DRAGON QUESTⅤ~父はいつまでも、傍にいる~   作:トンヌラ

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ちょっと遅くなりました、すみません!




Episode16:結ばれた青年と、冒険好きの少女

「ビアンカ。僕と、結婚してくれ」

 

 言った。言い放った。僕は答えた。

 彼女の瞳が大きく揺れ動き、びくりと肩が跳ね上がったのがわかる。

 ビアンカは、信じられないと言わんばかりにリュカを見つめ、首を振りながら震えた声を出す。

 

「……リュカ、こんな私でいいの? フローラさんみたいに女らしくないのに」

 

 ビアンカの言葉にリュカはクスリと笑う。そして囁くように言葉を紡ぐ。

 

「そうだね。君はフローラと違って女らしくないし、強いし、僕よりずっと勇敢だ」

 

「なら……」

 

「でも!」

 

 リュカはビアンカの言葉を遮る。ビアンカは目を見開いた。彼の目は、とてもまっすぐで、ビアンカだけをみている。どくんと、心臓の音が骨にまで響く。反論を出そうにも、言葉がでなかった。

 

「僕には君が必要なんだ。君しかいないんだ」

 

 リュカはとっさに足が動いていた。まるで誰かが背中を押してくれたように。そしてリュカは腕を伸ばし、ビアンカの細く、そして逞しい身体を抱き締めた。

 

「……っ! リュカ……」

 

 ビアンカの暖かい体温が、吐息が体に伝わってくる。その度にリュカは体が火照っていくのを感じる。その熱が、リュカが長い間秘めていた思いのヴェールを溶かしていく。初めて会ったときから仄かに灯っていたであろう、恋心。そしてそれは、まるで種から蕾へと膨らんでいき、今、咲き開く。

 もはや、抑えるものはない。

 

「ずっと好きだった、ビアンカ。小さい頃から、ずっと。だから」

 

「うん……」

 

 ビアンカは潤んだ瞳でリュカを見つめる。リュカの言葉を、なんでも受け入れてくれると感じさせるほどに、澄んでいる。きっと、リュカの本当の気持ちも、理解してくれるだろう。

 リュカはビアンカの手に自分のそれを添えて、しっかりと見つめた。

 

「僕と、結婚してください」

 

 リュカの言葉は、想いは、滴となってビアンカの心の底へと、静かに、確かに垂れ落ちていく。ビアンカは目を潤わせて、にっこりと笑った。自分の、最愛の人に。

 

「リュカ……うん。うん……っ!」

 

 ポロポロと涙を溢しながら、リュカの胸にしがみつく。リュカはビアンカの頭を抱き寄せ、ありがとうと囁いた。

 

「ふふふ……アッハッハ!!!!」

 

 突然笑い声が響き渡り、リュカたちは誰だと一斉に振り向くとルドマンだった。呆気に取られてみていると、ルドマンはフローラの肩をにやにやと笑いながらつかんだ。

 

「どうだフローラ、フラれた感想は?」

 

「る、ルドマン殿、いくらなんでもそれは……」

 

 パパスは傷心の娘に対してその言葉はと諫めようとした。しかし、フローラはいいんですというように首を振り、パパスを制止した。そして、肩を落としながらも笑顔で答えた。

 

「やっぱり勝てませんでした。ビアンカさんは素敵な女性ですもの」

 

「そ、そんな……」

 

「リュカさん。どうかビアンカさんとお幸せになってくださいね」

 

 フローラは相も変わらず綺麗な笑顔を浮かべて祝福する。リュカは若干の申し訳なさを感じながらも、静かにうなずいた。

 

「ああ、必ず幸せにするよ。フローラさん」

 

「必ずですよ。さ、お父様」

 

「うむ。では結婚式の準備にかかるぞ! おい」

 

「はい、わかっております旦那さま。ビアンカ様のお仕度ですね」

 

「え、ちょっと? もう今からやるの?」

 

「はい、ルドマン様はすでに結婚式の手はずを整えております。あとは花嫁のみです」

 

 ビアンカは困惑した。無理もない。普通は期間を経て結婚するのだから。しかし、どうも金持ちというのは感覚がおかしいようで今日結婚させようというのだ。

 

「さぁ、では旦那様の別荘で準備を行いますのでついてきてください」

 

「あ、わたくしもお手伝いいたします!」

 

