怪物の泣いた日   作:マイロ

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死なせない約束死なない約束

 そこにはビスケットがいた。これが一番重要だ。おまけでオルガがいた。ここは別にどうでもいい。

 さて、アユムは数時間前に、ビスケット共にオルガの許へ行った。

 医務室を作る間取りを決めてその足でこの部屋まで来ていた。ビスケットが主に話していて、オルガと相対していた。医務室の件はアユムがいい出したことなのでアユムが話してもよかったのだが、ビスケットとオルガとの間には少しぴりぴりとした空気を感じていた。そこに悪意などの負の感情はなく、ただ何か緊張したような空気だった。アユムの医務室の件が終わったあと、ビスケットはオルガと何やら話があるようで、先に行くように言ってきた。なんとなくそうかもしれないとは思ったが、アユムとしてははじめての場所に初対面の人間の中に入っていくので、ビスケットは共に来てくれるものだとも思っていた。

 ふたりの様子を思い返して、アユムはため息をついた。そのとき、ビスケットは真剣な顔をしていたし、オルガの表情からも、並々ならぬ覚悟を感じたので、アユムは珍しく自分の方から退いたのだ。

 それでもふつう、はじめて来たばっかりの人間を放っておくというのは、アリかナシかでいえば、当然ナシだろと思うわけで。

 むしゃくしゃするというよりは、少しばかり虚しい気分を持て余すように歩いていると、いつの間にか暗い場所へと足が向いていた。気分がそうだったのかもしれない。戻ろうと思ったのだが、何ぶんはじめての場所だったので、散々迷い、途中モビルスーツの収められたところに行きついてミカヅキという少年と会ったり、アトラという少女が走り回る厨房のようなところに行きついたりして、やっと目的の場所へとついた。そこは医務室ではなく、怪我人が集められている部屋で、そこにいた少年たちに声をかけていたのだ。

 怪我人といっても、それほど多くはない。

 ミカヅキの乗っていた機体が、あのギャラルホルン地球外うんたらかんたらの司令官の機体へ追撃を加えて制圧に成功したことが大きいだろう。

 

 アユムは少年たちがいる部屋を出ながら亜麻色の髪をずらして、手に持ち替えながらオルガへ体を向けた。通路にはビスケットとオルガが歩いて来ているところだった。オルガはアユムの手に持つ亜麻色の鬘を見て何か言いたげな顔をしていたが、アユムは先に口を開いた。

 

「医務室のこと、どうも。団長さん」

「オルガでいい。どうも型っ苦しいからな」

「そうはいかないよ。僕は新入りで、きみはこの鉄華団のリーダーなんだから」

 

 オルガは笑った。その顔に数時間前にあった時の硬いものは無くなっていた。ビスケットのおかげだなと思う。面白くないような、誇らしいような気持ちを持て余しながら、アユムは眉をひそめ至って不機嫌な顔で、なんだよと唇をとがらせた。

 

「いや。あんた聞いてた通り、頑固なんだなって思ってな」

「聞いてたって……ビスケット、きみがそう言ったの?」

「ちょっと、オルガ……ええと、それは」

 

 心外だというビスケットの方を振り向く。ビスケットはオルガを咎めるように言ってから、アユムに対して慌てたように口ごもる。アユムは数時間前の自分の選択が間違っていたかなとビスケットを冷たい目で見た。アユムがいないうちに、ビスケットがオルガと二人でアユムの悪口でも言って盛り上がっていたのではないかと穿って考える。

 よくあることと言ってしまえばそうだが、思い込みの激しい人間というのは独りきりでいると際限なく悪い想像ばかり浮かぶものだ。じと目でビスケットとオルガとの間を行き来させて見るアユムは、被害妄想に取りつかれていた。

 慌てるビスケットと、胡乱な目でみてくるアユムを見かねてか、オルガが片手を上げて注目させた。

「アユム、だったか」

「名前も覚えらんないの? 僕は自分に利のありそうなやつの名前は一発で覚えるようにしてるけど」

 きみにとって僕はそうじゃなかったみたいだね、と嘲笑するようにオルガを見あげた。残念なことに、このオルガ少年はアユムよりも背が高いのだ。

「いや、ビスケットがネイハムって呼んでたりもしたから、どっち呼びゃいいのかと思ってな」

 アユムは片方の眉を上げた。そして横目でちらりとビスケットの方を睨む。ビスケットはびくりと肩をゆらしていて、それを見て少しすっとしたアユムは、オルガを正面から見直した。

