Fate/EXTRA-NOCTURNE   作:ドラ

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お待たせしました、新話投稿になります。
基本的な投稿間隔はこれくらいになるかと思われます。


いまだ遠きはスタートライン

 

 しん、と澄んだ空気。

 ほの暗い視界。

 外周を奔る淡い光。

 ひたすらに静けさを保つ空間は、沈黙して佇めば耳鳴りだけが聴こえてくるような。

 身動ぎひとつさえ雑音に思える―――ここは【一の月想海】。はじまりの迷宮。

 

 

 わたしは駆け込み乗車もかくやといった勢いで、アリーナ………つまり、この月の聖杯戦争で唯一戦闘が許されている区画に身を投じた。

 実際のところ、駆け込むどころか電車に乗ったことも、果ては見た記憶すらもないものの、()()()()()()()()()という一般知識だけは持ち合わせている。

 

 褪せ果てた校舎では意を決して手を掛けた扉を躊躇いなく開け放ち、瞬く間に広がり視界を塗りつぶす光に包まれて。気付いた時には、履き慣れた―――と認識させられていた―――愛用の革靴が、デジタルな床を叩いていた。

 真っ白に染まっていた景色も追って色を取り戻していき、やがて瞳に映った光景は、予選でひたすらに走り抜けた通路によく似ている。―――何もない。それはもう、何もない。

 目に入るモノは向こう側が透けて見える青みがかった壁と床。ただ、延々とそれだけが張り巡らされ、ひとつの迷宮(ダンジョン)を構成している。

 

 あまりに殺風景で、それでいてどこか幻想的な内装に立ち尽くす。あの時は無心で駆けた一本道だが、こうして冷静に眺めると存外、気圧される。

 そこで、もらったものは有効活用してやろうと取り出していた携帯端末(タブレット)に表示されていたのが、先の一の月想海(エリア名)と簡素な踏破記録(ミニマップ)だった。どこもかしこも似たような光景なので、侵入した範囲を表示してくれる機能はとても有難い。

 迷宮、という印象を抱いた時から、最悪の場合は地道に壁に沿って歩き続けるハメになる可能性も覚悟していただけに、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 でも。これはこれで、マップをすべて埋めなければならない衝動に駆られるような………。

 

「………さて、進もうか」

 

 あれこれと感想を述べてみるわたしに一瞥だけくれて、アヴェンジャーは歩を進める。

 まあ、彼にとっては然して物珍しいものでもないのだろう。浮き足立っているわたしを見ても、呆れこそすれ同調するなどあり得まい。

 一歩半ほど遅れて着いていくわたしに、彼は先を見据えたまま口を開く。

 

「アリーナには、不適格な(君のような)マスターを排除するためにSE.RA.PHが敵性プログラム(エネミー)を放っている。サーヴァントにとっては取るに足らない障害だけど、非戦闘員を消去(デリート)するくらいワケはないだろう」

 

 だから、死ぬつもりがないなら気を落ち着けろ、と。その声色は機械的な解説(アナウンス)に等しい平坦さだったが、わたしには小さくとも叱責のように思える。

 ひとこと謝罪を入れて、深呼吸を挟んで気を引き締める。ここは既に生と死の駆け引きをする戦場の一端なのであるという自覚が、やはりわたしには不足しているらしい。

 いまだって、確たる実感は湧いていない。あるのはやや強引に詰め込んだ、()()()()()()()()なんて他人事のような知識だけ。諦めない決意だけは一丁前に掲げても、それに足る覚悟も気概も持ち合わせていないだろう。

 

 だからこそ、いま積むべきは自らに一本芯を通すための知識と経験である。

 いつまでもフワフワと浮ついた心持ちでは、この胸に灯る譲れない想いも比例して軽くなろうというもの。

 きっとさまざまなことを体験していくうちに、思い出すこともあるだろうし。まずはこのアリーナを攻略することで、何か掴めるものもあるかもしれない。

 

 ―――しかし、と。希望的観測の裏で、不明瞭な憂いが消えることはない。

 あの時、『緊張感がない』と遠坂凛は指摘したが………本当のところはもっと根深いのかもしれない。いまひとつ、岸波白野(わたし)がここにいるという現実味が感じられない、というか。

