IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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久々の更新です。


亡国の足音
亡国の足音(一) マドカ


〈六月三〇日 ジョンストン島沖 深度四〇〇〉

 

 

 冷房完備の一室に重苦しい低音が響いている。何枚もの金属板を隔てた先には小さな原子炉がうごめき、床に就くマドカを目覚めさせた。だが、意識があるのに、体をぴくりとも動かせない。

 潜水艦への乗艦は大きなストレスを与えていた。低い天井。小柄な女性であるマドカでさえ、三段ベッドは窮屈な造りに思われた。再び意識が混濁し、夢か現実かあやふやになってきた矢先、自分をのぞきこむ女の顔に気づいた

 ――スリー。

 

「あらあらマドカさんったら、無様な姿だこと」

 

 好いように弄ぶつもりか、白い指先が頬に触れる。マドカたちが使っていたISスーツは身体に吸いつく性質だ。たわわに実った乳房の形が露わになり、女を強調する。よく手入れされた芸術品のような姿に憧れと妬み、劣等感をない交ぜにした感情がわき起こる。文句のひとつでも口にしたかったが、どうにもできなかった。

 再び目覚めたとき、部屋の湿度が微かに上昇していた。頭を打たないように気をつけて身体を起こし、濡れた床に気がついた。マドカは向かい合った三段ベッドの奥にまなざしを転じ、褐色の背中が織りなす曲線をしばしながめる。

 同じ声を意識を失う前に耳にした。ケイトリン・アクトロットと自称する女の話し声ばかり聞こえる。

 マドカはケイトリンに肌を触られるのが嫌だった。すっきりしないまま耳をそばだてる。アフリカーンス語が聞こえ、思考言語を切り替えるまで数秒かかった。

 

「可能なのですね。わたくしのバングと立体音響視界を接続することは」

「ISソフトウェアの更新が必要です。そして変更を加えるには技師の存在が不可欠。第四世代機の内部は特殊すぎて我々(SANDF)の手におえない」

「大丈夫。技師の当てはあるもの」

 

 育ちの良さを印象づけるように、ケイトリンが上品な声で応じた。マドカは部屋を出ていく女がベロニカ・インピシだと気づいてしなやかな歩みに目を奪われた。インピシはズールー語でハイエナを意味する。腹で何を考えているのかわからないケイトリンよりも、ベロニカの竹を割ったような気性のほうが好ましかった。

 

「あら……起きていらしたの」

 

 ケイトリンは真剣な顔つきから一転、穏やかな顔に切り替える。華やかで人当たりがよい。さっぱりした気性に見えるので他人の受けがよかった。衣装を着飾り、社交の場に花を添えるほうが似合っている。およそ荒事師で生計を立てているとは思えず、特殊作戦に参加するのはよほどの事情を抱えているのだろうか。

 

「にらみつけないでくださいまし。女子たるもの常に優雅であらねばなりませんわ。わたくしがいつも口にしているでしょう?」

 

 マドカは笑顔を返そうと試みたが、うまく表情が造れず、ぷいと顔を背けてしまった。

 

()()とやり合ったのに、大事にいたらなくて、よかったこと」

 

 苦虫を噛み潰したようにマドカが表情を曇らせる。

 

「わたくしたちのなかでサイバー戦に対応できるISはあなたの機体だけ。今やサイレント・ゼフィルス・ダーシは必要不可欠です。BT型二号機(サイレント・ゼフィルス)のコピーだなんて(そし)りを覆すだけの実績を上げています。誇っていいことですわ」

 

 潜水部隊と同道するISは二部隊八機で構成されている。アロウヘッド隊は水中特化機マコウを運用し、マドカが所属するリモ隊は水上・地上・空中戦を担う。

 

「……AIが出払っていた。本来なら亡国機業(うち)の情報戦部門が対応するべきことだ。サイバー戦に腕力が必要だなんて、聞いていない」

 

 いつもならば「白鍵」が襲ってくることはない。TBNと名乗る二等身AI群が徒党を組んで頻繁にコア・ネットワークへの侵入を試みるくらいだ。

 ISを意識の表層に展開する。実体化する直前の段階で留め置き、ISコア特有のネットワークに接続。外部記憶装置から情報を引き出す。

 AIが帰還した気配はなかった。

 マドカはケイトリンをにらみつけながら、以前から感じていた不満をこぼす。

 

