四月十八日
ちょっと前までの肌を突き刺すような寒さも、最近ではとても和らぎ、春が来たということをじかに感じ取ることができる。
これぐらい暖かいと、外に出ようという気も出てくるというもので、ましてや街に用事がある俺にとって、外出はそこまで苦ではなくなっていた。
俺は、まえに悠介と待ち合わせした某有名化粧品会社の大きな看板の下で、ポケットに手を突っ込みながらある人物を待つ。
「おそい、」
待ち合わせは午前10時。
この時間は、朝に弱い俺でも余裕を持って準備できると思い設定した時間だ。
なのに現在の時刻は午前10時20分。
まさか、俺をも超える朝寝坊の達人がいようとは、夢にも思わなかった。
あいつ、一体何やってやがんだ、、
「おっまたせーー!」
遠くから知った声が聞こえてきた。
今日は木曜日で、まえに悠介と遊んだ時より、駅前は混んではいなかった。
よって、声の主を探し出すことは、それほど難しいことではない。
声が聞こえた方向を見ると探し人がこちらに向かって手を振りながら走ってきている。
「おそいぞ!穂乃果!」
20分遅刻してきた穂乃果は、膝に手をついて、肩で息をしている。
「ご、こめんね〜
準備に手間取っちゃって〜」
そう言いながらハンカチで丁寧にひたいをふく。
穂乃果の私服を見るのはこれで2回目だが、今日はなんだか大人びた感じの服装で、よく似合っていた。
こいつ、こんな格好もできるんだな、
やればできるじゃないか。
「恥ずかしいからそんなにジロジロ見ないでよ〜」
「!!」
どうやら穂乃果にバレていたようだ。
「わ、悪い!
い、いやなんていうか、そういう格好も似合ってると思ってな、あはは」
「!!///」
そういうと、穂乃果は後ろを向いて何やらつぶやいている。
「そっか//
こういう格好も好きなんだね。ヒロくんは、、、」
「穂乃果?」
「う、うん!こっちの話!
それで、今日はどこ行こっか?」
ようやくこっちを向いた穂乃果が聞いてくる。
「そうだな、、
とりあえず、時間はあるからどっか遊びにでも行くか!
穂乃果、どっか行きたい場所とかあるか?」
「うん!いっぱいあるよ!
まずわねー」
「お、おい、そんなに行きたい場所があるのか?
頼むからあんまり遠くないところにしてくれよ。」
「大丈夫だよ。
せっかくヒロくんとお出かけしてるんだもん。
楽しまなくっちゃね!
ということでまずはアレ!」
穂乃果が指差す方向を見ると、赤い観覧車が目に入る。
「あそこにいきたいのか?」
「うん!穂乃果、あそこの遊園地まだ行ったことないんだー!」
その遊園地は、まだ出来たばかりだが、規模がとてつもなく大きいことで、瞬く間に世間に知れ渡っていった。
俺たちの街のシンボルとして建っている観覧車は夜になるとライトが光り、とても綺麗になると有名だ。
だが、実際に行ったことは一度もない。
俺は、高いところが苦手だ、、
「さぁヒロくん!いっくよー!」
そう言いながら、穂乃果は俺の腕を取り、ぐんぐん歩いて行く。
「お、おい!
ほんとに行くのか?」
「え?なんで?」
「なんでって、、
べつになんでもないけど、、」
「じゃあいいよね!
善はいそげだよ!ほら、はやく!」
いやだー!いきたくないー!
「勘弁してくれ、、」
俺は、穂乃果に聞こえないようにそう呟き、ズルズルと引きずられて行った。
「うえっ、、吐きそう、、」
穂乃果と遊園地に来てから二時間くらい経っただろうか。
俺たちはフリーパスを買い、早速アトラクションに乗ろうとする穂乃果に無理やり連れていかれ、五、六個乗ったところで早くも気分が悪くなる。
だから俺、高いの苦手なんだよ。
「ヒロくん!次はあれに乗ろう!」
未だ元気な穂乃果は、指をさしながらそう言ってくる。
ま、まだ大丈夫だ、、
まだ耐えられる。
そう思いながら、穂乃果の指差す方向を見て、俺は青ざめた。
「い、いやだ!」
穂乃果の指差したものは、この遊園地名物のジェットコースターだった。
あの例の一回転するやつを見るだけでも吐き気を催す。
「あ、あれだけはいやだ!勘弁してくれーーーー!」
そう言って逃げ出そうとした俺の襟首を穂乃果が掴んできた。
「ひっ!」
「もう、そんなにビビることないって!
