ブルー・ティアーズのサイド・バインダーから四基の射撃ビットが飛翔する。搭乗者の意思を反映した青いBT型兵器がその砲口を地上に向けた。
「いつまで耐えられるか見物ですわ」
セシリアの声は兵器に信頼を寄せ、揺るぎない自信に裏打ちされている。射撃ビットは遮蔽物の多い限定空間において、最も能力を発揮する。戦闘領域を半分に仕切ったことは、つまりラウラの失策ではないか、と考えていた。
地上では鈴音が双天牙月を構えたところだった。クラス対抗戦と同じ
――まずは接近戦。
ラウラは両肘を短く畳み、拳をつくる。地面を蹴って接近。数瞬前まで立っていた場所は土煙をあげながら大地を削る。龍咆は弾丸を使用しないため、演習モードの適用範囲外だ。ラウラの黄金の瞳は、小威力弾を連射する鈴音の様子を捉え続けた。下半身に集中する弾丸。足回りから潰す腹か、そう考える。
「動きが単純ですわよ。大口をたたいたくせにその程度かしら?」
セシリアの余裕ぶった声音が
「危ないじゃないの! セシリア、アンタねえ!」
「なんのことかしら?」
「あたしもいるってこと考えなさいよ!」
絶え間なく撃ち出されたレーザーを避けるべく、ラウラは一零停止を用いて機体の進路を即座に変更。ふたりの言い争いが勃発するなか、ラウラは大きく盛り上がった装甲のすき間からワイヤーブレードを射出した。
――戦闘中におしゃべりとはな!
漆黒のワイヤーが目標に向かって蛇のごとく地面を這った。ワイヤーコイルが激しく回転し、ラウラもまたレーザー光を避ける。なおかつワイヤー同志が絡まないように慎重を期した。
「鈴さん」
「なんなのよ!」
「砲撃が来ますわ!」
滞空するセシリアは、大口径レールカノンの砲口が甲龍をその射界におさめる様子を目撃した。
コンマ数秒のち、周囲の空間に轟音と閃光が充満した。龍咆の弾幕を突破して急速に接近する砲弾。物理弾頭が大気を引き裂きながら驀進するさまは、実際にはCGであることを忘れさせるような迫力があった。
鈴音は舌打ちして地面から足を離す。警告を聞くまでもなく、スラスター出力を全開にして対IS用特殊徹甲弾から逃れ、ラウラを高機動戦闘に誘う。が、ISコアから「まもなく戦闘領域外」とのメッセージを受けて、方向転換を余儀なくされた。
「やりにくいったら……」
龍咆で迫り来るワイヤーブレードを迎撃する。弾道を読んでいたのか、ワイヤーブレードが針路を変更した。
後方に体が引っ張られた。鈴音は強い力を感じ、それ以上前に飛ぶことができず顔から地面に突っ込んでしまった。直後、頭を押さえつけるようにスターライトmkⅢの砲撃が飛ぶ。鈴音は激しい力で引っ張られ続け、目を開けた瞬間、ラウラの拳が迫っていた。
「チイッ――こんのお!」
鈴音が身体をひねりつつスラスターを最大出力で噴射。ワイヤーがたわみ、すき間が生まれる。あえて懐に飛びこむつもりで動き、ラウラの顔面に膝蹴りを見舞った。
――反応速度は及第点をやろう。だが、それまでだ!
