ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

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 この世界に未来予知(フォアサイト)を行える魔法の呪文は存在しますが、呪文のレベルが高く敷居が高いこと、僅か数秒後の未来が見えるだけで突然の不意打ちを避ける程度の効果しか受けられないしかこと、ことそして何よりも自分で未来を見るよりも神様という未来を見通す存在に神託を下してもらうほうが比較的簡単だという理由であまり有名ではありません。

 ただし神託といっても、全ての出来事や危険をそのまま教えてくれることもなく、解釈の難しい難解な言葉で伝える傾向にあります。例えば赤龍のファイアー・ブレスに襲われる未来が待ち受けているのならば、「汝、降り注ぐ生命力の炎に焦がされよう」というふうに、具体的な事象を伝えられることはありません。(グッド)なる神様の場合は信徒が“神頼み”ならぬ“神頼り”せぬよう厳しくするためのお言葉ですが、(イーヴル)なる神や、中庸(ニュートラル)なる神様の場合は単に面倒くさいとかいった率直な理由であったりもしますが。

 さて、私も使おうと思えば前者の未来予知の呪文を使えますが、今知りたいのは姉様が雪辱を晴らす戦いを行うのがいつになるかということなので、短時間の未来しか見れない未来予知の呪文を使う理由はありません。基本的に未来予知は、更に他の未来予知(を受けての行動)の影響を受けない限り、変わることはありませんから……あの魔剣士(ヘクスブレード)に与する神官(クレリック)なり誰なりが神託を得でもしなければ、日程が変わることはないでしょう。尤も、神様が素直に日取りを教えてくれるかどうかは不明ですが。

 というわけで、こと魔術では一、二を争う神様だとして私が崇拝するヘカーテ様に交神(コミューン)の呪文で姉様の未来をお尋ねしたところ、「半月が満ちた日中に再戦が行われる」と……つまり4日後に行われることを突き止めました。その日までに外出用の呪文の準備を間に合わせて、また前日に魔剣士の武器防具を抑止するための呪文を仕込んだ魔法棒(ワンド)も複数仕込みました。これで私の準備は万全です。

 きちんと明日に事が起きるかは心配ですが、姉様を伺ったところ明日何かある様子で張り切っておられたので、再戦の約束が取り付けられたのだろうと思われます。安心安心。

 

 

 翌日、姉様が登校してから1時間後に、私も姉様が通う龍洞学園へ向かって出発します。

 我が国のみならず、先進国(魔法が発達・浸透している国家を指す)の多くでは公共の場での魔法効果の発動・使用は禁じられております。フライの呪文で建物を飛び越えたり、テレポートの呪文で目的地に瞬間移動すればあっという間に着きますが、例え他人に直接害を及ぼさない呪文であっても前者は他の飛行体との衝突や墜落の危険性が、後者は低確率ながらも“失敗”する等、多くの呪文にはリスクや危険性があることが規制の理由となっています。しかしながら銃や武器と違い、取り上げることの出来ない魔法(特に魔術師(ウィザード)以外の呪文書無しで呪文を発動出来る職業(クラス)は尚更!)は規制したところで悪用するものが絶えないのがこの世界の現状です。魔法や機械による監視にも限度はあります……なので毒をもって毒を制すというか、現実のこの国と違って銃刀法が無いのは各自、自らの手で護身を測れるようにという大きな常識の違いでしょう。

 外出に際して私の身につける魔法の(マジック)アイテムについても、規制があります。魔法や魔法のアイテムにはオーラと呼ばれる強さがありまして、全4段階のうち、“微弱”“中程度”のオーラを放つもののみ公共の場で携帯を許されています。“中程度”のものは害を及ぼす危険性が殆ど無い系統のオーラを放つ物のみが許されていますが、私が身につけているアイテムは、当然のように“強力”なオーラを放つものばかり。オーラの偽装(ミスディレクション)はしておりますが、いかにも神秘性のある物品ですし、警察に姿を見られればまず間違いなくしょっぴかれますね。見つかるつもりはありませんが。

