意味『目的、目標、やるべきことを見失わずに励む、頑張り続けること』
「はい。ええ。了解しました。え?大丈夫ですよ。殺しはしません。それでは、ヤツと同じですから」
小さなビジネスホテルの一室で、スマートフォンを耳に当て、誰かと会話している少女がいた。髪は黒。訛りのあるイギリス英語を使っているが、外見はどう見ても日本人である。
「復讐とは違いますから。はい。必ず、聖杯を我が手に」
座っていた椅子から立ち上がり、ポニーテールを翻しながら部屋にある、唯一の窓の前に立つ。そのまま、ここ冬木の夜の姿を見ながら、通話を終了した。
なるほど。時計塔から見える夜景とは、違う美しさがある。だが、優雅さに欠けるな。何しろ、人が多い。これでは、美しさに陰りが見えてしまう。
しかし・・・。この街が戦場となるわけか。祖先は一体何を考えて、この地を戦場と決めたのか?まぁ別に興味はないからいいけど。
「
こっちでいうところのセーラー服を纏った童女が、急に現れた。少女はそれに驚きもせず振り向いた。童女の顔を見て、少女は微笑みを浮かべた。
「なんでもないわ、ジャック。あら、似合っているじゃない。ニッポンにいるならこれで良いと、マスターは言っていたけど、うん、その通りかもね。でも、まぁ、少し犯罪臭がするけれど」
「ハンザイ?なあにそれ」
ジャックと呼ばれた童女は首を傾げた。それを見た少女は、ジャックに対して手招きをする。ジャックはそれに反応して、トコトコと近づいていった。少女は膝をついて、近づいたジャックを思い切り抱き締め、口を開いた。
「あなたがとっても可愛いということよ」
「うぷ。おかあさん、苦しいよ」
ジャックは少女の2つのたわわな果実に埋もれていた。苦しいと言っても、彼女を離すことはしなかった。これから彼女の身に起きることを、考えながら、少女は目を閉じる。ジャックも少女同様、目を閉じた。
端から見れば、仲の良い姉妹。もしかしたら親子に見られるだろう。だが、それはあり得ない。真実は残酷で、どう理由を見繕っても、彼女たちは魔術師と暗殺者でしかないのだから。
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「貴女は、一体」
目の前の魔方陣の中で、座り込んでいる童女を見て、
「アサシン。ジャック・ザ・リッパー。貴女が私の
ジャック・ザ・リッパー。かの有名な連続殺人鬼、だ。ジャック・ザ・リッパーだと?なんでこんな女の子が。
はじめは、その姿に目を疑った。だがすぐに、その疑いは晴れた。悪い意味で、だ。
「おかあさん?おかあさんなの?」
夏凛がこの状況に面食らっていると、いつの間にかアサシンの姿を見失っていた。あり得ない。この小さな部屋で彼女の姿を見失うなど有り得ないことなのだ。
彼女は辺りを見回す。後ろ、天井、床。しかしどこを見てもアサシンの姿はなかった。だが声は響いている。
「おかあさん」
よく分からない。声から、アサシンの感情を読み取る事ができない。おかあさん?この娘は何をいっている?
「おかあさん」
小さな部屋なのに、声が反響している。どこからも、全方位からアサシンの声が響いてくるのだ。
すると。
すると、何故か、腹部に違和感を感じた。
人体の暖かみと、少しヒヤッとした感覚。全身に鳥肌を立たせながら、恐る恐る目線を下へと向けた。
「・・・・・・・」
思ったとおりだった。まあ、この部屋にいるのは私とアサシンの二人だけなので、アサシンが私に抱きついていて当たり前だろう。
だが、そんな姿よりも別のものに目がいってしまった。ナイフだ。アサシンの体には不釣り合いなナイフを持って私に抱きついていた。
そうか。さっきの冷たさは、これか。
冷静に状況を判断する。この程度で狼狽えていては、この先戦っていられない。
彼女はアサシンの肩を掴んで、アサシンを引き剥がした。不思議そうに彼女を見上げるアサシン。それを見下したようにする夏凛。
所詮は聖杯戦争に参加するために使う道具だ。私の場合は、復讐のための口実に過ぎないが。
「私は遠坂夏凛。貴女のマスターよ。・・・本当に貴女はアサシンのサーヴァント?」
「うん、おかあさん」
そうは、見えない。聖杯から選ばれるのは英雄だけのはずだ。少女が召喚されたことにも問題があると思うが、そもそも、ジャック・ザ・リッパーとは、ただの殺人鬼だ。なぜそんな輩が、聖杯に選ばれている?
