四日目の夜。簪のルームメイトは三組の生徒と食事に行っている。
室内には箒を含めて三人。布仏虚が様子を見に来たついでに流し台で水を使っていた。
簪はジャージ姿で箒の正面であぐらをかいた。折り畳みテーブルに顎を載せて、やる気のない表情でタブレット型端末を見つめている。
Dブロック決勝戦の録画だ。フィールドにクレーターが出現したものの試合自体は執り行われている。セシリアがビットを縦横無尽に操り、鈴音が止めを刺した。
ほぼ瞬殺である。
簪がタブレット型端末を操作して、トーナメント表に切り替えた。
「明日の方針……説明する」
箒がお茶を飲み干す。待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる。
「各個撃破……以上」
「おいっ!」
作戦はない、と言ったも同然だ。箒は眠そうに眼を細めた簪をにらみつけるや、烈火のごとく怒った。
「それはないだろう! 何かこう、今までみたいな微に入り細を
「特に」
「どうしたあ! まさかやる気をなくしたとか、そんなことを言うんじゃないだろうなあ!」
「やる気は……ある!」
簪のメガネが光った。
「あの組は織斑一夏が弱点。私の組は篠ノ之箒が弱点。弱点同士がつぶし合う。代表候補生同士が戦う。これで各個撃破。それに……織斑一夏はあなたが剣で戦うことを望めば、飛び道具は決して使わない」
「なぜそこまで言い切れる」
「……男の子だから。幼なじみにいい所を見せたいから。正々堂々決闘を受けて立つ性分だから」
「シャルロット・デュノアはどうする」
「彼女は私を押さえ込もうとする。織斑一夏が手を出すな、と言えば彼女はあなたに手を出さない」
「だが、あいつは銃を使っていたのだぞ。他の試合では」
「そのときはそういう作戦だった」
簪は箒の抗議を無視して体を起こす。机の下からB3サイズの紙を取り出した。
どう見ても紙芝居だ。箒はあからさまに嫌そうな顔をする。
紙芝居を戻ってきた虚に手渡し、簪が息を吸ってひとり芝居を始めた。
「……はあっはあっ。強くなっただろ。俺。見直したか? ああ。強いな。貴様はやはり強い。さすが私が見込んだ男。当たり前さ。修行したんだ。箒に俺の強さを見てもらいたくて。なっ……ば、バカ! こんなところで言うな! 今度はもっと強くなって箒に勝つんだ。だからそれまで俺を待っていてくれ! ハートにずっきゅーん! ……となるはず」
「そんなに都合よく行かないだろ。最後のずっきゅーん! って何なんだ」
「織斑一夏のハートにずっきゅーんっ」
簪は親指と人差し指を立てて拳銃を撃つような仕草をする。虚が胸を押さえて倒れ伏す。
「そんなに都合よく行くんだったら今まで苦労しなかったぞ!」
もし何かあれば刀の錆にする、と一夏を脅したこともある。もちろん言葉の
だが、箒は今でも
一夏は布団をめくって襦袢をはだけさせ、健全な男子の願望を達成するかと思いきや何もなかった。
「ほれ薬も用意した。むしろ……こっちが本命」
簪が黒い丸薬の入った瓶を机の真ん中に置く。
「これを砕いて……食事に混ぜれば……
「効果は」
簪のメガネが光った。どういうわけか、いつもと比べて早口だ。
「
「そんな怪しいもの使えるか!」
「怪しくない。……ちゃんと実績がある。その昔、
「冗談だとしてもやっぱり危険じゃないか。却下だ!」
▽
作戦会議は箒が怒鳴り散らして終わった。
「結局押しつけられてしまった……」
箒は小さな薬瓶をポケットにしまった。更識家秘伝の妙薬は心臓や肝臓に悪しき影響が生じるらしい。
――一夏を毒殺してしまっては元も子もない。
机のなかにしまっておこうと固く決意した。
箒は自室の扉を開けた。
照明が消えている。
箒は足音を立てぬようにしたつもりが、喪服を着た半透明の女が蒼い瞳を向けてきた。
――むっ。
シャルロットと一緒についてきた女。おそらく守護霊みたいなもので、悪い霊ではなかった。喪服の女は箒を見るや眉を引き寄せ、ばつの悪い表情を浮かべている。箒は気配を消し、小首をかしげて女の脇を通る。
シャルロットの様子を確かめようと間仕切りの脇からのぞき込んだ。
――なんだ……と?
