ALO:Rhinemaiden   作:小糠雨

7 / 9
7th Act / むしろなんでバレてないと思ったのよ。

 

 ――日曜日。

 それは約束された休息の日。怠惰を極め惰眠を貪るも良し、どこかへ遊びに行くも良し、溜まった家事を消化するも良し。自分が思う最良の休日を実現すべし。どこかの神様だって日曜日には休んだのだから、矮小なる人類もまた圧倒的休息を得るべきだろう。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そういうわけで、響子は現在、居間のソファーで遼太郎に膝枕をしながら読書中である。

 遼太郎は寝息を立てているが、意外なことにと言うべきか、いびきをかいたりなどはしていないし寝相が悪いということもない。非常に大人しく昼寝をしていた。静かな部屋には文庫本のページを捲る音がよく響く。

 電子書籍が普及した昨今だが、彼女は紙媒体を好む。おかげで実家の自室は壁が見えないくらい本棚が並んでいる。

 今住んでいるアパートはそうもいかないので電子書籍を利用することも増えたが、その場合も気に入った本は紙媒体で買い直して手元に置くか、実家に送って本棚に入れておいてもらう。

 現在彼女が読んでいるのもそういう、先に電子書籍で読んでから買い直したもののひとつ――ではなく、実家から持ってきたお気に入りの一冊だ。

 

「…………んっ」

 

 一度本を閉じ、ノビをして、腿の位置を直してから壁の時計に目をやる。午後二時半。

 

「……まあ、もうちょっといいわよね」

 

 そして再び本を開く。文章を追っていけば、たちまち彼女の脳内江戸を不知火(しらぬい)検校(けんぎょう)が荒らしてまわる。

 そうしてさらに三〇分が過ぎた頃。遼太郎がゆっくりと(まぶた)を開いた。

 

「おはよう遼太郎さん」

 

 本から目をはなすこと無く気配だけでそれを察して、響子が声をかける。数秒置いて、遼太郎は身を起こした。

 

「くぁ……ああ、おはようさん」

 

「おやつの時間だけれど、どうする? まだ寝ていてもいいわよ」

 

「あー……いや、さすがに起きる。なんかあるか?」

 

 未だ少しぼやける目で時計を見てそう言うと、響子は露骨に残念そうな()()をした。が、すぐに戻って戸棚の中身を思い起こす。

 

一昨日(おととい)買ってきたクッキーがあるわ。待ってて、今持ってくるから。飲み物はコーヒーでいいかしら?」

 

「おう、頼むわ……」

 

 一際大きな欠伸をひとつ。

 それをしっかり眺めてから、読書のためにかけていた眼鏡を外した響子は手早く髪をポニーテールに纏めてキッチンへ向かった。

 

 

 

 

 

「ポニーテールってイイよなー」

 

「何、突然?」

 

 クッキーをばりばりもっしゃあしつつコーヒーを啜ること暫し。隣に座る響子の髪――馬の尻尾を触りながら遼太郎が口を開いた。

 

「いやほれ、なんだ、髪型ってな結構いろんな種類あるだろ? その中でもポニーテールってなァ別格だと思うわけよ」

 

「そう? ワタシにはイマイチよくわからない感覚だけれど……それなら普段からポニーテールにしましょうか?」

 

「それをするなんてとんでもない!」

 

「ええー……」

 

 今イイって言ったばかりじゃないかと表情で告げると、遼太郎は「わかってねえなァ」とばかりに、

 

「普段髪を()ってねェ女性が、たまにポニーテールにしたときの、(うなじ)! 耳! (おく)()! そういう、普段隠れてるとこが見えるのがグッとくるわけよ!」

 

「ふぅん……?」

 

 そんなものかしら、と呟いてクッキーを(ついば)む。バターの香りが心地良い。

 

「じゃあ、ワタシはその要件は満たしてるわけね? 普段は特に結ってないし」

 

「おう!」

 

「道理で、いつも家事の最中に熱い視線を感じると思ったわ」

 

「ぶっ!? あっれぇバレてやんのォ!?」

 

 驚きのあまりコーヒーを噴きそうになった遼太郎の顔を、響子は半眼になって見上げる。

 

「むしろなんでバレてないと思ったのよ。あんな、火傷しそうなくらい熱々(あつあつ)の視線をぶつけておいて」

 

「いや、オメエがこっち見てねェときに見るようにしてたっつーかなんつーか」

 

「見なくたってわかるわよ。……やっぱり男性は視線に鈍感だって話は本当なのかしら?」

 

「別に鈍感ってほどでもねェ――」

 

「ちなみに昨日ワタシ、あなたがここでユナのライブ中継見てる間中ずぅーっと、隣であなたの横顔をじぃーっと見ていたのだけど。気づいた?」

 

