ALO:Rhinemaiden   作:小糠雨

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2nd Act / キャリバー II:主婦よ?

 

 ――で。

 

「あの人の“請願”って、何だったの?」

 

「ああ、えっとな――」

 

 かつては自然豊かな場所だったヨツンヘイムは、さらに下層にある氷の国ニブルヘイムに住まう霜の巨人族に侵攻された。霜の巨人族の王スリュムは、ヨツンヘイム中央のウルズの泉に《全ての鉄と木を断つ剣》エクスキャリバーを投げ入れた。世界の天蓋から泉にまで達していた世界樹の根はかの剣に断ち切られ、その瞬間ヨツンヘイムは世界樹イグドラシルの恩寵を失い、現在のような極寒の地になったという。

 その際凍り付いた泉の水を世界樹の根が巻き込んで引き上げたものが今回行こうとしているダンジョンの原型で、そのダンジョン《スリュムヘイム》の最奥にスリュムが居る。彼はこのヨツンヘイムで必死に生き延びているウルズの眷属――丘の巨人族と呼ばれる、要するにトンキーたち象水母邪神――を皆殺しにしてウルズの力を完全に消失させ、彼女がなんとか押さえ込んでいるスリュムヘイムを地上へ浮き上がらせんとしている。

 そこで、そうなる前にスリュムヘイムに侵入し、エクスキャリバーを引き抜いて欲しい――というのが彼女の“請願”らしい。

 

 と、キリトが長々と説明してくれたのだが。

 

「要するにタイムアタックね」

 

「いや、まあ、そうだけどな……」

 

「ウォクス、アンタ……」

 

「たまに情緒もへったくれもなくなるよね……」

 

 あまりに短くまとめたウォクスに、キリト、リズベット、リーファは呆れかえった。

 

「わかりやすい方がいいじゃない。

 ……あれ? けれど、そうなると下でトンキーの仲間を虐殺してるあのクエストは何なの?」

 

「ああ、あれな。報酬が偽物らしい。貰えるのはエクスキャリバーじゃなくて《偽剣カリバーン》だってさ。

 まあ、ウルズが嘘()いてなければ、だけどな」

 

「NPCって嘘()くの?」

 

「そういうイベントなら()くさ。ただ、そういうんじゃなくて、なんつーかな……」

 

「あの人はNPCですが、通常のNPCのように固定応答ルーチンによって喋っているのではなく、コアプログラムに近い言語エンジンモジュールに接続しています。言うなれば簡易AIですね」

 

 キリトが言い淀んだ部分をユイが補足した。

 固定応答ルーチンというのは、スタンドアロンRPGの村人を例に出すとわかりやすい。何度話しかけても「このイカレた村へようこそ!」しか言わない村人とか、そういうヤツだ。

 

 一方、ユイの言う言語エンジンモジュールというのは、プレイヤーにAと言われたらBと答える、というパターンリストの超複雑なヤツ、と言うのがわかりやすいか。

 簡単なものだと、“はい”か“いいえ”の選択肢で“はい”を選ぶと「押してもいいんだぜ、懐かしい斜めドラム式洗濯機をよ!」と言い、“いいえ”を選ぶと「じゃあ何しに来たんだお前」と言う、くらいのものだが――カーディナルのそれは高度な予測機能や学習機能を備え、またパターンも語彙も膨大。これに接続したNPCは、プレイヤーとかなり自然に擬似会話をしてのける。

 してのけるのだが――パターンが膨大であるが故の問題が生じることがあるのだ。

 

「ああ……つまり、こっちの応答があの人から()()()()()()()()()()()可能性があるわけね」

 

 嘘を答えるパターンに派生するようなことをプレイヤーが言ってしまうと――ということだ。そしてそれは確かめようが無い。

 

「お前はほんとに理解が早いな。まあそういうことだよ」

 

 ともあれ、やることは変わらない。

 例のダンジョン、スリュムヘイムに乗り込んでエクスキャリバーを手に入れる。事は実にシンプルだ。

 

「でもよぉ、話が大掛かりすぎねえか? ていうか、地上まで霜巨人に占領されるとか言ってたなら、オレたちが失敗したらアルンとかぶっ壊れちまうのか?」

 

「どうだろう? でも、運営側が、アップデートやイベントの告知無くそんなことするかな? 普通は最低でも一週間前には予告があるよね?」

 

 クラインが提示した疑問に応えたアスナに、全員が同意する。

 すると、キリトの左肩に乗っていたユイが声を発した。

 