状況が理解できなかった。男と女がひとりずつ。女は絨毯の上に倒れて、男が覆い被さっている。双方ともに若い。金髪と黒髪。箒は声を出せなかった。
喪服の女を問い詰めるようににらみつけた。シャルロットと面影が似た女は素知らぬ顔で口に手を当て、ほほほ、と笑っている。霊には見守ることしかできませんよ、と言っているかのようだ。
頭のなかがぐちゃぐちゃになった。
――どうして一夏がシャルロットを押し倒して……彼女は嫌がっていないのだ。
「痛いよ」と声のひとつでも出せばいいのに。
箒は後ずさった。ふたりの側に湯飲みが転がっているのが目に入り、特別な事情でもなんでもなく、ただ一夏がお茶をこぼしたのだと都合よく解釈しようとした。過程を目撃しておらず、朴念仁の一夏が女を抱こうとすることなんてあってよいはずがない。
喪服の女が勝ち誇った表情になる。殿方は女の肌に弱いのだ。堅物や朴念仁でも性欲は存在する。揺さぶりをかけ、ささいなきっかけで一線を越えるだろう。頭のなかでは、一夏とシャルロットがくんずほぐれつ乱れる様でいっぱいになる。
箒は奥歯を噛みしめ、拳をにぎりしめる。物音をひとつ立ててやれば妙な緊張が終わるはずなのに、できずにいる。機転を利かせることすら思い浮かばず、箒はとにかくいらだたしかった。
気がついたら部屋を後にして、廊下に出ていた。
「私は……」
激情に駆られて大声を上げればよかったのか。
「篠ノ之さん。どうしたの~」
隣室から本音が顔を出す。
「隣の部屋から久しぶりに大きな音がしたんだけど……また、おりむーが変なことした?」
「大きな音?」
「なんだか『あっ』とか『うわっ』とか」
箒は一夏が転んでシャルロットを押し倒したところで、無理やり想像を打ち切る。怒りを己のうちに隠し、隣人に声をかけた。
「布仏」
「なあに?」
「今、私の部屋に行くと面白いものが見られるぞ」
「どういうこと?」
「見てのお楽しみだ」
本音は小首をかしげて、元気よく返事する。パタパタと足音を立て、箒の代わりに室内へと入っていった。
――人任せとか、卑怯だな……。
その場から離れたくていてもたってもいられなかった。箒は逃げるように来た道を戻る。首にタオルを巻き、入浴セットを持参した簪の首根っこをつかんでひきずっていった。
▽
学年別トーナメント一年生の部、最終日。
箒は鋼鉄の甲冑を身にまとい、第五アリーナのフィールドに立っていた。
決勝トーナメントは当初は第六アリーナで開催される予定だった。第五アリーナは何かあったときのために予備会場として確保していた。だが、四日目。その何かが起きた。
地面に向けて一〇〇センチ砲を撃てば大穴があく。セシリアたちの試合はクレーターの上で執り行われたが、一晩でアリーナの土を埋め戻すなど到底不可能だった。
対戦相手がカタパルトデッキから飛び出す。
Aブロック代表、シャルロット・デュノアのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。そして織斑一夏の
「箒」
一夏が
「……何だ」
彼の隣に侍るオレンジ色のIS。箒はシャルロットの存在を無理やり頭から消す。
「試合。楽しみにしてるぜ」
その瞬間、箒のなかで濁った感情が滴り落ちる。昨夜、一夏とシャルロットは何をやっていたのか。おそらく始めに想像した通りなのだろう。一夏は甲斐性なしだが、彼とて男だ。女と一緒にいればそういうことがあるかもしれない。
一夏は箒とまったく同じ口調でシャルロットに話しかけていた。
「シャル、がんばろうな。勝つぞ」