 以前ほどの『ここに在ってはいけない』といった強烈な違和感は鳴りを潜めているが、かと言って(いま)が自分の居るべき場所であるかと訊ねられると首を傾げるほかない。

 それもこれも、このSE.RA.PHに飛び込んだ理由が見つかっていないから―――で、あればいいのだけど。きっとあるはずの記憶さえ取り戻せば、自分の立っている世界(ばしょ)に意義を見出すことができるのだろうか………。

 

「………ストップ。何か居るみたいだ、マスター」

 

 単調な経路であるのをいいことに、またもや思考の海に埋没していたわたしは前方からの静止で漸く我に返る。

 事あるごとにひとりでどうのこうのと頭を悩ませるあたり、わたしの本来の性根はあまり明るくないのかもしれない。

 いやしかし、それも無理からぬことなのです。誰だってこんな状況になれば悩むはずだ。終始気を静めている彼も、きっと同じような経験をすれば例外ではない………と、思いたい。

 

「なんてことのない、初級のプログラムみたいだ。………足を止めさせておいてなんだけど、あの程度なら君の指示を仰ぐまでもない。排除しろと言うなら、そう時間は掛からないだろう」

 

 心なし気を落としたわたしを余所に、アヴェンジャーは分析を済ませているようだった。

 わたしにはまだよく分からないが、彼が言うならそうなのだろう。対ドール戦では思わぬ一撃を見舞われていたような記憶もあるが、結局は危なげなく完勝していたわけだし。

 右も左も判断できない身分で偉そうに指示を出すのも違う気がする。とりあえず、彼の動きを見て覚えるところから始めることにしよう―――。

 

 ―――なんて。その考え自体は、まあ、そう外れたものでもないと思うのだけども。後になって、見通しが甘いことこの上ない判断だったと自覚することになる。

 『それじゃあ、とりあえずよろしく』だなどと、簡潔でありながら曖昧な返事をしたばっかりに。

 

「了解」

 

 短く応えた彼は、まずはじっくり動きを読んで記憶する―――といった、甘さに過ぎるわたしの思惑を叩き潰すように。

 

 目で追うどころか反応すら許されないほどの速度と。

 全身が凍りつくような殺意を伴った気迫と。

 霊子によって構成された外殻を紙屑のように拉げ折る暴威を以て。

 

 あの聖域でドールを粉々に打ち砕いた時と同じく、無機質な床を隆起させるほどの勢いで、いつの間にか掌に鷲掴みしたソレ(エネミー)を地に叩きつけていた。

 

 これが実体を持った土の上であれば、強烈な砂塵が巻き起こっていただろう。

 そうでないこの月の迷宮ですら、耐久値の許容量を著しくオーバーして弾け飛んだ霊子の残滓が空しくも舞い散り、わたしは堪らずその衝撃の余波から身を護るように腕で顔を覆う。

 

 何が起こったのか、理解は出来ても得心がいかない。

 『こうしたのだろう』という漠然とした予測はある。

 けれど、そんなことができるのか。できていいのか、という葛藤が止まずに脳を駆け巡る。

 サーヴァント。正しく超常の存在、人智を遥かに超越した、選りすぐりの英雄の顕現。それはこうまで勇ましく、猛々しく、心強く―――そして、恐ろしい武器(もの)なのか。

 

「―――加減はしない。たとえ木端の悪魔(エネミー)だろうと、油断は死に直結する………思い出してきた。そう、いつだったか、ある時期まではただそれだけを、深く心に刻んでいたんだ」

 

 いまはうまく頭に響かない、独白するような彼の言葉。彼はときどき、わたしには説明のない言葉を発する。

 そのことについて訊ねると、たいてい『気にしなくていい』と受け流され、それ以上に踏み込ませない雰囲気にわたしが二の句を呑み込む………というのがお決まりのパターンになりつつある。

 それについては、まだいい。不要な詮索は愚行であるし、必要であれば徐々に知っていけばいいことだからだ。

 

 けれど。この驚異的なチカラを知らずにいた、というのは非常に良くない。

 これでは本当に、覚悟が足りない責任を持てと非難されても平謝りするほかないではないか。これほどの剣を託されておきながら『右も左も判断できない身分』だって?

