線の状態を確かめる。開放回線だから他のISも通信傍受が容易だ。桜は背伸びして簪の様子をうかがった。剣玉フレイルを巨大な十字型手裏剣めがけて投げつけるところだった。簪の真剣な眼差しを見て気づかなかったものと断定する。
桜が肩をふるわせる。二頭身がふんぞり返った姿を思い浮かべ、調教という言葉を結びつけようと努力した。しかし、無駄だった。むしろ調教されたのは桜である。
「名前を教えてほしいなあ……なんて」
「もっぴいだ」
棒読みで覇気がない。
――もっぴい? モッピー、モップ、もっぷ、箒……うわあ。
桜は篠ノ之博士の仕業だと確信した。もっぴいとはおそらく紅椿の背中のキャラクターに間違いない。「聞かなければよかった」と桜は後悔した。
打鉄零式は全身装甲なので外から搭乗者の表情がわからない。箒は無言でメールを送信する。
〈これがもっぴいだ!〉
桜はすぐさま、嫌々ながら添付画像を開く。食玩風シールが画面いっぱいに拡大される。次の瞬間、心の底から叫ばずにはいられなかった。
「こいつ! 憎たらしい!」
「気が合うな。これが四体もいるんだ」
「四体も……そんな、どういうことや」
桜は顔を引きつらせながらも違和感の原因を探る。田羽根さんは共存できない、という前提が崩れた。所属不明機強襲のおり、目つきの悪い田羽根さんが「ひとつのコアに田羽根さんはひとつ」だと言った。もっぴいは四体、コアはひとつ。計算が合わない。
いくつかの仮定。一、バージョンアップでAIの共存問題が解決した。二、田羽根さんともっぴいの仕様が異なる。三、四体のもっぴいは残像で、超高速で動いた結果である。四、紅椿はコアが四つ搭載されている。五、箒の見間違い。もっぴいを見たショックでおかしくなってしまった。
「こいつらの扱い方がさっぱりわからん。いつまでたってもチュートリアルが終わらないんだ。……まだレベル1だし……佐倉しかいないんだ。力を貸してくれ」
箒は今にもすがりつきそうな勢いだ。
正直なところ桜はあまり関わりたくなかった。なにかにつけて土下座を強要するようなAIが他にもいるという。見間違いであってほしかった。だが、箒には恩がある。寮の机のなかは箒に作ってもらった厄除けのお守りが詰まっている。カバンにもひとつ篠ノ之神社謹製交通安全のお守りがある。霊験新たかどうかはともかく安らかな日々を送れることだけは確かだ。
「ええよ。こっちも準備するから待ってて」
桜は快諾したように演技した。紅椿のAIが大外れなのは間違いない。自分の直感が外れることを切実な思いで願った。
▽
――もっぴいが大暴れせえへんとも限らんからな。
桜は何があっても対応できるように打鉄零式の装備を確認した。曽根からクラス対抗戦で壊れた装備を交換したと連絡をもらっている。海上自衛隊の技術者から説明まで受けていた。
――超振動ナイフ、実体盾、一二.七ミリ重機関銃……Tマインが入れっぱなしやないか。
チェーンガンが二〇ミリ多銃身機関砲に置き換わっていた。この機関砲は打鉄改のメガフロートに搭載されていたものらしい。堀越がメガフロート用新型スラスターの実機試験を受け入れる代わりに装備を融通してもらったそうだ。ただし一時的な措置で、夏休みになったら以前のチェーンガンに戻す運びとなっていた。
多目的ランチャーが入っていた領域が空になっている。高機動型パッケージ用に拡張領域を確保するためだ。
GOLEMシステムが刷新された影響で、メールボックスの横に「も」と書かれたアイコンが存在する。ショートカットと隣接しており押し間違えそうな雰囲気がある。
桜は目を皿にして探してみたが、田羽根さんの姿はどこにもなかった。呼びかけを箒に聞かれる危険があったので内蔵マイクを消音する。
「おーい、田羽根さーん」
返事がない。これまでなら「呼びましたか?」とすり寄ってくるはずだ。うんともすんとも言わず、静かなだけだった。
桜は消音を解除した。
――新バージョンやと田羽根さんは存在せんってこと?
