「ウォクス、残弾は?」
「二本よ」
ウォクスの答えにキリトは顔をしかめた。
彼の問うた残弾とは、先の金ミノ戦で投げた安物のランスのことだ。あのソードスキルは使った槍が毎回必ず壊れるため、ストレージに主武装以外の槍を入れておく必要があるのだが、槍だけを入れていれば良いわけではない以上そう多くは持てない。
「クラインとストレージ共有しててすらそれか……」
「そもそもワタシのストレージが小さいのよ、体格がこんなだから」
ALOでは、基本ステータスだけでなくストレージ容量も体格に依存する。
ウォクスの身長は現実の彼女と同じ、一五八センチ。体つきもまた現実と同じでスレンダー。ストレージはさほど大きくはない。
結婚システムによってクラインとストレージが共有化されてはいるが、彼は彼で持たねばならないアイテムがある。ドロップ品等を持ち帰るためのスペースも要る。いくら彼のストレージが彼女より大きいといっても、そうそう無理はできないのである。
「そりゃそうとキリ公! おめえ何だよさっきのは!?」
割って入ったクラインにマキシマム面倒くさいといった顔を向けるキリト。
クラインが言っているのは、両手の剣で交互にソードスキルを繰り出したあれのことだ。
「……言わなきゃダメか?」
「ったりめえだ! 見たことねえぞあんなムグッ!?」
ずずいとキリトに詰め寄るクラインの顔を――というか唇を、正面に回ったウォクスが人差し指で押した。
「はいはい落ち着いて。気になるのはわかるけど、あんまり余裕は無いのよ。
……リーファ、残り時間はどれくらい?」
クラインが大人しくなるのを確認してから訊けば、リーファは首にさげたメダリオンを皆に見えるように掲げた。嵌め込まれた石はどんどん黒くなっていく。
「えっと……今のペースで変色するにしても、一時間はあっても二時間は無さそう」
「そう……だいぶ厳しいわね」
「ユイ、このダンジョンは全四層だったよな?」
「はい。三層の面積は二層の七割程度、四層はほとんどボス部屋だけです」
「ありがとう――よし、全員全快したな? そんじゃ、三層はサクサク片付けようぜ!」
ユイの言葉通り、三層は二層より狭かった。
ただしその分、通路は細く、そして入り組んでいる。普通に攻略していたのでは時間が足りない。
そこで、ユイが地図データにアクセスする、という普段は自重している奥の手を解禁。曲がりくねる通路を彼女の指示で全速前進。次々立ちはだかる、レバーだ歯車だスイッチだといった罠やらギミックやらも、彼女の言うがままに思考停止でがちゃこがちゃこと片付ける。当然、無視できるものは全て無視。
二回の中ボス戦を挟んで、彼らはわずか一八分でフロアボス部屋に到達した。
そこで待ち構えていたのは、先のミノの二倍はあろうという巨躯の、人間の上半身に
しかしそれでも、ウォクス、リズベット、シリカ、シノン、そしてピナが巨人の脚を一本一本確実に切り落とし、動けなくなった巨人が最後の足掻きとばかりに強力な範囲攻撃――と思われる予備動作をしたところにウォクスがタスラム・ジャベリンをぶち込んで止めて、全員でソードスキルを叩き込んで仕留めた。
このまま四層に雪崩れ込んで、王スリュムとやらを遥か下の
それは、細長い
床と天井を繋ぐ氷の柵の向こうに、人影がひとつ。巨人サイズではない。
雪のように白い肌、長く流れる深いブラウンゴールドの髪。身体を申し訳程度に覆う布から覗く胸部のボリュームは、この場の女性プレイヤー六人を圧倒している。
聞くとキレるであろう人物が一人居るので誰も口にはしなかったが、皆――そのキレるであろう本人でさえも――同じことを思った。
――クライン、こういう人、めっちゃ好きそう。
細長い手脚に、無骨な氷の枷が嵌まっている。だが虜囚にしては、扱いが妙なようにも思えた。