フランスから来た転入生は澄ました顔を見せる。うつむきがちになったとき、女の顔がのぞき見えた。
箒は一夏をにらみつけていた。
IS同士の戦いだ。
公衆の面前で殺人を犯すわけにはいかない。
だが、気持ちで殺す。勝手に期待して、何もしなかった自分が憎い。いい女を前にして、据え膳を逃す一夏も憎い。
「織斑一夏死すべし」
箒は鞘に収めた大刀を左手で持ち、空中浮遊する一夏に向けてつぶやく。彼はシャルロットとの会話で気づかなかった。
簪にも聞こえているはずだが、返事はない。昨晩のうちに話すべきことはすべて口にしていた。必要な情報は学内アリーナとコア間ネットワークを通じて共有している。簪は戦場の監視や指揮まで行っている。試合会場において、箒は一兵卒であった。
「抜刀」
鞘を水平に掲げ、鯉口を切る。刃をゆっくりと引き抜く。抜き身の刀が照明を受けて白く反射した。黄金を散りばめたような輝き。試合で使うのは初めてだった。
「
レベルアップの特典で、特殊効果はまだない。
優勝すれば一夏と付き合える。最初に言い出したのは箒で、櫛灘が彼をねらう一年生を煽った結果でもある。
一夏と恋人同士になりたかった。いずれは男女の関係になりたいと願ってきたのだ。
今は違う。
黒くねばりついた感情に支配され、とても落ち着いている。
男と屋根を共にするのが、どれだけ恥ずかしかったか。かつて願った淡い恋が成就できるものと信じた、愚かな自分をあざ笑う。幼い頃、神社の境内で「一夏のお嫁さんなる!」と告げたこと。目が腐っていたと言ってやりたい。
「軟弱者」
小さな声でつぶやいた。一夏はシャルロットと声を掛け合っており、箒の声を聞き落としてしまった。
「一夏! 正々堂々互いの本分を尽くすぞ! 貴様の剣! 見せてみろ!」
女の純情を踏みにじった朴念仁をこの手で始末してやる。
▽
試合開始の合図だ。
紅い眼鏡をはめたまま、箒が白刃を構える。刀身には金色の粒子。同じ粒子が薄らと漆黒の装甲のすき間から漏れ出す。箒を仕留めようと向かってくるのは、金髪の異邦人にしてルームメイトだった。
「おおお!」
一夏が気勢を上げて瞬時加速で迫る。
箒はIS二機の座標を一瞬で把握する。斬り込み隊長が真っ先に突撃するのは予想済だ。先の先を取るべく、シャルロット・デュノアが銃撃を加えてくる。
破裂音が鼓膜を叩く。打鉄弐式が二〇ミリ機関砲と四〇ミリ連装砲を取り混ぜ、空中からの支援砲撃を加える。砲撃を縫った一夏が到達。雪片弐型を上段に振りかぶって斬撃を加える。
――避けろ。
箒は勘にしたがい、手のひらから橙色の炎を噴き出す。気合いがこもった一撃を回避したかに見える。が、一夏の脇の下からぬっと出現した
箒の動きを制限するためだ。菱形の
――男を立てる気か。
シャルロットの横顔が一瞬目に映った。箒は
ガリ、という音が体の芯に響く。瞬時に突き出された先端が跳躍する。箒は推力を最大にして真下に逃げ、V字を描いて後ろ上方へと退避する。
――ぐっ。
「ウオオオオッ!」
肩部に展開稼働する高出力ウイング・スラスターが白式自身のエネルギーを食らい、剣を抱いて
ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡから放たれた弾丸が彼を追い越し、箒のすぐ手前で弾けた。弾片が飛び、装甲を切り刻む。白式が間合いに飛びこんだ瞬間、雪片弐型が零落白夜へと変貌した。紅い眼鏡の奥で白式の姿を捉え、下半身ががら空きになっていることに気づいた。
雨月を構えた肘を小さくたたみながら後方へ飛び退く。
――と見せかけて!