乗ったら一瞬だよ?」
なぜだろう、、
今日の穂乃果はいつもの何倍も怖く感じる。
俺は、イヤダーと叫びながらジェットコースターの方向へ引きずられていった。
「あー楽しかった!」
「う、うえっ、」
穂乃果に無理やり乗せられた俺は終始付属のバーを握ったまま、歯を食いしばっていた。
終わった頃にはフラフラで、降りるときに穂乃果の肩を借りる羽目にまでなった。
おかげで、アトラクションのおねぇさんに笑われながら見送られたけどな。
今は、ドリンク片手にベンチで休憩しているところだ。
隣には穂乃果が足をプラプラさせながら嬉しそうに遊園地の感想を話している。
そういえば真姫以外の女の子が俺の隣にいるのは久しぶりだな。
出かけるときはほとんど真姫が付いてきたため自然と隣には真姫がいるのが当たり前になっていて、他の誰かがいるときは、なんか違和感みたいなものを感じるようになった。
けれど、穂乃果と出かけてみてわかったことは、こいつが隣にいるとなんとなく安心する。
真姫とは違った安心感。
一緒にいるとこっちまで楽しくなってしまう、そんな感覚。
それはきっと、こいつの生まれ持っての才能の一部なんだ。
こいつの明るい性格のおかげで、自然と笑みがこぼれてしまう。
羨ましい限りだ。
俺も欲しかったよ、そういう才能が、、
そうしたらきっと、あいつも、もっと他の人と触れ合えていた気がする。
あいつには、穂乃果みたいな友達が必要なのかもな、、
しばらくして、俺たちは遊園地のフードコートに移動し、食事をとった。
時刻は午後二時。
昼食にしては少し遅い時間だ。
そろそろ遊園地を出ないといけないな、
俺にはまだいきたい場所が残ってるし。
「そろそろ帰るか。」
「え?もうかえるの?」
「ああ、他にもまだ寄りたい場所があるんだ。」
俺がそういうと穂乃果は考えるそぶりをした後、
「じゃあ最後に観覧車、乗らない?」
そんなことを言い出した。
「わー!すごい景色!」
「、、、」
穂乃果は外の景色に感動しながら俺の肩を叩く。
「ヒロくんも見てみなよ!」
無茶を言うな、これに乗っただけで限界なんだ。
下を見るなんて、恐ろしくて考えたくもない。
「ねえ、ヒロくん」
「?」
急にしんみりした穂乃果が俺の名前を呼ぶ。
「どうしたんだよ。しんみりして」
「、、、」
穂乃果は何か考えているようだった。
しばらくして、また穂乃果が喋り出す。
「私さ、本当は今、すごくビビってるんだ、」
なんのことだ?観覧車にか?
それなら俺の方がよっぽどビビってる。
「私ね、アイドルはじめるって言い始めたときは、すごく自信に溢れてた。
廃校の知らせを知った日に、なんとかしなきゃって思って、でも何も思い浮かばなくて、途方にくれてた。」
穂乃果がビビってるって言ったのは、おそらくスクールアイドルの話だろう。
「そんなときにね、初めてアライズを見たの。
学校からの帰り道、UTX学園で。
衝撃を受けた。私もあんな風に輝いたらきっとみんなも見にきてくれる。
入学希望者を集めるにはこれしかない!
