DRAGON QUESTⅤ~父はいつまでも、傍にいる~ 作:トンヌラ
Episode1:目覚めた流浪の王
ラインハット周辺にある遺跡の中で、パパスは光の教団の使徒、ゲマと対峙していた。ゲマに仕える部下、ジャミとゴンズを返り討ちにし、ゲマを倒すべく剣を構えたときだった。
「ほっほっほっほっ。見事な戦いぶりですね。でも、これならどうでしょう」
不気味な笑いを浮かべながら、ゲマは手元に鎌を出現させ、パパスの息子であるリュカの喉元にあてがった。
「リュカ!!」
「この子供の命が惜しくなければ存分に戦いなさい。でもこの子供の魂は永遠と地獄をさ迷うことになるでしょう」
「くっ……」
もしもパパスがわずかにでも動けば、あっという間にリュカは殺されてしまう。パパスはただ、ゲマを睨み付けることしか出来なかった。
動けないパパスに対しまた嫌味に笑ったゲマは、横に立っている部下二人に顎で命じた。
「へっへっへっ。さっきはよくもやってくれたな」
「覚悟しな!」
先程はパパスに完膚なきに叩き潰された恨みのこもった声で、パパスに迫る。そんな二人に対してパパスは無抵抗でいるしかなかった。
「へっ、動かねえか。ならやらせてもらうぜ!」
馬のような姿をした魔物、ジャミがニヤリとあざけわらうと、蹄のような手で思いきりパパスの腹を殴った。
「ぐっ……」
どすっと鈍い痛みがパパスを襲い、呻く。しかしパパスは、じっと耐えるだけだった。
「ふん!」
今度は牛のような姿をした魔物、ゴンズが拳を振るう。パパスの顔に当たり、思わずよろめく。
「がはっ……」
「まだまだ楽にはさせないぜ! おらぁっ!!」
「ぐぉ……」
「死ねぇ!」
「ごふっ……はぁ、はぁ……」
パパスは息を吸い込んでなんとか耐える。パパスはじっとゲマを睨み、集中する。この二人を突破し、息子を魔の手から救うためのチャンスを窺うためだ。
だから今は耐える。例えどんなに攻撃を受けても、倒れないと固く決意をする。
が、現実は非情だ。
ジャミとゴンズによって体力がどんどんと削られてきており、集中力も落ちてきている。ましてや、傷ついた体で強大な魔力をもつゲマからリュカを取り戻すことなど、不可能だ。もはやパパスには、希望はない。
だが、パパスには諦めるという選択肢はなかった。父親として、息子を守るためならば何でもする。その思いだけが、パパスに力を与えていた。
「おらどうしたぁ! 抵抗しねぇのかよ!?」
「抵抗しないと死んじゃうぜ!?」
「はぁ……はぁ……」
嘲笑と共に身体中を殴られ、パパスはよろつき始める。どうにか立とうと足に力を込めるが、もう足は震え始めてきて、限界を告げている。
そして、ゴンズの会心の一撃によってついにパパスは倒れた。
「ごはぁっ!! ……うう」
俯せに倒れたパパスは霞む意識に抗いながら、ゲマを睨んでいた。もはやこの状態で息子を助け出すことはできない。何も出来なかったことに後悔しつつも、せめて最後にできることをしなくてはならない。
パパスは最後に残された力を振り絞り、立ち上がる。しかし、膝でどうにか体を支えることでしかもう、パパスの体は許さなかった。
「ほう……まだ死んでいませんでしたか。しぶといですね」
ゲマの若干の驚きを含んだ、形だけの称賛を受けたパパスは睨み返すだけにとどめ、絞り出すようにリュカに叫んだ。
「リュカ! リュカ! 気がついているか? はぁ、はぁ……
これだけは言っておかねば……。じつはお前の母さんはまだ生きているはず……わしに代わって必ず母さんを……」
パパスの旅の目的は、魔界に拐われた妻、マーサを助け出すこと。リュカには母は死んだと告げてはいたが、それは殺されていたときのことを考えての言葉だ。しかしもはや自分には生きる望みはない。だから伝えられることは伝えようとパパスは叫び続けた。
が、ゲマは待ってはくれなかった。ゲマは大きな火の玉を掌に出現させ、歪んだ笑いを浮かべる。そして、パパスめがけて投げつけた。パパスの体は一瞬にして包まれていき、全身を焼き焦がすほどの熱がパパスを襲った。
「ぬわーーーーーーーっ!!!!」
パパスの断末魔が、炎の中から雄々しく、そして空しく響き渡る。炎が消えたころにはもうーーパパスの姿はなかった。ただ、焼け焦げた床だけがあった。
「休むな! 働け!!」
――パチンッ!!
