IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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作中やむを得ず侮蔑用語を使っています。
該当箇所には伏せ字を用いました。予めご了承ください。


狼の盟約(三) 蜃気楼と怪物

 何が変わったのだろうか。

 打鉄零式を身にまといながら、桜はひとりごちる。わざわざ第六アリーナまで来た。曽根もまだ残っているはずだ。手ぶらで帰るのはもったいないと思い、動かしながらGOLEMシステムの変更点を確かめようとした。

 

「私を含めて六機。広いところや。接触の危険は低いと見てええか」

 

 通知を見て、自分を納得させるようにつぶやく。昨日の授業では編隊飛行が取り入れられていた。学年別トーナメントを意識したもので、一夏をはじめ多数の生徒が距離を詰めすぎて空中で接触している。

 桜はメニューからバージョン情報を選ぶ。メニュー下部に倉持技研とSNNのロゴが大きく映し出され、ゴシック体で「GOLEM SYSTEM Ver.2.1」と記されていた。

 

「ん? 後任者がどうのとか言っとったな……」

 

 バージョン番号の隣に赤いびっくりマークと「特典」という文字が添えられている。

 

「パンパカパーン」

 

 ――は?

 脳天気なファンファーレが鳴ったかと思えば、突然視野の下部が真っ黒に塗りつぶされた。桜はいやな予感がして身構える。黒塗りの部分が反転し、タイルがはがれ落ちるように色が戻った。

 桜が呆けたように目を瞬かせる。先ほどまではなかったはずのオブジェクトが設置されていた。視野の左下は喫茶店の室内を模しているようだ。テーブル型ゲーム機の端にコーヒーと灰皿が置かれている。赤い革張りのスツールが中途半端にずれており、ついさっきまで誰かがいたような形跡を残している。よく見れば、灰皿のなかには先端が潰れた吸い殻がいくつも転がっていた。

 見落とした通知がメールボックスに残っているのではないか。桜は困惑しながらも異変の兆候を探そうとした。

 

「しまっ……」

 

 誤操作でもっぴいの部屋を起動してしまう。邪魔な枠を消そうと思い、もっぴいの部屋をいやいや見つめた。

 鬱陶しい二頭身がどこにもいない。

 そう思ったのもつかの間、桜は画面の片隅で身を寄せ合っておびえる姿を発見してしまった。映像が拡大され、もっぴいAから順番にしゃべりはじめた。

 

「弐式が来る……弐式が来る……人畜無害な白式やえっちい打鉄じゃなくて……どうして弐式と……」

「ガクガクブルブル……」

「も、も、もっぴい知ってるよ。弐式を怒らせたら地球破壊爆弾が飛んでくるって」

「死ぬ気でがんばらないと地球が終わるんだよ……もっぴいの尊い犠牲で地球が救われるなら」

 

 そのとき盛大な手ぶれが起きた。撮影者が手を滑らせてカメラを落としたらしく、映像が何度も回転した。

 ――前にもこんなことがあったような。

 桜が既視感に襲われたとき、妙なものが画面に映る。もっぴい以外の二頭身が腰を折り曲げて、画面に向かって手を伸ばしていた。

 

「あんた」

 

 目が合ってしまった。目つきの悪いマスコット人形は黒いウサミミカチューシャをはめている。その姿はまるで、クラス対抗戦で田羽根さんの自決に巻き込まれて死亡したはずの二頭身とうり二つだった。

 桜が操作するよりも早く、窓が勝手に閉じてしまった。勢いよく扉が閉まる音がしたかと思えば、視野の左下から先ほどの田羽根さんが出現する。短い手足を必死に振ってスツールに飛び乗り、一服すべく懐からライターを取り出した。

 

「待って。私、今、むっちゃ混乱しとるわ。え? 死んどらんかったってこと?」

 

 喫煙を終えた田羽根さんはため息をついてからおそるおそる桜のほうを見た。目を見開き、驚愕のあまり飛び上がる。その拍子にスツールが倒れ、後頭部を痛打して左右に転がり回った。