勇ましく叫んでいるが直線攻撃だ。進路をずらせば問題ない。箒の求めに応じて、紅椿は瞬時に最大速度へと移行する。前後の速度差から一見、瞬時加速したかに見えるものの紅椿本体に瞬時加速という機能は存在しない。すくい上げるようにして振り抜いた。
柄をすり抜け、腕をなぞるようにして心臓を鋭く打ちつける。シールド・エネルギーと
が、わずかに手遅れだ。紅椿は雨月を軸に体を横回転させた。ちょうど肩部ウイングスラスターの上で片手で逆立ちしているかのようだ。接近することでシャルロットの積極的な射撃を封じ、怨念をたたきつける。
「死ねエッ」
紅椿の足の裏にはスラスター噴射口が存在する。単純な飛び蹴りが凶器となった。
シャルロットが「
身の危険を感じた一夏が瞬時加速で下がる。白式とラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが入れ替わり、その両手には
刹那、衝撃が肺を押しつぶし、揺さぶられ、視界があちこち
――まずいっ。
大地が回転しながら迫ってくる。どういう運動をしているのか。箒はハッとわれに返った。
――このままでは地面に……!
無我夢中でPICを稼働させる。大地の回転が止まる。手のひらのスラスター噴射口から炎を吹きだし、落下しかかっていた体を強引に起こす。首をもたげ、地面に腹這いになったかのような超低空飛行になる。足の裏からも推力を得て、「気をつけ」の状態で飛ぶ。空から
視界の切れ端で赤い光が瞬く。
開放回線から一夏の叫び声が聞こえる。彼は続けて射出された砲弾に追い越され、激しい爆発と弾片が飛び交う空間に突っ込んでいた。
――一夏。一夏……一夏ア!
幼なじみが墜落するのに気を取られた。下から突き上げる衝撃。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの
パパパ、と何度も閃光を目にした。
「させるかッ」
箒は雨月の切っ先を横に薙ぎ払った。直撃するかに見えた砲弾を真っ二つに裂き、箒の頭上と足元を通過する。
爆発。背中に弾片が降り注ぐ。
――シャルロット・デュノア!
雨月からN-MG34への切り替え。背部ランドセルから延びる給弾ベルトが出現し、背部スラスターが推力を増す。
N-MG34が実体化すると同時に弾丸を飲み込む。視界が斜めに傾いている。仕方なくもっぴいの補助を得て照準を合わせる。下方に飛びながら撃発。銃口から閃光が瞬いた。
が、箒が放った射弾はすべて外れた。
敵機接近警報。シャルロットが瞬時加速したのではない。見慣れた白い高出力ウイングスラスター。
「箒、油断したな!」
「一夏アアア」
一夏の拳が開いて閉じる。零落白夜の輝きが背部ランドセルに描かれたもっぴいを引き裂く。
「もらったぞ、箒イイイイ!」
二撃目だ。ランドセルに描かれたもっぴいの顔に×印がつく。
視界に顔面を押さえてのたうち回るもっぴいA。「人畜無害な白式にやられたああああ」と泣き叫んでいる。
機体が太陽に腹を向けながら急降下を続けている。
――シールド・エネルギーは、何とか、残り三割。
「そのままでいて……」
簪が開放回線から呼びかける。
――何か策でも?