予想外の光景に足を止めた一行に気付いたか、女性は肩をぴくりと震わせ、顔を上げた。
瞳の色もまた、髪とよく似た金茶だった。顔立ちは、もしこれがプレイヤーアバターだとしたら、圧倒的幸運で引き当てるか、圧倒的財力でアカウントを買い続けるかしなければ有り得ない程に整っている。
しかも、このゲームでは珍しい、西欧風の気品溢れる美貌だ。主として日本人が遊んでいるゲームであるためか、ALOのアバターは――西洋の妖精モチーフのくせに――PC・NPC問わずアジア系の顔立ちが多いのである。
美少女揃いのキリトパーティーであるが、人種的な差によるカテゴリの違いは如何ともし難い。この顔に同じステージで真っ向から対抗できるとすれば、同じく西洋系の顔立ちを持つウォクスくらいだろう。
そして、顔をみた彼らは確信する。
――ああ、これはクラインの好みど真ん中だわ。
「お願い……。私を……ここから、出して……」
彼らの心の裡を知ってか知らずか、女性はか細い声で言った。
その声を聞いて、ふらり、と氷の檻へ吸い寄せられた刀使い。彼の後ろ頭から垂れるバンダナの尻尾をウォクスががっしりと掴み、引き倒した。
引き戻した、ではない。
「クライン?」
「お、おう、いや、あのな?」
「クライン?」
「……すみませんでした」
起き上がるや否や、正座して項垂れる。先のウルズのときにも見られた光景だ。この男、まるで学習していない。
「よろしい。
……それはそれとして。皆、このNPC、どう思う?」
「罠だろ」
「罠よ」
「罠だね」
ウォクスの問いかけに、キリト、シノン、リズベットが異口同音の応えを返す。
「ま、そうよね……ユイちゃん、どう?」
「はい。NPCですが……ウルズさんと同じく、言語エンジンモジュールに接続しています。それと――この人は、HPゲージがイネーブルです」
Enable。有効化されている――要するに、攻撃するとダメージが入る、ということだ。通常、NPCはHPゲージが無効化されており、ダメージを受けない。例外はあるが、それは護衛クエストの対象になっている場合か、あるいはそのNPCが実は――
「罠だよ」
「罠ですね」
「罠だと思う」
アスナ、シリカ、リーファが同時に言った。
一方ウォクスは、女性を見て「んー……」と何事か考え込んでいる。
「ウォクス? どうかしたの?」
「ああ、うん、ちょっと……ねえユイちゃん、ここのボスって、スリュムっていうのよね?」
「そうですよ」
「そう。なら……」
スタスタと檻に近付いていくウォクス。誰もがいったい何をするつもりかと見守る中、彼女はしゃがみ込んで目線を合わせ、女性に尋ねる。
「お姉さん、名前は?」
「フレイヤ、と申します……」
「フレイヤ。フレイヤね?」
「はい」
それだけ聞いて、彼女は立ち上がって一歩退がる。
「クライン」
パチン、と指を鳴らす。
「おうともさ!」
直後、今の今まで項垂れていたはずのクラインが凄まじい勢いで立ち上がって、左腰の愛刀に手をかけた。大きく一歩踏み込み、居合い系ソードスキル《ツジカゼ》を繰り出す。その斬線は氷柱の檻を一直線に薙いだ。
氷の檻から救い出された美女は、その瞬間巨大な怪物に変じて襲ってくる――などということは無かった。
クラインの刀が再度振るわれ、両手脚を束縛する鎖が断たれると、美女は力無く顔を上げて囁いた。
「……ありがとう、妖精の剣士様」
「立てるかい? 怪我ァねえか?」
しゃがみ込み、右手を差し出す刀使いはもう完全に“入り込んで”いる。
VRMMOのクエストが進行中なのだから、ストーリーに没入するのは全く正しい。正しいが、それでも、彼以外――否、彼とウォクス以外の面々はどうしても彼に冷ややかな視線を向けてしまう。
