IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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狼の盟約(六) 訓練

 蛇口から水が滴り落ちる。流水をすくい上げて頬を張る。シャルロットは背筋をしゃんと伸ばし、鏡を見つめる。タスク社のシャルロット・デュノアの顔があった。

 ――僕は大丈夫だ。

 男と付き合うことになって浮かれ、試合に影響を出すわけにはいかなかった。現実的に考えて勝利だけを目指した場合、一夏は足手まといだ。専用機持ちだが、知識や経験が不足している。

 ――さて、彼の信頼を得るには……いや、それ以前に、彼ができることを把握しなければ。

 シャルロットは腹を決めた。一夏と模擬戦をして短時間で癖をつかむ。直情的なのか、緻密(ちみつ)さを求めるか。

 第六アリーナのピットへ向かう。電子扉が開いて、当番の教員の背中が見える。今日は三組の副担任が担当だった。

 あいさつをしてから模擬戦の実施を伝え、IS格納庫へ抜けようとしたとき、その教員に声をかけられた。

 

「デュノアさん。今日、カノーネン・ルフトシュピーゲルングが飛ぶことになっているから、警告が来たら格納庫への出入り口に近づかないように」

 

 シャルロットは足を止めた。蜃気楼(ルフトシュピーゲルング)と聞いて首をかしげた。ISがアリーナを使用するとき、普通警告はない。となれば考えられるのはひとつだ。

 

「弓削先生。ありがとうございます」

 

 格納庫の一角を占める凶悪極まりない兵器。

 ――でたらめだ。

 

 

「じゃあ。今から模擬戦をやろうか」

 

 一夏の目が点になる。かすかに緊張した面持ちで棒立ちになった。

 

「お、おう」

「僕は一夏の実力を知らない。代表候補生をのぞいた同級生の実力はまったく把握できてないんだ。トーナメントまで時間がないから、実戦形式にしたい」

 

 一夏がうなずく。

 

「でも、俺の白式は……」

 

 腕を突き出し、雪片弐型を実体化してみせる。

 

「これ一本と、もう片方の近接ブレードだけだ」

「わかってる。だから、僕も近接武器だけを使うつもりだよ。ああ、それから……女の子だから手加減しようなんて思っちゃダメだよ。君の力をはかるためでもあるんだから、絶対に手を抜かないで」

「最初から本気だ」

 

 一夏は微笑みながら答える。

 だが、いまいち真剣さを感じられない。シャルロットは大げさに首を振った。

 

「女に手を挙げちゃいけない、という考えは捨ててね。僕が君の技量を計り損ねたら、トーナメントに支障が出る。それに敵はみんな女の子なんだよ。この意味、わかってる?」

 

 一夏が首を縦に振った。

 

「わかってるさ。俺だってシャルロットが来る前は、別の女子に稽古してもらってたんだ。全力でいくさ」

「信じるよ」

 

 シャルロットは目元を和らげた。周りの状況を確認しながら考えを巡らせる。

 ――周りが女の子ばかりだから、いつでも乗り換えられると思われたら嫌だもの。

 都合のよい女だと思われたくない。

 シャルロットは試合で牙を研ぎ、手ぐすね引いて待ち構えているであろう女子生徒たちのことを思った。

 ――二対一の連戦は僕でも厳しい。だったら、彼を少しでも鍛えなければ。

 学年別トーナメントは対戦相手をくじ引きで決めることになっていた。最悪一戦目から更識・篠ノ之組やオルコット・凰組とぶつかる可能性すらある。

 シャルロットは近接ブレード(ブレッド・スライサー)を実体化し、後方に飛んだ。二〇メートルほど距離を取り、開放回線(オープン・チャネル)を開く。

 

「一夏。僕が使う最初の得物はこれ。ブレッド・スライサーだ」

「いいのか? リーチに差があるぞ」

「問題ないよ。僕、君が思ってるより戦闘技術に長けているから」

 

 シャルロットは頭のなかでスイッチを切り替えた。養成所の訓練で自然に(つちか)われたものだ。

 ――僕はデュノアの子になり、養成所を出た瞬間から代表候補生だった。一夏と今までの自分を比べるつもりはない。けれど……。

 半信半疑といった風情の彼から、真剣さを引き出したかった。

 シャルロットは息を静かに吸い上げた。雪片弐型を正眼に構える白式が映りこむ。

 

