IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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狼の盟約(十) タスクとデュノア

 学年別トーナメント二日目。一年の部Aブロック、第一アリーナ。

 シャルロット・デュノアが更衣室から出ると、ISスーツに着替えた一夏が迎えに来ていた。陽気な笑顔を浮かべて呼びかけてくる。

 考え事をしていたので目を丸くしたのだが、動揺を見せまいと柔和な表情を作る。

 

「ごめん。待った?」

 

 男のほうが身軽なのですぐに終わったのだろう。一夏は着替えが入っていると思われる大型スポーツバッグを手に提げ、シャルロットの横に並ぶ。Aピットへ続く通路には、入館証を首にぶらさげた技術者や来賓らしき人物が会話している。

 シャルロットはチラと教師と歓談する有名人を見つけて軽く目礼した。

 

「誰か知りあいか?」

 

 一夏が振り返るなりきょとんとした。

 白の開襟。海上自衛隊の女性第一種礼装。階級章は数年前に設けられた准将を示す。

 

「あれって」

「藤堂准将。MSDF(海上自衛隊)の打鉄型戦艦……じゃなくって打鉄改のパイロットにしてここの第一期卒業生。僕たちのセンパイだよ」

 

 世界最強のIS搭乗者はブリュンヒルデを冠した者だ。

 だが、世界最高の抑止力を有するIS搭乗者は間違いなく彼女だった。その女性は色白の和風美人ではあるが、私服に着替えてしまえばどの街にもいそうな雰囲気である。とても戦艦を運用するような女性には見えない。

 一夏が足を止め、もう一度振り返った。シャルロットが上目遣いに彼の様子を探る。彼が見とれているようにも受け取れ、むっとして一夏の脇を小突いていた。

 

「おう。すまん」

「もうっ」

 

 一夏の手を取り、踵を返す。

 早足になってAピットへの電子扉を前にした所まで来て、シャルロットは手を繋いでいる事実に気づいた。

 ――うわっ。試合前になにやってるの僕!

 抱擁(ハグ)までした仲だ。手を繋ぐのは造作もない。そのはずだ。理詰めで考え、自分を納得させようとした。しかも一夏は手を繋ぐことが当たり前のように振る舞っている。状況証拠からして一夏とシャルロットがただならぬ仲であることを示しているのではないか。

 一夏とタッグを組むことになってからずっと、機会があればそれとなく自己主張するようにしていた。

 ――誰もからかったり聞いてきたりしなかったんだもの!

 同室の箒とは授業でしか顔を合わせない。いざ授業になるとラウラとセシリアが妙な存在感を放っている。負けじと頑張ろうものなら、つい一夏のことを忘れがちになる。

 

「……シャルロット」

 

 電子扉が開きっぱなしだった。

 一夏はシャルロットの手を引っ張り、彼女を室内へと連れ込む。

 

「あっ」

 

 少年の胸板にぶつかったと知ってシャルロットは顔を赤らめる。すぐさま顔を伏せて、色恋に溺れた女の顔は見せまいと恥じらった。

 

「その……なんだ。近い、というか……当たってる」

 

 一夏の顔をのぞき込む。目が合ってしまった。途端に彼の頬のいろが赤みを帯び、火の玉のようだ。震える手でシャルロットの体を遠ざけようとした。

 その刹那、シャルロットは弾かれたように体を放す。

 

「ごめん!」

 

 ――うわー。うわー。何やってるんだよ。みんなの目があるのに。

 トーナメント運営のため、企業から多数の技術者が派遣されている。来賓客の姿もある。ピットは普段より人の出入りが激しい。教師の背中が見える。もしかしたら気づかれたかもしれない。

 浮ついた心を戒める。試合が終わるまでの間、一夏は自分の背中を預ける相棒だ。それ以上でもそれ以下でもない。醜聞を漏らし、不用意に事を荒立てるのは得策ではない。

 ――本社から役員が来ている。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの活躍を印象づけて……。

 ラファールブランドの存亡は自分の肩にかかっている。

 対戦相手は双方とも一般入学の生徒だ。片方は元クラス代表だけあってセンスだけはずば抜けている。

 手のひらに拳を当てて意気込む一夏を見つめる。シャルロットも深呼吸しながら兜の緒を締めた。

 

 

 一夏は瞬時に雪片弐型を実体化した。

 

「おおおおっ!」

 

 全エネルギーを集約し、零落白夜を発動する。滑るように移動する打鉄に向かって袈裟斬りしていた。

 が、空振りだ。

 上段に振りかぶった瞬間に見切られていた。一夏は間合いを外され、つんのめる。

 停止すれば的になってしまう。フィールドを転がるように飛ぶ。不安定な足元を、銃弾が空気を裂きながら通過する。

 視界がぶれた。その間もハイパーセンサーから大量の情報が押し寄せてくる。

 

「――くそっ」

 

 体を翻し、空気を引き裂く銃弾の嵐に飛びこんでいた。高速化された意識が火線を目で追い、不発に終わった零落白夜を雪片弐型に戻す。

 続いて左腕備え付けの近接ブレード(XM214)を展開した。マイクロガン(XM214)の銃口が毎秒五〇発の銃弾を吐き出す。瞬くような破裂音が続く。

 横合いから、そして上空から撃ち下ろされる。シャルロットが滞空するラファール・リヴァイヴに向かってアサルトライフル(ヴェント)による反撃を試みている。

 ――しつこい!