 冗談では済まされない。わたしは指先を掠めるだけでわたしを、誰かを殺し遂せる抜き身の刃を、無自覚のうちに懐に忍ばせていたのだ。

 

 自然、喉が音を立てて鳴る。

 

「敵性反応、消失。戦闘終了だ、マスター。報酬はないに等しいが、命あることを歓ぶといい」

 

 それは、たしかに。身の竦むような思いも無視できない現実だが、それによって勝利―――と言えるほど真っ当な戦いではなかったが―――を得たのもまた事実。

 対して情報に関して得られたものは少ないが、ひとまずこのアヴェンジャーという存在が途轍もなく強大であることは再認識させられた。それは、決して小さくない意味がある。

 わたしが彼の担い手(マスター)だというのなら。その使い道を見極める義務が、わたしにはある。きっとすべて彼に任せてしまっても、わたしの出る幕がまるでなくとも、進めないことはないだろうけれど。

 

 それではいけない、と強く直感する。わたしの望むまま、彼の思うまま、破壊に身を任せた果てに辿り着く終焉は―――きっと、ひどく寂しいものだ。

 

「―――マスター」

 

 一向に言葉を返す様子のないわたしを気に掛けたのか。アヴェンジャーはやや力を込めて、或いは彼にとっては羽毛を撫でるほど慎重に、わたしの腕や肩を掴む。

 彼とて返答がなければ落ち着かないこともあるのか。いや、無視をしたわけではないのだけど、ちょっと失礼なことをした。ほんのり間を置いて、どうかしたのかと訊ねると、彼は変わらずの無表情でありながら僅かに怪訝な色を滲ませた。

 

「………どうかしているのは君のほうじゃないか。僕にあったことと言えば、君の力量を見誤ったことくらいだろう。いくら未熟とは言え、僕を召喚することができる魔術師がこれほどに脆いとは思わなかった」

 

 言われて、ようやく気付いた。彼はわたしの気を向けさせるために触れたのではなく、倒れ行こうとするこの身体を支えてくれたのだ、と。

 我に返ってみれば、驚くほど身体に力が入らない。足腰は砕けたように震え、視界は霞み、動悸は激しく、満足に呼吸することもままならない。有り体に言えば、いまにも死んでしまいそうなくらいに全身が悲鳴をあげている―――!

 

「事実、君の魔術回路はそれほど悪質ではないはずだ。僕との契約に耐えた時点でそれは明白だろう。………となれば、やはり量と、魔力を消費する習慣のなさ、か。記憶はなくとも身体はそう経験を忘れないけど、君は生来戦う者ではなかったらしい」

 

 何度も思い知り、何度理解させられても慣れない、わたしの無力さ。自責に痛む胸に彼の淡々とした推測が突き刺さる。

 情けなくて涙が出そうだ。戦う力もなかったくせに、万に一つの勝ち目もなさそうな、栄光はたったひとつのデスゲームに参加しようとは。わたしはどうやらよほど遊び気分だったか、夢見がちな勘違い少女だったにちがいない。

 

「反省はあとだ。それに、君を責めているわけでもない。ただ、僕の観察眼も衰えたと痛感しただけさ。()()()()()()()()()ことが災いした。機会があれば取り戻そう。………今日のところは、還ろうか」

 

 わたしを詰っているわけではない、という彼の言葉に嘘はないだろう。わたしに気を遣ったがために、そんな小さな嘘をついて取り繕うようには思えない。

 けれど、だからこそ事実だけをありのままに述べる彼に委縮してしまう。―――申し訳ない、でもさすがに、これで帰っては役立たずっぷりを晒しただけだ!

 

 アヴェンジャーの話から推察するに、わたしは彼が十全に行動するに足るエネルギーを―――魔力(リソース)を備えていない。だから、根こそぎチカラを攫われていったわたしの身体は言うことを聞かず、こうして彼にすがりついている。

 それは仕方ない。良くはないが、この身体では彼の働きに貢献どころか追いつくことすら至難であるのは紛れもない確定事項だ。そこに駄々をこねたところで意味はない。

 だがせめて、わたしの魔力でも賄える最低限の許容範囲(ライン)を。岸波白野(わたし)という戦士が、アヴェンジャーという剣を振るうにあたって、それに振り回されない限界くらいは知っておきたい。

 

 だから、もう一戦。もう一戦だけでいいから、機会をください。たった30分しか残されていない中で、入場してまだ5分ほどしか経過していないのだし………!

