ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

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しばらくセッション回数が減ったり、TRPGのモチベ自体が減ったり、少し創作飽きで離れてましたが久々に悪っぽいキャラをなんか書きたくなったので投稿。懲りずにD&D3.5eのシステムバランス無視したチート異世界転生ものの、転生時点からスタートです。
(6/19更新)


また懲りずにチートもの(百合?内政チート)
001 幼少期(6/19更新)


 人は生まれながらにして善であるとか悪であるとか言う概念があったのを覚えている。結局生まれてから為すことで善くなったり悪くなったりするんだよ、とも解説していたはず。しかしそれは魔法のない前世の知識であり、なんの神の気まぐれか第二の生を受けた代わりに本来あるはずの親子の存在を奪ったこの私は間違いなく親不孝者で、この上なく性悪な人間であると自覚している。

 まして、私は貴き血に卑しき血の混じる、非嫡出子のお姫様らしい。屋敷に働き務める侍女だった我が母は顔と気立てが良かったために若様の目にとまり、気まぐれの寵愛を受けた時に孕んだ身。幸か不幸か、体調を崩した母は妊娠を知られず病気と思われ暇をいただき、実家にて初めて身ごもったことに気づいたが、その存在を知った故郷の村長が立身出世に利用すべく取り替え子を敢行。私は生後間もなく母と切り離され、顔も知らぬ父と生みの母とも無縁の町の太陽神殿に預けられる。

 

 私はそこで初めて『魔法』を目にし、ここが全くの異世界であると知った。太陽と癒やしを司る神の神殿は孤児や託児を養う代わりに、敬虔な神の僕として教育しようとする。神、ひいては司祭様の教えは、歳に見合わぬ深慮を持つ私なら十分理解できるものだったが、納得がいかなかった。神の教えは私たちの出来ることに枷を、制限を嵌めようとするのだ。なぜ、余力があっても助けられる相手を助けてはいけないのか。司祭様は疑問を持った私に、助けた相手と助けられなかった相手に不平等が生じるからなどと懇切丁寧に説明したが、どうも私の性分が太陽神の教えに合わないようである。記憶とともに性格を引き継いだ私が持つ、子どもらしく環境に適合できない欠点だった。

 興味と向上心、あるいは一種の遊びとして文字に目を通し、また神殿の手伝いで心と体ともにメキメキと才能を伸ばした私は六歳で神殿を卒業し、商人の丁稚奉公に出た。多少の力仕事と、接待、商品の記録を任される中で、『魔法』のアイテム(道具)に触れることがあった。多くのアイテムは魔法の力を込めて保存しているもので、人が一週間かけて癒やすような傷も一晩で治してしまう呪文を込めた魔法のポーション(薬)に、大爆発を引き起こす火球を生じる呪文のスクロール(巻物)、見えない魔法の必中の矢を放つワンド(魔法の棒)など、見た目では全く分からないが魔法を宿した多種多様なアイテムを目にした。これらは私が一日一枚もらえる銅貨幣を数千枚集めてようやっと買える、大変高価な品物とも知った。

 旅先の村で作業を終え、空の荷台の上で一休みしている最中に目を(つむ)り、私は想像した。生まれて長らく神殿で質素な生活を送った反動で、いったい魔法があればどれだけ楽な生活が過ごせるだろうかと、しかしあれを得るにはどれだけの銅貨、銀貨を積み上げれば良いのだろうかと、私は手に握る数枚の銅貨が山のように連なる様子を想像「してしまった」。

 一瞬の後、私は間近でジャラジャラと鳴り響く けたたましい金属音に驚いて体を猫のように跳ね上がらせた。その仕草で足元にあった大量の銅貨が雪崩を起こし、荷台からこぼれ落ちて土の上に拡散した。あまりの騒音に、驚いて奉公先のキャラバン(商隊)の人たちも駆けつける。何もなかったはずの荷台の周りは、あたり一面溢れる銅貨が足の踏み場もないほど埋め尽くしていた。

 