「あの、これは一〇〇パーセントの確度はない推測なのですが――おそらく、クラインさんの考えは正しいです」

 

 皆がぎょっとしてユイを見る。

 

「このアルヴヘイム・オンラインが他のザ・シード規格VRMMOとは大きく異なる点として、ゲームを動かすカーディナル・システムが機能縮小版ではなく、旧ソードアート・オンラインに使われていたフルスペック版の複製であることが挙げられます。

 シュリンク版では削られていますが、本来のカーディナル・システムにはクエスト自動生成機能があります。ネットワークを介して世界各地の伝説や伝承を収集し、それらの固有名詞やストーリーパターンを利用・翻案してクエストを無限にジェネレートし続けるのです」

 

「な、なンだと」

 

 クラインが、無精髭の生えた顎をがくんと落として呻いた。

 

「てぇこたあ、オレたちがアインクラッドでさんざっぱらパシられたあのクエは、全部自動で作られたってことかよ」

 

「……道理で、多すぎると思ったのよ。75層時点で、情報屋が確認してる分だけでも一万超えてたもの……」

 

 当時、ギルドの資金繰りのためにかなり真面目にクエストを受けていたアスナも、うんざりした顔で首を振る。その隣のシリカも遠い目をして呟いた。

 

「それに、時々お話がミョーでしたよ。三〇何層だったかな、ピラニアとアナコンダが合体したみたいなモンスターをいっぱい倒すクエ。いつの間にかパーティーの誰かのストレージにそのモンスターの卵が入ってて、卵持ってる人はヘイトが溜まりやすくなって、しかもクエストクリアまでは捨てても捨てても戻ってきて……いったい何を参考にしたのか……」

 

 そういうことならウォクスにもキリトにも山ほど覚えがあるが、それを言いだすと本格的に話が脱線してしまう。

 こほん、と咳払いをして、キリトが修正にかかった。

 

「てことは、ユイ、このクエストもカーディナルが?」

 

「先程のNPCの挙動からして、その可能性が高いです。もしかしたら、運営側の何らかの操作によって、今まで停止していた自動生成機能が起動したのかも知れません。

 だとすれば、行き着くところまで行ってしまうことは有り得ます」

 

「行き着くところまで、か……神々の黄昏(ラ グ ナ ロ ク)までいっちゃう、とかかしら?」

 

 全員の視線が、今度はウォクスに集まる。

 

「このゲームのモチーフの北欧神話って、世界大戦で滅ぶとこまで語られるのよ。例の霜巨人だけじゃなくて、さらに下から炎巨人とか出てきて。スルトとか有名じゃないかしら?」

 

「あ、その名前聞いたことあるわ。一〇年ちょっと前に発売された、キャラが眼鏡かけてテレビの中に入るゲーム、アレやったときにそんなの居た気がする」

 

「あら意外。リズ、あなたああいうゲームやるのね。しかも全然世代じゃないのを」

 

「お父さんが持ってたのが押し入れから出てきたからちょっとやってみたくなって。ていうか世代じゃないってんならアンタだってそうじゃん。なんで知ってんのよ」

 

「ワタシはほら、そういうの好きだから。

 で、続きだけど、終わらない冬を迎えたり、そのスルトが世界を焼き尽くしたり、巨人がいっぱい攻めてきたり、世界が全部海に没したりするのが神々の黄昏。そのあと大地が再生されたりもするけれど――仮にその再生まで行き着いたとしても、今あるアルヴヘイムは完全に滅んじゃうわね」

 

 彼女の説明を受けて、皆の表情が沈む。そんな中、リーファが「でも!」と声をあげた。

 

「いくら何でも、ゲームシステムが自分の管理してるマップを破壊し尽くすなんてこと、できるはずが……」

 

 普通に考えればそうなのだが、ユイは悲しげに首を横に振った。

 

「オリジナルのカーディナルには、そうできるだけの権限があるのです。

 何故なら、あのカーディナルの最後の仕事は、アインクラッドを完全に崩壊させることでしたから」

 

 あまりのことに全員が黙り込む。

 さらにユイが続けて語ったところによると。もし運営が手動で全データのバックアップを取り、それをALOのサーバーとは切り離されたメディアに保管していれば、仮にラグナロクに至ってもサーバーを巻き戻すことが可能。しかしカーディナルの自動バックアップ機能を使っている場合、その設定如何(いかん)ではプレイヤーデータしか巻き戻せず、フィールドはどうにもならないかも知れない。

