これにて、この妄想話は完結です。
ガルパンって予想以上に想像力を鍛えさせてくれるんだなあと、しみじみ。
ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます。
その日、西住流家元・西住しほは一通の郵便が実家の郵便受けに入っている事に気付いた。
手に取り、封を開け、内容に目を通す。
その内容は、あえてオブラートに包んで述べると、親善試合をしましょうというものだった。
日本はおろか世界に名高き西住流。是非ともその薫陶を受けたい、是非とも一手ご教授願いたい。西住流家元である、貴女から直々に。
差出人はまだ大学生ながら、その心意気は中々に殊勝な事だ。後進を育てることは、決して悪いことではない。
西住しほはその郵便を丁寧に粉微塵に破り捨て、返事をしたためた。
『全て承認。西住流の名に懸けて、貴様等全員、叩き潰してやる』
古来より、やって来た果たし状への返答はこう書いてあげるのが定石だ。
今よりも若かりし頃、約20年前のあの試合を思い返しながら、しほは満面の笑顔で果たし状をポストに投函した。
「―――まほ」
「はいお母様。……あ、まさか、また映画ですか?シンゴジラが内容・戦車共に良かったからってもう4回目ですよ?
私は構いませんが、みほとお父様なんてもう飽きてます」
「違うわ。
大学選抜チームと、戦車道の試合が決まりました」
「この間、みほ達と共に戦ったあのチームがですか?何ゆえ我が校と…?」
「それは知らないけれど、彼奴らから果たし状が届いたわ。ならば受けて立つのが私達西住よ。
黒森峰を、西住流を薙ぎ払うとのたまうような輩は、叩き潰すのが礼儀。相手は過去最強の相手と思いなさい、まほ。・・・そして、」
己の母が、家族全員と映画を見た帰りの車の中で浮かべる笑顔をしている。満遍なく。跡腐れなく。八雲の間隙からやっと覗いた、満月を見れたような綺麗な顔で。
母が戦車に乗って戦う前は、いつもこの顔だ。
「我が黒森峰の名を、『王者』の名を轍に刻むわよ。必ず」
敵を叩き潰したその跡には轍が残る。そこに決して消えない証を残すのが、我が流派。
「黒森峰女学園機甲戦車大隊 大隊長 『西住』まほ。
元より私はその積もりです」
◇
その日、島田愛里寿は上機嫌だった。
悲願であった、とあるSTGをノーショットで全クリした事もあるが、何より嬉しいのは自分の仲間が伝えてきた情報。
約20年前の戦いの顛末。母達の雄姿。そして、仲間からの提案。
『大隊長。試合をしましょう』
『―――相手は?ルールは?参加車両は?』
『西住流です。殲滅戦です。50両です』
『総力戦。…なるほど』
島田流本家にある自室は、依然変わりなく綺麗に整っていた。棚の中には数多のボコグッズ。IKARUGAと銀鶏のプラモデル。
右手に白剣・左手に黒盾を持つ、大仏のように巨大な鉄の塊。
PCに映るその画面から目を離し、愛里寿は爛々と輝く瞳をした人物達を見つめた。
『……先の大洗との試合で我々は敗北した。島田流に、連敗という二文字は無い。その上でこの素晴らしい提案。よくやった、三人とも』
『感謝の極み』
にこやかな笑みを浮かべ、日本戦車道・大学選抜戦車大隊 大隊長 島田愛里寿は音楽を口ずさみ、歩く。それはどこか和風な、そしてテンポの早い曲。まるで和楽器を、三味線をかき弾くような音。
敵が何者であろうとも薙ぎ払い、強大なあまりにも強大なその力を振るい、相手に敗北の二文字をくれてやる。
『仏鉄塊』と称される島田愛里寿は、今、扉を開け己が母と向きあった。
「―――黒森峰女学園と、戦車道の試合を行います」
「……え?」
書類が乱雑した島田千代の部屋。しかしどこに何を置くかを計算した上でそのままにしている、ある種完璧な室内。
島田流家元・島田千代は自慢の愛娘の言葉を聞き、数回瞬きをした。
より後方を見やれば、そこには我が母校に向かわせた三人が。
―――さては、娘に吹き込んだわね?
「試合ですって?」
「種目は殲滅戦。数は50対50です。
そして今回に限り、この方達の選抜メンバー入りを具申致します」
「…私と、それに貴方達の母親じゃない。一体何の真似?」
愛里寿の後ろに控えていた三名が、横に並ぶ。
部屋の中に仁王立つ四人の人影。その表情に、千代はどこか懐かしさを感じた。……まるで貴族のようだ。
「家元!私達には戦いたい相手がいる!!自分よりも強い奴に!!!