 その後は大変だった。これだけの銅貨を私が盗んだんじゃないかと方方の人たちに疑われるも、しかし金庫を確認すれば金が減った様子はなく、体積的にはむしろ増えてるどころか金庫を三つ埋め尽くすほどの銅貨の山。何よりこれだけの銅貨を短時間で子どもが盗めるはずもなく、出所も得体も知れない貨幣の山に村の人もキャラバンの人も皆「悪魔の銅貨だ」と口にして、土に埋めるだけで触ろうともしなかった。だからその銅貨は、殆どをこの村の人に託して、残りを私がもらった。その銅貨を数枚の銀貨に両替して、銀貨の塔を想像して、手に入れた銀貨でキャラバンから魔法のアイテムを購入した。

 私は悪魔と取引した子という呼び名と引き換えに魔法のアイテム、それから文字通りのチート能力に目覚めたのだ。

 なお、期待していた魔法のアイテムは私には使えなかった。大半のアイテムは、そもそも魔法を使える人にしか使えないもの、なのだそうな。

 

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 私は丁稚奉公を止め、商人さんに懇意の鑑定士のウィザード(魔術師)を紹介してもらい、魔法の弟子になった。魔法のアイテムが使えないなら、魔法を使えるようになればいいじゃない。しかし私の魔法の才は、少なくともそれほど高いものではなかったようで七歳になった今でも魔法を唱えることができずにいる。

 先日のあの日、銅貨や銀貨が増えた現象は、私が目覚め、発現した魔法の力と思って期待したのだが、どうも師匠曰く全くの別物らしい。魔法は大きく分けて二種類あり、世界に眠る神秘の法則を解き明かし、あるいは身につけてエネルギーを操る秘術呪文、そして神や精霊や元素の諸力から信仰によって引き出す信仰呪文の二つ。そのどちらにしても本人の技量が使える魔法のパワーに直結するため、私のような経験浅い若者が物を作り出すような高位の呪文を唱えることは歳を偽ってない限りまずありえない、らしい。実際、私の精神年齢は見た目そのままでないが魔法を知ったのは今生からで、長年の魔術師経験など存在しないし別口だろう。というか、私が自分なりに解明したこの力、仮称“チート”は師匠がいうような物を複製したり作り出す呪文や能力ではない。例えるならネトゲで能力や数値を弄ってBANされるプレイヤーがやる、チート行為を行う能力そのものである。そしてその能力の行使にも大きく制限や条件がある。

 例えば、私の目の前に一枚の金貨がある。この金貨は長年使われたのか模様が一部すり減っており、物体としての耐久力、ゲームでいうところのhp(ヒットポイント)が減少していると思われる。だが私にはその値が見ただけでは分からないため、その値を変えることはできない。また、目の前の金貨がどういう基準で一枚と数えるのか、もし純金貨の含有量を基準に目の前の金貨の枚数を数えるのなら一枚なのかなど、定義があやふやな状態では枚数という数値を変えることもできない。

 しかしこの金貨のあるところに追加で金貨を三枚置いていく。それぞれの金貨のすり減り具合は異なるし、金の含有量なんかも多少異なるだろうが、それらは十分金貨として通用することが共通している。この時、私にとって目の前の金貨は四枚になった。四という数を“数える”ことに成功した時点で、私はその数値を十にでも百にでも、何なら一万枚にも変更することができる。複製するのではない。おおよそ三以上あって、変わりゆく数の観測に成功した値を変更するのが私のチート能力だ。

 

 あの村での光景を再現するかのごとく、テーブルからジャラジャラと増えた金貨が床に雪崩れこむ。それらを私は全て回収し、麻袋に詰めて師匠に渡した。この千両箱ならぬ金貨千枚袋は来月の授業料支払いだ。私はやっぱり魔法の才がないとは師は評するが、そのかわり魔法のアイテムに関する才能が目を覚ました。長い間、魔法のアイテムで“火遊び”を続けたことで魔法使いでなくとも魔法のアイテムの機能と構造を理解し、魔法なしにアイテムを起動する技術、アイテムを作成する技術を私は自力で習得した。