「ええ……大丈夫です」
頷き、立ち上がった金髪美女は、しかしすぐに軽くよろけた。その背中をクラインが支えるに至って、一行は背筋を凍らせた。
しかし、である。おそるおそるウォクスの方を窺うと、彼らの予想に反して、彼女は全く平然としていた。
「あの、ウォクスさん?」
「ん? 何かしら、シリカ?」
「いいんですか? その、クラインさん……」
「ああ、うん。いいのよ。どうせ
それよりも、とウォクスはキリトに話しかける。
「キリト、頼みがあるんだけど」
「ん? なんだ?」
「多分話の展開的に……あ、きたわね」
彼女がクラインと美女の方に視線をやったのでキリトもまたそちらを見遣れば、美女がクラインに「連れて行ってくれ」と詰め寄っているところだった。一族の宝を盗まれたので取り返したい、と。
彼は即答できず、キリトに助けを求めるような視線を向けている。
「キリト、さっき言った頼みなのだけれど、あの人も一緒に連れてってくれないかしら?」
「え? なんでだ? すげえ罠っぽい展開なんだけど」
「ワタシの予想が正しければ、その心配は要らないわ。むしろ彼女が居ないとクリアは難しいと思う」
「ふむ……まあ、そういうことなら」
パーティーリーダーたる彼の視界にはNPCの加入を認めるか否かのダイアログ窓が表示されている。イエスのボタンを押すと、視界左上から下に向かって並ぶ仲間たちのミニHP/MPゲージの末尾に九人目が追加された。
彼女の名前は【Freyja】となっている。HPもMPも相当高く、特にMPの数値は皆が一様に驚くくらいに高いものだった。
なお、キリトが承諾した際、フレイヤが喜びからかクラインの腕に抱きつくという凶行にはしり、さすがにこの時はウォクスの顔から表情が抜け落ちたことを明記しておく。体感温度が五度ほど下がったという証言もあったが真偽は定かではない。
★
四層への階段を降りた先には、二匹の狼が彫り込まれた分厚い氷の扉が立ちはだかっていた。
その扉はキリトたちが近付くと自動で左右に開き、奥からいっそうの冷気と、ボス部屋特有の威圧感とも言うべき感覚が押し寄せてくる。
アスナが全員の支援魔法を張り直し、フレイヤも全員のHPを大幅ブーストするという未知のバフをかけてくれた。
そして――
「――――♪」
ウォクスが喉を震わせると、攻撃力UP、防御力UP、回復速度UP等の効果が、アスナによるバフとは別枠で乗った。
音楽妖精族の固有スキル《歌》による支援だ。まさか本当に歌う必要があるとは思わなかった、とは、ALOを始めたばかりの頃のウォクスの談である。
HP/MPゲージの下に幾つものバフアイコンが並んだところで、全員でアイコンタクト。頷きあい、一気に駆け込む。
中は縦にも横にも、ついでに高さも途轍もない、広大な空間だった。床も壁も調度品も、全てが青い氷でできている。
金貨、装飾品、武具や彫像や家具に至るまで、ありとあらゆる種類の黄金製オブジェクトが、数えるのは不可能であろうほど堆く積み上がっている。奥は暗くて見えないので、これがどこまで続いているのかは想像もつかない。
「…………総額、何ユルドだろ……」
彼らの中でただ一人プレイヤーショップを経営するリズベットが呆然と呟いた。
立ち尽くすパーティーの中からクラインがフラッとお宝の山に近づきそうになったが、ウォクスに再びバンダナの尻尾を掴まれていた。今度は倒されはしなかったが。
「……小虫が飛んでおる」
広間奥から、地を震わせるような重低音の呟きが聞こえた。
「ぶんぶん煩わしい羽音が聞こえるぞ。どれ、悪さをする前に、ひとつ潰してくれようか」
ずしん、ずしん、と何かが近づいてくる。ひとつ音がする度に床が揺れ、音も振動もだんだん大きくなっていく。
