しかし、感覚的にはずっと1回戦の話なので、予選から本戦確定までが序章で1章執筆中、といった印象です。章管理とかしたほうが見易かったかもしれません。
ともあれ、お手隙の方はどうぞご覧ください。
―――あの、アヴェンジャーさん。ひとつ、ご相談があります。
「なんだろう、マスター。うまくマトウシンジを陥れる算段でも思いついた?」
いや、そうじゃない。たぶん分かって言ってるのだろうけど、そうじゃないのです。
彼は友人だとか、戦いたくない相手だとか、それもあるけどそうじゃなくて。切実に、そんなことすら考えている余裕がないのです。
というのも。わたしはただ今絶賛魔力欠貧に陥っており、指先は震え、膝は笑い、乱れ切った呼吸に喘いでいるからだ。
では、なぜこんなことになっているのか。その経緯を説明するのに、そう時間は掛からない。わたしはここ―――アリーナに、あるものを探しに来ていた。
曰く、【
マスター同士が雌雄を決する闘技場の扉を開く鍵のひとつ。
要するに、まぐれで通過したマスターを振るい落とすための最低条件、決戦前の
ちなみに、
便宜上、このふたつの
原則、マスター同士の決闘はこれらを手に入れた先に踏み入ることのできる闘技場でのみ許可されており、他の参加者は勿論、直接の対戦者ともそれ以前の私闘は禁止とされる。
それは基本的に戦闘行為が認可されているアリーナも例外でなく、仮に七日目までに決着を付けようと戦闘に及んでも数分と待たずにシステム側から介入を受け、強制的に互いにシャットアウトされるそうだ。
戦闘禁止区画である学園内は言うに及ばず、アリーナ同様の強制終了に加えてルール違反を犯したマスターとサーヴァントには能力低下という手痛い罰則が設けられている。ただでさえ貧弱なマスターであるわたしには致命的だ。
従って、わたしには早急に鍵を手に入れ、敵サーヴァントの正体を探り、対策を練って正面衝突という道しか有り得ないのであった。
ので。
今こうして、アヴェンジャーを引き連れて―――否。彼に引き摺られるようにして、アリーナを彷徨っているというわけなのです。
が、しかし、ただ落し物を探すように徘徊するだけではいけない。そもそも鍵を手に入れたとして、一戦で
そこで、昨日はアリーナの雰囲気を確かめるだけに終わった分、この日はなけなしのPPTで
準備は万端、気合いもまずまず。今日こそはアヴェンジャーの猛威に翻弄されないように。なんて、意気込みだけは十分だったものだが。
「………まだ、たった三戦しかしていない。その何れも一撃で終わらせている。だというのに満身創痍となると、やはり君の下でこの戦い方を続けるのは難しいだろうね」
そう。わたしもちょうど、そう言おうとしていた。情けなくて涙が出そうになるが、これはさすがに認めざるを得ない。
本音を言えば、どうにかして彼についていきたいという気持ちは強い。わたしのせいで不自由を強いていることは一目瞭然で、そこに申し訳なさを感じないほど能天気ではないのだから。
だが、事実としてどうにもならないことはある。彼の規格は本来、わたしのような人間が扱える代物ではないのだろう。その一挙手一投足が、わたしの魂から根こそぎ生気を奪っていくように感じられる。
たった七日。いや、決戦日と終わった初日を抜いて残り五日間。そんな短い期間では、きっと10回干からびても然したる成長は望めまい。
仕方ない、と恥を忍び断腸の思いでもっと燃費のいい戦い方はないのだろうかと訊ねると、彼は意外なほどあっさりと頷いて見せた。
「了解。以後、君の能力に合わせるよう努めよう」
あまりに簡潔な返答に、思わず訊いたこちらが首を捻る。そんなことができるのだろうか?
