ALO:Rhinemaiden   作:小糠雨

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4th Act / キャリバー IV:はいはいワタシも愛してる。

 

 このクエストが終わった後になって、神話伝承の類いが好きだというウォクス・リーファ・シノンの三人が互いに補足し合いながらメンバーに解説したのだが。

 北欧神話には「巨人の王スリュムに盗まれたハンマーをトールが取り戻しに行く」というエピソードが存在する。その際トールは、女神フレイヤに変装してスリュムの妻になると偽り、宴の席で何度もボロを出しそうになりながらも同行したロキの機転でやり過ごし、ハンマーを取り戻すことに成功した瞬間大暴れしてスリュム含む巨人たちを皆殺しにするという。

 つまりこのエピソードを知っていた三人のうち、あのとき思い出すことが出来ていたウォクスだけは、フレイヤがスリュムの回し者どころか殺しに来たオッサンだと見抜けていたわけである。さっさと教えてくれてもよかったのに、と言われた彼女は「確証が無かったから」と言っていたが――クラインには、それは本音の半分でしかないことがわかっていた。

 あれは、彼女のささやかな報復だったのだ。ウルズやフレイヤに鼻の下をのばしてデレデレしていた彼がショックを受けるのを期待して教えなかったに違いなかった。

 

 閑話休題。話を現在に戻す。

 

「ヌウゥーン……卑劣な巨人めが、我が宝《ミョルニル》を盗んだ報い、今こそ贖ってもらおうぞ!」

 

 雷神トールは右手に握った黄金のハンマーを振りかざし、重厚なその身を突撃させた。

 対する霜の巨人王スリュムは、右手に息を吹き付けて氷の戦斧を召喚。こちらもこれを振りかざし、

 

「小汚い神め、よくも儂をたばかってくれたな! その髭面切り離して、アースガルズに送り返してくれようぞ!」

 

 怒髪衝天して叫ぶスリュムだが、考えてみれば彼もまたフレイヤの輿入れを喜び、婚礼を待ち侘びていたわけである。クエストの悪役NPCではあれど、同じ男性としてキリトとクラインにはその心中が容易に察せられた。自分たちだって、婚礼直前にアスナやウォクスが敵対勢力のオッサンに変身したらそれは怒る。いやさ、泣く。

 広間の中央にて双方が憎しみごと得物をぶつけ合う。

 しかしこの期に及んでなおフレイヤ巨大化、というかオッサン化のショックから脱しきれず呆然と目を見開いていた五人は、ひとしきり笑った――あるいは呆れた――三人の声で我に返った。

 

「ちょっと皆、呆けてる場合じゃないよ! 特にお兄ちゃんとクラインさん!」

 

「クッ、フフフ…………ふう。男二人の気持ちはわかるけど、ワタシたちには時間が無いのを忘れてないかしら?」

 

「トールがタゲ取ってる間に全員で攻撃しよう!」

 

 リーファ、ウォクス、シノンの主張は全く正論で、五人はようやく動き始める。トールがいつまでも戦闘に付き合ってくれる保証は無く、そしてもう時間が本当にギリギリなのだ。

 

「よし、全力攻撃! ソードスキルも遠慮無く使ってくれ!」

 

 そして七人は一斉に床を蹴り、一人は淡々と矢を番えた。

 そこからは全員がソードスキルの連打である。何しろトールがスリュムのヘイト独り占め状態だ。攻撃が一切飛んでこないのだから、防御や回避に意識を割く必要が無い。

 今回のクエストでは回復役のはずのアスナさえ、いつの間にかワンドから細剣に持ち替え、閃光と謳われた神速の連続突きをアキレス腱に見舞っている。その隣でリズベットがメイスを小指の先にゴスゴス落とし、さらにその隣ではウォクスがランスと短槍で親指の爪と肉の間を幾度も抉る。逆の脚ではリーファがアキレス腱をガスガス斬りつけ、シリカが指の間に短剣をチクチクと突き立てる。シノンなど、目を狙った精密射撃が雨あられだ。

 ひたすらに(すね)を斬りつけている男性陣に比べて、女性陣の攻撃はなんともエグいのだった。

 

「ぐ……ぬむぅ……!」

 

 女性陣のあまりにもあんまりな責めに堪えかねたか、たまらず唸り声を漏らしたスリュムは膝をついた。頭にはスタンを示す黄色いエフェクト。

 

「ここだっ……!」

 

 キリトの声に合わせ、全員が最大連撃のソードスキルを放った。

 

