闇の神殿から紹介されたキャラヴェル船に乗る俺とマーミアの二人と、そして海鳥に化けたドラゴンが一体。
この船は、無謀にもドラコリッチが支配する海を渡り、北方大陸に残された同志たちを救出せんとする風の女神の信者たちである。見たところ、アイテム抜きの俺よりも腕の立つ
もっとも、それを十分可能にするのが俺たちの存在だ。闇の神殿経由で実力者として戦士に食い込んだ俺たちは、早速船員たちと交流している。顔役はうちのメイドに任せて、俺は
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「共に北の我らが仲間を助けにいこう、よろしく友よ!」
「はい、よろしくおねがいします!あまりお力にはなれませんが、精一杯頑張らせてもらいます」
「そんなことはあるまい、闇の神殿から紹介された冒険者には期待しているとも!」
マーミアのことをあたかも闇の神殿から紹介された精鋭冒険者であるかのように振る舞わせて、この船を統率する風の女神の神官長に挨拶を任せた。その一方で俺はまるで彼女の金魚のフンである、粗野な厄介者として扱われるよう振る舞った。身体には幻術を被せ、大したことのない装備に見せかけたので真に盗賊のように見えることだろう。
しかしキャラヴェル船は全長20メートル弱、幅5メートル程度の狭い木造船だ。人付き合いを避けても他の船員と顔を合わせることは避けられず、どうしても話しかけられることは多々あった。
「あんた、あのお嬢のお付きだっていうじゃない。元は街角の客寄せだってお嬢が戦えることも不思議だけど、大した鎧も着けてないあんたがお嬢に思われるのは、なんでか不思議だね。あんた、一体何が出来るんだい?」
とは、同乗する男性ファイターの一人の言葉だ(彼の
「(そこまで話したのか、うちのメイドは。いや、あれだけ会話して関係の核心を隠し通しているのなら褒めるところだ)
少なくとも指一本触れられずにあんたを打ちのめすことは出来るよ」
「へえ、それじゃあ表で“運動”に付き合ってくれないか。皆、長い船旅で飽き飽きしてるんだ。
ずっと船室でくつろいでいるお付き様の腕前を見せてくれよ」
「いいのかい、ウィザードかぶれのローグに戦士が負けるなんてこの上ない恥だろう」
「その減らず口、お嬢の前で叩きのめして二度とお嬢に声をかけられなくしてやるぜ」
マーミアは元から可愛かったが、俺と出会って増幅されることで図抜けた魅力を持っている。海の野郎ども、荒くれ冒険者たちが目の色を変えて近寄ることに俺は万が一の気移りを心配したが、そんな心配は無縁とばかりに彼らをごめんなさいの一言で一蹴するメイド。しかしそれでも諦めない、粘り強い彼らに俺の名を出したことでこのように声をかけられる目にあった。
アイテム任せで元来スペックはさほど高くない俺だが、幸いにして俺が学んだどこぞの武術は彼らを一方的に叩き伏せる実力を齎していた。おかげで彼らは俺にぐうの音も出なくなり、マーミアを諦めさせることに成功した。しかし売り言葉の宣言通りにダメージ一つ受けず叩き伏せてしまったために、一介の戦士として彼らの賞賛を受けたのは失態である。おかげで一部始終を見ていたマーミアに後で弄られた。
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コンコン、と船のあちこちを杖でつついて回る俺。周囲には航海成功を祈願して魔法をかけていると説明しているが、実際は船体を“
途中からは、魔法のアイテム使用の訓練としてマーミアを呼び出して、続きを行なわせた。彼女単独では3割近い確率で失敗するが、俺の指導の下では必ず成功した。彼女曰く「俺に応援されていると頑張れる気がする」とのことだが、海鳥に化けているブロンズ・ドラゴン、アヴェクス曰く、
出港から数日。船体の補強を済ませた俺はアヴェクスと相談し、出没海域に近づいたことで得られる情報も増えただろうとドラコリッチについて魔法で調査を始めた。名前も正体も分かっていないが、まずはダメ元で“