たった一度拳を振るっただけで立ち上がれなくなるようなマスターに合わせる。それがどれほど難しいものなのか、わたしには想像できない。
「できないことはない。けど、注意してほしい。君に合わせるということは、君を助けられるのは君だけだということだ。当然、僕は君の言葉を頼るし、君の思惑以上の成果を出すことは難しくなる。君の実力が敵に劣っていれば、そこで終わりだ」
いつもの如く現実を喉元に突きつけるような、抑揚の少なく、けれど真っ直ぐに届く声。
彼の言葉にはたいてい理がある。つまり、彼の能力を優先すれば勝ちの目は出やすいがわたしがついていけず。かと言ってわたしに歩幅を合わせれば、彼の能力に頼りきることはできなくなる。
それは明確な二者択一であり、ここにいいトコ取りの選択肢は存在しないと言ったのだ。わたしが彼と共に戦うのであれば、このどちらかを選ぶ以外に道はない。
―――でも、それなら。さして悩むまでもない。
―――――――――
探索を進めて暫く。薄暗い通路のやや前方に、見覚えのある人影が見えた。―――慎二だ。
その隣には、見慣れない女性が佇んでいる。目を見張るほど鮮明な色合いの長髪に、大きく開かれた胸元から覗く豊満な肉体。思わず自分の胸に手を当ててしまいそうになるが、それはそれ。
髪に似て派手な色彩の装いもさることながら、それ以上に目を引くのは額に広く入った斜めの傷痕だ。そして、それを含めてもなお褪せない美貌の持ち主でもある。
その碧い瞳からは鋭く熱い意思の脈動が垣間見え、きっと大勢の人々の先頭に立って燦然と輝いたのであろうカリスマ性が感じられた。彼女は間違いなくサーヴァント、時代に名を残した英雄のひとりなのだろう。こんな英霊を引き当てるとは、慎二の自称天才宣言も侮れない。
「遅かったじゃないか、岸波! お前があまりにモタモタしてるから、僕はもう
そして、これだ。仮にも敵に進捗状況をご丁寧に説明するのは賢くないと思うのだが、それはそれとしてたった二日で一層を踏破してしまう行動力。それに伴う探査、および戦闘能力。
予選では周囲からやや疎ましがられていた彼でさえ、わたしよりもずっと先を行っている。傍らに立つ彼は、決してあの女性にも見劣りしない確信はあるのに。
そう顔を曇らせるわたしに、慎二は愉快そうに顔を歪めて声を上げて嗤う。それは才能の差である、と。もともと人間としての出来が違うので、悔しいとか情けないといった感情以前の問題だと。
それについての反論は、まあ、ない。これは
やや調子を取り戻したわたしの表情が気に掛かったのか、慎二は嘲笑を治めるとわたしに視線を合わせて、こちらの予想斜め上の台詞を言い放った。
「ついでだ。どうせ君じゃ勝てないだろうから、今のウチに僕のサーヴァントの実力を見せてあげるよ。どうせ脱落するなら、ここでゲームオーバーになっても同じ事だろ? さあ、蜂の巣にしちゃってよ、遠慮なくさ!」
馬鹿な、言峰神父の説明を聞いていないのか………!? 私闘は原則禁止である、と事前に言い含められているはずなのに!
或いは聞き及んだ上で関係ないと蹴とばしたのか、舞い上がっていてそんなことは頭にないのか。どちらにせよ、ロクに鍛錬を積んでいないうちから対決するのはまずい………!
唐突な開戦の宣言に身構えるわたしに対し、敵方のサーヴァントである女性は名残惜しそうに溜息を吐いた。
「うん? お喋りはもうおしまいかい。もったいないねぇ、なかなか聞き応えがあったのに」
―――え? あ、はい。………えーっと?
「ほら、うちのマスターは人付き合いがご存知の通りヘッタクソだろ? ところがお嬢ちゃんとは珍しく意気投合しているんで、こりゃ平和的解決もアリかと思ってたんだがねぇ」
「な、なに勝手に僕を分析してんだよ、おまえっ! コイツとはただのライバル! いいから早く痛めつけてやってよ!」
いや、その。別に、意気投合までしているというわけではないのだけれども。
思わず首を傾げるわたしに合わせて、慎二は余計なお世話だと喚き立てる。それを見て、赤髪の美女は豪快に笑った。
「おやおや、素直じゃないねえ。―――だが、まあ。仮初とはいえ親友を叩きのめす、その性根の悪さはアタシ好みだ。いい悪党っぷりだよシンジ。報酬をたっぷり用意しときな!」
彼女の快活な対応を見て、心なし気を緩めていたのがいけなかった。慎二のことは置いておいて、この女性と言葉を交わせばこの場は収められるかもしれない、などと。
―――刹那。
彼女は懐に納めていた豪奢な金色の拳銃で、目にも留まらぬ見事なまでの
無抵抗のままそれを受けた衝撃で、アヴェンジャーの身体が大きく傾ぐ。
「よっし、いいぞ! その調子でボコボコにしてやれ!」
「はっ、弱者をいたぶるのもご機嫌ときた! コイツはいいねぇ、血が騒ぐってもんさ!」
―――アヴェンジャー! と。咄嗟に叫ぶように声を掛けそうになって、すんでのところで悲鳴を呑み込んだ。
それだけはしてはいけない。みすみすこちらのクラスを開示するなど、大凡の戦法を露呈するようなものだ。彼は
第一。今必要なのは、彼の身を案じてかける言葉ではなく。わたしの魔力が許す範囲で彼の働きを促す、戦略的一声であり。
彼の脅威的なチカラに頼るより、共に立ち向かっていきたいと。
そう、わたし自らが望んだ以上、無様な姿をいつまでも晒しているつもりはない………!
