「じゃあ、俺たちはこれで」
父さんがおじさんに挨拶をして、俺たちは病院を去った。
そして、駐車場で車に乗り込む。
父さんは、球場に車を置いてきてしまったので母さんの車で球場まで送ってもらうようだ。
時刻は午後7時
あたりはもうすっかり暗くなっていた。
「明日、真姫ちゃんのところに行くの?」
運転しながら母さんが話しかけてくる。
「...あぁ」
勝手だけど真姫がちゃんと起きてる時に謝りたいんだ。
今日は眠ってたけど、明日の朝には起きてるっておばさんは言ってた。
だから朝から病室に向かおうと思ってる。
「そう...明日の練習はどおするの?」
明日は日曜日だが俺たちのクラブは日曜だろうが関係なく練習をする。
真姫をあんな目に合わせておいて自分だけ好きなことをやろうという気にならない。
「...行かない」
「「!!」」
今まで俺はクラブを休んだことはなかった。
一度もだ。
純粋に野球をするのが楽しかったから。
その俺が行かないと言って両親は驚いていた。
「だ、だめよ!ちゃんとクラブも行かなきゃ...
みんなだって心配してるだろうし...」
「...それでも、俺は行かない。」
俺だってクラブに行きたい。
みんなと一緒に野球をやりたいさ。
でも、そういうわけにはいかないだろ...
「でも..」
「母さん」
「!」
なおも俺にクラブに行くように言おうとした母さんを父さんが遮る。
「いい..こいつの好きなようにさせろ」
「!..で、でも」
「ヒロ!」
父さんが前を向いたまま助手席から話しかけてくる。
「クラブにはお前が電話するんだ。いいな?」
「...あぁ」
その夜は一睡もすることができなかった。
目を閉じるだけで、昼の光景が鮮明に浮かんでくるから。
眠気はある。
でも眠るのが怖い。
投げた時のボールの感触が手に残ってて、思い出すだけで右手が震えだした。
カーテンの向こう側が徐々に明るくなってきた。
どうやら朝になったみたいだ。
時計を見ると午前6時となっている。
「あーあ、朝になっちまった」
結局、一睡もできぬまま俺はベットから立ち上がりジャージに着替えて外に出た。
じっとしてたら考えてしまうからとにかく動いて気を紛らわす。
「はぁ、はぁ」
少し肌寒い春の街を俺は走り抜けた。
午前9時
帰ってきた俺はすでに起きていた父さんと母さんと一緒に朝飯を食べ歯を磨き、服を着替えて再び外に出た。
これから真姫のいる病院まで自転車で向かうからだ。
「....」
真姫はもう、目覚めているのだろうか。
今日、俺の姿を見てあいつはどう思うのだろうか。
止まっているといろいろ考えてしまうので、俺は頭を振り自転車にまたがる。
昨日と同じように、病院の中に入り真姫の病室までの道を歩く。
コツコツ
周りは騒がしいはずなのに、なぜだか俺の靴の音しか聞こえない。
いや、心臓の音も聞こえる。
「...くそ!」
またしても右手が震えだした。
俺は必死に左手で右手を抑える。
周りから見たら完全におかしな人だ。
だが、右手の震えは止まってくれない。
背中に汗がツーと流れ落ちた。
「...真姫」
昨日覚悟したはずなのに、いざ真姫と会うとなったらこのザマだ。
「しっかりしろよ!」
俺は静かにそう呟き、真姫の病室に向かった。
「...」
深呼吸をする。
覚悟は決まった。
俺は右手でドアをノックする。
「どうぞ」
久しぶりに聞いた真姫の声にどこか安心しながら俺はドアを開け病室の中に入った。
「真姫...」
昨日と同じように包帯を頭に巻いた真姫が小説本を持ったままこっちを見ていた。
「ヒロ...」
お互いの目が合う。
「あ...ぁ」
言葉が出てこない。
何を話せばいいのだろう。
自分のしたことを謝りにきたのに緊張で言葉が飛んでいた。
俺が固まっていると、真姫が口を開く。
「ごめんね...ヒロ」
「!?」
な、何を言ってんだこいつは...
「私、どんくさいから...ヒロの球見てたのに避けられなかった。あんたを見てたら、気づくのが遅れちゃったの。」
だから何言ってんだよお前は..,
「こんな大きなことにしちゃってごめんね...