やがて、ライティングが届く範囲に、巨影が姿を現した。その段になって、パーティー全員が呆然とそれを見上げることとなる。
巨大なんてものではない。この城で戦った蜈蚣の化け物も大概だったが、それと比べても倍以上ある。パーティーの誰の全力ジャンプであったとしても、膝小僧にすら届くかどうか。
肌の色は鈍い青。脚と腕には、そんなでかい獣どこに居るんだと言いたくなるが、黒褐色の毛皮を巻き付けている。腰回りには、これまたパーツひとつひとつがあまりに大きい板金鎧。上半身は裸で、なによりものすごいマッチョだ。ものすごいマッチョだ。
胸元まで髭が垂れているのが見えるが、彼らに見えるのはそこまでだ。頭はシルエットと化していて輪郭しか見えない。しかし、青い目だけは
そのあまりに巨大な男は、
「ふっふっ……アルヴヘイムの虫どもが、ウルズに
桁外れの
ウルズやフレイヤと同じくAI化されているのであろう巨人に向かって、真っ先に言葉を返したのはクラインだった。
「へっ、武士は食わねど高笑――」
「高楊枝よ、クライン」
「…………。高楊枝ってなァ! オレ様がそんな安っぽい誘いにホイホイ引っかかってたまるかよォ!」
ウォクスの指摘を受けて一瞬黙るも、何事も無かったかのように刀を抜いて見栄を切った。
「まあそもそも、どこに居るか知らないから教えようも無いのだけどね」
ウォクスもまた、背の二槍を抜いて構える。
それを合図に、残る六人もそれぞれ得物を手に取る。
伝説級装備こそ誰も持ってはいないが、それでも全員が
だがそれを見てなお、スリュムは余裕の表情を崩さない。
あるいはそれは必定か。彼らの持つ武器など、一番大きいウォクスの槍ですら爪楊枝程度の大きさしかないのだから。
「……ほう、ほう。そこに居るのはフレイヤ殿ではないか。檻から出てきたということは、儂の花嫁になる決心がついたのかな? ンン?」
相変わらずの銅鑼声に、クラインが動揺しきった声をあげる。
「は、ハナヨメだぁ!?」
「……クライン? さしものワタシもそろそろキレるわよ?」
「はい、すんません!」
ウォクスが背後から
そんなやり取りを見ているのかいないのか、スリュムは低い声で、
「そうとも。その娘は、我が嫁としてこの城に
それが真実ならば、ウォクスの言っていたとおり、フレイヤが裏切る可能性は低いだろう。
しかし、キリトたちには今ひとつ筋書きがピンとこない。クエストのサブルートにしても話が入り組みすぎている。
そも、フレイヤはアルヴヘイムの妖精九種族のどれにも当て嵌まらないように見える。それに、奪われた宝とは何だ? ウォクスはなにやら気付いているようだったが――
「ねえ、お兄ちゃん。あたし、なんか、本で読んだような……スリュムとフレイヤ……あれは確か……」
リーファがキリトに囁くと、それが聞こえたらしいウォクスが、
「あらリーファ、気付いた? あのフレイヤ、多分正体は――」
しかし彼女が結論を口にすることは無かった。否、できなかったのだ。
何故なら、当のフレイヤが後ろで毅然とした声を張り上げたからだ。
「誰がお前の妻になど! かくなるうえは、剣士様たちと共にお前を倒し、奪われた物を取り戻すまで!」
「威勢の良いことよな。さすがは、その美貌と武勇を九界の果てまで轟かすフレイヤ殿」
ずしん、と巨人の王が一歩踏み出した瞬間、全員の視界にかの王のHPゲージが表示された。それはあまりに長大で、しかも三段も積み重なっている。
「だがそれでこそよ。ヨツンヘイム全土が儂の物となる前祝いだ。小虫を潰し、フレイヤ殿の心をへし折り、存分に愛でてくれようぞ」
「――来るぞ! ユイの指示をよく聞いて、序盤はひたすら回避!」
キリトが叫んだ直後、青い巨人がその岩塊のような拳を振りかぶった。
★
