チュンチュン
午前6時15分。
外の空気は少し乾燥していた。
やはりこの季節になっても早朝というのは寒いものだ。
「ぶぇっくしゅん!」
「もう!きたないわね。」
「しょうがないだろ...
寒いんだから」
真姫とふたりで神社の階段を一段一段登っていく。
もちろん、こいつの荷物も全部俺が運んでいるのだが...
「おまえ...大丈夫か?
最近無理しすぎだろ?」
「なによ、急に」
真姫は肺が弱い。
そのため、小さい頃から運動が苦手で走り回るとすぐに息が上がってしまっていた。
「平気よ。
最近はなんだか調子がいいの。
それに、あんたが頑張ってるんだから...負けてられないじゃない」
「....そっか」
こんなところで負けず嫌いを発動しなくてもいいだろ...
それに、最近は真姫と一緒にいる時間が少ない。
こいつが無理をしていても止められないかもしれない。
「でも、無茶だけはするなよ」
「わかってるわよ」
いざという時のために真姫のこと、誰かに頼んどいた方がいいかもな...
「おーい!ふたりともー!」
上からよく聴きなれた声が聞こえてきた。
みると穂乃果がこっちに手を振っている。
「急ごう」
「ええ」
二人で残り少ない階段を一気に駆け上がった。
「あれ?なんで絵里がここにいるんだ?」
ようやく階段を登りきったところで、いつものメンバー以外に絢瀬絵里がいることに気がついた。
「聞いてなかったの?昨日から私達もμ'sのメンバーに加わったのよ。」
「達?」
「そうゆうことやね。」
「うわ!」
急に後ろから声をかけられ、思わず飛びのいてしまった。
「希まで...」
「ビックリしたやろ?
まぁ、ウチはこうなること...わかってたけどな」
「?」
ということは今現在のμ'sは全部で9人になったわけか。
にしても同級生が3人も入ってたなんて全然気がつかなかった。
「さぁ!これで全員揃ったよ!
今日も張り切っていこう!」
穂乃果がそういうとみんなが「おー」と返事をし、今日も朝練が始まるのだった。
「はぁはぁはぁ」
「ほら大丈夫か?
きついなら休んでいいんだぞ?」
朝練はほとんどが体力づくり。
神社の階段の上り下りを繰り返し行う。
走っていると息を切らしながらなんとかみんなについて行っている真姫の姿が目に入った。
「へ、平気よ。
みんな頑張ってるんだもの...
私も負けてられないじゃない。」
「...」
ったく。本当に負けず嫌いだな...おまえは。
でも確かに以前と比べて体力はついてきたと思う。
走れる距離もだいぶ伸びたし、なんやかんやでいつも最後までみんなについていけてる。
こいつにとっても良い傾向と言っていいだろう。
「わかった...
なら一緒に頑張ろうぜ」
「はぁはぁ...うん!」
ゴールまであと少しだ。
俺たちはラストスパートをかけるべく、少しだけペースを早めた。
「ところでおまえら...せっかく人数も増えたんだし、ライブとかしないのか?」
9人「....」
朝練が終わり、階段の上で休憩している時に俺はふと思ったことを口にした。
しかし、俺がそう聞いた瞬間、みんなが俺を見たまま信じられないというふうな顔を作り見つめられる。
「な、なんだよ...」
「ヒロくん...知らないの?
私たち、もう何度かライブやってるんだよ?」
「え?」
今初めて聞いた...
野球をやっていて忙しかったこともあるが、それでもだれか教えてくれてもいいじゃないか...
「おい真姫!なんで言わねーんだよ!」
「だ、だって...」
「先輩!真姫ちゃんは先輩に見られるのが恥ずかしかったんだにゃ〜
そうだよね!真姫ちゃん!」
「ち、違うわよ!」
実際ライブを見ることができなかったのは少し悲しいけど、こいつらが積極的に活動していることがわかって少し嬉しかった。
「...今度は呼べよな。
見に行くから」
「...わ、わかったわよ」
真姫は渋々といった感じで承諾した。
「そうそう!それでね!
今度またライブをやるんだよ!」
「へぇーいいじゃないか。
それで?いつやるんだよ」
「うん、二週間後のオープンキャンパスの日にするの。
でも...」
「?」
なんだ?
穂乃果の口が急に静かになった。
「このオープンキャンパスの結果次第で廃校が先送りになるか決まるの。
つまり、私たちがライブをして来年の新入生を集めようってわけ。」
「...なるほど」
穂乃果のかわりに絵里が説明してくれた。
つまりこのライブが失敗すれば音乃木坂は正式に廃校になるというわけか。
「...」
たった9人に学校の命運を任せているんだ。
そのプレッシャーは半端じゃないと思う。
それでもこいつらは立ち向かおうとしてるんだ。
他のどんな奴よりかっこいいと思うし、心の底から尊敬する。
「やれるさ...おまえらなら」
9人「!」
「おまえらばっかりにこんな重荷を背負わせることになってごめん...