「じゃあ――いくよ?」

「な!」

 

 二〇メートルの間合いを一瞬で詰めた。眼前に一夏の顔がある。カフェで向かい合っていつまでも眺めていたかったが、今は実戦を想定した訓練だ。視線や肌の触れ合いの代わりに、拳をぶつけ合うのだ。

 一夏が歯を食いしばり、得物を振るう。一夏が一撃を繰り出す間、シャルロットは三倍の手数で攻めた。戦闘の速度を上げる。

 ――君は正直すぎる。

 

「ウォアアアア!」

 

 一夏が気勢を上げた。切っ先がはねる。技の出だしは遠く、シャルロットが到達する刃を流そうと立ち位置を変える。一夏はさらに距離をつめる。一瞬手応えがあった。視界からラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが消え、彼女が身を伏せたのだと悟る。背筋を伸ばし、急角度でせり上がる近接ブレード。

 

「足だって?」

 

 ISの足首に近接ブレードが触れ、シールド・エネルギーが減少する。先に攻撃を当てられたことで、一夏は打開策に気を回す。が、すでにシャルロットの術中。雪片弐型を振りかぶった一夏とシャルロットが体を入れ換えた。一夏の首筋に近接ブレードの刃が当たる。ふたりが動きを止めた。

 

「はい。これで君は一度死んだよ」

 

 シャルロットはにっこりしながら死を宣告する。

 

「だったら、これで」

 

 一夏は雪片弐型を腰におさめ、切っ先を後ろにやる。手元にPICを展開してマニピュレーターを保護する。千冬から教わったテクニックのひとつだ。白式のマニピュレーターは零式や弐式とは異なり、打鉄と同じものだ。刃を抜く瞬間、雪片弐型がマニピュレーターを断裂させる恐れがあった。

 

「破れかぶれになって守りに入った……。そんなのが僕に通じると思ってる?」

 

 シャルロットが再び最大速度で接近する。雪片弐型の長さと踏み込みの距離を瞬時に計算する。

 

「やってみなきゃわからないさ」

 

 よほど自信を持っているのだろう。つい先ほどまでの彼とは雰囲気が異なる。シャルロットは脇を小さくたたみ、一夏と刺し違えるかのように直進する。

 ――織斑千冬をまねたのか。

 一夏のつま先が動いた。

 

「一夏! 君は忘れているよ!」

 

 シャルロットの口から警告が飛んだ。

 ――高速切替(ラピッド・スイッチ)

 近接ブレード(ブレッド・スライサー)が消え、腕部搭載型物理防楯(コート・オブ・アームズ)が出現。防楯に隠された金属杭が、底部に仕掛けた炸薬の爆発により加速する。

 

「ぐっ……!」

 

 鞘走りが突き出された腕部搭載型物理防楯(コート・オブ・アームズ)によって弾かれ、灰色の鱗殻(グレー・スケール)が一夏の胸元に迫った。一夏に二手目はない。銀色の鈍い輝きを目にするや一夏の背筋に冷や汗が伝う。瞳は驚愕の色に染まる。

 彼はなすすべもなく負けたのである。

 

 

「一夏。これから言うことに気を悪くしないでね」

 

 シャルロットは息を吸い、一夏の反応を待つ。

 

「トーナメントで一夏はカモにされる」

「……んだと」

「対戦相手はこぞって君の脱落を目指して襲いかかってくる。理由は僕のほうが強いから。そして白式には近接武装しかないから」

 

 一夏は眉をひそめた。思い当たる節があったのか開きかけた口を閉じる。

 

「ISに乗って間もない一夏から狙うのは当然だ。僕が敵なら、弱い方を血祭りにあげて戦意を削ぐ。一夏は近接武器しかないことのデメリットを理解してるよね? でも、瞬時加速で零距離にすればいいってのは無しだよ。代表候補生には通じない。なぜなら彼女たちも同じことができるからだ」

「なんで強く否定するんだよ。もっと工夫すれば……」

 

 シャルロットは柏手を打った。

 

「そう思うよね。相手も一夏が工夫してくると思って間違いなく対策してくる。彼女たちの頭の中には、君が思っているよりもたくさんの戦術が詰まっている。それに素人考えなら、彼女たちも一度は考えたことがあるだろうし」

 