ラウラは左手首のノズルからプラズマ手刀を展開。スラスターの推力を利用し、甲龍の膝に突き立てる。
二機の間に火花が散った。近接兵装は演習モードの適用範囲外だ。当然衝撃と震動から逃れることができない。
ラウラは余裕ぶった表情のままワイヤーブレードを引き寄せる。
「遅いと言っている!」
「ぐっ……」
プラズマ手刀の使用をいったん止めて、鈴音の虚を突く形で押し倒す。背中を
――怒る姿は悪くない。
「アンタッ」
その叫び声は、鈴音の内面の烈しさを映し出していた。ラウラの瞳が物語る感情を敏感に感じ取ったのかもしれない。
鈴音の体が大きく震えた。動く足でラウラを蹴りあげようとした。ラウラがその足首をつかみ、無造作に引きずり回す。セシリアの舌打ちが開放回線から聞こえ、ほどなくして鈴音の短い悲鳴が耳に突き刺さった。
「ふん。盾にはちょうどいい」
ワイヤーをたぐり寄せ、荒々しく鈴音の腰に手を回す。甲龍の装甲を盾代わりにして、極太のレーザー光線が飛び交うなかを進んだ。
「離せっ……離せっての!」
演習モードのせいだろうか。セシリアの攻撃は鈴音の被弾を一切考慮していなかった。四基のビットがめまぐるしく位置を変え、濃密な砲火を形成する。セシリアはビット操作と火器管制に集中している。自分自身は動きを止めたままだった。
ラウラは天蓋に向かって大きく弧を描いて飛ぶ。ハッ、と鋭い息を絞り出すや横投げの要領で鈴音を投擲する。セシリアの目が見開かれ、思考が分散した。
砲火の一部が悲鳴をあげた鈴音に迫った。
ラウラはふたりの位置を常に把握して、射線上にセシリアを挟むように動く。よしんば龍咆を乱射されたとしても被弾を免れるためだ。
「邪魔だ!」
手近なビットを
「なっ」
「判断の遅れは死を招く。覚えておけ。英国人」
大口径レールカノンがセシリアの乳房を押し潰した。青い瞳が恥辱に染まる。みるみるうちにセシリアの表情が強張っていく。背後から鈴音が悲鳴をあげながら飛来して衝突する。二機のISが互いに激しくもみ合いながら墜落していった。
「遅すぎる。だからこそ、貴様らは無力なのだ」
――教官の強みは戦闘時の精確な判断、見切りの良さだ。速く、鋭い。それゆえ強い。そして、
▽
「増えた……だと?」
アリーナの壁際で、篠ノ之箒はひたすら困惑していた。赤い長靴を履いたもっぴいCと腕を組んでフォークダンスを踊る二頭身がいる。姿形からもっぴいでないことは明らかだ。むしろ、姉の顔がまぶたに浮かぶような服装センスと顔つきに頭が痛くなってきた。しかも目つきが悪い。目の縁を彩る黒いアイラインが不健康さを醸しだしている。
もっぴいCが謎の二頭身の手に乗って飛び跳ねた。謎の二頭身がすかさず前方に移動し、両手を天に向けて落下するもっぴいCの腹を受け止める。もっぴいCは右腕をしたり顔の正面に突き出し、左腕を引く。足の裏から炎を噴き出す姿が描かれた。
「くそっ。佐倉はまだか!」
桜は更衣室で生徒会長に足止めされて遅れていた。ロッカーの中から忍者のように出現した楯無が桜に抱きついて、簪ちゃんがやさぐれてどうのこうの、と口走っていた。箒とマリアが先にIS格納庫に到着していた。だが、マリアが使う打鉄は砲戦仕様への換装に時間がかかっていた。
もっぴいAとBの組がCらをまねた。二体とも手足が震えており、腰が定まらない様子だ。もっぴいBが跳びはね、Aがしたり顔で受け止めようと両手を天に掲げる。だが、もっぴいBがAの足元に落下してしまった。全身を強く打ち、短い悲鳴をあげる。そのままぐったりして動かなくなった。
続けて謎の二頭身がもっぴいAとDを持ち上げる。二体のもっぴいが同時に飛び跳ね、一回転した後「合体!」と叫んで空中で激突した。もみ合ったまま地面に落下。全身を強く打って動かなくなってしまった。
「どうしてこんなときに……」
箒は五体目の対処について、すぐにでも質問したかった。自分の手に余る問題だと感じていたからだ。
謎の二頭身は懐から取り出した牛乳瓶をもっぴいCに手渡す。瓶の側面に758のロゴ、七色に光る液体で満たされていた。もっぴいCは腰に手を当て、何の疑いもなく中身を飲み干す。空になった牛乳瓶を返すや何度も万歳を繰り返した。液体を口にする前よりも心なしか体が赤くなっている。ほかのもっぴいたちは気を失って微動だにしない。
紅椿の装甲から黄金の粒子が噴き出し始めた。もっぴいの奇行は今に始まったことではなく、今さら驚くことではない。箒は乗機の変化に驚きながらも、すぐ冷静になってレベルを確かめる。
――変わってないぞ!