「バングにもアレ(GOLEM)を搭載すればいいんだ。私ひとりで対応することもなくなる」

「ご冗談でしょう。敵のシステムをコピーした粗悪品を載せるなんてこと……ホホホ、優雅ではありませんわね。大体……バングは紅椿ほど最適化されてはいませんの。所詮は試作品。後継機ほどこなれてはいません」

「同じクアッド・コア機なのによく言うな。『アレ』は篠ノ之束が最初に作った駆動システムを再構築したにすぎないんだ。白騎士の血脈を受け継いだ、まっとうなシステムだ。コピー品だなんて決めつけるな」

 

 主AIの話を信じるならば。もちろんマドカはAIの言動を論拠とするのは乱暴だと自覚していた。

 

「……マドカさん。軽々しくクアッドなんて言葉、口にしてはいけませんわ」

「ダーシもデュアル・コアだ。お互い様じゃないか。そんなことも公表しないあの狂人は、篠ノ之束はうそつきだ」

「おやめなさい。どこで()()が聞いているかわかりません。殺しても殺してもわき出てくる……まるで、……いえ、わたくしとしたことが」

 

 サイレント・ゼフィルス・ダーシはISコアを二基搭載している。マルチコア機はシングルコア機よりも処理能力が優れる代わりに、搭乗者を容赦なく選別する。IS適性があっても起動する確率は多く見積もって()()()()()()()()()だ。

 マルチコア搭載ISは存在しないことになっており、供給先も自然と限られてくる。マドカは亡国機業(ファントム・タスク)の関連施設で教育を受けたことで搭乗者として認められた。存在しない機体を扱うため、偽造された身分で生活することは承知のうえである。

 ケイトリンは口がすぎたと思い、話題を変えようとした。

 

「隊長には?」

 

 マドカが申し訳なさそうに肩をすくめた。

 

「報告済だ。……やつらに実座標を盗られたことも。ISコアは互いに繋がっている。一度でも実座標を知られたら、ずっと追尾される」

 

 マドカの発言には重みがあった。彼女自身、ずっと銀の福音を監視してきたからだ。

 サイレント・ゼフィルス・ダーシはGOLEMシステム搭載によってサイバー戦に適応している。マドカは搭載AIの言うとおりに操作した結果、世界最高峰と謳われた「銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)」の防壁を易々と突破してしまった。

 

「さっきベロニカと話をしていたのは、そういう」

 

 ケイトリンが話の途中で首を振る。

 

「いいえ。安心してくださいまし」

「……そうか」

「座標が知られたところで状況は変わりませんわ。彼らが米軍に通報しても、その情報は握りつぶされます。わたくしたちがここにいることは、最初から米軍上層部の知るところです」

 

 聞き捨てならないことを耳にして、マドカはケイトリンの顔を凝視した。

 

「彼らが行動に出ることは決してありません。植民地としての歴史を持つ国家は、すべからくわたくしども(ファントム・タスク)に協力してくださいます。……そうですわね。アメリカ合衆国も元を正せば植民地。潜水部隊を提供した南アフリカも植民地。ファントム・タスクは彼らそのもの。わたくしたちを保護してくださいます。理由は、おわかりになりまして?」

 

 ケイトリンが何食わぬ顔で告げる。亡国機業の荒事師が南アフリカ国防海軍の潜水艦に乗り、潜水艦母艦の協力のもとはるばる太平洋まで来た。

 大それたことをしている、と自覚があった。

 マドカが座乗する攻撃型原子力潜水艦「ズールー1」は南アフリカ国防海軍籍である。艦長はウォーレス・インピシ国防海軍大佐。

 この艦は順調にいけばフランス海軍に配備されるはずだった。ドイツ海軍のU-39に対抗すべくセラミック船体を採用することで画期的な潜航性能を期待されていた。しかし、シュフラン級導入が公表された後、国際社会にISが登場したことで歴史から姿を消した。フランス政府は多額の違約金を支払って開発を断念。廃棄が決まった潜水艦を購入したのが南アフリカ共和国である。