 そういうとメイドとフローラはビアンカを連れて行ってしまった。ルドマンはそれを見届けると、おほんと咳き込んだ。

 

「ではリュカよ。すまないが一つ頼みがある。実は山奥の村の職人に、花嫁が身に着けるヴェールを注文してあったのだ。それをとってきてもらえるかな」

 

 リュカが悩んでいる間にルドマンはこっそりと裏で準備をしていたようだ。リュカは呆れつつも分かりましたと頷いた。

 

「リュカ、ワシもお供するぞ。ダンカンもつれていきたいしな」

 

「いいよ、父さん。デボラはどうするんだい?」

 

 壁に寄りかかって腕を組んでいるデボラに声をかけたが、彼女は眠そうにあくびした。

 

「いいわよアタシは。部屋で寝るとするわ。お幸せにね~」

 

「お前は参加しないのか?」

 

「何で他人の結婚式なんか見なきゃいけないのよ。いい男がいるなら別だけどねー」

 

「お前という奴は……」

 

 ルドマンが頭を抱えてデボラを睨むも、全く動じずに二階に行ってしまった。感心したリュカは、ルドマンに行ってきますと告げて、ルーラで山奥の村へと飛んだ。

 山奥の村へついて職人のもとを訪ねてヴェールを受け取り、その足でビアンカの家まで向かう。そしてベッドで寝ていたダンカンに、ビアンカと結婚するという旨を伝えると、目を大きく見開いて、すごく嬉しそうにそうかと呟いた。

 

「全く驚いたもんだ。まさかリュカが結婚するとはな」

 

「しかもあの二人がな。まあ納得は行くし、私もうれしいから万歳だ」

 

「はは……」

 

「それでダンカン。お前は結婚式に行くんだろうな?」

 

 パパスは問うが、ダンカンは力なく首を横に振った。

 

「この調子では無理だ。本当に残念だが」

 

「お前、娘の晴れ姿を見たくないのか?」

 

「見たいに決まってるだろう! だが……」

 

「心配しなくても大丈夫です。ルーラを使えばすぐにつきますから」

 

「なんと、リュカは使えるのか……なら……」

 

「決まりだな」

 

 パパスがダンカンを背負って外に出ると、リュカはすかさずルーラを唱えた。ふわっと浮き上がり、体がぐんと上に飛ばされていく。ダンカンは悲鳴を上げたが、それは何となく嬉しそうに聞こえた。

 あっという間にサラボナに戻ってきたリュカたちはさっそく町人からの歓迎を受けた。リュカを囃し立て、結婚を祝う声が四方八方から来る。中でも教会の周りにはたくさんの人が集まっており、どうやらそこで式を行うようだ。

 リュカは群がる人々を見ていると、あることに気づいた。どこかで見たことある二人を見つけたからだ。リュカが近づくと人々はリュカに視線を向け、歓声をあげる。その二人ももちろん例外ではなく、ようやくこちらと目が合い、手を振ってくれた。

 

「おーい、リュカ!!」

 

 緑色の髪、着飾った衣装、そして隣に立つ美しい金髪の女性。これだけでリュカはもうわかった。

 

「ヘンリー! それにマリアじゃないか!」

 

「ルドマンさんから招待状が来たからあわててきたぜ! まさかお前が結婚するなんてな!」

 

「結婚おめでとうございます、リュカさん」

 

「あぁ、ありがとう。わざわざ来てくれて。ごめんね、君達のはいけなくて」

 

「気にすんなよ。お前の花嫁可愛いんだろうな?」

 

「ああ……まあ、うん」

 

「へへっ、お前も隅に置けねえな! あとで紹介をっていててててて!!」

 

 ヘンリーの良からぬ台詞にマリアがきつく耳を引っ張る。

 

「ヘンリーさん! 浮気は許しませんよ!」

 

「じょ、冗談だよマリア! 別にそんな気はねぇよ! お前だけだ、愛してるのは!」

 

「まぁ……ぽっ」

 

「ふぅ……助かった」

 

 リュカは馬鹿げた夫婦だなと呆れ、耳を押さえているヘンリーに微笑んだ。

 

「じゃあもう僕はいくよ。父さんたち待たせてるし」

 

「おう、目立ちすぎて失敗すんなよ!」

 

「ふふ、素敵な結婚式になりそうで、楽しみです。ではまたのちほど」

 