一夏は最後の一撃と言わんばかりに零落白夜を振りかぶった。弾丸となって吶喊を始める。が、白式の後方にIS大の巨大な球が迫る。
「
今度はシャルロットの声がした。鎖付の球が白式の背中に直撃する。零落白夜は力を失い、雪片弐型に戻る。激しく回転しながらも地面に激突する瞬間に姿勢を立て直す。
「箒……油断しないで」
「すまん」
簪と背中合わせになったまま飛翔する。打鉄弐式の手には巨大な級をのせた剣玉
簪はシャルロットに向かって、いつになく軽い口調で言い放った。
「天使とダンスでもしてな」
「は――?」
「ワルツではなくタンゴで……と言ってほしい……」
眉をひそめた簪が残念そうに声がしぼむ。コア・ネットワークを経由して投影モニターの右下にメッセージが出力される。
――なんだ。このデータは。
アルファベットと数字が混在したメッセージ。眼前の景色が激しく上下する。視界に空が入ってくる。
パパパッ、と赤い閃光。
高度が落ちて地面が迫りくる。
「――ぐっ」
天地が反転する。地面に転がる石ころがはっきりと目視できるほどだ。
「……踊る。エスコートは私が……あわせて」
簪の声が聞こえ終わる。
視野の裾で寝転がっていたもっぴいAが起き上がり、赤いメガホンを構えて残り三体に言い放った。
「弐式から指令だよ! 働け、野郎ども!」
もっぴいBが四つん這いから立ち上がる。恐怖のあまり瞳から光が失われている。
「や、や、やらないと……ガクガクブルブル」
「もっぴい知ってるよ。働かないと弐式のムチが飛んでくるって。フフフ」
錯乱した微笑を浮かべるもっぴいCの隣で、もっぴいDがラジカセのスイッチを入れた。
「ポチッとな」
紅椿の体から金色の粒子が漏れ出し、打鉄弐式の機動にあわせて一気に上昇した。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが空域を瞬時加速で進ませながら、
左へ右へ揺さぶられ、ついでインメルマン。体が浮き、右へ急旋回。一零停止。真下へ沈み、前後を入れ替わる瞬間
「今の機動、覚えて……」
空気を裂いて降り注いだ砲弾が地面をえぐっていく。同時に
地面を蹴って後退。土煙の切れ目を縫うように、背中合わせのまま体を回転させて跳ねるようにしてステップを踏む。
「今」
撃発。簪の息づかいを感じた瞬間、N-MG34から放たれた銃弾のうち一発がラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの肩部装甲に直撃する。
「この衝撃――MG34の威力じゃない!」
姿勢を崩し、独楽のように回転する橙色の機体。
シャルロットは一度の被弾でその危険性を察知した。
シャルロットはそのまま回転を続け、制御を失ったかに見せかける。腕を突き出し、
▽
箒は相方の背後にぴたりと張りつき、爆煙のなかを突っ切った。視界が回復した瞬間、青白い光が横切る。
――零落白夜!
