バス停を見つけたものの目的地まで行けないとわかった2人は結局嵯峨嵐山駅に戻り、電車を使って一度京都駅まで戻ってきた。
「よーちゃん、次はどこ行くの?」
「河原町。なんていうか、にぎやかな商店街みたいなところ、かな」
「ことりも知ってる! 確かいろいろなお店があるんだよね」
「そうそう。そこでお昼ごはんとか、お土産とか探したらいいかなって」
京都市バスに乗った2人は四条河原町で下車。
降りた瞬間、ことりのおなかが小さくなった。
時刻はそろそろ午後1時になろうとしていた。
さすがにおなかもすいてくるだろう。
「……とりあえず、お昼にする?」
恥かしそうにうつむくことりは揺一に小さく頷いた。
こっち来て、と揺一が案内したのは京町家を改装してオープンさせたカフェだった。
「ここだよ、ことりがきっと好きだと思って」
店内はテーブル席と座敷席に分かれ、古き良き町家の良さを感じられた。
「なんだか素敵な雰囲気だね」
「でしょ? 気に入ってもらえてよかったよ」
メニューを開いたことりは端から端まで一通り眺めた後、どれにしようかなぁと真剣に悩み始めた。
揺一は知っている。これはいつまでたっても決まらないやつであると。
「どれと迷ってるの?」
「えっと、このごはんプレートとこっちのおばんざい定食と……」
「うん、じゃあどっちも頼めばいいよ。それで分け合いっこしよ」
「いいの?」
「いいよ、俺も気になってたし」
「ありがと〜!」
ようやく決まった注文をして、待っている間は雑談タイム。
切れ間なく続いた話題はいつの間にかことりの進路についてになっていた。
「ことりは来年の秋からアメリカの大学に行くんだよね?」
「うん……まだ全然実感ないけど……」
「じゃあ音ノ木坂卒業してから行くまでの間は?」
「えっとまだ確定じゃないんだけど、2ヶ月は英語の教室に通って、それから向こうでの生活に慣れるために早めにアメリカ行こうかなって」
どうしても別れを意識してしまう話題に2人とも黙り込む。
「お待たせいたしました!」
気まずい沈黙を壊したのはタイミングよく来たウェイトレスだった。
「わぁ……! おいしそう!」
大きな目をさらに見開いて輝かせたことりはとりあえず写真を撮った。
「「いただきます」」
手を合わせてしっかり挨拶をした2人は同時に食べ始める。
どちらも京都の総菜であるおばんざいをメインにしていてごはんプレートの方は豚バラを西京味噌で煮たものと湯豆腐、大根と鰹節のサラダで、この日の定食は小鉢が2つにメイン料理はあら大根だった。ちなみにここはご飯の種類も選ぶことができ、ことりは玄米、揺一は白米を選択していた。
「これおいしい! でも、おうちで作るとしたらどうすればいいかなぁ……」
「あいかわらずことりは自分で作ろうって考えるんだね」
「うん! だってせっかくこんなにおいしいんだもん。少しでもこんな料理を作れたらなぁって。……いつも食べてくれる人がいたらもっとやる気になるんだけど……」
「お母さんに食べてもらえるだろ? ほら、あと穂乃果ちゃんと海未ちゃん……だっけ? にも」
「そうだよ? そうなんだけど……? と、とりあえず、よーちゃんのも食べさせて?」
「あ、ああ」
ことりが意図したことには何一つ気づかず、揺一はことりに皿を差し出す。
「こっちもおいし~じゃ、じゃあ……ことりのもどーぞ」
自分のお箸でつかんでそのまま差し出すことり。
「こ、ことり……?」
「ほら、おちちゃうよ?」
「あ、う、うん……」
いわゆるあーんをことりからやったということに揺一の心は大きく揺さぶられる。
お互い顔を真っ赤に染めた2人にまた沈黙が流れた。
「ど、どう?」
「あ、ああ、おいしい」
揺一が味などわかるはずがなかった。
お互い、この先に食べた昼食は何も味を感じなかっただろう。
店を出てからもしばらく会話がなかった2人。
「「あ、あの(さ)!」」
こういう時絶対に起こるハモり。
