DRAGON QUESTⅤ~父はいつまでも、傍にいる~ 作:トンヌラ
「あれ、パパスさん? まだ行ってらしてなかったんですか?」
「うむ、樽が流れてきたのでな」
教会に戻ったパパスは早速先程拾った樽を運んでいた。教会のシスター、エリサは怪訝そうに顔をしかめながらパパスとともに部屋に向かう。
エリサはパパスの運ぶ樽をみてコメントした。
「しかしずいぶん大きな樽ですね」
「確かにな。しかもかなり重い。鉄でも入っているのだろうか」
部屋にたどり着いた二人は汚れないために板を床に敷いて樽を置いた。そこまでせずとも浜辺で樽を開けてもよかったのだが、一応教会の人間にも知らせておくべきだと思っただけだ。
「では、開けるぞ」
「ええ……」
エリサに確認を取り、砂を払い、蓋に手を掛けて開けてみる。すると、とんでもない異臭が襲いかかってきた。糞尿の臭い、汗の臭い、そして海水の塩っぽい匂いが混じりあっている。流石のパパスもそれには耐えきれず、鼻を抑えた。
「な、なんだこの臭さは!? いったい何が入っているんだ……」
パパスはちらりとエリサを見るが、彼女はさささっと逃げるように後退してしまう。パパスは観念し、中を再び調べるべく、恐る恐る手を伸ばす。
が、パパスの手に、柔らかく、しかし慣れ親しんだ感触が伝わった。
「ん……?」
パパスは違和感を感じ、臭さも忘れてしっかりと樽の中を見る。
「ーーーー!!?」
そのすぐあと、パパスは思わず後ずさってしまった。悪臭からではない。中身に驚いたのだ。
パパスの挙動に驚いたエリサがおずおずと尋ねた。
「ぱ、パパスさん? いったいなかに何が……」
パパスはエリサの問いに答えず、再び樽に手を伸ばし、中にあるものを取り出した。
そこから出てきたのはーーみずぼらしい格好をした緑色の髪の青年だった。
「ひ、人が!? どういうことなんですか!?」
「分からない……いや、エリサ! まだ二人いる! 男と女だ!」
「急いで出しましょう!」
パパスとエリサは協力して樽から残った人間を取り出した。そして板の上に三人を寝かせた。
「三人は生きているのか?」
「恐らくまだ息はあります。ですが、あの狭い樽のなかでずっといるのは相当な負担がかかると思います。とりあえずまずはお風呂に入らせましょう。女性は私がやりますので、男性二人をお願いします! 旅立つ前で申し訳ありませんが……」
「気にするな。わしも手伝うぞ」
パパスはそういって二人の男性を担いで運んだ。もうすっかりかつての剛力が戻っているためこれくらい問題ない。
風呂場で二人の体を直ぐに洗い、そして入れ替えで女性を入れさせてベッドに横にさせた。
ゆっくり眠らせるために部屋を出た二人は、壁に寄りかかって一息吐く。
エリサは疑問をそのままパパスにぶつけた。
「……しかし何故この人たちが樽のなかに……」
「分からん……が、西から流れてきたようだ」
「西……もしかしてセントベレス山でしょうか? そこは確か大神殿が作られていて、沢山の奴隷が使われていると聴きますが……」
「……つまり、彼らはそこから来たということか。どれいの服を着ていたようだし、その線で間違いはなさそうだ。」
「あくまで可能性ですので断定はできません」
「……とりあえず目覚めたら話を聞いてみるか」
「そうですね。あ、でもパパスさんは旅に出るのでは……?」
そう、この件は彼女に任せてもう旅立っても構わないはずだ。パパスに義務がないのだから。
が、パパスはもやもやしていることがあった。先程男二人を介抱しているときに思ったことがあるのだ。
似ているのだ。行方不明のはずのヘンリー王子と――息子のリュカに。最後に見たのは10年前で、ずいぶんと変わっている筈だが、どこか面影があるのだ。
もしかしたらパパスが探している息子がいるかもしれない。ここに流れ着いたかもしれない。だから離れることができないのだ。
とはいえ起きてからではないと確かめようがない。パパスはまたしばらく世話になることをエリサに伝え、部屋を後にした。
それから一日が明け、流されてきた三人のうち二人が目覚めたという知らせを受け、パパスは早速駆けつけた。
部屋に入ろうとしてドアノブを握ろうとしたところで、声が聞こえた。男と女がしゃべっているようだ。
「おい、起きろって! 俺たち助かったんだぞ!」
「きっとまだ疲れているんでしょう。休ませてあげましょう」
「……そうだよな。あいつだけはずっと樽の中で起きてたもんな。しょんべんやウンコだって我慢してたはずさ……っと悪いな、下品な話しちまって」
「いえ……でもあなたって本当に王子かどうかわからなくなることがあります」
「ははは、王子って柄じゃないよな。俺も自分が王子なんて信じられないくらいさ」
「冗談ですのに……本気になさらないでください」
「悪かった、悪かった。……とにかく助かったんだ。後でお礼言わないとな。ここの人たちにも、そして――リュカにもな」
――リュカだと!?