でも、俺は...この9人ならやれるって確信できるよ。」
「....」
「根拠はないけどな!
今度はちゃんと見に行くからよ、かっこいいところ見せてくれよな」
にししっと笑顔でそういうと、他のみんなもつられて笑顔になった。
やっぱみんな曇った顔は似合わない。
こんなに可愛いんだ、笑顔でいないと。
「そうだね!ありがとうヒロくん!
なんだかやる気がでできたよ!
私たち、やってみせるから絶対見に来てね!」
「おう!」
しかし、俺も人のことを気にしている場合ではない。
10日後に迫った初戦に向けて再びエンジンをかけなきゃな...
その日の放課後。
大会前ということもあり、野球部は今調整期間に入っている。
ということで、いつもより早めに練習が終わった俺は久しぶりに真姫と一緒に下校しているところだった。
まぁ、おまけで隣にはマルも付いて来たのだが...
「それでどうなのよ...
一回戦は勝てそうなの?」
「まぁ、マルのくじ運のおかげでなんとかな...
正直、今の俺たちがどこまでいけるかは俺でもわからない...」
そう、顧問の先生のおかげでなんとか練習試合を組んでもらったが、相手があまり強くなかったとはいえ意外なことに、全てコールドで勝ってしまったのだ。
まぁ、ピッチャーは俺が専属で鍛えてやったからそれなりにいい仕上がりになってるし、他のメンツも厳しい練習に耐えただけあってひとまわりもふたまわりも成長している。
ひょっとしたらいけるとこまでいけるかもな。
「ふーん
ま、あんたが足引っ張らないことを祈ってるわ」
「おい!ちゃんと応援しろよ...」
「真姫ちゃんは知らないだろうけどこいつはすごいよ。
2年半もブランクがあるとは思えないほど上手いんだ。
ぶっちゃけ、勝てるかどうかは宮本とヒロにかかってるよ」
「ちがうだろ?
みんなで勝つんだよ。
他のチームに比べて俺たちが勝るとこはチームワークだけなんだ。
個人じゃ勝てない...
力を合わせるんだ」
そうは言っても結局はこじんのちからもひつようになってくる。
だからこそ今日までそこを伸ばすためにみんな必死に練習して来たのだ。
「俺たちは絶対に勝ってみせるからよ...
おまえもライブ頑張れよな!」
「うん」
暗くなりつつある街の中で、俺たちは互いの成功を誓い合った。
《side 真姫
ヒロが必ず勝つと約束してくれた日から10日後。
今日は野球部の初戦の日。
学校はあるが野球部と吹奏楽部は学校を休んで野球応援に向かっている。
私も試合を見たかったのだが授業があるためみにいくことはできなかった。
今頃はもう、試合が始まっている頃だろう。
音乃木坂は全くの無名校で人数も少ないし相手からはさぞなめられることだろうけど、それでもあいつなら必ず勝ってくれる。
『俺たちは絶対に勝ってみせるよ』
ヒロは嘘をつかない。
あの日の言葉を思い出しながら私は野球部の勝利をひたすら祈った。
キーンコーンカーンカーン
「...姫ちゃん」
三時限目終了のチャイムがなった。
うーん、試合の様子が気になって仕方がない。
「真姫ちゃん!」
「ゔぇえ?」
ぼーっとしていると誰かに声をかけられた。
見るといつの間にか凛がすぐ隣まで来ていた。
「ごめん、ぼーっとしてたわ...
どうしたの?」
「どうしたじゃないにゃ!
先輩の試合、もう終わったみたいだよ?」
「え?」
幾ら何でも早すぎる。
ということはおそらくコールドゲームになってしまったということだろう。
「これみなよ!」
そう言って、凛は携帯を見せてきた。
それはインターネット内の県予選の掲示板で全ての試合の結果が載っているというものだった。
「ちょっとかして」
私は強引に携帯を奪い試合結果の欄を見る。
「え?
10-0!?」
見ると音乃木坂は10-0で負けていた。
そんな...あんなにじしん満々だったのに...
「すごいよね...
こんなに大差で勝っちゃうなんて」
「え?」
私があからさまに肩を落としていると隣で凛がそんなことを言い出す。
そして、もう一度私は携帯を覗き込んだ。
「ほ、ほんとにかってる..」
しかも、10-0で...
「しかも、ヒロ先輩!
ホームラン打ってるよ!」
掲示板を見ると本塁打のところにヒロの名前が載っていた。
「すごい...」
やっぱりヒロは約束を守ってくれた。
少しでも疑った自分が恥ずかしくなる。
「私も頑張らなきゃね...」
「?なにかいったかにゃ?」
「ううん、なんでもない」
今度は私の番だ。
あいつに負けないくらい精一杯やってやる。
《side ヒロ
ワーワー
歓声が聞こえる。
楽器の音が球場全体に響き渡っていた。
「大輝!あと一人だ!ガンバレ!」
「ハイ!」
九回裏相手チームの最後の攻撃
ツーアウト満塁
スコアは5-4で俺たちがリードしている。
しかし、いまだピンチなことに変わりはなかった。
カン!