 

 そう聞いてますます暗くなるパーティーであったが、突如クラインが「そうじゃん!」と叫び、ウィンドウを開いた。しかしすぐ「ダメじゃん!」と頭を抱える。

 

「……何のコントよ」

 

 リズベットが訊くと、彼は情けない顔で振り向いた。

 

「いやな、GM呼んで、この状況知ってんのか確認しようと思ったんだけどよォ。人力サポート時間外でやんの……」

 

「……あ、そうか、そうよね。今って年末の、日曜の、午前中なのよね。すっかり忘れてたわ」

 

「どうやったら忘れんのよ……リアルじゃどこも年末一色じゃない」

 

 再びのリズベットのツッコミに、ウォクスは涼しい顔で、

 

「いやほら、ワタシ、冬休み入ってから外出してないのよ。あとテレビも見てない」

 

 なお、冬休みに入ったのは五日前だ。

 

「なんでよ」

 

「ずっと家で家事か読書かスタンドアロンのゲーム、あとALOって生活してて。買い物はクラインが行ってくれるって言うから甘えちゃってね」

 

「主婦か!」

 

「主婦よ?」

 

 どこかズレた親友に頭痛を覚えるリズベットだが、当の本人は何がおかしいのかと言わんばかりの涼しい顔だ。

 だがそれが功を奏したか、先程までの暗い雰囲気は吹き飛んでいる。意図してこうなったかは怪しいところではあるが。

 

 もう目的のダンジョン、氷の逆さピラミッドは目と鼻の先だ。一辺三百メートルはあろうかというアレが地上へと上昇すれば、アルンの街はさぞ大騒ぎ――というか壊滅する。

 今は世界樹の上部に築かれたイグドラシル・シティに人口の半分が移住しているが、アルン高原の上級ダンジョンの攻略基地として、また各種族首都との交易市場として、週末ともなれば大いに賑わっている。無くなってはたまらない。

 

「もうこうなったら、やるしかないんじゃない?」

 

 シノンの言に頷き、次いで皆がリーファの持つメダリオンに注目する。

 ウルズから与えられたそれには綺麗にカットされた巨大な宝石が嵌め込まれている。しかしそれは今、六割以上が黒く変色してしまっている。

 これがタイマーの役割を果たす。あの石が全て闇に沈む時、地上の動物型邪神は殲滅され、ウルズの力は完全に消滅、そして霜の巨人の王スリュムがアルヴヘイム侵攻を開始する。

 

「ウルズが言うには、今あの城の戦力は出払ってるらしいからな。護りが薄いってなら願ったりだ」

 

 キリトはウィンドウを開き、装備フィギュアを操作した。背中に吊られたリズベット武具店謹製のロングソードと交叉するように、新アインクラッドの一五層ボスから手に入れた剣が出現する。

 久々に剣を二つ装備した彼を見て、パーティーメンバーたちはニヤリと笑う。

 

「オッシャ、今年最後の大クエストだ!」

 

「明日のMトモの一面はワタシたちよ」

 

「ばしーんとキメて!」

 

「ドヤ顔の集合スクショをデカデカと載せてもらいましょうか」

 

「ど、ドヤ顔ですか……」

 

「もちろんセンターはキリトくんね」

 

「あとポーズは例の特戦隊ね」

 

「しねーよあんなポーズ……」

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 ALOに於ける一パーティーの上限人数は、他の多くのタイトル同様、八人である。かつては何故か七人という変則的な――というかしち面倒くさい――人数だったのだが、運営がレクトプログレスから新興ベンチャー企業に移行したときに八人になった。いろいろと計算がしやすくなったため、プレイヤーたちは大いに喜んだものである。

 さて、その八人の枠をキリトらが親しい友人たちだけで埋める場合、六人はだいたい固定している。

 キリト、アスナ、リズベット、シリカ、リーファ、そしてウォクス。全員が高校生で、しかもうち五人が同じ学校に通い、二人は同居しているためタイミングが合わせやすい。

 残る二枠がやや流動的で、会社員かつALOではギルド風林火山の団長も務めるクライン。喫茶店兼バーの店主エギル。多忙な高級官僚のクリスハイト。現実でもリーファの友人であるレコン。そしてあまり似ていない双子の姉妹のランとユウキあたりで、都合のつく面子が加わることになる。

 このうちレコンは、とある一件でシルフ領主サクヤにスカウトされ領主館のスタッフになったため首都スイルベーンから離れられず、彼が加われるのはアインクラッドがシルフ領上空にある期間に限られる。