男の声で息子の名前が出てきた途端、パパスはノックも忘れ、部屋に入り込んだ。
「きゃっ!?」
「のわぁっ!? な、なんだおまえは!?」
「い、いまリュカと言わなかったか!?」
パパスは息を荒げたまま問う。何がなんだかわからないと言わんばかりに男女は首をかしげつつ答えた。
「え、ええ確かに言いましたが……」
「それがどうしたってんだ? そもそもお前は――」
お前は何者だと男が言いかけたが、男はまるで凍ってしまったかのように固まってしまう。
「ど、どうかしましたか……?」
「あ、あああんたはま、まさか……!!」
女が声をかけると男はわなわなと体を震わせながらパパスに向けて指を向ける。パパスは眉をピクリと動かして察する。
(まさかこの男、わしを知っている……?)
男は覚えていた。逞しい肉体と身震いするほどの剣技を震い敵を蹴散らす勇姿を。自らの思い上がった考えを叩き直した頬の痛みを。この10年間で一度も忘れなかった男の名前を、恐る恐る口にした。
「あんたは……パパスなのか?」
「如何にもだ。わしがパパスだ」
パパスが名乗ると、男は眼を大きく見開いて身を乗り出して叫んだ。
「ま、まじか……あんた生きてたのか!?」
「ああ、この通り生きているが、君は何者だ?」
「覚えてないのかよ!? ヘンリーだよ、ラインハットの王子のヘンリーだよ!!」
――ヘンリー王子だと!?
パパスは頭に衝撃が走った。行方不明であったヘンリー王子がこんなところにいるとは思わなかったからだ。しかも、10年前はただの生意気なガキだったのに今となっては逞しく成長している。だからヘンリー王子であるとはすぐには気が付かなかった。
「なんと……ヘンリー王子だったとは。これは失礼した」
王族の血を引いているものへの無礼を詫びようとパパスは頭を下げる。
「よしてくれよパパス。俺はもう王族なんかじゃない、元奴隷さ。それに……パパスには迷惑かけちまったし、頭を下げられる資格なんかねぇさ」
嘗てのヘンリー王子なら自らを敬うのは当然だと言い張っていたであろうが、今のヘンリーはそんなことはやめてくれという。この10年で相当変わったようだ。
パパスはヘンリーの成長を喜びつつ、一つ質問をする。
「質問、いいだろうか?」
「ん? なんだ?」
パパスは声の震えを抑えられない。怖いのだ。もし息子が生きていないとなれば、パパスは絶望で死ぬことになろう。パパスはまるで神の宣告を待つかのように顔を俯かせて、声を絞り出した。
「……リュカは、生きているのか?」
「ああ、生きているさ。リュカは俺たちと共に一緒にいるぜ」
パパスの緊張とは裏腹にヘンリーは軽い調子で答えた。パパスは少しムッとしながらもヘンリーにさらに詰め寄る。
「な、なんと!? どこにいるのだ!?」
「……気づいていなかったのか? そこで寝てるのが、リュカだぜ?」
「なんだと!?」
パパスはヘンリーの指差した男へと駆け寄り、顔をまじまじと見る。普通に見ると、端正な顔立ちをした黒髪の青年だ。が、パパスは近寄ってみて感じ取ることが出来た。妻のマーサを思わせる、優しい雰囲気を。
介抱した時は何となくリュカに似ているなと思ったのだが、これは間違いなく、リュカだ。子供だったリュカは、こうして逞しく成長したのだ。
「そうか……リュカは生きていたのか……あぁ……余りにも変わっていたから、気がつかなかった」
「俺なんかよりも直ぐに気づくと思ってたけどね。案外鈍いのかもしれないな」
「はは、面目無い。とりあえず、もう休んではどうだろうか? 起きたばかりだがまだ疲れもとれていまい」
「そうだな、マリアもすげえ疲れてると思うし……って、紹介し忘れてた! この子はマリア、俺たちと一緒に逃げてきたんだ! で、この人はパパス。リュカの父さんだ!」
「マリアと申します。よろしくお願いします、パパスさん」
「うむ、マリア殿。こちらこそよろしく」