つまり田羽根さん専用機能も消失しているはずだ。名称未設定機能はAI専用であり、桜には触ることをができない代物だった。
――メニューのほうは?
バージョンアップで何か変化したのだろうか。桜は項目を順番に見ていく。数々の謎機能は健在だった。名称未設定、神の杖、758撃ち。この三つは相変わらず選択不可能である。最後にいたっては意味不明だ。
――名称未設定機能がある……せやったら、田羽根さんはおるってことになるな。
姿を見せないのは何かしら理由があるのだろうか。例えば、物言わぬAIに変わったという仮定。アップデータの配信を待って復活する予定かもしれない。それとも新しい田羽根さんは恥ずかしがり屋さん、という可能性もある。
――まあ、ええわ。そのうちひょっこり顔を出すんやろ。
桜は物思いを中断し、さらに下へと視線を動かした。
「……うっ」
新しい項目が追加されている。「穂羽鬼くんの部屋」と「もっぴいの部屋」である。前者を選択しようとすると権限エラーが発生する。桜は後者を選ぼうと一瞬考えたが、すぐに取りやめてしまった。
――そのままにしときたいけど、堀越さんに報告せなあかんし……。
桜が逡巡する様子を見越したのか、後者の真上に赤い矢印が出現した。「選んでね!」という吹き出しが目につく。見なかったことにして目を逸らす。だが、視線の先に赤い矢印が移動する。何度やってもそのたびに矢印が追いかけてきた。
しかたなくもっぴいの部屋を選択する。
「もっぴいの部屋にようこそ!」
大きな枠が描画され、自動音声が説明文を朗読した。
まるで田羽根さんが耳元でまくしたてているかのようだ。耳障りな甲高い声にうんざりしながらも、桜は笑顔を忘れなかった。
「説明を聴いていませんね? もう一度繰り返します」
――あかん!
打鉄零式がへそを曲げて動かなくなる。桜は直感に基づき、殊勝な態度で田羽根さんと同じ声に従った。
――親切なんか鬱陶しいのか……。
一通り説明を聞いてみるともっぴいの部屋はAIの意思決定の過程を確かめるために存在するらしい。搭乗者の時間感覚を引き延ばすことでもっぴいと同じ時間を共有できる。名称未設定機能と758撃ち機能を組み合わせることで実現した、と田羽根さんと同じ声は語る。
――要するにもっぴいの部屋を見とる間は、時間の流れが緩やかになるってことか。
試験勉強に使えそうだ。しかし、桜はすぐに問題点に気がついた。常にもっぴいを見ていなければならない。田羽根さんと同等かそれ以上に鬱陶しい二頭身を見つめながら勉強など不可能に思えた。
突然甲高い声が聞こえ、桜が思考を中断する。もっぴいの部屋の幕が上がった。
「それではどうぞ!」
「うわあっ!」
薄橙色の二頭身がキレのある動きでくねくねと腰を回している。腹に「C」と書かれていた。
▽
「紅椿はスラスター出力を調整できないんだ。何をやっても全速力に達してしまう。どうなってるんだ」
「打鉄に乗っとった頃は特に問題なかったんやろ」
「……そのとおりだ」
少し怒った声音。いらだちが表情に出ている。箒はすかさず紅い眼鏡付ガスマスクをはめ直した。
「どうやって加減しとったの」
「ぐいっと、くいっと、そっと……という感じだが?」
「は?」
――意味がわからへん。
桜はアナログメーターを意識していた。推力に対するイメージの作りは人それぞれなので、この方法が正しいと決めつけることができない。そこでもう一度聞き返すことで、具体的な説明を引き出そうとした。
先ほどと同じ答えを聞いて沈黙する。
「……よかったら実演してくれんかな。私、ここで見ているから」
もっぴいの部屋を。箒が快諾するのを見届けてから隔壁と背中合わせになる。
「わかった。ぐいっと前に飛ぼう」
紅椿が腰を落として踏ん張る。桜はすかさず二頭身の巣窟を注目した。
画面の中央で四体のもっぴいが円陣を組んでいた。胴体と同じ幅のボタンを取り囲んでいる。全員が同じ顔なので腹の文字で判別する以外に術がない。