村人、すなわちレベル1のままだった。もっぴいCは赤い体で取り憑かれたように腕立て伏せを繰り返している。
「おい。そこの黒いヤツ、見ているだけのつもりか?」
「やってみたいのはやまやまだが……」
箒は眉をひそめて不敵な笑みを浮かべたラウラを見やった。手のひらを天に向けて、指を折って挑発してきた。足元にはセシリアと鈴音がワイヤーの拘束を振り解こうともがいている。顔を拡大し、二人が目に涙を浮かべる姿に驚いた。
「何てことを……」
セシリアの目尻から水滴がこぼれ落ちた。痛み、それとも悔しさだろうか。普段気丈に振る舞う彼女が頬を真っ赤にして泣いている。ワイヤーが締まり、苦悶の声が漏れた。
さすがに見ていられない。同級生のあられもない姿を公衆の面前にさらし続けるなど許し難い。箒は義憤に駆られて大音声を張り上げていた。
「そこまでだ!」
スラスター出力は目いっぱいだ。今のもっぴいでは弱中強の三種類しか扱うことしかできなかった。
「ほう。私の前に立つ勇気だけは褒めてやろう」
紅椿の足周りから橙色の炎がきらめいて消えた。最大出力を記録して着地した箒に、ラウラが感嘆の吐息を漏らした。
箒がロングブレードを実体化する。その刃は黒く染められ、鍔や柄まですべてが真っ黒だ。紅い眼鏡が淡く輝き、腰を入れたままにじりよる姿は武者というよりむしろ歩兵である。大戦期のドイツ陸軍を彷彿とさせる意匠にラウラの目が輝く。
「おい。篠ノ之」
「……何だ」
「貴様ひとりでは荷が勝ちすぎているぞ」
ラウラがため息を吐き、思い出したように鼻で笑うのが聞こえた。紅椿は自称第四世代の万能機。軍事兵器の歴史において天才が作った駄作機はいくらでも存在する。箒が学年別トーナメントの話をそれとなく口にすると、みんなそそくさと話題を切り上げるのが常だった。
「……くっ」
「あいにく私は余興で忙しい。シールドエネルギーを傷つけずに作業するのがだんだん楽し、……なかなか骨が折れるんでな」
セシリアが顔を真っ赤にして身をよじる。ぷっくりとした唇からあられもない声が漏れ、体を這うワイヤーからもたらされる未知の感覚に戸惑いを隠せない様子だ。
「今の私でも悪行を止めるくらいなら、できる」
「篠ノ之。貴様にはこれが悪行に見えるのか」
ラウラは問いかけた。二本のワイヤーで両腕、両足を拘束。余った一本で胴体の動きを制限する。胸元で8の字が横倒しになり、人体を傷つけることなく抵抗の意思を削ぐ。
「見ていられないっ」
「芸術品にはそれ相応のもてなしが必要ではないか。先生のワイヤー操作技術はもはや芸術の域と言ってもよかった。かつて力に酔った私を縛り上げ、先生はおっしゃった。日本には不可思議な文化がある、と」
箒がセシリアから目を背ける。潤んだ瞳を正視することができなかった。
「私には理解できない。理解したくもない!」
セシリアが太股をこすり合わせる。見ないでくださいまし、と懇願するやラウラが歯を見せて大声で笑った。
「ふたりを離せ。さもなくば」
「斬る、と?」
ラウラはワイヤーの締め付けをわずかに強めた。セシリアの目が見開き、口からよだれとおぼしき液体が流れ落ちる。
だが、場違いな声が雰囲気を変え、一歩を踏み出そうとした箒の動きを止めた。
「わっはははは! アヒャヒャヒャ!」
鈴音が狂ったような笑い声をあげている。ずっと我慢してきたせいか、破局を迎えた途端、腹がよじれて息もできない様子だ。
ラウラはいったんセシリアへのワイヤー操作を止め、一緒に拘束した鈴音をせせら笑った。
一方、箒は奥歯を強くかみしめ、やはり顔を背けたままだ。
過去の記憶がよみがえり、鈴音からも目を逸らした。束が白騎士を試作していた頃、船外の精密作業を想定してマニピュレーターに自由度を持たせようとした。束は幼い箒を実験台として脇の下や脇腹をひたすらくすぐったのである。