「……鈍感みてえだな」

 

 好きなアイドルのライブということで集中していたのもあるだろうが、すぐ隣でそんなことをされて気づかないとあらば鈍感の(そし)りも甘んじて受けねばなるまい。

 

「つーか、オレの横顔なんざ見てどうすんだ? 楽しいのか?」

 

「楽しいというか……いえ、まあ場合によっては楽しいのだけど。昨日のは、ああ可愛らしいなあ、なんて思いながら見ていたわ」

 

「可愛らしいィ……?」

 

 自分を指して可愛らしいなど想像するだに気持ち悪い、とゲンナリする姿を見て、響子は「そういうところよ」と思う。言えばさらに気持ち悪がらせるだけなのはわかっているので思うだけにとどめるが。

 

「遼太郎さん、ときどき()()が子供っぽいもの。昨日もそう」

 

「イイ歳こいて子供っぽいとか言われンのもグサッとくんな……」

 

「イイ歳ったってまだ二六でしょう。若い若い」

 

「ギリギリ一〇代のオメエに言われたかねェっつーの」

 

「ふふふっ」

 

 遼太郎に身体をもたれかからせて、彼の肩に頭を預ける。

 彼女は彼と身体を触れあわせることを非常に好む。

 無論いやらしい意味ではなく。こうしてもたれかかったり抱きついたり、あるいは先程のように膝枕をしたり。

 そうすることが、自分の気持ちを一番よく伝えられると思うのだ。言葉をつくすのも良いが、やはり限界はある。日本語は特にそうだ。自然現象や情景などを表す言葉はやたら多いくせして、自分の心情を伝えるための言葉が少ない。

 

「でも、隣で見てたのに気づかないだなんて。ちょっとユナに嫉妬しちゃうわ」

 

「あー……一応弁明しとくがよ」

 

「いいわよ。アイドル相手に浮気だなんだと騒ぐほど頭が悪いつもりはないわ。

 ていうか、なに? そんなに狭量な女に見えるかしら?」

 

「いやいやそんなそんな」

 

 頬のあたりの髪を梳くように撫でてやれば、気持ち良さげに目を細める。

 

「んー♪ ……って、こんなことじゃ誤魔化されないわよ」

 

「本当かしらァー」

 

「本当だものー」

 

「よーしよしよし」

 

「きゃー♪」

 

 今度はワシャワシャと少し乱暴に頭を撫でてやる。

 外でやると髪型が崩れるからと怒られるが、今はそんなことは問題にならない。現に響子は特に抵抗するでもなく、されるがままだ。

 頭撫でれば喜ぶなんて思うなよ、とはテレビや雑誌でたまに見る文句だが、何を馬鹿なと彼女は思う。少なくとも自分は嬉しい。結局は行為そのものではなく時間と場所と相手、そしてされる側の嗜好の問題だ。あんなことを取り上げて、もし遼太郎がしてくれなくなったら訴訟も辞さない。

 

「へっ……チョロいぜ」

 

「甘いぜー!」

 

「のわァっ!?」

 

 仕返しとばかりに不意討ちで腕を思い切り引っ張り、遼太郎をソファーに倒す。そして身体を彼の腕に納まるようにねじ込んで寝転ぶ。

 

「オイ響子、(せめ)えっての」

 

「いーじゃない別に。さっきのあなたみたいに、このまま一眠りしたいわ」

 

「えェー……」

 

「晩御飯の支度もあるしすぐ起きるわよ。それじゃ、しばらくよろしくね」

 

「マジかー……」

 

 だが響子は細身なわりに抱き心地が良いのも事実。振り払うという選択は有り得ない。

 結局、彼に出来るのは狭いソファーから彼女が落ちないように抱えておくことだけである。

 すぐに寝息を立て始めた彼女の寝つきの良さに呆れつつ、これはこれで役得かと思い直す。

 なお彼女に枕にされた片腕は、彼女が起きる頃には痺れに痺れて感覚が無かった。

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 別の日――。

 

「おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも……タ・ワ・シ?」

 

「……んじゃ、タワシ」

 

「きゃーケダモノー♪」

 

「なンでだよ!?」

 

 いつものように仕事を終えて帰宅した遼太郎を玄関で迎える。たまに今のように巫山戯るが、概ね真面目に出迎えている。

 高校生で部活動には所属していない――というかあの学校に部活動は無いのだが――響子の方が帰宅の時間が早いことが多いし、なにより彼女はこうして出迎えるのが好きだ。なので用事の無い日は少しだけ急いで帰る。結果、出迎え頻度はそれなりに高い。

 

「――――♪」

 

