午後三時から、台東区御徒町の路地にひっそりと佇む喫茶店兼バー《ダイシー・カフェ》にて突発的忘年会――という名の打ち上げが行われる運びとなった。
「あら和人。直葉も。あなたたちもう来てたの」
「あんな地の果てからずいぶん早く来たもんだな」
響子と遼太郎が着いたときには、既にキリト/桐ヶ谷和人、リーファ/桐ヶ谷直葉、アスナ/結城明日奈、シノン/朝田詩乃の四人が居て、なにやらノートPCとカメラをいじくり回していた。聞けば、これがあれば擬似的にではあるがユイも参加できるらしい。そういう技術に疎いというほどではないにしろ詳しくもない響子には、説明を聞いてもよくわからなかったが。
和人たちが機材の調整をしている間に、店主のアフリカ系アメリカ人、ALOでは土妖精族のエギルとして商売をしているアンドリュー・ギルバート・ミルズが次々に料理を並べていく。今回は店を空けられず参加しなかった彼だが、そこはやはりネットゲーマー、それはそれは悔しがっていた。
そうこうしているうちにリズベット/篠崎里香とシリカ/綾野珪子も合流し、テーブルにスペアリブの大皿が出てくるに至って、準備は完了。アンドリューもエプロンを脱いで席に着き、
「祝、《聖剣エクスキャリバー》とついでに《雷鎚ミョルニル》ゲット! お疲れ、二〇二五年! ――乾杯!」
和人の音頭で、宴が始まった。
結局、彼らは見事にクエストをクリアして見せた。
シノンがエクスキャリバーを回収してすぐ、ヨツンヘイムに変化が起きた。
スリュムヘイムが崩壊したことで世界樹の根が開放され、下へ下へと猛烈に伸びていった。グレートボイドは水に満たされ、その水に飛び込んだ根は放射状に枝分かれして網目のように水面を覆った。根からはたくさんの葉が広がり、侵入者を凍えさせる吹雪は暖かなそよ風にかわり、天蓋の水晶群は光を強くし暖かな陽が大地を照らす。人型邪神の砦は全てが植物に覆われ廃墟と化し、多種多様な動物型邪神がフィールドに現れた。
その光景を見下ろす彼らの前にウルズが再び現れ、彼女の姉妹たちと共に大量の報酬と――そしてエクスキャリバーを授けてくれたところで、ようやくクエストクリアのアナウンスがあったのだった。
「残念だったわねアンディ。あなたも行きたかったでしょうに」
一緒に行っていないせいでどうも素直に喜べないでいたアンドリューに響子が寄っていって、ジンジャーエールのグラスを掲げた。彼はそれに自分のグラスを打ちつけるが、その顔はどうにもカタい。
「うるせえ。どのみちパーティー上限だろ」
「拗ねないでよ。のけ者にしといて急に打ち上げなんて言って悪いとは思ってるわ」
「ホントだぜ。急に言われても食材がねえよ」
「とか言いつつ時間までにこれだけ用意してくれるんだから流石よね――あら、この唐揚げおいしい」
「誉めてもこれ以上はホントにねえよ。つーかお前、クラインはどうした」
「向こうで和人に絡んでるわよ」
今度は響子の機嫌が悪くなった。彼女の視線を追っていけば、酔ったのだろう遼太郎が和人の首に腕を絡めている。
「……酔ってんな」
「いっそ潰そうかと思ってるわ」
「やめろ」
実際、自分をほったらかして親友と騒いでいる遼太郎にそれなりに怒っている彼女だが、まさか帰宅が困難になるようなことはすまい。
「冗談よ」
「お前は表情変えずに言うからわかりづらい」
「そんなに誉められると照れるわ」
「誉めてねえよ……」
「あらそう? ま、いいわ。
遼太郎さんもあれでまだ本格的に酔ってるわけじゃないけれど、これ以上は和人がかわいそうだからちょっと止めてくるわね」
「おう」
グラスを煽ってジンジャーエールを乾し、彼女は和人を救出しに行った。
その後ろ姿を眺めるアンドリューの目は保護者のそれだ。
アインクラッドから開放されて現実に帰還し、妻が守ってくれていたこの店を再開してすぐだったか、彼女が偶然この店に来た日のことを思い出す。彼女は彼がエギルだと気づくなりこう言ったのだ。
「クラインが来たりしなかった?」
久しぶり、だとか、そういう挨拶すら無かった。来ていない、と言うと、ただ一言「そう」とだけ言ってカウンター席に座り、無言で軽い食事をして帰って行った。彼女に表情は無く、目にも光は無かった――と、アンドリューは記憶している。