鈴音に絡みついたワイヤーは、先端が細かく分かれて
ようやく息継ぎに成功した鈴音はラウラを鋭くにらみつけた。
「くすぐりなんて卑怯じゃない! だいたい、セシリアと扱いが違うじゃないの! 不公平よっ」
「相手によって対応を変えるのは当然だろう」
セシリアは顔を真っ赤にして切ない声をあげ、同じく顔を真っ赤にした鈴音は笑いころげた。ラウラはホワイトマシュマロのようなセシリアの肌にかすかな嫉妬を覚え、その感情がよく理解できぬまま勢いで縛り上げてしまったのが実情だ。鈴音もアジア系ならではのきめの細かい肌だった。残念ながらラウラの琴線に触れるものはなかった。
「変えすぎだって言ってんのよ!」
ラウラが何を思ったのか、急に真顔になる。
「まさか、セシリア・オルコットみたいにして欲しかった、だと?」
ラウラは大きく目を見開いた。とっさに浮かんだ考えを整理するべく独り言をつぶやいたかと思えば、
「もしかして……
そして急によそよそしい態度になった。
「それは済まないことをしたな。悪かった。本当に申し訳なかった。お詫びも兼ねてリクエストがあったら言ってくれ。できる範囲でやり直すから」
「違う! そんなんじゃない! 箒、……セシリアもそんな目で見るんじゃないわよ! あたしは理由を知りたかっただけなのっ」
吠える鈴音に対して、ラウラは目を細めて冷淡な声で突き放す。
「台所の
「それって……アンタにだけは言われたくなかったわよっ!」
鈴音のむなしい悲鳴が木霊した。
▽
「仕切り直しだ」
ラウラはセシリアと鈴音からワイヤーを外し、肩部ワイヤーコイルを逆回転させる。残り四本をリアアーマーに収納する。鈴音がぐったりとしたセシリアを抱えて壁際に移動するのを見届けた。再び箒に視線を戻す。
装甲のすき間から微量の黄金の粒子が漏れている以外は、普段の紅椿と変わりない。顔面のマスクを取り去って、真っ黒なロングブレードを八相に構えた。
――打鉄の六割しかない……いや、接近戦において性能の差は無意味だ。
いくら紅椿の性能が低いとはいえ、近接武器が直撃すればただでは済まないだろう。
「そのISで模擬戦は初めてか?」
ラウラはフィールド分割ルールを解除した。セシリアと鈴音の機動を阻害するために設定したもので、目的を達した今となっては不要だった。
箒は無言のまま返事をしなかった。静かに息を吐いてつま先だけ動かしてにじり寄る。
「ならば新型の性能、確かめさせてもらおう」
ラウラは言い終えるや大口径レールカノンの照準を定めた。
▽
――
空を切った刃。箒はスラスター最大出力で斬りつけ、不発に終わった。
箒は最も信頼がおけるアイボールセンサーを駆使していた。体を動かすだけならもっぴいを介すことなく自由に動かすことができる。
大口径レールカノンの命中弾を浴びないためには、面頬が邪魔だった。もっぴいの世話にかかずらわってはいられない。
箒は背筋にひやりとするものを感じながら、ロングブレードの間合いから逃れたラウラをにらみつける。スピーカーから対IS用特殊徹甲弾の着弾を示す効果音が聞こえてきた。
弱弱強、と紅椿は推力を変えて動いた。神経と直接つながれたように思える機敏な動きだ。先日までゼロか百でしか動けなかった機体とは思えない。
――いつもより体が軽い。もしやレベルアップの予兆か?
稼働中のもっぴいは一体だけだ。謎の二頭身はいつの間にか姿を消していた。
次の瞬間、箒は眉をしかめていた。シュヴァルツェア・レーゲンの大砲からオレンジ色の炎を認めたからだ。
「シッ……」
箒は迫り来る砲弾をかわす。シールドエネルギーが少ない紅椿では一発が致命傷になる。その点、白式よりも厳しい条件を突きつけられていると言えるだろう。
背後で着弾を示す効果音が聞こえる。
――左翼、砲弾接近!