 これに師匠は首をかしげていたが、魔法のアイテム作成に使われる素材の大半は既に魔法の神秘的なエネルギーを含んでおり、それをうまく結合させることができれば、元となる魔法の力を受けなくとも魔法を再現することが出来る。アイテム作成に行使する魔法は、その素材の完成形である魔法の逆変換によって無理やり結合させ、魔法のアイテムとして機能させるための後押しであり、結合させるコツさえ分かれば不要……というのが私が独力で身につけた第二の技術。ただし難しい技術で失敗も多く、魔法が使えるなら魔法で作った方が安全で確実に違いない。

 現在、この技術を用いて一発使い切りの呪文を記したスクロール作成が可能だが、師匠曰く従来の呪文とは全く別系統の法則に従った巻物なために魔法使いでは読むことが出来ず、私のように直接アイテムを起動させる技術がなければ使えず、売れない代物と評した。自家消費するにしても、見た目の通り肉体も知識も未成熟な私が魔法で冒険するにはまだ早い。あと三年、十歳になるまでは師匠や人の元で力を蓄える期間とした。

 

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 しかし、八歳。私は悪人に襲われ、この身を誘拐された。出元の知れない貨幣で売買を続けた末に、悪人のギルド(同業組合)が師匠に目をつけてその人質に私を拉致したようだが、ギルドは貨幣の出元が私とは思わなかったようだ。師匠も私のことを喋らなかったのか、あるいは脅される前に逃げたのかバレることはなかった。しかし私は師匠と離れ離れになり、自由時間の多かった生活から一転して奴隷生活へと変わった。人質にならない私を、彼らが手間をかけて残し続ける理由はない。

 私は背中に奴隷印をつけるため焼きごてを押し付けられ、今までで最も想像を絶句する焼けた痛みを味わった。許容量を超えた刺激に正気を失っている最中に、見た目の整った、魔術師の元徒弟として知識ある奴隷としていつの間にやら高値をつけられ、ハゲのおっさんに買われていた。値段は金貨二十枚だった。

 目覚めた時、私はどこぞの屋敷で鉄の首輪をハメられて転がっていた。私の世話―――もといしつけに来た屋敷の使用人の話を聞くに、私を買ったおっさんは騎士で、魔法を用いて騎士の戦いにイカサマをするために魔法を必要としたそうだ。熱したお湯をかけられるなど雑に身の回りを整えられた後に、私はおっさんにこれから敵対者を呪い、弱らせよ、などとそう命令する。

 しかしあいにくながら私は魔法の知識はあっても魔法自体は使えない身、そして知識を活かすには金や道具の準備がなければ使うこともできないと答える。いくら必要だと問われ、少なくとも金貨十数枚、万全を期すなら百枚はほしいと返すとおっさんは激昂し、私を殴った。私を買った価格よりも高いではないか、それなら本職の魔術師に頼んだ方が安くつくとおっさんは私に怒りをぶつけながら漏らすが、それは当然だ。例えば重症を負ってキュア(治癒)の呪文を受けたい時に、一番安いのは直接 術者に呪文を施してもらうこと、次に安いのがワンドやスクロールなど魔法使い用の魔法のアイテムで呪文を使うことで、一番高いのはポーションなど誰でも呪文の効果を受けられる魔法のアイテムを利用することだ。だから私のようにアイテムを介して呪文を行使するよりも、術者の手を直接借りた方が安いのは当たり前。しかし おっさんの目には怒りを超えて憎しみが宿りつつあり、これ以上 本音を告げて怒らせると首を切られかねないと察した奴隷の私は時間と人手、そしてほんの数枚の銀貨を貸していただければ手の打ちようはありますとおっさんの望む言葉を告げた。

 それを聞いたおっさんは私を疑いの目で見るが、金貨が銀貨で済むなら安いと考えたのか、行動を許してくれた。私は三枚の銀貨と、監視兼人手に先ほど私を手荒く洗ってくれた女性の使用人を貸し付けられる。使用人は妙な仕事を任されたことに私を厳しい目で見ていたが、賄賂に銀貨を差し出せば視線が多少緩み、話を聞いてくれる姿勢になった。そこから私はまず両替所の場所を聞いてこっそり増やした銀貨を元手に金貨数枚を得、増やした金貨で魔法のアイテムの材料を買った。使用人には私の使える唯一の魔法だと話し、金貨を一枚を握らせて追求を黙らせた。

