ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

3 / 45
もっとデート先のエスニック的な風景を描写し、彼女に感動を与えたかったのですが
参考にすべき(したい)都市画像が見当たらず、部分的な光景のみで補完してます。後述。


イチャイチャしてないデート前半

 

 初めてのデートだが、彼女に合うコースを選ぶのにだいぶ苦戦した。

 料亭やレストランに連れてくのは風情がなく、かといって演劇鑑賞は庶民出身のマーミアには敷居が高い。衣服や装飾品にしたって、工業生産でないこの世界では玉石混交すぎて、下手な店に当たればムードを損なう恐れすらある。

 よって屋外の綺麗なデートスポットを当たろうと思ったのだが、危険溢れるこの世界、当然ながら生物あるいはモンスターのいない場所などまずありはしない。自然の多いところほどモンスターは多く、戦闘が起きるどころか場合によっては二人を殺しかねない奴と出くわす恐れすらある。

 しかしながら、大空を舞う鳥が洞窟に侵入せず、通常の草食動物が荒野や砂漠へ好んで暮らすことがないように、場所を選べばそこに生息する生物やモンスターは限られる。特に、むやみに人を襲うことがないモンスターというのは中々いるものだ。高潔な精神を持つ金龍(ゴールド・ドラゴン)や自然が栄えることを望むニンフやトリエントなど妖精(フェイ)らは、広義にはモンスターでありながら、悪人以外を襲うことはそうそうない。

 そういうわけで彼らが多く生息する場所を探したかったが、そんな場所は見つからず。仕方なく、違う理由で少々危険ながらも間違いなく善なるモンスターたちしか生息しないような場所をデート先に選んだ。

 そこは俺たちが普段存在する大地と異なる別の星、同じ宇宙内に存在しながら別次元の法則の下に成り立つ別世界。また神や天の使い、死んだ人の魂が向かう先でもあり―――いうなれば、天国である。

 

 

 

 

「うひゃあ、爽快ですね。しかし、何度か飛んだことはあっても、ここまで高いところだと落ちた時が怖いです」

 彼女は宙に突き出した石畳の足場の縁から、果ての見えない空の下を見下ろして怖そうに叫んだ。しかしその顔は赤らみを帯びており、デートを楽しみにしていた様子が察せられる。

 

「落ちても怪我をしない指輪は渡したけど、いつもより長時間の飛行(オーヴァーランド・フライト)出来る魔法もかけているから、何かにぶつかる前に飛べば落ちる心配は無いはずだ。他にも注意はあるが……今日限りは、邪魔者からはお守りするのでご安心をお嬢様(レディ)

「わあ、騎士(ナイト)様ですか?全然似合わないです」

 

 俺は片膝を付き彼女の手を取る仕草を見せたが、騎士の真似事は彼女には不評なようだ。

 立ち上がって膝についた塵を払い、気を取り直してエスコートを続ける。

 

「ここは風の女神のお膝元となる浮島の一つで、我々と同じ人間の住む街もあります。

 土のないところなので、だいぶ珍しいものも見られるでしょう。案内します」

 

 この果てなき空に浮島と雲がぽつりぽつりと浮かぶ、善にして混沌なる風の女神の領域では、鳥と空を飛ぶ幾つかの獣、風の精霊(エアー・エレメンタル)に風の眷属たる種族ジン、女神の代理人かつ天使にしてエルフの祖ともされるエラドリン、またこの環境下でも限られた浮島で生活する僅かな人間、エルフ、その他地を這う生物たちと、そして神の僕あるいは戦士としてこの世界に残る死後の善なる魂が住んでいる。俺たちの故郷たる物質界と違って、空を舞う生き物のみが生息するこの世界では一風変わった文化が根付いている。

 

「それはいいのですが、……えと、ご主人様。いつも通りにしていただければと。

 敬語とか、“お嬢様”とか、そういうのは……デートにはいらないと思うのです」

「ああ、これは失礼を。いや……今日はよろしく頼む」

 

 初めてのデートに気持ちが舞い上がっていたのは、向こうだけではなかったようだ。普段は彼女を振り回しておきながら、こういう落ち着かない時になると途端に奥手になってしまうのが、俺の素の姿だ。

 失敗は怖いが、所詮 彼女との関係は遊びのようなもので、失敗の許されぬ本命ではないしもっと気楽にいってもいいだろう。

 俺は早速彼女を事前に調査した浮島に根付く街へと案内した。

 

===

 