ただの少女なら、まだ間違いであったことに納得できる。それでも納得できないことの方が多いと思うが。しかし、彼女はどうしようもなく救えないほど、アサシンだった。
闇に紛れ、対象を殺戮する。誰かに抱きつくだけなのに、ナイフを持っていることがそれを証明している。彼女は、無意識に全てを殺人の対象としているのだろう。
だが、だめだ。確かに、彼女はアサシンだ。しかし、それでも手札が弱すぎた。三騎士ならまだしも、アサシン。それに、この体躯。敗北は目に見えていた。
「失敗した」
そう。だからこそ失敗したと言える。やはり、聖遺物なしの英霊召喚には無理があったか。クソッ!
夏凛は拳で壁を殴る。何度も、何度も。痛い、痛い。それでもまだまだ殴り続ける。殴っている拳から血が滲み出ていた。
「おかあさん?どうしたの?」
無垢な瞳は、依然として夏凛を見据えている。見下しを通り越し、無機質な表情を浮かべる夏凛にとって、その瞳はこの殺人鬼を卑下することを理由付けるものに、他ならなかった。
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10年前だ。
始まりはそこ。私の復讐の始まり。
多分、どこにでもいるような、普通の家庭。その頃の私は、今とは違いただの日本人だった。だが、少しだけ他とは違っていた。それは、私たちの一族が、魔術師の一族であったということ。
子供ながらにそのすごさは理解していた。女の子なら誰でも憧れる、魔法使いだからだ。だけど、兄は言っていた。魔法と魔術は違うんだ、と。
兄は、その頃の私の歳とそれほど離れていなかった。なのにも関わらず、魔術に精通していた。私たち遠坂の扱う魔術は宝石魔術。私と同じ歳の頃には、既に高度な魔術を扱えるようになっていた。
それでいて、兄は優しかった。兄の友人や、兄よりも下の実力の魔術師たちには厳しかったが、私には特別優しかった。
他とは違う優越感の中、楽しく、普通に生きていた。はずだった。その平穏は、突然終了の鐘を告げられてしまった。
私が眠っていると、下の階から物音が聞こえてきた。眠っている私に聞こえたのだ。相当大きかったに違いない。目を覚ました時に既に止んでいたが、幼かった私は、恐怖心を持ちながらも少しの好奇心から、何なのかを確認しにいくことにした。
リビング。そこに続く扉が、少しだけ開いて月明かりが漏れているのが見えた。恐る恐る近づき、扉に手を掛ける。
キィ・・・という音を立てながら扉は開く。
開いている最中から違和感はあった。少し鉄の臭いというか、普段は感じない、鼻につんと来る感じがしたからだ。その違和感は、違和感ではなかった。
理解に時間がかかり、叫ぶのに3秒ほど遅れた。
「い、いゃぁぁあ!!!」
無惨にも、右手を失い槍に突き刺さっている父と、顔を潰され表情を失っている母の姿がそこにはあった。当時は分からなかったが、あの鉄の臭いは間違いなく血の臭いだったのだろう。
辺り一面、血の海だった。
視界が歪んだ。理解するよりも早く、流れ出ていた涙を吹いても、視界が歪んだ。というよりかは、思考が歪んでいた。脳みそがぐちゃぐちゃになる感覚だ。
ふと、窓ガラスの方に目を向けた。
一つの人影が、そこにはあった。
思考がめちゃくちゃになる原因の最たる要因が、そこにあった。
兄が、父の持ち物であるアゾット剣を手にして、死体を眺めていたのである。よく見れば、彼は血だらけだった。血のついていないところと言えば、少しだけ見える背中だ。月明かりが反射して見えなくなっていただけかもしれないが、とにかく、彼はそこにいた。