何となく恥ずかしさを覚えた2人はまた赤面する。
「ど、どうしたの、ことり?」
「よ、よーちゃんこそ……」
「俺はこれからのこと話そうかなって……」
「ことりもどうするのかなって……」
「「あは、あははは……」」
言葉がハモっただけではなく、思考も同じだったことはもう笑うしかなかった。
ひとしきり笑った2人。
「それで、今度はどこに連れてってくれるの?」
「今度は新京極に行くよ。ことりをどうしても連れてきたいとこがあるんだ」
想像できないことりが首をかしげる中、揺一は案内を始める。
――新京極通
観光客向けに作られたこの通りはゲームセンターなどはもちろんのこと、近年では服屋や映画館などができ、地元の人も使いやすい商店街になった。
そんな商店街に入るとことりはすぐに一つの店に目を止める。
「ねえ、よーちゃん」
「ん、いいよ。そこの雑貨屋さん、見たいんでしょ?」
「うん! ありがと~!」
まさに和というべき店構えの雑貨屋は中で売っているものもやはり和雑貨だった。
鼈甲の櫛や、におい袋、組みひもなどの小物はもちろん、着物なども置いてあった。
「これ、穂乃果ちゃんたちにも買ってってあげよ~っと」
そう手に取ったのは組みひもで作られたリボン。
「元μ'sメンバーって髪結ばなそうな短い子もいないっけ?」
「いるよ。ていうか二年生はみんな髪結んでないね。最近、凛ちゃんは髪伸ばしてていろんな髪型ができそうになってきたけど」
「へぇ、そうなんだ。それで、髪結ばない子にはそのリボン使い道あるの?」
「もちろんだよ! 手首に巻いておいてもいいし、バックのハンドルのところにアクセントとして結んでもいいし、うまく結べば髪を結んでなくてもヘアアクセサリーとして使えるよ!」
「そ、そうなんだ……」
ことりの知識は何度も聞いたり見たりしてはいたが、やはりすごいと感じる。
そこまでおしゃれにこだわらない男子である揺一はただの紐だけでもそんなにもいろいろな使い道があるのかとただただ驚くばかりだった。
「よーちゃん? どうしたの?」
「いや、やっぱりことりはすごいなっておもってさ」
「べ、別にすごくなんてないよぉ~私はただ好きなだけだもん」
謙遜することりだが、すごいことに変わりはないのだろう。
組みひもリボンを買ったことりは自分の分の鏡も一緒に買い、上機嫌で店を出た。
「それで、よーちゃん、ことりを連れていきたいところって?」
「それは……ここ!」
そこにあったのは『しろたん』というたてごとあざらしのモデルにしたかわいいキャラクターのお店だった。
「かわい~!!」
店の外に出ているブランケットに駆け寄ったことり。
相変わらずこういう物には目がないようだった。
店の中に入ったことりのテンションはさらに上がり、あれもこれもといろいろなところに目が移る。
「あっちのウサギさんコスチュームの子も可愛いし、カメさんのも可愛いし……」
「あちらの抱き枕ならここに置いてある衣装に着せ替えさせられますよ?」
店員が紹介したのはここの店においてある一番大きいサイズの抱き枕。
大きさは結構大きく、なかなか持ち歩くには大変なサイズであった。
だが、触り心地は最高でことりは買うかどうかを真剣に悩んでいた。
「ことり、どうする?」
「う~ん、どうしよう……」
同じものの小さいサイズもある。
サイズをどうするかことりは真剣に悩みこむ。
そしてことりは……
「結局、そっちでよかったの?」
「うん! だって衣装なら自分で作ってもいいし! 好きな衣装着せ替えられるのってきっと楽しいよねぇ」
結局サイズの小さい方を買ったことりはこのしろたんにどんな衣装を着させるかに思いをはせていた。
そんなことりを楽しそうに見ながら揺一は河原町通に戻る。
「ことり、危ないよ?」
さすがにトリップしたままで歩くのは危ないと判断した揺一はことりを現実に引き戻すために声をかける。
「ふあっ! べ、別に何も考えてないですよ!?」