 あとは屋敷に戻ってアイテム作成の時間と場所をもらい、数日かけて人の心に怯えを引き起こす呪文のスクロールを作成し、おっさんに準備が整ったことを話す。これはその日に相手の約30メートルの距離内にいなければ効果を与えられず、また戦いの最中に使わなければ不審に思われる効果であることを説明したが、戦いはある敷地内の広場で行われ、隠れる場所には困らないとのことで人垣の後ろからかけることになった。

 当日、おっさん騎士は馬に乗って相手の鎧騎士と戦いを行った。戦いの経緯は知らないが、いざ戦いが始まると私は人垣の裏で用意したスクロールを開き、呪文を起動させる一言と共に相手騎士を指し示した。強い精神力を持つ者なら心に作用を及ぼすこの呪文に耐えることもあるが、一発で成功したらしく鎧騎士は馬上で怯み、及び腰になってる最中におっさんが槍を突き入れて落馬させた。相手方の取り巻きはその無様に信じられないという顔をしたが、おっさんがその醜態をあざ笑い、無様であると貶している最中に私は目をつけられないよう先に屋敷へ退去させられる。その後、私の知らぬ所で悶着はあったようだがおっさんの勝ちは翻らず、機嫌の良いおっさんを屋敷で出迎えた。

 その後、私はおっさんに何度か戦いに魔法によるイカサマを二度要求された。うち一度は魔法にも通じる騎士が相手となり、呪文の知識と高い精神力から数度耐えられ、バレそうになったが例の使用人の機転により、スカートの裏に隠れてやり過ごすことで逃げ通した。お使いの度に手を借りる使用人の女性とはたびたび金を渡して密かに作成するアイテムの隠蔽や、アイテム作成にも関わるある目的のためにネズミやムカデを獲ってもらったりなど様々手伝ってもらいながら、彼女にも秘密に脱走の用意を整える。

 

 私が来てから、おっさんが四度目の戦いを仕掛けた。だが今度は隠れ場のない屋外で行われるらしく、弱い呪文しか用意できない私には長距離から妨害することはかなわない。おっさんに伝えると使えないなと愚痴って私を一発()ったあと、仕方なく外から魔術師を雇うことにしたそうだ。私は戦いの間、いつもの使用人を目付けに屋敷内で大人しくしていろと命じられた。だがその通りに大人しくする理由はない。

 私は使用人にこれまで作成し、預けていたスクロールや材料と数枚の銀貨、金貨を取ってきてもらう。取ってきてもらった後はいつものように増やした銀貨を数枚賄賂として収める。いつもなら、私はまた秘密裏にアイテム作成を行うのだが、今日はこれまでに溜め込んだアイテムを使って脱出を決行する日だ。私は銀貨をこっそりと懐に収める使用人の後ろでスクロールを開き、それを起動する一言を発する。彼女は後ろで起きた変事に気づき振り返ろうとするも、その前にスクロールに込められた“眠り”の呪文が作用して昏倒した。私は残った貨幣とスクロールを彼女から剥ぎ取った布で風呂敷状に包み、幾つかのスクロールをその場で起動する。硬い鉄の首輪の錠は“ノック(解錠)”の呪文により外れ、背中の焼き印は招来したモンスター(魔物)に皮を剥ぎ取らせ、あとから傷を癒やすことで強引に傷痕をごまかした。

 屋敷から脱走するに際し、多くの見張りはおっさんと共に出かけており、中に残る数名の手勢の視線は“インヴィジビリティ(透明化)”の呪文でやり過ごし、最も人目につく屋敷の出入口はそれと反対側の塀を短距離の瞬間移動呪文で通り抜け、私は誰の目にも留まらず奴隷になった屋敷を去った。屋敷から離れた後も、住宅地の中で目立つ容貌を警戒して“ディスガイズ(変装)”の呪文で顔と服装をごまかしながら、路地裏の薄汚れたスラムに入り込んだ。

 