「おに、おに・・・いちゃ・・・・・・」
兄を呼ぼうとする。だが、口がうまく回らない。
「見てしまったのか、夏凛」
ゆっくりと、こちらを向く兄。その瞳を見て、その時の私は、気を失った。
そのあと、いろいろ知った。
聖杯戦争のこと。兄ではなく、その戦争に参加していたマスターに両親は殺されたのだと。
それまで廃人同然だった私を引き取ってくれた、エーデルフェルト家の人たちの家で。
あの一件以来、兄には会っていない。兄は日本にいたかったらしく、遠縁の家の方に預けられたらしい。私は、昔から交友のあったエーデルフェルトの家に引き取られた。
ルーラ・エーデルフェルトは、尚も言った。情報は嘘で、殺したのは自分の兄だと。私は疑わなかった。あの時の兄の目が、頭の隅から離れなかったからだ。齢5つの遠坂夏凛は、この時初めて、殺したいほど憎い相手を作り、唯一無二の兄を失った。
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翌日、夏凛はジャックを霊体化させ、冬木の地の探索に向かった。時間はお昼の12時。ここに到着したのは、昨晩だったので、今に回したのだ。
少しだけ涼しかったので、カーディガンを羽織った。平日なので自分と同じ年齢の人間はほとんどいない。
それでも、人は多かった。さすが、眠らない街だ。人の往来は絶え間ない。
「少し、気持ち悪いな」
小声でそう呟く。日本で生まれたが、生涯のほとんどをイギリスで過ごしていたため、日本への懐かしさはない。今でこそロンドンの時計塔に住んではいるが、エーデルフェルトのお屋敷は街とは外れの方にあったので、こういう人の多さには、慣れていなかった。
『大丈夫?おかあさん』
ジャックが霊体化したまま、夏凛にそう問う。人をかわしながら、「大丈夫よ」とだけ言っておいた。
これほど人が多い場所で、聖杯戦争など行うことが出来るのだろうか?そのための監督役なのだろうが、これはどうも。起きてはいけないことが起きてしまうのにも頷ける。10年前の大災害然り、だ。
一息つくために、駅前のベンチに座る。
復讐のためとはいえ、悪魔になるつもりはない。関係のない人間を巻き込むほど、私は残酷ではなかった。まあ、目撃者は関係ないと言えないだろうが。
人の往来を眺める。お昼だからか、スーツを着こんだ会社員や、整った服装で語り合う主婦が大半を占めていた。恐らく、これからの昼食を決めているのだろう。そう思うと、自然と笑みが溢れる。
「あのー」
そのとき、不意に背後から声を掛けられた。咄嗟に、立ち上がって戦闘態勢になろうとしたが、それは叶わなかった。
立ち上がれない。
ベンチにくっついたかのように、ズボンが離れなかったからだ。
敵のマスターの罠か!?こんな場所で。しかもまだマスターもサーヴァントも出きってないのに!
しかし、なぜこんなにも張り付いている?張り付いて・・・?あれ?
「あのー、これ、なんですけど」
上半身はかろうじて動くので、上半身だけ向けると、そこには制服姿の青年が立っていた。
「ペンキ塗り立て」という貼り紙を手にして。
「し、失敗した・・・!」
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「よく見たら女の子じゃないか。てっきり、もっと上の女性かと思ったよ。というか、災難だなー。誰かが、張り紙を後ろにやったんだろ。イタズラで」
少し笑いながら青年は言う。そういうのは、心の中で言うべきなんじゃないのか?
