美しき醜悪なるモノ   作:ベルエン

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第1話

 アラガミは捕食することで進化しているのではなく、学習しているというのがフェンリル極東支部技術開発統括責任者ペイラー・榊の見解である。

 

 ここで話は変わるが、一人の貴婦人がいた。

 

 その貴婦人の家は古くから伝わる名門であり、この荒廃した世界に見合わない莫大な富を保有していた。……否、独占していた。

 貧困にあえぐ民衆。食糧難に陥った民衆を一瞥し、放った言葉は「パンが無いならケーキを食べればいいじゃない」。

 その一言がどれだけの民衆に喧嘩を売っているのか。たちが悪いことに自覚のない彼女が気づくことはなかった。

 

 そう、彼女は生まれながらにして全てに恵まれていて、何一つ不自由なく生きてきたのだ。

 我が儘に我が儘を重ねる毎日。自らの持つ豊かな富を貧困に喘ぐ民に寄付することなど一切なく、ただ自らの欲望を満たすために贅沢の限りを尽くしていた。

 そんな彼女が一際強いこだわりを持っていたのは「美」だった。

 「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰」というのはある民話に出てくる有名なフレーズの一つであるが、そんなおとぎ話に出てくるようなセリフを毎日鏡の前で呟き、「当然、私よね」という一連の応答を行うほど彼女は自らの「美」というものに自信を持っていて、同時に執着していた。

 

 そう、その民話――白雪姫に出てくる魔女のように異常なまでに。

 

 彼女は自分以外の「美」を認めることができない人間だった。

 少しでも美しい人間を――女を見かけると、自分の「美」には敵わないと理解しつつも徹底的にその者を潰す。

 ある時は火事に見せかけ、醜い火傷を負わせたこともあった。

 ある時は金にモノを言わせ、男を雇い、刃物で顔を傷つけさせたこともあった。

 

 私以外に美しい女はいらないのよ。――それが歪み切った彼女の基本にして唯一の行動原理だった。

 

 さて、そんな彼女であるが、彼女はある日、アラガミに襲われその欲望に歪んだ人生を終えることになる。

 自身の身の安全を上げるためにもフェンリルには莫大な賄賂を贈っていた彼女は、ある日より安全で快適な居住区に移住することになるのだが、その移動中にアラガミの大群に襲われたのだ。

 

 それは荒ぶる神によって与えられた天罰だった。

 

 彼女は屈辱的なことに小型アラガミであるザイゴートの毒で醜く焼け爛れた状態で呆気なく捕食された。

 こんな醜い化け物に喰われるなんて! 自らを捕食するザイゴートを最後まで口汚く罵りながら。

 それはそれは惨めな最後だった。

 

 ここで話を戻そう。

 アラガミは捕食することで進化しているのではなく、学習しているという話だ。

 彼女を喰らったザイゴートは学習していた。

 彼女の情報を。

 彼女の「美」に対する異常なまでに歪んだ執着心を。

 それは彼女の歪んだ人格が、ザイゴートという醜い小型アラガミに乗り移った瞬間だった。

 

 初めて水面に映る自身の姿を見た時、ザイゴートは発狂した。

 なんだこの醜い姿は――。こんなの自分じゃないと。

 

 ザイゴートは自身のその姿に耐えられなかった。今まで何の自我も持たずただ喰らうだけだった存在がいきなり何を考えているのか色々と可笑しなところではあるが、それは彼女を喰らった事で「美」に対する執着心を学んだが故のザイゴート自身が初めて抱いた想いだった。

 

 そしてザイゴートはある日、一体のアラガミと遭遇する。

 女性と蝶が融合したかのような形状を持つそのアラガミは人間たちの間ではサリエルと呼ばれる大型アラガミの一種だった。

 そのサリエルは他のアラガミと争ったばかりなのか、随分と消耗していた。もはや浮遊する力も残されておらず、その身体を引きずるようにしてのろのろと移動している。

 

 ザイゴートは醜いドロドロとしたモノを抱いていた。

 それは嫉妬。

 不覚にも美しいと思ってしまった。

 すらりと伸びたしたその脚部に。

 美しい揚羽蝶のようなその翅に。

 何より、ギリシャ神話の女神像のようなその人の形をした身体に。

 

 ――ああ、イライラする。私より美しいなんて……許せない。許せない! 許せない!!