「えーっと、あの感じだとここで腕を……こうかしら?」

 

 ウォクスがそう呟くのを聞いて、キリトはちらと彼女を見た。

 彼女が放ったのは、短槍系六連撃《シス・グリント》。片手のみで行う、石突きでの打突から五度の刺突、という技なのだが――この技、終了時の左腕の位置がやたら低い。加えて、手の向き的に、彼女が左腕に携えたランスの鋒は完全に真後ろを向く。

 そして、騎兵槍系ソードスキルには――その状態から発動する技が、ある。

 

「――あ、いけた。やってみるものね」

 

 騎兵槍系二連撃、《ティアダウン》。

 発動時の体勢から騎兵槍を大剣のごとく薙ぎ払い、そのまま一回転し大上段からの振り下ろし。ダメージは全て打撃属性という、それランスでやる意味あんの? と言いたくなるような技だった。基本的に単発で突進や刺突をする技が多い騎兵槍系の中ではこれでも連撃数が多い方に分類される。

 彼女の剣技連携(スキルコネクト)はこれで終わったが、それでもキリトは驚きを隠せなかった。

 理論上は、確かにランスと短槍でも可能だ。槍――特にランスは、ALOでは基本的に盾と同時に装備する武器であるため、片手だけで攻撃する技は多い。短槍も、全長一二〇センチ程度で片手でも扱えるためか、一部の技は片手しか使わない。

 しかし、だからと言って、見ただけで再現できてしまうようなものでもないはずなのだが。実用レベルまで持っていくのに相当練習を重ねたキリトにとっては理不尽極まる話であった。

 

「ぬうゥん! 地の底に還るが良い、巨人の王!」

 

 トールの叫びにハッとして皆が見上げれば、雷神がハンマーをスリュムの頭に叩き込むところだった。雷を纏う鎚は王冠を砕き、巨人は俯せに倒れ込む。

 HPゲージは空になっていた。青き王は四肢の末端から氷へと変貌していく。

 もはや首から下は完全に氷と化し身動きも取れなくなったとき、スリュムは口角を歪めて、低い声で笑った。

 

「今は勝ち誇るが良い、小虫どもよ。だがアース神族に気を許すと痛い目を見るぞ。彼奴らこそが真の、しん――」

 

 王の最期の言葉はそこで終わった。トールが強烈なストンプで頭を踏み抜いたからだ。

 巨体に相応しい凄まじい規模のエンドフレイムが巻き起こり、巨人王は無数の氷の欠片となって爆散した。

 

「……やれやれ、礼を言うぞ、妖精の剣士たちよ。これで余も、雪辱を果たすことができた。どれ、褒美をやらねばな」

 

 八人を見下ろす雷神は、左手で、右手に握るハンマーの柄を撫でた。嵌っていた宝石のひとつがコロリと外れ、落下しながら人間にも持てるサイズのハンマーに変容する。

 それはクラインの腕の中へとすっぽり収まった。

 

「《雷鎚ミョルニル》。正しき戦のために使うがよい。では――さらばだ」

 

 ガガァン! という爆音と共に広間で青白い光が爆発した。

 収まったときには雷神の姿は無い。メンバー離脱ダイアログが小さく浮かび、九人目のミニゲージが削除された。

 スリュムの消滅した地点ではドロップアイテム群が滝のように転がり落ち、床に触れたそばからパーティーの一時的(テンポラリ)ストレージに自動格納されていく。

 

「伝説級武器ゲットね、おめでとう」

 

「……オレ、ハンマー系スキルびたいち上げてねェぞ。オメエ使うか?」

 

「ワタシだって上げてないわ。かと言って死蔵するのも勿体ないし……リズ、要る?」

 

 ウォクスが振り返ると、

 

「え、いいの?」

 

「今言った通り、ワタシもクラインも使わないもの」

 

「でも、リズは溶かしてインゴットにしちゃうかもよ?」

 

「ちょっとアスナ、いくらなんでもそんな勿体ないことしないわよアタシ!?」

 

伝説級(レジェンダリー)溶かすとオリハルコン・インゴットが大量にできるらしいぞ」

 

「ちょっとキリトその話詳しく」

 

「やだ、溶かす気満々だわこの子」

 

 クエストクリアによる解放感からか、和やかに談笑しだす八人――が、しかし、である。

 

 ――未だ、クエストクリアのシステムメッセージは、出ていない。

 

「……ん?」

 