 風の世界ではそのまま足場に直結するため、建造物のための石材や鉄材は限られている。よって富裕層か、有力者しか浮島に建物を建てることが出来ない。

 しかしながら魔法を使えるもの、あるいは魔法使いにコネのあるものなら可能な、故郷では見られない独創的なアプローチの建築物が散見される。俺たちはデートの中で、幸運にもその建築真っ最中の現場の一つに遭遇した。

 

 建築予定の空き地を前に、装飾の施された外套を羽織って羽の付いた頭の高いおしゃれ帽子をかぶり、竪琴を構える詩人かと見まごうエルフの男性が小椅子に腰掛けていた。しかしアイテムの造詣に深い俺は、その手にもつ竪琴が魔法の竪琴“建築の竪琴(ライア・オヴ・ビルディング)”であること、身につける帽子や外套なども幾つか見た目にオリジナリティはあるもののどれも魅力を増幅する魔法のアイテムだと感づいた。腰には魔法の発動に必要な物質素材を入れたポーチを身に着けていることから、言葉の秘術を紡ぐ“詩人(バード)”、あるいは生来の魅力で魔法を操る”魔法使い(ソーサラー)”であると思われる。

 さて、そんな詩人だが俺たち以外の沢山の観衆に囲まれても、怯える表情一つなく気楽そうに竪琴の弦に指を付けた。ポロン、ポロンと雨だれのごとく穏やかな導入から次第に音は激しさを増し、嵐のように観客の耳を打ちつける。しかし驚かされるのは耳だけでなく、魔法の竪琴によって彼の前の空き地は誰の手も借りず均一に耕され、そこに穴が空いて、嵐のような激しい音と共に向こうが透き通って見える半透明の白い四角柱が突き刺さる。

 空き地から向かい風が吹き付けて、俺たちの肌に寒気が伝わったことで正体に気づく。あの半透明の柱は、氷で出来ていると。

 演奏は続き、やがてテンポの良い軍歌のような行進曲が始まった。それと共に柱に隣接して氷のブロックが積み上げられ、外壁の形を整えていく。

 二階の壁と屋根まで氷ブロックが積み上がり、建物はおおよその形が出来上がったところで、最後に詩人は今一度テンポのゆったりとした、和音のフレーズを多用するエキゾチックな曲調で仕上げを始めた。心に響くものの、いまいち理解しきれないところがあるが周囲の雰囲気を見るにこの世界では中々馴染み深いもののようだ。氷には彫刻が施され、無機質な半透明の側壁に「之」の字のような、何らかの文字らしき複数のアートが刻まれる。

 最後の彫刻を以って仕上げだったようで、この数十分で建物一つを積み上げる演奏をこなしたエルフは立ち上がって帽子を取り、観衆の拍手を受ける。手にぶら下げられた帽子内には銀貨銅貨のおひねりが多数飛び込んでいった。流石は売れっ子詩人なのだろう、と他にもこのような彫刻が施された氷の建物が見受けられたところから事情を察した。

 思わぬ遭遇であったが、素晴らしい演目に俺は満足した。マーミアも、技術や芸術を耳でしか知らないながらも、その技術力と表現力の高さは感じたらしく、まだ耳に残る音の余韻に浸っていた。俺も周りの観客同様に、帽子へ金色に輝くおひねりを投げ込みながら、落ち着いた場所で感想を述べ合うために本来後で訪れる予定だった軽食店にて向かうべくデートを再開した。

 

===

 

 打って変わって、あの詩人に手ずから建てられたような住居でなく、ここではごく普通の―――浮遊島の地形に横穴を掘った、建材いらずな―――店舗で営業している比較的高級なレストランだが、色とりどりな鳥の羽や何のものか分からないが鉄のように金属光沢を見せる甲皮などで飾られた店内は、知らない人には安っぽいB級グルメ店だと錯覚させる。

 

「先の曲は、内容は分かりませんけどすごく耳に響きましたねぇ。ご主人があんな演奏を毎朝聞かせてくれるなら、私も喜んで毎日はりきるのに」

「毎日貴族なみの演奏を聞いて暮らしたいなんて、贅沢な女だ。あの演奏だけで一日金貨十枚は支払わねばならないぞ」

「ご主人に高級を教え込まされ、私も贅沢無しでは満足出来なくなってしまいました。一生責任を取ってください」

 

 この店の自慢の料理をください!と威勢よく注文したら、肉入りオムレツなんてものを出されて子ども向けっぽいとがっかりして、しかし実際食べてみると思った以上に美味しかったと頬を喜ばせるなど表情をくるくる変えた、そんな可愛らしい彼女と先ほどの演奏の感想を語る。

 