パパスは女性の方に向き直り、挨拶する。とてもきれいな金髪の女性で、樽に入っていたことを思わせないほど高貴に見える。とても丁寧で優しそうな印象であり、王族と思われてもおかしくはないだろう。
「ではわしはこれでな」
二人の休息を妨げるわけにはいかないため、パパスは部屋
から立ち去ろうとドアノブを握る。
「ま、待ってくれ!」
しかし、ヘンリーがパパスを呼び止める。パパスはゆっくりと振り向き、何ですかと返す。
「俺さ、パパスに謝らなくちゃいけないことがあるんだ……俺、あのときすっげえわがままだったせいで、パパスもリュカにすごく迷惑かけちゃった。本当に……本当にごめんなさい!」
ヘンリーはベッドの上だったが頭を思い切り下げて、謝罪した。
ヘンリー王子には確かに手を焼かされた。パパスとリュカを欺いて部屋から脱出し、そしてそれが仇をなして拐われて、リュカと共に人質となってパパスがやられてしまったのだ。ヘンリーは、自分のせいでパパスが殺されたと思い続けたのだろう。だから、こうして素直で優しい青年に成長したのだろう。
パパスはヘンリーのその姿を見て、パパスはふっと笑う。
「もういいのだ、ヘンリー王子。あなたはもうずいぶん大きくなられた。だから、何も気にしてはいない。リュカの友となってくれれば、それでいいのだ」
パパスの許しの言葉に、ヘンリーはぶるぶると震え、ベッドに突っ伏した。きっと泣いているのだろう、嗚咽が漏れている。自らの犯した過ちを悔い改めることができる青年に成長したことを、パパスは嬉しく思った。
どうやら収まったヘンリーは起き上がり、パパスに向き直った。
「パパス……本当にすまなかった。でも、ひとつだけ言わせてほしいことがある」
「ん?」
ヘンリーはにやっと口端をあげていつものふてぶてしい笑みに戻す。先程の泣きじゃくったのはどうしたんだと言いたくなるほどの変化だ。
「俺とリュカはもう、友達だぜ。ちょっと恥ずかしいけどよ」
「……フッ、そうであったか。では、失礼」
パパスはそういうと、部屋を出ていった。そして、ドアを背にしてもたれ掛かる。
パパスは体がとたんに震え始めた。しかし寒さからではない。どちらかというと、張り詰めた体がようやく解放され、反動で震えているような感覚だ。
(リュカは……リュカは生きていたのか……!)
リュカは生きていた。探し求めていた息子がまさか、樽の中から現れ、いまは瞳を閉じて眠っているなんて。10年の時を経て再び会えるなんて。
あの時はもはやリュカに会えるとは思っていなかった。だからせめて業火に焼かれていても、息子の顔をずっと目に焼き付けた。だが、またこの目で見られたのだ。
パパスは涙が零れてくるのを感じた。抑えようと目頭に力を込めるも、駄目だった。一度零れてしまったらもう、止まらないだろう。
先程部屋を抜け出したのは二人を休ませるためじゃない。涙がいまにも溢れそうだったからだ。でもそんな姿を見られたくないから、嘘をついたのだ。
「うっ……ふぐぅっ……!!」
ついに嗚咽まで漏らしてしまった。もうこれではヘンリーたちの部屋にも聞こえてしまっているだろう。
でもパパスは泣き続けた。奇跡が叶ったのだ。
「ありがとう……ありがとう……!!」
パパスは神に感謝を告げるように膝ま付いて、涙をポロポロと流したのだった。
***
「っ……うぅ……」
リュカは呻いた。意識が戻っていくのを感じ、どうにかそれに抗うように強く瞳を閉じる。脳裏に、ヘンリーやマリアの出した排泄物の強烈な臭いが思い起こされ、それから逃げるようにベッドで寝返りを打つ。
けれど、人間息をしなければ生きてはいけない。リュカの鼻に空気が入り込み、リュカは激しい恐怖に襲われる。またあの臭いを嗅ぐのかと。
だが、深く刻み込まれたあの臭いは、いつまでたっても感じなかった。
(……変だ、全く匂わない。もしかして僕の嗅覚は鈍ったのか?)
