《side 真姫
あのライブから5日後
私は今、夏の予選の会場に来ていた。
あれから野球部は順調に勝ち進んでいき、準決勝まで来ている。
そのおかげで今や音乃木坂野球部はニュースに取り上げられるほどになり、学校で野球部はヒーローみたいになっていた。
今日は準決勝ということもあり、学校全体で野球応援に乗り出した。
まさかこんなことになるとは学校の誰も予想していなかったと思う。
でも、野球部は今絶体絶命のピンチに陥っていた。
「大丈夫かな?ヒロ先輩...」
「きっと大丈夫よ...あいつは打ってくれる」
隣の凛が心配そうに私に話しかけてくる。
今は九回の裏
スコアは7-5で音乃木坂のビハインド。
満塁の場面でバッターはヒロ...
「...お願い...打って...」
私は目を閉じあいつが打つことをひたすら祈った。
カーン!
「!!?」
あいつが響かせた快音はボールを高々と打ち上げそのままレフトスタンドに吸い込まれた。
オーーーー!
すると一気に歓声がわく。
「え、なに?どうなっちゃったの?」
「すごいよかよちん!先輩がホームラン打ったんだよ!
これでうちのサヨナラ勝ちだにゃ!」
凛が花陽に抱きつきながら喜んでいる。
グラウンドを見るとヒロがガッツポーズしながらベースを回っている。
「....すごい...」
私は昔からあいつを見てきた。
野球をやっているあいつの姿は本当に楽しそうで、何よりかっこいいと思った。
一度は諦めた野球をこうしてまた楽しそうにプレーをしているあいつを見るとなんだか心の奥がジワーッと熱くなるのを感じる。
「ま、真姫ちゃん!なんで泣いてるの?」
「え?」
頬に触ると透明な液体が手についた。
いつの間にか涙が出ていたらしい。
「な、泣いてないわよ!ただ目にゴミが入っただけ!」
あいつが活躍するのを見ると自分のことのように嬉しくなる。
「本当におめでとう...ヒロ...」
涙をぬぐい私は静かにそう呟いた。
「いやーすごかったにゃ!ヒロ先輩」
「うん...かっこよかったよね」
試合が終わり、応援用の帰りのバスに乗り込む。
隣では凛と花陽が嬉しそうに試合の感想を言いあっていた。
「...」
試合後にヒロに話しかけようと下で待ってたけどあいつは記者に囲まれてそれどころじゃなかった。
ヒロはどんどん有名になっていく。
なんだかあいつが知らない間に遠くに行ってしまったように感じて少しだけ不安になった。
「どうしたの?真姫ちゃん」
「...なんでもないわ」
私を見て花陽が声をかけてくれる。
「ねぇねぇ、先輩あーんなに上手なのになんで早く野球部に入らなかったのかな?」
凛が足をプラプラさせながら私に聞いてきた。
「...あいつにも、色々あったのよ」
「ヒロ先輩、むかしなにかあったの?」
「...あいつ、昔から野球で有名だったんだけど、そのせいで色々背負ってたんだと思う。
大きすぎる期待に押し潰されそうになってた。
ちょうどその時に色々あって...心が傷ついて...
ボロボロになってた。」
全てを話すわけにはいかない。
でも、凛と花陽にならちょっとだけ話してもいいと思う。
「それで肩を壊してからは野球をしなくなったわ...
だから、またあいつが楽しそうに野球をしてるのを見るとすごく嬉しくなるの」
「...そうなんだ」
「でもよかったじゃん!」
「!!?」
突然凛が立ち上がり声を上げる。
「また先輩が野球してるのはきっと、真姫ちゃんが支えてあげたからだよ!」
「私?」
「うん!」
考えもしなかった。
私はあいつの重荷にしかなってないと思ってたから。
でも、もし本当にそうなら少しだけ嬉しい。
「...ありがとう、凛」
《side ヒロ
とうとうここまで来た。
あと一勝、あと一勝で夢が叶う。
こいつらに恩返しができる。
「よーし!いくぞお前ら!」
試合前の円陣
中心にマルが立ち声をあげた。
「あと一勝
本当にここまでよく頑張った。
ヒロ...お前のおかげだよ、俺たちがここまで来れたのは」
そう言ってマルが涙を流す。
「おいおい、泣くのは勝ってからにしろ!