 

「いや、よそう。いまひとたび拳を振るえば、君を骨まで絞り切る確信がある。………僕としても、考える時間がほしい。可能な限り少ない消費で、かつ手を抜かない戦い方が必要だ。一戦や二戦でモノにはできない」

 

 繰り返すが、彼の言葉に偽りはない。無論、口答えのしようもない。こうなると、わたしにできるのは無念に歯噛みすることだけだ。

 いまだ遠きはスタートライン、わたしはまだ走り出せてすらいない。それでも、ひとつ大きな課題が見つかっただけ良しとするしかないのだろう。結局足元は覚束ず、肩を貸してもらいながらみっともなく来た道を戻ることになっても、だ。

 

 しかしまさか、こうまで格の違う、不釣り合いな主従だったとは………この英雄であれば、もっと優秀な魔術師がついて然るべきだろうに―――。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 殺風景なマイルームで木製の冷たい椅子に腰かけて、ようやく安堵の息を吐く。

 心底寛げるようには思えない、なんて感想を抱いてから10分そこそこしか経っていないものの、わたしは盛大に手のひらを反している。誰の目にも映らない場所というのは、それだけでたしかに気が落ち着く。

 一方、眼前の彼は相変わらず立ち尽くしたままにこちらを見据えている。その視線は不気味なほどに何ひとつ物語らず、動いている様を知らなければとても意思疎通を図る気にはなれないだろう。

 

 が、わたしに限ってはそうはいかない。先程は彼を剣と称したが、しかし明確な知性体でもある。協力して事に当たる以上、不仲であっては非常にやりづらい。

 アヴェンジャーに好き嫌いの概念があるかは兎も角、絆が深いに越したことはないはずだ。あの体たらくで信頼されることはなくとも、信用くらいはされておきたい。

 

 なにより。わたし自身が、彼に怯えるようなことがあってはならないのだ。

 脅威を忘れる、というのではない。彼という猛威の危険性を重々承知した上で、その隣に立つのなら凛と背を伸ばす必要がある、ということだ。

 それは、わたしのような人間に力を貸してくれる名も知らぬ英雄への、最低限の礼儀である。わたしはまだ、どこかで彼に恐怖し、戦慄している気がする―――。

 

 たっぷり数分時間を掛けて調子を取り戻したわたしは、やっとの思いで声を掛けることになった。

 ―――さっきの一撃、すごかったね。月並みな感想だけれど、あなたが敵でなくて良かったと、心から思う。

 

「そうか。………でも、そう思っているのは君だけだ、という可能性もある」

 

 ………それは、どういうことだろう。

 思わず眉を顰めてしまう。あの光景を目にしたら、誰しも身を固くしてしまうのでは。

 

「どうだろうね。この戦いに、どんな手練れが集っているかはまだ分からないけど。―――サーヴァントとして()()()()()()()()()()()僕の能力は、決して誰にも勝るとは言えない」

 

 さすがに耳を疑った。さきほど、わたしは英霊を超常の存在だと思い知った。いや、知った気になっていたけれど。

 彼に至っては、サーヴァントという神秘の霊器(からだ)すら、本来の姿よりも()()()()()()()()と言ったのか………!?

 

「だからどう、という話でもないよ。僕が何者だったとしても、この霊器(アヴェンジャー)は変わらない。何かの拍子に元の霊格に戻ることも、決して起こり得ないことだ」

 

 ―――それ以前に、この器ですら満足に動けはしないのだけど、と。

 依然わたしに重く圧し掛かる問題を躊躇いなく取り出して、彼は言葉を切った。

 たまらず沈黙する。そこを突かれると弱いのだ。何を訊ねる前に『まずは自分をなんとかしろ』と言われたようで、口を噤むことを余儀なくされてしまった。

 

「………今日はもう休むといい。悔いが残るなら明日から励めば事足りる。心置きなく眠ることができるというのは、何にも代えがたい」

 