「でも金貨十枚で済むなら、先日の竜を毎日狩れば、私も毎日聞けますし、こんなオムレツも毎日食べられそうですね。

 ……贅沢って、こんな簡単に出来ていいのかなぁ」

「実際、強力な冒険者は傭兵百人分の仕事を数名で果たし、百人分の金貨を僅か数日で稼ぐ。でもな、どれだけ強くなりお金を稼げる冒険者でも危険に身を晒す限り死の危険は付き纏うし、死ねば彼の持っていた金に殆ど意味はない。

 だから冒険者は死を遠ざけるために装備を整えるけど、殆どの魔法のアイテムは作るのに数千枚、買うのにその倍の金貨が必要だ。すると結局、手に入れた金貨は殆ど手元を離れるので、冒険者は収入の割に貧乏になってしまう。

 俺は幸いにもその出費が必要ないから、こうして金をそのまま贅沢に回すことが出来るけど、な」

 

 彼女は暗に安物そうだとこの肉と卵から作られたオムレツをほのめかしながらパクついているが、この素材となったアローホーク、人間の2、3倍の体長を持ち、先日のワイヴァーン並みかそれ以上に強力な怪鳥である。故に肉ですら入手が難しく、ましてや卵などなかなか探し出せない高級品。この一品に金貨100枚か宝石での支払いが必要で、ワイヴァーン数体の懸賞金など軽く吹き飛ぶのだが彼女は理解していない。面白いし可愛い姿が見れそうなので俺からは決して教えないが。

 

「その感覚が分からないと言うなら、一人でゴブリン退治に行ってみるか。勿論俺の助けと装備無しで出来たら、懸賞金の10金貨はお前の独り占めだ」

「私はご主人に仕えるメイドですから、ご主人の装備とあと贅沢をさせてください」

「迷いなく言い切ったな」

 

 彼女から俺の装備を除くと、服と料理道具しか残らない。包丁一本をダガー代わりにしてゴブリン集団を狩るには、流石にまだ彼女のレベルも心も弱すぎた。

 

「ご主人様に仕えるのが楽で至福だと味わったこの思い、もはや二度と忘れられません。一生仕えます」

「うん」

「でも私にだって将来を考えると、子どもを産んだりとか、色々あります。するとご主人に仕えられなくなりますので、身体だけの関係だったご主人には捨てられてしまいます」

「人聞きの悪い言い方を、俺はお前を娼婦のように扱ってはいないぞ」

「剣を持たせてモンスターにけしかけるのはもっとひどいです。どっちがマシかという話じゃありませんけど」

「………」

 

 反論出来ない。実際、実家が借金という弱みで脅されていた彼女を、別に性的な関係はいらないという理由でつけこみ、買い上げたのが最初の出会いだから。それで(例え9割安全なほどに魔法で強化されていても)モンスターと直面させる恐怖を味あわせたのは、単純に比較出来ないけど どちらにせよ酷い行いだと思う。

 

「なのでご主人のことは好きになれません。でも悪い気持ちを帳消しにするくらい良い思いはさせて頂きましたから、嫌いにもなれません。

 お金のことだって、私の貢献なんて借りたアイテム頼りで、ご主人や他の誰か。それこそ傭兵を雇って同じアイテムをもたせた方が早いのに、そんな拙い仕事にも報酬をくれて、何回かしたら借金を返せるだけのお金もくれました。

 借金を返すまでの関係なのに、そんなに私とすぐさよならをしたり、厄介払いしたいって様子でもなくて、なんでだろう?ってずっと不思議に思ってました」

「……それで?」

「私は馬鹿な方ですけど、ご主人様がたびたび仕事は私の活躍だって言ってたのを聞いて、理由が分かりました。

 ご主人様は、実は私よりもすっごく臆病なんですね。モンスターと戦うのは平気でも、人に恨まれたり、嫌われたりするのが怖い」

 

 鋭い。俺がチートを持っておきながら、成り上がったり有名になりたがらないのは彼女の言う通り、敵を作るのが怖いからだ。しかし実際の理由は彼女の語る心情面より、幾らチートがあっても寝込みを襲われたり、アイテムの上から叩き潰されるとどうしようもないという戦略的な面にあるけれど。

 

「だから私みたいな頭の悪い、疑わない市井の女の子を金と力と言葉で誑かして、囮にしようとしたんですね。もし失っても、幾らでも換えが効くし、疑われる心配が少ないから」

「お前の意見にしては鋭すぎる。誰から聞いた?」

 

 ふと、今の言葉は不自然に感じた。彼女の言葉にしてはどこか知的すぎるきらいがあった。そこを突っ込むが、彼女はそこに答える様子がない。というか、話を聞くふりがなく現在怒っている。

 

