IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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この話は没になった湯煙温泉第一話を再利用したものです。
そのまま載せると時系列が狂うので、強引に冒頭と最後の部分を付け足し「港にて」と同時期の話としました。



間話・黒い世界

 島に辿りついた時点で、剣道部の先輩方から様子を心配するメールが届いた。メールの内容は不可解で、はじめはいたずらだと思ったが、共に行動していた鷹月静寐の言葉で思いとどまった。静寐にも顔見知りの上級生から心配の連絡があったという。

 新聞部が臨海学校用に立ち上げた特設ウェブサイトには、すでに文化部による写真解析データが投稿されていた。

 文化部の面子は早々にトーナメントから脱落しており、暇だったのだ。

 リンクを辿ると写真班のアップロード先だった。箒は桜たちに神水を振る舞ったことを思い出す。

 ——一応、言っておくか……。

 なるほどラウラの精勤ぶりには目を見張るものがあった。欠かさずメモを取ったり、測定器を用いてデータを取得したりしていた。

 本人に知らせるのは気の毒に思って、今まで言わなかったのだ。

 

「ボーデヴィッヒはいるか」

 

 ラウラは持参していた小型端末に投影ディスプレイをつなぎ、空中に手を踊らせていた。あたかも聴衆がいるかのごとき振る舞い。楽曲を奏でているとさえ感じた。

 ラウラは手を止め、投影ディスプレイのスイッチに触れ、点灯していた画面が消えた。

 

「篠ノ之か。どうした」

 

 眼帯を取り去ったまま振り返った。机にカメラが安置されていて、周囲に折りたたまれたメガネ拭きとブロアーが転がっている。

 

「写真のことなんだが」

 

 言って、やはり躊躇した。待っていたと言わんばかりに金色の瞳が輝いたのだ。

 なんだかウズウズしているようにも見て取れる。

 

「……どうしてボーデヴィッヒが写真班なのだ。この前聞きそびれたんだ」

 

 箒は切り出す機会を求め、当たり障りのない話題を振った。

 

 

 

 

 

 

 生徒会が製本したという冊子は低白色のザラザラとした紙を使っており、いかにも手製という雰囲気である。表紙には旅のしおりと書かれていて、現地語(日本語)の役割分担表に自分の名前が記されていたので俄然(がぜん)やる気がわいた。

 

「旅で見聞したこと、感じたことをまとめて作文(レポート)にするんだ。あとで皆の前で発表するから。メモや写真を残しておくといいな。カメラがなければ携帯端末でもよいし、新聞部のデジカメを借りてもよい。もちろんこの機会に自分でそろえてもよいだろう。借りるならこの場で言ってくれ。(まゆずみ)に持っていかせるから」

 

 千冬が脚を組み直し、向かいの席に座る同僚に目配せする。副担任が袖机から取りだした申請用紙を差しだした。

 

「申し出は嬉しいのですが、せっかくなので自分でそろえるつもりです。大尉……ハルフォーフに頼めば、疎漏なく段取ってくれるでしょう」

「そうか? ならばボーデヴィッヒの気の済むようにやってくれ」

「はっ! ありがとうございます!」

 

 踵を打ち鳴らし、直立の姿勢から身体を傾ける。礼をするときは元気よく言い放ち、頭を下げる。

 その姿を見かけた教員はみんな彼女に注目した。

 しおりを小脇に抱え、ちょっと脚もと軽く退室する。姿が見えなくなると涼やかな風が吹いた。

 

 

 

 

 

 

 クラリッサ・ハルフォーフ大尉は期待通りの働きをした。彼女が属すシュヴァルツェ・ハーゼは軍隊の一組織なので計画の立案・遂行はお手の物である。

 彼女はドイツ連邦軍特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼの隊長代理だ。海軍の軍医中将を父に持ち、母は戦力基盤軍の将校でもある。

 最新技術を取り入れることに積極的な家風で、よくも悪くも柔軟な思想を持っている。身の回りによく気がつく女性で、浮き世離れしたところのあるラウラにとっては、欠くことのできない存在だった。

 

「操作方法はひととおり頭に入れたぞ。思ったより軽いな。私でも扱えそうだ。よい機種を選んだな」

 