「なあ、なんか……」

 

「揺れてる?」

 

「言われてみれば……」

 

「ちょっと、だんだん強くなってない?」

 

「変な音もするわね」

 

「でもクエストは終わって……」

 

「……そういえば、クエストのクリア表示、あった?」

 

『……あっ』

 

 瞬間、体の芯まで揺さぶるような重低音を伴って、床が波打った。

 

「これは……動いてる、いえ、浮いてる!?」

 

 シノンが叫んだ通り、スリュムヘイムが震えながら少しずつ上昇していく。

 

「あ……やっぱり、まだクエスト続いてる!」

 

 メダリオンを覗き込んだリーファがほぼ悲鳴と化した叫びをあげた。最後にひとつだけ残された光が点滅している。

 

「はあ!? なんでだ!?」

 

「……エクスキャリバー」

 

 ぽつりと呟いたウォクスの声は轟音の中でも全員に聞こえたようだ。皆が注目する中、

 

「キリト。ウルズはエクスキャリバーを抜けって言った――あなた確かワタシにそう説明したわね」

 

「っ! そうか、聖剣を抜くとこまでがクエストか! ユイ!」

 

「はい、パパ! 玉座の後ろに下り階段が生成されています!」

 

「オッシャ皆走れェ!」

 

 クラインの号令と同時に全員が一目散に駆け出した。あれだけ苦労したのだ、今更失敗など冗談ではない。

 玉座の裏に回り込み、そこにあった、どう考えても霜の巨人族では通れないサイズの階段に突っ込む。

 一心不乱に駆け下りる最中、キリトが疑問の叫びをあげた。

 

「なあ、スリュムはもう死んだぞ! このままこの城が上がっても侵攻側は居ないんじゃないのか!?」

 

「えっとねお兄ちゃん! あたしも朧気にしか覚えてないんだけど、スリュムヘイムの主ってスリュムじゃなかったような気がするの!」

 

「なんだそれ、頓智(とんち)か何かか!? 名前的にスリュムじゃん!」

 

「そうだけど、城持ってるのはスィアチって奴なのよ!」

 

「詳しいなウォクス! で、そのすぃナントカってのがこの先に居るのか!?」

 

「そんなの知るわけないでしょう!」

 

「居たら間に合わないよ!」

 

「居ないことを願うしかないです!」

 

「オメエら喋ってる暇あったら走れ走れ!」

 

 何やらもうグダグダであるが、要するに、やはりエクスキャリバーを抜かなければどうしようもなさそうだ。

 長い長い螺旋階段を、半ば転がり落ちるようにして突き進む。

 

「――パパ! 五秒後に出口です!」

 

「OK!」

 

 叫び、全員が転がり込んだ。

 そこは、氷を八面ダイス型にくり抜いたような空間だった。玄室、とでも言うべきか。

 壁はかなり薄く、下を見ればヨツンヘイムが一望できる。彼らが飛び込んだ“出口”はこの玄室の中央を貫く螺旋階段の最初の踊り場で、階段は一番底、八面ダイスの頂点に繋がっている。

 そしてその先に――清らかに輝く黄金が在った。

 このうえまだ階段が続くのかとうんざりしたが、よもや飛行禁止エリアたるこの玄室で飛び降りてショートカットなどするわけにもいかない。この高さでは、三回は死ねるくらいダメージを受ける。

 結局、今までと同じく転がり落ちるような勢いで階段を駆け下りた。

 

「……これが」

 

 真円形のフロア中央に、一辺五〇センチ程の氷の立方体が鎮座している。内部には細い木の根が閉じ込められている。無数のそれが寄り集まり、一本の根本に集約していく。

 直径五センチ程の根はしかし、途中で綺麗に切断されていた。それを為しているのは、微細なルーンが刻まれた薄い刃。黄金のそれは垂直に上へと伸び、半ばより上は氷の台座から露出している。

 柄頭に虹色の宝石が鎮座するその剣こそは、聖剣エクスキャリバー。世に二つと無い神の刃。

 キリトがかの剣の前に立つ。今日の冒険は、この瞬間のために。

 

「っ…………!」

 

 柄を握った彼はありったけの力を込め、台座から引き抜こうとした。

 しかし、である。剣はまるで移動不可オブジェクトであるかの如く、微動だにしない。

 彼の筋力値はこの面子の中では最大だ。

 種族や体格で考えればクラインの方が上のはずだが、彼は技のキレが身上の刀使いとして、スキルや装備の補正を器用さと敏捷に振っている。対してキリトは重い剣が好きで筋力寄りの補正を選択している。そして他のメンバーで筋力重点のビルドの者は居ない。