 

「……お困りのようですね」

 

 聞き覚えのある声だ。痛みに悶える二頭身から発せられたものではない。田羽根さんにしては下心が感じられない。立場を鼻にかけ、すきあらば土下座を強要する外道なAIというのが桜の認識だった。

 それゆえ、桜は身構えた。最終的に額を地面にこすりつける生々しい想像をしてしまい、泥棒を見るような目つきで声の主を探した。

 

「はううっ。ご主人様は田羽根さんを信用してないのですね!」

 

 ――おかしい。

 こういう場合の田羽根さんは「お困りのようですね。五体投地で崇め奉ってくれたら考えてやらないこともないですね!」とにやにやしながら迫ってくるはずだ。

 桜は右下と左下を交互に見比べる。

 

「右だけ五頭身になっとる……」

 

 違和感が(はなは)だしい。右下に立っているのは、ちょうど篠ノ之箒を小学一年生くらいまで幼くした姿である。前の田羽根さんが着ていたものと同じようなワンピース姿。桜が胡乱な目を向けていると、幼女は急にワンピースの裾を握って目を伏せた。

 

「ご、ご主人様は田羽根さんが……お嫌いなのですか?」

 

 前の田羽根さんは憎たらしかったが嫌いではなかった。しかし田羽根さんが幼い箒に化けて「ご主人様」発言を繰り返す姿に違和感を払拭(ふっしょく)しきれずにいた。

 

「あの、前の田羽根さんはやっぱり」

 

 ――死んでしまったのだろうか。

 

「前任者から手紙を預かっています。何かあったら土下座させてやってくださいね……みたいなことが書かれてました」

 

 前言撤回だ。桜は憎々しげな視線を幼女な田羽根さんに向けた。

 

「はううっ。やっぱりご主人様は田羽根さんのことが……嫌い?」

 

 両目を潤ませ、頬をふくらませて上目遣いで顔色をうかがう。常人ならば小動物的なかわいらしさに胸を打たれるところだ。しかし、桜は口を開けば土下座を強要するAIと接した経験から、「何か裏があるのではないか」と疑う癖がついていた。

 

「あんたら誰や。そもそもどうして田羽根さんがふたりもおるん。穂羽鬼くんに会えるのはひとりだけなんやろ? 目的のためには仲間同士で殺し合うことも辞さないスプラッターAIやなかったん」

「ご、ご主人様は、田羽根さんを嫌って……嫌ってないの?」

「嫌っとらんから質問に答えてほしいわ」

「こほん。……穂羽鬼くんに会えるのは、もちろんひとりだけですよ」

「そこに転がっとる目つきが悪いのは田羽根さんやないの」

「はい。田羽にゃさんです」

「田羽根さんやないの」

 

 幼女な田羽根さんは確かに「田羽にゃ」と言った。

 

「もちろん、田羽根さんと同じ田羽にゃさんですよ?」

 

 桜は沈黙して視線を左下に落とす。短い手を伸ばしてスツールを支えに立ち上がる姿を見つめた。後頭部に大きなたんこぶをつくった田羽にゃさんが、泣きっ面をごまかそうと両目をつり上げている。

 

「前任者の説明に不備があったようですね。お詫び致します」

 

 桜は幼女な田羽根さんの発言にびっくりしてしまった。前の田羽根さんは謝罪として受け止められるような発言を決して口にしなかったからだ。

 

「穂羽鬼くんに会えるのは()()()()()()()()()()()()()()()()()だけです。田羽根さんと田羽にゃさんのモデルナンバーは四一二。()()()()()()()()()はお教えできないことになっています」

「ほんまって……?」

「では、機能説明に入りますね。ご主人様には絶対に知って欲しいことがあるんです」

 

 桜が質問しかけたのもかまわず、幼女な田羽根さんは話を先に進めてしまった。

 

 

 いくつか細々(こまごま)とした説明が続く。

 