 ラウラは試しにクラリッサをフレームに入れた。同行していたエリーゼ・ワイゲルト中尉のパフェを頬張る姿も撮影する。

 エリーゼはドイツ国内において最も知名度の高い特殊部隊凶鳥(フッケバイン)に属している。凶鳥(フッケバイン)隊は国家代表を擁すエリート部隊でもあった。

 カノーネン・ルフトシュピーゲルングおよび列車砲モンストルム輸送のため日本に派遣されていた。

 精確なIS操縦技術もさることながら、ラウラと共通の趣味を持つことこそ任務に命じられた最たる理由であろう。

 エリーゼがカバンから白い紙包みを取りだした。

 

「少佐。こちらをどうぞ」

「ワイゲルト中尉、それにクラリッサ。これは何だ?」

 

 ラウラは首を傾げ、訝しむような目つきになる。

 

「カメラとは別に、入手するよう依頼があったものです」

 

 しばらくのあいだ、合点がいかぬ顔つきだった。急に相づちを打って驚いた口調で言った。

 

「忘れていた! そうか! 水着だったな!」

「少佐のことです。ISスーツで泳げばいいと考えていたのでありませんか。われわれに頼んでくれたときは本当にうれしかったんです。……もしかして、見せる相手が見つかったとか……」

 

 クラリッサは色恋沙汰が絡むと余計な一言をつけ加えたがる。妙な妄想を膨らませる姿を無視して、エリーゼに詳細を聞く。

 

「して、選んだのはどっちだ?」

 

 エリーゼが隣を指さし、クラリッサが後の言葉を引き継いだ。

 

「聞けば、学園には指定の水着が存在しないというではありませんか。夏の風物詩を用意させました。ぜひ少佐に身に着けてほしいのです」

 

 二つ返事で受けとったラウラは紙袋を止めたテープを丁寧に剥がして、中を確かめる。

 

「日本の女子高生は斯様(かよう)に不思議な水着を着る。……というのがクラリッサの言い分だったな」

 

 だが、同級生は、自信満々にアイスコーヒーをすするクラリッサと袋とを交互に見やる。

 

「旧スクは宝物です。紺色のスクール水着に仮名で『らうら=ぼぉでびっひ』と拙い字で書かれている。素晴らしいコントラスト。日本人は侮れません。天才ですね」

「だそうだ。篠ノ之」

 

 ——私の常識を試しているのか……?

 篠ノ之箒はどこから指摘してよいのか困惑してしまう。行きの電車まで一緒だった、やたらと騒がしいポーランド人を引き留めるべきだったと悔しがるが後の祭りだった。

 クラリッサが日本語を解するとはいえ、認識を改めさせるのは至難の技に思えた。

 

 

 

 

 

 

 室内を流れるイージーリスニングを聞きながら、クラリッサが髪をかきあげた。隣席のエリーゼに目配せしたあと、急に思い詰めた顔つきになって切り出す。

 

「少佐、実は……受け渡し場所に川崎を選んだのには理由があるのです」

「どういうことだ。話してみろ」

 

 カメラを弄んでいたラウラが続きを促す。年上の副官が鞄からタブレット端末を取りだし、それをテーブルの中央に置いた。

 横合いから箒が両手で持ってみると、地図アプリが起動した。アプリは隣の駅である「川崎大師駅」の周辺を表示しており、神社仏閣の地図記号の傍に白い吹き出しが浮かんでいる。

 クラリッサは周辺地理の下見を終えていたらしく、手書きのイラスト入り地図を脇に置いた。

 顔を見合わせるラウラと箒。クラリッサは景気づけに扇子を取りだし、閉じたまま自分の前に置く。

 彼女は口上を用意していたらしく、緊張の汗をぬぐってから話し始める。

 

「全国津々浦々、日本国内には様々な祭りが存在します。なかでも奇祭を執り行うとして伝え聞き、ぜひ、ぜひとも行ってみたいのが……ここです」

 

 クラリッサが手を上げ、店員を呼び止めてアイスクリームを注文した。ラウラたちの前に運ばれてくる。箒がおずおずと口に入れると、絶品だった。

 

「ご同道願いたいのです。……というのも、少佐は知っていると思いますが……近々結婚することになっていまして……あ、その、例のフランケンシュタイン少佐とです……婚約してますから、まあ、その、子孫繁栄に関するあれやこれやを八百万のカミサマに祈りたい、わけなのです」

「同棲はしないのか」「なっ」

 

 箒があわてて口を押さえる。

 ラウラの口から「同棲」なる言葉が飛び出すとは思わなかった。結婚の前に同棲することが多々ある、と本やテレビで目にしていたことはある。性の話題には興味こそあれ、箒から口にすることは憚られた。