リュカはすんすんと鼻を嗅いでみる。しかし、臭くない。むしろ心地良い匂いがする。
どういうことだと、わからなくなってリュカはうっすらと目を開けた。
「……?」
視界が開けると、そこは樽の中ではなかった。白い天井が見えるのでどこかの建物にいるのだろう。なるほど、どうやらどこかに流れ着いたようだ。
リュカは起き上がろうと上半身に力を込めた。が、ふとリュカは気づく。視界の端に人影が見えることに。
「……!! き、気がーーのか!?」
リュカには何をいっているかよく聞き取れない。
でもーーリュカにとっては、聞き覚えのある声だった。
(なんだろう、この声。すごく懐かしい……。暖かくて、強くて、優しい人の声だ……)
リュカはゆっくりと起き上がる。そして、手で無理やり目をこじ開けて、視界をクリアにした。
そして、もう一度声をかけた人間を見た。
「ーーーー!?」
リュカは肩が跳ね上がるほどに驚愕した。
似ているのだ……もう死んだはずの父、パパスに。
逞しい筋肉、強さ溢れる風格、そして愛情に満ちた笑顔。すべてが似ていた。
(いや、これは夢だ。父さんは死んだ。きっと僕はまだ樽の中なんだ)
「リュカ……気がついたか?」
父さんに似た男が僕の肩に触れる。
暖かい。温もりまでそっくりだ。リュカはそっと微笑んだ。
「父さん。これは夢なんでしょ? 父さんは死んでいるんだ
よ」
「ふふ、何をいっている。父さんは生きているぞ。……まあもっとも、あれを見せられてはそう誤解しても無理はないがな」
「いいよ父さん。ありがとう……良い夢見せてもらって」
リュカは瞳を閉じて父さんに抱きつこうとした。が、父さんは突然右手を伸ばし、リュカの頬をつねり始めた。
「い、痛い! 痛いって父さん!! やめてよ!」
頬に痛みが走り、手を振り払う。僕は必死に頬を抑え、痛みを和らげる。
が、父さんは謝るどころか皮肉的に笑った。
「リュカよ、今痛いっていったよな? ということは、夢じゃないんじゃないか?」
「え……? 夢じゃ、ない?」
リュカは頬に伝わる痛みを感じる。
痛い。はっきりと感じる。ふわふわしたものじゃなく、きちんと痛みを訴えている。これは、現実だ。夢なんかじゃ、ない。
ーーということは。
「父さんは、生きてるの……?」
「ーーああ、そうだ! 父さんは生きているぞ!!」
父さんは、パパスは生きている。
その言葉でリュカの胸がドキンと跳ね、何かが込み上げてきた。
もう会えるはずもないと思ってた。もういない人だと思ってた。でも、今ここにいる。
リュカは気がつけば、ベッドから身を乗り出して、パパスに抱きついていた。
「大きくなったな、リュカ……」
「父さん……父さん……!」
「ああ……辛かっただろうな。よく、がんばったぞ」
「くっ……うぅ……!!」
10年間にも及ぶ、過酷な奴隷生活の時には弱音ひとつ溢さなかったリュカがはじめて、子供に戻ったように泣きじゃくっていた。辛い記憶をすべて、洗い流すように。パパスもぐっとリュカを抱き締め、慰めた。
「……あーあ、これじゃ割り込めねぇな。マリアの洗礼式に連れていかなきゃいけないのに……」
リュカの泣き声が聞こえている部屋の外にいるヘンリーがぼやく。が、隣にいるマリアはヘンリーの肩に手をおいてふるふると首を横に振る。
「ようやくリュカさんはパパスさんに会えたのです。親子水入らずにさせましょう? 私の洗礼式よりも、大事ですし……」
「確かに邪魔はしたくないけどよ……。まあ、とりあえずマリアはもういってろって。もし連れてこれそうなら連れてくるよ」
「分かりました。くれぐれも空気の読めないことはしないでくださいね?」
「しないって!」
ふふふと優しく微笑むマリアに顔を照れさせながらもヘンリーはドアのそばで腕を組みながらリュカが泣き止むのを待った。
(良かったな、リュカ)
親友の幸せを喜びながら、ヘンリーは静かに微笑んだのだった。
パパスは過去の世界で大きくなった息子に気づきませんでしたからね……