一週間程後、彼女は再びやって来た。今度は遼太郎を連れて。
此度の彼女は、アインクラッドで彼が見慣れた姿と遜色無かった。表情は戻り、目も生き生きしていた。なんという偶然か、父親の会社の社員がクライン/遼太郎だった、これはもう運命だ――などと嬉しそうに話していて、遼太郎はその横でなんとも言えない顔をしていたが、赤かったので照れていたのだろう。なかなか気色悪かった。
あれからおよそ一年。ことある毎にこの店に集まり、またALOでも一緒に冒険してきた。アンドリューにとって、響子ら高校生組は、仲間であり友であると同時に甥や姪のように感じている。と言っても、歳は一〇程しか離れていないが。
「ま、幸せそうで何よりだな」
今年は様々の事件があった。願わくば、自分も含め、来年は皆平穏に過ごさんことを。
★
「それにしてもさ」
一時間半かけてテーブルのご馳走を制覇した頃。詩乃がぽつりと呟いた。
「どうして《エクスキャリバー》なの?」
「へ? どうしてって?」
意図をはかりかねた和人が首を傾げると、詩乃は指先でくるくるとフォークを回しながら補足――
「こら詩乃、食器で遊ばないの。落とすわよ」
「あ、ごめん」
――する前に、響子に叱られた。
「で、何だっけ――ああ、そうそう。エクスキャリバーね。
普通は、っていうか、他のファンタジー小説やマンガなんかだと大抵《カリバー》でしょ。《エクスカリバー》」
「ああ、なるほど」
フォークをテーブルに置いてから続けると、和人はようやく合点がいったらしい。
「へぇ、シノンさん、その手の小説とか読むんですか?」
「中学の頃は、図書室のヌシだったから。アーサー王伝説の本もいくつか読んだけど、訳は全部カリバーだった気がするなあ」
「あー、確かに」
直葉が同意する横で、
「それはもう、あれを設定したデザイナーの趣味か気まぐれとしか……」「そんなの、運営の中の人の趣味か何かでしょう?」
全く同時に、和人と響子が情緒の欠片も無いことを言った。あまりの言い種に明日奈と里香は苦笑いしている。
「たしか、大元の伝説ではもっといろいろあるのよね。さっきのクエストじゃ偽物扱いだったけど、カリバーンもそのひとつじゃなかったかしら」
「あれややこしいのよね。カリバーンが選定の剣でエクスカリバーが湖の乙女にもらった剣だとかいう伝説も無かった?」
「あったあった。あと、二本ともエクスカリバーのやつとか」
などと詩乃と響子が盛り上がり始めたものだから、周りは話について行けなくなってきた。直葉だけは混ざりたそうにウズウズしているが。
「おう響子、ストップだ」
「むぐ」
不意をついて遼太郎が響子の口にフライドポテトを突っ込んだ。
驚きつつもしっかりと咀嚼し、嚥下したところで、ジト目で遼太郎を見上げる。が、ワシャワシャと頭を撫でられて即座に機嫌を直した。この娘、なかなかチョロい。
『エクスカリバーの件ですが、確かに様々な名称がありますね。主なところでは《カレドヴルフ》、《カリブルヌス》、《カリボール》、《コルブランド》、《カリバーン》、《エスカリボルグ》等があるようです』
「うは、そんなにあるのか」
軌道修正したユイの補足に和人が顔を歪めていると、今度は直葉が反応した。
「あと、忘れちゃイケない《約束された勝利の剣》」
「あれはまた毛色が違うでしょ」
「でもかっこよくないですか? 《約束された勝利の剣》に、《エクスカリバー》のルビ」
「まあそれは否定しないけど」
――そしてここから。話は再び変な方向へとドリフト走行し始める。
「じゃあ、エクスキャリバーにも日本語表記つけてみる?」
「あ、いいですね響子さん! どんなのがいいかなー」
「《ボクの考えた最強の聖剣》とか?」
「明日奈、何か言い方にトゲが無いかしら?」
「うん、自分で言っといてナンだけど、ちょっと嫌な顔思い出して……」
「まあでもその『ボクの考えた』シリーズでいくなら、二刀流スキルの《ジ・イクリプス》は《僕の考えた最強の連撃》よね。茅場も中二病こじらせてたのかね?」
「そりゃ、あれだけ大量のソードスキル考えて全部名前つけてるんだからこじらせてるでしょうね」
「おいバカやめろ!」
「和人関連なら《
「やめろォ! ていうか無駄に流暢だな!」
「いやあ親戚がちょっとね」