 リュカたちはそこを通り過ぎて、ルドマンにヴェールを届けるとほくほくを顔を上気させて急いで教会に行くように告げた。花嫁の準備は、終わったそうだ。ルドマンにダンカンを紹介すると、急いでダンカンを連れて行った。ビアンカとともに入場させるためだろう。

 あわただしい様子につかれたリュカはふうと息を吐くと、パパスに肩を叩かれた。

 

「リュカよ。お前はその格好で式に出るつもりか?」

 

「え?」

 

 リュカは自分の格好を見る。白いローブに青いマント、痛みの激しいターバンとどう見ても旅人のそれだ。確かに、隣が着飾っていて自分がこんな格好では示しがつかない。

 しかしリュカはこれしか服を持っていない。どうすればいいと父に相談しようと口を開いた。

 だが、その前にパパスはグイッと何かを突き出した。リュカはそれを手に取ると、目を見開いた。きれいにたたまれた黒い服、とても滑らかな手触り。これだけで何かわかった。

 

「父さん……これどこで……」

 

「お前が結婚相手を決める夜、わしはこっそり山奥の村へと向かったんだ。そこであの職人に頭を下げて大急ぎで作ってもらったんだ」

 

 気が付かなかった。職人からはヴェールしか受け取ってないのに。きっと父がこっそりと受け取っていたのだろう。

 リュカはぐっと瞳を閉じ、滲む涙を抑えて、声を絞り出した。

 

「ありがとう、父さん」

 

「うむ。さあ、それに着替えて早く行って来い! 花嫁が待っているぞ!」

 

 パパスがそういうとリュカはだっとかけだして急いでタキシードに着替えた。そして、教会まで走るとわっと歓声が起こる。教会の祭壇までのレッドカーペットの脇には大勢の招待客が集まっている。そのなかには上裸の父のパパス、小綺麗にしたダンカン、口笛を吹いて盛り上げるヘンリーもいた。一国の王族なのだから驚きだ。

 リュカは一足先に祭壇の横に立ち、花嫁を待った。心臓がわずかに疼き、握る力を強めた。

 

「おおっ、花嫁が来たぞ!」

 

 突然、招待客のどよめきが起こる。リュカもそれに気づいて、教会のドアを見る。外の光が差し込み、思わず目を細める。そして瞳を大きく見開くと――そこには、ビアンカがいた。

 

「ビアンカ……?」

 

 リュカは思わず疑問系で呟いていた。だが、それも無理はなかった。リュカが知っているビアンカは、女という要素を出すことをしない女性だった。がさつだし化粧だってしていない。

 だけれども、今日のビアンカは違った。

 太陽よりも眩しく、白鳥の如く輝く純白のドレス、薔薇のように紅く染まった唇、高価な宝石のアクセサリー、そして、彼女の美貌。すべてが調和され、リュカは思わず視線を奪われていた。

 本当にビアンカなのか。ビアンカはこんなに綺麗だったのか。知らなかった。こんなに綺麗なもの、見たことはなかった。

 ビアンカは隣に立つ父の手を取り、おしとやかにリュカの元へと歩み寄る。ビアンカがちらりとリュカを見ると、ニコッと笑い、対面に立つ。それだけで、リュカはカアッと顔が熱くなった。

 

「ビアンカ……」

 

「リュカ……なんか恥ずかしいわ。わたし、化粧なんて一回もしたことないのに。似合わないわよね、私のこんな姿」

 

 ビアンカははにかんでリュカにいった。その台詞で、リュカは思った。この人は、ビアンカだって。中身は、僕の大好きなビアンカだと。

 リュカは首を横に振った。

 

「そんなことないよ、ビアンカ。とっても、きれいだ」

 

 ダンカンが席に戻ると、おほんと神父様が咳き込んで、読み上げ始めた。

 

「本日これより神の御名において、リュカとビアンカの結婚式を行います。それではまず、神への誓いの言葉を」

 

 再び神父が咳き込んだ。どうやら緊張しているようだ。リュカ同様に。

 

「汝、リュカはビアンカを妻とし……すこやかなる時も病める時も、その身を共にすることを誓いますか?」

 

「はい」

 

「汝、ビアンカはリュカを夫とし……すこやかなる時も病める時も、その身を共にすることを誓いますか?」

 

「はい」

 

「よろしい。では指輪の交換を」

 

