最愛の人へ   作:糖也

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前回の過去編の続きです。


第十八話 涙

 

 

 

どれくらい歩いただろうか。

20分くらいか、あるいは30分。

いや、それ以上かもしれない。

シニアの球場から家までは、軽く5キロはある。

体感時間ではもう着いてもおかしくないような気がするが、いっこうに家が見えてこない。

頭がフラフラする。

もう全てがどうでもよくなってきた。

 

 

「!!」

 

ドテッ

 

 

足元の石につまずいて派手にこけてしまった。

 

 

「ははっ、みじめだよな。」

 

 

もはや乾いた笑いしか出てこなかった。

擦りむいた手のひらと膝から血が流れ落ちていく。

軽く痛みを感じた。

 

 

「くそ...!」

 

 

この程度の傷で痛みを感じる自分に腹が立って仕方がなかった。

あいつは...真姫の痛みはこんなもんじゃない!

なんで俺だけ、大した痛みも感じず、こんなところを呑気に歩いていられるんだ。

今頃あいつは病院で手術を受けているのかもしれないのに。

そう思うと自然と足が動き、再び立ち上がることができた。

 

 

「真姫...」

 

 

涙ならとうに枯れている。

泣いたってなにも変わらない。

俺がやったことが今更許されるわけでもない。

俺は震える手を抑えながら再び足を動かし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ

 

 

無言で玄関を開ける。

父さんはまだ帰ってきていない。

当たり前か。

 

 

ドタドタ

 

 

廊下の奥から足音が聞こえてきた。

 

 

「あ、あんた、どこ行ってたの。

ほら、早く着替えなさい、すぐに行くわよ」

 

 

すると、母さんが私服姿で俺のところに訪れ、そんなことを言い出す。

 

 

「行くってどこに...」

 

 

頭の中ではわかってる。

どこに行くかなんて...

 

 

「真姫ちゃんのところに決まってるでしょ!」

 

 

案の定、かあさんは俺にそう言ってきた。

 

 

「...俺が行ったってなにも変わりはしないじゃないか...」

 

 

「!!」

 

 

母さんは心底驚いたような顔をして俺の顔を見ている。

そりゃ、そうだろ。

今更どのツラ下げて真姫に会いに行けって言うんだ。

 

 

「真姫だって、俺の顔なんか見たくもないだろうさ。」

 

 

結局、俺自身がビビっているだけなんだ。

あいつに会って、拒絶される可能性だってある。

今までみたいに接してくれないかもしれない。

それがたまらなく怖いんだ。

あいつにだけは、嫌われたくなかったのに。

 

 

ガシッ

 

 

「!?」

 

 

すると突然、母さんが俺の両肩をガシッと掴んできた。

 

 

「本当にそう思ってるの?」

 

 

「!!」

 

 

いつになく真剣な表情で俺に話しかけてくる。

 

「あぁ...」

 

 

「そう..でも、少なくとも私の知ってる真姫ちゃんはそんな子じゃないわ。」

 

 

母さんが話すたびに腕の力が強くなっていく。

少し痛いくらいだ。

 

 

「やってしまったことは仕方がない。

自分の中でどんな風に感じるのかも自分の勝手。

でも」

 

 

「...」

 

 

「自分のしたことに責任を持ちなさい!」

 

 

「...!」

 

久しぶりに聞いたよ、母さんのそんな大きい声。

今まで母さんは俺の好きなように生活させてくれた。

野球もさせてくれたし、学校も行かせてくれる。

夜は嫌な顔一つせずご飯を作ってくれる。

そんな母さんのことを俺は一番尊敬してるんだ。

だからこそ母さんの言葉には重みがあった。

 

 

「どんなことをしても、その後が一番大事なの。

このまま、あんたが真姫ちゃんのところへ行かなかったら一生後悔するわ。

真姫ちゃんだって、あんたに来て欲しいに決まってる。」

 

 

なおも続ける母さんの言葉を俺は黙って聞くしかなかった。

 

 

「ちゃんと真姫ちゃんのそばに行って、あんたの言葉でごめんねって言ってあげなさい。

大丈夫、あんたが心配してるようなことにはならないから。」

 

 

「わかんねーだろそんなこと...」

 

 

「わかるわよ。

だって

真姫ちゃんは私の娘みたいなものでしょ?」

 

 

そう言うと母さんはニッコリと笑った。

 

 

「...着替えてくる」

 

 

そう行って靴を脱ぎ二階に上がる。

母さんの言葉を聞いてから不安は少し消えたと言っていいだろう。

ただ俺の中にはまだ、拭いきれないほど大きな罪悪感が残っている。

真姫と会うのが不安なことにかわりはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたわよ」

 

 

「...わかってる」

 

 

車に揺られること数分。

真姫が運び込まれた西木野総合病院に到着した。

名前の通り、ここは真姫の両親が営んでる病院だ。

 

 

 

「...」

 

 