 先日に作成した虹色のオーラ(プリズマティック・オーラ)の呪文を記したスクロールに自前の《呪文24時間化(パーシステント・スペル)》効果を付与することで、半日の呪文持続を可能にしました。きらめく七色の守りのオーラにより、本来なら各色の守りが害した者へランダムに反撃する呪文ですが、私は単に姿を見えづらくする隠密の補助として利用しています。虹色に煌めいているのに隠れるとは可笑しな話ですが、チートで常識外に高まった私の能力は普通に考えれば不可思議な現象すら容易に引き起こします。やろうと思えば、雲や水蒸気の上だって歩けるように。

 暫く引きこもりっぱなしで鈍っていた身体の感覚を取り戻しがてら、ビルとビルの屋上を〈跳躍〉するド派手なアクションで気晴らしついでに移動時間を短縮します。スーパーマンのように一足で高層ビルを飛び越えるほどのジャンプは出来ませんが、3階建てのビル屋上に飛び上がり、30mある道路を幅跳びして向かいビルの屋上に飛び移るくらいならば可能です。あるいはそこらに張り巡らされた電線の上を伝うのも良い運動になりますが、疲れを知らぬこの身体でちんたら歩く必要も無いと、都市上空を軽快に跳ねながら学園へ向かいます。

 

 

 片道30分、海と山林の丁度中間にある小高い丘の上へ建てられた広大な学園敷地内に到着しました。数メートルもある外塀は私の健脚の前には無いに等しく、また共に張り巡らされた魔術的警報(アラーム)の範囲も魔術視覚(アーケイン・サイト)にかかれば避けて通り抜けられます。

 姉様を探して大胆に不法侵入を開始した私は、その目的上様々な訓練施設や研究施設を有し、常識はずれにだだっ広い道案内なしに初めて訪れれば迷うこと不可避な学園を、自身の直感を頼りに姉様の居場所を突き止めました。雲の上を歩くのと比べれば、例え訪れたことのない場所でも旧知の地であるかのように土地勘を得ることくらい、簡単なものです。

 神託で賜った情報も少し早かったようで、姉様の再戦は次の授業の一環として、生徒同士の練習試合の演習として行われる模様です。雪辱を晴らす機を心待ちにしてウキウキしている姉様も姉様ですが、教室中が高揚した雰囲気に包まれているあたり、姉様のクラスメイトの殆どは皆、自らの力を他人と比べる、あるいは誇示することに夢中になっているようです。一対一の直接戦闘は苦手な魔術師らしき数名や、姉様の意中の男子生徒はそうでもない表情を見せておりますけど、しかし本来支援を主とすべき神官たちまで戦意を高めているのは正直どうかと思います。

 

 姉様が机と黒板に向かい、勤勉に〈呪文学〉をノートに書き写す授業風景を見守っているうちに授業が終わりました。次は待望の演習であると教師から告げられ、教室中が戦士どもの歓声と気怠い溜息で埋まります。直後に待ちきれない姉様が引っ張るように男子学生を連れていく様は、まるで遊園地で父兄を引っ張り回す無邪気な女の子のようでした。しかし姉様の人目を憚らない恥ずかしい姿に赤面するよりも、私はそんな姉様たちのことを敵意を持った目で見送る二対の視線の方が気になりましたね。一人はハーフエルフの秘術剣士(ダスクブレード)の男子生徒、もう一人はこの前我が家に訪れた神官の女生徒でした。はて、ハーフエルフの方に姉様が何をしたのかは存じませんが、女生徒の方はこの前仲良さそうにしていたのに……さては姉様、何か逆鱗に触れる真似をしでかしましたかね。雪辱を晴らすのに夢中な姉様が足を掬われないかと心配です。

 さておき、あの浮かれた姉様の様子だと授業開始前に試合を始めかねませんから、こちらも急いで追いかけねば。

 

 ……む?