 だが、ラウラは箒とは違う。

 ラウラは特殊な環境で育ったせいか羞恥心という感情が欠けている。プライベートな空間では全裸が当然だと思っていたし、直裁な言葉で皆を絶句させてしまう。箒が一夏としたい、されたいことを事細かに語られたときには羞恥で頭が狂いそうになったほどだ。

 その手の知識に(こと)のほか詳しいのだ。しかも大人の男性から直接聞いたとおぼしき失敗談にも詳しい。経験豊富なお姉様方のアドバイスを貪欲に吸収しており、捕縛術に一家言持っている。流石、篠ノ之流捕縛術織斑派の免許皆伝というべきなのだろう。あるいは、その実たくさん経験しているのか。箒は信じたくなかった。

 アイスクリームを平らげたとき、話は決していた。

 

「それほど珍しい場所なら行こうではないか。もちろん、篠ノ之も行くだろう?」

 

 

 

 

 

 

「昼食の前に参拝を」

 

 箒の提案に皆が従った。日本人でかつ同級生が案内するとなればラウラたちにとって心強い。

 目的地は若宮八幡宮である。大鷦鷯尊(おおさざぎのみこと)(仁徳天皇)を祭神とし、境内社には金山神社、金森稲荷神社、大鷲神社が祀られている。

 路を一本間違えたのか、幼稚園の前を横切って左に回る。紅いのぼりに黒く染め抜かれた金山神社という文字が見える。箒は「金」と「奉納」の間に見えた絵を頭から焼き消して鳥居の前で一礼する。

 幼い頃に躾けられた仕草だ。

 鳥居をくぐって話し声が聞こえなくなったので、脚を止めて振りかえる。

 ラウラたちがひとしきり感心しているところに、箒が呼びかけた。

 

「どうした。入ってこないのか」

 

 真っ先にクラリッサが頭を下げた。エリーゼ、ラウラが後に続く。

 

「神域に入る前のちょっとした挨拶(あいさつ)なんだ。神様は(けが)れを(いや)がるんだ。そこの手水舎でちょっと清めるぞ。なに、私がやり方を実演してみせるから真似するといい」

 

 手水舎に案内されて、ラウラたちは慣れない動きながら柄杓を持って右手、左手と交互に浄める。柄杓を右手で持ち、左手で水を受けて口をすすいだ。最後に口をつけた左手を浄め、手巾(ハンカチ)でぬぐった。

 

「よし、行くぞ」

 

 と箒が言う。

 小さい神社だからすぐ終わるだろう。

 ご神体は黒光りしてなお臨戦態勢を保っている。箒は焦点を合わせないようにする。

 だが、クラリッサが新品のカメラを取りだし、おもむろにシャッターを切った。

 その後、皆で賽銭を投げいれ、神様に願い事を捧げる。

 婚約者がいるクラリッサだけ手を合わせる時間が長かった。

 

「目的は達したな。では、帰ろうか」

 

 去ろうとした箒だったが、手首を掴まれてしまう。ラウラは手首を捉えたまま、ある場所を指さして告げた。

 

「あそこに知った顔がいるぞ」

 

 

 黒塗りのモニュメントにさんさんと陽光が降りそそぐ。

 歪んで見える碧空がまぶしかった。根元付近に縄がかけられ今年の絵馬が結ばれている。

 いくつか読むと、七五三や子孫繁栄、子宝祈願とある。数人の少女が絵馬を手にとって、遠足のようにはしゃいでいた。

 遠くから眺めていたラウラは顔をしかめる箒を半ば強引に彼女たちの前に引っぱっていく。

 

(愛してる)

(愛してる)

 

 少女たちが芝居がかった口調で言い合った。真ん中で背が高く碧い瞳の女がゲラゲラ笑った。

 

(ほんとう?)

(ほんとうさ)

 

 近づくにつれ、男役がクラスメイトだとわかった。女役は三組の生徒だ。名前は確か……。

 

(僕のために服を脱いで)

(脱ぐなら海に行きましょう。泳ぎましょう)

(わかったよ。泳ごう。君と一緒に。だから産まれたままの君を僕に見せてよ)

(私はそんな女じゃないわ)

(じゃあ、ゲームに負けたほうが脱ぐことにしよう)

 

 それからすぐふたりはジャンケンをするべく大きく振りかぶった。いちばん露出が多い服装の碧い瞳の女がけしかける。

 

「よしきたっ。オレも一肌脱ぐゼっ!」

 

