出来る限り、原作に出てくるキャラクターは出さないことにしたいのです。ただ、名前だけ、地名や、建物名は登場します。原作と銘打つものは、staynightのみとします。それ以外は対象外とするので、悪しからず。
では、みなさま、お楽しみください。
「うっ!けほっ、けほっ!!」
ここは、穂群原学園。その教室。そこにただ一人、
教室には西陽が差し込み、黒板の汚れを落としている彼を照らしていた。チョークの粉を吸い込んでしまい、途端に咳き込んでしまう。
「口の中がチョークの味だ」
そんなことを呟きながら、日直としての役割をこなしていく。もう一度言うが、一人で、だ。
しかし、悠はそんな性格ではなかった。面倒なことを一人で背負うような男ではなかったのである。
なのにも関わらず、彼は、
「あとは俺がやっておくから」
と、もう一人いる日直担当の女の子に言った。
見栄を張りたいわけではなかった。仕事を奪われた女の子も、彼がそんな性格ではないと理解していたので、怪訝そうな顔をした。
彼は、理由がなければ行動を起こさない。
この行動にも理由がある。特別な理由だ。
「これで終わり、と。我ながらよくやったな。なるほど、掃除というのも中々気持ちいいな。終わったあとは」
たかが掃除にかなりの時間を掛けた。
担任は、その間に帰ってしまった。いや、帰した、と言った方がいいだろう。
故意に。
綿密に。
慎重に。
英霊召喚の儀を行うために。
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聖杯戦争。
万能の願望器、聖杯を求めて、7騎の英霊と、それを従えるマスターが雌雄を決する。
その原典は、よくわかっていない。
異世界の技術なのか、どこぞの魔術師が暇潰しに考案したのか、定かではない。
しかし、そこにあった。
結果としてこれまで6回の聖杯戦争が行われている。しかし、どの戦争も失敗に終わっていた。
なにをどうしたら失敗なのかは、分からない。教え通りにいけば、願いを叶えられたら、成功なのだろう。
しかし、そのような報告はなく、多く存在する文献には否の文字が表示されていた。
文献とは言っても、内容までは記載されていなかった。記されているのは、年月と、成功か失敗か。最初の戦争は、1800年頃とされ、それから60年周期で行われてきた。
そして、マスターの手となり足となるサーヴァント、英霊の召喚方法。流派によって大きく異なり、多くの召喚法が存在しているが、大元を辿れば、3つの陣営にたどり着く。
始まりの御三家とも呼ばれる、遠坂、マキリ、アインツベルン。マキリは、
それぞれの役割は、アインツベルンが聖杯降臨のための器を、遠坂が戦争を行うための舞台を、マキリがサーヴァントというシステムの考案を行ったとされている。
これらを始まりの御三家と呼んだ。しかし、そう銘打たれている文献は存在しておらず、何故かそのような役割を割り振られている。
しかしこれら御三家はアインツベルンを除き、ほぼ全てが壊滅していた。魔術の血脈が途切れたか、そもそも人間そのものが存在していないか。その2つだ。
これは聖杯戦争の中期からそうであったとされており、それ以降は魔術協会が戦争を管理していた。
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『火災は終息しておらず、今尚消防活動が行われているそうです。市民の皆さんは決して、近づかないようにお願いします。続いてのニュースです・・・』
夕方のニュースキャスターが、淡々と原稿を読み進めていた。まるでこの事故がそれほど危ないものではないかの如く。
俺は値切りされた惣菜のパックを開き、レンジにその中身を広げた。温めを押し、白米をよそっておかずが温まるのを待った。
「割りと近くなんだな。新都か」
新都へはあまり行かないが、知っている場所ではあった。火元はどっかのビルだと言っていたので、俺のよく行く場所には関係ないだろう。
ボーッとニュースを眺めながら、夕飯が完成するのを待つ。完成といっても、俺が作った訳じゃないんだがな。
チーン。
レンジが鳴った。中身を取りだし、皿に広げる。匂いを纏った湯気が鼻腔をくすぐった。鳴ってはいないが、腹の虫というのを、感じたような気がする。
出来上がった物と、白米を持ってテーブルへ向かった。そして座り、またニュースを眺める。狭い部屋でひもじい食事を送る。
先程のニュースキャスターのように、淡々と食べ物を胃へ流し込む。普段はそんな感じにはならないが、今夜ばかりは違った。
しょうがなかった。あんなことがあったのだから。
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小さな喫茶店だ。主にホールでウェイターをやっている。正規のアルバイトではないので、給料は少ない。しかし、学費などの遣り繰りをしてもらっているため、借りの方が大きい。そのため毎日ではないが、必要とされたときだけ、アルバイトをしている。
その日もいつもと同じだった。最後のお客様の会計が終わり、一息ついていた。
マスターはタバコを吸いながら、俺にコーヒーを出してくれた。俺はそれを受け取り、椅子に腰を落ち着かせる。
「今日もありがとな、秋」
「この旨いコーヒーが飲めるなら、これくらいへっちゃらですよ」
そう言って、コーヒーを啜った。大人の苦味が口内一杯に広がる。そう言えば、ここでこれを飲むようになってから、砂糖とミルクを入れなくなった。
「褒めても何も出ないよ」
少し頬を赤らめながら、梢さんはタバコの灰を落とした。
「あ、そうだ。仕事が一段落したところで悪いんだけど、もうひとつ仕事を頼まれてくれないかい?」
「え?はい」
そう言って、俺に何かが書かれた紙切れを渡した。
「駅前の酒屋に行って、ここに書いてあるものを買ってきてもらいたいんだ」
有り体に言えば、おつかいだった。
「いいですけど、この時間だともうやってないんじゃ」
「大丈夫、アタシが連絡しておくから。店開けとけ!ってね」
「ははは・・・。災難ですね、由佳理さん」
俺はコーヒーを一気に飲み干し、エプロンを取って店の扉に手を掛けた。
「行ってきます」
「おう。気をつけて」
家族のような、会話をして俺は店を出た。
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「じゃあ由佳理さん、また今度」
「今度はあの女に言っといてくれよ。こんな時間に呼び出すなって」
「はい、言っときます」
酒屋で必要な物を買い、店主と少し話した。由佳理さんは梢さんとは旧知の仲らしく、俺も良くしてもらっていた。
酒屋から出た。時間も時間のようで、外は疎らだった。
ポケットに手を突っ込んで、うつむいて歩く。気落ちしているわけではない。こういう癖が着いているのだ。
梢さんにもよく指摘される。
帰路が短縮できる通り道を発見した。行きは通らなかった、公園内を突っ切る道だ。時間が遅いので、そこを通っていくことにした。
公園の門をくぐる。行きに通らなかったのは、別に用事があったからだった。大きな用事ではないが。
その時だった。
少し、静かすぎると感じた瞬間、何かとてつもないモノを同時に感じた。そのとてつもないモノは確かに存在しているようで、次に金属がぶつかり合うような音が鳴り響いた。
「うっ・・・!?」
咄嗟に目を閉じてしまった。キィン、と耳の奥が擽られるような感覚に陥る。
ゆっくり目を開けると遠くの方で、何かが動いているのを発見した。
なんだ?二人?いや、でも、あれは。
弓矢を持った男と、ナイフを持った童女?