 神父は祭壇から、炎のリングと水のリングを取りだしそれぞれリュカとビアンカに与える。そして互いに指輪をはめ合った。

 

「それでは神の御前でふたりが夫婦となることの証をお見せなさい。さあ、誓いの口づけを!」

 

「えっ……?」

 

 リュカは咄嗟に頬を赤らめた。口づけというのはキスということ。つまり、唇と唇を重ね合わせることである。しかし、リュカには経験がないので、はいそうですかとできるものじゃなかった。

 リュカは救いを求めるようにビアンカを見る。しかしビアンカもあたふたとしており、どうしようもない。

 そんな二人の、モタモタする様子に招待客はヤジを飛ばす。早くしろだの、照れるなだのと。だけれども、とてつもなく恥ずかしい。

 

「おいおいリュカ! 照れてないでビアンカさんとキスしちゃえよ!!」

 

「へ、ヘンリー……!」

 

 ヘンリーの煽りでますます大衆のわめき声は大きくなる。もう逃げ道はない。リュカはビアンカを見る。

 

「リュカ……」

 

 ビアンカは、すでに覚悟を決めたようで、瞳を閉じて唇を少しつき出している。でも、顔はとても赤い。

(僕がいかなくてどうするんだ……ええい!)

 リュカはビアンカの華奢な肩を掴み、彼女の唇に優しく、しかし勢いよく自分のそれを押し当てた。

 ただ力任せに合わせただけの、不器用なキス。だけれども、リュカは感じていた。沸き上がるような、幸運と快感が。

 リュカがキスをした瞬間、わっと歓声があがった。もうお祭り騒ぎになっており、神聖さを求める神父の、沈まれの声も届かない。リュカとビアンカは、唇を話さず、ただ互いの愛を確かめていた。

 その時、ゴーンと鐘が鳴り響いた。歓声は一端止み、神父が咳き込むと両手を広げて宣告した。

 

「おお神よ! ここにまた、新たな夫婦が生まれました! どうか末長くこのふたりを見守って下さいますよう! アーメン……」

 

 神父はすっと手を差し出し、祭壇を降りるよう指示する。その直後、パイプオルガンによる壮大な演奏が鳴り響き、一気に盛り上がっていく。リュカとビアンカは唇を離し、手を繋いでレッドカーペットを歩いた。脇からはおめでとうの声と、沢山の花びらが飛んでくる。夫婦は手を振って、それに応えた。

 

「リュカ! おめでとう! 幸せにな!」

 

 笑顔で送り出してくれる親友にも。

 

「リュカさん! ビアンカさん! どうかお幸せに!」

 

 自分が選ばなかった女性にも。

 

「リュカ! おめでとう!」

 

 自分を育ててくれた父親にも。

 

「みんな……ありがとう!」

 

 リュカは涙をこらえながらずっと手を振っていた。そして、ビアンカと共に、教会のドアを開けた。すると、招待されていない町の人々からの歓声がどっと押し寄せてきた。ビアンカは手に持つブーケを掲げて、パッと放り投げた。町内の女たちが必死で争奪戦を繰り広げる中、リュカたちはルドマン邸まで向かった。そこで、披露宴を開くからだ。沢山の人々に祝ってもらいながら辿り着くと、すでに中はパーティー会場と化していた。

 すぐに招待客がぞろぞろと中に入っていき、ビアンカとリュカが乾杯の音頭をあげると皆狂乱し始めた。ルドマンが呼んだ芸達者による面白い余興や、リュカたちがしてきた冒険の話を――暗い過去は伏せたが――挟んだりして会場は最高に盛り上がった。リュカの父パパスはというとがぶがぶと酒を飲み、リュカやビアンカ、ヘンリーなどの馴染みと騒いだ。

 かくして宴は夜遅くまで続き、それぞれが家へと戻る時間になった。パパスは披露したダンカンを送っていくので今日は山奥の村で泊まると言い、リュカたちはルドマンの別荘にて一夜を過ごすことになった。

 リュカとビアンカは手をつないで夜のサラボナの町を歩き、ルドマンの別荘の中へと入る。つないだ手の熱が、じわじわと伝わってくる。ビアンカと共に過ごし、キスだってあのあと何回もしたのに、未だに胸の鼓動が収まる気配はない。やっぱり慣れない。

 家の中に入り、ベッドで二人で座るとふうとリュカは溜息を吐いた。

 