「それでいい、マスター。こちらの損傷は少ない、行動には何の支障もないだろう。先制しておいてそれだけとは、君はそう火力のある英霊じゃないな?」
「たった一撃受けただけで、言ってくれるねぇ。だったら追加サービスだ、こいつも受け取りな!」
彼女が手にしているのは、クラシカルなモデルの拳銃である。主に肉弾戦を行うアヴェンジャーにとっては、この中間距離を保たれるのはつらい。
とはいえ、続いて放たれたのは残弾数を気にも留めない鉛玉の大盤振る舞いだ。嵐のような弾丸を前に身を隠す遮蔽物もなく、アヴェンジャーには盾になってもらう他ない。
仮に、彼に任せてしまえば対処は容易いだろう。きっと、銃撃に怯むことすらなく瞬く間に猛進し、射程距離まで肉薄できるはずだ。しかし、それでは次に繋がらない。わたしの魔力供給では補えない消費が必要だ。
では、どうするか。このまま防戦一方では―――。
と。思考を始めたわたしの意識を、けたたましい
『
「っ、もう気付かれたのかよ! 遊びがないな、ここの運営は!」
慎二が苛立たしげに悪態を吐く。どうも、彼も彼でサーヴァントを上手く扱っている様子はなく、大まかな指示を出した後はあの女性の能力に任せているようだ。
であれば、そこにひとつ隙も生まれるかも知れない。元より決戦の日はまだまだ遠い、ここは攻勢を凌ぐことに専念して手の内を測るのが良策か。
そして、それは相手にとっても同じ事。慎二は兎も角、サーヴァントのほうはここで手札を確かめようとしている可能性は十分にある。
このまま圧されるようであればよし。対抗する手段があるのなら、事前に知っておいて損はない。そんなところだろうか。
両者を遮ろうと、電子の壁が視界の端から構成されていくのが見て取れる。互いに残された時間はほんの僅か、機を見計らうにしても移せる行動は多くない。
そこで、一手。それは小さなブラフである。
本来、持ち得る戦法は可能な限り明かさないのが定石だ。切ってしまった札は傾向を分析され、対策を練られ、その優位性を大きく損なってしまう。
―――言い換えれば。それはたしかに相手の意識に、思考に入り込むということだ。一度“そういう手もある”と認識されれば、自然、相手はそれを警戒する。
するが故に。『こうくるかもしれない』という一瞬の思考は。
だからこれは、先を見据えた小さな布石だ。近づけなければならないわたし達の真っ赤なウソ。距離を離せばいいわけではない、むしろ不用意に離し続ければ危険である………と、思わせるためのフェイント。
アヴェンジャー、と念話で以て呼びかける。
電子の壁が閉じられる直前、ほんのわずかな
―――今!