遠くの方だが、月明かりに照らされて、何なのかがすぐわかった。だが、理解できる、とは言いづらかった。
ガキンッッ!!
シュッ!!
男が弓を引き、矢を射る。童女はそれを弾き、間合いを詰める。男の方は、その間合いを保とうと必死だった。
いや、必死?
必死ではない。明らかに、弓兵は手を抜いている。少しだが、戦闘に間が出来ている。男の方はそれを敢えて見逃しているのか?もしかして、男の方には戦闘の意思がないのか?
冷静に分析している場合ではなかった。だが、この戦闘から目を背ける事が出来ない。目の前で起こっている非日常に、俺は釘付けだった。
その時、弾かれた矢の一本が、こちらに向かって飛んできた。俺は咄嗟に避けて、体勢を崩す。そしてそのまま、尻餅をついてしまった。
「ってて・・・」
ついたところを擦りながら、戦闘に目を向ける。しかし。
「あれ?」
すでに戦闘は行われていなかった。ものの数十秒。そんな時間で、非日常は消え去った。
「夢だったのか?いやぁ・・・」
まさか。そう口にしようとした瞬間だった。黒い物体が目の前に現れた。
「え?」
先程の童女だった。すぐ目の前。手を伸ばせば届くような位置に、童女は立っていた。
よく見れば、おかしな格好をしていた。
ボロボロの布切れを羽織っているだけ。ホームレスでもこんな格好はしない。
「君は・・・」
「お母さんが・・・」
「え?」
童女は口を開いた。
「お母さんが、モクゲキシャはコロセって。それがルールだって」
は?
何を言ってる?イッテイル?
先程まで冷静に分析出来ていたが、こればかりは無理だった。先程まで出来ていたのは、自分が傍観者だったからだろう。このとき、俺はこの物語の登場人物になった。いやさ、なってしまった。
頭が真っ白になる。迫るのは童女の持つサバイバルナイフ。刃渡りは六センチくらい。咄嗟の行動が出来ない。
ああ、死ぬ。俺は、死ぬ。理不尽に。
近道なんかしなければよかった。始めにしておくべきだった。おつかいを断るべきだった。コーヒーを一気に飲み干さなければよかった。バイトにいかなければよかった。
この状況になってしまった要因を否定していく。それでも結果は否定できない。俺は、世界から否定される。
あと数センチ。俺の心臓を、ナイフが貫こうとしていた。だが。
ガキンッッ!!
そうはならなかった。俺の心臓を貫く直前に、ナイフは何かに弾き飛ばされていた。
全身の筋肉が抜ける。俺はこのとき、初めて腰を抜かすという状況に陥った。
「やめなさいアサシン、このような殺生はいけない。マスターは無関係な者を殺すことを許さない。もちろん、私も。あぁ、私は悲しい。英霊とはいえ、このような存在を産み出した時代があるのか」
ポロロン・・・。
ハープだろうか。耳当たりの良い音が鳴り響く。
「無事ですか?少年」
「あ、あんたは・・・」
「ただのしがない弓兵ですよ、さぁ逃げなさい」
男はこちらを見ずに、ただあの暗殺者を見つめてそう言った。
俺はその言葉で我に帰り、一目散に逃げだした。
走る。走る。走る。ただひたすらに。
恥ずかしげもなく、顔全体から汁を垂れ流しながら、赤子のように泣きわめきながら。
恐怖を越えた恐怖。それを、初めて体感した。殺されるという認識を、初めてしてしまった。
「っはあ!はぁ・・はぁ・・・・」
公園の姿すら見えなくなったところで、俺を足を止めた。
汗だくになりながら、どこに向けていいのかわからない目線を辛うじて、走ってきた方向に向ける。
まだあそこにいるのだろうか?いや、どうだろうか。もう、どうでもいい。
不思議と震えはなかった。本当に恐怖を感じると、人間、恐怖を感じなくなる。感情がバカになるというか。一時的に麻痺しているというか。
とりあえず、俺は喫茶店へ戻る。
ああ、謝らないとな。買ったもの、置いてきちゃった。
秋人は歩み始めた。右手の甲に印が刻まれていることも知らずに。