 一夏は少し考えこみ、真剣な瞳でシャルロットを見据えた。

 

「そこまで言うなら策があるんだろ?」

「連携して戦うんだ。僕なら一夏の不利をひっくり返すことができる。一夏と組むことで、相手が取り得る戦術が単純化されるんだ。一夏を脱落させ、判定に持ち込もうとみんな考えるだろう。だから対策がとりやすくなる」

 

 一夏がうなずくのを見てシャルロットが続ける。

 

「時間があまりないから三つの決め事をしようか」

 

 シャルロットはISの手を突き出し、指を立てる。

 

ひとつ(アン)、瞬時加速で接近する。ふたつ(ドゥ)、瞬時加速を使った後退。みっつ(トロワ)、僕と背中合わせになったら相手を交換する」

「……それだけでいいのか」

 

 シャルロットが力強くうなずいた。

 

「相手は接近を許しての一発逆転を嫌がる。それに僕相手は厳しいと思うだろうね。特にISへの搭乗経験が少ない生徒ならなおさら強く感じるはず。僕だって格上の相手……たとえば山田先生や織斑先生とやりあうとなったら緊張するよ。心理的重圧は焦りを生み出す。そこにつけいる隙が生まれる」

 

 ただ、とつけ加えた。

 

「やっぱり銃火器が使えるとこちらもやりやすい。一夏は銃を撃った経験ある?」

 

 もしあったとしてもゲームの中だろう。最初から期待していなかった。

 

「白式に銃火器ならついてるぞ。近接ブレード」

「何それ」

「ほとんど当てた試しがないけど、ほら」

 

 数秒後、白式の左腕にマイクロガン(XM214)が出現した。

 

「どうして近接ブレード……」

「無理やり領域を拡張して放り込んだんだとさ。近接ブレード扱いだから、弾を撃ち尽くすと一度格納してやらなきゃいけない。八〇〇発じゃ、制限がきつくて」

「だったらなおさら強化したほうがいいと思うよ」

「うーん。俺、銃は苦手なんだよなあ。なんかさ。卑怯な気がするんだ」

「そんなこと言ってたら君が蜂の巣にされるよ」

「だよなあ……でもさ。剣は心を斬るものだけど、銃はそんな物はお構いなしなんだよ。人の意思なんか関係ない……違うな。俺は人に銃を向けるのが嫌なんだ。戻れなくなる気がして」

 

 何言っているんだ、と一夏はつぶやいて肩をすくめた。

 

「とにかく……今から早速練習してみようか。演習モードへの切り替えは済んでるよね」

 

 シャルロットが確かめると「もちろんだ」と反応があった。

 

「待て! シャルロット。警告が来てる」

 

 開放回線(オープンチャネル)を通じて弓削が「IS格納庫出入り口に接近しないようにしてくれ」と告げた。日本語だけでなく英語、フランス語、スペイン語と同じ内容を言語を変えて繰り返している。

 フィールドに降りる前、弓削から言われたことを思い出した。

 

「何だよあれ……」

 

 一夏がひどく焦った声を出す。

 

「カノーネン・ルフトシュピーゲルング」

 

 シャルロットが解説するまでもなく、武装を取り外したIS二機の誘導により、巨大な砲が姿を表したのだ。

 

「……一夏が射撃を覚えなければならないのは、アレの対策でもあるんだよ」

 

 シャルロットはとっさに学内ネットワークを介してコア履歴を確かめる。カノーネン・ルフトシュピーゲルングはルフトシュピーゲルングの改修機だ。が、打鉄零式は違った。

 シャルロットは目を見開く。打鉄の改修機かと思いきや予想外の名前が眼前に現れた。

 ――どうしてマコウ(mako)のコアが……。

 マコウはタスク社の主力商品のひとつだ。数多くのISのなかでも唯一水中用をうたい、潜水艦随伴能力を持つ。言わば軍用機である。タスク社内にはマコウの供給元がホロフォニクス・ソナーを実用化し、一緒に納入したという眉唾な話さえあった。

 ――南アフリカ共和国に売却した四機がすべてだと。

 タスク社IS部門を統括する幹部のひとり、スコール・ミューゼル本人がそう言ったのだ。

 タスク社には水中用ISを一から作るための技術的蓄積がない。マコウは競合他社がOEM、すなわちタスク社のブランド名で売り出す前提で製造したものだった。そしてシャルロットはどこの企業が開発製造を請け負ったのかを知らなかった。

