と言いたいところですが、今回は区切りの都合上やや短めになってしまったので早めに投稿することになりました。
1話って何文字くらいが適正なのでしょう。勝手な感覚では5000~10000くらいなのかな、とイメージしていますが。
「―――本選出場おめでとう。これより君は、正式に聖杯戦争の参加者となる」
わたしは、周囲にいる他のマスター―――ムーンセルから与えられる、概ね共通した
それが、いまこうして機械的に祝辞を述べる男性。人呼んで
なるほど、それだけの地位と権利を持つNPCなら、わたしのなかで渦巻いている数多の疑問に対する答えも持ち合わせているかもしれない。
………しかし、まあ、何から訊ねたものか。知りたいことはいくつもあるのに、いざ言葉にしようとすると上手く纏まらず迷ってしまう。優柔不断というよりは、自分がなにを一番訊きたいのか、わたし自身
なんて瞳を彷徨わせるわたしなどお構いなしとでも言うように、言峰神父は切り出した。
「君たち魔術師は、互いに聖杯を求める敵としてこの先の
その言葉に、外していた視線を彼に戻す。
分かってはいた。分かってはいたことだけれど、いざ直接言葉にされると鈍器で頭を殴られたように響く事実だった。―――たったひとつの聖杯を懸けた、人と人との殺し合い。その宿命は、わたしには些か以上に重い。
そしてこちらは今知れたことだが、どうやらこの
………地球を遠く離れた星での、万能の願望機を求めた命の奪い合い。そんなものにわたしが参加した理由が、本当にわからない。
仮に理由があったとして、度し難いとすら思う。大勢の人間を死に追いやってまで、わたしは、どんな願いを持っていたのだろう? それほどまでに成したい事とは、なんだったのだろう。
そして。それすらも最早覚えていない、持ち合わせていないわたしに。この戦いで誰かを殺める権利など、あるのだろうか―――。
言葉を失うわたしを余所に、言峰神父はおよそ基本的なルールの大部分を説明してくれた。
わたしの意思など無視するように機械的に。わたしの表情に愉悦するように情熱的に。
戦いは1回戦ごとに、6日間の
本選に勝ち進んだマスターとして、2-Bの教室を個室として与えられること。
予選の折に開いた1階通路先の扉が、アリーナの入り口として開放されたこと。
それと、わたしの1回戦の相手は予期せぬエラーにより決定しておらず、今日中は伝えられないこと。なにごとですか。
「………さて、これ以上長話を続けても仕方あるまい。では行きたまえ、若きマスターよ。健闘を祈る」
一通りのアナウンスを終えると、神父はやや大袈裟に芝居がかった物言いでわたしを送り出そうとする。
いや、すこし待ってほしい。桜にもあしらわれてしまったのでそんな予感もあったが、わたしの記憶に関して何か知っていることはないのだろうか。
食い下がるように訊ねたわたしに、彼は口の端をさらに大きく歪めて。なにか、ひどく面白い玩具を見つけたように、こちらを見据えた。うん、これは―――地雷を、踏み抜いたかもしれない。
「ほう、記憶の返還に不備があると? なるほど、であれば問題だ。ムーンセルはシステムバグを嫌う、数刻と待たず早急に対応が成されることだろう。
―――それが本当にシステム側の不手際によるものならば、な。君は果たして、その過去が本当に
―――それ、は。そんなの、できるわけがない!
