私はお父さんが嫌いだった。お父さんは世間で言うところの『ハンター』だ。お父さんはお兄ちゃんが産まれる前からハンターだったらしい。っていうことは…少なくとも18年以上は狩りをして過ごしているんだろう。
ここまででは別段嫌いになる要素はないだろう。しかしハンターという仕事(?)は家にいる時間がかなり少ないのだ。一度狩りに出掛けると遅いときでは一週間は帰ってこないことがある。帰ってきたときはもちろん私たち兄妹の相手をしてくれていたが、すぐにまた狩りに出掛けていく。そんなお父さんを私は小さい頃から嫌いだった。
お母さんはそんな小さい頃からお父さん嫌いな私を苦笑いしながら頭を撫でてくれていた。お母さんは私の頭を撫でながら、ごめんね。と言って、それ以上は何も言ってくれなかった。後で知ったことだが、お母さんは昔はハンターだったらしい。お母さんはハンターだったから、お父さんの苦労がわかるのだろう。それにしてもお母さんは娘である私から見てもけっこうな美人だ。そして…うん、その…、胸が、凄い。恐らくお父さんもこれにやられたのだろう。こんな美人がハンターだったとは、恐らくその狩りは綺麗なものだったのだと思う。
お兄ちゃんはやはり男だからだろうか、お父さんの狩りに昔から興味深々だった。お父さんが帰ってきたときに持ってきた綺麗な石(後で鉱石だと知るけど)やモンスターの甲殻などを手にとって眺めていたりしていた。だからだろうか、お兄ちゃんはハンターに憧れていた。お父さんから武器の使い方、サバイバルの仕方、さらにハンターの心構えなんかを習っていた。そしてお兄ちゃんは2年ほど前に武器を持ってどこかへ旅立ってしまった。
私はそんな家族で育ってきた。私の考えをわかってくれる人は家族にいない。そして学校などでもハンターの両親を持っている友人は誰もいなかった。いても、片方の親がハンター、そしてそれをもう片方の親がハンターを反対している、という人だけだった。この村のどこにも私のことをわかってくれる人はいなかった。
だが、私のことをわかってくれる人はいた。しかも身近に。いや、それは人ではなかった。それは『アイルー』と呼ばれている種族で、お父さんとお母さんの、特にお父さんの友達の子供だった。
「それは仕方ニャい、おミャーの親父さんはけっこう有名なハンターだニャ。それはおミャーも15年生きてきてじゅーぶんわかっているはずニャ。」
この独特の喋り方とニャーニャー五月蠅い語尾で喋るアイルーは私の友人だ。いや人ではないから友達ということになる。この友達は私の話をよく聞いてくれた。
「そもそも、おミャーがハンター嫌いなのは親父さんが構ってくれニャいからニャ。だったらおミャーの兄みたいにハンターになってみたら親父さんの気持ちもわかるはずニャ。」
そう言ってこの友達は腕の毛を舐める。その毛の色はどこかお母さんがよく買ってきてくれるお菓子に似ている気がする。そして、その背中にはよく手入れされている武器が顔を覗かせている。毛を舐めとり終わったからだろうか、こっちに向き直った。
「でも私はそんなことする勇気がないよ…」
「それは気のせいニャ。勇気がないやつは普通アイルーと友達になろうなんてことはしないニャ。」
「キミは私の家族みたいなもんだったじゃん…」
そう、このアイルーは私の家族みたいなものだったのだ。ハンターのお父さんが開いている『オトモ道場』というアイルーのための施設。ここにこの友達は所属していて、お父さんの狩りに同行したりしていた。一年ほど前のある日、泣いていた私を頭を撫でて慰めてくたことからの付き合いだ。こう見えてもお兄ちゃんと同い年らしい。だから私にとってもう一人の兄みたいものだった。
「そりゃおミャーの親父さんにはここまで育ててもらった恩義があるからニャ」
「え?そんなこと始めて聞いたんだけど」
「そりゃ、言ったことニャいからニャー」
ニャハハハとこの友達は笑う。
この友達とは一月に一度のペースで会う。住んでいるところが遠いとかではなく、ただ単に用事が重なりなかなか会えないからだ。そのペースはお父さんより長いはずなのに、お父さんより親しみを持っていたのはこの友達の独特な雰囲気のおかげだろう。
「そう言えば、今まで聞いたことなかったんだけど、キミの親はなにをしているの?」
それを聞くと笑い声がどんどん小さくなっていき、掠れるような笑いになる。こんな友達を見るのは初めてで、少し戸惑う。
「ご、ごめん!聞いちゃだめだった…?」
「いや、そんなことニャいよ。」
そうニャ、と友達は立ち上がると、私に向かって言った。
「ちょっと付いて来るニャ。もしかしたらおミャーの親父さん嫌いも直るかもしれニャいからニャ」
私は言われるままに付いて行った。そこは私のお父さんが管理している農園だった。私はここに来たことがなかった。ここに来るとお父さんがハンターだということが嫌でもわかってしまうからだ。
「こっちニャ。」
そう言うと、友達は私を農園の片隅に連れてきた。そこには立派な墓石があった。よく手入れされているようで、最近も誰かが来ていたのか、花が添えられていた。
「ここ、俺のお父さんの墓ニャ」
「えっ…?」