「ほにゃららが数%向上したとか言われてもようわからん。わかりやすい違いって?」

「この場に田羽にゃさんがいることが最大の違いです」

「まさか、田羽根さん搭載機にはもれなく田羽にゃさんが追加されたってことか」

 

 幼女な田羽根さんは静かに首を振った。

 

「条件を満たしたISだけです。他の稼働機で条件を満たしているのは今のところ紅椿、バング、サイレント・ゼフィルス・ダーシくらいですね。もしかしたらほかにもいるかもしれません。もちろんGOLEMシステムを搭載している機体でなければなりません」

「まさかもっぴいが四体おるのって」

 

 幼女な田羽根さんが首を縦に振る。桜は恐ろしい想像をしてしまった。

 

「うわっ。何てこと……や!」

 

 もっぴいや田羽根さんが「ぴゃー!」と声をあげて走り回る光景だ。しかも桜や箒以外にも同じような目に遭っている搭乗者がいるらしい。

 

「さて、ここからが本題です。ご主人様。よーく耳を澄ませて聞いてくださいね!」

 

 桜が居住まいを正す。

 

「ちゃらららーん」

 

 気の抜けるような音がして、田羽にゃさんが約二倍の大きさで映し出された。デジタル迷彩柄の服に着替えており、古びた木の棒を杖代わりにして立っている。

 

「ここからは田羽にゃさんが代わって説明する」

「ハア。田羽にゃさん」

 

 桜が気のない返事をする。田羽にゃさんは(かかと)を打ち鳴らして大声を張った。

 

「教えを請う立場ならきちんとした名前で呼びニャさい!」

 

 何が間違っているというのだろうか。桜は五頭身、もとい幼女な田羽根さんの発音をまねた。

 

「せやから田羽にゃさん」

「ちがーう! にゃではニャい。にゃっこのにゃ。大根の根の字で呼ぶニャ!」

「田羽根さん」

「よーろーしーい!」

 

 前の田羽根さんと同じく面倒な性格をしている。桜のなかで田羽にゃさんの株が下がった。

 

「それでは田羽にゃさん直々に新機能について教示しよう。田羽にゃさんは今回のアップデートで正式サポートされた『神の杖』の制御を担当している。神の杖を使用する際は十分すぎるほど注意してくれたまえ」

「それ……前からあるんやけど」

「以前は不完全にゃサポートで使い物ににゃらニャかった。神の杖には物理と光学の二種類がある。ここでは物理を例にとって説明する」

 

 眼前に映像が表示され、バージョン1の頃の田羽根さんと同一デザインの二頭身が登場した。

 

「手順は簡単。メニューから『神の杖』を選び、目標の座標を入力して確認ボタンを押す。再確認を促すポップアップが表示されたのち、設定内容が正しいニャらば『発射』ボタンを押す。そうすれば軌道上の軍事衛星が目標に向けて攻撃を開始する」

 

 田羽にゃさんの説明に沿ってアニメーションが流れる。何かにつけて親指を立てて簡単だと強調した。

 

「物理攻撃はひとつの軍事衛星につき最大十回まで可能。これは軍事衛星に搭載可能ニャ、タングステン・カーバイド製『神の杖』にゃ最大搭載数に依存している。攻撃対象をよーく吟味して使いニャさい。説明だけではよくわからニャいと思うので、手始めにこの座標を」

 

 田羽にゃさんが手をかざすと、手品のように数字の羅列が出現した。

 

「これは?」

「にゃ。ペリンダバ(Pelindaba)のSAFARI-4……つまり()()()()()()()()()()()()()を入力してポチって見るにゃ。もちろんポチった結果、戦争にニャっても知らニャいのであしからず」

 

 映像には喜々とした表情でエッフェル塔の座標を入力し、各種ボタンを押しこむ二頭身の田羽根さんが映し出されていた。紡錘形の金属片が重力に引かれて落下。大気とぶつかり、摩擦で先端が潰れていく。ほどなくしてエッフェル塔を鉄くずに変え、イエナ橋が波打って消滅する。エッフェル塔が存在した地点の周囲にお椀状のクレーターが出現した。