 つまり、キリトに無理なら誰にも無理、というのがパーティー共通の認識なのである。

 

「頑張れ、キリトくん!」

 

「ほら、もうちょっと!」

 

「根性見せて!」

 

「パパ、頑張って!」

 

「抜いて! お願い早く抜いて!」

 

「任せとけ――っておい待て今なんか誤解を招く表現があったぞ!」

 

「ンなもん気にしてる場合じゃねェぞ!」

 

「そうだよお兄ちゃん! もう最後の光が消えそうなんだよ!」

 

「でもウォクスさんは後でお仕置きですからね!」

 

「くるるるぅ!」

 

 真面目なんだか巫山戯てるんだかわからない空気の中――ゲームを楽しむという点で見れば本人たちが良いなら誰に咎められるものでもない――キリトはさらに力を込める。

 

 ――ピキッ、という鋭い音。

 

 突如台座から強烈な光が迸り、皆の視界を金色に塗りつぶした。

 直後、重厚かつ爽快な破砕音が駆け抜けた。聖剣は台座を離れ、思い切り力を込めていたキリトは勢い余って後ろにすっ飛んだ。

 七人が手を伸ばして彼を支える。八人の視線が合い、口が綻び、快哉(かいさい)が――放たれなかった。

 氷の台座から開放された小さな根がいきなり育ち始め、瞬く間に上下に伸びた。さらに上から、螺旋階段を粉砕しながらこれまた根が――ただしこちらはごん(ぶと)だ――猛烈な勢いで殺到してくる。

 ふたつの根は絡まり、融合し、直後――

 

「おわっ!? こ、壊れっ……!」

 

 クラインが叫び、全員がガッチリと互いをホールドし合ったのと、周囲の壁に無数のひび割れが走ったのはほぼ同時だった。

 

「……ねえユイちゃん」

 

「はい、何ですか、ウォクスさん」

 

「これ、崩れるわよね」

 

「はい」

 

「……階段は?」

 

「……壊れました」

 

「……他に出口は?」

 

「……ありません」

 

「…………」「…………」

 

どーすん(ど う す る の)キリト!」「どうしましょうパパ!」

 

「俺に訊くな!」

 

 ここから脱出できなければ、遥か下にぽっかりと口を開けた大穴グレートボイドに飲み込まれて死んでしまう。未だシステムメッセージが出ない以上、これもクエストの一環のはずなので脱出手段はあるはずなのだが、

 

「根っこに掴まるのは……無理そうね」

 

 真上を仰いだシノンは早々に諦めて肩をすくめた。

 確かに根に掴まれば助かるだろう。あれは世界樹に繋がっているはずなので、スリュムヘイムと共に落下することは無いと思われる。

 が、距離が問題だった。八人が座り込む真円のフロアから一番近い根まで一〇メートルはある。ジャンプで届く距離ではない。

 

「よ、よォし……こうなりゃ、クライン様のオリンピック級垂直ハイジャンプを見せるっきゃねェな!」

 

 がばっと立ち上がった火妖精が、直径わずか六メートルほどの円盤の上であらん限りの助走をし――。

 

「ちょ、遼太郎さん――」

 

 ウォクスが思わずリアルネームを口走り止めようとしたが間に合わず。

 華麗な背面跳びでおよそ二メートル。助走距離を考えれば立派なものだが、根までは届こうはずもない。彼の身体はフロアのど真ん中に、ずしーんと墜落した。

 途端、その衝撃で――と、皆は後々まで信じ続けた――周囲の壁のひび割れが一気に広がり。

 玄室の最下部、つまりスリュムヘイムの真下の角が、まるっと本体から分離した。

 

「く……クラインさんの、ばかぁーっ!」

 

 絶叫マシンが苦手なシリカの、珍しく本気の罵倒の尾を引いて、八人+一人+一匹を乗せた円盤は果てしなき自由落下に突入した。

 これがギャグマンガだったなら、ここでとりあえず正座し、皆でお茶の一つも飲んだかも知れない。

 しかしながら、VRMMOに於ける高高度からの落下というのは、ちょっとシャレにならないくらい怖い。アルヴヘイムでは日頃雲の上を暢気にふよふよ飛んでいるくせに、という意見もあろうが、それは背に頼もしい翅があったればこそだ。飛行不能の、例えばダンジョンの中では、初心者で気弱な者などは五メートルの高さからのジャンプにも恐怖し躊躇(ちゅうちょ)する。現実で五メートルも跳べば怪我は免れないのだから当然ではあるが。