私なら大丈夫よ。すっかり元気になっちゃった。」
やめろよ...俺に謝るな...
「なんでだよ...」
「?」
頼むからやめてくれ...
「なんで、何も言ってこねーんだよ!」
「!?」
これ以上、自分のことを嫌いにさせないでくれ...
「お前は、俺にそんな大怪我をさせられたんだぞ!
中途半端な気持ちで、野球をやってた、こんないいかげんな俺なんかのせいでお前は入院させられたんだぞ!」
お前が傷ついて我慢をしてる姿を見るのはもうたくさんだ。
「俺に文句があるなら言ってこいよ!
いつもそうだ!お前は自分が我慢をすることで俺が傷つかないようにする。
それがたまらなく苦しいんだ!
俺なんかのために、お前が傷つくのなんか見てられないんだ!」
声が大きくなる。
おそらく病室の外にまで声が響いているだろう。
でも、そんなこと関係ない。
今、俺の気持ちをぶつけないとこいつはまた同じことをするだろうから。
自己犠牲でまた俺なんかを救おうとするから。
「俺なんかのために、お前が犠牲になるのはやめてくれ!
こんなどうしようもない俺のことを庇うのはやめてくれ!
お前が傷つくとこなんかおれはもう...見たくないんだ...」
真姫は黙っておれの話を聞いてくれている。
本当はこんなことを言いにきたんじゃないんだ。
「ごめんな...真姫」
そう、ただ一言謝りたかっただけなんだ。
「本当にごめんな...」
こいつの前では俺は絶対に泣かないと決めてる。
俺は溢れ出そうな涙を必死にこらえ、何度も真姫に謝った。
「初めて聞いたわ。あんたの気持ち」
「!?」
今まで黙っていた真姫が口を開く。
「ごめんね、あんたの気持ち、今まで知らなかったから。
余計に傷つけちゃったみたいね。
でもね、ヒロ」
「?」
「あんたが思ってるように、私もあんたが傷つくと苦しいの。
今だって、そんな顔してるあんたを見てると悲しくなる。」
真姫はベットから立ち上がりゆっくりと俺の方へ近づいてくる。
「だから、あんたはいつも笑顔でいなさい!」
そう言って、俺の両ほっぺたをつまんで無理やり上にあげた。
真姫は俺と同じことを考えてくれていた。
そう考えると何故か心が安心する。
でも、こいつに怪我をさせたことに変わりはない。
どんなに都合のいい言葉を並べようがその事実だけは変わらない。
じゃあ、これからどうするか。
俺が奪ってしまった分の幸せをこれからこいつに返すしかないじゃないか。
「...ありがとう、真姫」
「どういたしまして」
俺だけいっぱしの幸せを手に入れるわけにはいかない。
真姫をこんな目に合わせて自分だけ好きなことをするわけにはいかない。
例えこいつが望んだとしても...
「そう言えばあんた、今日クラブはどうしたの?」
再びベットに戻った真姫からの質問。
「あぁ、今日は休みだよ」
本当は今まさに練習をしているところだろう。
「...」
真姫の方を見ると何故かこっちをジト目で睨んでいた。
「なんだよ」
「...本当かなと思って」
こいつ...鋭いな..
お前に会いに行くために休んだとは言いにくい。
「そんなことより、お前いつまで入院なんだ?」
俺は話をそらすために別の話題を出す。
真姫は納得いかなそうな顔をしているが、どうやら答えてくれるみたいだ。
「一応二週間ってことになってる」
「!?」
二週間!?
