喰種は活発に表に出て来ておらず、あまり知られていないという風に。
※喰種として登場するのはオリキャラです。
被検体番号GH1189というのが、産みの親でもある研究者につけられた記号だった。その実験の試行回数は1000回を超えてやっと、試験管の中で受精卵が分裂した。この実験の最初の成功例がGH1189というラベルで管理された個体だ。
非人道的でありながら、己の科学技術の結晶である研究者はその個体に自らの研究のすべてに対する評価をするように“アユム”と名付けた。
科学者は天才の域にあったが、人と関わることにおいては著しく能力が欠けていた。
その天才性ゆえに、自分よりはるかに劣った同僚たちに対していつも傲慢に振る舞っていた。多くの同僚から嫌われていた孤高の科学者は、同僚が犯した重大なミスをなすりつけられた。次々にあがる他の科学者たちによる証言によって、大した調べもされないまま、研究所ごと葬られた。いくら天才であると言えども、その身はただのヒト。
生きているうちは常日頃から散々見下していた連中に足元をすくわれて命を落とす憂き目にあった科学者は、死の淵にあって何を思ったのか――。
世界はひとりの天才を失ったのであるが、地球という箱庭の世界においてさえも、少しの騒ぎにもならなかった。
世界に何の影響も与えないまま科学の天才は死んだ。
研究者は死んだが、その才能の産物は生き残っていた。
かつて“厄祭戦”が起きる前の世界で、人知れず人間を食らうヒトの姿をした生物が生息していたという。
科学に愛された天才は、人間を超える強者であった生物を崇敬していた。天才が認めた数少ない、己より勝るものだった。その生き物の名は――“喰種”。
極東の島国から入手した“喰種”の細胞をもとに作られた成功体は、赤々と燃える夜空を見上げた。暗い森林が遠ざかり、個体は車の後部座席に座って振り返る。華奢な体躯に長い黒髪が風に煽られる。
生命として幼くとも、その肉体は刃物も銃弾をもものともしない。
科学者の愛した、最も強く美しい生物。
研究者が死の淵にあって感じたのは――愉悦だった。
『さあ、生きなよ。僕のすべて――』
研究者は己のすべてを、自らが再創造した生物に投影した。彼は、炎の渦の中に消えたが、その数日後――燃え尽きた灰を、小さな手が拾い上げて口に運んだ。
もしかすれば、その天才の科学者は、己の愛した生物の中で脈々と息づいているのかもしれない。
科学者のあまりある才能は世界を変えなかった。
けれども、科学者が死んだあと、彼の研究成果が世界が行くはずの流れを変えていく。
これは、人知れず滅びた“喰種”が歩む世界の話。