顔真っ赤っ赤から小一時間で気を取り直した俺。冒険の気疲れ以上にマーミアとの初キッスから赤面イベントは心への負担が大きく、心がどこか行ったような浮ついた気分で街への帰路についた。あとで思い出したがワイヴァーンの死体処理も忘れていた。
今日はもう休んで彼女との話し合いは明日に回したい、と我が家に戻ったはいいがここで痛恨のミス。ここでいう我が家は彼女マーミアと共に住まう小さな料亭なので、バイタリティ溢れる彼女はあの後走り去った勢いで帰宅していたために、当然我が家で彼女と出くわしたわけじゃが。待って心は落ち着いたけどまだそっちの心の準備は出来てないの。
思わぬエンカウントは彼女も同様だったらしく、お互い赤面のぶりかえしがシンクロニシティ。相手に脇目をやりつつ同時に顔をそむけるまでの挙動が全く一致する。それを見てまた更にお互い、見てられないと完全に顔をそむけるウブな二人である。
そのまま1、2分くらいして顔を向けられるまで落ち着いた……とここでまた同時に顔を合わせる俺と彼女。また十数秒、赤面がぶり返す。
今度こそ落ち着いたところで、言葉を発しようと……またもお互い、唇を動かそうとしたのを察してにらみ合い。本当になんとも言いがたい間の通じっぷりである。
そろそろ言うこと言わねば、と俺は喋るために一度深呼吸して相手の様子を伺う。マーミアはまだなんとも言えない様子で唇を細かく揺らしているだけで、ようやく喋るタイミングが得られた。
少し、かける言葉を考えた上で口にする。
「ごめん、その。口奪って」
キスとか唇とかいう単語を口にするのは恥ずかしかったので、やや曖昧にボカした表現を使って彼女に謝りを伝える。少し前までは言い訳から入ろうと考えていたけど、それは違うだろうと咄嗟に考え直している。
とりあえずこちらから言うべき言葉はかけたので、次は相手の声掛けを待つ。俺は彼女の口元を見ながら、言葉を待っている。彼女は俺の口元あたりを見て、ぷるぷると何を言うべきか言うまいかとばかりに暫く迷っていたが、ようやく言葉を紡ぎ出した。
「い……」
「い?」
「いいの」
いいのか。
何が?
キスしたことが、ということか?
「いいの?」
「うん……うん?」
彼女にも悪いことはあったとはいえ、それはそれ、これはこれ。かつて実家ごと彼女を買い取ったとはいえ、心まで買ったわけでないのにその女の子の唇を奪ったことは男として重罪である。
その罪に対する彼女の罰を受け入れる気でいたのに、(別に)いいの、と言うことは許されるのか?許されてしまっていいのか?
そんな確認を込めてオウム返しに問いかけたら、彼女は気づいたらしく慌てて訂正した。
「え?あ! あ、ちが、そじゃなくて、別に気にしてにゃいですかりゃ、ちがう!違うです!」
噛み噛みで先の言葉を否定しようとする彼女。しきりに違うと言うが、言ってることはその実 変わっていない。やはり気にしていないのではないか。
俺はなんとも言えない困った様子で、再確認としてまたも無言のまま疑問の表情を浮かべる。これで彼女の気が変わってくれれば、俺としてもようやく罰を受けて楽になれるものだが。
「いいんです、もー!ちがうって、あ、じゃなく、えと」
しかしその予想を裏切って、彼女の言葉の中身は変わらない。
相変わらず赤面と怒りが入り混じった態度ではあるが、言葉の内容は許しとの感情に満ち溢れている。これいかに。
あまりにヒートアップして、ますますチグハグな言葉の内容を紡ぐマーミアの様子を見て逆に冷静になりきった俺は、最も聞かねばならない内容を単刀直入に尋ねることに決めた。
「結局。俺が君のくち……びるを奪ったことを、どう罰を受けたらいい」
あたふたとする彼女を見続けて冷静になった俺が真顔で尋ねると、ようやく執拗に再確認し続けた意図が伝わったようで、彼女も次第に気持ちが落ち着いて、言葉がはっきりするようになった。
「罰は、別にいいです」