 さて時間は飛んで夕食後である。

 遼太郎が食器を洗っていると、ソファーの方から鼻歌が聞こえてきた。

 

「どしたァー? なんか良いことでもあったかァ?」

 

「んー? んー、そうね。良いことって言うなら、毎日あるわよ」

 

「ほーん、例えば?」

 

「遼太郎さんがお皿を洗えるようになったこととか」

 

「うぐっ」

 

 現実で再会してすぐのことを思い出しながら言ってやると、カエルの潰れたような声が返ってきた。

 あの頃の遼太郎はとことん家事が苦手だった。掃除と洗濯はまあ最低限できてはいたが、料理関係は壊滅的。作れないのでコンビニで弁当やカップ麺を買うかピザのデリバリーか、あるいは牛丼チェーン等で外食か。食器を洗うのも下手で汚れが落ちきらないので、どうしても使わなければならない場合は紙皿や割り箸で済ませる。

 響子と一緒に暮らし始めてからは、家事は全て彼女に任せていた。

 だがそれではどうにも居心地が悪く。出来ることから手伝い始め、時に彼女に教えを請い、今ではなんとか及第点をもらえるようにはなっている。

 夫婦間での――彼らはまだ夫婦ではないが――分担が叫ばれる昨今。特にその流れに逆らいたいわけでもなし、これで彼女の負担が減らせると喜んだ遼太郎であったが、現実はある意味非情であった。

 

 ――嫌よ。絶対に嫌。いくら遼太郎さんでもこれは譲れないわ。

 

 とまあそんな具合に、なんとまさかの断固拒否。家事は自分の領分だ、たまに手伝う程度にしてくれと、どういうわけか譲らない。

 これには遼太郎も大困惑。しかし本人が拒否し、また実際彼女一人で問題なく回せて、しかも家事をこなす姿はとっても生き生きしているとあらば、どうしても分担してくれなどと言えようはずもない。無理をしている風であったればまた違ったがそういった様子も見られず、結局それまで通り一任することになった。

 ただ、手伝ったりときどき代わったりという分には素直に嬉しいらしく――

 

「こういうのもいいわよねー。なんていうかこう、夫婦! って感じ」

 

「そうかァ? 夫婦感ってンならやっぱ分担した方が――」

 

「イ・ヤ・よ」

 

「アッハイ」

 

 取り付く島もないとはこの事である。

 

 

 

 

 

「――さっきの、毎日良いことがあるって話だけれど」

 

 洗い物を終えた遼太郎が隣に座ると、その腕に抱きついて響子は口を開く。

 

「おう?」

 

「遼太郎さんのおかげで毎日幸せよ。これ以上の〝良いこと〟なんてそうそう無いと思わない?」

 

「……オレぁ、」

 

 オメエに色々してもらうばっかで何もしてやれてねェ――そう、言おうと思った。

 しかし、響子はそれを許さない。

 

「してくれてるわよ。いっぱい。ワタシは今の生活が幸せで、その生活を支えてるのはあなただもの。

 それに、そうやってワタシのために何かしようとしてくれる。今だって、さっきの洗い物だってそう。それがもうこれでもかってくらい嬉しいわ」

 

「けどよォ」

 

「納得いかないって言うんでしょう? そういうところがまたイイんだけれど――」

 

 だったら、そうね――と、(おとがい)に指を当てて考えること暫し。

 

「あ、じゃあ、ひとつお願いがあるのだけど」

 

「おう、なんだ? 何でも言ってくれ」

 

「――――」

 

 耳元に口を寄せて、囁くように願いを告げる。

 

「……そりゃァ、なんつーかだな」

 

「あらぁ? 顔が真っ赤よ遼太郎さん。照れてるの? 恥ずかしくて返事ができないのかしら?」

 

「だァもう、わかった! そんなもん改めて言われるまでもねェ、もともとそうするつもりだっての!」

 

「本当? ふふ、よかった」

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「キリの字……オレ、ダメな大人になりそう……」

 

「いやお前それもうなってるよ」

 

「……でっすよねェー」

 




 劇場版めっちゃよかったですね。
 特にクラインが親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙無しには語れません!

 というわけでずっとうちの子とクラインのターン。本当はALOで戦闘する話を書いてたんですが――ほぼ書き上げたタイミングで何の前触れも無くデータが吹っ飛びましたファッキン。原因はわからず仕舞い、バックアップも取り忘れ。なんてこったい。ちょっと短いのはその後むしゃくしゃしてババッと書いたからです。
 今回クラインの年齢を出しましたが、この世界線の彼は原作より一歳上です。

 あとうちの響子ちゃんは普段は裸眼だけど授業中や読書中など特定のタイミングでのみ眼鏡をかける子です。
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