先日のマフィア襲撃から数日。愛しの義兄様とパーティを組んだ報告を姉様から受けました。お願いしたとおり、気にかけて下さったようで何よりですが、しかし別の問題が起きたらしく姉様が憤慨しております。どうやら義兄様は既に
魔法使いは攻撃と妨害で忙しく野伏は聖騎士よりも回復力が無い、義兄様は呪剣士ですから回復能力は皆無……待望の回復役というには姉様は前衛寄り。普通ならパーティに五人目を入れて補うのがベターですが、学生同士でパーティを組む以上、この入学から一ヶ月が経過した頃に新たなメンバーを探すのは大変でしょう。そも、全学生の役職割合が偏っていたらバランスの取れたパーティを作れること自体が稀有という可能性も。
とりあえず姉様は今は仕方ないと説き伏せて、回復呪文が込められた数種類の
今週末は学園が保有する、宇宙空間を飛び越えて外惑星へ直接繋がる
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そして遠足当日、姉様は次元門をくぐった先には、数多の枝がまるで蜘蛛の糸のように張り巡らされた樹と葉の世界が広がっておりました。ここは火水風土の四元素に続く、第五の元素とされる『木』の性質を持つ「木星」です。一本のとてつもなく巨大なバニヤン樹から分かれた枝が大地となり、来訪者の足場となるこの世界には、植物と菌糸類、それから受粉を担う昆虫以外の現住生物は殆どおりません。故に危険が少なく、冒険慣れするにはもってこいの世界ですが全く危険が無いわけではありません。特に木星の全ての植物たちは感情を伝達するテレパシー能力を持っており、その枝を折ったり引きちぎったり、植物を傷つけることがあれば周囲の現住植物たちが寄ってたかってその来訪者を肥料にしてしまうでしょう。そのことを事前の授業で懇切丁寧に知らされたのか、姉様たちは直径1m以上もあろうかという果てが見えない巨大樹の枝を折ってしまわないよう、念入りに足元を注意しながら進んでおります。その様子を、私は姉様たちよりも一段高い枝の上からハラハラしながら見守っておりました。
ええ、念視の呪文で監視するつもりが何故こうして直接追いかけてるのかと言うと、姉様にかけた念視の呪文が運悪く失敗してしまったため……一度念視に失敗した場合、同じ相手には24時間かけ直すことが出来ない制限から、こうして直接監視している次第です。念視対象の周囲が見られることを利用し、義兄様を念視して間接的に姉様を見守ることも考えましたが、危険な外惑星での探索中、わずかに視界から消えた瞬間に何かあったらと思うとやはり直接見守らずにはいられませんでした。この世界は死者蘇生が可能ですが、生まれ故郷外の惑星で生物が死んだ場合、その魂が元の星に帰ることが出来ず破壊され、より蘇生が困難になることもあり、例え私なら可能な話だとしても蘇生できた事情を伏せるのが難しいため、死んでほしくない理由もきちんとあるのです。それを除いても即死に石化、
暫く木星での冒険を見守っている限りでは、全く無知ということもないようでまずは一安心しました。野伏の方は積極的にモンスターである無し問わず植物の危険と特徴を伝え、パーティに耐毒剤を配り、この惑星でのみ取れる貴重な果物の毒性を見分けて採集している姿から、植物に関する知識は十分持っていることが分かりました。しかし職業柄仕方ないとはいえ、外惑星に関する知識を知らなかったのは減点です。その問題は、最初の遭遇で明るみになります。
野伏の方が調子に乗って、地に落ちていない果物――まだしっかりと植物の一部に繋がっている果物――に手を出してしまい、ぶちっともぎ取った瞬間、これまでかすかなそよ風しか吹かなかった一面の木の葉がざわめき始めます。異変を感じ取り、警戒する姉様たちの前に数体のモンスターの群れが現れました。見かけは樹の枝や葉、ツタ植物で編まれた大型猫のヌイグルミのようなこのモンスターたちは、木星特有の元素の塊……“
野伏の方が過ちに気づいたのか、しまったという顔をしますが後悔先に立たず。既に木星を害した姉様たちは、元素霊の豹たちに敵と認識されています。戦闘は避けられないと剣を抜きますが、普段と異なる一本の枝の上では上手く展開して戦うことが出来ません。しかも四匹の豹たちはパーティを前後から挟み撃ちしたため、姉様と義兄様が前後に分散した状態で戦うことになってしまいました。身体能力の高い猛獣、その中でも特に瞬間火力に長けた猫科をモチーフにした元素霊は、重装鎧で身を固めた姉様はともかく軽装の義兄様は普通なら一瞬でやられることもある、非常に危険な遭遇です。
しかし、姉様はあいにくこの手の相手には滅法強い能力をお持ちです。先手を取って突撃してきた元素霊の一体をなんとか凌いだ姉様は、残りが接敵してかかる前に胸に下げた
この場で義兄様一人が死んでも全滅の心配はありませんが、三人ではこの後植物たちに警戒されたままの帰路が厳しくなります。そこで援護に向かうため、私は身を隠しながら元素霊たちの側へ距離を詰めました。距離を詰めたことで、視聴覚と異なる特殊な感覚を持つ元素霊たちはこちらに気づいた様子ですが、彼らは
戦闘が終了し、姉様たちが傷を癒やしたり元素霊の残骸からめぼしい戦利品が無いかと調べ始めたことから目先の問題は解決したろうと、次は自分の心配をすべく再び姉様たちから距離を取ろうとしました。この惑星のモンスターたちは“樹木感知”という、目や耳に頼らないで付近の植物に触れているものを察知する感覚を持っているので、例え私の隠れ身術が超人的であろうとも彼らの感覚はごまかせないのです。故に、なるべくモンスターたちには近づき過ぎないよう前もって位置取りを十分に警戒しなければなりません。
治療を終えて、戦利品の捜索を手伝い始めた姉様を視界の端に捉えながら次に移動する枝に目をつけていると、突然姉様が声を上げて私の名を呼び始めました。戦闘中の隠れ身は完璧でしたし、援護した姿に気づかれることは無いはずですが、と戸惑いながら姉様の様子を伺うと、どうやらこの場に妹がいると確信を持って私の名を呼んでいる様子。
更によく見れば手元には元素霊の残骸に残っていたのか、先ほど援護した時に用いた手裏剣を握っているではありませんか。まさか何の変哲もない手裏剣から気づいたのでしょうか、と一瞬疑問に思いますが、そういえば入学よりもずっと以前に、この時と同じように姉様を手裏剣で援護したことがあったのを思い出しました。世間的には何ら変哲のない手裏剣ですが、姉様にとっては危ない時に状況を変えてくれた手裏剣といえば私に繋がるのは当然のこと。この姿になって随分経ちますが、やはり以前の価値観が抜けきってないことが災いしたようです。
聞こえないフリをしてバックレるのもありですが、野伏と魔法使いの方が姉様の素振りに興味を持ち出したことから、ここで放っておいと後で家に凸られるよりは、まだ姉様たち四人の間で話を収める方が良いだろうと、諦めて姉様たちの枝に飛び移り、姿を見せました。