そして、我が母校に在りし日の栄光を!!!!」
「……やっぱりね。あの人が、学園長が貴女達に何を語ったのかは容易に想像できるわ。
でも、それとこれとは話が別。知っての通り、私達の高校時代はもう終わったの。
今は新たな風が吹いてる。貴女達というね。…だから諦めて頂戴」
母校に三人を向かわせたのは、ふと昔を懐かしんだからだった。
迷惑ばかりをかけた現学園長は、壮健だろうかと。
そして未来と浪漫ある今の若者に、どうか自分達のようにはなってくれるなと。
「―――お母様」
「愛里寿ちゃん?」
ふと、目線を下ろす。・・・最近何か良い事があったのか。愛娘は、これまたどこか懐かしい表情でこちらを見上げていた。
―――たとえ急に、たとえ不意に、己が道が途切れたとしても。
その身尽きる日まで、朽ちる日まで、ただひたすらに前へ進む。
その若さ。
知らず。
島田千代は、ポケットに忍ばせていたあの日の写真を軽く握り締めた。
「―――我、生きずして死す事無し。
理想の器、満つらざるとも屈せず。これ、後悔と共に死す事無し」
口下手なくせに、こういう時だけはハキハキとしだす我が娘。一体誰に似たのやら。きっと父親だ。ゲーム好きなところも含めて。
「黒森峰側は快く了承してくれました。あとはお母様が了承して下されば、全てが始まります」
娘の手に持つのは試合開催についての書状。
高校戦車道連盟の理事長と、黒森峰女学園との承認の判が押された書状。
あと必要なのは、大学選抜チームの承認のみ。
『外堀は必ず埋めてから事にかかれ』
愛里寿は母の教えを忠実に守ってきた。今までも、そしてこれからも。
「静かに素早く、か。流石ね愛里寿ちゃん」
「貴女に教わったんですよ」
―――是非戦いたい。母が勝てなかった相手と。その相手が育てた戦車隊と。
我が母と、その友たちの名誉の為に。
そしてこの胸を貫くスリルをただ追いかけて、走り続けたい今日も。千代を見つめる四人は、その瞳に蒼く輝く炎を宿していた。
まるで魔物だ。されどそれでいて、彼女達は気高き者。
そう、まるで、まるで・・・、
『―――我ら四人!四魔貴族!!』
「………、私も年ね」
よる年波には誰も勝てないものなのか。
ふいに、思い出したくも無い事を思い出す。老いとは人生のスパイスで、劇薬だ。絶対に毒にしかならない。
「でも駄目よ、四人とも。許可なんて絶対出しませ――」
「お母様。そして、こんなメッセージも頂いております」
「何ですって?」
娘が更に取り出したる一通の郵便。渡されたそれの封を切り、文面に目を通す。そこには在りし日の大洗女子学園戦車隊副隊長の名前と、試合参加了承の旨が書かれていた。
そして各人一言ずつの言づて。
―――お待ちしております。
―――野暮な事は言いっこ無しです。
―――誰も私達に追いつけない。
そして、20年来会っていない親友の、
―――時には、昔の話を。
短いが、それが全てだった。
毒は薬にもなるという。
言葉にできない想いが、毒に犯された島田千代の心さえ熱くさせた。たとえ20年経とうとも、彼女らは言うなれば運命共同体。
遥か遠くにいても、互いを頼り、互いを庇い合い、互いを助け合う。
だからこそ、これまで戦車道を続けて生きてこれた。
…心の何処かで、千代は今も信じている。あの日の絆、あの日から続く強い想い。 皆同じ夢を探し続けていると、今も。今も。
『―――今の自分を理解できれば、それでいいじゃないの』
「………。成る程分かったわ。もう一度ケリをつけましょう、皆」
笑みを浮かべる、元大洗女子学園戦車隊 隊長 島田千代。
その娘と後輩は、浮かべる笑みを一層深める。
カサリと。
机に積み上げられた書類が五枚、宙を舞った。
◇
『―――卒業おめでとうございます。そしてさようなら、千代さん。皆』
『魔炎長!離れていても私達は、どんなときでも!!』
『貴女と共にいるわ!!!』
『また会いましょう、好子』
卒業と共に、親しかった者達とは疎遠になるもの。
まるで風が変わるような、乾いた空が泣くような。
『―――もう会う事はないでしょう』
それ、と口笛吹けば、誰にも届かぬため息だけが己にかかる。
どんなときでも私は独りだ。
誰にも拭われない涙が、こぼれ落ちる。それが証明だ。
『・・・・好子さんッ!』
そして震える手を、誰かが掴み―――。
◇
その日、
大洗女子学園学園艦のとある店に、異変が起きていた。一人娘は独白する。
―――今日は肌がいやに乾燥する。…口の中も?