 マコウはタスク社のなかでも重要機密扱いとされており、世間に公表されていない。シャルロットが知ったのは偶然が積み重なったからだ。

 ――報告したほうがいいのかな。

 (スコール)に伝えるかどうか、わずかに迷った。見なかったことにすることもできるからだ。

 シャルロットは思い直した。今は買収直後の微妙な時期であり、会社への忠誠心に疑いを持たれるような事態を避けたかった。

 ――これが終わったら報告。変に隠そうとするのはダメだよ。(スコール)に疑われたら破滅が待っている。

 

「シャル……もしかしたら、あんなのと俺たちは戦うかもしれないのか?」

 

 一夏の声が乾いていた。無理もない。四五口径一〇〇センチ砲が宙に浮かぶ光景を目撃すれば、誰だって呆気にとられる。

 ドイツは本気を見せた。幻の列車砲が動く様子を惜しげもなくさらしている。

 ――まだ、ロヴェーショ(豪雨)のほうがまともだよ……。

 ロヴェーショ(豪雨)は第二次世界大戦時の不沈空母思想を実現したものだ。

 ――列車砲とは、いやラウラ・ボーデヴィッヒとは当たりたくない。

 一発かすっただけでシールド・エネルギー全損は間違いない。しかも、破片効果も考慮すればほぼ無敵状態だ。唯一の欠点は装填時間であり、試合中に一発撃てるか否かだろう。

 シャルロットはカノーネン・ルフトシュピーゲルングの仕様を思い浮かべる。列車砲がなくとも火力偏重機なのだ。一七センチ連装砲二基四門、一二〇ミリ大口径レールカノン二基を標準搭載し、運用思想がクアッドファランクス・パッケージと被っている。

 

「俺。訓練、がんばるよ。あんな化け物の相手……」

 

 言いかけて、一夏が突然吹きだした。

 ――出たな。もうひとつの化け物。

 体当たり専用パッケージを搭載した打鉄零式である。列車砲を搭載したカノーネン・ルフトシュピーゲルングがあまりにも巨大なのでこの場では目立たない。だが、体当たり専用パッケージも全長が二〇メートル以上ある。四基の巨大スラスターを搭載しており、速度で相手を圧倒する機体でもあった。

 シャルロットは一夏を流し見る。

 

「一夏、大丈夫」

 

 二機の化け物を見て、一夏は原初の恐怖に駆られて青ざめていた。第二アリーナで灼熱地獄に陥ったときも焦った挙げ句、いくつもの過ちを犯していた。千冬には随分しごかれた。満足するつもりはなかったが、少しだけ自信がついた。「これならやれる」という気持ちがしぼみそうになるのを必死にこらえた。奥歯をかみしめ、周りの声に耳を澄ませる。自分よりも鉄火場を踏んだシャルロットの様子はどんなものだろうか。ゆっくり顔を向けると目が合った。

 

「一夏。あれが二つ同時に出てくることはありえないよ」

 

 大きすぎる。一夏はつぶやき、再び顔をあげる。

 シャルロットの一言は彼に活力を与えていた。

 

「両方とも癖が極端すぎる。どちらか一方を補おうとするだろうね。おそらく、ラウラ・ボーデヴィッヒならそう考える」

 

 一夏の反応はシャルロットが思ったようなものではなかった。顔色は持ち直しており、油断を戒めるような瞳だ。

 

「シャル。……佐倉に気をつけろ」

「佐倉さん?」

 

 シャルロットは意外な名前を耳にしてびっくりした。そして何も知らない振りをする。

 スコール・ミューゼルは上からの指示だという理由で、打鉄零式と紅椿に警戒するよう注意を促している。GOLEMシステムを搭載していることが主な理由だった。

 ――タスク社も一部の機体にGOLEMシステムを導入したらしい。

 販促品の人形をもらったとき、スコールがこぼしていた。彼女のことだから、シャルロットに聞かせるつもりで教えたのだろう。

 ――最初から入っていたとも。

 発注後、納品された機体には基本ソフトウェアとしてGOLEMシステムが標準搭載されていた。今はどこかの部門が受領して、世界のどこかで運用実験に勤しんでいるらしい。

 ――どこかの部門の名称すら教えてくれなかった……。

 運用実験の正否により他の機体にも導入される可能性があった。ラファール系列やヘル・ハウンド、コールド・ブラッドが候補にあがっていてもおかしくはない。

 