スリュムヘイムにおける、おそらく最後の戦い。それは予想通り、大激戦となった。
スリュムの序盤攻撃パターンは、左右の拳によるパンチ撃ち下ろし、右脚による三連続踏み付け、直線軌道の氷ブレス、そして床から氷のドワーフ兵を一二体生み出すというものだった。
ただでさえ強大なボスを相手にしているときにMobが湧くというのは本来ならば厄介極まりないが、それはパーティー最後方からのシノンの驚異的な弱点精密射撃と――
「意外と弱いわね、こいつら」
「ちょっとウォクス、後ろから来てるわよ」
「あらやだ」
ウォクスの
二人がドワーフを瞬く間に狩り尽くしていくため、他のメンバーはスリュムのみに集中できている。
かの巨人の直接攻撃の方は、ユイのカウントに合わせれば一応は完全に回避が可能で、前衛の三人は直撃だけは避け続けられた。
防御パターンが構築できたところでさあ反撃と相成ったわけであるが、これが難物だった。予想通りと言うのか、キリトたちの剣は
隙をついて連撃数の少ないソードスキルを放ち、必死でHPを削りにかかるも、連撃数が少ない技はディレイが短いかわりに属性ダメージも低い。敵HPの減少は遅々として、こちらの受けるスプラッシュダメージばかりが積み上がっていく。
そんな戦況にあって、フレイヤの働きは非常に大きかった。
NPCゆえ連携は
それでも一〇分以上かかってようやく最初のゲージが消え、スリュムが一際強烈な咆吼を轟かせた。攻撃パターンが変わる合図だ。
「パターン変わるぞ! 注意!」
パーティーリーダーたるキリトが叫んだのに被せるように、リーファの焦りを孕んだ声があがる。
「まずいよ! もうメダリオンの光が三つしか残ってない! たぶんあと一五分ない!」
スリュムのHPゲージは残り二本。
しかし、一本削りきるのに一〇分かかった。今から敵の攻撃パターンも変わる。もう一度パターンを見切り、ゲージを削り、また変わったパターンを――と続けるには、どう考えても時間が足りない。
だからと言って、この相手に金ミノのときのようなゴリ押しは通じまい。モンスターに行動遅延を引き起こすには――ウォクスのOSSのような特殊効果でも無い限り――一撃の重い、しかも連続した大ダメージが必要になる。スリュムに弱点は無いようだし、例えキリトがソードスキルを、自身の限界たる四回まで繋げられたとしても、今までのHPゲージの減り方からして大ダメージとは到底言えない。
「マジかよ! どうすんだキリの字!」
「どうもこうも――っ!」
パーティー全体に焦りが波及したのを見透かしたか。
スリュムが突然、大量の空気を吸い込んだ。
強烈な吸引で前衛・中衛の六人を引き寄せようとする。どう考えても広範囲の全体攻撃がくる前触れだ。回避するには風魔法で吸引を中和する必要があるが、今からでは間に合わないだろう。
「全員、防御――」
「――そこ!」
いつの間に装備を変更したのか。思い切り跳び上がったウォクスが、吸い寄せられながらもランスを投擲した。
身体が前回りに一回転するほどの勢いを以て放たれたランスはライトエフェクトの尾を引きながら飛翔し、巨人の腹に突き刺さる。衝撃で身体をくの字に曲げたスリュムは硬直し、システムによって強制的に数メートル後ろに滑った。
「悪い、助かった!」
「どういたしまして。けど、もう弾が無いわ。さすがにこれを投げるわけにはいかないし」
再び白銀のランスを装備し、スリュムを見る。こちらの全員が陣形を組み直したのとほぼ同じタイミングでディレイが解けたらしい巨人の王は――
「ぬうぅーん!!」
太い雄叫びと共に、腰を低く落として拳同士を打ち合わせた。
瞬間、王冠が青い輝きを発する。
「――は?」
そして、閃光が
王冠から。
ウォクス目掛けて、一直線に。
「ちょ、待っ、ウチか!? なんでじゃ!?」