「……なんか、今日はすごかったな。たぶん、人生で一番」

 

「私もよ。まさか今日リュカに告白されて、すぐに結婚式しちゃったんだから。ふふ」

 

 ビアンカは可笑しそうに笑うとリュカもつられて笑ってしまう。そしてリュカはふっと視線を落とし、傷一つない床を眺めた。

 

「……どうしたの?」

 

「……一応、聞いておきたいんだ」

 

「何を?」

 

 ビアンカは首をかしげた。

 

「君は、僕と父さんと一緒に来るつもりかい?」

 

 弱弱しい声で、リュカは尋ねる。しかし、ビアンカはぷっと小さく吹き出すと大きく笑われてしまった。

 

「リュカったら、何言ってるの? 私ももちろんついていくわよ。だって冒険したいんだもん」

 

「でも、これは遊びじゃないんだ。小さいころに言った、幽霊退治とはわけが違う。下手すれば、命だって……」

 

「分かってるわよ。リュカの話を聞けばわかる。分からないで言うとでも思った?」

 

「それは……」

 

「だからついていくわ。それにリュカ、言ったよね? 大きくなったらまた冒険しようねって」

 

「……水のリングを取りに行くときも、そんなこと言ってなかったか?」

 

「別に一回だけ、とはいってないじゃない。大人になったらっていっただけよ?」

 

「はは、参ったな。ビアンカには叶わないよ。わかった。一緒にいこう」

 

 リュカは両手をあげて降参の意を示した。ビアンカはふふっと笑うと、リュカの手を握ってくる。リュカの動機は激しくなっていき、顔が紅潮してくる。そして、なにかよくわからない感情が去来してくる。

 

「ビアンカ……」

 

 リュカはビアンカを見つめる。ビアンカは一瞬目を見開いてそして、だらんと肩の力を抜いた。目はとろんと垂れ始め、艶が出てきたように見えた。リュカは何か知らないものに体を突き動かされたように、そっと体重が前にかかっていく。そしてビアンカに覆いかぶさり、唇を重ねた。もうあんな不器用なキスじゃない。そっと彼女の艶やかな唇を舌で味わい、絡ませる。息も苦しくなっていくが、それでも構わない。リュカはビアンカを求めた。

 しかしいつまでもそうするわけにはいかない。リュカは彼女を離し、両腕に力を込めて体を起こす。けれど、これで終われない。

 

「リュカ……貴方知ってるの? この先の事」

 

「奴隷時代に教わったんだ。といっても知識だけだけどね」

 

「そうなんだ……私さ、よくわからないんだよね、どうすればいいかさ。というかちょっと早すぎじゃない?」

 

「でも……」

 

 リュカは子供の様に甘え始めた。ビアンカはついそれが愛おしく感じる。そして、リュカの耳元まで顔を近づけて、囁いた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 朝日が、ベッドに差し込んでくる。

 尋常じゃない倦怠感に苛まれながらもリュカはどうにか目を開ける。頭を抑えながらリュカは起き上がると、金髪の髪がぼんやりと視界に移る。

 

「あ、リュカ! おはよう! もう昼近い時間だけどね」

 

「そうなのか……弱ったな、結構寝ちゃったね」

 

「ほんとよ。リュカったら本当に昨日は……」

 

「や、やめてくれ……恥ずかしいよ」

 

 余計に脱力感が増してしまった。どっちの意味でもだ。リュカはとりあえずベッドから降りて、着替えて別荘のテーブルについた。とりあえずお腹がすいたのでビアンカが作り置きしてあった朝食をいただく。ビアンカも対面に座り、頬杖をつきながらリュカを見つめる。

 

「そういえば私たち、もう夫婦なんだよね」

 

「ん? あ、ああ……昨日結婚したよな」

 

 正直お互い実感なんて持てるわけもなかった。当然だ。リュカは頭をかきながら照れ臭さを隠そうとするが、全く隠せてない。

 

「ふふ……こんな不束者ですが、末長くよろしくお願いします。……なんてね。私らしくないや。ずーっと仲良くしていこうね!」

 

 ビアンカは小さく舌を出して笑った。リュカはふっと笑ってビアンカの頭を撫でた。すると、猫みたいにふざけて鳴いて反応した。リュカは笑ってしまうと同時に、この選択は間違ってなかったなと思う。

 

「ああ、これからも、よろしく!」

 