「わからないよ」
もっぴいAとBが同時にしゃべった。甲高い声音。やけに聞き覚えがある。箒の声を早回しにした高さで調整したものだった。
「呪文?」
今度はもっぴいCだ。けなしているようにしか聞こえない。
「宇宙人だよ」
もっぴいDが両手を広げ、ため息をつきながら首を左右に振る。ほかの三体も「わからない」と口々に言った。あまりの姦しさに、桜は部屋を閉じたくなった。だが、ほんの一瞬のことだと思ってこらえる。すると、もっぴいDが挙手して叫ぶ。
「わかった! こうすればいいんだよ!」
腕をぐるぐる回してから、赤いボタンを勢いよく殴りつける。
直後、引き延ばされていた時間が元に戻り、箒の体が前方に投げ出された。瞬時に時速二八〇キロメートルまで加速。一秒後には約八〇メートル前方に頭からつっこむ。箒がたたらを踏んだ。機体を衝撃を器用に分散しながら着地に成功する。足首まで地面にめりこんでいた。
「とまあ、少し速く動こうとしたらこのザマだ」
「今度はくいっと、お願いします」
「次は後ろに飛ぶ。くいっと、だ」
箒が両手を前につきだす。手のひらにスラスター噴射口が存在するためだ。
桜はもっぴいの部屋に視線を注ぐ。四体のもっぴいは相変わらず困惑している。発言の順番が決まっているらしく、もっぴいAが口火を切った。
「わからないよ」
「さっぱりだよ」
「宇宙人だね」
矢継ぎ早にしゃべった。もっぴいCが胸の前で腕を組み、大きな頭をかたむける。
するともっぴいDの頭上に電球の絵が描かれ、助走するべく後ろに下がった。
「こうすればいいんだよ!」
片手を上げてから走り出す。倒立前転を一回、二回、三回、高く飛び上がる。体を何度もひねって、赤いボタンの上に着地した。両手をVの字に広げて達成感に満ちたしたり顔を浮かべる。
紅椿の両手から橙色の炎が噴き出す。桜が時間が戻ったと認識したのもつかの間、土埃を立てて眼前に着地する。紅椿の黒い脚が地面をえぐっていた。
「さっきと同じに見えるんやけど」
「最大出力だったからな。本当は半分のつもりなんだ」
桜は箒の釈明を理解できず、何度も頭を振って言葉を斟酌しようとした。
――篠ノ之さんって今までどうやって打鉄を動かしとったん?
頭を抱えたくなった。が、最後まで見届けてから判断を下すべきだと思いとどまる。
「最後のそっとでお願いします」
「わかった。そっと、な。足の裏のスラスターを使ってみよう」
――どうせ同じ結果になるんやろ……。
桜は早くもあきらめの表情を浮かべた。箒が手足に力をこめるのを見て、合図とばかりに枠のなかの珍獣を見つめる。
もっぴいCが落ち着きなく三体の顔を見回していた。
「キャッチボールがしたくなったよ」
「こんなこともあろうかと思って道具をもってきたよ」
もっぴいDがボールとグラブを配布した。その際、赤いボタンを踏みつける。
先の二回と同じく瞬時に最高速度へ達した。天蓋に達する直前、箒の体が上下反転して足から激突する。隔壁全体に衝撃が波及し、桜も微かな振動を感じた。
桜は箒の心配をしていない。ISを身に着けていれば多少の衝撃には耐えられる。むしろ箒と同じ髪型の二頭身に釘付けだった。
「もっぴいが勝手にキャッチボールを始めとる……」
もっぴいはどれも制球力がない。もっぴいBがあさっての方向に飛んでいったボールに向かって格好良く走り出す。間もなく足がもつれて顔から倒れ込んでしまった。
▽
――もっぴいは役立たず……。
紅椿のAIは合議制の体をなしていない。桜が眉間にしわを寄せ、走っては転ぶ二頭身をにらみつける。
体さばきや細かな足運びなどISコアが直接制御していると推測できる場合は勘の良さが光っている。だが、もっぴいが制御に携わった途端、まるでダメになってしまう。もっぴいの様子からして、箒の命令を理解していないことが原因だ。
