怪物の泣いた日   作:マイロ

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地球支部の意識改革

 鉄華団の仕事が完了した。

 

 よくもまあ、この綱渡りの仕事をやってのけたものだ、と後からすべてを聞かされたアユムはため息をついた。本当に、どうかしている。

 

 この無謀としか取れない舵をとってきたオルガにはやはり注意した方がいいだろうとアユムは思う。

 

 ビスケットが所属する場所には安定が必要なのだ。将来が見通せるようなものでなくてはならないのだ。

 

 オルガのストッパー役がビスケットだったのかもしれないが、そのビスケットにすら止められなくなってしまっていたようだった。

 和解したらしいが、その時点で決別してしまえば、こうしてアユムが気を揉む必要もなかったのに。

 

 オルガに聞けば、いつかはまともな仕事だけでやっていくつもりだと聞いた。

 火星で農業をするのだという。けれども、一度戦に身を置き、名をあげた少年たちを周りが放っておくだろうか。

 火星から見れば英雄のような働きぶりだろう。そう易々と戦場から引退させてくれるものなのか。甚だ疑問だった。

 

 随分と、楽観的な考えをするのだなと笑えば良かったのか、それとも本気でそれが可能だと思っているのかと聞き返せばよかったのか。

 どちらにしてもアユムはその何らかの答えを聞いても不安が取り除かれることはないだろうと察した。

 

 

 白々しい願望にしか聞こえない、オルガの展望に、アユムは頭に爪を立ててかく。ばかめ、ばかめ、ばかめ。けれども、ため息をついて頷いた。

 とりあえずこの危険分子が舵取りする本部とはしばらくお別れだからだ。ああ清々する。

 

 

 

 

 鉄華団の地球支部に、アユムは残る。

 

 火星からビスケットの妹であるクッキーとクラッカを呼び寄せると、彼女たちを地球の学校に通わせた。タカキの妹も同じ学校に通うことになっている。

 

 ビスケットは、クッキーとクラッカと共に住んでいる。一人暮らしならば、それを理由に食事を作りに行くことも出来ただろうが、ふたりの妹は料理ができるので、それはやりづらい。

 ビスケットは口では約束してくれたものの、まだどこか、アユムのことをドルト2の友人と思っている節がある。そんな状態で一緒にいても、関係が歪になるに決まっている。

 

 昔の状態に逆戻り、なんてことは避けたい。新しい関係を作り直すのなら、今は離れていた方がいい。

 

 アユムはまだ待てる。何十年とかけても巡り会えない存在だと、アユムはもう思い定めているのだから。

 

 

 

 

 アユムは、鉄華団の宿舎で生活することにしていた。

 

 少年たちの根っからの刹那的な兵士気質も直さなくてはならないわけであるし。

 

 怪我をして病室で寝ていなくてはならない少年たちを夜間も診れるように隣接している部屋を自室にしているため、いつまでも起きている患者には厳しくしている。

 

 訓練の時間を削ってでも、自分の頭を使って物事をと判断、選別できるようにしなくては、一人前の兵士にはなれても、一人前の人間にはなれない。

 人間に生まれたという幸福に、見合うだけのものを身につけなければならないだろうというのは、人間ではないアユムの考えだ。多分に羨望と嫉妬の入った考えではあるが。

 

 授業はアユムが行っていた。似た色を見せて、これは青か緑かという議題に、なかなか白熱していた少年たちに、その根拠をまとめて箇条書きにしていく。段々と、問題を高度にしていき、さらに実際の問題に近くする。

 新しく武器を仕入れることになった業者は本当に信用できるのか否か。この食材に毒が入っているとして、可能性とすればどの時点とどの時点でいれられたか。医務官であるアユムが敵組織の侵入者であるとして、いつ医療を中断されると一番困るのか、など問題は多岐にわたり、少年たちの興味を引き続けられる議題を選び続けて、考え方のバリエーションを増やしていく。

 

「まず、疑うこと。新しいものや、自分たちの中に入ってくるもの。それは本当に自分たちにとって良いものなのか。悪い影響があるとすればそれはどんなことなのか。きちんと考えること」