なんでそんなに長いんだよ。
俺の予想ではせいぜい一週間くらいと踏んでいた。
「な、なんでなんだ?」
「...当たったのが頭だったからいろいろ検査しないといけないし、それに抜糸もあるからどうしても長くなっちゃうみたい。あと、肺の方の検査入院もついでにやっちゃおうってぱぱが..」
「...」
それで二週間
真姫は少し悲しそうな顔で教えてくれた。
「二週間なんてすぐよ。
よくなったら、またあんたの野球見に行くからね」
「...真姫」
真姫はこの前中学生になったばかりだ。
その大事な一年目、しかもしょっぱなに二週間入院しないといけなくなる。
その差は本当に大きい。
勉強に関しても、友人関係にしても。
下唇を噛む。
そう考えれば考えるほど、自分の犯した罪の大きさを思い知った。
「...ごめん」
「もう!そんな顔しないでよ。
真姫ちゃんがいなくて寂しいのはわかるけど」
真姫はふふーんと、腕を組みながら偉そうにそう言ってくる。
その反応を見て、少しだけ救われた。
「見舞い...これから毎日くるよ...」
俺にはそれぐらいしかできないから。
せめてこれだけはさせてほしい。
「いいわよ、毎日なんて大変でしょ」
「頼む..それくらいさせてくれ」
こんなことで償えるとは思ってない。
積み重ねても、こいつに返せるかわからない。
でも、毎日ここにきて、お前と話すくらいなら俺でもできる。
「..うん」
真姫は軽く微笑んで承諾してくれた。
「何か買ってくるけど、おまえいるものあるか?」
「あ、じゃあ何か甘いもの買ってきて」
「了解」
そう言って俺は下にある売店まで歩いて向かうのだった。
「...」
ページをめくる音が聞こえる。
久しぶりに本を読んだ。
昔は、文字列を読むだけであたまがいたくなったっけ。
でも、久しぶりに読んで見ると思ったより面白い。
「もうこんな時間か」
気がつくと窓の外で空が赤くなっていた。
携帯のディスプレイを見ると、時刻は午後4時とでている。
「じゃあ、そろそろ帰るわ」
伸びをしながらそう言うと、真姫は本から目線を上げ俺を見る。
「...ええ」
「そんな顔するなよ、
またすぐ来るから」
一瞬悲しそうな顔をした真姫にそう言ってやる。
いつもの癖で頭を撫でようとしたが、頭の包帯を見て手を引っ込めた。
「また明日な」
「うん、また明日」
夕日に照らされる真姫を病室に残し、俺はドアを引き外に出た。
夕方になり、俺はいつも練習している橋の下に来ていた。
橋からは車の音が聞こえてくる。
これなら壁当てをして音とかで周りに迷惑がかからず練習することができる。
小学校の頃からここは俺の練習場所だった。
「そろそろいいか」
準備体操を終え、グローブをはめる。
真姫も今頑張ってるんだ。
俺が怠けるわけにはいかない。
俺はボールを拾い、右手で握った。
「!?」
何だろう。
少し違和感があるような気がする。
いつもと違う感覚。
俺はそのまま壁の前に立ち、気を引き締める。
そして、そのままボールを投げようとしたその時
「え...」
ボールは、俺が狙ったところと遥かに違うところに飛んで行った。
「...」
俺としたことが、一日投げなかっただけでちょっと感覚が鈍ってしまったのか。
そう思い、再びボールを拾って壁に投げる。
「...なんで」
しかし、またしてもボールは遥か遠くに飛んでいく。
おかしいな...
ちゃんと狙ってるつもりなのに。
ドン
ドン
何度やっても、狙ったところにいってくれない。
「どうしたってんだよ!」
右手を見つめる。
すると、そのボールを握る右手は小刻みに震えていた。
「なんでだよ!
なんで、投げれないんだ...」
足で地面を蹴る。
その後、何度やってもうまくいかず時刻はすでに午後8時になっていた。
「はぁはぁ」
額から汗が流れ落ちる。
投げすぎて肩も痛い。
相変わらず右手は震えたままだ。
「...」
これが...
これが報いなのかもしれない。
あいつを傷つけてしまったことへの俺への報い。
半端な気持ちで野球をしてしまったがためにこんなことになってしまった。
「くそっ!くそっ!くそっ!」
膝をつき、拳で地面を殴る。
「なんでだよ!
なんで投げれないんだよ!」
あの時から全て狂い始めてた。
「俺には、これしかないのに!」
そりゃそうさ。
あんなことをして自分だけ、のうのうと好きなことができるわけがない。
「頼むよ...神様」
そんなむしのいいはなしあるわけがないんだ。
願ったところで何も変わらない。
「くそ!」
俺は半ばやけくそ気味で壁にボールを投げ続けた。
ガチャ
無言でドアを開ける。
時刻はすでに午後10時を回っていた。
みんなもう寝てしまったのだろうか。
「ただいま」
リビングのドアを開けながらそう言うと母さんがこちらを見ていることに気がついた。
「あんた!