ここにきてまたしても足が重くなる。

真姫に会いづらいのももちろんだが、おじさんとおばさんに会うのもまた不安だった。

なんて言われるのだろう。

自分の娘が傷つけられたのだ。

腹が立たないわけがない。

 

 

「ほら、しっかりしなさい。」

 

 

俺が不安そうな顔をしていると、後ろから母さんが背中を押してくれた。

そうだ

なんと言われてもいい。

自分のしたことにちゃんと責任を持つんだ。

親達になんと言われようと、真姫に来るなって言われようと、俺は必ず真姫に会いにいくぞ。

そして、あいつの顔を見てちゃんと謝るんだ。

 

 

覚悟はできた。

俺は、心の中でそう呟き、あいつに会うため病院の中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見慣れた病院の中を歩く。

小学校の頃の真姫は肺が弱く、そのせいでよく入院していた。

俺は見舞いのために、よくこの病院を訪れていたのだ。

 

受付で真姫の病室を聞き出し、そこに向かって歩く。

どうやらもう手術は終わったみたいで、今は病室に入っているとのことだ。

病院独特の匂いを嗅ぎながら、俺と母さんは足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒロ!美鶴!」

 

 

「!!」

 

 

廊下を歩いていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

見ると、父さんが片手を上げて俺たちに合図している。

隣には、真姫の両親が立っていた。

 

 

「...」

 

 

気持ちが一気に不安になるのを感じる。

俺たちは徐々に父さん達の方に近づいていった。

しっかりしろ!

さっき覚悟を決めたじゃないか!

必死に自分の心を奮い立たせる。

そして

 

 

「すみませんでした!」

 

 

おじさんとおばさんにお辞儀をしながら謝った。

 

 

「お、おい..」

 

 

あまりの俺の必死さに周りのみんなは驚いている。

 

 

「俺のせいで真姫が...

あんなことになってしまって...

本当にすみません!」

 

 

「...」

 

 

なにも反応がない。

相当怒っているのだろうか。

 

 

すると突然、手のひらが俺の頭の上に乗った。

 

 

「!?」

 

 

顔を上げるとおじさんが微笑みながら俺の頭を撫でてくれていた。

 

 

「顔を上げろ、ヒロ」

 

 

「....」

 

 

「お前の気持ちは十分伝わった。

何も俺たちに謝ることはない。

今日のことは事故だ。お前が悪いわけじゃないよ。」

 

 

「で、でも..!」

 

 

そういってくれるのはありがたいが、あれは紛れもなく俺のせいだ。

謝っても許されないほど大きな俺の罪だ。

その事実は変わらない。

 

 

「ヒロくん、そう思ってくれてるなら直接真姫ちゃんに言ってあげて。

あの子もそれが一番嬉しいと思うから。」

 

 

「...」

 

 

「顔を見ていくんだろ?中に入りなさい。」

 

 

俺はなんとも言えないモヤモヤとした気持ちのままおじさんに連れられて真姫の病室に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

病室に入ると、頭に包帯を巻いた真姫がベットの上で目を閉じていた。

 

「手術といっても大したことはない。

頭を少し切ったくらいだから縫うだけで済んだ。

一応麻酔は打った。

今はそのせいで寝ているだけだよ。」

 

 

それでも頭の包帯はとても痛々しく見える。

聞くと真姫は七針も縫ったらしい。

こんな姿にしてしまったのは紛れもなく俺だ。

どうやっても償いきれない。

 

 

「真姫は...何か言ってませんでしたか」

 

 

いっそ、俺の文句の一つでも言っててくれたらどれだけ楽か。

俺の言葉を聞いておばさんが口を開く。

 

 

「ここに運び込まれた時、気絶してたんだけど手術前にあの子一回だけ起きたの。

それで、状況を把握したあの子は一言だけ喋ったわ。

『ヒロにごめんねって伝えて』って。」

 

 

「!!!」

 

 

なんでだよ...

なんでそんな風になってまで、俺の心配をしてんだよ...

悪いのは完全に俺なんだ!

お前は一つも悪くない!

なのになんで謝るんだよ!

お前はいつだってそうだ!

自分のことは後回しで、いつも俺の心配をしてくれる。

俺のために動いてくれる。

そういうやつだから尚更自分に腹が立つんだ!

 

 

「...」

 

 

たまには俺に文句の一つでも言えよ...

こんな奴のためにお前が傷つくことはないんだ...

もっと自分のことも考えてくれ...

頼むから...

 

 

俺はベットの横に移動し、真姫の手を握る。

 

 

「...ごめん、真姫...」

 

 

やっとの事で絞り出した言葉はそれだけだった。

虚しい気持ちだけが残る。

他に言葉が見つからない。

 

 

「本当にごめん...真姫!」

 

 

周りに人がいる事など考えず、俺は真姫の手を握ったまま声を殺し涙を流した。

いつからこんなに泣き虫になったのだろうか。

止めようとしてもいうことを聞いてくれない。

こんな情けない姿、真姫には見せられないな...

手を握り、一日でも早く真姫が良くなることを願い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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