数日後。行き先の天候が荒れ出し、やがてキャラヴェル船は少嵐に見舞われた。クルーの一人が落水する。視界は悪く、二次災害の恐れもあって救助は行えなかった。転覆の危険性を少しでも減らすため、俺は操舵手の能力を魔法で増強することで間接的に船の危険を克服した。
その後、キャラヴェル船は無事 嵐から抜け出した。後日、その教訓から俺は“
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二度目の嵐に見舞われるが、魔法によって無理矢理突破する。
前回の行使から一週間が経ったこともあり、再び“
そろそろ出港から二週間近いが、天候が荒れ出している。三度目の嵐はもう今日明日中に訪れるであろう。俺はアヴェクスに呼びかけ、戦いの支度を始めた。
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嵐が訪れた。雷雲が日の日差しを遮り、荒れる海の水しぶきが遠くで立ち上がるが、船の周囲は至って穏やかな風と水の流れに守られている。航海者を阻む海の試練は、このキャラヴェル船には全く害を及ぼしてしなかった。
しかし遠く雷雨の黒いカーテンを突き破って、黒い巨躯が姿を見せる。見張り台のクルーが何事かと叫び、冒険者たちが甲板に登ってくる。俺とマーミア、そして彼女の肩に止まる海鳥―――の姿をしたアヴェクスは互いに顔を見合わせて頷いた。彼らがやがて近づいてくる、恐るべき「死した龍」の姿にざわつく一方で俺たちは数々の魔法の杖を取り出し、互いに無言でかけあう。
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ドラコリッチが飛来するのを目撃して慌てて内部に避難する冒険者たち。数人が乗り遅れ、恐るべき電撃のブレスが甲板と共に彼らを焼き焦がす。あれだけ補強したにも関わらず、やはり電熱で容易く焼き焦げる甲板……だがそれらは崩落するには至っていない。備え付けの
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第一波を凌いだ冒険者たちが甲板に戻ってきた。各々弓矢や投げ槍、聖水を持ち寄って、次に近づいた時こそ手痛い攻撃を与えんと待ち構えている。気の早いものには既に矢を射っている者もいるが、例え“アンデッド
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優雅に……こちらとしては恐ろしげに上空を回遊していたドラコリッチが再び、こちらに頭を向ける。そろそろブレスの再充填が終わったようだ。二度目のブレスを直撃されては、そもそも船体が保ちそうにない。俺は出発を促し、目線をアヴェクスに送る。船の後部甲板を海鳥に化けた彼がひらりと舞い、変身を解いてその巨体を現す。突如 船の脇に現れた巨影に驚く冒険者だが、彼らが行動を起こす前にマーミアはその黄色がかった美しい緑のドラゴン・アヴェクスの首元に飛び乗り、発進をお願いする。
「マーミア、行きます!」
彼女らが舞い上がる直前、俺は一本の杖を引き抜いてアヴェクスの手に放り投げる。この時に手渡すのは“
丁度同じ頃に、急降下するドラコリッチの正面を遮るように彼女らは対決する。ここで初めて、ドラコリッチのその禍々しい形相をしかと見ることになった。黒く腐食した青色の鱗は、ところどころ朽ちて骨格を見せてはいるが、しかし骨のみが残る巨大な翼も含めて崩れることなく生にしがみつく姿は、おぞましいリッチと恐るべきドラゴンという二つの恐怖の象徴を体現している。その瞳は目にしたものを凍りつかせる麻痺の凝視を持つが、生来の麻痺耐性を持つドラゴンのアヴェクスと、“
奴――ドラコリッチは、先のブレスを受け流した姿を見ていたのか、電撃のブレスを放つことはなかった。アヴェクスも同様、効かぬと分かっていてブレスを放つことはない。降下するドラコリッチと、上昇するアヴェクスが交差し、互いにその首元に牙を食いちぎりあった。