 うん。これは、とても説得力のある言葉だ。何しろ現実味がある―――要するに、彼にとっての経験談であるという含みがあるからだ。

 彼が誰なのか、どんな世界で何を成した人物なのか。ようとして知れないことばかりでも、彼はきっと安息を得ることもままならない時を生きたひとなのだろう。

 だからこそ、この聖杯戦争という状況下において、彼の忠告には無視できない重みがある。ここは素直に従うべきだと、本能で理解していた。

 

 ―――しかし、どうしたものだろう。この部屋で、如何にして眠りに就けばよいものか。

 彷徨う視線をアヴェンジャーに向けると、彼はゆっくりと左右に頭を振った。

 

「生憎、僕が眠ることはない。そも、サーヴァントに睡眠は必要ないものだ」

 

 そうなのか。それは便利というか、快眠の幸福を得られない点で不運というか。

 いや、あくまで必要がないだけで、意識を閉じて休めることはできるのかもしれないが、少なくとも彼にその気はないらしい。

 となると、ますますもって悩ましい。タブレットに指を走らせれば、どうやらここでの通貨―――PPTと引き換えに寝具を含めた家具雑貨諸々も販売されているらしいが、決して安くないお値段だ。

 一体のみとはいえエネミーを撃破した際に多少の収入はあったようだが、それが端金に思える程度には値が張っている。それをわたしひとりのために購入するのも気が引けて仕方がない。まず、今の手持ちでは買えないのだが。

 

 諦めと共にやるせない溜息を吐いて、手近な机を引き寄せると組んだ腕を枕代わりに上半身を預ける。

 学生であれば誰しもがきっと経験するであろう、お決まりの居眠り姿勢である。間違いなく快適な寝心地ではないのに、何故かすんなり入眠してしまうと評判―――の、ような気がする。

 ともあれ、贅沢は言っていられない以上は床に雑魚寝かこれしかない。そして、教室を模した場所で着のまま寝転がることはどこか憚られる。従ってこうなる。実に論理的ではないか。

 

 ではおやすみ、アヴェンジャー。眠らないとしたって、どうかあなたもゆっくり休むように。それと、あんまり寝ているところを見ないでもらえると助かるな。

 

 

 ―――その後。

 起床にはまだ早い時間、謎の落下感に襲われてビクリと目を覚まし、開いた視界に入ったこちらを見つめ続ける金色の瞳にまた飛び上がることになったのは、くだらない余談である。

 

「椅子や机を並べてその上に横になったほうが、少しはマシなんじゃないか」

 

 それはもっと早く言ってほしかったです。切実に。

 

 

―――――――――

 

 

 翌朝。

 

 数時間ぶり二度目となる起床を済ませ、寝台の悪さに凝り固まった身体を解していた頃。

 『Pi Pi Pi Pi ――――――!』という無機質な電子音を響かせる携帯端末に目を向けると、画面に何やら文字が表示されていた。ではその内容はと言えば、実に簡素なものであって。

 

『::2階掲示板にて、対戦者を発表する』

 

 という、たった一文だけ。それでも身が引き締まる思いがするのは、それが最重要事項であるからだ。

 これから一週間かけてわたしが、命の、夢の、未来の奪い合いをすることになる相手。きっと恨み恨まれることになる、どこかの誰かを知ることになるのか。

 けれど、逃げることはしないと誓った。諦めることは許されないと立ち上がった。なら、顔を背けることだけはしない。しっかりと、この目に焼き付けてくるとしよう。

 

 

 心の準備は手早く済ませ、件の掲示板の前に来てみると、そこには昨日や予選の時には見られなかった一枚の紙が張り出されていた。

 縦長の真っ白なそれに記されているのは、ふたりの人物の名前。1つは当然、岸波白野(わたしの名前)だ。

 

 そして、もう1つの名前は―――。

 

「―――へぇ。まさか君が一回戦の相手とはね。この本戦にいるだけでも驚きだったけどねぇ」

 

 背後から聞こえてくる、明確に相手を侮った軽薄そうな―――それでいて、良く聴き馴染んだとこの耳が訴える誰かの声。

 間違いない。紛れもない。忘れようはずもない。なぜならそれは、失われた記憶のあとに積まれた経験で。その声の、記された名前の持ち主は。

 

 ―――慎二?