 リュカはビアンカの手を握り、握手を交わすと、お互いに笑いあった。

 そして、二人してルドマンの別荘を出て、ルドマン邸へと入る。お世話になったルドマンに挨拶にいくためだ。

 中に入り、応接間まで通されると、にこにこ笑う主人がいた。

 

「おお、似合いの新婚夫婦のお出ましか。はっはっは。ヘンリーさんたちは朝早くお帰りになったぞ」

 

「そうですか。まああいつは忙しいですからね。あとでお礼を言いにいきます。それとルドマンさん、お世話になりました」

 

「なに、わしも結構楽しませてもらったしな。こんなこと人生で初だしな」

 

 そういうとルドマンははっはと高笑いする。こっちとしては少し複雑だが。

 

「それで、リュカよ。お前のことはヘンリーさんから聞いている。初めてお前にあったときに言ったことと同じことをいっていたな。ヘンリーさんは昨日頭を下げて力になってくれと、言ってたよ」

 

「ヘンリー……」

 

 ますます借りが増えてしまう。リュカは胸が熱くなってくるがどうにかそれを抑える。

 

「一国の王の兄の頼みだ。それを無下にするわけにもいかない。それに、わしはお前を気に入っている。だから、後ろの宝箱の中身を渡そうと思う。鍵は開けておいたから自由にとりなさい」

 

 リュカはありがとうございますと頭を下げると、ルドマンの後ろにある二つの宝箱を開ける。中に入っていたのは、2000ゴールドと、華やかな装飾が施された盾だった。白く光輝いた艶やかな表面に、とてつもなく硬い触感、威厳溢れるデザイン。そしてーー絶対に使用できないほどの重さ。

 間違いない。これは、天空の盾だ。

 

「これが……天空の盾……!」

 

「きれい……」

 

 リュカはどうにか持ち上げて袋に入れると、ルドマンに向き直った。

 

「ルドマンさん! 本当にありがとうございます!」

 

「はっは! なあに、構わないよ。あ、そうだ。ポートセルミにある私の船も自由に使ってよいぞ! 何かと手助けになるはずだ。ポートセルミには私から連絡しておくから、新婚旅行にでも行きなさい」

 

 なんと、船までもらえてしまうとは。ビアンカは口元を抑えて驚きを堪えている。

 

「そこまでしていただけるなんて……なんか、申し訳ないな。娘さんとも結婚しなかったわけだし」

 

「気にするな! いったろう、私は君が気に入ったんだと。これくらいさせてくれ! がっはっは!」

 

 ルドマンはまたも哄笑しながらリュカの肩をバンバンと叩いた。本当に善意でリュカを助けてくれているのだろう。疑う余地がないのはここ数日で彼の人柄を見て来ているからよく知っている。

 

「さぁ、そろそろいくがいい。母親を探す旅に出るんだろう?」

 

「はい。本当にいろいろありがとうございました!」

 

「うむ、気を付けてな」

 

 リュカたちはお礼を述べてルドマン邸を後にした。ルドマンはリュカたちが出ていくまでずっと手を振ってくれた。

 

「さて、父さんたちを迎えにいかなくちゃな」

 

「そうね。山奥の村できっと待ってるわ! いきましょ!」

 

「ああ。じゃあしっかり捕まって」

 

 リュカはルーラを唱えようとして魔力を集中させる。しかし、ビアンカがふと手でリュカの口を覆った。

 

「えっ?」

 

「ルーラなんかでいったらもったいないじゃない! 船でいきましょう! せっかくルドマンさんから船もらえるんだからさ」

 

「……そうだな。だけどポートセルミまでは遠いからさすがにルーラを使うよ。いいね?」

 

 リュカの提案にビアンカはいいよと頷いて、リュカの手をしっかりと握りしめた。リュカは空を見上げ、フッと微笑みながら呪文を唱えた。

 

「ルーラ!!」

 

 新婚夫婦の姿はあっという間にサラボナの町から消えていった。生涯の伴侶となったビアンカは幸せそうな顔を浮かべ、リュカも至福の時を感じていた。

 これから災難が降りかかるなんて、彼らはまだ知らない。彼らは今、世界で一番幸せな瞬間を迎えているのだから。

 

 

 

 

 

 




次は新婚旅行を書きます!つい最近恋人と別れたばかりなんでちょっとメンタルきついですけど(笑)

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