「ただいま〜」
真姫とマルをおいて公園を出た俺は特にやることもなく、早々に帰宅した。
「あら、お帰りなさい」
中から母さんの声が聞こえる。
俺は靴を脱ぎ手を洗って二階に上がる。
そして、制服の上着を脱いでベットにダイブした。
「あーつかれた...」
やることがないと時間の流れが遅く感じる。
さっきは本当に悪いことをした。
何も知らないマルに思わず怒鳴ってしまい気まずくなった俺は、真姫を置いて先に帰ってしまったのだ。
「また野球なんて...できるわけないだろ...」
真姫はまた、俺が野球をするって言ったら一体どんな反応をするだろうか。
昔のことがあるため、俺の中で何かがつっかえてる感じがしてならない。
練習着姿で俺を追いかけてきたマル。
相当な汗をかいていた。
あいつも必死なんだ。
できるなら助けてやりたい。
「明日から、俺も助っ人探すの手伝ってやるか...」
そう呟き、テレビの電源をつける。
夕方だからあまり面白い番組はしてないな...
ガチャッ
「?」
誰かが玄関を開ける音がする。
なんだ?父さんか?
けど、帰ってくるのが早いな。
ドタドタドタ
階段をのぼる音がする。
ガチャッ
俺の部屋のドアが勢いよく開け放たれた。
「真姫...」
乱暴に俺の部屋のドアを開け放った犯人は真姫だった。
「なにしにきたんだよ。
それに、インターホンとノックはどおした」
人の部屋に入るためのルールを全て無視し、このおてんば娘は俺の部屋に無理やり入ってきたのだ。
「そんなことどうだっていいわ」
どおでもいいわけないだろ...
まぁ、今更こいつに言っても無駄なのは知ってるけどな...
「それで、何の用だよ」
何か言いたそうな顔をしている真姫に俺が問いかける。
すると真姫は、ベットの上の俺の隣に腰かけ、話し始めた。
「あんた、野球部の助っ人断ったでしょ」
「!!」
なんでお前が知ってんだよ。
いや、原因はわかってる。
「マルから聞いたのか?」
多分俺が帰った後、マルのやつが真姫に話したのだろう。
「私が無理やり聞き出したの。
それで?なんでやってあげないの?」
「...」
無理だよ、俺が野球なんて...
お前が一番わかってるだろうに..
「肩壊してんだ...投げられるわけないだろ」
本当はある程度なら投げられるが、俺は怪我をしてから真姫のまえで一回もボールを投げていない。
だから、この嘘もバレることはない。
そう思っていた。
「嘘ね」
「!!」
なぜか真姫がそんなことを言い出す。
「なんでそんなことわかんだよ」
「わかるわよ。
何年一緒にいると思ってるの?」
「...」
まったく、こいつに隠し事はできそうにないな...
全て筒抜けだ。
「あんたが野球をやらないのは私が原因なんでしょ?」
「!!?」
真姫はいきなりそんなことを言い出す。
「違う!」
「いいえ違わないわ!
本当はあんただって野球をしたいはずよ!
なのにしないのは私が原因。」
「...」
「あんたはまだ、私に対する罪悪感に追われてる。
あの日のことを今でも気にしてるのは見てるだけでわかるわ。」
違う!違うんだ...
お前が原因なわけじゃない..
おれのせいなんだよ...
「なまじいい加減に野球をした結果がこれだ!
お前への罪悪感なんて一切ない!」
左手で右肩を叩きながら真姫に話す。
そう、お前が原因なんてことは断じてない!
「じゃあなんで、あんたはそんなに苦しそうな顔してるの!?」
「!!」
真姫は立ち上がりおれの方を見て話す。
「私は昔からあんたを見てきた...だから知ってる!
あんたが誰よりも野球が好きだってこと!」
「!!」
声を荒げながら真姫は続ける。
「あんたはあの日からずっと、心に傷を負って一人でもがいてた。
苦しかっただろうし、辛かったと思う。
でないと、あんたが大好きな野球をやめるなんて言わないもの...」
「...」
「押し付けがましいことを言ってるのもわかってる...