「了解」
上手くいくかは分からない。分からないが、きっと慎二らの頭に『射撃技もある』という情報を仕込むことはできたはずだ。
本当は、そんなことができるわけではないけども。あわよくば決戦の折、向こうから近付いてくれると有難いところである。あとは、満を持した反撃がシステムに阻まれた風を装って、傷を負ったアヴェンジャーの様子を確かめて―――。
―――【
不意に。烈しい銃声と止まないサイレンにも掻き消されず、凛と脳内に響き渡る、聞き慣れない単語。
釣られるが如く、身体の芯から抜けるように消耗される魔力。前方で放たれた
空間を引き裂いて迸る何かは、閉じかけた壁を強引に抉じ開け、押し通り、銃撃の嵐を巻き起こす女傑の胴を穿たんと奔り抜け。
そして―――ギャリリリッ! と、金属が擦れ削られるような耳につく音を残して、遥か遠方へ消えていった。
「………驚いた。よく躱したね」
「躱したもんか。今のは
「は―――はっ! 見ろ! 何をするかと思ってヒヤヒヤしたけど、全然大したことないじゃないか! そんな攻撃、この僕のサーヴァントにはこれっぽっちも効かないね!」
状況がうまく呑み込めない。感心したように呟くアヴェンジャーを、遮断された壁の向こうで窮地を脱したように口笛を吹く美女を、それを我がことのように誇り驕る慎二を見ても、分かることはひとつ。
―――遠距離から攻撃したの、今!? できたの!? さっきまで、そんな素振りは少しも見せていなかったのに!
「使う必要がなかったし、君に判断を委ねてからは命じられたこともなかった。近づかなければ戦えない、と言った覚えはないよ」
それは、まあ、そうなのだけど。でもですね、そうじゃなくて………!
彼は今、無数の銃弾に晒されながらあのサーヴァントに手を伸ばし。大きく開いたその掌から、眩く煌めく光の弾丸を発射したのだ。
弾丸といっても、その大きさは砲丸といって差し支えない。その威力は波打つように伝播した衝撃と、魔力消費にがくがくと震えるこの脚が証明している。あれは間違いなく、敵性プログラム程度なら一撃で粉砕する拳と同等の破壊力があった。
それに対しての驚愕は勿論のこと、さらに驚くべきはあの女傑だ。彼女はマスターの指示を待たず、咄嗟に取り出した
そう。エネミーの外殻を事も無げに砕き割る彼の攻撃を、あの女性は見事いなしてみせたのである。―――戦慄する。アヴェンジャーを怖ろしいとすら思ったのに、英霊とは皆こうまで超人的なのか、と。
ここで彼を責めるのは違う。どうして『できる』と教えてくれなかったのか、なんて文句も今は呑み込むときだ。
たしかに、わたしから彼に何ができるのかを訊ねたことはまだなかった。そこはわたしの落ち度であり、理解への怠慢である。むしろ戦術の幅が広がる分、プラスと言えばプラスなのだ。
問題は、その事実が判明したタイミングにある。これではフェイントにならず、起死回生の隠し札になるかもしれなかった一手を披露してしまったことになる。
その上受け流されてしまったので、驚きこそあれど、慎二の言う通り脅威にはなり得ない。………と、懸念したのだが、概ね優勢だった彼女の表情は、そのマスターとは異なり勝ち誇ったような喜色に満ちたものではなかった。
どちらかといえば、勝利の余韻に浸っているというよりも。
獰猛に口の端を吊りあげている、ような―――。
「アンタ、まだまだ本気じゃないって顔だね? 出し惜しみってんならよしとくれ。アタシゃ気取って底を見せない男は嫌いでね」
「………………」
「おや、だんまりかい。つれないねぇ。―――アンタはたぶん、アタシにとって
どういうことだろう。彼女はアヴェンジャーの実力に気づいている?
でも、だとしたら『うってつけ』とは何事か。強敵相手は血が滾るとか、そういうバトルジャンキー的な思考なのだろうか。
平凡なわたしと歴史に名を残す偉人である彼女とはやはり勘の鋭さも天地ほどの差があるのか、鮮烈な碧の瞳はアヴェンジャーを捉えて離さない。
一方の彼もまた、微動だにすることなく。金色の瞳は勘定なく相手を見据え、けれど独特の威圧感は束の間も衰えることなく。
そして、両者の睨み合いに息を呑むことしかできないわたし。別に、緊張して声がでない、というわけではない。いや、まったくないでもないが、それだけではないのだ。
わたしが知らない彼を、彼女は視ているのかもしれない。同時に彼も、相手の情報を分析している可能性もある。だからどうしようもなく、沈黙を破った先の言葉が気に掛かったのである。
超常の存在である彼らが、何を見て、何を想い、何を語るのか。その一端にでも触れることが出来れば、わたしの
果たして―――張り詰めた空気のなか、第一声を放ったのは他でもない。
勿論、慎二だ。
なんとなく、そんな気はしてました。はい。
「それにしても、セラフも神経質だよな。こんな一瞬で感知してくるなんて。まあいいさ、こんな調子ならトドメを刺すまでもないからね! そうやってゴミのように這い蹲ってればいいのさ!」
まあ、事実、わたしはアヴェンジャーの放った【破邪の光弾】なるスキルでカラッカラに魔力が干上がっているので、気付いた時には膝をついていたのだけど。
でも、さすがに這い蹲るまでは行っていない。まだなんとか、ギリギリ自分の身体で体重を支えられている。子供っぽく口を尖らせてそう反論すると、慎二は『そ、それはそうか』と前言を少しだけ撤回した。彼はこうして、時たま素直だ。
「と、とにかくだな! 泣いて頼めば、子分くらいにはしてやってもいいぜ? このゲームの優勝賞金も少しは恵んでやるよ! あはははははっ!」
気を取り直すようにして高笑いを決め、カツカツと音を立ててアリーナを後にしようとする慎二。
正直追うような気力もないし、立ち去ってくれるならそれでいいのだが、ひとつ気にかかることがある。賞金が出る、なんて説明があったろうか?