そう思ったの、」
穂乃果は自分の思いを俺に聞かせてくれる。
「もちろん!自分がやりたいからってのもあるよ。
、、、でもね、
最近急になんだか怖くなって、
歌もできて、踊りも練習して、衣装ももうすぐできるんだ。
でも、準備が進むたびにだんだん怖くなっていくの。
本当に私たちで、廃校を阻止できるのかって、、」
いつも元気な穂乃果が今はとてもしおらしい。
それだけ心の中は乱れているのだろう。
「どうしたらいいのかな?この気持ち、、
ヒロくんは、こういう気持ちになったことある?」
ああ、昔に山ほどな、、
「あるよ」
「、、、そのときヒロくんはどうしたの?」
「簡単さ、俺はなんでも一人でやろうとしすぎてた。」
すこしだけ、、
ほんの少しだけ昔の話をしよう。
「だから失敗した。
そのことが今でも俺の中の教訓になってる。」
「、、、」
「何が言いたいかわかるか?」
穂乃果は真剣な顔で俺の話を聞いている。
俺は、昔の自分に言い聞かせたように、穂乃果にも同じことを教えてやる。
「仲間を信じろ!」
「!!!」
「一人でやろうとするから失敗する。
まわりを信じないから不安が生まれる。
昔の俺がそうだった。
だから落ちるところまで落ちたんだ、、」
俺はいつも気づくのが遅すぎる。
気づいた頃には、何もかも失ってて、失った後に大切なもの大きさを知るんだ。
でも、穂乃果は違う。
穂乃果はまだ間に合う。
「不安が生まれるのはそういうことだ。
お前が誘ったあの二人はさ、お前についてきたんだ。
なら引っ張っていくのは穂乃果の仕事。
穂乃果が自信を無くしてたら、あいつらは誰についていけばいいんだ?」
「、、、」
「失敗した俺が偉そうには言えないけど、一人で抱え込まず、悩みは共有すればいい。
穂乃果の悩みならなおさらだ。」
穂乃果には間違って欲しくない。
俺のように。
「それとも、園田も南もそんなに信用できないのか?」
「ううん、そんなことない」
「ならあいつらを信じてやればいい。
失敗したっていいんだ。胸はって堂々としてれば、またチャンスは来る。」
「うん!」
穂乃果が力強く頷く。
「俺が一番にお前らのライブを見に行ってやる!
下手くそでもいい、失敗してもいい、
もしそれで笑う奴がいたらこの俺がぶん殴ってやる!
だから、不安なんて考えんな。
お前は、
前だけ見て進め!」
我ながらよくも偉そうに言えたものだ。
でも、これでこいつが前に進めるなら勘弁してほしい。
「ありがとう!ヒロくん!
やっぱりヒロくんに相談してよかったよ!」
穂乃果に笑顔が戻った。
「そう言えばヒロくんって昔何かスポーツでもしてたの?」
観覧車が半分くらいきたところで唐突に穂乃果が聞いてくる。
「なんでだよ。」
「いやー、話聞いてたらそんな感じがして、それにヒロくんならスポーツかなって」
「なるほどな、」
「で?何かやってたの?」
穂乃果はなおもきいてくる。
「野球だよ。」
「へー野球してたんだ!
でも、今はしてないよね?」
「ああ、中学で野球はやめた。」
「どうして?」
グイグイくる奴だな。
「言わなきゃダメか?」
「うん!」
えー、今の聞くなって合図なのにガン無視されてしまった。
昔のことはあまり喋りたくない。
こいつも折れそうにないので仕方なく、かいつまんで教えてやることにした。
「肩を壊したんだよ。
今はもう首より上に肩が上がらない。」
「!!」
本当は他に理由があるがこれだけは絶対に言えない。
消えることのない俺の罪。
「じゃあ、小学校の頃はどんな感じだったの?」
あまり言いたくないがまあ、小学校ならいいだろう。
「さっき言ったよな、おれは失敗したって。
あの頃俺は、リトルリーグで、そこそこ有名だったんだ。
誰よりも上手くなろうと努力して、そのかいあってか、だんだん、他のみんなが下手に見えてきた。」
初めて他人に語る俺の過去。
「同じ動きのできないみんなに苛立ちを覚え、ついには、一人でなんでもしようとするようになった。
自分が投げて、自分が打つ。
昔はそれでも勝ててたんだ。
でも、だんだん、一人でやる俺に、ついていけないと友達が減っていった。
俺と野球するのが楽しくないんだと。
そのとき初めてわかったよ。
一人で野球をしても何も面白くないって、孤立して初めて感じた。」
穂乃果は黙ったまま下を向いている。
「その後の野球は何も楽しくなかった。
けど、そのとき、昔父さんの所属してたリトルリーグの人が声をかけてくれたんだ。
俺は、今のクラブのみんなに謝って移籍した。
ちがうな、逃げたっていった方が正しいか。
でも、そこからは同じ過ちを繰り返さないと誓ってプレーした。
本当に楽しかったよ。
また野球ができるって。」
「、、、」
「しんみりしてごめん、でも俺が言いたいのはこういうことだ。
穂乃果には同じ過ちをして欲しくないからな。」
するといきなり穂乃果が俺の頭に抱きついた。
「お、おい!」
穂乃果が俺の頭を撫で出す。
「大丈夫だよ。ヒロくん
穂乃果は絶対に見捨てたりしないから、」
「、、、」
まあ、事実上、見捨てたのは俺だけどな、、
でも今は、穂乃果の優しさに素直に甘えることにしよう。
「ありがとう。穂乃果。」
「うん。」