「教祖様のため、未来のためにすべてをささげるんだ!!」
――パチンッ!!
「なんだその反抗的な目は!? また鞭で打たれたいか小僧!?」
――パチンッ!!
「働けっ!!」
――パチンッ!!
「働けっ!!!」
――パチンッ!!
「働けぇ――!!!!」
――パチンッ!!
「――っはぁ!! はぁ、はぁ……」
何かに衝き動かされるようにパパスは起き上がった。肩を上下させて呼吸を整え、気分を落ち着かせる。が、妙に身体が痛む。ちょうど久々に体を動かしたときにおこる筋肉痛のような痛みだ。だが痛み出したのは背中、普段使っているはずの筋肉だ。
そこまで思考が回ってきたとき、パパスは思い出す。こうしてベッドの上で目覚める前に何があったかを。
(確かわしはゲマにやられて……)
そう、ゲマに嵌められて殺されたはずだ。だが、どうしてか生きている。あるいは、ここが死の世界か何かなのだろうか。
状況がよくわからないまま、パパスはベッドから降りようとする。が、足を下した瞬間、激痛が走って崩れてしまった。
「うわっ!?」
パパスは前のめりになって床にたたきつけられる。灼けるような痛みが全身を襲い、まともに立つことすら叶わない。腕に力を込めてみるも、逆に痛みが襲い掛かってくる。鍵のかかった鉄格子を破壊できるほどの力があったはずだというのに、こんな情けない状況になっているのだから、屈強な精神を持つパパスでも心が折れかけた。
ああここで飢えて死ぬのかと悲観したところで、かすかだが足音が響いてきた。パパスはどうにか顔をあげると濃い青のローブを纏った女性が近づいているのが確認できた。
「あっ!? だ、大丈夫ですか!?」
倒れて動けなくなっているパパスに気づいたようか、パタパタと慌てて駆け寄る。そしてパパスをゆっくりとベッドに戻した。解放が必要になっていることを自覚させられかなり辛くなったが、パパスは笑顔を浮かべてありがとうと告げようと声を出そうとするが、喉もものすごく痛くて咳込んでしまった。
「無理をなさらないで! 10年も寝てたわけですから……」
「ゴホゴホ……え?」
パパスは咳き込むのをやめ、女性の方を見た。
(10年間もだと? そんな長い間わしは寝ていたというのか?)
先ほどから感じて痛みがすうっと消えていき、代わりに驚きで身が震え始めた。10年ほどの歳月を寝て過ごしてしまったという後悔と、いまだに信じられないという懐疑の念が混ざり合っている。
だが、この少女が嘘をついているとは思えないし、思うように動かないという事実もある。認めざるを得ないだろう。
「とりあえず食事にいたしましょう。10年間点滴だけで、まったく食べていないのですから。少々お待ちくださいね」
パパスは声を出せないので軽く会釈し、女性の後ろ姿を目で追った。正直状況がうまく飲み込めてはいないが、とりあえずはこうするしかない。女性無しでは何もできないのだから。
数十分ほどたち、食事が運ばれてきた。10年ぶりの食事であるため、負担をかけないよう香草のスープと柔らかめのパンのみだったが、今のパパスには食欲がないためちょうどよかった。さっそくパパスはスプーンを手に取ろうとする。が、うまくつかめず、結局女性が口まで運んでくれた。
口を開け、女性がスープをそっと流し込む。温かい液体が、乾ききった喉を刺激し、癒していく。どうやらこの香草には治癒効果があるような気がする。
女性に手伝ってもらいながらもすべてスープを飲み干し、次はパンを食べる。パンはそこらにあるような普通のパンだったが、久々に食べるものであったのでとてつもなく美味しく感じた。こちらも細かくちぎってもらって食べた。
「……ふぅ、ごちそうさま。ありがとう」
「おや、もう喋れるようになりましたね。よかったです」
「いや、助かったぞ。食事もおいしかった」
パパスはふうと一息つくと、真剣な表情にかえ、食事中にずっと抱いていた疑問をぶつけた。
「……それで、わしは本当に10年間寝ていたのか?」
「はい、そうです。あなたは私が子供の時からずっとここで寝ていました。ある日突然あなたがここの教会の海岸に倒れていて、介抱したのですが目覚めなくて……」
「なるほど……」
とりあえずわかったことは、パパスはなぜか教会に運ばれていて、そこで10年間寝てしまったということだ。
いや、もしかしたらかなり強引ではあるがゲマの火炎攻撃で吹き飛ばされてここまで来てしまったのかもしれない。ただ、それが本当かを知るすべは恐らくないだろう。