 最近になって、その枠にGGOとALOを行き来する弓使い――と書いてスナイパーと読むシノンが加わったわけで、後衛が増えて皆非常に喜んだわけであるが、それでも解消されなかったパーティーの問題点がひとつある。

 

 ――魔法使い(メ イ ジ)が、非常に、少ない。

 

 常駐メンバーで魔法スキルを積極的に上げているのは水妖精族のアスナのみ、しかも半分は細剣スキルに振っているため、マスターしているのは回復・支援系魔法だけ。

 リーファも魔法剣士ではあるが、使えるのは戦闘用の阻害系と軽い回復のみ。

 ウォクスも歌スキルをかなり上げてはいるが、あれは魔法とは別枠だ。別枠ゆえに支援系魔法によるバフと効果が被っても無効にならず重ねがけができるという利点はあるものの、歌は支援一辺倒で攻撃用のものは無い。

 シリカがやや魔法系だが彼女も支援系メインで、リズベットはスキルの半分以上が鍛冶系、エギルも三割が商人系。

 そしてキリトとクライン、ユウキは近接物理戦闘系に全振りのいわゆる脳筋タイプである。

 

 おわかりいただけただろうか。なんとここまでに、()()()()()使()()()()()()()()()()()()

 

 例外が風妖精族のダガー使いにして闇魔法をかなりマスターしている謎ビルドのレコンや、領主クラスも実力を認める氷結系攻撃魔法の使い手クリスハイト、近接など知ったことかとばかりに魔法系スキル全振りで固定砲台と化しているラン。彼らが加わることが出来る際には、取れる戦法の幅が段違いだ。火力メイジの不在がこの面々の弱点であることはもはや疑いない。

 だがそれはある種必然なのだ。

 何故なら、彼らの大半が、魔法など無い剣の世界から移住してきたのだから。

 かの世界を共に駆け抜けた、キリトの片手剣、アスナの細剣、リズベットの戦鎚、シリカの短剣、クラインの刀、エギルの斧、ウォクスの槍――そして現実で剣道をしているリーファの長剣や、銃と浅からぬ因縁のあるシノンの弓も。もはや単なる武器ではなく、存在証明のようなものだ。今更それを捨てて魔法スキルを上げることなどできない。

 非効率とは知りつつ、むしろ物理メインのスタイルに誇りを賭け、今まで戦ってきた。

 

 だが現実は非情である。

 

 物理だけでは困難に過ぎる場面に遭遇してしまうことも、往々にして、ある。

 

「ヤバイよお兄ちゃん、金色の方、物理耐性が高すぎる」

 

 キリトの隣でリーファが囁いた瞬間、その“金色の方”がバカみたいに巨大なバトルアックスを高々と掲げた。

 

「衝撃波攻撃二秒前、一、ゼロ!」

 

 ユイのカウントに合わせて、前衛と中衛の六人が左右に大きく跳ぶ。一瞬遅れて、その場を斧と衝撃波が、轟音と共に駆け抜けていく。

 

 スリュムヘイムに突入してから二〇分。ウルズの言葉通り、ダンジョン内の敵影はかなり薄かった。通路でのMobとのエンカウントはほぼゼロ、中ボスも半分近く不在。

 だがさすがに次層への階段を守るボスは居て、あまりの火力に全員が声を揃えて「ないわー!」と叫んだ。

 それでもなんとか一層目の単眼巨人(サイクロプス)型ボスを倒し、全力で二層目を駆け抜けて再びボス部屋に到達した。そこで彼らを待ち構えていたのが、牛頭人身、いわゆるミノタウロス型の大型邪神だった。しかも大盤振る舞いの二頭同時である。

 片方は全身真っ黒、片方は全身金ピカ。武器はどちらも、持ち帰れば食卓として使えそうなほど巨大なバトルアックス。

 双方魔法攻撃を一切使わず、純粋に斧と肉体で攻撃してくる。一層目のボスは部屋中に氷柱を降らせて攻撃してきたが、これならあれよりは楽だろう――そう思っていたのだが。

 どうやら黒い方は魔法耐性が、金ピカの方は物理耐性が、それぞれとんでもない高さに設定されているようなのだ。

 そこで、脳筋パーティーらしく黒ミノを集中攻撃して先に倒し、金ミノをじわじわ削っていく作戦を立てたのだが。

 

「シノン、ウォクス、どうだ?」

 