正面から二本のワイヤーが乱舞する。もし捕まったらセシリアと同じ目に遭うかもしれない。箒は険しい顔のまま突破口を探す。
――下がるか……いや!
諦めることなく前に出る。二本のワイヤーが右翼への方向転換を妨げるように動いていた。ラウラは砲弾の針路にはワイヤーを決して展開しない。シュヴァルツェア・レーゲンは
足裏から炎を噴き出し、体積の小ささを利用する。箒は体を伏せ、地面を這うように疾駆した。
▽
火線をかいくぐった箒に、ラウラは「ハハッ」と小さな笑い声をあげた。
黒い塊が接近する。小さな体がどんどん大きくなる。どうすべきか。ラウラは即座に
一瞬後、黒い刃が到達するのが見えた。わずかにかすり、装甲の塗装が剥離する。
ラウラは形が整った眉をかすかにひそめた。間合いを詰めるべくさらに踏み込む箒を観察する。箒の剣筋は、敬愛する千冬とよく似ていた。
――面白い。
プラズマ手刀を展開して刃を受け止める。紅椿よりも一回り大きなシュヴァルツェア・レーゲンの巨体が揺れ、しびれるような震動がやってきた。
重い一撃に耐えるべく歯を食いしばる。ラウラは衝撃をやり過ごして叫んだ。
「
左腕でロングブレードを押さえつけ、ワイヤーコイルを逆回転させる。箒の死角からワイヤーブレードで絡め取るつもりでいた。もし感知されたとしても接近戦の継続が難しくなるはずだ。
箒が思考する暇を与えるほどラウラは甘くなかった。空いた拳を振りかざし、手首のすき間から青色の閃光を生み出す。
加えてリアアーマーからもワイヤーブレードを射出する。鋭くとがった先端から逃れるためには武器を手放す以外に手段がない。地面から足を離すようなことがあれば八八ミリ砲弾の餌食になるはずだ。
不意に腕が軽くなった。支えを失い、プラズマ手刀が地面に突き刺さる。
――サムライが刀を捨てた。
「何イッ」
箒の手中に黒い杖が出現し、その先端がラウラの側頭部へ迫る。
越界の瞳は杖術の軌道を捉え、正確な判断材料を与える。ラウラの背面へ退避する箒を追って回頭しても間に合わないだろう。
――ならば、砲を後ろに向けるまでだ。
▽
箒は、完全に不意を
顔面蒼白になりながら上体をよじったが間に合わない。シュヴァルツェア・レーゲンから放たれた対IS用特殊徹甲弾の侵攻を阻むため、シールドエネルギーの半分を失ったと判定される。
ラウラが回頭を終えて、腕を突き出す瞬間を目撃した。
プラズマによる猛烈な閃光。電離によって生み出されたきらめきがシールドエネルギー、そして黄金の粒子に触れた。左手の小盾やスパイク付き肩当てが吹き飛び、固定紐が焼き切れて肩部分接続部に断裂が生じる。後を追うようにして激しい衝撃が胸を貫いた。
――あ。
何をされたのか直感できた。プラズマ手刀の下に隠された拳が直撃したのである。
数秒後、箒は隔壁にたたきつけられていた。
――やはり、ダメなのか。
シールドエネルギーが残り二割を切っている。打鉄なら半分程度の損害で済んでいるはずだ。
――紅椿では……今の私では届かないのか……。
性能が低くとも戦術次第で何とかなる、と彼女の姉は言った。現実はその戦術さえも看破され、敗北が迫りつつある。
――何が何でも優勝しなければならないというのに!
学年別トーナメントに優勝すれば一夏と付き合うことができる。一夏が「付き合う」に込められた意味を理解しているか疑問が残る。もし理解していなかったとしても、彼の私的な時間を占有できるはずだった。
――こいつが障害になるのは間違いないのに、この体たらくでは……。
胸に重苦しさが積もった。体を起こし、ラウラを見据える。逆転できるのだろうか。杖術で勝利するには手数を増やすしかない。ラウラがたやすく攻撃を受けてくれるとは思えなかった。
「私は……、ここで負けるわけにはいかない」
気落ちして心が折れてしまっては、一夏が他人のものになってしまう。それだけは阻止したかった。必殺の一矢を報いるしか手立てはないのだ。箒の思いをくんで黄金の粒子が密度を増す。
――せめて剣があれば……。
箒が最も得意とするのは剣術だ。剣さえあれば勇気が湧く。心の支えであり、剣こそが生き甲斐だった。
箒は唇をきつく噛む。ロングブレードを構えた自分の姿を想像する。
――まだ、終わってない。終わってないんだ!