 推定Fカップの巨乳を下からすくい上げ、腰をくねらせる。一〇センチ以上あるピンヒールのためか若さと色気を兼ね備えた肉厚な尻肉が蠢く。

 うなじで束ねた金髪が揺れ、腰を揺らしながらシュシュに手をかけて引っ張り抜く。「わーっ、わーっ! 場所をわきまえてくださいよ、ダリルさんっ」と、聞き覚えのある声がした。

 だが、ダリルと呼ばれた少女に抱きすくめられて手で口を塞がれる。顎を上向けられ、黒目黒髪の割と端正な容貌に焦りの色が浮かんだ。

 

「冗談は……」

「冗談なもんか。オレはいつだって本気だぜ」

 

 彼女は手を振り払い、本気で走って逃げる。ラウラの後ろに回り込み、肩越しに指を差した。

 

「警察、警察を呼んでくださいっ! ここに痴女がいます!」

 

 クラスメイトに違いない。しきりに名前を思いだそうとするラウラだったが、箒のほうが先に口を開いた。

 

静寐(しずね)じゃないか。なんでこんなところにいるんだ?」

 

 箒に気づいて、ひとり距離を置いて佇む鷹月静寐がキョトンとする。

 

「……お互い様です。箒こそ……もしかして、織斑くん関係?」

 

 箒はすかさず首を振った。南から吹いてきた強い風に背を向ける。

 

「そうじゃないんだ。ボーデヴィッヒたちの引率だ。請われて、な」

「ふうん。私のほうは面白そうだったからついてきたんです」

 

 静寐が箒に近寄りながら首をしゃくる。

 

「途中までピウスツキと一緒だったが、静寐たちと合流するつもりだったか」

 

 少女たちの追いかけっこをナタリア・ピウスツキがはやし立てる。

 健康的な素肌の美女がふたり並べばカメラを向けられるのは必至だ。

 まして黒光りするアレの前では。

 

「静寐がいるということは他にもいるのか?」

 

 箒は普段の静寐の行動を振りかえる。しっかり者でちゃっかり者と、ラウラ越しにダリルから逃げ回っている少女から一目置かれている。一組のなかではまとめ役のひとりとして認識されていた。

 静寐が指を折った。

 

「私とナタリアにダリル・ケイシーさん。Kにそこで逃げ回ってるの、あとは……」

 

 静寐はラウラをじっと見つめ、視線に気づいたラウラがレンズを向ける。

 口元に笑みを浮かべ、おみくじの看板へ視線を誘導した。

 

「彼女もぜひ行きたいと口にしていたものですから」

 

 静寐が悪戯を思いついたかのような眼を向ける。

 気づいて、箒は彼女の名を呟いた。

 

「セシリア・オルコット」

 

 

 

 

 

 

 神社に行けばおみくじを引くことができた。

 訪れている神社は交通の便に優れていること、奇矯なご神体を祀っていることもあって参拝客に事欠かない。境内は真昼の日ざしに照らされ、地面が白く乾いている。しっかり熱されて陽炎が立ち上り、水をまいてもすぐ蒸発しまうのだ。桜の樹に蝉が止まってじっと動かない。蝉たちも暑さに参っているのか、なんだか声が弱々しい。

 セシリアはおみくじの前でしょげかえって動かない。おみくじを望む参拝客を応対した宮司見習いがずっと苦笑を浮かべていた。

 

「もう一回。もう一回ですわ」

 

 一〇〇円と引き替えにくじを引く。二回目だ。セシリアは主に祈る。指先が震えた。

 竹棒の先端に記された漢数字を読み、宮司見習いが紙片と交換する。それからセシリアが売り場から離れた。

 恐る恐る紙片を広げ、小さな文字をのぞき込む。

 がっくりと肩を落とした。見物していた鷹月が近づいて紙片を抜き取ると、箒らの目の前に掲げた。

 

「凶」

 

 箒が言うと、ダリルと彼女から逃げ回っていた少女が脚を止め、怪訝な表情つきになる。

 

「凶? 神道のおまじないか」

 

 ラウラがセシリアと目を合わせないようにしておみくじを手に取る。

 陽の光に背を向けて、書かれた仮名交じり言葉を読んだ。

 

「思ってもみなかった人と出会う。今まで意識してこなかった人物が好意を表に出す。好機を逃すべからず。旅先で水難。……で、合っているか」

 

 セシリアが輪のなかに入ったとき、皆目を細めながらクスクス笑った。最初に引いたおみくじを公開したからだ。二度も続けて凶を引くなんて、と珍しがった。

 セシリアはラウラの指から凶のおみくじを抜き取って、結び紐の前に向かい、しばらく逡巡してから二枚とも財布に入れた。

 