私は言葉を失ってしまった。家族ぐるみの付き合いというから、てっきり親が生きていると思っていた。
「俺のお父さんは立派なハンターだったらしいニャ。お父さんは俺が産まれる数日前に病気で死んじまったニャ。俺の兄貴に聞いた話だとおミャーの親父さんのオトモとして、ここの村を救ったらしいニャ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。色んな情報が入りすぎて何がなんだが。」
私は混乱していた。お父さんが有名なハンターだったことは知っていたが、この村を救った?そんなことは初めて聞いた。なんでそのことをみんなは教えてくれなかったか。私がそう尋ねると。
「そりゃ非公式だからニャ。このことを知っているのは当時からこの村にいたやつだけニャ。それも20年前ニャ。」
「なんでお父さんは私に教えてくれないの…?」
そう私が尋ねると、友達は悲しそうな顔をして、墓石を見た。そうして私に背を向けたまま答えた。
「そりゃ、おミャーが親父さん嫌いで聞かなかっただけニャ。おミャーの兄貴は知っていたニャ。だからハンターになるためにこの村を出て行ったのニャ。」
私はこの15年を悔いた。自分の家族のことさえ何も知らずに、目の前のことだけでお父さんのことを嫌っていたからだ。私は涙を流してその場に座り込んだ。
ポツポツと音がする。雨が降り出して来たんだろう。だけど私はここから動く気になれなかった。そんな私を見て友達は声をかけた。
「……濡れると冷えて体を壊すニャ。家に帰ってお風呂に入るといいニャ。」
そう言われてやっと私は立ち上がって、友達と一緒に家まで帰った。そして玄関まで送ってくれた友達は最後にこう言った。
「俺は明日にはまた狩りに出かけるニャ。俺のお父さんのことを知りたいならおミャーの親父さんの机の中にある手帳を見るといいニャ」
私は友達と別れた後、すぐにお父さんの机に行った。そして机を開けると、中には少し汚れていて、表紙には肉球のマークが付いた手帳が入っていた。私はそれを取ると自分の部屋に戻りその内容を読んだ。
……私は読み終わるとお父さんの部屋に戻り、手帳を元の場所に戻した。そして居間に向かうとお母さんが料理を作っていた。そして料理が出されるまで私はぼーっとしていた。
「どうかしたの?」
そんな私を怪しんで料理を運んできたお母さんが声をかけた。私はお母さんの顔を見て、なんでもない。と答えた。そしてお母さんの料理に口をつけ始めた。
「やっぱり何か変。何かあったの?」
「……お父さんの部屋にあった手帳を読んだ…」
お母さんは少し驚いた顔をしたが、すぐに優しい顔になると私に言った。
「そっか、知っちゃったか。あの手帳はお父さんの大親友のものなの。いつもは農園にあるお墓に箱に仕舞われて置いてあるんだけどね。修理のために少し持ち出してたのよ。」
「ねぇ、なんで私には教えてくれなかったの?」
私がお母さんにそう聞くとお母さんはうーん、と唸った。
「わかんない」
「わかんないって…」
「ほんとに。お父さんが『このことは黙っていてほしい』って言うから黙ってたのよ」
私は納得出来なかった。納得出来なかったが、その代わりひとつ決心がついた。
「ねぇお母さん」
「なに?」
「お父さん、いつ帰ってくる?」
「明日かな」
明日は、やることがいっぱいだった。
次の日、私は村の門の前に来ていた。目的は友達を見送るためだ。昨日から雨が降り続いており、傘をさして友達を待っていた。向こうから友達とその仲間のアイルーが歩いてくるのが見える。そして向こうもこちらに気付くと、仲間にちょっと待ってろ、と手で合図して。こちらに来た。
「手帳は見たかニャ?」
「見たよ、なんていうかすごかった」
「そりゃよかったニャ」
そして少しの沈黙が流れた。
「おミャーはこれからどうするのニャ?」
「とりあえず帰ってくるお父さんと話し合いをする、かな。色々相談もあるし。」
「相談?まさかおミャーも旅にでるのニャ?」
私は心の中でどうしようか、と考えていた。昨日から色んな考えが浮かんでは消えて、浮かんでは消えていた。そしてさっきいい考えが浮かんだのだ。
「…私さ、お父さんに狩りを教えてもらいたい。」
「つまり、兄貴と同じ道かニャ。」
「違うよ、全然違う」
そう、違うのだ。私が旅立つときには一人では旅立たない。
「そのときにさ、君も付いて来てくれない?オトモとしてさ」
私の友達は目を見開いて、驚いていた。そしてすぐに上を向いてニャハハハと笑うと。
「オトモなんて百年早いニャ。おミャーみたいなひよっこ逆にオトモとして使ってやるニャ」
「私、これでもあのハンターの娘だよ?」
そう私が言うと友達は不敵な笑みを浮かべる。
「じゃあそのときを楽しみにしてるニャ。いつかそうして旅に出る、それまではおミャーの面倒を見てやるニャ」
「うん、そうしよう。」
「そろそろ出発しなき行けないニャ。またニャー」
そう言うと友達は走って仲間のところに行き、門を出て旅立って行った。
私は門に背を向けて家に向けて足を進めた。いつの間に止んでいたのか雨があがって、虹が出ていた。私は傘を閉じるとその虹の架かる朝の空の下を鼻歌混じりで歩いていた。
なんかこれじゃない感のある話になっちゃった。