「いい、のか?曲がりなりにも、女の子のキスを奪ったのに」
「キっ……はい。許せませんけど、いいんです」
それでも、やっぱり内容は変わっていなかった。真面目に悪いことをしたと、誠意を込めて下手に出ているにも関わらず彼女は俺を咎めるつもりは無いようだ。それはそれとして気持ちは許せないそうだけど。
でも正直、後腐れはスパッとなくしたい気持ちが強い。許されないとか、彼女の恨みを残したまま過ごすとこちらの気分が悪いのだ。なので、再三
「本当にいいのか?正直に言って、俺は本気で悪いことをしたと思っている。だから、何か望みとか願いとかあれば、可能な限りであればそれを叶えようと思ってる。今なら料理のアイテムも貸して、いやむしろあげてもいいから」
「それはもういいですよ。というかワイヴァーンはどこです?」
ここで死体を残してきたのを思い出す。それもごめん。
「まあ、私もご主人をからかいすぎました。私も私で、自業自得なところはあります。なので、ご主人を一方的に責めることは出来ません。お互い、なかったことにしましょう」
「なかったことに……」
俺に目を向ける彼女の視線が僅か下に逸れたのを見て、つい、そこにある唇を指でなぞってしまう。それを見て、また顔を赤らめてもじもじと恥ずかしそうに喋りだすマーミア。
「多少、乙女心が揺れましたがご主人がシスコンでないのはわかりました。酷いこと言ったのはお互い様なので私こそ許してください」
「だからシスコンって……乙女心?」
「え?あっ」
ふと耳に残った言葉を呟く。すると彼女はそれにおかしなくらいに過剰反応し、また慌てだしはじめた。乙女心だなんて、そんなにおかしな言葉だったろうか?
「ばっ、あ、忘れなさい!忘れてください!乙女心なんて恥ずかしい言葉!」
「え、ええー?」
そう思っている俺を差し置いて、彼女はひどく慌てている。忘れろというが、むしろ逆に叫ばれたおかげで余計に耳に残ったくらいだ。そのことをうすうす自分で感づいているのか彼女はますます反応を過激にする。
というか乙女心って……ん?
「あっ」
相手が慌てているほど、自分は冷静になれるというものだ。そして自分が隠したいと思っているものほど、相手からは比較的容易に読み取れてしまう、というケースがある。俺は彼女が気にしていた言葉が何か、必死に忘れさせようとしていた単語と、先ほどまでの会話とつなぎ合わせて、一つ、流石にないだろーと自分でも思いたいパターンを思いつく。思いついてしまった。
初キスで乙女心って……いや分からなくないけど、まさかの俺相手にそれはないでしょう?と自分でもこの答えに呆れる。
「、~~、~~~~~!!」
マーミアが言葉にならない食いしばった悲鳴を出している。俺が感づいたことを逆に察したのか?つくづくお互い察しの良い関係である。でも、それならば俺がないだろうと思っていることも理解してほしいのだが、彼女は自分の乙女心が揺れたことを隠そうとするあまりそこまで観察する余裕はないようで、
「もぅやっ!」
最後にわがままな子どもみたいな声をあげて、ドタバタドタバタと自室へ駆け込んでいってしまった。
残された俺はといえば、自分の軽率な行動からなんとも言いがたい関係に持ち込んでしまったことに、反省すべきか後悔すべきかそれとも少なからず思われていることを喜ぶべきなのか、気持ちに答えを出せずにいた。
―――
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翌日。
結局、反省して彼女の言うとおり、忘れ(たフリをす)ることに決めようと思い、元気よくリビングに出た俺に対して、
「乙女心を揺らしたこと、許しません。だからデートしてください」
潤んだ目のマーミアにそう言われた時の俺の心境について答えなさい。(配点10点)
執筆1時間ちょい。
しかしデレデレ予定のはずがツンデレっぽくなった。