地面に転がる黒い刀。黄金の粒子がまとわりつき、強く願うほど粒子の量が増した。
――量子化、そして再実体化……。
粒子となった杖とロングブレードが
――せめて一太刀。
急がねばならない。ワイヤーブレードの飛来。箒は電撃で弾かれたような勢いで地面を蹴る。
〈
視野の裾でもっぴいCが真っ赤になって走り回っている。その口から低音を強調した機械音声が流れた。
▽
「なっ……!
黄金の粒子をまとった紅椿が一瞬で超高速状態へ達した。ワイヤーの間をすり抜け、彼我の距離五メートル足らずの位置に着地する。
――どんな手が来ようとも。
着地の衝撃を吸収するべく膝関節を曲げた紅椿をねらった。オレンジ色の疑似砲炎が描画される。対IS用徹甲弾が大気を切り裂きながら驀進する。
箒は上体を揺らすことなく日本舞踊に通ずる動きでかわす。双方が間合いを詰めた刹那、ラウラの瞳孔がいっぱいに見開かれるのと、けたたましい金属音が鳴り響くのが同時だった。
その瞬間、シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーが激減する。ラウラは右腕を突き出したまま膝をつく。紅椿が後方に吹っ飛び、地面をえぐって砂煙を立てた。ラウラはまばたきする間に繰り出された一撃を思い起こす。
居合に見立て、刀を中腰に引いて構えた。必中の間合いから放たれた一閃。越界の瞳が刃を捉え、軌道を予測した。それにもかかわらず、ラウラは動きだすのが遅れた。かろうじて突き入れた左のプラズマ手刀が弾かれる。箒が上段からの一撃に転じ、縦一文字の鋭い斬撃を見舞った。ラウラは斬り下ろされながらも、なんとか右腕での反撃が間に合った。
――教官と同じ技、だと……?
そんなことができるのか、と悲痛な思いが胸を引き裂く。千冬と別れてからも訓練を積み重ね、彼女に少しでも追いつけたのではと
「篠ノ之……貴様」
やっとの思いで声を振り絞る。答えはなかった。紅椿のシールドエネルギーは他の機体よりも少ない。重厚な外見とは裏腹に紙のような装甲である。
天蓋にぶらさがっていた柘植研究会の
ラウラは頭に血が上って舌打ちする。シールドエネルギー残量が一桁だった。
千冬は自身の流派を篠ノ之流だと説明していた。一筋の光のように洗練された剣技。演武とはいえ濡れた
――同門だから同じ技ができて当たり前だというのか!
格下だと思っていた相手に手ひどくやられて、ラウラの心は激しくかき乱される。箒は千冬の剣を再現してきたのだ。
――強さとは。
不意の頭痛に顔をしかめる。左の眼窩がうずき、気になって顔を上げる。両肩両腕に砲塔を装備した打鉄、その隣で赤く輝くレーダーユニットをはっきりと視認した。
――強さとは、何なのだ。
「ん。これは……?」
ラウラの眼前に文字列がふいと表示された。
〈===V.T.Boot.===〉
〈** SCHWARZER Type : SCHWARZER REGEN Ver.2 **〉
〈core[0] : status...[OK]〉
〈Valkyrie Trace System (Jan 14 2021) : autoboot...3 2 1 0...Done〉
〈code : Phantom-Task...[OK]〉
※補足
・大口径レールカノンの弾種について
原作では「対ISアーマー用特殊徹甲弾」です。
「対IS用特殊徹甲弾」のほうが格好良く見えるのでこちらを使いました。
・VTシステムのメッセージについて
本来ならドイツ語でローカライズされてしかるべきでしょう。
しかし筆者の語学への不安から英語で表記しました。