「誰だっていいじゃないですか。今、私はご主人様に怒ってるんです。どうして怒ってるかわかりますか?」

「……俺がお前を囮にしようとしたから」

「違います。私は女の子です。男性から求められたら、たとえ借金で買われた不健全な関係でも、思うところはあるのに。

 でもご主人様は奴隷にするようなひどい乱暴もせず、優しく接してくれて―――違う意味で乱暴をさせられましたが、気にしてたのに。

 だから私も、ちょっと気になってアプローチしてみたのに、それでもご主人様は全っ然応えてくれなくて!」

 

 何を怒ってるか分かる?クイズは不正解。彼女はますます怒りを増した様子でバンッと食卓を両の平手で叩いて、立ち上がって言う。

 

「だから私は怒ります!私がほしいなら、もっと気にかけてください!私はものじゃないんです!」

「ああ……もう、嫌いになったか?」

「嫌いです。でも、すごく嫌いじゃありません。なんせご主人は、そのようなところが鬼畜ではありますが、うちの料亭を訪れる酔っぱらいとか傭兵に比べればずっとずーっと優しい人ですから」

「なら、どうすればいい」

「なんでもいいです。何がほしいとか、私のことは聞かなくてもいいですから、もっと私を気にかけてください。

 私は都合のいい囮や物じゃなくて、ご主人様に女の子としてみてほしいんです。

 そうしてくれるなら、多少ひどい目にあっても……いいです」

 

 そう言うと、彼女は落ち着いてしょんぼりした様子で着席した。言葉が止まった様子を見て、俺は目を閉じ彼女の言葉に思いにふける。

 女の子として見て欲しい、か。彼女の言うとおり、俺は換えの効く、あるいは都合の悪くなった時に逃げ出せるよう情を入れ込みすぎない関係でいるつもりだった。だから彼女のみならず、女性と経験を結ぶつもりは一切なくその手の話は彼女と会った以前以後ずっと断っていた。それでも押しの強い女性には、時には既に彼女と関係を持った風に、ダシにして逃げたことも数回あった。

 だがこの場合において、彼女をダシにすることは出来ない。関係のあるなしは当人だから知っているも何もないし。

 

「いや、俺、正直シスコンなんだ。妹が好きなんだけど断られ続けてさ」

「嘘つかないでください。私に気があったのは、キスして赤くなってたのちゃんと見てましたから。

 女の子にキスして恥ずかしくなるなんて、気にしてないわけないですよ」

 

 先日否定した話を、あたかも事実であると苦し紛れの嘘を言い放つが即座に見抜かれる。

 今日の彼女は鋭すぎる。嘘をついてもダメ、ごまかしても話を逸らすのは無理だろう。ならば彼女が追求できないよう、怒って脅す?

 いや、それは絶対に取りたくない手段だ……彼女に嫌われて、恨まれるのが怖い。目を閉じて手を頭に当てて、イスにもたれて上を向く。

 

(結局、嫌われるのが怖いとか、そう思うくらいには情があるんだよな)

 

 目を開いて、食卓の向こうに座った彼女の顔を見る。先ほどまで怒っていた彼女は目を僅かに潤わせ、ふるふると震えている。

 彼女の気持ちは理解した。俺の気持ちもおおよそ見破られた。お互いに相手の気持ちを分かっている今、ごまかしは意味も必要もない。

 

「分かった。場所を変えよう」

 

 俺は立ち上がって彼女の手を取り、勘定を済ませてレストランを出る。彼女に想いを述べるのはもっと人のいない場所にしたいから。

 

 





・風の世界
 原作D&Dの基本世界では、風のエネルギー界と呼ばれる空と空気(あと雲と雷とその他諸々)が広がる世界。地面が殆どないので、空を飛べない者は落ちるしかないが、何もかもが発火する火のエネルギー界や溺死する水のエネルギー界、常に倍の重力がかかっている土のエネルギー界、その他回復しすぎるあまり爆発四散する正のエネルギー界や逆に生物はレベルを吸われ続ける負のエネルギー界に比べれば、環境に害されることがないだけ最も安全な次元界である。
 ちなみに(多少コツがいるが)落ちる方向はキャラクターの主観で決められるため、落下ダメージ対策さえしていれば、飛行の代わりに落ちることで空を移動することが出来る。「スゲェ、あのじいさん落ちながら戦ってる」も可能。

 当世界観は、その風のエネルギー界と、善にして混沌であるプライド高きエルフの祖(あるいは偉大なエルフたちの神)のエラドリンたちが住まう世界を組み合わせて、善にして混沌たるエルフの祖、風の女神の領域としている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。