 

「……でもさー、そんなに考えてると疲れるぜ」

「アユムが考えればいいじゃんかー。オレ、団長とビスケットさんとアユムの言うことなら信じるよ」

 

 考えることに楽しみを見出して進んで課題に手を付ける少年たちがいる一方、こうして振出しに戻る少年もいる。

 

 そういう少年たちには、アユムはご丁寧にご高説をいってやる時間を割くのも惜しい。冷ややかに顎を上げて言う。

 

 

 疲れると言った少年には、

 

「死人じゃないんだから、頭を回せ。生きているんだから絶えず考えろ。死ねば、嫌でも休めるんだから」

 

 

 信じるといって思考を放棄する少年には、

 

「そんなに信心深いなら、ぼくが神さまを教えてあげよう。信じれば救われる神さまだよ。君にぴったりだね」

 

 と言って、聖書を開いて延々と聖句を読みあげてやった。

 

 

「ちょ、ちょちょ、なんだよこれ!? 何の意味があんだよ」

 アユムは真顔で言った。

「信じろ」

 

「は……何を!?」

 

「ぼくがいうことを信じるんだろ。君にぴったりだとぼくが言うものを信じろよ。これは君にぴったりのものだよ」

 

「いやちげえよ!」

 

「――その根拠は?」

 

 

 アユムは自分を信じるといった少年の前言を挙げずに、尋ねた。そして、少年が自分にどう不向きなのかをしどろもどろに話すのに忍耐強く耳を傾けた。

 

 教育とは粘り強さが必要だ。

 

 まだ聞くのはいい方だ。机を蹴っ飛ばそうとした少年には羽交い絞めにして、拳による教育をしなくてはならなかった。

 首が引きちぎれあわや大惨事なんてことにならないように、加減をしなくてはならないのがうっとうしくてアユムは苦手だ。人間として扱われていなかったせいか、しつけも動物的に言葉を介さない手順が有効なことも多々あった。

 

 こんな脳筋どもは、アユムの『記憶』のなかの同種にはけっこういた。だから、扱いやすいのは確かだ。

 けれども、こんな脳筋どもに教育を施してやろうなんて、暴力以外で思ったのは初めてだ。

 それもこれもビスケットとそのかわいい妹たちのため。そしてアユムの未来のため。

 

 

 

 

 若い頃の苦労は買ってでもしろ。けれども、アユムは自分がいらぬ仕事を作っているのではないかとも思ってしまう。

 特に、ビスケットに遭えずに医務室でわいわい騒ぐ怪我をこさえた少年たちに拳骨を落としている時にだ。虚無感がアユムを支配する。

 

「なあ、アユム。ありがとうな」

 

 右手首から先を失くした少年に義手の製作のための採寸をしていると、そう言われた。

 何のありがとうだろう。いろんな思いがこもっているようで、アユムは言葉に詰まった。

 そして、それがばれないように、乱暴に少年の頭を押さえつけるようにして撫でた。

 

 

 

 火星へ帰ったオルガとミカヅキたちをよそに、鉄華団の地球支部では、ビスケットを中心として、チャドとアユムがサポートする体制が整ってきた。チャドは専ら危険の伴う外交やボディーガードなどを熟す。アユムは事務担当する。交渉などはアユムではなく、ビスケットやチャド、タカキなどにさせている。

 アユムはある方面では顔が知られているので、あまり表に出るわけには行かないのだ。

 

 タカキはアユムの授業で目覚ましい成長ぶりを見せた。

 

 もともとお人好しだったことから、人を疑うということが向きそうになかったが、妹がいるというところを狙って、例えば妹が学校で刺されたとしたら、仕事関係の怨恨かそれとも学校の問題かなど、あくどい問題を出して、この仕事の危険さを認識させるようにした。そうして自分の立場と周りをよく見るようにさせた。

 

 こうしたアユムの行動によって、少しずつ少年たちの意識が変わっていった。それがいいことなのか、わるいことなのか。

 アユムはただ、自分のためにやれる手を打っていたのだが、後に起こる事件を引き起こす間接的な原因となったのはたしかだった。

 

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