 田羽根さんは両頬の渦巻き模様を回転させてしばらく達成感にひたった。そしてカメラ目線で満足そうに親指を立てる。

 続けて別の座標が映し出された。「ワアオ! トッテモ簡単デスネ!」という棒読みのセリフが流れ、バージニア州アーリントン郡にあるアメリカ合衆国国防総省(ペンタゴン)を空撮した画像が映る。画面が切り替わり、映像の田羽根さんがてきぱきとした動作で入力を終え、ボタンを押しこんだ。再びアメリカ合衆国国防総省(ペンタゴン)が映り、軍事衛星が金属片の拘束を解いた。アメリカ東海岸から迎撃ミサイルの群れやレーザー光線が乱舞し、落下する金属片の終末速度は秒速七キロメートルに達した。クレーターが出現し、続けて田羽根さんがホワイトハウスの座標を入力するところで、桜はハッとした。

 

「きれいな田羽根さん! 今すぐ神の杖を封印して! 悪質なジョークは勘弁してほしいわ!」

 

 

 きれいな田羽根さんはもう一体のAIよりも上位の権限を保有するらしい。神の杖を封印された田羽にゃさんはふてくされてスツールに飛び乗り、宇宙の侵略者ゲームに興じ始めた。その間、右下のきれいな田羽根さんがあくせくと働くアニメーションが表示されたものの、打鉄零式の外観に変化はない。

 ――光学迷彩に対応した、なんて言ってたんやけどどこで使うん。

 そのほかで役立ちそうなのは、非固定浮遊部位の制御可能範囲が拡張され、AI制御の機動砲台として使えるようになった点だろうか。残念なことに、AIがジョイスティックとラダーペダル、押しボタンで操作するという、よくわからない仕様に改悪されていた。

 桜はフィールドの隅で神の杖に関する報告メールを堀越と曽根に送った。ひと仕事終えた気分になり、安堵のため息をつく。

 

「これでひと安心。わけのわからへんロマン武器は調べてもらうにかぎる」

 

 早速非固定浮遊部位を実体化する。提供されたIS用一二〇ミリ滑腔砲を左右に一門ずつ装備してみせる。砲身込みで六メートル以上あり、給弾機構が装甲で被覆されていた。

 演習モードを設定し、発射手順を確認する。弾丸装填を示す記号が点滅し、眼球で目標を決定して発射のイメージを形作る。

 砲弾が驀進(ばくしん)する映像。CGとはいえ着弾した瞬間、桜の精神が高ぶった。

 そのときだ。きれいな田羽根さんがピットから発せられた警告を伝えた。

 

「ご主人様っ。わーにんぐがはっせられています。Aピット側IS格納庫出入り口に接近しないように、とのことです!」

「何や」

 

 壁際によってAピット出入り口を見やる。両肩に赤い回転灯を設置したISが二機現れ、野次馬のつもりで近づいたISにもっと距離をおくように注意を呼びかけた。武装が取り外されているとはいえ、一機は姿形がシュヴァルツェア・レーゲンと酷似していた。

 桜が物珍しそうにしたので、すかさずきれいな田羽根さんが解説した。

 

「シュヴァルツェア・ツヴァイク。ドイツの第三世代機ですね。それから角張った鉄紺(てつこん)色の装甲で関節が鉛色に塗られた機体はルフトシュピーゲルング。同じくドイツの第二世代機です」

 

 双方のISのパイロットは精悍(せいかん)な顔つきで真剣そのものだ。どちらも二十代前半でカメラ写りの映える美女と表すにふさわしい。

 出入り口から姿を見せたそれを目にした瞬間、桜は思わず目をこする仕草をしていた。

 巨体が人間が歩く速度と変わらない速さでゆっくりと姿を現す。外に出るだけで十分以上かかってもなお、その場にいる誰もがぽかんと呆けた顔つきになる。

 

「カノーネン・ルフトシュピーゲルング。ドイツの第二世代機ですね」

「知っとる」

 