「ダメね。さすがはCPUというか何というか……全然射線が通らない」

 

「ワタシもダメね」

 

「オメエらでも無理とか、いよいよ詰んでねェか!」

 

 二頭の牛は意外なほどの絆で結ばれているらしく、黒のHPが減ると金がヘイトを無視して割り込んでくるのだ。そのまま金は完全に護りに入り、その間に黒は後方で禅を組み、オリエンタル・メイソウのパゥワァーか何かでHPをぐーんと回復してしまう。

 一度それを許してしまった後、ならば黒ミノが瞑想している間に金ミノを片付けるかと考えたのだが、あまりに物理耐性が高すぎてろくに削れない。

 ――それなら、彼らの中で最も突進力のあるウォクスが金ミノの隙をついて黒ミノに突撃してはどうか? または、シノンの矢では? 少しでもダメージを与えられれば、瞑想がキャンセルされないだろうか?

 と思ったのだが、金ミノは彼女らが少しでも突進や射撃のそぶりを見せようものなら即座にその進路上に腕なり脚なり斧なりを配置してディフェンスしてくる。その反応速度は生身では決して出せないだろうことが見ただけでわかる。

 そうして足踏みを余儀なくされている間に、金ミノは即死級の大技をガンガン使ってくるのだから始末に負えない。攻撃そのものを避けたとしても範囲攻撃のスプラッシュダメージだけでHPをゴリゴリ持っていかれて、アスナ一人では回復が追いつかない。あまり長い時間はもたないだろう。

 

「キリトくん、今のペースだと、あと一五〇秒でMPが切れる!」

 

「でもメダリオンがもう七割近く黒くなってるから、死に戻りしてる時間なんて無いよ!」

 

 アスナとリーファの深刻な叫び。

 

 今、なんとか戦線を保てているのは、キリトとクラインが前衛で支えているからだ。どちらか一人でも死んでしまえば、それは一気に瓦解するだろう。前衛とはいえ彼ら二人の補助が中心のリーファや、中衛を勤めるウォクス、リズベット、シリカに、あの牛を押しとどめるだけの耐久は無いのだ。

 

 キリトはひとつ深呼吸をして、決断した。

 ここが旧アインクラッドなら、一も二もなく撤退を指示しているだろう。

 しかしここはALO。あの鉄の城のように、HP全損がすなわち死、という世界ではない。たとえカーディナルがアルヴヘイム全土を焼き尽くすのだとしても、それでもなお自分たちの為すべきことは“ゲームを楽しむこと”だ。

 このギリギリの状況で、自分と仲間の力を信じて、可能性に賭ける。これを楽しまずして何とする。

 

「皆、こうなったらできることはひとつだ! 一か八か、金色を、ソードスキルの集中攻撃で倒しきる!」

 

 ソードスキル。

 それは、かつてSAOをSAOたらしめていた最も特徴的なゲームシステム。

 五月に実施されたアインクラッド実装アップデートの際、運営はALOにソードスキルをも導入した。ただしそのまま移植したわけではなく、ALOの世界観や仕様に合わせた調整や変更を加えたうえで、だ。

 そのひとつが、属性ダメージの追加である。

 現在の上級ソードスキルは、通常の武器攻撃のような純物理属性ではなく、地水火風闇聖の魔法属性を備えている。これならば物理耐性が高い金ミノにもダメージが通るはずなのだ。

 もちろんリスクはあり、上級ソードスキルは連撃数が多いかわりに技後の硬直時間が長いものが多い。そこにあのバトルアックスなどもらおうものなら――それも範囲攻撃などされようものなら、前衛・中衛は全員即死だ。

 それは全員理解しているだろうに、反対意見は無かった。

 

「うっしゃァ! その一言を待ってたぜキリの字!」

 

 右翼で、クラインが愛刀を大上段に据えた。左に跳んだリーファも、長剣を腰だめに構える。その後ろの中衛組、リズベットはメイスを、シリカはダガーを握り直し、そしてウォクスはウィンドウを操作し始めた。

 

「シリカ、カウントで“泡”頼む! ウォクスは――全員が硬直しきったら()()いってくれ!」

 

「そう言うと思って、もう準備してるわよ」

 

 彼女の左腕の装備は、あの美しい白銀のランスから、NPCの店で買える最安値のランスに変わっている。

 

「さすが! じゃあシリカ、合わせてくれよ――二、一、今!」

 

「ピナ、《バブルブレス》!」

 