たまらず声を荒げて抗議する。そんな、悪魔の証明染みたことなど空っぽのわたしにはできないことくらい、誰の目にも明らかなのに。
いや、でも。あったはずだ。ないはずはないのだ。
わたしが高校に通う年代の人間の少女であるというなら、そこまで生きてきた
願いを叶えるために聖杯戦争に身を投じたというなら、その望みを得るに至る
そうでないと、わたしがここに存在している
だとしたら、いけない。それでは、わたしは戦えないのに―――。
「ならば、聖杯を諦め大人しく敵に命を捧げるかね? それも良かろう。すべては君が決めることだ。死ぬか、殺すか。選ぶのは君の
突き放すように投げかけられる、無慈悲な現実。その前にわたしはただ、
わたしを苛め抜いて満足したのか、言峰神父は黒のカソックを翻してその場を去っていく。まだ疑問は尽きぬであろうわたしはと言えば、その背中を見つめるだけで精いっぱいで。
本当は今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだった。頼りない細指は震えて力が入らず、喉はカラカラに乾いていて唾液を呑み込むことすら苦痛を覚える。
わたしがここにいる理由が。分からないのではなく、はじめからない………? その可能性は、まるで考えていなかった。思考がまとまらず眩暈がする。
神父は
―――ああ、でも。それでもいいのかもしれない。だって、わたしには生き残る意味がないのだから。
―――――――――
たっぷりと絶望に浸ったあと。わたしは立ち直る事が出来ず、けれどアリーナに身を投げる覚悟も持てず、ふらふらと足取り疎かに二階を訪れていた。
目的の場所は
制服のポケットから
すると、その奥から古い呪言を囁くような、或いは歯車が噛み合うような機械音が細やかに響き、次の瞬間ありふれた教室の扉が淡く光を放つ。
これでたぶん、わたし用の個室が
別に何ということもない、どこにでもある内装だった。これを個室と呼ばせるのは、やや強引ではないだろうか。少なくとも心置きなく
床は固いし、並べ揃えられた机と椅子のほとんどはひたすら邪魔だし、娯楽もなければ寝具も浴室も、あと………ト、ト、トイ―――
「………トイ、何?」
ひいぃ! と、情けない叫び声をあげてつんのめる。あれだけ朦朧としていたのに、どこにそんな気力があったのか。わたしの本質は存外図太いのかもしれない。
それにしても、と胸に手を当てて呼吸を整えながら振り返る。―――いたんですか、あなた。目覚めの時といい今といい、そんなふうに脅かすような登場はちょっと意地が悪いと思う。ただでさえ、傷心している最中なのだし。
「いるとも。ここは君と僕のために在る部屋だ。君は―――或いは
それは、そうなのだけど。相変わらず彼に悪気はないようなので、これ以上の追求もできない。
「それと―――ああ、そうか。脈絡からして、『トイレもない』と言いたかったのか。それなら、各階の廊下にあったから心配はいらないと思う。
君も予選で使ったことが………いや、ないのか。排泄が君のタイムスケジュールに決まって組み込まれていない限りは。あの舞台はひたすらな繰り返しと聞く」
やめてっ! 言わなくていいから! それと訊かなくていいですから! この場合、ないと言ってもあると言っても恥を被るのはわたしになってしまう!
いくら悪意を持っていないと言えども、これは許されない。もうちょっと慎みというかデリカシーというか、女性に対するセオリーを心得るべきだと思う。
本当に、彼はどういった
すとん、と手近な椅子に腰掛けて、顔を俯かせる。そんなわたしを、アヴェンジャーは立ったまま何をするでもなく見つめていた。
その射抜くような視線が居心地悪い。いまも直視できない金色の瞳は今まで以上に冷たく思え、わたしがここで折れるようならばその場で見棄てると言われているようだった。
でも、わたしはどうしたらいいのだろう。どうすればこの胸に巣食った暗雲が晴れるのだろう。
だって、わたしには戦う理由がないのかもしれないのだ。聖杯を求める意思の欠如は、それだけで明確な敗因になる。
だけど仕方ないのだ。理由がないなら、価値がないなら、誰を犠牲にしてでも叶えたいモノがある他の参加者を蹴落とす資格なんてない。
「………だから、どうする?」
するりと自然に
どうしたら、どうすべき、よりも
どうする。戦う理由はない。───ないから、背を向ける?
どうする。勝つ価値はない。───ないから、目を逸らす?
どうする。生き残る資格はない。───ないから、死を選ぶ?
どうする。命を断つ覚悟はない。───ないから、諦める?
それらを持たざるモノだから。諦めて、意思もないまま時を過ごして、誰かに殺されるのを待つ?