とりあえずここ10年間でどんな変化があったかを調べる必要がある。そしてーー息子の安否も確かめなくてはならない。まずは情報を集めなくてはと、パパスは質問を再びする。
「ここ10年でなにか大きな出来事はあったか?」
「大きな出来事ですか? ……そうですね、《光の教団》が力を増してきていること、ですかね?」
「《光の教団》か……《光の教団》は今何をしている?」
「どうやらここから西の孤島で大きな神殿を作り上げているらしいとの噂を聞きました。もしそれが本当なら恐らく奴隷などが作業させられているのでしょう……」
「奴隷……まさか……」
パパスは衰えていない聡明な頭脳でひとつの推測を生み出す。10年前、光の教団の使徒ゲマはリュカをもしかしたら拉致したのではないのか。先ほどの話が本当ならリュカは殺されてはおらず、奴隷として生かされて働かされているのかもしれない。リュカは戦闘能力が高いので殺されてしまうのかと危惧していたが、どうやら奴等にとってはとるに足りないものだと判断したのだろう。最もあの後リュカが殺されていないという保証はないが、生きている可能性も0ではないことだけはわかっただけでもいい。
「そういえばまだお名前を伺っていませんでした。10年間も一緒にいたのに名前すら知らないなんて滑稽な話ですけどね」
「おっと、これは失礼した。わしの名前はパパスだ」
「パパス……? どこかで聞いたことがあるような……?」
それもそうだ。グランバニアの王であるのだから名前が通っていてもおかしくはない。が、正体を明かすと面倒なのではぐらかすことにした。
「いや、人違いだ。貴女の名前は?」
「申し遅れました、私の名前はエリサです。ここでシスターをしております」
「うむ、よろしく。自己紹介の後に恐縮だが、頼み事をしてもいいか?」
「ええ、なんなりと」
「10年間も寝たきりだから正直体を動かすことができないんだ。すまないがリハビリに付き合ってはくれないだろうか?」
「それくらいなら構いませんよ。ですが今日はお休みください」
「……う、うむ」
本来ならまだ行方の知らない息子を一刻も早く探しに行きたいところだが、この身体ではどうしようもない。パパスはそう判断して、休むことを選んだ。
エリサが部屋から出ていった後、パパスはふうっと一息ついた。
「……しかし、どうしてわしは死ななかったのだろうか」
頭を抑えながら考えるも、一向に思いつかない。客観的に見ても、助かる道など存在しないはずだ。パパスはなおも考えるが、無理だった。
「考えてもしょうがないか……とりあえず明日のリハビリに向けて寝るとしよう」
パパスはベッドに潜り、瞳を閉じて、眠りについた。
***
パパスが目覚めた次の日からリハビリに励んだ。最初は歩くことすら困難だったが、さすがは歴戦の王、ほぼ一週間で回復してしまった。そして教会で管理している剣を借りて素振りを続けた。一か月経ったころにはすっかり10年前とほぼ変わらない状態に戻っていた。
そしてリハビリの最中にも様々な情報を収集した。ラインハットの王の座をヘンリー王子の弟が継いだこと、ヘンリー王子を誘拐しているのはパパスであるとされていること、ラインハットが恐怖政治を執行していること、第二の故郷のサンタローズがラインハット軍によって襲撃されたことも聞いた。
しかしパパスは知っていた。そんなことをするような人間は別にいることを。デール王の実の母親の太后である。パパスは酒に酔っ払った魔物から盗み聞いたのだが、実の子ではないとはいえ、ヘンリーの王位継承を嫌い、魔物たちに暗に殺させようと手を回したのだ。おそらく奴が実権を握っているに違いない。
ただ今はラインハットの黒幕を成敗することよりも先に息子を探すべきだと判断したパパスは、装備を整えて外に出る。教会の人間に船を用意させてただ一人で教会の本拠地へと乗り込もうと浜辺に出たその時だった。
「ん……?」
パパスはふと、海辺にプカプカと流れる樽を見つけた。パパスはただ黙ってその樽を眺めていると、樽は浜辺に流れ着いた。
(なぜ樽が……?)
パパスは気になって船から降り、樽へと近づく。とりあえず流れ着いた樽を回収しようと掴んでみた。しかし――その樽はとても重かった。
「む……」
樽自体は軽いので、入っているものが重いのだろう。金属が入っているのだろうか。パパスは試しに力を込めて樽を持ち上げ、教会へと運んでいった。
しかしこの時はパパスは気づかなかった。樽の中に入っているのは、成長したパパスの息子、リュカであることを。