 

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「私は“戦女神”アテナ様に召命された聖なる騎士!いざ尋常に勝負を挑まん!」

 

 全身鎧に身を包む、姉と呼ばれた聖騎士(パラディン)の女生徒――千歳月華は高らかに声を上げるが、対面する男子生徒は気怠い表情を隠さずに言葉もなく長剣(ロングソード)を構える。名乗りに付き合うつもりはない、という表明だ。

 月華は名乗りを返されなかったことにむっとするも、気を取り直して、審判の声を待つ。

 互いに刃引きされてない真剣を構える……危険かと思われるが、この学園での試合は限りなく実戦に近い経験を積ませるため、HPダメージによる死亡防止(ディレイ・デス)の呪文をかけること、並びに前者の呪文を解いてしまうような解呪(ディスペル・マジック)行為の禁止以外は戦いに制限をしていないのが普通である。極論を言えば、死ぬことがなければ毒に石化、戦闘開始前や開始と同時に呪文発動することだって認められている。

 今回の戦いに限り、お互いに搦め手は得意でない前衛同士なので前述の心配は無いが……。

 

「戦闘開始!」

 

 使わないと使えないはイコールではない。試合開始と同時に月華が突撃して斬りかかるが、それよりも早く男子生徒は剣を脇に構える独特の構えを取り、突撃に合わせて相打ち覚悟で斬り合う。

 初撃は互いに防御を崩しての打ち合いになったが、よりダメージが大きいのは勢い良く斬りかかられた男子生徒の方……ではない。派手に血しぶきを上げたのは男子生徒だが、しかしその出血は一瞬にして止まり傷は塞がっていた。むしろダメージは攻撃を合わせられた月華の傷が大きいくらいだ。

 まるでダメージを受けなかったような現象には種がある。男子生徒は武技(マニューバー)と呼ばれる、アジア伝来の神秘的な武術を修めており、その一つ「ディヴォーテッド・スピリット」流派により、攻撃を当てるごとにダメージを回復する信念の技を身につけているのだ。二人の攻撃力はほぼ互角、ならば例え防御が薄くても正面からノーガードで打ち合えば不利になるのは当然、月華の方である。

 

 しかしながら初撃で優位に立ったはずの男子生徒の顔色は優れない。彼が思ったよりも、剣の当たりが妙に浅かったからだ。今になって手に握る魔法の剣に違和感を感じ始めたが、既に戦いが始まってしまった今、理由を話して止めるわけにはいかない。

 当然だが、呪剣士(ヘクスブレード)である彼は武技専門家(マーシャル・アデプト)ではないため、この付け焼き刃の技は一度の戦闘に一回だけしか使えない。呪いと僅かな呪文以外に決め手を持たない呪剣士は、全身鎧を身に纏った聖騎士にすら劣る。普通に考えれば、勝てる相手ではない地力差が見えた。

 だが彼は自らが他の職業よりも劣ることを知っている、自らの弱さを熟知した戦闘巧者だ。力が劣るなら技で、覆せない格差があるならアイテムを用いるのが彼の戦闘術。だが彼の技は今使い切り、アイテムである魔法の剣はどこかおかしな不調を見せている。詰んだか?否、これで詰むような奴ではない!

 初撃から三合打ち合い、防御力の差で不利を悟った男子生徒は大きく飛び退き、懐から(まじな)いの呪言が記された札を取り出す。退いた彼を追う月華だが、それよりも早く彼は札を引き裂いた。すると彼は今までの2倍はあろう速さで月華の剣を躱し、逆に斬りつけるという底力を見せた。いや、あれは彼の力ではない、先ほど引き裂いた魔法の札に込められていた加速(ヘイスト)の呪文によるものだ。

 ダメージ量は未だ月華が優位だが、拮抗していた攻防の差は今や逆転した。2倍の速度で動く男子生徒は2倍の攻撃力と、回避力の向上を得て瞬く間に月華を追い詰める。ならば、と月華は男子生徒の攻撃の手が緩んだ隙に、先ほど彼が見せたのと同様の動きで距離を離し、懐の魔法薬(ポーション)に手を伸ばそうとするが……次の瞬間、一瞬で接敵した彼の剣に手を伸ばしたポーション瓶を粉砕され、驚愕する。

 攻撃の手は緩んだのではない、わざと緩めたのだ。彼は月華が同じく逆転の一手にアイテムを頼るだろうと確信して、わざと隙を見せてアイテムに手を伸ばす瞬間、破壊することを狙っていたのだ。

 まだ幾分か体力に余裕はあるが、もはや勝敗は見えている。月華は二度目の敗北にて、今度こそ相手に上回られたという失意のままに手に握る長剣を落とし、降参の一言を告げる。

 

 




後日、各話の後書きに用語・単語の解説を書き加えるかもしれません。

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