自分勝手なのは承知の上よ。
それでも私は、私の好きだったあの頃のあんたを見たい。
色々考えて立ち止まってるヒロは嫌い。
あんたが私の背中を押してくれたように、私もあんたの背中を押してあげるから。」
真姫に言われて初めて気づいた。
おれは心のどこかでこいつに許してほしかったんだ。
あの日のことを...
「今度は私があんたを支える。
一人で苦しい思いはさせない。
だから!
もう一度、あんたの野球を見せてよ!」
心の中のモヤモヤが徐々に晴れていく。
「真姫...」
違うんだ...あの日からもうすでに、俺はお前に支えられてきたんだよ。
決して許されることではなかった。
なのにお前は、俺を責めもせず笑ってくれたんだ。
毎日見るお前の笑顔に心の底から救われたんだよ。
「俺...また野球..してもいいのかな...」
お前にしたことは忘れない。
目を閉じるだけであの日の光景が鮮明に浮かんでくる。
「迷惑かけるかもしれないけど..それでもまた...野球..してもいいかな...」
でも、今度はお前に許してもらって、ちゃんと全て受け入れる。
お前がそばにいてくれたら、それができると思うんだ。
一度挫けた俺がどん底から這い上がり、また一から始めるのは相当苦労するだろうけど、それでも俺、頑張るから...
お前が俺を許してくれるなら、俺は頑張るから...
だから...
「俺にもう一度、野球をさせてくれ!」
俺は床に跪き、真姫に頭を下げる。
「...うん」
その様子を見ていた真姫は今度は笑いながら頷いた後、おれをやさしくだきしめてくれた。
次の日の朝、俺は教室に入ると真っ先にマルのところに向かった。
「マル」
「!?」
突然声をかけられてマルは驚いた顔をして俺を見る。
「あ、あぁおはようヒロ...
昨日は悪かったな...
突然あんなこと言って...」
「...」
「でも、もう大丈夫。
お前が野球、やりたくないのはわかったし今日から別の奴探してみ「やるよ」
「!?」
マルを遮り俺は続ける。
「野球部の助っ人、俺がやるよ」
「!」
マルは目を丸くして俺を見ていた。
「こんな俺でよかったら、喜んで協力する。
色々考えたけど、やっぱりお前の力になりたいしな」
そう言って俺が笑うと
「ヒロ!」
マルが俺に抱きついてきた。
「お、おい!
やめろって」
「ありがとう!本当にありがとう!」
「...」
本当に嬉しそうな顔をして喜ぶマルを見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。
期待を裏切らないように俺も練習しなきゃな。
許してくれた真姫に応えるためにも。
「どういたしまして」
そう言ってそっとマルの頭を撫でた。
その日の放課後、俺は一度今の野球部がどんなもんなのか見てみたくてグラウンドを訪れた。
「監督はいないのか?」
「顧問はいるけどあの人は座ってるだけ...
練習メニューとかサインとかは全部俺が考えてる。」
「なるほどね...」
練習を見ていると、みんなある程度はできていると言ってもいいだろう。
自分たちで考えたメニューとはいえ、見るからにしんどそうなものばかりだ。
これをやってるおかげでみんな基本はできているのだと思う。
「何か取り入れて欲しいことや変更したほうがいいところがあったら俺に言ってくれ」
「いきなり俺がそんなこと言ってもみんな納得しねーだろ。」
「そんなことないさ。
みんなお前が元日本代表だって話したらすっげー喜んでたからな。
下手したら俺より発言力あるだろうよ。」
「...わかった。
俺も今のままじゃだめだろうし、明日から練習参加するよ。
それでいいか?」
「おう!」
スパン!
「!!?」
俺がマルと話していると突然ブルペンの方からものすごい音がした。
見るとものすごい長身のピッチャーがキャッチャー相手にピッチングをしている。
「あぁ、あいつか?
すごいだろ?うちのエースだ。
あれでまだ一年だからな、末恐ろしいよ。」
確かにいい球を投げている。
球速は140キロくらいだろう。
一年でこれだけ投げられれば大したものだ。
「あいつ、名前は?」
「宮本大輝」
「!」
宮本大輝!?