「はっは、かっこいいじゃねェかキリの字!」
「なら《
「うおォこっちに飛び火した!? 何してくれてンだエギル!?」
「だったらエギルは《
「太ってねえよ筋肉だ!」
「《
「それ知らない人にはなんのことかわかんないわよ直葉」
「明日奈は《
「ホワイトどこから出てきたの!?」
「服白いじゃん」
「白いけども! だったら里香は《
「髪じゃん! もはや鍛冶関係ねー!?」
「あ、じゃあ珪子は?」
「ひぅっ!? 巻き込まれないように静かにしてたのに!」
「そりゃ《
「里香、ゲオルギウスは竜殺しよ」
「あれ?」
「里香さん酷い!?」
「ごめん。いやほんと」
「というわけで珪子は《
「上左上……」
「ん? 響子、何か言った?」
「いいえ何も?」
もはや「何故キャリバーなのか」という議題など影も形も無い。ギャースギャースと皆が好き勝手騒ぎ、気付いたときには全員が若さ故の心の傷を抉られグロッキーになっていた。
「……やめよう。争いはいつも虚しい」
和人がぽつりと提案すると、皆のろのろと手を挙げて「さんせ~……」と唱和した。
「で、何の話だっけ……?」
「なんでカリバーじゃなくてキャリバーなのか、じゃなかったかしら……」
里香も、答える響子も、やはり覇気が無い。
「ああ、そうだった……まあ大したことじゃないんだけど、キャリバーって言うと私には別の意味の方が馴染みがあるから……」
そう言ってオレンジジュースを煽る詩乃に、和人――最も弄られたためか元気の無さも随一だ――が目を向けた。
「別って何だ……」
「銃の口径を英語でキャリバーって言うのよ……私のへカートIIなら五〇口径だからフィフティ・キャリバーってな具合で……綴りはたぶん違うけど」
「へー……」
「あと……そこから転じて、人の器って意味もある……」
「ああ……a man of high caliberで器のでかい人って意味だな……」
アメリカ生まれのアンドリューがそう補足したとき、キラッと目を光らせた者があった。里香だ。
「へぇー、器の大きい人ねえ……。
ってぇーことは、エクスキャリバーの持ち主はデッカイ器がないとダメってことよね。なんかアタシ、どっかの誰かさんがとあるバイトで大儲けしたとかいうウワサを聞いたんだけど」
チラッチラッ、と和人に視線を送る里香。
うっ、と呻いた和人は律儀に脳内で計算を始めたが、その“バイト代”で既にユイ用の機材や直葉のナノカーボン竹刀を発注済みで残高はほぼ無い。今日の代金を持つとなればお小遣いまで犠牲になる。
しかしここは今日の感謝を込めて奢るべきか、と口を開こうとしたとき、それは別の声に遮られた。
「里香、あなたその発言、相当器が小さいわよ」
思わぬ助け船に安堵する和人。それを発した響子はといえば、呆れかえった表情で里香を見ていた。
「はっはっはー、小市民のアタシの器が小さいなんて今更よ。出費は少ない方がいい!」
「向こうから奢ってくれるって言いだしたなら気持ち良く奢られればいいと思うけれど、奢らせようとする女なんて今時モテないわよ、多分」
「ああん? 勝者の余裕かコンチクショー!」
「ふふふ、羨ましい?」
「ド羨ましい! でもクラインは要らない!」
「あ? なによ、遼太郎さんに魅力が無いっての?」
「おぉ? 逆にクラインのどこに魅力があるっての? つーか欲しいって言ったら言ったでキレるでしょうがアンタ」
「当然よ。誰にも渡さないわ」
「こいつメンドクセー!?」
アルコールが入っているわけでもないのに絡み酒の如く突っ掛かる里香、真正面から受けて立つ響子。ただし二人とも目は笑っている。じゃれ合いのようなものだと全員理解しているので誰も止めには入らない。止めに入る気力が無いとも言う。
なお遼太郎は突然槍玉にあげられてさらにグロッキーになっていた。
そして結局、支払いは割り勘――ただし社会人である遼太郎だけ少し多め、店主であるアンドリューも参加したので遼太郎が払ったのと同じ金額を総額から値引き――となったのだった。
★
「そーいやさー響子ー」
「んー? 何かしら里香?」
冬休みが明けて新学期最初の授業の日。昼休みのカフェテリアの西側の窓際、南から三つめのテーブル。
ほぼ定位置と化したこのテーブルを今日も陣取って、響子、里香、珪子の三人は中庭を見下ろしながら昼食を摂っていた。