桜はもっぴいの部屋の利点を活用し、じっくり思案する。紅い眼鏡の奥から期待の視線を感じる。当事者は藁をもつかむような気持ちなのだろう。
「篠ノ之さん」
桜は深く息を吐いてから、声が箒に届くよう気を遣った。
「AIの反応をよく観察してみてください」
「キャッチボールをしているようにしか見えないんだが……、しかもコントロールできてないぞ。持久力もない」
枠のなかは箒が言ったとおりの惨状である。
「AIから選択肢を提示してきたことはあらへんか?」
「ふむ。最初のころにあったような……、なかったような」
「まずAIと対話してください。そうすればもっぴいのほうから理由を教えてくれるはずや」
当事者同士が歩み寄らなければ問題解決はありえない。桜は、好き勝手に遊び回る二頭身とふんぞり返って鼻持ちならない二頭身を比較する。もっぴいのほうが多少従順な性格だと思った。
「対話か。チュートリアルの説明文にそんなことが書いてあったような気がするな」
「そうです。だまされたと思ってやってみてください」
箒がもっぴいを呼び止める。自分とそっくりの髪型。薄橙色の体がグラブとボールを持ったまま集合する。
桜はもっぴいの部屋からその様子をのぞいていた。二頭身が横一列に並んでいる。もっぴいの部屋から箒の声が流れてきた。
「初日にあいさつしたばかりだな。もし私に不満があるなら言ってくれ」
もっぴいAが挙手してから話しはじめる。
「なにを言っているのかわからないよ」
「意味不明なんだよね」
もっぴいBが発言する。隣に並ぶもっぴいCが小首をかしげながら口を開く。
「脳筋?」
「……貴様」
箒が怒気をはらんだ声を出す。もっぴいCは主の勘気に触れたとは思っていないらしく、首を右左に倒して釈然としない顔つきになった。
「もっと具体的に言ってほしいよ。そうだね。定量的か、定性的に指示してほしいね。毎回あいまいな命令ばかりで困るんだよ」
「バカな! 打鉄に乗ったときはきちんと動いたんだぞ!」
箒がムキになって叫んだ。
一巡したからかもっぴいAが発言をはじめた。
「打鉄と比べられても困るよ」
「あの
「打鉄の
もっぴいたちがしたり顔を浮かべる。
もっぴいCが鼻息荒く親指を立ててつけ加えた。
「
続いてもっぴいDが口をへの字にしながら発言した。
「出力一割とか一%とか具体的に命令してほしいよ。もっぴいの頭じゃわからないから、とりあえず出力全開にするんだよ」
「私が、悪いだとう……」
「もっぴい知ってるよ。こんなんじゃ、いつまでたってもレベル1だってこと」
もっぴいDが口に手を当てて含み笑いを始める。
その時、もっぴいの部屋に設置したカメラが手ぶれを起こした。ゴトゴトといったノイズを拾う。下から見上げるような視点に切り替わる。箒の目尻がつり上がって何度も痙攣するのが見て取れた。
箒が沈黙したのでもっぴいAが「解散!」と告げる。四体の二頭身が「ぴゃー」と甲高い声をあげてキャッチボールを再開した。
「……てな感じで
「つまり、あいつらにわかるようにしろ、と」
「そうなります」
箒の声が沈んでいた。もっぴいの部屋から金属音がしたかと思えば、画面が二転三転する。レンズに丸くて平べったい手らしき物体が映りこむ。どうやらカメラを落下させたようだ。
「打鉄とは別物やと思ってください。AIは単純な性格ですから、慣れさえすれば御しやすいと思います」
「あ、ああ……」
「うちのAIもいろいろと酷かったんです。もっぴいとはまた違った鬱陶しさでした……。反復練習をすると思って、もっぴいが間違えなくなるまで繰り返しましょう。ささ、出力一割から」
もっぴいの部屋を通じて箒の様子を探る。彼女は眉間にしわを寄せ、口をへの字に曲げていた。
・もっぴいCの腰使い
某除虫メーカーのCMを参考にしています。
放送時期は2009年頃。歌謡曲風のBGMに合わせて着ぐるみが腰を振るというもの。