「何言ってるんだよ。出るに決まってるだろ、ゲームの大会なんだから。じゃなきゃ、こんなに参加者が集まるもんか」
………それは、違うと思う。きっと、皆が求めているのは金銭なんかじゃなくて―――そういうひとも、いるだろうけど―――聖杯のはずである。
わたしが眉を顰めて彼の言葉を否定すると、彼は彼で呆れたように首を左右に振って応えた。
「岸波、オマエ、まさかあんな話を信じてるワケ? 眉唾もいいところじゃん、願いを叶えてくれるなんてさ。それこそゲームの中の話だろ、もうちょっと現実見たほうがいいぜ」
ぐぬぬっ、それは慎二にだけは言われたくない台詞である………!
事ここに至って更なる言葉を探す気力もなく、たまらず肩を落として頷いてあげることにする。まあ、普通に考えれば慎二の言う通りでもあるし。
『変なヤツ』と捨て台詞を残して今度こそ立ち去る彼と、その隣で肩を竦める女性を見送って、深い溜め息をひとつ。
所詮は
この、今も肌に残る緊張感に伝った汗も。身を強張らせたせいで普段以上に凝ってしまった肩も。隣の彼も、失くした記憶も、この
思わず傍らの従者に目を向けても、彼は慎二らが去っていった方向をじっと眺めて、こちらを見ることすらしない。
怪我は大丈夫か、とこちらから投げかけてようやく、彼は顔だけわたしにむけて淡々と応えた。
「問題ないよ。彼女の攻撃は浅かった。ダメージはせいぜい活動限界の三割ほど、といったところだろう」
あの猛攻を受けて、それだけ。彼は攻撃性能だけでなく、耐久面でも相当なステータスを誇っているのかもしれない。
今はまだ、その真価をわたしが引き出せていないだけで。思えば、凛に付き添っていた青衣のサーヴァントにしてもそうだ。きっと、英霊にしてみれば一目で分かるほど、このサーヴァントは強力なのだ。
だから。まずは理解から始めなければ。さきほどのように、意思疎通の不足から来る失敗がないように。たとえ彼の口数が少なくとも、まだ一度として、会話そのものを拒まれたことはないのだから。努力するのは、わたしの役割だ。
―――ねえ、アヴェンジャー。戦った感想は、どうかな?
「それも、問題はないかな。―――敗けることはない。手合せした限り、彼女では僕を斃せないだろうから。勝てるかどうかは、君次第だけど」
なんとも不遜な答えだが、今はそれも頼もしく受け取ろうと思える。わたしにもやれることがあるのなら、この身体に鞭打つ価値もあるというものだ。
ようやく呼吸も落ち着いてきた。タブレットを取り出して指を滑らせ、残った最後のアイテムを選択して消費する。自重を支えるのがやっとだった脚に、僅かだが血が通う実感がある。
今度は気を落とす溜め息ではなく、気合いをいれるように肺から空気を吐きだして立ち上がる。
いまはただ、彼の言葉を現実にするために尽力することが、わたしの未来に繋がると信じて。
次回更新は年明けか、時間が取れれば年内にもう1話くらい投稿したいところ。
いつもの如く、気長にお待ちいただければ幸いです。