「ほら、そろそろ出かけるないと間に合わないわよ~」
母親の言葉にびくっと体を震わせる。
気が付いたように振り返って時計を見る。
もう、出かけなければいけない時間だった。
ことりは自分の周りを見回す。
自分が散らかした服。散乱した服を眺めてことりは小さなため息をついた。
彼女には幼馴染が3人いた。
そのうち二人は一緒にスクールアイドルμ'sとして活動していた高坂穂乃果と園田海未。
そしてもう一人は彼女たちより一つ年上の男の子だった。
彼の名は、
頼りになる兄のような存在だった彼の引越しでことりはしばらく泣いた。
それから四年。大学生になった彼は再び音ノ木坂に帰ってくるらしい。
そう連絡を受けたことりは彼を迎えに行くための準備をしていた。
だが、母親の言葉に彼女は暗い顔を浮かべた。
久しぶりの再会、せっかくなら最高の自分を見せたい。そう思って準備をしていたが、もう時間もあまりなかった。
そしてふと、アクセサリーを置いてある場所に目を向けるとあるヘアゴムが目に入った。
――はい、これ。ちょっと早いけど誕生日プレゼント
脳裏に浮かぶ声。その声に触発されたようにことりは自分のクローゼットを開き洋服を選ぶ。
一度それを組み合わせた後、嬉しそうに一つ頷くとことりはそれを身にまとった。
「ごめんなさーい!」
とりあえず手元にある必要なものだけカバンに詰めて急いで下に降りる。
わかっていた様子ではあったが、少し怒ったように
「ほら、早く行くわよ」
と母親に言われる。少し眉を下げながらも本気で怒られていないことに気づいていることりはすぐにあとを追った。
「どんな男の子になってるのかしらね?」
「うん、いろいろ変わってるんだろうなぁ……」
移動しながら2人はそんな話をする。
男子三日もすればなんとやら。
その変化が楽しみであり、同時に不安だった。
「よーちゃん、ことりのこと覚えてるかなぁ……?」
「ちゃんと覚えてるわよ、きっと」
そう言われながらもやっぱり少し不安だった。
待ち合わせは空港の中にある桜並木。
その中にある桜の木に囲まれた小さな広場でことりは1人揺一をまっていた。
「よーちゃん……」
座っていたベンチから立ったことりは囲んでいる桜の中でもひときわ大きな木に寄りかかって咲いている花を見上げる。
桜の花びらが、一瞬強く吹いた風に煽られて一斉ににことりの顔に降りかかる。
「わわっ!」
顔や髪についた花びらをさっと落としたことりがふと通路の方を見ると1人の男性が広場に入ってきた。
誰だろう、そんな疑問を持ちながらことりはまたベンチに戻ろうとする。
一瞬すれ違うときに視線が交差する。
見知らぬ人かと思ったが、その優しい視線と面影にことりは見覚えがあった。
「……もしかして、よーちゃん?」
「え……?」
「えっと大東揺一さん、ですよね?」
「あ、はい、そうですけど……」
その男性こそ、ことりの幼なじみである揺一だった。
「ことりのこと、覚えてる……」
ことりはそういいながらへにゃ~とはかなく笑った。
「ことり……? もしかしてことり!?」
揺一は思い出したようで声を上げた。
「覚えててくれたの!?」
「そりゃもちろん。引っ越すまでは一番仲良かったし」
「うれしい……」
頬を少し赤く染めたことりがうつむく。
下を向いたことでことりの髪を止める髪飾りが揺一の目に入った。
「あ、それ……」
「え……? ああ、そうだよ、よーちゃんに最後にもらった髪飾り」
白い鳥を意匠にした髪飾り。
少し不格好なところがあったが、ことりはこの鳥が大好きだった。
「ちゃんと使ってくれてるんだ……」
「もちろんだよ! よーちゃんからもらったものだもん」
なぜか揺一が今度は照れた。
「どうしたの?」
ことりが揺一を下から覗き込む。
「い、いや、実はそれ、俺が作ったから……」
ことりも当然知らなかった事実。
それだけにことりも言葉を失う。
「そ、そう、なんだ……」
お互い言葉を探して黙り込んでしまう。
そして、しばらくして。
「と、とりあえず、お母さんの車のところいこっか」
「そ、そうだね」
離れていた時間が長い分、今までの距離感に戻るのに時間がかかる。
連絡もほとんどとっていなかったということもあり、2人は何やら微妙な距離感のまま車に向かった。
「あらあら揺一くん、久しぶり~」
「はい、おばさんも久しぶりです」
ことりの母は揺一の成長に驚いているようで、とてもうれしそうだった。