「いや、俺も何も言ってないけど……ちゃんと前見て歩かないと危ないよ?」
「う、うん……」
恥かしそうにうつむくことり。
それでもどこか嬉しそうだった。
2人はそれから四条通を鴨川の方面に進む。
祇園に来たところで揺一はまた一つの店に入った。
「よーちゃん、ここって……」
「さすがに知ってるよね。辻利だよ」
抹茶で有名な辻利。東京にも出店しているこの店の本店に今2人は訪れていた。
ことりはその店の存在自体は知っていたが、行ったことはないようだった。
「じゃあ本当にはじめてなんだ」
「うん! ちょっと楽しみ」
メニューを見てまたいろいろなやみ続けたことりはシンプルに温かい抹茶ラテを選択。
揺一は季節限定のアップルパイがのった抹茶スムージーを選んだ。
「来ないの?」
なぜか入り口で止まったことりを揺一が呼ぶ。
「あ、いくよ!」
すぐに揺一の後ろに並んだことりは何かを考えていたようだった。
「これとこれお願いします」
「はい! かしこまりました」
きれいな笑顔と共に返事をした店員はキッチンスタッフに注文を伝える。
ことりがその様子を見ている間に揺一は二人分のお金を払った。
「あ、よーちゃん……」
「ここくらい払わせて? お昼は結局食べたものをお互い払っちゃったから」
財布を取り出そうとすることりを言葉で制した揺一は彼女に二階にある座席の確保を頼んだ。
「もう……ありがとう、よーちゃん」
そう言い残して二階に上がることりは階段すぐのところに席を確保する。
そしてすぐに揺一がカップを二つ持ってあがってきた。
「席ありがとね。はい、これ」
「ありがとう、よーちゃん」
ことりは自分のを受け取り、席に座る。
揺一も自分の荷物を足元において席についた。
「う~ん、おいしい!」
「よかった! ちょっとここで休憩しよ」
「そうだね」
のんびりと雑談をしながら休憩をする二人。
ことりはふと何かに気が付いたようにメモ帳とペンを取り出した。
「ことり?」
「ちょっと待ってて?」
そういってことりは一心不乱にペンを動かす。
3色あるペンをうまく使いながら何かを描いていく……
まるで命を吹き込むように。
描きあげられたその姿に揺一は見覚えがあった。
「もしかしてそれ、さっきの……」
「うん! しろたんの衣装! 動物が多かったけど制服とかもきっと似合うと思うんだ~」
デフォルメされたしろたんが音ノ木坂学院の制服を着ている絵が描かれていた。
「きっとかわいいと思うよ」
揺一はそういって笑顔を見せた。
「そうだよね! 帰ったら作ろ~っと」
「できたら俺も見たいな。写真送ってくれる?」
「うん! もちろん!」
笑顔でそう答えたことりはとてもうれしそうだった。
そのあとも2人はのんびりと休憩し、しっかりと疲れを取ってから店を後にした。
2人は八坂神社はお参りすることなく通り抜けて三寧坂、二年坂を通って清水寺に向かう。
揺一がわざと裏道を使おうとして一回迷いもしたが、無事正しい道に出れた2人は無事に清水寺に到着した。
「このキュウリなんだかおいしそうだね!」
「この時期にあんまり食べるもんじゃないけどね……」
「わかってるよ~……あ、みてみてさつま揚げ! ねえよーちゃん、ことり食べたいなぁ」
「いいよ、一緒に食べよ」
そこで作っているのだという串に刺さったさつま揚げを買った2人はそれを食べながら清水寺の参道を歩く。
仁王門の前で食べ終わるまで待った後、2人は境内に入った。
「拝観料払うんだよね?」
「そうそう、そこでチケット買うんだよ」
すいている列に並ぶために一回分かれた2人。
「すみませ~ん、大人一枚お願いします」
「ああ、大人なんですね。400円になります」
まさかのことり、子供と間違えられる。
すこし、いや、かなりショックを受けたことりは合流してすぐ揺一にこの話をする。
揺一はそれを聞いて笑いを隠せないどころか大爆笑だった。
「もう、よーちゃんわらわないでよ~!」
「ごめんごめん、でもさすがにそれは……っぷふ」