「オルコット」

「あら箒さん。ごきげんよう」

 

 セシリアが財布をしまって軽く頭を下げる。

 頭をあげると、茶化そうと感性をあげていたダリルと心なしか後ずさったラウラを交互に見やった。

 クラリッサがたじろぐラウラの姿を残そうとシャッターを切った。

 

 

 

 

 

 

 鳥居をくぐって神域を抜けた。ダリルが箒に話しかけ、ラウラを指さした。

 

「篠ノ之。そう、お前さんだよ。なあ、最近の女子は眼帯が流行っているのかい?」

「質問しながら胸を揉まないでください。ケイシー先輩」

 

 ほとんど初めて話すにもかかわらず、十年来の親友のような口ぶりのダリルに、箒は距離感を掴みかねていた。

 ダリル・ケイシーはIS学園三年次のなかで唯一ISを保有する生徒だ。アメリカ合衆国の代表候補生にしてタスク・アメリカーナ社の看板を背負っている。搭乗ISはヘル・ハウンドVer.2.5。最近では後発のGHI(ゼネラル・ヘビー・インダストリー)社から技術供与を受け、Ver.3系へのロードマップを発表したばかりだ。

 

「つうかさあ、反則だぜ。お前さん、本当に日本人か? 入学してからもうワンランク上がってるじゃねえか!! 日本人はもっと慎ましやかにしているもんだって思ってたんだが、なあ、あんたもそう思うだろ?」

 

 ダリルが仏頂面だったラウラの肩を抱いた。「あっ少佐」と、クラリッサがびっくりしたが、ラウラは丁重にアメリカ人の手を払いのけた。

 そして視界が開けていることに気づいて、とっさに左目に手で隠す。

 眼帯はダリルの掌にあった。

 

「初対面の挨拶。気に入ったかい?」

 

 ガハハ、と大口を開けて笑う。眼帯を返してから指を鳴らすと、掌からガラス玉が出てきた。次に、うまそーなあめ玉だーっ、と言ってダリルがガラス玉を頬張る。飲み込んで喉を詰まらせたような手振りでみんなを心配させ、次の瞬間にはケロリとしていた。

 

「どうだい、お嬢さん方。気に入ったなら鞄の中にお代を入れとくれ」

 

 静寐が真っ先に小銭を入れる。釣られて箒も小銭を入れた。

 

「素直な子は好きだ」

「……先輩!?」

「先輩なんて水くせえ。名前で呼びな。何なら様でもいいぜ」

 

 箒は突然のハグに硬直した。ラウラに助けを求めるが、眼帯を直すのにかまけて気づいていない。

 

「……当たってますが」

「張り合いたくなってわざと当てたのさ。オレの自慢の逸品。気持ちいいだろ。もっと気持ちよくしてやってもいいんだぜ?」

 

 そのとき、鷹月が肩をたたいた。駅に辿りついたと知らされ、ダリルが身体を離す。

 箒が赤面して咳払いをした。

 

「冗談はほどほどにしてくれ? おい、ピウスツキ、この人、いつもこんななのか」

「そん通り。滅多にお目にかかれんけん別嬪や。ばってん中身は親父っちゃ」

 

 箒は尻をなで回された。

 

「ひゃあっ」

「ヒヒヒッ。良い声で鳴くねえ。篠ノ之。オレの女になれよ。……おっと」

 

 ダリルは冷たい視線を向ける下級生を抱きすくめる。必死に抵抗する姿を目にして、何度も「冗談。冗談。浮気したりしねーよ」とつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

「これがそのときの写真だ」

 

 回想を終えたラウラはダリルや箒たちを写したデータを見せた。

 特に問題はなかった。せいぜい仲間内で撮ったスナップ写真という評価だ。

 パトリシア・テイラーら文化部の面々が問題とするほどの写真ではない。

 ——楽しそうだな。

 眼帯をつけるのを忘れて嬉々とする姿に心が傷んだ。心霊写真のことを話すの止そう。自分がすっとぼけておけば問題ない。実際、害のある念は写っていないのだから。

 

「時間を取らせたな。宿舎に行ったらもう一度見せてくれ」

「ああ、もちろんだ。とっておきのやつがある」

 

 箒は笑って背を向けた。

 ひとりになったラウラはカメラの筐体を手に取り、去りつつある箒の後ろ姿を捉えた。

 そこに写っていたのは——。

 

 

 


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