 

「けど、考えてみればそれもアリかな。予選とはいえ()()()()に割り当てられていた以上、君も世界有数の魔術師(ウィザード)って事だもんな。

 格の違いは歴然だけど、仮初でも楽しく友人やってたワケだし。一応、出場おめでとうと言っておくよ」

 

 そう。彼の名は間桐慎二(マトウ シンジ)。あの箱庭の日常で、わたしの数少ない友人として設定されていた、厚顔不遜でワガママで意地っ張りで―――どこか子供っぽい、そんな男子生徒だった。

 あの日々の中、彼の自慢や愚痴を聞き流しては周囲への緩和材(クッション)のように扱われ、けれど互いにそう悪からぬ関係だと思っていた。………いや、思わされていた、ということか。

 

「そういえば君、予選突破はギリギリだったんだってね。どうせお情けで通してもらったんだろ? いいよねぇ、凡俗は。いろいろハンデつけてもらってさ。でも本戦からは実力勝負だから、勘違いしたままは良くないぜ?

 ―――それにしても、ここの主催者もなかなか見どころがあるじゃないか。ホント、一回戦から盛り上げてくれるよ。だってそうだろう? 嗚呼! いかに造られた友情だったとはいえ、勝利のためには友をも手に掛けねばならないとは!

 悲しいな、なんと過酷な運命なんだろうか。主人公が決して避けては通れない、物語の定番、セオリー、お約束。分かってはいても、こればかりは僕も心苦しいよ! お前もそう思うだろう、岸波!」

 

 こちらの喩えようもなくざわめいた心情を知る由もなく。慎二は陶酔しきったような演劇めいた口調で、それでいて無邪気にはしゃぐように、高らかに叫ぶ。

 この男がそんなことを微塵も思ってはいないだろうということは、よくよく知っている。それでも、その言葉には頷かざるを得ない。そう思い込まされていただけ、だとしても―――友達、なのに。

 わたしたちはもう、どちらかしか生き残る道はないというのに。わたしが彼を、或いは彼がわたしを殺す他、未来は存在しないというのに。………どうして、そんなに楽しそうに。

 

 わたしの曇った表情が気に入ったのか、或いはわたしなど見てはいないのか、彼は見慣れた/と記憶している/ニヤついた表情で、ぽん、と肩に触れてきた。

 その手を払うほどの余裕は、いまのわたしにはない。

 

「ま、正々堂々と戦おうぜ。大丈夫、結構いい勝負になると思うよ? 君だって選ばれたマスターなんだから。次に会う時は敵同士、僕らの友情に恥じない戦いにしようじゃないか!」

 

 さらりと己の青みがかった髪を撫で、慎二は立ち尽くすわたしの脇を通り過ぎていった。

 ………ちがう。わたしはたぶん、決して有数の魔術師などではない。あなたと運命を奪い合うに足るほどの存在ではない。ただ、生きたいと願うだけの凡百の人間だ。

 それなのに。理由も、目的も思い出せないまま、友人だった人間と殺し合う………?

 幾度も繰り返し反芻してみても、それはたしかな実感を伴わない、単なる文字の羅列でしかない。意味は分かるが、それだけだ。

 

 ………まるで、悪夢のよう。

 間桐慎二がこの状況にうかされているのなら、

 岸波白野はこの状況にうなされているのだろう。

 

 親しいもの同士が、互いに憎み合うこともなく、その命を奪うなんて。依然として頑なに、現実はわたしの心を絞めつけて離さない―――。

 

 





今回はここまでになります。ようやく1回戦の開幕、ですね。
初プレイ時はかませっぽいのが来たぞ~と思ったものですが、ザビの心境に立ってみると非常に厳しいものがあるようです。


私事の余談になりますが、この小説を書く一月前あたりからFGOを始めました。
元がEXTRAからFateに入ってあまり他作品の知識はなかったので敬遠していたのですが、EXTELLAを契機にカルデアへ。

そろそろ二か月になり、なんとか6章を乗り切って7章に突入。言い回しや表現が変に引っ張られてしまわないか心配な作者でした。
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