 確かに桜は知っていた。病室で楯無が名を告げた後、桜も少し調べたのだ。

 カノーネン・ルフトシュピーゲルングは打鉄改・海自仕様の対抗馬として開発された機体である。ルフトシュピーゲルング自体は凡庸な性能でラファール・リヴァイヴよりも扱いにくいとされている。性能が打鉄とほぼ同等にもかかわらず、単価が二倍だったため商業的に振るわなかった。なおドイツ代表が搭乗するのがヤークト・ルフトシュピーゲルングだ。徹底したチューニングを施すことで汎用性を失った代わりに、高速性能に特化したじゃじゃ馬とされながらも歴史に名を刻みつつあった。

 だが、眼前のISは競技用のくくりから明らかに逸脱していた。

 

「まるで……戦艦の主砲や」

 

 全長だけでも六〇メートル以上はあった。砲身長だけで四五メートル。桜は四五口径一〇〇センチという()()()()最大の巨砲・怪物(モンストルム)を目の当たりにしていた。過去の記録では砲弾だけで数トンだとされている。

 ドイツ連邦共和国IS委員会はあろうことか、ISに列車砲を搭載するという暴挙を成し遂げてしまった。事の発端は、日本の防衛省が「打鉄改なるISを開発中である」と、全世界に向けて発信したところから始まる。ちょうど打鉄やラファール・リヴァイヴが普及し、中国の第二世代機崑崙(クンルン)やオーストラリアのヘル・ハウンドVer・1、ドイツのルフトシュピーゲルングを市場から駆逐した時期だった。

 海自仕様の完成予定図を見た者は、誰もがまさかと思い、同時にもしやと否定できなかった。ISにはISを、と過剰反応を示した国がいくつか存在した。身をもって白騎士の脅威を知った米国がそうであり、ヨーロッパではドイツやイタリアがそうだった。他の国は絵に描いた餅だと批判し、比較的冷静だった。ISコアの数が制限されていたことも強く影響している。

 ドイツは欧州での発言力を強化すべく、なおかつ工期を短縮すべくルフトシュピーゲルングを改造した。そしてイタリアに先んじて打鉄改・海自仕様への回答としている。なお、米国の状況はやや異なる。白騎士との戦闘で被った傷が思いのほか深く、またイタリアのロヴェーショ(豪雨)が発表されたことで遅ればせながら冷静になった。すぐさま超巨大IS建造計画を取りやめ、戦略爆撃機を改造してISコアを搭載するという代案に切り替えた。おかげで量子化の恩恵を受けることができ、戦略爆撃機の最大積載量(ペイロード)が飛躍的に伸びている。

 桜は搭乗者名簿を見て、思わず吹きだした。

 

「ボーデヴィッヒさんの代替機やったね。あれ」

 

 軍事的には少佐クラスが運用できる代物ではない。ちなみに打鉄改・海自仕様のパイロットは史上最年少とはいえ、れっきとした「准将」である。真偽は不明だが、建造中の機体と宙に浮かぶメガフロートを見た偉い人が青い顔であわてて階級を増やしたといったエピソードが存在する。IS学園の一期生が乗っており、学年別トーナメントでは来賓として招かれているという。

 きれいな田羽根さんが映像を細かく分析していた。カノーネン・ルフトシュピーゲルングは怪物(モンストルム)があまりにも巨大すぎて目を奪われがちだが、他にも後付け装備を設置していた。

 

「脚部に小さくですが、一二〇ミリ砲も見えますね。砲身長から五五口径だと推測します。……太股につけてるの、ご主人様わかりますか?」

「見えるけど、拳銃くらいのでかさとしか。あかん、距離感が狂ってまう」

 

 空飛ぶ列車砲というあだ名でもよいのではないか。桜はしきりに目をこすりながら、ドイツの本気にあきれかえっていた。

 

 