一体どこにいたのよ。
そんなに泥だらけで...」
そう言って俺の両肩を掴む。
「...つっ!」
右肩に痛みが走った。
触られるだけでこれだけ痛むとは随分と投げ込んでしまったようだ。
「ちょっと練習してたんだ...
遅くなってごめん...」
そう言って洗面所に向かう。
「母さん寝るけど、ご飯用意してるからちゃんと食べてね...」
「あぁ...」
すっかり冷え切っただろうご飯を母さんがレンジに入れてくれる。
こんな時間まで俺のことを待ってくれていた母さんには本当に感謝してるよ。
でも、今日はご飯を食う気がしない。
「...」
俺は母さんのためにも無理矢理にでも食おうと手を洗ってテーブルについた。
次の日から俺は、学校に行った後毎日真姫のところに通った。
会えるのはほんの二時間程度だがその間だけは話をしたり一緒に本を読んだりして、できる限り真姫のそばにいた。
その後、クラブを休んで、いつもの練習場所でボールを投げ続ける。
しかし、何度投げても狙ったところにいってくれない。
こんな状態では、ろくに野球もできそうにない。
たいしたアイシングもしてないため徐々に肩が悲鳴をあげだす。
そんな日々を繰り返して早くも一週間が経った。
「ねぇ、あんた」
「ん?」
「最近、クラブ行ってないみたいじゃない。
どうして?」
今日も今日とて病室に来た俺に突然そんなことを言い出す。
「なんで知ってんだよ」
「いいから答えて!」
今日の真姫は初めから少し怒っているように見えた。
「...べつに、なんとなくいく気にならないだけだよ」
「嘘よ!
あんたがそんなこと思うはずない!
ねぇ、本当のこと教えて...」
どうやら誤魔化しは効かないらしい。
「...お前がそんな目にあってるのに、俺だけ好きなことができるわけないだろ..」
考えた末俺は正直に話すことにした。
そして、今までずっと考えてて、最近やっと決意できたことを真姫に話す。
「俺、野球やめるよ...」
「!!?」
正直、こんな状態の俺ではこの先、野球をしても意味がないと思う。
ボールを持つと手が震え、リリースの瞬間が怖くてボールが思った方向にいってくれない。
お手上げだった。
だからずっと考えてたんだ。
「だめよ...」
「!?」
下を向いていた真姫がパッと俺の方を睨み言葉を発する。
「だめに決まってるでしょ!そんなの!
私のために野球をやめる?
誰が頼んだのよそんなこと!」
真姫は怒りをあらわにして俺に怒鳴ってくる。
「私はこうなったことに一つも後悔してないわ!
だって、あんたの野球する姿が好きで自分から試合を見にいったんだもの。
だれのせいでもないの!」
「...」
それは違うよ...真姫
後悔してないってのは多分本当だと思う。
でもさ、お前が怪我をしたのは違うだろ?
それは俺のせいなんだから。
「そんなの口実だ」
「違う!」
「!」
気がつくと、真姫は泣いていた。
ベットの上から俺を睨んで...
「いつものあんたなら、そんなこと言わない...