金属独特の音と共にボールは俺のポジション、つまりセカンドに転がってきた。
「くそ!」
しかし、ボールはいま一二塁間を抜けようとしている。
ここで抜かせば負ける。
ファーストは間に合わない。
俺が行くしかない!
「っクソッタレ!」
横っ飛びでギリギリボールを掴みそのままファーストに送った。
「アウト!」
審判の手が上がる。
「はぁはぁ、よし!」
「ヒロ!」
その瞬間、みんなが俺のところに集まってきた。
何はともあれこれで二回戦突破だ。
今日の相手は都でもベスト8には入る強豪校だったが、大輝の頑張りでなんとか勝つことができた。
「さぁ、ならぶぞ、お前ら!」
マルの声と共に俺たちは整列した。
「おい!急げよ!間に合わないだろ?」
「ま、待てよ...疲れたんだ」
試合が終わったあと、俺とマルは記者達に取材されてバスに乗るのが遅くなってしまっていた。
弱小校だった音乃木坂が今や二回戦を突破したのだ。
しかも相手は強豪校
記者が放って置くわけがない。
「すみません、遅れました。」
先にバスに乗っていた仲間と先生に頭を下げ俺たちが乗ったところでバスが出発する。
「それにしてもすげーよな。
おまえ、一気に有名人になったじゃないか」
座席に座ったところでマルがいきなりそんなことを言い出す。
俺の成績は2試合合わせて12打数8安打1本塁打3盗塁。
記者からもそのことについての質問が多かった。
「このままいけば大会記録らしいぜ?」
「関係ないだろ?俺たちの目標は甲子園だ。
俺はそれにしか興味ないよ。」
ぶっちゃけ、大輝一人に負担がかかりすぎている。
ここまでよく頑張ってくれた。
こいつがいなかったら多分ここまで来れなかっただろうからな。
「それより、早くしないとライブが終わっちまうよ」
そう、今日は学校のオープンキャンパスの日。
あいつらがライブを行う日だった。
おれは午前中の試合に必ず勝ってライブを見に行くとあいつらに約束していたのだ。
「頼むからまだやっててくれよ...」
俺の思いとは裏腹に、バスは信号につかまり一向に進んでくれなかった。
【ありがとうございました】
全員でお礼を言ってバスから降りる。
俺はマルにカバンを預けたままライブ会場にダッシュで向かった。
「はぁはぁ、あった」
ーーー♬
見ると会場には人だかりができていて音楽も聞こえてくる。
やばいな、もう始まってんのか。
俺はゆっくりと近づき、人だかりの一番後ろからライブの様子を眺めた。
「‼︎」
みると特設会場でμ'sが一生懸命歌って一生懸命踊っている。
前に見た穂乃果たちのライブにはどこかたどたどしさがあったが今はその様子は一切なく、完璧に統率された踊りで見ている側を圧倒的に魅了してくる。
真姫から聞いた話だとどうやら絵里がバレエをしていたこともあり、μ'sのダンスレッスンを担当しているそうだ。
「なんだ...心配しなくても良かったな...」
周りの人だかり、歓声、これだけ見てもこのライブの成功は明らかだった。
でも、そんなことを考えるよりいまはこのライブをゆっくりと楽しもう。
そんな気分になった。
「ヒロくん!どうだった?」
ライブ終了後、部室に足を運んだ俺に穂乃果が聞いてくる。
「ああ、良かったんじゃないか?」
「えーそれだけ?」
気がつくと他のメンバーも俺のことを睨んでいた。
「ま、まぁ、あれだけの人を集められたんだ。
ライブは間違いなく成功だよ。
俺が心配するまでもなかった。」
「...そうだよね、私達一生懸命歌ったもん。
きっと大丈夫だよね...」
「あったりまえでしょ!このニコニーがいて失敗なんてありえないもの!」
「そんなこと言って、一番緊張してたのは誰だったかにゃ?」
「ち、ちょっと凛!」
そんなやりとりを見てまわりには笑い声が起こる。
やり遂げた後というのもあって、こいつらの表情にはどこか安心したようなところが見えた。
「ん?」
不意にちょこんと座っていた真姫と目が合う。
「お疲れさん...頑張ってたな。
かっこよかったぞ?」
「当たり前でしょ?私を誰だと思ってるのよ」
相変わらず偉そうに真姫がそう言ってくる。
「それより、あんたもちゃんと勝ったんでしょうね?」
「当たり前だろ?俺を誰だと思ってるんだよ」
「な!真似しないで!」
そう言ってまた俺の胸をポカポカ叩く。
「何はともあれ本当にお疲れさん」
「///」
そしていつものように真姫の頭を撫でた。
なんだか自信がみなぎってくる。
μ'sはしっかりとやり遂げた。
あとは俺の番だ。
俺を必要としてくれたあいつらのためにも絶対に甲子園に行ってやる。
そう決意し俺は静かに部室を後にした。