持ち前の反応速度と敏捷値をフル活用してなんとか避けたが、二発三発と立て続けに放ってくる。それは全て彼女一人を狙っていた。
「今のオメエのソードスキルで一気にヘイト稼いじまったんだろ!」
「ああー! ってホンマか一撃で
クラインに言われてようやく気づいたらしい。心の準備を全くしていなかった彼女は、突然の光の雨に晒されて普段の様子からは考えられない程に取り乱していた。
「ていうか素が出てンぞ!」
「それどころじゃねーんじゃ! はようタゲどねーかしてくれえや!」
「……あれ、あの子の素なの?」
「すんごいわちゃわちゃしてる……」
「あ、シノのんとリーファちゃんは知らないんだっけ? あの子、一〇歳くらいまで中国地方に住んでたらしくて」
「テンパるとああなるんです。あと意外と、その、……ポンコツ化する、というか」
「頭回ってないだけよ。素って言っても、普段のも演技とかではないらしいんだけど、まあ、よくある話よ。上京したときに方言をからかわれたとかで」
「へえ……ますます外見と中身が合ってないわね」
「……あれ、待って、シノのんも去年まで東北に居たんじゃなかったっけ?」
「あー、んじゃシノンもテンパるとあんなんなの?」
「ならないわよ。……多分」
「暢気に喋っとらんで助けえ!! 死ぬ死ぬ!!!!」
もはやマシンガンのごとき弾雨と化したビームを涙目で躱し続けているウォクスが、吼えた。躱せている彼女も大概ではあるが。
「ったく……キリト!」
「わかってる!」
再び自分たちがヘイトを稼いでウォクスからタゲを剥ぐべく、キリトとクラインはスリュムに肉薄――しようとしたのだが。
「剣士様」
不意に後ろから声をかけられ、脚を止めた。
振り向けば、もっと後ろに居るとばかり思っていたフレイヤがすぐ近くに立っていて、二人を見据えている。
「このままでは、スリュムを倒すことは叶いません。望みはただひとつ、この部屋のどこかに埋もれているはずの、我が一族の秘宝だけです。あれを取り戻せば、私の真の力もまた蘇り、スリュムを退けられましょう」
「し、真の力……」
そう聞いて脳裡をよぎったのは、真の力とやらを取り戻したフレイヤがスリュム側についてこちらを攻撃してくる可能性だ。
だがそれで迷ったのは僅か一瞬。今更それを恐れても始まらない。それよりも、このまま持久戦を続けて時間切れになる可能性の方が遥かに高いし厄介だ。
「わかった。秘宝ってどんなのだ?」
キリトの問いに、彼女は両手を三〇センチ程の幅に広げて答えた。
「このくらいの大きさの、黄金の金槌です」
「……は?」
「か、カナヅチ?」
「金槌です」
力強く繰り返すフレイヤの顔をついつい呆然と眺めてしまう二人であったが、
「く、クライン! まだ!? まだぁ!?」
ウォクスがもはや涙目を通り越して涙声で――普段は冷静だが、彼女は一度瓦解すると実はかなり脆い――叫びだしたのを聞いて我に返った。さすがにこれ以上はまずい。
「とりあえず俺はその金槌とやらを探してくる! お前は嫁さん助けてやれ!」
「よ、嫁ってオメエ、俺らァまだ――」
「照れてる場合か気色悪い! いいから行け!」
「お、応!」
赤い刀使いは慌てて駆け出した。たちまちのうちにビームの音が止み、集団戦闘のサウンドエフェクトに切り替わった。それを聞きながら、キリトは広大な部屋をぐるりと見回す。
青い氷の壁際には、相変わらず数えるのは不可能に思える黄金の小山の連なり。
「……ユイ」
「――だめです、パパ。マップデータにキーアイテム位置の記述はありません。おそらく部屋に入った時点でランダム配置されるのだと思います。実際にフレイヤさんに渡してみるまで、それが正解かどうか判別できません!」
「そうか……」