あんたがそんな弱気なこと言わないでよ...」
そういって、真姫は必死に涙をこらえていた。
情けない、これで俺が本当にやめてしまったら、真姫は自分のせいと思うに決まってるじゃないか。
そんなこともわからないほど俺はまいっていたらしい。
「わかった
続けてみる」
「!?」
俺がそう言うと真姫は涙をぬぐいながらこっちを見た。
「本当に俺が野球をしていいのかわからない。
でも、お前が許してくれるなら、そばにいてまた見ててくれるなら、俺も頑張ろうと思う。
真姫、それでいいかな...」
涙をぬぐっていた手を止め、まっすぐに俺を見つめる。
「うん...」
その後、真姫ははっきりと頷いてくれた。
次の日から俺は、再びクラブに行き始めた。
監督には事情を説明していたが、クラブのみんなには何もいっていなかったので、長い間休んだことに対して謝った。
みんなは、俺のことを心配してくれていたみたいで色々声をかけてくれた。
そのことが俺はたまらなく嬉しかった。
相変わらずイップスは治っていないが、監督にポジションを変えてもらって、短い距離をある程度投げられるよう必死で練習した。
すると、一週間くらいした頃には少しずれるがある程度は投げられるまでに回復していた。
ここまで何千何万とボールを強制的に投げてきたことが今につながったのだろう。
しかし、投げるのが怖いことには変わりはなかった。
試合中も、必死に右手の震えを抑えながらプレーする日が続く。
肩も痛いし重い。
そんなことを毎日続け、俺は精神的に疲労がたまっていた。
練習が終わった後、毎日真姫のところに通う。
疲れた顔は見せたくない。
俺は無理やり笑顔を作って病室を訪れてた。
その後、橋の下でまたボールを投げ続ける。
終わったら家に帰り、やることをしたらすぐに眠りについた。
疲れ果てていた。
投げすぎて肩も痛い。
いっそ、全部投げ出して逃げてしまいたいくらいだ。
そういう時は決まってあの日の真姫の顔が浮かんでくる。
泣きながらやめないでと俺に訴えかけてくる真姫...
それを思い出しては心を奮い立たせ、疲れ果てた体を引きずって、学校に向かった。
その時の俺はこれから起こるさらなる悲劇を知る由もなかった。
あの事件から一ヶ月
真姫はとっくに退院していて、今日はまた父さんと一緒に俺の試合を見に来た。
しかし、俺はそんなことを考える余裕はない。
今は試合の真っ最中だが俺の視界は白い靄みたいなものがかかっていて、極端に視野が狭くなっていた。
頭もフラフラする。
けれど、そんなことどうでもいいほど右肩が痛い。
ずっと前から痛んでた。
みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。
だから無理してでも続けた。
でも、今回だけはダメかもしれない。
どう動かしてもちぎれるんじゃないかってほど痛む。
「はぁはぁ」
呼吸も荒い。
吐き気もする。
額には脂汗も滲んでいる。
カーーン!
「!?」
ボールが外野を越える。
俺は無理やり体を引きずって走り外野の中継に入った。
ランナーは三塁をまわりホームに突入する。
ようやく外野が追いつき、中継の俺のところまでボールが来た。
この距離なら間に合う。
ボールを握り、肩にめいいっぱい力を入れ思いっきりボールを投げた。
プチンッ
「!!!!」
バシッ
「アウト!」
判定はアウト
「やったぞヒロ!」
歓声が湧いた。
悠介が声を上げて喜ぶ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「!!?」
突然の痛みに耐えられず声を上げる。
俺は右肩をおさえたまま膝から崩れ落ちた。
「おい!大丈夫かよ!ヒロ!」
悠介が何か言っているが聞こえない。
周りに人が集まってくる。
ボールを投げた瞬間、何かが切れるような音ともに肩に激痛が走った。
心の中ではわかっている。
.俺の肩になにがおきたのかは...
わかってるけど認めたくない。
「ヒロ!」
誰かが俺の顔を触ってくる。
右肩の痛みに必死に耐えながら目を開けた。
「...真...姫」
暗くなっていく視界の中で最後にあいつの泣きそうな顔が見えた。
たくっ
なんて顔してんだよ...
「真姫...ご..めん..な」
「!!」
それを最後に俺は意識を手放した。
「ヒロ!」
誰かの声が聞こえる。
でも、周りは真っ暗でなにも見えない。
「ねぇ!起きてよ!ヒロ!」
何だろうこの声、どこか懐かしい感じがする。
そして、どこか安心できる声。
「...ここは..」
「ヒロ!」
意識が戻り、景色が白い天井になっていた。
まだぼやけているが、隣を見ると瞳に涙を浮かべた幼馴染が俺の左手を握っている。
「真...姫?」
「そう!私がわかる?」
「...うん」
そう言うと、真姫は安心したように微笑んでくれた。
「...つっ!」
急に右肩が痛む。
見ると肩に包帯が巻かれており三角巾で腕が吊るされてた。
「...」
嘘であって欲しかった。
しかし、現実はそんなに甘くない。
「ははっなんてザマだよ...」
これが本当の報いなのかもな...
「これじゃあ...野球なんか...できるわけないじゃないか..」
「!!」
時間にまかせて、俺が真姫にしたことを俺自身忘れようとしていた。
そんなことできるわけないのにな...
