「まさか当主様が来られるとは思わず、十分な歓待を用意出来ておりませんでした。申し訳ありません」
「この半年で、アーチー領には10人の魔術師が生まれた。その全てを育てたのが貴方だと聞く。
魔術師が生まれたことで、我が領土を脅かす魔術に対抗する多くの知恵を得た、まずはそのことに感謝を」
「お褒めの言葉、ありがたくお受取りします」
「そして同時に、貴方が不可解な存在であると知った。海を挟んだリーフス・バレーに突如現れた貴方は邪悪な死霊術師などと呼ばれていたが、それ以前の足取りは知れない。
しかし隣町の****領のある騎士の館にはかつて奴隷がいて、その容貌が非常に貴方と似ていると情報があった」
「奴隷……?確かに私の出は貴族に比べれば卑しい血を引く身ではありますが、流石に奴隷などといった身にやつしたことはございません」
「その騎士はおよそ一年前、決闘で魔法の不正を犯し、捕縛された。それ以前の決闘にも不自然な疑いがあり、当街の領主が調査したところその奴隷が魔術師で不正に関与していたという事実が判明した。もっともその奴隷は不正が発覚した決闘の当日に見張りの目を騙し、館を脱走したそうだが」
「魔法なら、呪いなり心術なり目に見えぬ不正は簡単ですからね。しかし殆どの魔法は分かっていれば対策も簡単、なんと愚かしい」
「ところでその奴隷だが、元は我が領に隣接する街の悪党のギルドが身代金を得るために誘拐した魔術師の弟子だった。それが弟子になる前はある商人の丁稚で、悪魔と取引して金を稼ぐ悪魔の子などとも呼ばれていた」
アーチー本家当主は、半年をかけて集めた情報を私に投げかけて怒涛の詮索を。しかしかつてと異なり、口先の戦いに備えて“グリブネス(巧言)”“ヒロイズム(勇壮)”といった交渉力を高める呪文を用意した私は全く表情に動揺を見せずに発言を捌いてゆく。
「そしてその子はもともと太陽神の神殿に預けられた孤児で、預けた人物はある農村の村長。息子夫婦の間に生まれた子どもが黒髪の夫、栗毛の妻のどちらでもない金髪を引き継いだことで不吉として遠ざけた子らしいが、丁度同時期に体調不良で勤め先から故郷に帰った金髪の元侍女が夫の知れない栗毛の子を産んだ話があった」
「それで、この話と私に何か関係があるのですか。まさかその子どもとやらが私であると?」
勿論、当主が私について調べたこの情報を私に言ったところで、しらばっくれれば意味はない。そもそも私が幼少時のことを正確に覚えているとは普通思わない。
これはジャブのようなもの。動揺するにせよしないにせよ、会話にテンポを生じさせた後に本命をぶつけ、その動揺を見るという交渉術だ。
「ああ、まだ続きがある。それで、その侍女が子どもを生んだ知らせが勤め先の家に届いて、驚いた人物がいる。
それが私の末弟、アーチー家の三男だ。彼は侍女の見た目に引かれて一度だけ手を出しており、村長からの手紙で侍女が子どもを生んだと聞いて驚き、慌てて我が子を抱きにいった。
しかし弟は子どもを見た途端、不審に思った。我が家は赤毛の家系、手を出した侍女もその父も代々金髪で、栗毛の血を引く要素がない。
不審に思った弟は村長を問い詰めることで、村長は息子の子どもと侍女の子どもを取り替えたことを白状した。
何が言いたいか分かるかね?つまり貴方……いいや君は、我がアーチー家の血を引く可能性がある」
ギルドに頼んで、奴隷だった時の情報の口封じを頼んでいたはずなのに情報を突き止めたか、見事なものだと私は顔に出さず関心する。
伯父が来たことで今まで黙るしかなかったイトコ嬢が、これを聞いてハッと息を呑む。そして私に期待と家族愛の混じった目線を向けてきて、騙していることに心がほんの少しだけ痛む。
「それは光栄です。しかし、私はそんなど偉い出自でなく、元は農村の
小さな野心を持って街に出はしましたが、そんな大それた身を偽るほどの野望ではございません」
「別に、血を引いているいないの真偽は問わない。というのも弟は、血を分けた我が子の行き先が知れず、それから落ち込んで心を病んでしまった。
その侍女を館に戻したり、新しい妻をあてがうことを提案しても拒否し、ただ子どもの顔が見たいと言って話を聞かない。
だから弟を元気づけるために、弟の子どもを連れ帰ると私は約束した。たとえそれが、本当に弟の子でないとしてもね」
「なるほど。それが約十年前の話というならば、金髪の私がその子どもと偽り、弟さんを喜ばせることができそうですね。
しかし私に受けるメリットがありません。私は現状で満足しています」
「そうか。ところで君がこの領地で支払っている金貨だけど、これらは全て魔法で生んだ……複製したものだろう。
君が使った金貨の殆どに、傷や形状の共通点を多く発見した。我が領ではアーチー本家の許しなく貨幣を密造することを禁じている。
このままだと私は妹や姪が恩を感じている貴方を捕らえなければならない」
「なんと……それは困った」
本当に困った。いくら呪文で態度を取り繕っていても、返す言葉がない言葉には本当に困り果てるしかない。
実際、私は数枚の金貨を元に、その数を増やしてるので、形状や傷はそのとおり同じものが増えるだろう。しかし鉱物の含有量などもそのままなので偽造でしょっぴかれることはないと思っていたが、アーチー当主はそこも厳しくチェックしたらしい。
「しかし……君が私の弟の娘、つまり姪であるとしたら、厳しく罰することはできない。弟が更なる悲しみに包まれるだろう。
それにアーチー本家の血を引く人間が造った貨幣は、それこそアーチー本家の作った貨幣であり密造とは言えない。
さて、私は君に二択を持ちかける。私の話を断って密造で裁かれるか、それともアーチー本家の子となるか、ここで選びなさい」
困った私に、当主は司法取引を持ちかけてきた。金貨という証拠が抑えられている上に、現代と違ってこの地で罪人を裁くのは目の前の当主である以上、無罪の証明は無理だ。彼がいう選択肢とは別に“テレポート”呪文で逃げる手もあったが、既に工房と共にコッペリアが抑えられている可能性があり、せっかく手に入れた彼女を手放さなければならないのは惜しい。
「仕方ありません、その話をお受けしましょう。私は弟御、いえ三男の父上と、手を付けた侍女の間に生まれた金髪の女の子です。
ですがそれは弟御を喜ばせるために飲んだ話で、私が奔放な魔法使いであることは変えません。貴族の誇りや矜持、義務を押し付けられても断らせていただきます」
「それは仕方ないだろう。しかし最低限、アーチー家の名を意図して汚さないことだけは誓いなさい」
「……分かりました、飲みましょうオジウエ」
真顔で語っていたアーチー本家当主、もといオジウエ(叔父上)の口元が緩み、まさに家族に向けるような柔らかい微笑みを私に向ける。
私は嘘を嘘で上塗りしていることに少しだけ気まずくて視線をそらした。イトコ嬢が何か言いたそうだけど口をこらえている姿を見た。……まだ、何かあるのか?
「そうか。アーチー家への帰還、歓迎しよう。しかし二つだけ言わないといけないことがある、許してくれ」
「はい、オジウエ、何でしょう?」
「それだ。私は今の話に一つだけ嘘を混ぜていた。
私に弟はいない。今語った弟とは全て、私自身のことだ。だから父上と呼ぶように。
それからもう一つ、君の顔はお母さんと非常によく似ている。見間違うわけがない」