それに、俺じゃない、みんなが頑張ったからここまで来れたんだ。」
そう言ってみんなの顔を見る。
するとみんな自信に満ち溢れたいい表情になっていた。
負ける気がしない。
「あと一勝だ。
俺たちの目標...
夢じゃないんだ。絶対に勝とう!」
「ああ!」
俺はそう言ったあとスタンドの方を見て真姫を探した。
「お!いたいた」
真姫はここからでもわかるくらい不安そうな顔をしている。
そんな顔するなよ。
約束しただろ?絶対に勝つって。
俺はあいつに向かって手をグーにし、腕を伸ばす。
それに気づいた真姫は同じように手を伸ばし、今度は微笑んでくれた。
最後にマルがかけ声を上げる。
「いくぞーー!」
『おおーーー!』
声と共に俺たちの最後の戦いが始まった。
「はぁはぁ」
観客の声や応援歌なんて聞こえてこない。
心臓の音だけが聞こえる。
全ての背景が消え、ピッチャーにピントがあった。
九回表ツーアウトランナーなし
スコアは1-2で一点ビハインド。
こんな場面で打席が回ってくるなんてな...
俺が負ければここでおしまいか...
イヤだな...それだけは
ここまでのこと、俺が終わりにしていいわけがない。
こんな俺なんかをチームに入れてくれたあいつらの夢を俺が終わらせていいわけがない。
今こそ恩返しするチャンスだろ!
それに...約束したんだ...必ず勝つって。
ずっと支え続けてくれたあいつに誓ったんだ。
ピッチャーが振りかぶる。
全ての動きがスローに見えた。
そしてボールを投げた。
だったら...俺が...この俺が!
こんなところで!
【終わっていいわけないだろ!】
カーーーン!
ボールを打った瞬間に手応えを感じた。
俺はボールを最後まで目でおう。
カーーン
レフトスタンドのポールにあたりボールは地面に落ちた。
「はぁはぁはぁ」
おーーーー!
歓声が湧き俺は走り出す。
ダイヤモンドを回ってる途中スタンドを見た。
真姫...見てたか?
まだ終わってないぞ!
延長11回裏
2-2のままゲームは進んだがまたしてもピンチが訪れる。
ツーアウトランナー三塁
相手はサヨナラのチャンス
俺たちは今、マウンドに集まっていた。
「すいません...」
「何言ってんだ、こんな強豪相手にお前はよく頑張ったよ。
ここまで一人でよく投げたな。
感謝してる。」
満身創痍の大輝に声をかける。
こいつは本当によく投げてくれた。
それこそ、これ以上ないってくらいに...
「自分、この学校に来たのは先輩がいたからなんです。」
「!!?」
「特にうまくもなかった俺を先輩が一から教えてくれた。
だから先輩に今の自分を見て欲しくて音乃木坂を選んだ。」
「...」
「結局、先輩は野球部に入ってなかったけど、いまは同じチームの仲間だ。
だからここで恩返しがしたい。
最後の一人...こいつさえ抑えれば次の回先輩に回ります。
だから、ここは俺に任せてください。」
ようやくわかった。
こいつがここを選んだ理由が...
「ああ、わかった。
俺に任せろ!
よし、マル!何か言えよ!」
そう言ってマルを見るとなぜかまた泣いていた。
「マル?」
「ありがとな...みんな...
俺、はじめてだからよ...こんなに嬉しいの」
「...」
「今まで俺について来てくれる奴なんていなかった。
みんな逃げ出すんだ、ついていけないって...」
あの練習量だ...多分耐え切れなかったのだろう...
「泣くのは早いぞ?さっきも言ったけど、それは勝ってからにしろ!
そしたらいくらでも泣いていいさ。」
「ああ、わかってる。
よし!これで最後だ!みんな!絶対に勝とう!」
『おーーー!』
そう言ってそれぞれのポジションにつく。
審判も俺たちの長すぎるミーティングを最後まで邪魔しないでくれた。
きっと最後だからというところもあったのだろう。
気合は十分
あとはここを凌ぐだけだ。
大輝!頑張れ!
ピッチャーが振りかぶる。
そしてボールを投げた。
カーン!
「!!」
しまった!
大輝の足元を抜かれた。
ボールは勢いよく転がっていく。
ショートは?ダメだ間に合わない。
なら...俺がいくしかないだろ!
全力で走った。
これは...この球だけは抜かしてはいけない。
みんなの思いが詰まってるんだ!