 一夏は三秒間の目視照準から、ハイパーセンサーと同期した統制射撃に切り替える。

 打鉄を排除しなければ。だが、一夏の動きは研究し尽くされている。

 回避しきれない。と、思ったとき凄まじい衝撃が襲った。

 弾帯の消費とシールド・エネルギーの減少具合がほぼ同じだ。

 ――残り一二秒で脱落が確定しちまうっ!

 肩部高出力ウイング・スラスターの向きを調整する。

 打鉄の機体が視界から消える。弓なりに動き、瞬時加速をしかけてきた。

 ――ぐうっ。

 推力が加わった重い斬撃だ。打鉄は鍔迫り合いの末、体を翻して力を流す。一夏の意識がPICにおよぶよりも早く斬ってきた。

 ――避けるかっ。

 既に遅く。シールド・エネルギーが三割を切り、さらに打鉄の蹴りが飛ぶ。

 顔をしかめ、左手を硬く握りしめる。右肩のスラスターに噴射し、体を沈めた。

 視界がグルグルと回転した。フィールドの土が眼前に迫る。PICによって斥力場を設けているとはいえ、体を上下反転させた状態で対戦相手の生徒と目が合う。肺の中の空気が押し出され、口を開けた瞬間、咆哮に変わっていた。

 

「――っおおおおお!」

 

 体を無理やり引き起こす。左肩のスラスターから空気の塊を噴射し、斜め後方に飛ぶ。

 皮膜装甲(スキンバリア)が弾丸を受け止めた。撃たれたという感覚が強い。視界の回転が止まらなかった。シールド・エネルギーの減少を食い止めたものの、代わりに制御を失ってしまった。

 

(ドゥ)!」

 

 開放回線(オープンチャネル)からシャルロットの指示が飛ぶ。

 ――後方への瞬時加速っ!

 言われたとおり加速したつもりが、顔から地面に突っ込んでいた。白式自身の推力で叩きつけられていた。歯を食いしばって状況を把握しようと試みた。視界がまたもや回転する。

 青い空が見えた。

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの小型推進翼と高出力マルチウイング・スラスターから白い渦が噴き出ている。

 五九口径重機関銃(デザート・フォックス)が重厚で甲高い響きを奏でる。砲炎が目に入ったかと思えば、試合終了の合図が鳴りわたっていた。

 

「勝者、織斑・デュノア組!」

 

 一夏が顔を上げたとき、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが拳を空高く突きだした。

 

 

 試合を終えたシャルロットはピットに設置されたドリンクサーバーの前に立った。お茶のスイッチを押したとき、ボタンのプラスチックに背後に立つ人物の顔が映り込んだ。赤いランプが点滅する間、シャルロットは肩を逸らしてその人物を流し見た。

 色素のうすい金色。ウェーブのかかった、たおやかな長髪。白いブラウスに黒いスカートスーツを身に着け、痩躯だが腰と胸元が自己主張して止まない。まつげは長く、鼻筋は通っていて華やかな容貌を引き立たせるような、成熟した女性の色気のある顔だった。

 鼻先をかすめる甘いにおい。シャルロットのなかで緊張感が生まれ、さざ波のようにわきたった。

 

「はあい。私のシャルロット」

 

 彼女は腰に手を当てて、シャルロットを見下ろしている。

 

「来日されていたのですか」

 

 床にヒールの足音が響いた。ブザーが鳴ってお茶が注ぎ終わる。体を入れ替え、今度はスコールがブレンドコーヒーのボタンを押していた。

 スコール・ミューゼルはシャルロットに向きなおった。

 

「おめでとう。あなたの実力なら当然ね」

「ありがとうございます。ミューゼルさん」

 

 ブザーが鳴って、スコールがブレンドコーヒーを取るべく腰を屈めた。

 コーヒーを口付け、軽く息を吐く。

 

「正式な招待を受けて。タスク社IS部門の名代としてきたの」

「……アウストラリスやカナタのISを見にこられたのですか」

「確かにケイシーやサファイアたちに会ってきたけど……」

 

 スコールは紙コップを側の机に置き、シャルロットに真剣な眼差しを送る。

 