例えるならそれは人間の出す熱気。気配。赤く輝く魔炎のようなイメージ、想像。秋山優花里はそれを強く感じていた。
「お母さん。…どうしたの?」
己のカンを信じて進み、今朝から様子が変だった母へと至る。
父に髪を切ってもらっている母が、今や一目瞭然と言えるほど異質な空気を醸し出している。
常に優しい笑みを浮かべている自慢の母だけれど、見ればほんの僅かだが震えてもいた。
…あれは武者震い?
「―――ごめんね、優花里。
お母さん、ちょっと出かけてくるわ。お父さんをよろしく」
「出かけるって……。今日は黒森峰と大学選抜チームが戦車道の試合をする日だよ?皆で観戦するってお父さん言ってたんじゃあ……」
「優花里。今日はいいんだ」
「え?」
いつもの店内。いつもの散髪風景。
秋山親子はこの店が大好きだ。依然変わらず、自分の癖毛を褒めてくれる人がいる。
どんなときでも、ここが自分の還る場所。
「―――お父さん。では、行ってきます」
「楽しんでおいで。貴女の無事を祈っているよ」
秋山淳五郎は妻の手を握り、つないだ。
その姿に、秋山優花里は心底不思議がっていた。
◇
戦車戦の全てがここにあるといっても過言ではない、東富士演習場。
ここに、古からの戦車道ファンならば万感の想いが募るであろう光景が広がっていた。
曰く、必殺。
曰く、必中。
曰く、必達。
曰く、必至。
各々上から順に、魔戦士公。魔龍公。魔海候。魔炎長。
かつて高校戦車道界を震撼せしめた、泣く子も黙る四魔貴族が、今ここに再臨した。
「―――やっと来たんだな、この日が!」
「復活した我が母校の戦車隊が活躍する間、幾度となく20年前のあの試合を思い出したわ」
「私達の、ただ一度の敗北!
誰も追いつけないはずの私達が、数の暴力に敗れたんだ!!」
「この20年の間、あの日を忘れた時は片時もありませんでした。
でも、今日でそれも終わるんですね……」
万感の想いと共に、太陽が煌々と戦車を照らす。
「では! 我ら四魔貴族の復活の舞台へ!!!!」
上がるテンション、昇るボルテージ。
いい歳をした女性達が在りし日を思い返しながら奮起する。
端から見れば、超・恥ずかしい。
「……ねえ、いい加減止めない?
娘達の前で恥ずかしいんだけど」
久方ぶりにパンツァージャケットを羽織り、
千代はかつての同級生に向かってため息混じりに気恥ずかしさを口にした。
―――歳を考えなさいよ。もう若くないのよ?私達。
自身が立つこの荒野に、風が吹き荒れる。これから嵐が来るかもしれない。
思えばあの日も、こんな風だった。
「何言ってるの島田隊長!!このノリがいいんじゃない!」
「こういうテンションも、悪くはない!」
「まるで20うん歳若返ったような気がするー!ハハハハハ!!!」
ついに千代は、両手で頭を抱えた。こいつ等ときたら、まるで変わっちゃいない。…彼女達を見ていると、島田流家元として大人らしくクールに振舞っていた自分が遠ざかっていく気がする。
千代は目線と足をずらした。あの日袂を分かった、一人の友の所へと。
「若返る?ええ、それは私もです。
もう何10年も戦車に触っていなかったのに、年甲斐も無く気分が高揚します。
―――久しぶりに味わうスリルですッ!千代さん!!」
燃え盛るような綺麗な癖毛を掻き上げ、魔炎長は笑った。
ああ好子、貴女(お前)もか。
「ええい!ドジるんじゃないわよ好子!!いいえ、魔炎長!
・・・・しかしずいぶんと久しぶりね。元気に、してたかしら?」
「一人大洗の学園艦に残ると言った時、とても心配したんだぞ!?