「クソッタレ!」
スライディングでギリギリボールを取る。
よし!まだ間に合う!
ボールを握り、投げようとした瞬間、違和感に気づく。
これ以上...肩が上がらない...
くそ!こんな時に!
なんでだ!なんでだよ!
これを投げれば勝てるんだ!
こんな時に、なぜかあの時の...
病室で笑いながら俺を迎えてくれたあいつの顔が思い浮かんだ。
...そうだ
俺はなんのためにまた野球部に入ったんだ。
支えてくれたあいつにかっこいいところを見せるためだろ!
なら、ここで投げなきゃ
意味ないじゃないか!
ブン!
俺は最後の力を振り絞り、ワンバウンドでファーストに投げた。
パシ
ボールはランナーと同時にミットに収まった。
球場が少しだけ静まり返る。
そして、審判が手を挙げた。
「セーフ!セーフ!」
オーーーーー!
「は...?」
い、今、なんて言った?
セーフ?...な、なんで...
そんなわけ...ないだろ...
ここまで来たんだ。これからなんだ。俺たちは...
セーフなわけがないんだ...
周りを見ると相手チームは抱き合って喜んでいる。
こっちは皆...泣いている。
「整列!」
審判の声が聞こえた。
「...おわった...のか?」
俺のせいで...
また...俺のせいで、人の夢を、幸せを奪ったのか...
あの一瞬の迷いで、終わっちまったのか?
「ヒロ...いこう
閉会式だ...」
俺の背中をマルが押す。
気がつくと、整列も、観客席の挨拶も終了し閉会式に入っていた。
「うぅ、クソ!」
試合後のロッカールーム
みんな泣いていた...
俺は一人、外に出る。
泣くわけにはいかない。
みんなの夢を終わらせた張本人が一丁前に、頑張ったフリをして泣くわけにはいかなかった。
あそこにいると、自然と涙が流れそうで..
自分の力の無さに絶望しそうで...吐き気がしてきた。
「う、おぇ」
俺はトイレに飛び込み、ひたすら吐き続けた。
野球部が泣きながら外に出ると、音乃木坂の全校生徒が出迎えてくれていた。
そして顧問とキャプテンであるマルが挨拶をしだす。
その途中で並んでいる中に真姫を見つけると目と目があう。
真姫は不安そうな、どこか悲しそうな微妙な表情で俺を見ていて、俺は目をそらしてしまう。
...そんな顔させるために野球、再開したわけじゃないのにな...
顧問の話がいつも以上に長く感じた。
「ごめん...みんな...」
「!!?」
今、バスに乗って帰ってきた俺たちは、部室に集合している。
その中で俺は一番最初にみんなに謝った。
「な、なんでおまえがあやまるんだよ...」
「最後のボール...
俺がもっと早く投げなかったから...
そのせいで試合に負けた。」
「...」
本当になんのためにこの野球部に入ったんだろうな...
「みんなの夢を終わらせた...みんなの思いを無駄にした...
みんなの頑張りを...苦労を...あの一球で全部台無しにしたんだ...」
謝って済む問題ではない...
「本当にゴメン...」
俺はみんなに向かって深くお辞儀をする。
こんな情けない俺でゴメン...
力のない俺でゴメン...
最後の最後でまた、同じことを繰り返して...ゴメン
「何言ってんだよ!ヒロ!」
「!?」
顔を上げる。
するとみんなは笑顔で俺を見ていた。
「お前がいたからここまで来れたんだろ?
本当だったら俺たち二回戦で終わってる。
感謝こそすれ恨むことなんて一つもないよ。」
「な、なんで...」
「最後に最高の思い出ができた。
全部お前のおかげさ。
誰もお前を責めはしないし憎みもしない。
だからさ、みんなお前に感謝してる!
俺たちのチームに入ってくれてありがとう!」
「...!」
そう言うと一斉に俺に飛びかかりのしかかってきた。
「いて!いてーよ!
おいやめろって!」
みんな笑顔だ。
「一人で背追い込むなよ。
おれたち仲間だろ!」
ああ、そうか。
俺がずっと望んでいたのは、心許せるこう言う仲間だったんだ...
最後の最後でやっと手に入れたよ...