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 脱走から2年、私は浮浪児を介して盗賊ギルドの鍵師の弟子に取り入り、時には泥棒働きをして更なる時間を研鑽に費やしていた。稼ぎの大半は上納金で消えるが、それでも物と経験は溜まるし、何より彼らの傘下に住む限りは安全が確保され、また身を守るための情報も入りやすい。噂によれば私の脱出後、あのおっさんは戦いの不正がバレて捕まったそうで、屋敷を改められたらしい。その折には強面の男性が私から情報を探りに脅迫してきたが、よく観察すれば威圧的な見た目の割に奴の腕っぷしはそれほどでもないと気づき、逆に威圧してやればすごすごと退散した。更にその後、上役らしきおじさんが腕の立つボディガードを揃えてやってきたが、それを予知してこちらも魔法のアイテムを用意しており、一矢報いる姿勢を見せることで流れを一方的に持っていかれることを防いだ。しかし交渉の方は流石に経験の差から相手に話を持っていかれ、私に関する情報の流出を防ぐ代わりに魔法のアイテムを自費で献上するよう約束された。時間と金の問題で済んだだけ良しとする。

 そうしてやがて10歳となった私は、独り立ちするに十分な身体を備えたと判断し、旅の決意をする。この地は奴隷だった私を知る者や、その繋がりなど弱みが多すぎる。十何度目かのアイテム献上を機に、貯めた財産の殆どを置き、魔法のバッグに魔法の水筒、食べ物が出る魔法の革袋などなどを詰め込み、それ以外は着の身着のままで―――といっても魔法のアイテムの装備品を揃えたので、むしろ着るものが家具よりも高価になったが―――街の外壁を瞬間移動呪文で超え、魔法で呼び出した馬に乗り小さな旅人となった。

 気分はキノの旅……しかしこの世界はライトノベルほど優しくはなかった。多くの馬車が轍を作り、道筋を描く街道を走らせている最中に狼の群れに襲われた。“マジック・ミサイル(魔法の矢)”のワンドの一発二発で倒れるほど狼は弱くなく、“バーニング・ハンズ(火の手)”の火勢で怯んで逃げ出すほど臆病でもない。魔法で呼んだ馬といっても、鍛えられた戦馬でなく臆病で普通なこの草食動物は、たとえ自らより小さくても外敵に襲われば逆に怯えて逃げ出そうとする。そうすると私は馬を制御しきれず、かといって狼の群れの真っ只中に落ちるわけにもいかず鞍と手綱に必死にしがみつくしかなかった。幸い、馬は私を振り落とさずに街道を逆走して狼の群れから逃げ切ったが、また元の街の方角へ逆戻りとなった。これは私の失敗だ、幼少の丁稚だった頃は多人数で安全な旅しか経験がなかったために少数での旅がここまで難しいとは思ってなかった。

 現実は想像よりも厳しく、しかしギルドの傘下を黙って抜けてきた以上はここで戻って参加できる商隊を探すことはまた別の危険がある。また、今さら狼に備えて動物避けのアイテムを検討することも出来ない。戻ることも留まることもできぬならば、やはり進むしかあるまい。

 私は強行突破を決意して、戻った街道をまた進んだ。そして案の定、再び狼に襲われる。今度は馬を無理に従え、狼の群れを振り切って息の続く限り走らせる、どうせ魔法で出したものだから死ぬほどコキ使っても問題ないし、治癒呪文のワンドで癒やしてやれば走り続けられる。そう割り切って私は街道を走り抜けた。

 

===

 

 夢を見た。

 光源の見当たらない、ほんのり薄暗い石床の上に私は座っていた。あたりには書物が積み重なったり、散らばっていたりする。一見、金属の留め金で装丁された革表紙に見えるが、よく見れば前世でよく見た厚紙のハードカバーに印刷された、ただの模様だった。

 その本を一冊手にとってみる。中央に斧か、ハンマーのような印が描かれたその本のタイトルは、プレイヤーズ・ハンドブック。ゲームの本だった。

 

 表紙をめくり、中身を覗き込もうとすると二つに折られた紙が一枚、表紙のスキマからひらりと落ちた。そちらが気になって私は先に紙を手を取り、広げる。

 