「ごめんね...ヒロ」
「え..」
見ると真姫が泣きながら俺に謝ってくる。
「本当にごめんな..さい...」
「何でお前が謝るんだよ」
やめてくれ、これじゃあまえと逆じゃないか。
「あんたが無茶してるの、知ってた...
知ってたけど、止められなかった...
あんたが必死になって練習してるの見てたら、何も言えなくて..」
「...」
「私がああ言ったら、あんたは無茶しちゃうってわかってたのに、続けて欲しくてあんなこと言ったの...
苦しんでるあんたを無視して自分勝手なお願いをあんたに押し付けた...」
真姫は泣きながら俺に謝る。
「その結果がこれ。
私があんたの全てを奪ってしまった...
本当に...ごめん...なさい」
真姫は俺に向かって頭を下げる。
今まで黙って聞いていたがこいつはなにもわかってない。
「真姫...」
「?」
真姫が顔を上げる。
「謝らないでくれ。
俺がお前にしたことを思えば、こんなもの軽いもんさ。」
「!?」
女のお前に、俺は一生消えない傷を残してしまった。
「それに、俺は俺自身のために練習したんだ。
その結果がこうなってしまっただけ...
全部俺の責任だよ。」
それに比べたら俺なんか軽いもんだよ。
「違うわ!」
「違わない!」
「!!?」
反論しようとした真姫を止める。
「お前がいなかったら、俺は野球をやめてた。
お前がいたから、俺は野球を続けることができたんだ。」
真姫がああ言ってくれなかったら俺は野球、やめてただろうな...
そう、お前には感謝こそしても、恨むことなんかなにもない。
「悔いはないよ。
自分の好きなことをして、終わることができたんだ。
これからはさ、お互い笑いながら歩んでいこう。
な!」
「...」
真姫はまだ黙ったまま下を向いていた。
ガチャッ
「真姫ちゃん、ちょっときなさい」
「?」
おばさんがドアから顔を出し真姫を呼び出す。
それと入れ替えで父さんが俺の病室に現れた。
真姫は出て行く途中、悲しそうな顔をして俺を見る。
俺は無理やり笑顔を作ると真姫は目を伏せそのまま外に出て行った。
「...」
父さんと二人、病室に残された。
いつもはそんなことないのに今日は何だか気まずい。
「どうしたんだよ...
何かいいたいことがあるんだろ?」
「...」
客用の椅子に腰かけた父さんが口を開く。
「お前の肩、もう二度と投げれないそうだ...」
「!!」
急にそんなことを言われた。
わかってたつもりなのに、いざ他人に言われると辛いものがある。
「後悔はしてないのか?」
「...」
真姫にはああ言ったけど、そんなわけないじゃないか...
「してるさ。
自分の愚かさが招いたんだ。
後悔してもしきれない。
まだやりたかったことだって山ほどあったのに...」
高校で野球して、甲子園に出て、そしていつかはプロにも行きたかった。
けど、それはもう叶わない夢。
手を伸ばせば届きそうだったのに...
「野球に出会えて、いろんなことを学んだよ。
友達もできた。
試合に勝つ喜びも知った。
毎日が本当に楽しかったんだ。」
「...」
「だから...もっと野球...したかったな...」
気がつくと目から大粒の涙が次々と奥から溢れてくる。
「もっとみんなと..野球..やりたかったな...」
いくら望んでも、もう遅いことはわかってる。
全ては自分が招いたこと。
後悔してももう遅い。
野球ができないなら生きてたって意味ないと思えた。
それほどまでに俺の中で野球は大きかったんだ。
こうして俺の野球人生は幕を閉じた。
やり残したことはまだまだあったが、神様はどうやら許してくれなかったらしい。
真姫には本当に悪いことをした。
それこそ、償いきれないほどに。
ならばこれから返していこう。
俺が真姫から奪った幸せを、ゆっくり時間をかけて。
傷は消えない。
お互い、心と体に傷をおった。
だからこそ、これからはさ、二人で支え合うんだ。
迷惑かもしれないけど、俺がお前を守るから。
だから俺がくじけそうな時はお前が俺を守ってくれ。
そうやって二人、支え合っていこう。
なぁ...真姫