私達は大学に進学して戦車道を続けたけれど!」
魔炎長を除く四魔貴族達と千代は学園艦を離れ、大学に進み戦車道を続けた。そして一時は富士教導団に所属し、戦車を駆った事すらある。
「心配をかけてしまってごめんなさいね。
でもまあ、幸い私には良い人がいたから……」
観客席に目を配る。
あの人と娘は、どこにいるだろうか。
「はッ!この歳で惚気とか!!ホント止めてほしいわー!!!」
「ねえ魔海候。…それ、娘の瀬津名ちゃんの前でもう一回言ってみて?」
「こっちは貴女と会うたびに、旦那の惚気話を聞かされるんだけど?」
「この歳で惚気とか!母さんホント止めてほしいわー!!!
例えるならッ!
ブルーアイズ!カオス!MAX!ドラグォオン!!!」
「…ああもうッ!悪かったよチクショウ!!
でもそれを言うならお前達だって同じだろうが!!!」
笑い合うかつての仲間と、その娘たち。
皆信じているのだろう。今日という日が、素晴らしいものになると。
たとえ勝っても。たとえ負けても。
「―――ねえ好子。
何で今回、この試合に出てくれたの?」
『私は戦車道というモノが何なのか、もう分からない!』
その言葉があの日からずっと引っかかっていた。
果てしなく遠い所へ、彼女は往ってしまう。そんな不安と共に・・・。
秋山好子はあの頃よりも年季の入った笑顔で、千代の瞳を真っ直ぐに見つめた。
そして一枚の写真を取り出す。
「―――時には、昔の話を。
伝えたじゃありませんか。懐かしくなったんですよ、あの頃が」
荒野に吹き巻く風の中、見やれば四人が全員その写真を持っている。……何の変哲もない、学生達の集合写真。涙を流し、前を見据える女傑達。
そう、どんな時でも。
「―――まだそれ持ってたの?老けたわね、貴女達。
ッさ、そろそろ試合開始よ…!」
今の顔は見られたくない。
ポケットにある一枚の写真も。
「…お母様。今回の試合は、」
「大隊長は貴女よ、愛里寿ちゃん。私達は指示に従うわ」
「分かりました。
それでは敵方の右翼に一両だけいるティーガー戦車を、是非薙ぎ払って下さい」
「――――」
娘が何故一両だけ、敵の位置を知っているのか?
何故一両だけ敵は孤立しているのか?
何故皆、そんな良い笑顔をしているのか?
「―――そう、あの女ね。
やっぱり、気に入らないわ」
奴に勝てるのは私達しかいないし、出来ないだろう。
学生では手に余る。あの『王者』は。
「御武運を、お母様方。 我らに摩利支天の御加護あれ」
戦車センチュリオンに乗り込む愛娘と教え子達。
この試合を楽しむ。この試合で、自分達を更なる高みへと誘う。彼女達にとって戦車道とは、生きるとは、そういう事だ。
「戦車道は、乙女を育成する事を目指した武道。
……遅くなりましたが、千代さん。あの頃の私は間違っていました」
「いいえ、遅くなったのは私の方よ。好子。
―――さあ、試合を始めましょう」
漆黒の意思をその瞳に漲らせ、千代は仲間に号令する。
外気は乾燥し、
風は渦潮のように吹き荒れ、
流れる雲は龍の顎へと変わり、
荒れた大地は戦士達を揺すって歓迎した。
―――20年前の続きよ、もう一度ここに。
これは私の2nd IGNITION。
「では命令を。島田隊長」
信じてるあの日の絆。
「我らは四魔貴族!貴女の友にして!!戦車道を究める者!!!」
強い想いは変わらなかった。
「私達が生きている限り、この道に終わりは無いわ!」
まだ終わらないこの旅路。この荒野。
「千代さん。これが私の、私達の戦車道(みち)です!」
五人の、私達の手が繫がる。この手は、もう決して離さない。
どんなときでも。同じ夢を、浪漫を探し続けてる。
「―――いい年したロマンチストどもめ!作戦はいつも通りよ!!
敵を追いかけ、見つけ出して、撃つ!!!
さぁ往くわよ、皆!!!!」
浪漫は続く。
戦車とともに、どこまでも。
「応!!!!いざ薙ぎ払え、パンツァー・フォー!」
浪漫!戦車道物語
『どんなときでも、ひとりじゃない』
オマケ
「―――所でお母様。お母様達が大洗女子学園を卒業して学園艦を離れたの、いつでしたか?」
「ええと…、凡そ20年前だね」
「瀬津名達の年齢は?」
「……凡そ20だね」
「もひとつ質問いいですか。
―――お母様は、今何歳です?」
「……君のような勘のいい娘は嫌いだよ」
女性に、年齢は聞かない事。