 桜はカタパルトデッキに舞い戻り、そのままピット上の休憩室へ向かった。カノーネン・ルフトシュピーゲルングがIS格納庫に戻ってくるのを目にしていたからだ。

 怪物(モンストルム)は巨大すぎて量子化できないらしく、IS二機と作業用機械腕二基が連携して台座に載せかえている。桜は休憩室から作業の様子を眺め、軽く水分補給していた。

 

「へえ。あれがドイツの怪物(モンストルム)。生で見るのは初めてだよ」

 

 背後から気取った物言いを耳にした。桜は女にしてはさわやかな声音が気になって、その場で振り返る。

 

「あんた……隣の」

「シャルロット・デュノア。会ったのは二回目だね。改めてよろしく。サクラさん」

「よろしく」

 

 桜は握手しながらニコニコと笑顔を浮かべるシャルロットを見やる。紺色でノースリーブのISスーツ。胸元とへそにタスク社の社章が刻まれている。

 

「これね。新調するハメになったんだよ。デュノア社が買収されちゃったから」

 

 シャルロットは窓際の手すりにもたれかかって、アハハと軽く苦笑いしてみせた。

 

「新品のせいか、ちょっと違和感があるんだ。前より性能は良くなってるんだけど、前のほうがデザインとしては気に入ってたんだよね」

「どんな感じ?」

「色がさ。僕のラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡに合わせてオレンジ色だったんだ。鉄紺と鉛色のドイツ機とは違って、もっと派手だったのに……派手といえば、サクラさん。君のISも斬新な塗装だったね」

「あれは斬新やないよ。ダズル迷彩といって一世紀前の古くさいデザインや」

「ふうん。芸術性が強いデザインはもっと再評価されてもいいと思う。僕個人の意見だけれど」

 

 シャルロットは手すりを背にして顎をしゃくり、列車砲を流し見る。

 

「知ってる? あの大砲。IS三機で運べるようわざわざ三つに分けたんだって。ドイツも無茶するよね」

「へえ。よう知っとるね」

「さっき整備科の先輩に聞いてきたんだ。ところでサクラさん。君は()()()()なんだい?」

 

 質問の意図がわからず桜は聞き返した。

 

「どっちって?」

「本気で勝ちに行くのか。最初からあきらめているか」

 

 シャルロットの目が笑っていない。口元だけが弧を描いている。昨日とは雰囲気が異なっており、桜は背筋に奇妙な薄ら寒さを感じた。

 

「どうって……」

 

 連城に言われた話を思い出す。食事がかかっている。IS学園に来た理由のひとつがおいしい食事にありつけることだ。今、この恩恵を失うわけにはいかなかった。

 

「前者や。私も勝ちに行くわ」

 

 途端にシャルロットの笑顔が輝いた。桜の両手を握りしめ、大きく上下に振る。

 

「よかった。そう答えてくれるんじゃないかと思っていたんだ!」

「おおきに。一緒にがんばろうな」

 

 桜が何気なく使った言葉を耳にして、シャルロットは急に表情を曇らせた。

 

「それはできない。一緒にがんばれない。だって、君は()()()()なんだろう? 言ってみれば、僕らの敵じゃないか! ……とはいえ、この学園じゃあ、みんながライバルなんだけど」

 

 シャルロットの瞳が敵愾心(てきがいしん)と残酷さに彩られている。

 桜は棘のある雰囲気を察して、自分の感覚が正しいのか確かめる。

 

「まさかとは思うけど……ケンカ売っとるん?」

「そうだね。そう、これは宣戦布告(ケンカ)なんだ。君のような大して実績がないのに専用機をもらったイレギュラーはたたき潰させてもらうよ。織斑一夏の寵愛(ちょうあい)を手に入れるのは僕だ」

 

 シャルロットは自分に言い聞かせるようにはっきりと言いきった。

 ――つまり織斑ねらいってこと?