彼には無理やり剥がすのを手伝ってもらい、今に至っている。
「でも背中つけてなくてよかったな。カーディガンへの被害は少ないぜ?」
「フォローになってないです。・・・ありがとうございました」
実際、助かっていた。少し遅かったら完全に張り付いて、ズボンを脱ぐかしないとダメだったかもしれない。こんな往来の激しい場所で、一時的にでも下半身を露にするのはさすがに嫌だ。
「学生服ってことは、学生さんですよね。学校、行かなくていいんですか?」
自分の話題からそらすために、初見で思ったことを聞いてみることにした。すると青年は困ったような顔をして言った。
「ちょっと人助け、かな?ま、言い訳にしかならないけどさ。というか、君にもそっくりそのまま返すよ。学校はいいのか?」
それもその通りだった。すでに高校教育の教育課程は済んでいる夏凛だったが、実際の年齢は16で、こちらで学生をやっていたら、高校1年生のはずだった。
「わたしは、いいんです。学校行ってませんから」
「ふぇー。そうなんだなー」
さも興味なさそうに言う青年。
そしてすぐに私はその場を離れた。できることなら現地人との交流は避けたかった。まあ、もう無理だけど。
青年は、あからさまに夏凛の姿を追った。夏凛はなまじっか整った顔立ちをしているで、そういう目線には慣れている。だが、今回は、目線のいく場所が少し違っていた。
下を見てる。明確に述べるなら、お尻だ。変態。男はみんなそうだ。
と、そんな事を思っていた矢先、先を歩いている自分に向かって青年は叫んだ。
「おーい!」
少し溜め息をつきながら、夏凛は振り向く。少しだけ離れたところにいる彼の表情は、少しだけ困っていた。
夏凛は、無言で彼の顔を見た。
彼は頬をかきながら告げる。いや、叫んだ。
「尻に跡がついてるから!隠していった方がいいぞ!」
体術にも覚えのある夏凛は、全速力で彼のもとへ行き、ドロップキックを食らわせた。
これが、彼との、ファーストコンタクトだった。
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「追い詰めたわよ、兄さん」
人気の少ない広い公園で、少女と青年が立っていた。それぞれの傍らには、童女と、ハープを持った男。
「僕を、まだ兄さんと呼んでくれるのかい?」
少女、夏凛は、青年をキッと睨むと吐き捨てるように言った。
「わたしは、あなたを家族として断罪する。ルーラには悪いけど、やはりこれはわたしの復讐劇なのよ」
「ルーラとは、エーデルフェルトの現当主のことかい?」
夏凛の呟きに少し驚いたように言う。
「なるほど、エーデルフェルト家の血筋が途絶えたからかな?だから君を養子に」
「違うわよ。わたしは、まだ遠坂の人間!
この血を絶やすことはしない!あなたが殺した父さんや母さんの無念を晴らすためにも、わたしは途切れるわけにはいかないのよ!
聖杯を手に入れることを!遠坂の悲願を!達成する!」
夏凛の叫びに呼応したかのように、木々がゴオゴオと揺れる。
青年は、悲しそうな顔をして、ゆっくりと目を閉じた。そして、口を開く。
「それじゃあ、だれも幸せになんかなれないんだよ、夏凛。願いもなく聖杯を求める?
馬鹿馬鹿しい。それだけでどれだけの血が流れると思っているんだ。そもそも、この世界が、人間が、こんな術式を作り上げるから!」
青年が初めて声を荒げる。夏凛は、少しだけ驚いたような顔をして、ニヤリと笑った。
「兄さんでも、そんな顔するのね。もういいわ、やりましょう。戦争を」
その言葉と同時に、童女が両手にあるナイフを構えた。
「お願い、ジャック。わたしに力を貸して」
「うん、おかあさん」
童女は夏凛の方に顔を向けず、にこりと笑った。
「アーチャー、来るよ。出来るだけ、傷つけないでほしい。彼女たちは・・・」
「わかっています、マスター。あなたは、やさしい」
青年は、やさしい声でそう告げる。
アーチャーと呼ばれた男は、ハープをポロロン、と1度だけ鳴らし、敵影を確認した。
確認するや否や、その姿は消えていた。すぐに辺りを見回すものの、まったく見当たらない。
「気配遮断・・・厄介な」
アーチャーは構えをとき、弓兵特有の感覚を持って、神経を研ぎ澄ませた。辺りは暗く、鳥たちの囀りがない分、特定の気配を読みやすいはずだ。
しかし。
まったく、感じ取れない。恐らくクラスはアサシン。闇夜であるがゆえだろうが、明らかに敵の方に分があった。
「傷つけないで、と言われましたが、相当大変ですね」
アサシンのスキルなのか、あの英霊特有のスキルなのか定かではないが、この状況はまずかった。
そのとき、真上から、風を切りながら何かが飛んでくる気配を感じた。
「・・・!!」
ナイフだ。