「よーちゃん?」
「ごめんなさい」
なぜかことりの綺麗で可愛いはずの笑顔が怖かった。
2人は清水の舞台に立つ。
快晴、というわけではなかったが雲でかすんだ景色に趣を感じられた。
「うわぁ……きれ~……」
「そうだな……」
2人はその景色に言葉を失う。
持っているカメラのことも忘れ、言葉を交わすことなくその景色を見続けていた。
それからどれくらいたっただろうか。
数分のことだったのかもしれないし、数十分のことだったのかもしれない。
満足するまで見続けて心にしっかりと刻み込んだ2人はゆっくりとその場を離れた。
「……すごかったねぇ」
「ほんとにすごかった……」
2人は放心したようにただ歩みを進める。
音羽の瀧に向かう途中、2人はもう一度その景色を目の当たりにする。
その美しさは舞台の上から見たものとはまた違って。
赤と緑がまじりあった枝にかかる雲によって作られる白くもやがかかった世界。
写真でも表すことができない景色を2人はまた心にしっかりと刻み込んだ。
参道に戻ってきた二人はそこでお土産を探すことにした。
ことりは家族におかしを買うと言って八ッ橋を物色し始めた。
ひとつひとつ見ては驚いたり笑顔を見せたりしていることりはきっと様々な味のある八ッ橋ひとつひとつに反応しているのだろう。
そのころ、揺一は揺一で別の買い物をしていた。
ひとり、違う店に入った揺一はそこで二つ何かを買った。
「よーちゃんお待たせ~」
「ううん、大丈夫だよ。俺も俺で買いたいもの買えたし」
「そうなんだ~……そろそろ、帰らなきゃ、だね」
今まで楽しそうに笑顔を見せていたことりが暗い表情を見せる。
ことりが言う通り、ことりが帰るための新幹線の時間が迫っていた。
参道を下りながら2人は口を開かなくなる。
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、もう終わりを迎えようとしていた。
「……」
「……」
お互い何もしゃべらない。終わりを意識したのか、言葉に迷っているのか。
2人の間に無言の空間が広がり、どこか周りの人を近づかせないような圧力があった。
バスに乗り京都駅に向かう。
バスに乗っている間も隣同士で座ってはいるものの、お互いに言葉を交わすことはなかった。
空を覆う雲がなぜかかなり低く感じて。
まるで二人に覆いかぶさろうとしているかのようだった。
「ことり!」
新幹線の改札口まで来たところで揺一が叫ぶようにことりを呼ぶ。
「よーちゃん?」
「これ、おみくじ。どっちか選んで」
先ほど揺一が買ったもの。
ことりへ、今日の最後のプレゼントだった。
「えっと……じゃあこっち」
「開けてみて。残った方は俺がもらうね」
2人で同時に開けた小さな紙袋の中に入っていたのはウサギの絵が付いたとんぼ玉のストラップ。
ことりのものは緑。揺一のものは黄色。
色違いでおそろいのストラップだった。
「ことり、今日は一日ありがとう。めっちゃ楽しかったよ。ちゃんと案内できるかすごく心配だったけど、ちゃんとできてた?」
「よーちゃん、こちらこそありがとう! ことりも、すっごくすっごく楽しかったです! 今日のよーちゃんは、ことりだけのガイドさんだったよ」
「ことりが楽しんでくれたならよかった! それだけを目標にしてたから……」
「うん、とっても楽しかったです!」
浮かない顔からの笑顔。
その変化に揺一の胸が反応した。
「何度言ったかわからないけど、本当にありがとう。よーちゃんと一日、いろんなところに行けて本当に楽しかったよ」
「俺も、ことりと一緒で楽しかった」
さっきまでの沈黙はどこへやら。
ことりの新幹線の時間ぎりぎりまで2人は話し込み、最後は笑顔で別れた。
「よーちゃん、さびしいよ……」
新幹線の中でこぼした言葉と一筋のしずくに気づくものはいない。
そのしずくをぬぐう手には揺一からもらったストラップが握りしめられていた。