 ゆえに、というのか。翅の無い今、彼らは円盤に這い(つくば)り、一斉に全力の悲鳴をあげることしかできなかった。

 

「……あの下ってどうなってるの」

 

 シノンが指したのは彼らが落ち行く先、黒々と口を開けたグレートボイドだ。

 

「も、もし、もしかしたら、ウルズさんが言ってた、に、に、ニブルヘイムに通じてるのかもな!」

 

「寒くないといいなあ……」

 

「いい、いやあ、そりゃもう(さみ)いと、おお思うで! しし霜巨人の故郷じゃしししし!」

 

「つーか、ささ寒い寒くない、い、い以前に、落下ダメージでししし死ぬと思ももも!」

 

 恐怖と落下の勢いで呂律の怪しいキリトとウォクスが、シノンに必死で答える傍らで、

 

「り、リーファ、スロろろータークエ、どう、な、なった!?」

 

「あ……ま、間に合った! まだ光が一個だけ残ってる!」

 

 やはり呂律が怪しいリズベットと、何故か平気そうなリーファが進行状況を確認していた。

 

「じゃ、じゃあ、もうクエストはクリアされてるんじゃないんですかぁ!?」

 

「きゅうぅ~ん!」

 

「でもまだクリアのメッセージ出てないよ!」

 

「今出ないでいつ出るってんですか! もう聖剣抜いたじゃん!」

 

「生還するまでがクエストですって奴じゃねェのか!?」

 

「どうやって生還しろって!? 飛べないんですよ!?」

 

 さらにその横ではシリカ、ピナ、アスナ、クラインが現状を呪っていた。シリカなどはあまりのことに普段より口調が荒くなっている。

 

「…………何か聞こえた」

 

 ピクリと大きな耳を動かして、リーファが辺りを見回した。

 

「ちょっと皆いったん静かにして! 今、何か……」

 

 落下を続ける円盤の上で器用に立ち上がり、耳を澄ます。

 くおおぉぉー……ん、という啼き声が聞こえた。気がした。

 

「……あっち!」

 

 リーファが指し示す方に全員が視線を向ける。

 落下する氷塊群の向こう。南の空に、白い光。だんだんと近づいてくるそれは、魚のような流線型の身体と、八枚四対の翼、そして長い鼻とたくさんの脚を持った――。

 

「トンキー!」

 

 リーファが名を呼べば、くおぉーんと応答する。

 であれば、あれは間違いなく、一行をスリュムヘイムまで送り届けてくれた飛行邪神トンキーだ。

 

「へへっ……オレァ最初っから信じてたぜ……アイツが絶対助けに来てくれるってよォ……」

 

 ――嘘こけ!

 と、七人の心は同時に絶叫したが、今の今までトンキーのことが頭からすっぽ抜けていたのは皆同じだ。口には出すのは堪えた。

 猛スピードで近づいてきたトンキーは、しかし周囲に無数の氷塊が舞っているせいで巨体をピッタリ円盤につけることはできず、五メートル程離れた位置でホバリングした。だがこの程度の距離ならば、たとえガチガチの重装タンクだったとしても跳べないこともない。

 まずリーファが、鼻歌混じりの上機嫌な様子でひょいと跳び、トンキーの背に降り立った。

 

「じゃあシリカ、行くわよ」

 

「へ? あ、ちょっと、ウォクスさん!?」

 

 次いで、普段の調子に戻ったウォクスがシリカをいわゆるお姫様抱っこで抱え、助走をつけて跳んだ。シリカの軽装かつ小柄な身体を抱えるのに、普段槍を二本もぶん回して機動戦を演じているウォクスが苦労する理由も無い。危なげなく着地し、優しくシリカを下ろす。

 次にリズベットが、更にアスナが跳び移り、シノンに至っては空中で二回転する余裕まで見せた。

 

「ほらクライン、早くいらっしゃい」

 

「お、おう……」

 

 一方クラインは完全に腰が引けている。オリンピック級垂直ハイジャンプとは何だったのか。

 

「早くしないと死ぬわよ。ほら早く。跳べたら現実(リアル)でご褒美あげるから」

 

「マジか!? オッシャ、魅せたるぜオレの華麗な――」

 

「はい残念、時間切れよ」

 