四鉄(よつがね)……いや、打鉄零式には気をつけるつもりだよ。あの機体はわからないことが多すぎるから」

 

 

 練習を終えて制服に着替える。シャルロットは観覧席から一般の生徒が訓練機を融通し合って練習する風景を眺めていた。

 ISの慢性的な不足状態。IS学園に入学してから訓練を始めた生徒と専任搭乗者とでは、簡単には埋めることのできない溝が空いている。

 ――そういえば、養成所にはISが四機も置いてあったけど……どうやって確保したんだろう。

 今まで気にしたことがなかった。常にISに触れられる環境があって、占有時間に困るような事態を経験してこなかったからだ。

 試しに指を折ってフランス国内に存在したISを数える。

 四つあまる。フランスに割り当てられたISコア数が国際IS委員会が定めた数と異なるのだ。

 ――おっかしいな。

 何度やってもあまりが出る。養成所のISを省けばちょうどよい数になる。

 ――出資企業からコアを借り受けてたのかな。

 

「がんばってるなあ……」

 

 養成所で訓練漬けだった頃と重なってみえた。右も左もわからず、とにかくしごかれた。知識を詰め込んで、体力作りと称して戦闘訓練までやった。銃の撃ち方や武器の使い方を覚えた。おかげで今のシャルロット・デュノアがある。

 もともと筋がよい生徒を集めているのだろう。打鉄の動きがよい。チラと見える顔は同じクラスの鷹月静寐だ。IS用対物ライフルを抱えたラファール・リヴァイヴとタッグを組んでいるのだろう。指示が飛び、盾を構える。遮蔽物のないフィールドでは動き続けるしか方策がない。一方のISが盾になって攻撃を吸収すれば、照準をつけやすくなる。

 今年の一年生は最も不運な世代といえるだろう。シャルロットら代表候補生かつ専任搭乗者が大量に集まったことで他の生徒の成長を妨げかねなかった。毎年数多くの生徒が夢をあきらめる。専用機持ちとの差が広がり続け、ついには転校を決意する。

 

「シャルロット」

 

 一夏の声がした。

 

「寮に戻るぞ」

 

 シャルロットが振り返って、腰を上げた。

 

 

 シャルロットは吊り輪をにぎってシャトルバスの振動に耐えた。隣には制服姿の一夏がいて、微かに濡れた髪に光が照らされていた。

 

「シャルロットはどうして……自分のことを僕っていうんだ? 女の子なのに」

「ん? 僕っていうのが変?」

 

 一夏は逡巡してからゆっくりとうなずいた。

 

「何ていうのかなあ。知ってる? 僕が男装してIS学園に入学するかもしれなかったんだよ」

 

 もちろんそういう話もあった。だが、過去の話だ。男装の理由はもっとくだらない。

 シャルロットの中性的な雰囲気を前にすると本当のように思えてくるのだ。

 

「二人目の男性操縦者を偽装することで君に近づき、男性を認識する白式のデータを盗み取る。言ってみればスパイ?」

「げっ」

 

 一夏が後ずさる。

 

「もちろん作り話だよ。それとも、僕が男だったら、と期待した?」

「……いや」

 

 シャルロットは一夏の目が泳ぐのを見逃さなかった。

 IS学園職員の半数は男性で、十代の職員もいないわけではない。生徒の目に映らない場所で働いている。例えば第五・六アリーナの共同地下通路には売店や食堂が設けられている。これら施設を訪れるのは男性のほうが多かった。

 シャルロットはある仮定を思いついてしまった。彼はもしや、女よりも男を求めているのではないか。

 ――いやいや。疑惑は早いうちに解いておくべきだ。

 シャルロットは眼を細めて指摘する。

 

「今、迷ったよね」

「いいや! 違うって!」

「僕が男だったら良かったって考えたことあるよね」

 

 一夏が目をそらした。図星なのだろう。

 海外ドラマだとゲイであることを隠すため、あえて女の子と付き合うという展開がある。結局うまくいかず、最後にはカミングアウトしてしまう。もしや一夏もその類ではないか。