「どっちでもいいよ、オルガ。まあ……できれば黒髪の時はネイハム、亜麻色のこっちの髪の時はアユムって呼んでくれると助かるけど」

「なんか、理由があんだな」

「まあね。聞きたい?」

「いや、ビスケットからあんたの変わった行動には目を瞑ってくれって言われたからな。あんたが話したくなったら、話してくれ」

「――へえ? 根回しがいいね、ビスケット」

「ネイハム」

 ビスケットの声には、思わず従いたくなる響きがある。といっても、それはアユムにとっては、という注意書きが必要らしいが。すこしばかり身構えてアユムは短く応える。

「なに」

「僕は、君が傷つくのを見たくない。君に傷ついてほしくない」

「それは、僕もだよ」

「そうだね、君は優しいから。でも、君にとって、ここは――この世界はどこにいっても狭苦しく感じるかもしれない。君がどれほど強くても、君の悩みを消すことはできない」

 アユムは黙っているしかなかった。違うのだ。たしかに前は、不安と恐怖がアユムの弱い部分を抑圧した。そしてたしかにアユムの中で歪みを生じさせた。

 けれど、違うのだ。ビスケットがいる、今この瞬間は違うのだ。

 そのことを言葉にすることはできなかった。アユムよりも辛そうに悲しそうに、ビスケットがいうから。

「僕は、君の悩みを失くすことはできない。ネイハム、君が君である限り、その悩みは苦しみはつきまとう」

 辛そうに言葉を紡ぐビスケットに、もういいよとアユムはその声音に耐えきれず口をはさんだ。

「もうずっと、覚悟はできてる」

 だからいいんだ、とアユムが続けようとすると、横から腕が伸びてきた。それはオルガのものだった。

「聞いてやってくれ」

 一瞬不快で眉をひそめたが、アユムはビスケットの顔を見て言葉を飲み込んだ。

「それでも、僕は君の悩みを払ってやりたいんだ」

「ビスケット……」

「君はそうやって世界を諦めているけど、僕は諦めないよ。僕とクッキーとクラッカーと君と、穏やかに過ごせるように。そしてそれはこの鉄華団で、目指していくんだって、僕は決めたんだ」

 何といっていいか分からなかった。これはビスケットの言葉なのか。らしくない、と思った。穏和で優しい彼は、もっと地道で無理のない堅実な道を選ぶと思っていた。それがビスケットにお似合いの、彼らしい誠実な生き方だと想像していた。けれど、死の淵を助けた時から何となく今までにない、ビスケットの意志を感じた。

 アユムはモニター越しではないからだと思っていた。けれども、ビスケットの意志はアユムの知らない間に、定まっていたのかもしれない。

「オルガと、みんなといっしょに。また君に守られてばかりになるかもしれないけど」

 なんだろうか。気が抜けるようなビスケットの言葉に、アユムは思わず噴き出した。横を見ると、オルガが呆れたように肩をすくめていた。

「かっこつけるなら、最後までつけろよ、ビスケット」

 ほんとうだよ、とアユムはわらった。笑い過ぎて涙が出てきた。ビスケットはアユムが傍にいることを受け入れてくれていると分かって、その場に座り込みそうなほど力が抜けた。それを悟られないように俯いて拳を握ることで精いっぱいだった。

「オルガは知らないんだよ、ネイハムの強さを」

「ミカヅキよりも強いって? ちょっと信じがたいな、それは」

 ふたりのやりとりに肩をすくめた。

「………ほんと、生きてて良かったよ。間に合ってよかった」

「うん? 何か言った、ネイハム?」

「なーにも」

「……ありがとな、ネイハム」

 聞こえてなかった様子のビスケットになんでもないと手を振ったのだが、オルガの方はどうも聞き取っていたようだった。なぜこれが逆にならない、とアユムは常々思うのだが、そこはビスケットらしいと思ってしまうと、もう駄目だった。

 アユムは色々な物を堪えて微苦笑し、オルガに首を振った。

「ネイハムは知らないだろうが、あの時俺らは、約束してたんだ。この戦いのあと、話をするって」

「へえ、そう……」

 アユムはちょっと眉を下げた。最悪の事態は想像できた。ビスケットが死に、オルガとの約束が果たされなかったときのこと。それは、アユムの『記憶』のなかにあるものからすれば、ありふれたことだった。人間と喰種との争いの中では。