 

 そんなザイゴートの存在など露知らず、サリエルは傷ついた身体を修復すべく近場の廃材の元へ身体を引きずっていき、捕食しようとしていた。

 ザイゴートは静かに近づき、そして――

 

 「――キシャアアアアアア!!!!」

 

 ザイゴートはその首筋に牙を喰いこませた。

 突然の不意打ちに驚愕の奇声を上げたサリエルは反射的に浮かび上がり、首筋に喰いつくザイゴートを振り落とそうとするが、ザイゴートはまるでピラニアのように喰らいついて離さない。

 

 やがてサリエルは弱ってきた。無理もない。ザイゴートに襲われる前からただでさえ消耗していて、さらにザイゴートから不意打ちで急所である首筋を喰い千切られたのだ。如何に大型アラガミといえども、もはや()()だった。

 

 動きが止まったサリエルの巨体を、ザイゴートは全て残さず喰らい尽くす。

 

 ――フフ……ハハ……アハハハハハハ!!!!!

 

 全てを喰らったザイゴートは内心、狂乱じみた笑い声を上げる。もし人の身体があったのだとしたら、身を捩って笑い転げていただろう。

 

 やった。

 喰らってやった。

 これでまた私は世界で一番美しい存在に一歩近づいた。

 そう、喰らってやればいいのだ。

 自分より美しい存在を全て残さず喰らいつくせば、自分は世界で一番美しい存在になれるのだから。

 

 +++

 

 以来、ザイゴートはサリエルと呼ばれる種のアラガミを見つけ出しては喰い殺していった。

 普通なら小型アラガミが大型アラガミに挑むのは無謀であるのかもしれない。

 ただそのザイゴートは様々な意味で普通ではなかった。

 

 それは彼女の「美」に対する執着心を学んだ副産物なのであろうか。

 ザイゴートの中には彼女を模倣した人格が生まれると同時に普通のアラガミには無い知性というものが備わっていたのだ。

 ザイゴートは理解していた。正面から挑んでも勝てないということは。

 それ故にザイゴートは最初と同じように消耗した個体、もしくは活動を休止している――つまり寝ている個体しか狙わなかった。

 

 不意を突いて首筋を喰い千切り、抵抗する間も与えず絶命させる。

 そうしてザイゴートは六体ものサリエルを喰い殺してきたのだ。

 

 そんなザイゴートの身体に変化が表れたのは、七体目のサリエルを不意打ちで噛み殺し、その死肉を喰らっていたその時のことだった。

 

 何かが己の内側からせり上がってくる独特な感覚。背部に備わった卵の殻のような部位がピキピキと割れていくのがわかる。

 

 ()()()

 

 殻が完全に割れ、その中から()()が孵化したのはその時のことだった。

 

 宙に静かに浮遊する()()は一体のサリエルと同系統の形状を持っていた。

 ただその姿は通常のサリエルよりもさらに一回り大きく、その色は通常の個体よりなお()()

 

 「……」

 

 割れたガラス片に映るその姿をザイゴートだったモノはじっと眺め続けた。

 そして次の瞬間、心の中でニイィ、と残忍な笑みを浮かべる。

 

 美しくなれる。

 美しいモノを喰らうことでこの身体は美しくなれるのだ。

 

 アラガミと呼ばれる存在はその何れもの個体に偏食傾向があり、アラガミにはその喰らったモノの傾向が強く表れると言われている。

 このザイゴートは近々サリエルを捕食し続けた。否、サリエルしか捕食してこなかった。

 その結果、サリエルの特性を学習したオラクル細胞は自身の身体を変化――進化させたのだ。

 

 無論、そんな専門学的なことはこのザイゴート――サリエルには分からない。

 ただ彼女が理解したのは、美しい存在を喰らえば喰らうほど美しくなれるという事実。

 今までは自分より美しい存在が憎らしくて、ただ殺すことを目的としてサリエルを喰らうのは何の意図もなくただ自分の生きるための食糧代わりでしかなかった訳だが、これからは自身がさらなる美しさを獲るためにも()()殺さなければならないことが今回の出来事でわかったのだ。

 

 ――嬉しいわねぇ。自分より美しい存在を喰い殺すことが、そのまま自分の美しさに繋がるなんて。

 

 まさに一石二鳥だ。

 嬉しさのあまりサリエルは一際高く浮かび上がる。

 空中に、翅を一杯に押し広げて、まるで起床したての人間のように腕を伸ばす。

 その姿はどこまでも妖艶で、どこまでも美しい。

 

 ただ、それは触れるもの全てに死と苦しみを与える毒の鱗粉が周囲に撒き散らされていなければの話であったが。

 




・現在の形態:ザイゴート→通常よりも一回り大きいサリエル。
・主人公の人格を形成する貴婦人ははっきり言って人間の屑。自分の美しさにしか興味がない。自分が世界中の誰よりも美しい存在であると言い聞かせている癖に少しでも美しい自分以外の女を見ると醜悪なまでに嫉妬心を見せる。

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