 

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 キャラクター名 フランドール       プレイヤー名 ×××

 クラスおよびレベル Artificer3   種族 人間  属性 NE  信仰する神格 -

 サイズ medium  年齢 10  性別 female

 

 筋力  10 [+0]

 敏捷力 12 [+1]

 耐久力 14 [+2]

 知力  16 [+3]

 判断力 12 [+1]

 魅力  14 [+2]

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 なんだろうかこれは。私の名前と、能力が記されているように見える。これではまるで、私がゲームのキャラクターのようではないか、私はそう否定を含む言葉を口にした。

 しかし、私は口にした言葉に疑問を浮かべた。なぜ私はゲームのキャラクターではないと思ったのか?それは私が、前世の、ゲームでなかった世界の記憶があるからだ。しかし今生はどうだ。剣と魔法の世界で、モンスターがいて、中世ファンタジーで、経験を積めば能力が機械的に成長する。これらのどこにゲームでない要素があったのか?それは、それを認めると、私は、皆は、全てがただのデータで、数値で、文字と記号であることを認めることになるからだ。私は人であり、生き物であり、魂があり、また前世に人として生きていた記憶を持つ転生者だ。決してプログラム上で踊らされるキャラクターなんかではないのだ。

 私はそれぞれの手に持っていた紙と本を打ち捨てて、立ち上がり、バッと遠くを見る。石床は五メートル四方ほどで途切れており、端には石床と天井に突き刺さる鉄の棒が立ち並ぶ―――私を収監する檻の形をなしていた。私はずんずんと檻に近寄って、捻じ曲げて外に出ようとするが、曲がらない。ならば鍵を探そう、私は檻の切れ目を探すが、この檻に切れ目や錠前のついた箇所は見当たらない。ならば外に仕掛けになっているのか、私はスイッチやレバーを檻の外に探そうと、暗い闇の果てをキョロキョロと見渡した。

 すると私は、檻の下から数本のトゲのような物体が突き出ていることに気づく。その物体はたけのこ状の薄い石版が、枯れ木のようにしわがれた丸い幹に突き刺さったような見た目をしており、それが檻の両脇にそれぞれ二、三本ずつ突き出ていることに気づく。その物体は檻の床の真下に続いており、どうやらこの檻自体が宙に浮いているようで、その物体がこの檻を支えていることにまた私は気づいた。

 もう少しあたりを見回すと、枯れ木の幹のようなその支えは檻の斜め下へ続いており、そこで数本の幹が合流し、太い幹を成している。太い幹は更に横へ横へと続き、ある一点でカクッと曲がって上方へと続いている。太い幹はやがてなめした硬い革のような覆いに隠れたところへ続いていく。革の覆いは私の目線より少し高いところにあって、更に左斜め上の方へ続いている。

 そうして覆いの先を見上げていけば、やがて再び覆いから飛び出した太い幹が大きな球状のジャングルを形成している。まるで枯れ枝を丸めてボール状にしたようなその木の球体は、表面上方の左右に中ぐらいの木の(うろ)が開いており、そこから少し下の中央に小さい穴がまた横に並んで二つ、そして表面下方にまた横へ長い切れ目が一つ刻まれていた。天然に生成されるものと思えない、その奇妙なアートに私は少し首を傾げたが、あるものに似通っていることに気づき……私はその巨大さに畏怖した。

 ―――上の二つの窪みが目、下の切れ目が口で、中央が鼻……あれは巨大な人の顔の形ではないか?

 その発想を肯定するように、上二つの洞にぼんやりと青白い光が宿る。まるで人魂を思わせる生気のない光に、私は命を吸い取られるような感覚を覚える。どこからか風が吹き出して、私の頬を、耳を撫でて通過する。風の震動が私に音を伝える。

 オオオと、悲鳴のような、笛のような、あるいは死体の息吹のようなその音は、私には意味のある言葉に聞こえた。

 ―――「汝の為したいように為すがよい」と。

 

 その言葉で、所詮 私は踊らされるたかが人間だったと悟った。

 

 

 


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