そいつは俺と一緒のクラブにいたやつの名前だ。
でも、あの時の大輝は身長が俺よりも低かった。
たった3年の間に、あそこまで大きくなったのか。
「知り合いなのか?」
「シニアの時の後輩だよ。
あの時は、あんな球投げてなかった。」
そう、昔のあいつの能力は平凡といったくらいで、よくうちの入団テストに受かったなと思ったくらいだ。
「へぇー、お前のチームにいたんだなあいつ。
なら、あの球も納得だ。」
「...」
にしてもなんでうちなんかにきたんだろう。
あれだけ投げられたらもっと他の強豪校から声がかかっただろうに。
「確かに球は速いけど制球がまだまだなってない。
1日200は投げさせろ。
あと、最低限のスタミナも必要だ。
毎日5キロは走ったほうがいい。
それでも少ないくらいだ。」
見た感じの感想をマルに話す。
「あいつが成長したら、もしかしたらいけるところまでいけるチームになるかもな...」
「わかった。
あいつもお前のいうことなら聞くだろうさ。
伝えとくよ。」
その後しばらくマルと話して、あまり練習の邪魔をするのは悪いと思い、明日からの練習に備え早めに帰ることにした。
「うわっ!きたねーな」
家に帰ってきた俺はジャージに着替え、家の物置をあさっていた。
しばらく開けていなかったそこは埃にまみれていて、歩くのにとても苦労する。
「お!あったあった」
しばらく漁っているとようやくお目当てのものが目の前に現れた。
「また、お前を使う日がくるなんてな...」
それは、中三の頃に使っていた最後のグローブ。
赤色のそれには刺繍で名前と国旗が縫われていた。
もう使うことはないと物置の奥に他の野球道具とともにしまいこんでいたそれは、箱の中に大事にしまっていたこともあり、ちょっとだけ埃をかぶっていたが、それ以外はあの頃のままで、俺の手に馴染んでくれた。
「もう一度、俺に力を貸してくれ...」
そう呟いた俺は、グローブの埃を払い物置の外に出た。
物置から出ると、さっきまでいなかったはずの父さんの姿が目に入った。
俺がグローブを探している間に帰ってきたのだろう。
母さんはというと、いつものようにキッチンで晩御飯を作ってくれている。
「父さん、母さん」
「「?」」
いざ野球をやろうとしても俺一人じゃどうすることもできない。
どうしても、親には迷惑をかけてしまう。
だから野球のこと、きちんと話さなきゃな。
「俺、もう一度野球やりたいんだ」
「「!!」」
思った通り、二人とも驚いた顔をしている。
「ど、どおしたの?急に」
母さんが包丁を置き俺の方を向いて話す。
「...友達が困ってるんだ..
今の野球部じゃあ人数が足りなくて。
あいつらには、色々と世話になった。
だから、俺が力になってやりたい。」
「...」
わかってる、無理を言ってるのは。
一度野球をやめたバカ息子が今になって再開したいなんて言ってるんだ。
そんなの、ムシが良すぎる。
「一度野球をやめた俺だ。
無理を言ってるのはわかってる。
それに、今まで以上に迷惑をかけることも...
でも、今あいつらの力にならないでどうするっておもうんだ。
こんな俺にできることは限られてる。
これしかないんだ!」
俺は目を閉じまっすぐに母さんと父さんに向かってお辞儀をする。
「ちょっとだけでいい。
ほんのちょっとの間だけでいいから、俺に力を貸してください。」
正直、今の俺じゃあみんなの足を引っ張ってしまうかもしれない。
それでも、こんな俺のことを必要としてくれたあいつらのために、俺ができることをやろうと思った。
そして何より、あいつが...真姫が自分自身で一歩踏み出したんだ。
俺が立ち止まってるわけにはいかない。
「...」
二人ともまだ黙ったままだ。
しかし、俺がお辞儀してしばらくすると父さんが俺の方に近づいてきた。
そして、
「ヒロ」
「?」
ゴチン!