しかしこの小さな山脈を闇雲に掘り返したとて、目的のものが見つかるかどうか――
「キリト! ちょっとそこどきなさい!」
「なんだよウォクス、落ち着いたのか?」
「うっ……い、いいから! 手っ取り早く見つけたいでしょう? そこをどいたら、よく周囲を見回しといて頂戴」
「はいはい了解!」
クラインがヘイトを稼ぎ直したことでタゲが外れたウォクスが、ソードスキルのライトエフェクトと雷光を纏い、キリトへと突っ込んだ。彼はそれをひらりと躱し、ランスの
バチバチと空気を弾けさせて、ランスが刺さった場所を中心に全方位へと青い雷が走る。
キリトの視線の先で、雷に呼応するように紫の光が瞬いた。
「あれか!?」
「何か見えたなら多分そうよ!」
「よし!」
光があった場所へ全力疾走し、キリトは黄金の山に身体ごとダイブ。黄金製ゆえか無駄に重いオブジェクトを自慢の筋力値をフル活用して千切っては投げ千切っては投げ――
「あった、金槌!」
数秒後、フレイヤに示された通りのサイズの黄金の金槌が山の底から姿を現した。黄金製なだけでなく宝石が鏤められていたりと無駄に豪華なそれを持ち上げ――ようとして、失敗した。
この金槌、サイズに反して猛烈に重い。
それでもこれが最後の望み。えんやこらと気合いを入れて、なんとか持ちあげる勢いそのままにフレイヤ目掛けて投げ渡す。
「フレイヤさん、これを!」
金槌は狙い過たずフレイヤへと飛んでいった。そして彼女はその超重量の金槌を、
瞬間、彼女は目を大きく見開いて身を屈めた。
そして小刻みに震えだした彼女は。
「…………ぎる」
白い身体に、パリッ、と細いスパークが瞬く。
「……なぎる……みなぎるぞ…………」
うら若き美人が発するには奇妙な台詞が、キリト一行に不安をもたらす。声も変質して、艶やかなハスキーボイスだったのが、低くひび割れ嗄れたようなものになっている。それがまたいっそう不安を煽った。ウォクスだけは楽しそうに微笑んでおり、シノンとリーファは何かに気づいたらしい顔で額に手を当てているが。
体中を這い回るスパークはより激しくなり、髪は浮き上がりドレスは翻り――
「みな……ぎるうううううぉぁあああああああ!!」
迸ったその絶叫は、もはや完全にかの魔女のものではなかった。
あまりにぶっ飛んだ目の前の現実にウォクス以外が呆ける中――何故かスリュムも動きを止めている――細く繊細だった身体は筋肉が縄のように盛り上がり、同時にドレスが世紀末な破れ方で粉々になって消滅した。
続いてフレイヤが巨大化していくにあたって、いよいよその変化は顕著なものになっていく。手脚は大樹のように太く逞しく、胸板はスリュムをも上回るほど分厚く、右手に握られた金槌までもが持ち主に合わせて大型化していく。
そして――最後に。
パーティーの男性二人に致命的な致命傷を与えるものが出現した。
俯いたままの顔の、ゴツゴツした頬と顎からばさりと、金褐色の長い――
「オッ――」「――サンじゃん!」
――
部屋のあちらとこちらで絶叫した男たちを誰が責められよう。
今や彼らを少なからず魅了した美貌の魔女はこの世のどこにも存在しない。圧倒的迫力を以てその身を起こした大巨人は、どう穿った見方をしてもあの可憐な女性には見えない。
その巨人は――
「オオオ……オオオオ――――!!」
キリトパーティーの愉快な仲間たちは、おそるおそる視線を動かし、視界左端に並ぶミニゲージの一番下を確かめた。
神話に名高き太母フレイヤの名はそこには無く。
かわりに記されたるは【Thor】――トール。北欧神話最強と謳われる雷神の名であった。
みなぎる系女子(オッサン)
普段冷静で割と何でもソツ無くこなすタイプの女性がテンパると一気にポンコツ化してコッテコテの方言になるパターンが好きです。……好きです!