「みんな...ありがとう!」
自然と笑顔になる。
俺はこのチームに入って本当に良かった。
「真姫...」
部室から出ると、制服の真姫が立っていた。
「一緒に帰りましょ!」
「...ああ」
そう言って二人で歩き出す。
「...ゴメンな、勝てなくてよ」
開口一番、何を話せばいいのかわからなくて、そんな言葉が自然と出てしまった。
「本当よ!必ず勝つって約束したのに」
「...わりー」
「でも!」
「?」
「私は満足よ。
あんたのかっこいいところ、いっぱい見れたもの」
「!」
まただ、またあの光景がちらつく。
昔の、あの日のお前の顔が...
その笑顔に俺がどれだけ救われたか...
「最後の打席、あの時、お前の顔がなぜか浮かんできたんだ」
「!?」
「あの時だけじゃない、誰もが諦めるようなピンチの時、決まってお前の笑顔が浮かんでくる。
そのときはさ、自然と力が湧いてどんなことでもできるような、そんな気分になるんだ。
...あの打席、だから打てたのかもな。
真姫...ありがとう」
「///何言ってんのよ!イミワカンナイ!」
そう言って照れ臭そうによそを向く真姫はどこか嬉しそうに見えた。
「「ただいまー」」
二人揃って高山家に上がる。
「あら、お帰りなさい」「おかえり」
すると、父さんと母さんが同時に返事を返してきた。
「なんだよ、いたのか」
「お前の試合見に行ってたんだ。
気づかなかったのか?」
は?全然気づかなかった。
「残念だったわね...
ほら、今日はハンバーグ作って上げるから元気出して!」
「う、うるさいよ!///」
「あ、私も手伝います!」
そう言って真姫もキッチンに向かった。
俺は手を洗いそのまま自分の部屋に向かう。
「どこ行くの?」
「部屋だよ、疲れたからくんなよ?」
真姫にそう言い残し一人自分の部屋に向かった。
ドサっ
カバンを放り投げ、ベットに寝転ぶ。
今日は本当に疲れた。
眠気が襲ってきて目を閉じる。
「...」
目を閉じると浮かんでくるあの時の光景。
「...くそ」
あと一つ...あと一つだった
「...くそ!」
手を伸ばせば届いたんだ。
悔やんでも、いくら騒いでもあの時には戻れないのはわかってる。
あいつらはああ、言ってくれたけど罪悪感は消えない。
「...くそ...」
ああ、あいつらと...甲子園...行きたかったな...
まだあいつらと...野球したかったな...
あいつを...真姫を...甲子園に連れて行きたかったな...
「ちくしょう!...ちくしょう!...」
あいつらの...あいつの前だけでは泣きたくなかったけど、今ぐらいいいよな...
俺は枕に顔をうずめ、溢れ出る涙を抑えきれず...泣いた。
《side 真姫
ヒロと一緒に高山家に上がる。
リビングに入ると、おじさんとおばさんが出迎えてくれた。
話によると今日はハンバーグを作っているらしい。
ヒロの大好物だ。
なら、私があいつのために頑張って作ってあげよう。
そういう気分になった。
「どこいくの?」
洗面所に行ったあと、ヒロが何処かに行くのが見えて声をかける。
「部屋だよ。疲れたからくんなよ?」
なに?私といると疲れるっていうの?
なんかムカつく...
「あ、そうだ!真姫ちゃん
ヒロに先にお風呂はいるように言ってきてくれない?」
「わかりました」
確かに泥だらけで部屋に入るのは汚いわね。
私はヒロを呼ぶため階段をドタドタと登った。
部屋の前に立ちドアノブに手をかけようとした瞬間
「...くそ...」
ヒロの声が聞こえた。
なんて言ってるのだろう。
私は気になりドアに耳をつける。
「...ちくしょう!...ちくしょう!」
「!!」
...ヒロは泣いていた。
声を殺して。
さっき部屋に来るなと言ったのは泣くところを見られたくなかったからだ。
「あぁぁぁ...」
...思えばヒロが泣いてる声を聞くのはこれが初めてだった。
あいつは私の前では一度も泣いたことがない。
試合後だって、みんなが泣いている中、あいつは帽子を深く被ってはいたものの泣いてはいなかった。
きっとこいつのことだ。
色々背負って我慢していたのだろう。
「うっ..う...」
今日くらい、堂々と泣けばいいのに...バカね...
「お疲れ様...ヒロ
今はゆっくり休んで」
私はそのまま後ろを向き、階段を降りた。