「だあァっ!?」

 

 やる気と勇気を出すも跳躍の瞬間に挫かれて、妙な体勢で踏み切った彼は飛距離が全く足らなかった。

 

「ウォクスさん……えげつないです……」

 

「くだらないこと言うからよ。それにほら、死んでないし」

 

 見れば、落ちていったはずのクラインはトンキーが鼻で掴んでいる。そして無造作に背中に乗せられ、頭からウォクスの隣に落ちた。

 

「い、痛ェ……」

 

「遅かったわね」

 

「オメエよォ、ありゃねェだろ……人の純情を弄びやがって……」

 

「あなたのは純情というより欲情でしょうに。

 ……まあでも、勇気を出して跳んだのは事実だし、ちょっとくらい期待しときなさいな。まあまあかっこよかったわよ」

 

「マジかやったぜ愛してるゥ!」

 

「はいはいワタシも愛してる」

 

 返事こそ素っ気なくして何でもない風を装ってはいるが、ウォクスの顔は耳まで真っ赤だ。

 VR世界の特性として、感情を隠すのは非常に難しい。ALOのエモーション表現は少々大袈裟ではあるが、こうして赤くなっているということは、間違いなく照れている。

 そもそも彼女は――周囲の人々はこの点が本当に心底不思議でならないのだが――押し掛け女房同然に同棲に持ち込んだあたりからもわかる通り、クラインにべた惚れなのだ。ノリだろうがマジだろうが、愛を叫ばれて照れない道理が無いのである。

 

「キリト!」

 

「キリトくん!」

 

 と、二人だけの世界を作りかけていたところに切迫した声が届いた。

 何事かと目を向ければ、何故かキリトがまだ跳び移っていない。

 ――否、できないのだと、二人は気づいた。彼が抱える黄金の聖剣が重すぎるのだ。それこそ、シリカの二倍や三倍ではきかない程の重量が設定してあるのだと、彼の足元の氷が陥没しかけているのを見れば想像がつく。

 剣を捨てれば軽々と跳べるだろうその距離が生まれたのは偶然か、それともカーディナルが恣意的にそうしたものか。

 

「……まったく……カーディナルってのは!」

 

 キリトが下した決断は、剣を投げ捨てることだった。

 ストレージに入れれば解決するはずなのにしないということは、入れることが出来ないのだろう。クエストがクリアされていない以上、所有権は未だ彼に無いのだ。であれば、抱えたまま落ちて死に戻りした場合、どのみち手には入らない。

 トンキーの背に立った彼は、剣に目を向けた。彼が放り投げた黄金の光は、きらきらと瞬いて大穴へと吸い込まれていく。

 

「……また、いつか取りに行けるよ」

 

「わたしがバッチリ座標固定します!」

 

 アスナとユイがキリトを慰めんとするなか、ただ一人動いた者が居た。

 水色の髪の猫妖精族――シノンだ。

 

「――二〇〇ってとこか」

 

 呟き、大弓を構え、矢を番える。続けて素早くスペルを詠唱。矢を白い光が包む。

 唖然と見守る視線の中、無造作に弓を引き絞り――射る。

 矢は銀のラインを引きながら飛翔した。そのラインの端はシノンが握っている。弓使い専用の種族共通スペル、《リトリーブ・アロー》。矢に強い粘着性を持たせ、よく伸縮する糸をつけて発射する。離れた位置にあるアイテムやオブジェクトを回収したり引っ張ったりできる便利な魔法だが、システムによるホーミングは無く、糸が矢の軌道を歪めるため、とても長距離で使えるものではない。

 流石に無理だろ――と誰もが思った。

 しかし、どうしたことか。まるで最初からその予定だったとばかりに、矢は黄金へと近づいて――たぁん! と軽やかな音を発して衝突した。

 

「よっ!」

 

 それを確認するや、シノンは手にした魔法の糸を思い切り引っ張った。黄金の光が減速し、停止し、ついには上昇を開始し。

 ――二秒後には、それはシノンの手にすっぽりと収まっていたのだった。

 

「うわ、重……」

 

 呟きながら両手でそれをなんとか抱え、振り向いた猫妖精様に。

 

『し……し……し……』

 

 七人とユイの声が、完全に同期して投げかけられた。

 

『シノンさん、マジかっけぇ――――!』

 




 キャリバーはもうちょっとだけ続くんじゃ。


 スキルコネクトって男性より女性の方が成功率高いんじゃないかなと思いました。
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