「あなたを観に来たの。タスク社の顔なのですから」

「私のリヴァイヴ・カスタムⅡは最高のISです。アウストラリスのヘル・ハウンドやカナタのコールド・ブラッドにもひけを取りません! ですから……」

 

 シャルロットは切実だった。スコールに売り込んでおけば、少しはブランドが延命されるかもしれない。彼女の発言はIS部門の関連各社に影響力があった。

 スコールは紙コップから口を離し、人さし指を立ててシャルロットの口に当てた。

 

「わかってるわ。あなたはおとなしく私の言うこと聞いていなさい」

 

 人さし指で肌をなぞる。のど元に達したところで、手を翻してあごを上向かせる。

 シャルロットは呆然と立ちつくし、なすがままだった。スコールと目を合わせることができず、唇を引き結んで胸のなかに抱いた歪な心を無理やり押さえこむ。甘いにおいのなかにコーヒーの苦みが混ざっていた。

 ――前は、触られてもなんとも思わなかったのに。

 シャルロットは顔を背けた。

 

「……冗談よ」

 

 うまくいってるじゃない、とスコールが耳元でささやいた。

 

「このまま彼をつなぎ止めなさい」

 

 顔を傾けたまま朱唇を近づける。

 ――あっ。

 唇を奪われる。スコールのなすがまま屠られてしまう。シャルロットは彼女の性癖をよく理解していた。

 ――助けて、一夏っ。

 

「抱かれるのも手よ。……男はね。初めての女を一生覚えているものなのよ」

 

 フフフ、と笑ってシャルロットを自由にした。

 不意に通路側の電子扉が開く。

 シャルロットはとっさに紙コップを唇をつけ、電子扉から顔を逸らす。恥ずかしくてどんな顔をしてよいのか分からなかった。

 

「デュノアじゃないか。一夏は……」

 

 入ってきたのは箒だ。

 Bブロックは四試合すべてが第三アリーナで実施される。彼女の試合は午後からだった。

 おそらく幼なじみの試合が終わったのでねぎらいに来たのだろう。

 箒がピット内を見回す。黒いISスーツの上に、青いスポーツウェアを羽織り、引き締まった太股が魅力的だった。

 箒が目礼するのを見て、シャルロットは背後の人物に気づく。

 ――クロエ・クロニクル。紙袋?

 篠ノ之束博士の側近だ。少女時代特有の未発達な外見のくせに、頭のなかで何を考えているのかわからない不気味さがある。

 学園内で何度か見かけている。公式試合で南アフリカのチーターと対戦したときが初見だろう。チーターの外見は、改造によりあたかも白式を迷彩塗装したかのような外見になっていた。

 

「SNNの……」

 

 シャルロットが口を開くよりも早く、スコールが動いた。

 

「タスクのスコール・ミューゼルです。以前、GOLEMシステムの説明で少しだけ」

 

 クロエが背筋を正して左眉を跳ねあげる。

 

「SNNのクロニクルです」

「先日のOEMの件は助かりました。弊社としても良い勉強になりました。また、受注しましたらご連絡を差し上げるつもりです。博士に……CEOにお伝えください」

 

 クロニクルとミューゼルが握手を交わした。事情を知らない箒が首をかしげている。

 

「かしこまりました。それと」

 

 クロニクルが背伸びして耳打ちする。

 シャルロットは目ざとく唇の動きを確かめる。日本語ではない。おそらく、アフリカーンス語。

 ――……バングとダーシの調子はいかがですか。二次移行(セカンドシフト)したシュペルミステールに太刀打ちできないとか……。

 シャルロットはすかさず箒を流し見る。彼女は電子扉の側に立っており、今の会話を耳にした節はない。クロエが手に提げた紙袋を視界に入れないよう背を向けている。

 スコールは苦笑した。

 

「機体と搭乗者の経験値が違います。ねえ、シャルロット?」

 

 シャルロットはあわてて、にこやかな笑みを浮かべる。

 

「ミューゼル様。弊社の粗品が御座います。おひとついかがですか」

 

 クロエが手提げ袋に手を入れたとき、箒が電子扉の向こうに消えた。よほど中身を見たくないらしい。

 出てきたのはツインテールでつぶらな瞳をした二頭身だった。

 

「こちらは以前お渡しした粗品の一部です。妖怪ぺったんこーというキャラクターなのですが、この度、中国IS委員会とSNNキャラクター部門がタイアップしてWebアニメを作ることになりました」

 

 手提げ袋の中からディスク用のトールケースが出現する。

 

凰家小籠包(凰さんちの肉まん)のマスコットキャラとして売り出します。近いうちにIS学園の食堂にて宣伝することも視野に入れて活動しています。イメージソングも計画しており、近いうちに公開できるかと」

 

 シャルロットは見た。トールケースに記された「歌:凰鈴音」という文字を。

 

 

 


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