 シリカの叫びに応えて、小竜が動く。

 通常、ペットに対する命令は、どんなマスターテイマーでも成功率が一〇〇パーセントにはならない。

 しかし、それを知識として持っているこの場の全員、ピナがシリカに背くとは欠片も思っていない。何故なら、そんな場面を見たことが無いからだ。

 今回も、彼女の上空を舞う小竜は期待通りに、一声啼いたその口から虹色の泡を発射した。

 バトルアックスを振り上げまさに必殺の攻撃を放たんとしていた金ミノの鼻先で泡が弾ける。魔法耐性の低い牛は、ほんの一秒程ではあったが幻惑効果にとらわれ、動きを止めた。

 

「ゴー!」

 

 キリトの絶叫に合わせ、ウォクスとアスナを除く全員の武器が、色とりどりのライトエフェクトを眩く迸らせた。

 

 正面からキリト、右からクライン、左からリーファ。さらにその左右からリズベットとシリカが一斉に突撃。

 それぞれが、習得している中で最も高い魔法属性ダメージを叩き出せるであろうソードスキルを繰り出す。クラインの刀は炎に包まれ、リーファの長剣は疾風を巻き起こし、シリカの短剣は水飛沫を散らし、リズベットのメイスは雷光を放つ。その後方からは氷の鏃が立て続けに飛来し、牛の鼻を射貫く。

 そしてキリトは、オレンジに輝く右手の片手剣の八連撃ソードスキルを叩き込む。これが終われば全員が硬直し、ウォクスの出番――という皆の予想は覆される。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 どうしたことか()()()()()()()()()()()()()()()、そのまま左手の剣によるソードスキルが発動した。その三連撃の後、今度は右手の片手剣が再び輝き始める。

 またしてもディレイがキャンセルされ、右手が四連撃のソードスキルを繰り出す。

 時を同じくして、先にソードスキルを放った仲間たちのディレイが終了した。

 再びの集中攻撃。金ミノのHPゲージはがくんがくんと高速減少し、――そして赤になった直後に止まった。

 キリト含む全員の動きもまた止まっている。彼らは金ミノのHPを削りきることはできなかったのだ。

 巨大な牛は獰猛に笑い、ダメージによる硬直から皆より先に回復。大斧を水平に引き絞り――

 

「――ぶち抜く!」

 

 ――普段は聞けないような荒々しいウォクスの叫びに押されるように。巨大な矢、否、槍が、ジェット戦闘機もかくやという轟音を纏って空間を裂いた。跳び上がってランスを投げた彼女の身体は、投げた勢いのままに前へ一回転する。

 槍系汎用オリジナルソードスキル(O S S)――単発投擲攻撃、《タスラム・ジャベリン》。

 魔法属性――無し。

 速度と質量に任せ、使用した槍が何であれ必ず耐久値を全損してしまう程の衝撃で以て、純粋な物理属性の大ダメージを叩き出すソードスキル。物理耐性の高い金ミノが相手では悪手にも思える選択。

 しかし、このOSSには、特別な効果がある。

 当たった相手の耐性や受けたダメージ量、使用した武器の性能に関係無く、ノックバックと二秒間のディレイを、()()発生させるのだ。

 金ミノを貫いた安物のランスもまた、耐久値全損によって青い燐光と化し消滅しながらもその役目は果たした。かの巨牛は数メートル後方へ押し込まれ、そのまま硬直する。

 

「どうかしらキリト!」

 

「良い仕事すぎて笑えてくるね!」

 

 その間にディレイが解けた前衛組が攻撃を再開。またしても自身に襲いかかった連撃に、金ミノのHPバーは今度こそ刈り取られ。

 黒ミノがHPを全快させて立ち上がり。

 しかし今まで黒ミノをがっつり守護していた金ミノは、甲高い悲鳴をあげて――

 

「……おーし、牛野郎」

 

「そこで正座なさい」

 

 金ミノが硬質なサウンドエフェクトと共にしめやかに爆発四散するのにはもはや目もくれず、クラインが刀を担いで黒ミノを睨み、ウォクスもまた装備を元に戻して(きっさき)を向ける。

 呼応するようにして、残る六人も一斉に黒ミノに視線を向けたのだった。

 




 さらっとランとユウキを生かすスタイル。
 彼女らは皆健康優良児です。病気なんて無かった、つまりマザーズ・ロザリオ篇も無い、いいね?

 OSSはどんな自由な発想で作ってもいいんだ!
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