 ――偽装交際の可能性が……。

 これだけは聞いておかねばならない。シャルロットは精一杯の笑顔で確かめる。

 

「質問があるんだけど」

「お、おう……なんだ?」

「一夏は……もしかして、ゲイなのかな?」

 

 一夏はしばらく目を瞬かせ、呆けたようにシャルロットを見つめる。しばらくして急にあわてだした。

 

「違う! シャルロット。俺は男に興味はない! 性的には!」

 

 シャルロットが頬をふくらませてうがったような目つきになる。

 

「そうだよね。そうだよねー」

「シャルを見てると、ときどき男なのか女なのか……わからなくなるんだ。もちろん、変な意味じゃなくて。わかってくれ」

 

 一夏は先ほどのゲイ疑惑をひきずってしょげかえっている。

 

「うん。大丈夫だよ。向こうでもよく言われてたから」

「今の制服姿もさ。正直……」

 

 一夏は生唾を飲みこみ、シャルロットの胸元へ視線を落とす。彼にしてみれば生身の女性とは、姉のようながさつな生き物である。もちろん週刊誌のグラビアを広げ、弾や数馬と女性の好みについて語り合ったこともある。しかし、彼女らはレンズの向こうの存在なのだ。

 一夏の瞳に熱がこもる。数馬が送りつけた画像を思い出して赤面してしまった。

 

「一夏のえっち」

 

 シャルロットは片手で胸元を隠し、頬をふくらませて不機嫌な顔つきになる。

 シャトルバスが左折した。つり革が大きく揺れて足元がゆらぐ。一夏はその場で踏ん張り、シャルロットの姿勢が崩れた。

 ――あっ。

 前のめりになって誰かの胸に飛びこんでしまった。もしも後ろに倒れたら尻餅をついていただろう。シャルロットは自分が触れている胸が誰のものか悟って頬が熱くなる。急に気恥ずかしさがこみ上げる。

 

「ご、ごめん……」

 

 おずおずと顔を上げ、上目遣いになっていた。一夏と目が合った。シャルロットは周囲の視線を気にして、すぐに体を離す。

 一夏は片手を口に手を当て、シャルロットの顔を直視できずにいる。外を見やり、窓に映った半透明のシャルロットに目を向けた。微妙に気まずい雰囲気だ。一夏が話題を変えた。

 

「どうして遅れて転校?」

「う……うん。デュノア……ラファール・リヴァイヴのメーカーがタスクに買収されたから。これが大きな理由」

「タスク?」

「タスク社は日本でいう四菱みたいな会社。傘下にはいろいろな会社があるんだよ。IS関係だと、タスク・アウストラリス社のヘル・ハウンドやタスク・カナタ社のコールド・ブラッド。そしてラファールシリーズ。ほかにもあるんだけど、今のが有名どころかな」

「へえ……聞いたことがあるのばかりだな」

「それくらい大きな会社ってことだよ」

「なあ」

「何」

「フランスではどんなことしてたんだ。代表候補生ってさ。未だによくわからないんだ。専用機を持ってないやつがいたり、国にISがないやつだっている。シャルはどうだった?」

 

 シャルロットはマドカの顔を思い浮かべる。マドカは一夏や千冬と血縁があるのではないか、と思ってしまうほどよく似ていた。

 

「ずっと訓練してたな。代表候補生になるまで二年かかったし、僕は運がよかったんだけどね。代表候補生になってから二年間はずっと試合して、勉強して。友達と遊ぶこともあまりなかった気がする」

 

 一夏はふうん、とだけ告げた。

 

「四年のキャリアか……俺は……偶然、ISに触れて、わけがわからないうちに」

「聞いてる。新聞に書いてあった」

「白式に載って、巨大ロボットとはいかないまでも、自由に空を飛べるISを手に入れた。望んだわけじゃない。運命に弄ばれただけなんだろうな。みんなと試合して、戦って……力を手に入れた気になって」

 

 一夏は言葉を切る。横を向き、シャルロットの瞳をのぞきこんだ。

 

「誰かを守るんだって口にしたけど、結局何もできなくて。がんばったけど足を引っ張って、偶然うまくいっただけなんだ。俺は男でISが動かせるってだけでここにいる」

「運命なんだよ。きっと。もしかしたら……誰かが一夏にISを動かしてほしい、と願ったのかもね」

 

 

 


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