攻撃は互いに有効打を与え、相手の鱗を千切りあった。受けたダメージはアヴェクスの方が大きい。これはドラコリッチ化による肉体強化、そして元となったブルードラゴンが
悪竜と善竜、ドラゴン同士の戦いの初撃はドラコリッチ優位だ。奴は目元をニヤつかせるが、しかし奴は肝心な相手を忘れていた。彼、アヴェクスをここまで導いた人間の片割れの存在を。
故にすれ違いの寸前、その太陽の如き
首元に噛み付き、絶好の位置に頭を下げたドラコリッチへ彼女は一閃。“
『オォ……、オオ!! 忌マワシイ光ノ神メ、使徒ヲ遺ワシタカ!』
『それは異なる。この者は光の勇者に非ず、善き心を持つ純真な戦士、闇に描かれた可憐な光の乙女。
朽ちた竜ドラコリッチ、汝は祝福さえ持たぬ彼女によって滅ぼされるのだ』
ドラコリッチは、今先ほど襲わんとした船のことなど忘れたかのように善なるドラゴンとそれを駆る女戦士に分かりやすいほど憎しみを募らせ、矛先を変えた。戦場の戦士たちは先ほどの急降下、そして凝視にやられて恐怖と麻痺で殆ど動けなくなっており、彼・彼女らの戦いを邪魔するものはいなかった。
ドラコリッチはアンデッドを害するサンブレードを恐れ、近づこうとせず遠くから魔法を紡いだ。火球の魔法が二人に着弾するが、しかしマーミアは無傷。アヴェクスは年経たドラゴンが持つ呪文への抵抗力によって、魔法の干渉を防いでいた。ドラコリッチ(ドラゴン)は年齢と共に秘術術者能力を得るとはいえ、それは強さの割に人間やその他種族が特化した専門家魔術師ほどのものではない。ドラゴン同士の魔法戦は不毛になり、結局ケリをつけるのはドラゴンブレスと爪と牙だ。
ドラコリッチは唸り、勝算があると見るや円を描くようにアヴェクスたちへ接近する。そして一定の距離に近づいたと見るや、呪文を紡ぎ、彼女たちにふりかけようとする。詠唱の文句、手振りから察するにあれは“
それは尤も俺たちが恐れていたこと―――故に対策も出来ている。アヴェクスがその腕に持つ杖を一振りすると、ドラコリッチの詠唱が止まった。何事かと再びドラコリッチが文句を唱えるが、やはりアヴェクスが一振りするだけでその詠唱は止まる。アヴェクスが行っているのは、
そうしてドラコリッチは二度打ち消されたことで諦めた。ならば殴り合いに備えて、己の防御を強化しようと“
ドラコリッチは慌てて距離を取ろうとしても、もう遅い。飛行速度はドラコリッチもアヴェクスも同じ程度、しかし“
最初の突撃と違うのは、ドラコリッチは立ち向かうのでなく逃げようとしていること。そして、もはや逃げるのは間に合わない距離であることだ。アヴェクスはドラコリッチに、その腐臭をこらえて深々と牙と爪を突き刺した。ドラコリッチはアヴェクスの肉体を引っ掻いて、痛みで振り払おうとするがアヴェクスの爪肉は逃がすものかとガッシリ食い込んでおり、離す素振りを見せない。しかも空中で組み付いたものだから、もはや骨しかない翼ではなく超常的な力で飛んでいるドラコリッチでも自分より少し小さいくらいのドラゴン二体分の体重は支えきれず、じわじわと降下していく。水面まであまり距離はないが、しかしそこには彼らが落ちるよりも早くケリをつけられるだけの強敵がいた。
善竜を駆る戦乙女は既に二本目のサンブレードを抜いており、相手が身動き取れず至近距離にいて、必殺の連打を叩き込めるような好機を待っていた。そして今がその時である。その両手に装着した“
首元に叩き込まれた太陽剣の軌跡、その燐光に全身が飲み込まれ、やがて白い爆発を伴う。その光に彼女たちも巻き込まれるも、それが生きたものを害すことはなく、彼女たちは少し落下したがすぐさまホバリングし、勝者たる黄緑色の竜と美しい少女のみが海上の空に残った。ドラコリッチの肉体は滅ぼされたのだ。
「特定の武器」は解説に記された強化ボーナスや特殊能力を持つ武器であるとして、そこに強化ボーナスを更に強化したり、特殊能力を追加出来るものと裁定しています。