偽りの正義   作:カルパス

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 気まぐれで(殴


Prologue

「僕はね、正義の味方になりたかったんだ」

 

 

 

 月が、綺麗だったと想う。

 

 宵闇には眩しすぎる月光が地を照らし、一時の明かりの役目を果たしていた。

 そんな中その男は、縁側に腰掛けた状態でそんな突拍子も無い事を言い出したのだ。

 一聞すれば笑い飛ばしたくなるような馬鹿らしい子供じみた願い。それをしなかったのは、その男に残された時間が強風に晒されながら散りゆく桜の様な物であると、無意識に悟っていた故にか。

 

 だから、黙って聞き入れた。反発することも無く、ただ男の中でその『願い』が最早叶わぬ物であるのだと、何となく確信しながらも。

 弱々しい独白だった。諦観に、後悔に、懺悔に、或いはどうしようもない苦しみすらも其処には滲んでいたにも関わらず。

 そんな様々な感情が滲んでいただろうに、その男の叫びはとても弱々しい物であったのだ。

 

 それを見て――俺は何を思ったのだろうか。

 

 何を思い、何を感じたのか。哀れだと思えば良い。普通ならば願いを叶えられ無かった事への悔しさを男はこうして吐き出しているわけだから、それに哀れみを抱けば良い。

 

 

 ――――哀れみを、()()()()()

 

 

 ほら、これだ。男の前で苦々しい笑みを浮かべなかっただけ僥倖と取るべきだろうが、この時点で俺はどうしようもない自己嫌悪に陥っていたのだろう。

 感じた事など何も無い。男の独白を聞いたところで何を思うでもなく、何を想うでもなく、そこに残るのはただ『こうするべきだ』と言う義務感だけ。

 

 ――お前は此処で相手を哀れむべきなのだと、それが()()()()()最善なのだと、自分の中のナニカが定義する。

 ――だが、それを義務として表した所で、心の底からの感情をありのままに吐露した男への報いになる筈が無い。

 それ故に、己の口から無意識に紡がれた言葉が、その男にとっての最善だったのだろう。

 

 

 

「――よく解らないけど、おれが代わりになってやるよ。正義の味方ってやつに」

 

 

 

 確かな決意も何も無いままに。その心に何の感情も宿すことも出来ないままに。

 ただ目前の男への手向けとする為だけに、そんな中身のない冒涜とも言える虚無の言で、俺は男の理念を穢したのだ。

 故に――

 

 

「……そうか。ああ―――安心した」

 

 

 疲れ切った様な、それでいて心底救われた様な、そんな笑みを浮かべた男の貌を見た瞬間――衛宮士郎にとってそれが己が招いた消えぬ呪いであると、漸く確信したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――問おう、貴方が私のマスターか?」

 

 

 

 ―――美しいと、そう思ったのだろうか。

 

 何も感じる事の無かった己が、只々ひたむきに答えを得るために理由も無く生き続けてきた己が抱いた感情とは、果たしてそれが最初だったのだろうか。

 

 陰気臭く薄暗い蔵の中に差し込む月の蒼光。それによって彩られる群青のソレ。

 

 ――ソレを、美しいと思ってしまったのは、やはり『俺』がどうしようもなく歪んでしまっているからなのだろうか。

 否、それを見て美しいと言う感情を抱いたと己自身が無意識に思ったのであるのならば。

 ――それは己が感情を持ったと言えるのではないか。雅覧堂だった己が初めて、確固たる意志として感情を宿したのではないのか。

 

 ならば、それはとても喜ばしい事なのではないか。

 

 自然と口が歪む。此処に来て己は漸く感情らしい感情を感じることが出来たのか。先程まで命の危機に晒されていた事など忘れ、衛宮士郎は口の歪みを深める。

 

 嗚呼、これが『喜び』か。 

 

 自身の体の内側から湧き上がってくる得体の知れないナニカを、衛宮士郎は喜びとした。

 ――しかし、果たして彼は気付いているだろうか。

 

 その笑みが、歪に歪んでいる事に。

 その喜びが、あまりに間違ったものである事に。

 

 否、彼自身が気付かなければ誰も気付くことは決して有り得ない。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

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