 七〇年代から八〇年代にかけて、南アフリカ共和国は名の知れた反政府組織の指導者を立て続けに処刑している。影響は計り知れず、国際的な非難が高まったことで経済制裁解除が一〇年遅延したとも言われている。失われた時間のなかで原子力・核開発が積極的に推進され、アフリカ非核兵器地帯条約は未だ発効に至っていない。

 さらに白騎士事件にまつわる偶発戦闘で米国の影響力が低下。南アフリカ共和国は頃合いを見計らうように、タスク社経由で一隻の潜水艦を購入している。国際社会に復帰し、体制移行期の危機的混乱から脱したばかりでは当然のことながら支払い能力が不足していた。そこで窮余の一策として暴挙に出る。管理を委託するという体裁だが、Safari-4など原子炉群がひしめく一帯を民間企業に売却。現在、南アフリカ共和国の一部地域・企業・自治体、そして周辺諸国は亡国機業のフロント企業から電気を買っていた。

 

「……知らないぞ。そんなこと」

「あら、常識ですわよ」

 

 マドカが言葉を選んでいると、ケイトリンが大きくため息をついた。

 

「いけません。雇用契約を結んだ以上、雇い主のことをよく知らなければなりませんのに、本当に、マドカさんは手のかかる子ですわ」

 

 ケイトリンは豊かな金髪を指先で弄びながら、少し垂れ目になって何度も頷いている。

 マドカは未だに新参者だと勘違いされていることに内心むっとしながらも、感情を露わにするつもりはない。一度他のメンバーの前であからさまな態度をとったとき、いいようにあしらわれたのをずっと根に持っていたのだ。口では隊を率いるリモ・ワンやリモ・ツー、ケイトリンどころか、一番年が近いアロウヘッド隊のアヤカにすら勝てない。

 マドカは気だるげに顔を背ける。これ以上話すことはない、と意思表示をしたつもりだった。

 指先が当たって、視線を引き戻される。また肌に触れてきたのか、と怒鳴ろうかとも考えた。が、ケイトリンの匂いが鼻先をかすめ、一歩離れた場所にある青い瞳に気づく。

 ――また、弄ばれた。

 どっと疲れが出た。ケイトリンが腰を上げるのと同時に意識を手放してしまった。

 眠りについたとはいえ、完全に休眠状態へ誘われることはなかった。意識の表層に展開していたコア・ネットワークにつかまってしまった。

 友人の姿を模した副AIが近づいてくる。ふらついた足取り。頭に白い包帯を巻いていて、体中が擦り傷だらけになっている。「しゃるるん」と描かれたオレンジ色のTシャツが土で汚れていた。

 ――待った。

 副AIは主AIと比べて明らかに性能が劣る。GOLEMシステム付属のAIカスタマイズキットの出来が悪いためだ。予め用意されている性格モデルにも問題があって「もっぴい」一択ではどうすることもできない。セシルちゃんを参考に、外見や性格を友人のシャルロットに似せようとした努力も虚しく、結局もっぴいの雰囲気を残す結果に終わってしまった。

 

「うううう。マドカ、ごめんよう」

 

 副AIが木の枝を杖代わりにして体を引きずっている。

 さらにその奥。マドカは目つきの悪い二頭身がハンディカメラを構えているのを見てうんざりした。

 以前はやたらと態度の大きな二頭身が出現し、しゃるるんに土下座を強要していた。そのころと比べればおとなしくなったといえる。

 副AIがマドカの眼前にたどり着くや寝転がって四肢をばたつかせた。

 

「マドえも~ん。セシルちゃんがいじめたあ」

 

 道理を知らぬ子供が駄々をこねるように、ごろごろと転げ回る。出来の悪い子ほどかわいいと言うが、マドカの反応は冷たかった。

 

「……バカにされた気分だ」

 

 動きがピタリと止まる。背中を向けた副AIに、目つきの悪い二頭身が入れ知恵するのを聞いてしまった。

 

「そろそろセシルちゃんが戻ってくる頃合いにゃ」

 

 副AIは飛び起きるなり、ひどくうろたえた様子でマドカにすがりつく。

 

「今の、セシルちゃんには言わな」

「手遅れ……」

 