「いっっって!」
俺の脳天にゲンコツを落とした。
「何改まってんだバカ!
そんなガラじゃないだろーに。」
「!!」
俺は頭をおさえながら話し始めた父さんの方を見る。
すると、なぜか笑っていた。
「確かに一度はやめたものをもう一度やらせてくれってのはムシのいい話だな。
それも、お前の愚かさがまねいたことでだ。
無理を言ってるのはお前自身よーくわかってると思う。
けどな...」
父さんは真剣な顔で続ける。
「子供の無理を聞くのが親の役目だ。
あの時お前は悔いが残ってるって言ったよな?
だったらもう一度、ゼロからはじめりゃいいじゃねーか」
「!!」
「お前のためなら俺も母さんも力になってやる。
お金が必要なら言え、いくらでもだしてやるから。
ただし一つだけ約束しろ」
「!?」
父さんはそういうと俺の両肩をガシッと掴んだ。
「同じ過ちを繰り返すな」
「!」
「それさえ守ってくれればいい。
あとはお前の思うようにやってみろ。
なあ、母さん」
「ええ」
母さんの方を見ると目に涙をためて俺の方を見ていた。
「...ありがとう..父さん、母さん...」
俺は心の底からお礼を言った。
色々遠回りしちゃったけど、俺..まだ野球やめたくないってようやく気づけたよ。
本当にみんなには感謝してもしたりない。
「よっしゃ!そうと決まれば道具を買いに行かなきゃな!
ヒロ!まずはグローブ買いに行くか!」
突然立ち上がった父さんが嬉しそうに俺にそう言ってくれた。
「いや...俺、こいつを使うよ」
そう言って、持っていたグローブを見せる。
「そんなボロいのより新しいの買ってやるよ」
「いや、これがいい...
これ持ってると過去のこと...嬉しかったことや悲しかったこと...色々思い出すんだ。
忘れちゃダメなこともたくさんある」
真姫にしてしまったこと...
もう忘れて切り捨てようなんて思わない。
「その全部を背負って俺は野球をしたい。
それに、こいつが一番手にしっくりくるしね」
「そうか...」
道具も必要最低限ですませようと思った。
これ以上、親には迷惑をかけたくないしな。
「それより、久しぶりにキャッチボールしようよ」
「よし!なら外で待ってろ。」
「わかった」
そう言って俺はグローブとボールを持って外に出た。
「よう、今帰りか?」
「!?」
俺が外に出たタイミングで練習から帰ってきた真姫と鉢合わせた。
「まぁね、それよりあんたこそ何してんのよ」
「みりゃわかんだろ」
そう言って持っていたグローブを見せた。
「...お前、ちょっと付き合えよ」
「え?」
俺は家の中に入りもう一つグローブを持ってきて真姫に渡した。
「ち、ちょっと、私キャッチボールなんてできないんだけど!」
「わかってるよそんなことは、
ほら軽く投げてやるから、しっかり取れよ」
そう言って軽くボールを投げてやる。
「きゃっ」
真姫はボールに触れたものの、ボールはワンバウンドし地面に落ちた。
「何やってんだよ」
「だ、だから私できないって言ったじゃない!」
真姫は顔を真っ赤にして反論してくる。
「ったく、しっかり取れるようになってくれよ。
じゃないと練習相手にならないだろ」
「あんた!私を練習相手にしようとしてるわけ?」
「当たり前だろ?暇な時は誘うからな。
しっかり練習しとけよ」
「なにやってんだおまえら?」
するとようやく父さんが出てきた。
「何やってんだ、待ちくたびれたよ」
「わりーわりー、ほらさっさと始めるぞ」
そう言ってボールを投げてくる。
久しぶりだ、父さんとキャッチボールするのも。
相変わらず右肩は上まで上がってくれない。
スナップで投げるしかないな。
「楽しそうね、あんた」
いつの間にか家の階段に座っていた真姫が微笑みながら話しかけてくる。
「やっぱり私は見てる方がいいわ」
「なんでだよ」
「...だって」
「....」
「またあんたの野球してるとこよく見られるじゃない」