「アンタご褒美って何したの?」
「……何それ?」
「いやほら、トンキーに跳び移るときに言ってたじゃん。跳べたら遼太郎の奴に
「あー……あれ」
ずぞぞぞ、と音を立てて紙パックのジュースを吸う里香。
SAO生還者を集めた学校という特性上、校内でキャラクターネームを呼ぶことはマナー違反ということになっている。デスゲームであったあの世界で、誰と誰にどんな諍いがあったか知れないからだ。
そういうわけで、校内で仲間内の社会人組を呼ぶときにも、一応は本名で、というのを心掛けている。
「……聞きたい?」
「同棲までしてるカップルがどんな爛れたことをしてるかはわりと気になる。ねー珪子ー」
「わ、私に振らないでくださいよそんなの!」
赤くなってわたわたする珪子だが、やはり興味はあるようで、チラチラと響子に視線を遣っている。響子が目を合わせると慌てたようにピラフをかき込む姿がなかなか愛らしい。
「ちなみに里香の御予想は?」
「その平坦なバストにあの野武士面を押し付ける」
「上等じゃァ里香、表ェ出えや」
ドスの効いた声でメンチを切られた。
「ちょ、ちょっとした冗談じゃないの」
「
「悪かったから! わりとマジで怖いって!」
「…………まあいいけれど。平坦なのは事実だし」
胸に手を当てて落ち込む。
あのフレイヤや直葉程とは言わないけれど、せめて明日奈くらい、いやさ詩乃と同じくらいは欲しかった、と思うのは高望みだろうか。
「あ、あの、それで何をしたんですかっ!」
微妙な空気を払拭するように珪子が声を張る。こういうとき、彼女は
「なによ珪子、やっぱり気になるんじゃーん」
「うっ……そ、そうですよ気になりますよ! で!? 何したんですか響子さん!」
「落ち着きなさい珪子、そんなにいきり立たなくても教えるから。ほらこれでも飲んで」
「……頂きます」
いちごミルクの紙パックを渡して座らせ、珪子が落ち着くまで待つこと数分。その間に自分の昼食たる焼き鯖定食の残りを完食し、梅昆布茶でひと息。
「で?」
「何したんですか?」
「それは……」
わざとらしく溜める響子、ごくりと唾を飲み込む二人。
「……実は里香の予想が当たってたりして」
「えっ」「えっ」
里香と珪子は顔を見合わせて、それから響子に――というか響子の胸部に視線を向けた。
「……自分で言っといてアレだけどさ。それ、あいつ喜ぶの?」
「……わりと?」
二人から目を逸らして言うその姿に説得力は無いが、
「……ていうか、アンタら、その、アレなこともしてるわけでしょ? それホントにご褒美になんの?」
「やー、まあ……内容は向こうから言いだしたわけだから、なるんじゃ、ない、かし、ら……?」
里香や珪子からすればそれだけの容姿を持っておいて何を言う、という感じだが、響子にとって胸部装甲は相当に自信が無い部類らしい。普段の堂々とした佇まいはどこへやら、語尾へ行くにつれて声が小さくなっていく。
「でもさ、あいつがっていうかアンタらがその気になれば顔押し付けるどころの騒ぎじゃないわけだし――」
そして里香が追及しようとしたところで、珪子が爆発した。
「あーもう! 生々しい話するのやめてください!」
「アンタだって興味津々だったじゃないの!」
「やかましいです! ほら、もうお昼休み終わりますよ! はい立って! ハリーハリーハリー!」
「ちょ、やめ、コケる! 待ってまだちゃんと立ってないから!」
食器を残したまま去っていく二人。
それを見送って、時計に目を移し、確かに時間が無いことを認めてから響子は席を立った。二人が残した食器も全て纏めて返却カウンターに運び、
「……危ない危ない」
顔を押し付けた
本作では主人公が「校内・校外にかかわらず、現実では(知っていれば)必ず本名を呼ぶ」というこだわりを持っている設定なので、地の文でも現実パートでは本名を書きますし主人公はエギルをアンディと呼びます。ご了承ください。アンディも愛称だとかそんなツッコミは受け付けておりません。
これ以降、一話目の後書きにも書きました通り、興が乗ったら書いて投稿するスタイルでいきます。基本的に一~二話完結形式の予定です。こちらもご了承ください。
エスカリボルグ……ぴぴるぴるぴる……うっ頭が。