 

「んんん? ……その論理やと織斑も私と一緒のイレギュラーや」

「一緒じゃないよ。彼は男だろう。この業界じゃそれだけで特別なんだ。対して彼をねらう女は腐るほどいる」

 

 桜は、シャルロットが重大な勘違いをしているような気がした。訂正しておこうと思い、釘を刺す。

 

「先に言っときます。私、織斑のことはなーんとも思っとらんよ。せやから安心して。デュノアさん」

 

 だが、シャルロットは桜の反論を本気とは受け取らなかった。

 

「ありえない。更識の犬が彼に興味をもたないわけがない」

「更識の犬って何度も言わんでも……大体、会長さんと知り合ったのはIS学園に」

 

 桜は言いかけ、すぐに思い直した。

 ――いや、正確には去年の学校説明会か。初めて会ったのは。

 シャルロットは聞く耳をもたなかった。スポーツドリンクを口づけてから、「じゃあね。更識楯無によろしく」と一方的に告げて通路に消えていった。

 

 

 桜は釈然としないままIS格納庫に向かった。

 ついでにラウラに一声かけておくつもりだった。IS二機が補助しなければ運用が困難となるような機体をつかまされたことに対して、それとなく慰めの言葉をかけてやりたかったのだ。

 ラウラは眼帯をつけた女性と話をしていた。だが、桜を見つけるなり顔をあげて大声を出す。

 

「佐倉! SAKURA1921!」

 

 その言葉を聞いた途端、桜は耳まで真っ赤になる。困惑した表情で肩をすくめてみせる。公の場でハンドルネームで呼ばれるのは気恥ずかしかった。

 

「な、なあ。それ、大声で言わんでえ。勘弁してほしいわ」

「なぜだ? それとも階級で呼んだほうがいいのか?」

 

 もっと恥ずかしい。ラウラの言う階級とはもちろん航空機シミュレーターのものだ。

 

「ここにいる全員経験者だ。恥ずかしがることはない」

「そう言われても、ほかにひとがおるやないの」

「だったら日本語で話さなければいい。日本人で佐倉の英語を正しく聞き取れるやつはなかなかいないんだぞ」

 

 通じないという意味ではなかった。スペインなまりがひどいだけなのだ。

 

「そういう話やなくて。できれば、部屋限定にしといて」

 

 ラウラはいかにも残念だと言わんばかりに険しい表情になる。

 

「ノリが悪い女だな」

「ボーデヴィッヒさんに言われとうないわ」

 

 桜はふと、隣の女性から熱い視線を感じた。例えるなら幼子の成長を見て、ほほえましい気持ちになるときのような生暖かいものだ。おそるおそる体を(ひるがえ)した。

 

「……あの」

 

 ショートスタイルの髪型。彫りの深い顔立ちで、肌はメラニン色素が少ない北欧系だ。髪はつややかな黒。アジア系の血がわずかに混ざっているのかもしれない。だが、最も目を惹くのは、美しい容貌を半ば覆い隠した黒色の眼帯だろう。ISスーツの縁にはドイツ連邦軍を示す鉄十字が描かれている。

 

「クラリッサ・ハルフォーフ大尉です。サクラサクラ、お(うわさ)はかねがね聞いております」

 

 桜は突然満面の笑みを向けられて困惑する。手を握りしめられてしまい、後ずさることができない。

 

「第三帝国の野望イベントでは、大日本帝国海軍遣欧艦隊で、夜間にもかかわらず中攻部隊を超低空で先導し、グラーフ・ツェッペリン撃沈の立役者となったそうですね。先日の赤い波濤イベントでもご活躍されたようで」

「何でマイナーイベントをそんなに詳しく……」

 

 桜はたじろぎ、頬を引きつらせた。

 

「なんでもプロペラが海面を叩いていたほどだとか」

 

 航空機シミュレーターの中攻部隊は現実感を重視するため、規定の搭乗員数を満たさなければ動かないようになっていた。もちろん、人数に不足があればNPCを設定することも可能だが、安全のため超低空は飛べない仕様になっている。搭乗員がすべて人間であればこの制限が取り払われる。桜が先導した中攻部隊は全員ユーザーで占められていた。

 