「ここで灰になっていることに比べれば、それもひとつの前進と言えるだろう。君は終わるが、それだけだ。
世は常に、理不尽と不条理で満ちている。わからないままに流されて、決められないままに選択し、価値なき
得てして世界は残酷に出来ていて、無慈悲に染まっていて、諦めることでしか前には進めない」
それは悪魔の囁きだった。ああ、そうか。と納得してしまいそうになる、甘美な魅力を秘めている。
諦めることこそが正しい選択なのだと、立ち上がるにはそれしかないのだと、真実は絶望のなかにしかないのだと思えて止まない。
もしかしたら。これは悪い夢で、本当のわたしがどこかにいて、ここで死ねば在るべき世界に還れるのかもしれない。
でも。
―――ちがう。それは、ちがう。
認めたくない。その結論には頷けない。それはまだ、
理屈は分かる。理解もできるし、誤りだとも思わない。けれど、認めるにはあまりにも悲しい結論ではないか。
呆れてしまう。誰よりわたしが下を向いていたのに、彼の甘言に乗りそうになった途端、わたしの精神が、魂が、肉体がそれを否定する。
まだ決まったわけじゃない。過去があると証明することはできないけれど、それが存在しないと断言されたわけでもない。なら、状況はなにも変わっていない。
仮に戻る記憶がなかったとして。それでも、むざむざ死ぬことはできない。終わってしまうのは身がすくむほど恐ろしいし、なにより。
───まだ、諦めていい理由がない。
まだ、この身の意味を知っていない。過去がなくても、自分がなくても、今在るわたしが生まれた意味が、きっと何処かにあるはずだ。
この
こんなものはちっぽけな
それでも、と。自分のものとは思えないほど、重くなった手を伸ばす。この目はもう逸らさない。
わたしは今ここにいる。なら、この胸に。大いなる絶望ではなくて、脆く儚い希望があるからこそ。いま、諦めるのは許されない。
「───それは、僕には終ぞなかった答えだ。だからこそ、僕は君のチカラになると決めた。改めてその手を取ろう、マスター。君の心が、欲が、抗えぬ絶望に塗り潰されるその日まで」
その声には、平坦な色のなかにたしかな敬意と、期待と、感心と………それと、ほんのわずかな悦びが垣間見えた。
けれど、その真意がどこにあるのか、その表情から窺い知ることはできない。
今はそれでいいと思った。彼には彼なりに願いや望みがあってもおかしくはない。無償の奉仕を己に強いるタイプではなかろうし。
ただこうして、この手を取ってくれている間は、彼を信用してみよう。後悔はあとでいくらでもできるのだから。
「そうと決まれば、アリーナの様子だけでも見に行ってはどうだろう。あまり時間は残っていない」
言われてようやく、はたと気づく。
たしか、言峰神父の話ではアリーナの開放時間は舞台である学園になぞらえて、午前8時から午後5時までとなっている。
ここにいるとよほど日が傾かない限り時間の経過を実感しづらいのでつい忘れていたが、室内に備え付けられた時計に目を遣ってみると………。
ただいまの時刻、アリーナ締め切りのまさに30分前。
これは、まずい!
さらに規則を思い起こせば、1日のなかでアリーナに足を踏み入れることができるのは1度きりだと決まっている。
つまり、この機を逃せばわたしたちは丸1日を無駄にしてしまうことになるのだ。これはまだ知れぬ対戦相手にとって軽視できないアドバンテージとなるだろう。
もとよりそう気力は残っていないので本格的な探索はできまいが、その様子、感覚くらいはたしかめておかねば。
ガタンッ! と、椅子を転げ倒す勢いで立ち上がり、慌てて駆け足で部屋を出る。もう、この両脚はしっかりと地を踏みしめている。
まだ、分かったことはほとんどない。ないけれど、それだけだ。ずっと困惑の連続で、なんだかちょっと慣れてきたようにも思う。これならひとまず心配はない。
たとえ問題の先送りであろうとも、自ら諦めて足を止めることさえしなければ、少しずつでも前には進めると思えた。
わずかな希望を胸に、息せき切って飛び出したわたしは―――まるで気が付かなかった。
その時、背後の彼が付き従うまでに、やや時間があったことに。
「………そう。真の絶望には、いますこし早い。君の
な、何も進んでない! 神父と喋って部屋を覗いただけでしかないぞっ!
テンポが悪い自覚はありますが、取捨選択は難しいですね。表現がくどいせいもあるのでしょうか。
アリーナの開放時間はたぶん勝手な妄想設定です。原作では明言されてない………よね?
まあ、されていたとしたらゴメンナサイで通そうと思います。今回の場合はこう、ということで。
最初の最初ということで順を追うことを重視していますが、1日目を終えたら多少展開は早まるかと思います。それではまた次回、お会いできれば。