間一髪でそれをかわしたが、かわした先にそのアサシンの姿があった。ナイフを振りかざし、心臓をめがけていた。
「くっ!」
気配を読み取る事に関しては、自分も負けていないと自負していた。しかし、これは認めざるを得ない。
完全に、この場において、彼女が自分を圧倒している。
しかし、だ。それは、気配を感じる感じないの、感覚の話。
アーチャーは、近くの何もないはずの木へ向かって、弓を射った。
何もないはず、だ。だが、その矢は、何かに弾かれる。
スピードや、手数では明らかに不利だったが、目に見えて分かるものがあった。
このサーヴァントは、戦闘経験が少ない。アサシンとしては優秀だろうが、戦士としては今一つだった。
ゆえに。
「きゃあっ・・・!」
「ジャック!」
こうやって、予測ができる。
それもそのはずだった。
アサシン、ジャック・ザ・リッパー。19世紀のロンドンを震撼させた連続殺人鬼で別名は「切り裂きジャック」
しかし、その本質は堕ろされた胎児達の魂の集合体として産まれた悪霊のような存在。本人も、アーチャーも、彼女のマスターさえも知り得ない事実。
赤子、である。無意識に母親を求めるのはそのためであった。
矢の衝撃に耐えきれず、そのまま後ろに弾き飛ばされる。
「大丈夫?!ジャック」
「うん。大丈夫だよ、おかあさん」
すぐに駆け寄った夏凛を見て、哀れみのような表情を浮かべる青年。そのまま、口を開いた。
「もういいだろう。まだ聖杯戦争は始まっていない。ここは一旦、手を・・・」
そのときだ。
「誰かいるよ、おかあさん」
アサシンが湖を挟んだ向こう側を指差した。
「誰か?・・・人払いは済ませたはずなのに。いいわ、ジャック。そっちを始末してきて。目撃者は、殺しなさい。やっと作れた復讐の場よ。今さら中止になんかさせてたまるもんですか」
「わかった」
そういうと、アサシンは霞のように消える。
「なにを、バカな!マスター!」
「ああ!追ってくれ、アーチャー!」
それを、追うようにして、アーチャーは湖の向こう側へ跳躍していった。
2騎のサーヴァントがいなくなった。それだけで、静寂が始まる。その静寂を破ったのは、青年の方だった。
わなわなと震えながら、静かに怒りを露にする。
「夏凛。君はそんな子じゃなかった。エーデルフェルトに毒されたのか」
「そんなんじゃないわよ。それだけ、私にとって大切だってこと!!」
夏凛は、懐から色鮮やかな宝石を取り出した。
「敢えて、遠坂の魔術であなたを下してみせる。それが、せめてもの!」
宝石に魔力をこめ、一斉に発射する。
「っく!?」
思いの外、大きな衝撃にたじろぎつつも、青年は持っている剣を構え、間合いをつめる。
間合いを詰められては厄介だ。
夏凛はそう判断し、宝石の発射を増やす。
ルーラから学んだ体術があるが、それでも兄には敵わないだろう。彼女としては、ジャックに早く戻ってきてほしいところだった。宝石にも上限があるため、歩があるのは、青年の方だった。
あれだったら、令呪を使って、いや、まだだ。こんなところで!
そのときだった。青年が一気に間合いを詰めようとしたとき、さらに、夏凛が一か八かの最大火力での一撃を繰り出そうとしたとき、雷鳴が轟いた。
二人の間に、1本の剣が投げ入れられた。
「双方、またれい!」
公園内に、轟音が鳴り響く。空から、牛車が、ものすごいスピードでやってくるではないか。
これには二人も目を丸くした。
雷が、牛車の轍を作り出している。
その牛車には、一人の男が乗っていた。その男が、二人の戦闘を制止した。
「ありえない・・・」
そう呟いたのがどちらだったか。あるいはどちらも、か。恐らく、呟いていなくても、どちらもそう思ったに違いなかった。
ようやく地上に降り立ったのは、明らかにこの時代の人間ではない存在だった。
男は、二人の間にたち、剣を抜き、それを鞘へと戻した。そのまま、二人を交互に見る。
「先程から見ておったが、お前たち、なにを下らん戦いをしておる」
「は!?何を!」
男は、深い溜め息をつき、そう告げた。夏凛だけが、それに反応し、青年は眉を潜めた。
「マスター自ら戦いに出るという心意気や良しだ。しかしだなぁ、私怨による争いなぞ、下らんにも程がある!」
「っ!?関係ないでしょ!というか、あんた誰よ!」
夏凛がそう反論した。それもそのはずだ。彼女にとって、これこそが生き甲斐である。復讐のために生きた女ゆえに、それを下らないものと評価されれば、反論するのも当たり前だった。
男は、ニカッと笑い、大袈裟に告げる。
「我が名は、征服王イスカンダル!今宵この戦いに馳せ参じたわけたわけだが、どうもいかん。この戦い、この征服王が預かった!」
夏凛の復讐は、マケドニアの大英雄に征服された。