一夏が当たれば必殺の剣を振りかざす。簪とやり合うために剣気を迸らせたのもつかの間、鋭い突きを放った。
「恨むなよっ」
が、簪は平静を保っている。わずかに身を開いた。瞬時に超振動薙刀・夢現を実体化した彼女は白式のすねを狙う。シールド・エネルギーを削り取り、接近して一夏を足蹴にする。
「私の相手はあなたじゃない」
「――んだとッ」
一夏を踏み台にしてシャルロットの元に向かった。夢現を量子化し、今度は春雷一型を実体化。両脇に抱えながら発砲し、
「よそ見している暇はないぞ。一夏!」
「……チイッ!」
箒が心臓を突いた。一夏が雪片弐型で雨月の進路を逸らす。
「うおっ!」
足元から
一夏が回避に気を取られたと察知するや箒は雨月の打突を放った。高速の打突は三段突きと呼ばれるもので、予備動作から突きだと気づかれたものの、一夏にすべてを回避できなかった。
彼の頬に冷や汗が滴り落ちる。
「逃げるのか。……一夏」
「違う。転進だ!」
シールド・エネルギーを気にしたのか、一夏が背を向けて逃げ出す。
箒は両手両足から火を噴き出し、その後を追って即座に最高速度に達した。スパイク付き肩当てを前面に押し出すことで、「死に晒せ!」と一夏を仕留めようとする。だが、一夏は妙に勘が働き、振り返ることなく避けていた。
そのまま簪とシャルロットの戦域に飛びこむ。銃弾による激しい応酬の場。一夏は雪片弐型を振りかぶって簪と急接近を試みる。
紅椿は現時点において、最高速度で白式に劣っていた。追い付くにはわずかに足りない。
箒は声を上げざるを得なかった。
「瞬時加速かあっ。更識、すまん」
一夏が「ウォォォオオオッ!」と気勢を上げる。
だが、簪は目を細め、冷淡な反応を返したにすぎなかった。
「いけない。……ちゃんと……伝わってなかった」
「もらったああああ!」
「だから訂正……あなたは……私の敵じゃない」
簪が剣玉
▽
直系三メートルほどの巨大な球。
剣玉
白式のハイパーセンサーは球の背後に
「剣玉になんか当たってたまるかよっ」
真円が徐々に大きくなる。もし楕円形で見えていたならば決して当たらないのだが、残念ながら直撃コースである。
白式は真横に推力を加えることで、球を回避してみせた。三六〇度回転する視界は、箒が脱落する一部始終を捉えていた。箒は
「ブーメランなんか――」
ブーメランをやりすごす。前回のロケットパンチも酷かったが、ブーメランに撃ち落とされてはたまらない。
だが、簪の意思が介在したとしか思えないタイミングで、
ちょうどV字を描いたブーメランに一夏は泡を食っていた。
「ちょっと待て……おわっ」
一夏はあわてて回避しようとするが、
「動きが気持ち悪いんだよッ」
体を翻し、零落白夜を振るう。しかし、空振りだ。
――ジリ貧なら……一か八か、弐式にできるなら白式にも……!
弐式は白式の兄弟機だ。基本構造が似ており、互換性が高い。ならば敵の武器を奪うくらいできるはずだ。
「無茶だ一夏! そいつに手を出しちゃダメだ!」
白式が手を伸ばし、先端をつかんだ。
マニピュレーターが激しく振動する。視界に赤い損傷メッセージが出現。人工靱帯断裂。アクチュエータ破損、ギア破損といった無数のメッセージが明滅しては流れ去っていく。金属片がまき散らされ、白式の手のひらがV字に裂ける。
「何だ……と?」
右手首消失。
シールド・エネルギーが激減し、一発でも擦れば脱落が確定する程度しか残っていない。
「
「お、おう」
シャルロットの指示が飛ぶ。
てっきりやられたかと思った一夏はまだ戦えることに気づいて、退避を試みる。
だが、わずかに判断が遅れた。
「ちょうどいいところに……」
ボソリ、と開放回線から漏れた声。体に衝撃が走り、一夏は己の腹を踏み台にする簪の横顔に見とれてしまった。
無理やり方向転換した簪は、超振動薙刀・夢現を構えたままシャルロットとすれ違う。互いに武器を振るったかに思えた。
橙色の機体が黒煙を上げて落ちていく。
「試合終了。勝者、更識・篠ノ之組です!」
回収機が一夏を抱きかかえ、別の機体が四散した白式の右手首を拾い集めている。
ひとり空に残った簪。
一夏を見下ろし、手をピストルの形にする。開放回線を接続したまま消え入りそうな声でつぶやく。
「ハートにずっきゅーん……」
その瞬間、一夏の胸のなかに興奮のざわめきが満ちていき、かつてない感覚に戸惑いを覚えていた。