それから三人は昼食のために揺一が東京にいた頃よく行っていたレストランに向かう。
そこのオムライスが揺一は大好きだった。
「まだあのお店なくなってなかったんだ」
「うん、あいかわらずおじいちゃんとおばあちゃんの二人で頑張ってるよ」
かなり年を取った夫婦二人で切り盛りしているその店は揺一が引っ越す前からつぶれそうだと思っていたが、4年たった今でも老夫婦が元気にお店を続けていた。
注文して待つ間ようやく距離感を取り戻してきた2人は離れていたときの話を少しずつし始めた。
その中でふと揺一がことりに話を振った。
「そういえばことり、RINEやってる?」
「うん、やってるよ? もしかしてよーちゃんも?」
「まあそれがないと結構困るから……じゃあ交換しよ。ことりは三年生だからあんまり時間ないかもだけど暇なときに連絡してよ」
「いいの!?」
「よくなかったらいわないって。京都で一人暮らしだし、割と暇なんだよね」
はにかんだ揺一は頭の後ろをかいた。
「うん、交換しよう! 時間あるときに連絡するね」
QRコードを使って簡単に交換した2人は嬉しそうだった。
なぜか目の前にいるのにRINEのトークでスタンプの応酬が始まり、楽しそうに会話をしながら2人は自分の好きなスタンプを見せあっていた。
昼食後、仕事がある母親と別れたことりは揺一と共に懐かしい思い出の場所を回ることにした。
好きだった駄菓子屋、よく遊んだ公園、家に帰るために分かれなきゃいけない交差点……
思い出が詰まった場所を回った2人が最後に訪れたのは小学生のとき、はじめてであった揺一が住んでいた家の近くにあるこじんまりとした公園。
中にあるのはブランコと滑り台とジャングルジムだけで、それもかなり詰まっておかれていた。
「ことりが一人でブランコに座ってた時に声をかけてくれたんだよね」
「そうだったね。あの時はなんで座ってるだけなのか不思議だったから……まさかこんなに長い付き合いになるとは全く思ってなかったよ」
「ことりもおんなじだよ? いろいろ助けてくれてありがとう、よーちゃん」
にっこりと笑顔を見せたことりを揺一はなぜか直視できなかった。
目が合う瞬間、いつもと違う興奮を感じる。
子供のころから仲良かった友達と久しぶりに再会できたから?
それとも久しぶりに東京に来てテンションが上がっているだけ?
その理由はまだわかりそうになかった。
「ことりは大学どうするの?」
「うん……」
不安そうな声を出したことり。
心配そうに揺一は声をかける。
「ことり?」
「ううん、何でもないの。……去年ね、海外の学校から服飾の勉強をしに来ないかって誘われたの」
「へぇ、すごい! あれ、でも去年って……」
「うん、ことりは穂乃果ちゃんや海未ちゃんたちと一緒にスクールアイドルをやってたの」
「いつも見てたよ。すごかった、どの曲もすごく好きだよ」
「見てくれてたんだ! ありがとう! それでね、その学校の系列の大学から高校卒業したらこっちに来ないかって言われてるの」
「じゃあつまり……」
「うん、高校卒業したら日本からいなくなる。少なくとも4年は」
ことりから聞いたことに素直に驚く揺一。
一度断ったのにもう一度オファーが来るなどめったに来ないことであろうことが何となく理解できたからこそ揺一は改めてことりの才能に驚かされた。
「でもちょっと不安……」
「ひとりで海外生活だもんね……」
ことりの性格を知っている揺一だからこそことりの不安はより伝わってくる。
「あ、そうだ! ことり、受験ってあるの?」
「うん、一応夏休み位に日本でテストは受けるみたい。そのテストを向こうの学校に送るんだって」
「そっか。じゃあ秋になったら京都おいでよ。俺が案内してあげる。もっとも紅葉が一番きれいな時に予定が合うかどうかはわかんないけどね」
「よーちゃん、それって……」
「うん? ただ遊びに行きたいし、ことりにとっても日本の景色をちゃんと見る機会ってそんなにないんじゃないかなって」
「……そうだよね、わかってた。でも楽しそう! 絶対行くね!」
「うん、待ってる」
それから、ほかの友達のところにいったり、やりたいことをやったりした揺一は3日ほど東京にいて新幹線で新しい揺一の家がある京都に戻った。
2人はなんだかんだで毎晩のように連絡を取り、離れていた時間を少しでも埋めようとしているかのようだった。
そして、10月。
『ねえ、たしか11月の頭に開校記念日あったよね』
ことりが京都に行く日が決まった瞬間だった。