 けれども、目の前のふたりに降りかかったとすれば、それは双方にとっての紛れもない悲劇だ。そう、アユムはそう思った。それで、どうやらアユムはこのオルガという少年のこともまあまあ気を許しはじめているのかもしれないと認めた。

 ならば良かった、とアユムはほっとした。

 ビスケットが意志を持って行動できる今が守られている。それはあの時、押しつぶされてしまっていたら、志を持ったまま死ぬところだったのだ。ふたりの約束も。それはあまりに残酷だ。あまりに悲劇だ。

 なによりアユムの知るビスケットは、ほんとうはそんな戦場における死なんて、まったく結びつきもしないような、穏やかな人柄なのだ。そんなところで死ぬような人間ではないのだとアユムは思っている。

 けれど世界はアユムにだけ無情なのではなく、多くの力をもたない人間に対しても残酷だ。

 だからアユムは思いを強くする。ビスケットを守り抜く、と。

 

 それから数日の間、アユムは鉄華団の医務官として精力的に次々と運ばれてくる負傷者を治していった。戦場の様子など知る由はない。ただ、目の前の負傷者を治していくことに全体力を使う。ほとんど疲れを感じないアユムの特別製の体は、昼夜を問わず動いても余裕はあった。

 ビスケットとオルガがやって来たあの日、アユムは次の行動について聞かされた。

 そしてその予定通り、畳みかけるように鉄華団は行動を次へと移した。

 けれどもその予定していた行路の情報がどこからか漏れていたらしい。詳しいことは分からない。だが、途中で鉄華団の歩みは停滞した。それにともない、重軽傷者が多く出た。医務官としての初仕事が山積みだった。ビスケットに再開する前に、『つまみぐい』をしたのであと一月は飢餓までの余裕があった。

 だが、アユムはよくても、周りは違う。もう三日だろうか。刻々と時間に追われながら市街地を目指しているというが、遅すぎる。このままろくに補充すらできないまま、馬鹿正直に消耗戦でもするのだろうか。

 このままだとビスケットが戦闘の前線に出ることだってありうる。いや、アユムに言わないだけでもう出ているかもしれない。さすがに、死にそうになったのだから、周りが止めてくれていると良いのだが。他の誰かがアユムに口止めしているのなら、八つ裂きにしてくれるが、アユムに言わせないようにしているのがビスケットならば何も言えない。さすがに、さすがに、先日のことを思って前線に出ていないはずだと思うしかなかった。

 

 そして、何日目だろうか。とうとうオルガはメリビットとアユムに負傷者と共に避難するようにいった。

 ちゃんと生きているビスケットの姿とその顔色を見て、アユムはため息を吐いた。硬い表情だ。

 何か感情では納得できないような選択があったと思わせるには十分だった。そしてそれは、穏和で優しい彼の人柄を考えれば、おのずと答えは出てくる。

「僕はここに残るよ」

 ビスケットが顔を向けてくるのを視界の端で捉えた。けれども、アユムはオルガを見あげた。

「あらかた負傷者は治療した。そしてここにはまた怪我人が出る。僕がいるべきなのはここだろう」

「あんたはビスケットを守ることにしか興味ないと思ってたが」

 意外そうにオルガがいう。

「僕には僕の考えがあるんだよ」

「あんたがいてくれりゃ、助かるけどよ」

 アユムはビスケットから顔を反らしていった。

「ビスケットが望まない状況は僕だって望まない」

 戦場に出た兵士がよく使う戦法だ。古典的過ぎて、ありふれすぎてて笑えもしない。足止めのために何人かを残していくのだろう。ここは激戦区となる。

「ビスケットのことは頼んだよ。たぶん、ここよりひどくなることはないんだろ」

「………ああ」

「絶対守れ。指一本傷つけさせるなとまでは言わないから、絶対に死なせないで」

 オルガは頷いた。

「あんたも、俺たちの仲間だ。死なないでくれ」

「僕を誰だと思ってんの」

「……あの、僕は自分の身は自分で守れるから」

「何言ってるんですか、ビスケットさん! もう無茶はしないでくださいよ」

 金髪の華奢な少年がビスケットに言うと、周りの少年たちが口々に危ないことをするなという。

 なんだ、大切にされてるじゃあないか。アユムはほっとした。そして思う。やっぱりビスケットって、兵士は向いていないんじゃないか、と。

 




前の話、ほんとは順番まちがえててててて……なんとかしよう。
突然内容変わっていたら、修正入れたなと思ってくだされば間違いありません…
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