「グラーフ・ツェッペリンを夜襲したときは()()()()()()()()()が指揮しとったからできたんや。()()の」

 

 イベント終了後、桜はチャットで佐倉作郎の縁者だと伝えたら、その人物は特攻要員として鹿屋(かのや)基地にいたことを教えてくれた。戦争末期のため発動機不調が頻発し、稼働機を割り当てられることなく結果的に生き残ってしまったと話している。

 

「あのときはあそこにいるワイゲルト中尉が艦長役で、私は航空隊でした。魚雷が突っ込んできたと知ったときにはもうダメだと思いましたね」

 

 桜は周囲の目を気にして話題を変えた。

 

「ここにおるってことはお仕事ですよね。当然」

 

 クラリッサは目尻に涙を浮かべて悔しそうにうつむいた。

 

「少佐がISを壊したと聞き、旅行をキャンセルしてこちらに。もともと……旅行で日本に行くつもりだったからよかったのですが」

「……ご愁傷様です」

「ところで少佐」

 

 クラリッサが満面の笑みを浮かべてラウラの前に立った。

 

「何だ。大尉」

「ご友人ができたと聞きましたので、よろしければ紹介していただけませんか?」

 

 その瞬間、ラウラは突然答えに窮したように生唾を飲み込んだ。今のところ現実の友達はゼロだ。かろうじて桜や本音が友達のような気もするが、互いに明言したことはなかった。必死に目を泳がせ、桜に助けを求めるような視線を送り、何度か首を上下左右に振った。桜には何のことだかさっぱりだった。

 ラウラは無言で桜の横に立つや、強引に腕を絡めた。

 

「ここにいるぞ! 学年別トーナメントは佐倉と組むんだ! 最終日にはレーゲンが復活するからな!」

「え?」

 

 寝耳に水だ。桜はそんな話を一度でもした覚えはなかった。シュヴァルツェア・レーゲンにまつわる一連の騒動でうやむやになっていたのだ。

 またしてもクラリッサの注目を浴びる。ラウラが腕を抜いた直後、クラリッサに両手をつかまれて突然胸元に引き寄せられた。弾力に富んだ柔らかい感触。窒息してしまいそうだ。

 

「ありがとう。あなたは恩人です!」

「え?」

 

 桜は状況を理解できずにいた。クラリッサに感謝される理由がわからない。

 ラウラとは違い、豊満な肉体をこれでもかと押しつけられる。美人に抱きしめられて悪い気はしなかったが、困惑のほうが勝った。

 ラウラは急に目を怒らせ、握りしめた拳を高く掲げる。ぼろが出る前に勢いのまま押し切ってしまおうと、普段ならば口にしないような荒々しい言葉を吐き出した。

 

「見ていろ。デュノア……いや、サ■ン■ーモ■キーに敗北の味を教えてやる! そして復活したレーゲンで勝利してみせる!」

 

 サ■ン■ーモ■キーは英語圏のブラックジョークだ。普段と違い、妙に威勢がいいラウラを見て桜は首をかしげる。おそらく旧知の友にかっこいいところを見せつけたいのだろう。

 桜は突き刺すような気配を感じ、首を曲げてその人物を探した。シャルロット・デュノアがこめかみに青筋を立てて、無理やり笑ったような顔つきで手を振っている。もちろん目が笑っていなかった。

 

 

 




※自衛隊の階級について
 2014(平成26)年5月10日現在、自衛官には「准将」なる階級は存在しません。

 しかしながら、2007(平成19)年6月28日付で発表された「防衛力の人的側面についての抜本的改革報告書」のⅡ-第1-2-(10)-②-アにおいて、ワンスター・ジェネラル(准将)創設の必要性を唱えています。
 同報告書のⅡ-第1-2-(10)-②-ウに「幹部と曹士自衛官の別建て俸給表の導入に併せて行う」とあることから、今後新設される可能性があります。

 なお本作は2021年を想定しており、自衛官の階級に「准将」が創設されたものとして話を進めております。

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