 副AIの額から脂汗が吹き出す。いつの間にか白く透き通り、丸みを帯びた手が肩におかれている。急に激しくせきこみだしたのを後目に、サイレント・ゼフィルス・ダーシの主AIが姿を現した。

 

迂闊(うかつ)でしたわね」

「あわわわわわわ」

「あなた、いけませんわ。田羽にゃに指摘されて初めて気がつくようでは、いつまで経っても仕事を任せられません」

「わわわわわわわ……あわ」

 

 オレンジ色のTシャツが汗でぐっしょりと濡れて「しゃるるん」の字がゆがむ。真っ青な顔で千鳥足になった。カメラを回す二頭身に手を伸ばしてみたものの避けられてしまい、頭から倒れ込む。それきり動かなくなった。

 田羽にゃさんがカメラを脇に置いて副AIを仰向けにした。白目をむいて気絶する姿を見下ろして、主AIことセシルちゃんが深くため息をつく。

 マドカはセシルちゃんの姿に微かな居心地の悪さを感じていた。いましがたケイトリン・アクトロットと会っていたのだ。もしもケイトリンのドレス姿をそのまま二頭身化したものだと説明を受けたら納得してしまうだろう。ケイトリンとセシルちゃんの元ネタは瓜二つだった。

 セシルちゃんが決まり文句を口にした。

 

「わたくしに元ネタは存在しませんわ。名前を出せないあのお方と似ているのは偶然ですわ。ぐ・う・ぜ・ん」

 

 マドカがフランスにいた頃、雑誌に掲載された彼女(セシリア)とオルコット社の特集を何度か目にしているので、セシルちゃんが言わんとすることはおぼろげながらわかる。国際的な組織である亡国機業(ファントム・タスク)と言えど、オルコット社相手に訴訟(ケンカ)したくはない。

 亡国機業の取引先のひとつに、独グレーフェ社の名がある。ドイツのVTシステム更改に携わった企業であり、IS兵装の解体廃棄業務も請け負っている。

 兵器メーカー各社がIS競技用として認可をもらうため、国際IS委員会に提出した武器群はIS学園に送られるか、送り返されるのが常だ。もちろんその場で解体され、廃棄処分になる装備も存在した。独グレーフェ社はその事実に目をつけ、手を加えることで廃棄された部品を再利用していたのである。

 サイレント・ゼフィルス・ダーシが使用する兵器群は無線誘導兵器を除いて本物と同じだった。その中にオルコット社の刻印を消した部品も含まれていた。いたずらに争って暴かれたくない事実を知られるのは避けたかった。

 

「マドカさん。何を吹き込まれたかは知りませんが、仕事以外でしゃるるんの言うことを真に受けてはいけませんわ。信用がおけるのはわたくしと穂羽鬼さんくらい。……そこでカメラを回している、田羽にゃなんてもってのほか。白式の写真を回し見するような輩が役に立つとは、口が裂けても言えませんわ」

 

 死人に鞭を打つような発言だ。副AIがこっそり写真を集めていたのは事実で、もっぴいの集合写真がポケットからはみだしていた。

 マドカが倒れた二頭身に歩み寄る。屈んでから集合写真を手元に引き寄せた。

 

「他人の物をのぞく趣味はない……が」

 

 穂羽鬼くんがもっぴいたちとスクラムを組んでいた。別の写真には緑色のサマーベッドに寝そべるもっぴいたちの姿。マドカは写真に映った張り紙に目がいった。

 

()()()()()()……紅椿がそんなことしたら何も残らないじゃないか」

 

 仮に紅椿とバングが戦ったとする。レベルアップした紅椿なら三分くらい保つかもしれない。しかし省エネ運転ではお話にならない。ベテランなら鎧袖一触だ。

 

「マドカさん。留守中、変わったことはありましたか?」

 

 マドカは白鍵のことを話す。荒事師として生計を立てるにあたって、セシルちゃんは良き相談役だ。そしてサイレント・ゼフィルス・ダーシの運用には欠かせない存在だった。

 

「データを分析して後ほど提出します。ISコアの自己防衛機能の見直しもあわせて行いますわ。……本来は、しゃるるんのお仕事ですけれど」

「助かる。私は今度こそ、本当に寝る」

 

 

 




今後AIネタは封印します。(展開上やむを得ない場合を除く)

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